2009年7月13日 (月)

偶然ながらも…ラオスとベトナム

何気なく撮った写真に偶然一致したものがあった。

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<サトウキビジュースのマシーン>GR1s/T-MAX100

何気なく撮ったサトウキビジュースを作る機械。描いてあるイラストがチープな感じがしたので、GR1sをさっと取り出し、ぱっと撮ったもの。単に面白そうなものをモノクロームでランダムに撮っていったもののひとつである。場所はルアンパバーン。

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<メコンの中州にて>MZ-3/35mm/E100VS

今度はベトナムにて。メコンの中州にある店の片隅にあったサトウキビジュースを作る機械。イラストが若干異なるものの、書いてある文字は同じだ。ルアンパバーンのマシーンはタイヤがついているものの、移動販売ができそうにない。こちらのものは移動販売に対応している感じ。

とはいえ、こういう屋台をひいている人は見たことがないが。

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<ソクチャンにて>MZ-3/35mm/E100VS

こちらは全体が写っていないが、サトウキビジュース制作中。こちらはソクチャンの市場。やはり書いてある文字は同じようだ。

文字はアルファベットが基本となったベトナムの文字だと思う。タイ語やラオス語の読めない文字とは異なる。と、いうことはこのサトウキビジュースを作る機械は、ベトナム製なのではないか。ルアンパバーンにあったものは、かつてのホーチミンルートを通って輸出されたのではないか。ルアンパバーンのはラオス人好みにイラストは変更されたと。

と、どうでもいいことを想像してみました。

先週から今週にかけて、忙しく、結局はスキャンができませんでした。またしばらくつなぎの記事が続くと思います。今回は強引にベトナム旅行と結びつけてみましたが。

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2009年7月11日 (土)

中国の憂鬱

この件はアップしようかちょっと悩んだが、やはりブロガーとして一言いっておこうと思う。

中国新彊ウイグル自治区の区都ウルムチで民族間の対立が起こった。発端はなんだったのだろうか、そのあたりはよくわからないが、ウイグル人の騒ぎに対して漢族が報復を行うという「またか」というような状況。

ここで取り上げたニュースとしても、昨年のチベットに続く中国内の民族対立なのである。新彊ウイグル自治区は、東トルキスタンとも呼ばれ、ウイグル人の住む地域である。だが、時折暴動があったという話も聞く。

ウルムチというウイグル語の名前を持つ区都だが、その実態はまったくの新興都市であり、このあたりで地下資源が発見されたところから、漢族が多く移り住んだ都市なのだ。カシュガル、トルファンなどの古都とは違うのだ。

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<ウルムチの街角にて>Pentax ME Super/28mm

新彊ウイグル自治区にはシルクロードを巡るツアーで2回ほど訪れたことがある。2回ともウルムチを訪れた。ウルムチとは美しい町との意味らしいが、まだ発展途上の埃っぽいところだなと思った。

その頃から、漢族はすでにウイグル人よりも多く住んでいたと思う。その一方で上海などで闇両替を行うのはウイグル人の青年だったりしたのだが。それでも、民族対立はツアー参加者には感じ取らせない雰囲気があったように思う。

すでにウルムチではさらなる報復をおそれ、町を脱出するウイグル人が続出しているとも聞く。また、ムスリムには大切な金曜日の礼拝を取りやめさせる命令が出たとも。

これからどうなるかわからないが、中国の中枢部は民族融和のような政策は取らないのではないだろうか。ともかく力で押さえ込む政策だろう。また、ひとつ、訪れることのできるいいところが、減ってしまったような感じがする。遠のいたということだろうか。

中国の辺境部が好きなのだが、思えば、昨年無理してシーサンパンナを訪れておいてよかったと思う。

上の画像ですが、一応リバーサル。このブログで初めてお見せするPentax ME Superという、カメラによるワンショット。初めて所有した一眼レフカメラ。解像度が低いのはフィルムの保存状態が悪いことと、以前のスキャナーでスキャンしたことによるもの。このあたり、もう一度スキャンし直して、色鮮やかだったら、たまにアップしてもいいかも。まあ、その頃の腕はひどいものですが。

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2009年7月 9日 (木)

