2019年7月17日 (水)

旅行者の南北問題・ベトナム

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<ホー・チ・ミン像>K-7/DA50-200mm

ここ最近、ミャンマーだのインドネシアだの、インドだのについて、書いているのは、「近い将来行くとしたら」何が問題なのか、どうすればいいのかという、戯言でもあります。

もっと、突き詰めればネタがないことにつきます。

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<ハノイ大聖堂>K-7/DA50-200mm

ベトナムにも南北問題があります。

ベトナムはこれまで2回訪れています。最初はホーチミン往復チケットで、ホーチミンとカントーだけに泊まりました。ま、その周辺のところにもちょこちょこと出かけてはいるのですが。

2度目はバンコクからカンボジアを経由し、ホーチミンにたどり着き、国内線でハノイを往復しました。

ベトナムはビザのいる国ですが日本人は15日以内の滞在にはビザ免除となります。ただし、これはベトナム入国の条件として、空路で入り、出国するチケットを持っている場合に限られます。表向きはそうなっています。

表向きというのは、陸路入国をした場合のことです。ホーチミンのタンソンニャット国際空港やハノイのノイバイ国際空港で入国した場合、必ず帰りの航空券のチェックがあるとのことです。つまり片道ではビザ免除になりません。でも、カンボジアやラオスから陸路で入国すると、滞在日数のチェックはありますが、航空券の確認はありません。つまりはいったん入ってそのまま15日以内に陸路で出ていくことも可能です。(もちろん、ベトナムでチケットを購入して空路出国も可能です。)

考えてみれば、中国から国際列車があります。金正恩がハノイ入りしたやつと一緒ですね。中国やカンボジア、ラオスからの旅行者というか近隣住民に配慮しているのではないでしょうか。ただ、このルール、また厄介なことにいったん出国するとある程度の期間を置かないと、次に入国ができないそうです。これは、陸路・空路関係ないみたいです。

以前、アンコール遺跡観光で、ベトナムにいったん入ってシェムリアップに行くというルートがありました。アンコール遺跡観光を終えたらまた、ハノイなりホーチミンなりに戻るという手段です。これができなくなっていますね。ま、戻った時に入国しないチケットを作れば可能でしょうが。

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<バイクタクシー>K-7/DA50-200mm

で、15日間のビザ免除に戻ります。

ベトナムは南北に長い国です。そして、ハノイとホーチミンは北海道と九州くらい離れています。その間にホイアン、ダナン、フエなどがあります。おそらくはオープンジョーのチケットで南下するか北上するかですが、途中数泊しながらだと、15日間ではかなり厳しいのではないかと思います。

これがワタクシのいう南北問題です。あの、沢木耕太郎はキムカフェのオープンツアーバスで途中1泊程度しながらホーチミンからハノイまで行ってますが、「バスに乗っていればいい」という旅ですから、ほとんど観光はしていないはず。そして、ホーチミンの先にはカントーなどのデルタ地帯、ハノイの先にはハイフォンやサパなどもありますので、国土が狭い割には旅がせわしなくなりそうですね。

これはもう覚悟を決めて、ベトナムビザを取って思いっきりベトナムに浸るのが一番かと。

裏ワザとしては、香港あたりから中国南部を通り、陸路でベトナム北部に入り、ハノイを中心として見て回り空路か陸路で出ていくという手もありますね。

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<フォーボー>GR DIGITAL

ベトナムは料理が美味しいです。日本人の口に合います。そして、地域ごとに異なった料理もありますので、いろいろと回るのが楽しいでしょうね。

結構奥深いベトナムです。いつか、ビザ取って思い切り回りたいですね。

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2019年7月14日 (日)

インド好きですか?