お椀の船

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<ブンタウにて>MZ-3/35mm/E100VS

それを目撃したのは、ブンタウの小さな湾でのことだった。まるでおとぎ話のようにたらいのような船に乗った男が一生懸命に漕いでこちらに近づいてくる。さすがに、直進性が悪く、必死な感じがした。

一寸法師はお椀の船に乗って冒険に乗り出すのだが、現実社会でこんなものを見るとは。網を積んで作業に使うとか、養殖した貝などを取り込むのに都合がいいとか、理由があるんだろうが、とても大海に乗り出すものとは思えない。

それにしても、こういうものを見るとは。侮れないな、ベトナム。

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2009年7月 5日 (日)

クリーク・クルージング

年末年始の旅に戻ります。

旅の最終日、深夜には成田行きの飛行機に乗るというのに、やはりシンカフェのツアーに参加していた。やはりメコンデルタを巡るツアーで、ミトーあたりの島巡りである。

このツアーは、今までで一番参加者の国籍がバラエティに富んでいた。欧米からのバックパッカーのみならず、中国人、ベトナム人の家族も参加している。中には明らかに家族旅行という風体の人たちもいたくらいである。

そんな中でメコンの中州を巡り、メシを食べ、終盤にさしかかる。そして、手こぎのボートに乗り換えての、クリークのクルージングである。それまでは、50人程度は乗れそうな船だったのだが、さすがに狭いクリークでは手こぎのボートしか手段がないようである。

ここでは中国人の家族と一緒になった。

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<クリークへ>MZ-3/50mm/E100VS

まるでジャングルのようなクリーク。木が空まで覆っている。自分たちのボートが一番最初に出発した。これはなかなか気分がよい。

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<地元民>MZ-3/50mm/E100VS

クリークには意外にもたくさんの手こぎボートが行き交っている。狭いクリークなので、すれ違う相手の姿もばっちり。ボートは、二人のこぎ手が前後に乗り込んでいた。

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<乗り込んできた子供>MZ-3/50mm/E100VS

このあたりでは毎日ツアーがあることがわかっているのだろう。すれ違う船にいた子供は、勢いをつけてこちらに乗り込んできたと思うと、すぐに自分の船に戻っていった。単なる遊びなのだろうが、ちょっとしたサービスである。

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<帰還>MZ-3/50mm/E100VS

わずか数kmのクルージングだったが、なかなか迫力があった。真っ先に到着したので、大きな船の上から今通ってきたクリークを眺める。後続のボートが到着する。先頭にいたベトナム人カップルは、こんなポーズを取ってくれるほどのサービスである。

まあ、それにしても、ツアーでまったく個人旅行者がいないというのも初めてである。ちょっと身の置き場に困ったけど。

そそ、夏の旅行記、バンビエンまでたどり着きました。山の中のリトルカオサン田舎道を徒歩での2編です。よろしかったらどうぞ。

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2009年7月 3日 (金)

いらっしゃいませ、食べといで

またしてもつなぎの記事です。すいません。音楽話が続いたので、旅の断片より。

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<ルアンパバーンの食堂>GR DIGITAL

アジアの田舎を歩くとたまに目につくのが、こんな食堂のマスコット。まあたいていは料理人の姿である。

こんなマスコットもかつての日本でもあったと思う。とはいえ、その頃もどの店もこういうものを出していたわけではないと思うけど。現在はすっかり姿を消したのではなかろうか。そんなノスタルジアを感じさせるものに旅先で出会うとその店に入ったわけでもないのに、写真を撮りたくなってしまう。

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<バンビエンの食堂>MZ-3/35mm/RVP100

おっと、バンビエンにもありました。ルアンパバーンのマスコットと比べると、ポーズと服装が似ているものの、顔立ち、表情、帽子が異なる。そのあたりは店が作り手に細かく注文をつけるのだろう。何たって、店の看板あるいは代名詞みたいなものだから。確か、この店はインド料理店だったと思う。たぶん入ったはず。

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<ノーンカイの食堂>GR DIGITAL

メコンを渡り、タイにはいるとマスコットも洗練されてくる?それにしても塗装のはがれ具合といい、かなりの年期を感じさせる。キャラクターも擬人化された動物だし。手作り感もありますね。とはいえ、この世界共通のポーズはわかりやすい。食べて美味しかったら、店の人に親指を立てるだけで喜んでもらえるはず。

次に行くところではこんなマスコットがあるんだろうか。料理は美味いんだろうかと想像を膨らませるばかり。

週末、スキャンを終了予定です。そうしたら、ベトナムの記事をいくつかアップして、ランダムな旅の記憶または音楽話に戻ります。

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2009年7月 1日 (水)

Carpentarsデビュー40周年

かすてら音楽夜話Vol.16

今年はカーペンターズのデビューから40年になるそうだ。もちろん、カレンとリチャードによる兄妹ユニット。兄がピアノとコーラス、妹がヴォーカルである。カレンは1983年拒食症により亡くなり、活動は26年にわたり停止中のままだ。だが、カレンの優しいアルトの声は脳内にアルファ波を導き、聴くと非常にリラックスするのである。

個人的な意見だが、ロック/ポップスの分野でアルファ波を導く声の持ち主は他に、初期のリンダ・ロンシュタット(カントリーフレーパーのある曲は特に効く)、竹内まりやなどがいるが、ナンバーワンはカレン・カーペンターなのだ。

40周年の話は数ヶ月前にニュースで知ったのだが、適当な話題の持って行き方が見つからず、ちょっと検索して出てきたのが、次の映像。日本人アーティストたちによる「Yesterday Once More」~「We've Only Just Begun(愛のプレリュード)」~「Super Star」~「Cloes To You(遙かなる影)」メドレーである。

それにしても、彼らこんなことやっていたんですね。知らなかった。ヴォーカルとドラムス鈴木祥子。ギターとコーラス杉真理。ピアノとコーラス松尾清憲。ま、言うなればBOX(杉、松尾、小室和之、田上正和)のフロントマンと鈴木祥子のコラボレーション。おそらくBOXが活動していた頃の映像だろうから、1989年から1990年頃のものだろうと思う。でも、鈴木祥子は一見若く見えるんだけど、なんか逆に早熟故にやや老けて見えるかも。この10年あとくらいの鈴木祥子はホントにいい感じなんですが。変な例だが、デビュー直後の竹内まりやも芸能人水泳大会などに出ていたほどだが、当時の歌う映像は画質も悪いこともあってか、妙に老けてます。最近のプロモーションビデオなどを見ると若返っている感じですが。

鈴木祥子は1988年のデビューで、元々原田真二のバンドのバックでパーカッションとキーボードを担当していた人。出身としてはドラムス。まあ当時も今も珍しい太鼓を叩きながら歌う女性ミュージシャンなのである。ちなみに、声もしっとりしたアルト(その後声がでなくなった時期があり、現在のヴォーカルはさらに磨きがかかっている)。また、カレン・カーペンターもドラムを叩いていた時期があった。そんなところからの起用だろうか。

BOXの二人、杉と松尾はその前あたりから曲を共作するようになり、リバプールテイストあふれるBOXを結成することとなった。この二人がハモるとまるでレノンとマッカートニーのような味わいとなる。

映像的にはドラム、ピアノ、ギターだけではないような感じ。しかも、映像と音がややずれていて、バックの音もカーペンターズのオリジナルを使っているような感じもするけど。それでも、レアな映像です。

40周年ということで、今年もこんなコラボレーションをやってくれたら、見に行くのになあ。鈴木祥子のヴォーカル、カバーではあるものの、しっかりと鈴木祥子ならではのテイストを醸し出していると思います。

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2009年6月28日 (日)

快晴願望

かすてら音楽夜話Vol.15

毎日じめじめ。早く梅雨が明けないか。8月には旅立つが、その時までにはもちろんからっとした夏となっているはずだし、訪問地は地中海性気候だから雨の心配など杞憂に等しい。それでも、晴れて欲しいと思っている。

昨年の夏は雨季の東南アジアを旅し、それでも半分くらいが雨だったのでラッキーだったともいえる。

ところで、今頃なんでこんなことを記事にするのかというと、スキャンが追いつかなくなったのである。あとちょっとなんだが、その点はご勘弁を。

「雨」というと、思い浮かべるのが、杉真理の「バカンスはいつも雨(レイン)」という曲。アルバム『Stargazer』に収録された曲で、杉の唯一のヒット曲ともいえる。時は1982年、あの大瀧詠一がNiagara Triangle Vol.2のコラボレーションメンバーとして佐野元春とともに杉を指名する。ちなみに、その6年前のVol.1のメンバーは山下達郎と伊藤銀次であった。大瀧詠一の構想では佐野ははっきりと頭の中にあったらしいが、杉真理は構想外だったらしい。だが、最初に思い浮かべていた人物のスケジュールなどの都合がうまくつかず杉に落ち着いたらしいのだが。