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<バラナシ>K-7/DA21mm

何かの拍子に行きたくなるのがインドですね。たとえば、マサラの匂いが漂ってきたりするとき。

でも、インドにはビザが必要なので、そうそう気軽には行くことができません。ま、そこをクリアするとします。

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<ティルバンナマライ>K-7/DA16-50mm

行くところも重要ですね。北にするか、南にするか。どの空港からインドに入るかということも考えなくてはなりません。インドは広大でもあり、交通機関がまあまあ充実していると思いますが、どんなルートをたどるかで楽しみ方も変わってきますね。ビザセンター発行のマルチプルで最高6か月滞在可能です。

でも、勤め人の間はそんなことは無理なので、インド全土を回るということはほぼ不可能です。

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<ミールス>GR DIGITAL

食事もだいぶ変わります。北は粉食。南は米食。どっちかというと、北のほうが米があまり出ないので手でカレーをつけて食べやすいかもしれません。南は米を食べます。ローカル食堂ではほとんどスプーンなどは出ませんので、いずれにせよ手食いとなるはずです。個人差はあるでしょうが、すぐに慣れるはずです。

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<カニャークマリ>K-7/DA16-50mm

北か南か。北インドは観光的要素がたくさんありますね。デリーならラールキラー、アグラのタージマハール、バラナシ、ブッダガヤなどなど。南はミナクシアンマン寺院くらいかな。4年前、南インドを回りましたが、世界遺産といったらマハーバリプラムとクンバコーナムのチョーラ朝の遺跡くらいでした。

北はたくさんありますね。

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<ガヤ駅>K-7/DA21mm

さて、移動手段となると、鉄道かバスが一般的です。一時期鉄道のチケットをとあるサイトで購入できたのですが、今はどうかな。よほど時間があれば、窓口に並び上級座席のチケットを取ることになりますが、難しいですね。となると、激込みの二等自由席でしょうか。バスが発達していれば、まあ問題なさそうです。

北インドは鉄道利用が多いようです。南インドはバス網が発達しています。移動ということだけ考えると、南インドのほうが楽な気がします。

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<タミルナドゥ州営バス>K-7/DA16-50mm

鉄道チケット、もうちょっと簡単に買えるといいんですけどね。南インドのバスならば、頻発しているし、購入も簡単です。

いまのところ、行くとしたらやはり南か。でも、北も捨てがたいです。迷いますね。行くとしたら来年夏あたり。乾いたインドを撮影してきたいです。とはいえ、この時期北も南も雨季ですが。

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2019年7月13日 (土)

ジャニーズの闇

かすてら音楽夜話Vol.62

ジャニーズ事務所の社長、ジャニー喜多川氏がお亡くなりになりました。享年87歳ですか。

まあ、亡くなった当初は美談ばかりですね。とはいえ、昔からこの人には怪しい話がついて回ります。

おそらく、ジャニーズ事務所は男性ばかりをスカウトする男性アイドル養成所みたいな感じですね。初めてデビューさせたのがジャニーズです。メンバーには矢吹ジョーの声優であり、「水戸黄門」の助さん、はたまたソロ歌手でもある、あおい輝彦がいました。といっても、レコードデビューが1964年ではるか昔。すでに70歳を超えております。

解散は1968年。その後を追うように登場したのがフォーリーブスです。

 

ジャニーズ事務所はおそらくJASRACなんかよりも、著作権にうるさい事務所です。YouTubeに無断で映像が上げられようものなら、見つけ次第通報が行き、削除の対象となるはずです。

フォーリーブスの「ブルドッグ」がここで残っているということは、すでに解散(1978年)してしまったし、メンバーも二人亡くなっていることと関係するのでしょうか。ともかく、現役のジャニーズタレントの曲はほぼ上げても即効消される運命です。フォーリーブスが残っているのは奇跡に近いです。

この著作権問題ですが、山下達郎の所属する「スマイルカンパニー」と提携関係になってからうるさくなったのかもしれません。スマイルカンパニーの前社長が小杉理宇造氏で、その後ジャニーズエンターテイメントの社長になりました。山下達郎はミュージシャンとして自分の著作権は何としても守る立場ですね。それをジャニーズ事務所のタレントたちにも適用したと。

そのころと相前後して、ジャニーズ事務所のタレントに、職業作曲家ではなくプロミュージシャンたちの曲提供が相次ぎます。やまざきまさよしの「セロリ」、スガシカオの「夜空ノムコウ」(作詞のみ)、吉田拓郎の「全部抱きしめて」などなど。