ともかく、彼らのリリースした『Niagara Triangle Vol.2』はヒットし、佐野はやがてビッグになっていき、杉も知名度が上がった。その翌年リリースしたのが、『Stargazer』なのである。「バカンスはいつも雨」とは出かけると雨に見舞われるついてない男を歌うものだが、この曲はグリコのCMに使われ、ヒットすることになる。

YouTubeから借りてきた映像。杉は写っていないものの、若かりし頃の堀ちえみが懐かしさをくすぐるか。ちなみに、CM中の歌詞は一部原曲と異なっているのだが、おわかりだろうか。

<追記>…とまあ1日置いたのですが、何とか杉真理自身が歌っている「バカンスはいつも雨」を見つけてきました。意外なことに坂崎幸之助とのコラボレーションです。映像からすると最近のもののようです。それにしても、若いと思う。元祖ポップスって、杉真理のためにあるような言葉だと思う。こういうのをてらいなくやれるんですよ。では、お聴きくださいませ。

ともかく、つなぎの記事。でも、これがしばらく続いたりして。

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2009年6月26日 (金)

一押しアジアン・キッチン

ホーチミンに戻ってきた時の宿はファングーラオ通りにあった。ベトナムを旅行する外国人にとってはこの上なく便利な場所である。深夜まであいているコンビニもあるし、何しろ旅行情報が充実している。また、安くて美味いレストランも多いのだ。

シンカフェとキムトラベルが並ぶデタム通りに平行している名もない路地。ここはクルマが入り込めないため、子供が遊ぶようなところだが、家族経営の宿などもありバックパッカーが好んで訪れるようなところである。ある時何気なくアジアン・キッチンという名のレストランに入った。

この時は長距離移動に疲れ、日本食が食べたくなってしまった。店頭のメニューを眺めるとカツ丼と豆腐サラダが置いてある店がここなのであった。味はまあまあ。それよりも豆腐に醤油を持ってきてくれというと日本製のものではなかったものの、出してくれたのが何よりの心遣いだと思った。

その日から連続して通うようになる。ここは家族経営らしく赤ん坊から老婆までが店にいた。時折出前らしきものもあるらしく、ウェイター役の兄ちゃんがバイクで出かけていくこともあった。ウェイトレス役は孫娘くらいのティーンエイジャーで出てきた頃の松野明美のような風貌だった。

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<海鮮炒飯>GR DIGITAL

もう日本食もどきを食べることもなく、ベトナム料理を食べる元気が出てきていた。なぜか黄色く染まった炒飯は意外な美味さでさりげなく入っているイカとエビがいい味を出していた。

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<空芯菜炒め>GR DIGITAL

野菜が乏しかったので頼んだサイドメニュー。アジアの定番料理である。小さくつぶしたニンニクが決めてとなる料理。いくらでも食べられる。飽きない。

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<シメジの牛肉巻き>GR DIGITAL

メインのおかずとなるこれが、何とも絶品であった。かりかりに表面を焼いた牛肉だが、中はジューシー。シメジをメインとして細かく切られた野菜が牛肉でロールされている。ベトナム料理には違いないが、ちょっとしたフレンチの店でも通用しそうな料理なのだ。

こんな庶民的な店でこのようなものを味わえるなんて。ベトナムは深い。これら、ビールと食後のコーヒーをつけて142,000ドンでございました。と、いうことでここにはまた通うこととなる。

さて、ベトナムのエントリーもそろそろ終わりというところ。あと数件アップして終了と行きたいです。スキャンはあと2本残ってます。

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2009年6月23日 (火)

クチトンネル

ホーチミン市の北西40kmにあるクチ県。ここにあるのが、実際にベトナム戦争中に使用された南ベトナム民族解放戦線(通称ベトコン)の地下トンネルである。現在は観光客に開放された施設でもあり、疑似戦争体験ができるようになっている。

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<トンネル入り口>MZ-3/35mm/E100VS

入場後すぐに戦争関連のビデオを見せられ、ガイドに伴われて順路を見学。その途中にあったのが、トンネルへの入り口。巧妙に枯れ葉でカムフラージュされているものの、ノートパソコンくらいのふたを取ると人間ひとりがやっと入れるくらいの空間が現れる。実演しているのはここの係員。暗緑色の服はベトコン時代と同じなのかも。

ここは、観光客も体験できて特に欧米系の人には人気があった。でも、バスでオレの隣に座った優に100kgオーバーのドイツ人は無理だな。

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<トラップ>GR DIGITAL

また、カムフラージュされたトラップも各所にあり、アメリカ軍はこれに苦しんだはずである。落ちたら串刺しとなる。「ディア・ハンター」や「地獄の黙示録」、「プラトーン」を思い浮かべる。

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<ホーチミンサンダル作成中>GR DIGITAL

ホーチミンサンダルというのはタイヤから作ったサンダル。タイヤはゴムだが、触ってみるとかなりの堅さである。これは頑丈なサンダルだな。アメリカ軍が軍靴を履いていたのに対して、ベトコンはこのサンダルを履いて戦っていたのだ。サンダルでジャングルとトンネルを歩き回り、結局はアメリカに勝利した。

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<アメリカ軍の戦車>GR1s/Neopan Acros

いきなり、モノクロームですが、この日からGR1sのEBXをやめにして、メインカメラのMZ-3用に取っておくことにしたもの。そのかわりがモノクローム。この戦車は地雷で動けなくなったとか。自分たちの国のものなのに嬉々としてこの上で記念写真を撮りたがるアメリカ人の多さには参った。

ツアーは順路のトラップやジオラマなどを見学したあと、体験版のトンネルへ。だが、狭く迷路状態なので最初からギブアップする人も多い。一応体験しましたが、写真はお見せできるような代物ではありません。その後、ベトコンが食べていたというタピオカ芋の試食などをしここをあとにしたのである。ちなみに、キムトラベルのガイドは実際に戦争を体験したと思われる年代の男性であった。

希望者には別料金で射撃試射なんてものも用意されています。我々のツアーではそれはなしであった。ともかく、ここは現在ベトナムでもっとも戦争疑似体験のできるところであると思ってよい。とはいえ、かなり風化してしまった感もあるけど。

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2009年6月21日 (日)

カオダイ教総本山

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<カオダイ教総本山>MZ-3/35mm/E100VS

キムトラベルでカオダイ教寺院とクチトンネルのツアーに参加した。ホーチミンを朝出発して夜に戻る1日ツアーである。シンカフェのツアーにしなかったのは、比較する意味もあった。バスは身障者の工房を訪ねたあと昼近くになってタイニンに到着した。

タイニンはタイニン省の省都でカオダイ教の総本山のあるところである。ホーチミンから約100km離れ、タイニン省の7割または2/3がカオダイ教徒といわれている。

カオダイ教とは1919年にゴ・ミン・チェンによって起こされた新興宗教である。ベトナムには他にも、ホアハオ教のような新興宗教があり、かなりの数の信者がいるのだ。カオダイ教は仏教、儒教、道教、キリスト教、イスラム教の教えを土台としているらしい。カオダイ教の寺院はベトナムを旅していると結構見つかる。そのカラフルな外観が気づかせるのだ。

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<祈りの時間>MZ-3/50mm/E100VS

ツアーバスが昼まで時間調整をしていたのは、正午に礼拝の時間があるためなのである。カオダイ教の総本山は観光客が内部に入ることができ、礼拝も見学できるのだ。

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<礼拝>MZ-3/50mm/E100VS

中にはいると、観光客はテラスのようなところに行くよう促される。この礼拝についてはまったく馴染みがなく、よくわからなかったが、色とりどりのアオザイが整然と並ぶ様は真摯なものを感じる。

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<天眼>MZ-3/35mm/E100VS

カオダイ教の象徴が天眼と呼ばれるシンボルである。この目がすべてを見通しているのかどうか。

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<カラフル寺院>MZ-3/35mm/E100VS

ともあれ、珍しいものを見せてもらった。自分はどの宗教にも与するものではない。だが、このようにあらゆる人に開放されている寺院や教会を見学するのは決して嫌いではないのだ。まあ、そんなことはどうでもよくて、この日の天気がとてもよくて、この寺院が素晴らしい色を持って迎えてくれたことを嬉しく思う。それだけである。

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