ま、こういうものは、ジャニーズ事務所に流れるジャニー喜多川氏の独善的な空気に穴を開けるものだったのかもしれません。

話をフォーリーブスに戻します。1988年メンバーだった北公次(YouTubeの映像では右から二人目)がジャニーズというかジャニー喜多川氏の暴露本を出版します。それによるとジャニー喜多川氏の性的志向が北公次に向けられたものであったという内容です。

まあ、それ以前にも雑誌フォーカスやフライデーなどに所属タレントのとんでもない画像が掲載されていたりして、ジャニー喜多川氏の暗黒面は結構有名だったですね。

フォーリーブスもアイドルとして約10年間活動しています。でも、アイドルとしてはそのくらいの期間が当然という空気ですかね。所属タレントが独立することもそんなに珍しくなかったですね。元ジャニーズ事務所所属タレントとしては、郷ひろみ、田原俊彦、近藤真彦などのソロシンガーがいます。

その後、SMAPや嵐が国民的アイドルとなるあたりから空気が変わってきたみたいですね。嵐もKinki Kidsも気づけばデビュー20年以上です。櫻井翔だって37歳だし、Kinkiのふたりは40くらいでしょ。こりゃ、手放したくないですかね。

ジャニーズ事務所、ジャニー喜多川氏が亡きあともこの路線で行くんでしょうかね。ジュニアでバックダンサー、その中から選りすぐってグループ結成と。古典的手法ですが、子供は騙されちゃうからな。

「ブルドッグ」作詞が伊藤アキラ。歌詞が面白いですね。ちなみに「南の島のハメハメハ大王」の作詞もこの人です。

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2019年7月 8日 (月)

インドネシアは広すぎ

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<ジャカルタ>K-7/DA15mm

インドネシアは2回訪れています。最初はバリ島、デンパサールまでの往復チケットでロンボク島までボートで行きました。2006年のことですから、最初と最後に泊まるところだけ予約していきました。ま、当時はホテル予約サイトもアップルワールドくらいでしたから、現地飛び込みが当たり前でしたね。

2回目は2010年ってもう結構経っていますね。今度はオープンジョーのジャカルタin、デンパサールoutのチケットです。当初はジャワ島からバリ島までフェリーで渡るつもりでしたが、ジャワ島でさえひろく、急遽ジョグジャカルタで航空券を購入してバリ島に渡りました。

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<ジョグジャカルタ>K-7/Sigma20mm

あれからだいぶたっていますので、インフラも整備されてきていて、移動に関しては鉄道(ちなみに鉄道があるのはジャワ島とスマトラ島のみ)、バス、LCCと選択肢は結構あるので、困ることはなさそうです。

でも、それが揃っているのはジャワ島だけかもしれません。ま、自分が知っているのはジャワ島、バリ島、ロンボク島のみですが。

例えば、バリ島に渡るとします。移動手段として安い公共交通機関はベモと呼ばれる乗り合いワゴン車くらいです。デンパサールには長距離バスターミナルがあるそうですが、極端に数が少ないようです。というか、バリ島でそんなバスは見たことはありません。また、外国人向けにプラマ社のシャトルバスがあります。これも、いちいち予約が必要だったりします。そして、路線が極端に少ないです。

ま、バリ島は観光の島ですから、タクシーがあります。でも、これはほとんどデンパサールの空港から移動する手段みたいで、ほとんど街中を流してません。芸能の中心、ウブドではタクシーも拾うのが難しいです。となると、つてを頼ったりして、トランスポートという呼び名の私設タクシーみたいなものを頼む必要があります。これが高いですね。

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<ウブド>K-7/Sigma20mm

ロンボク島になると、ベモですね。あと、かろうじてプラマのシャトルバスがマタラム-スンギギ間を走る程度です。バイクタクシーはありました。

こんな具合なので、その他の島は推して知るべしです。スマトラ島は鉄道と長距離バスはあるみたいですが。主要な都市間がかなり離れているので、長時間の乗車を強いられるみたいですね。

インドネシア、西はスマトラ島から東はニューギニア島(パプア、イリアンジャヤ)まで。広すぎです。空を飛ばない場合はペルニ社などの長距離フェリーを利用することになるのかな。これがまた、チケットが取りにくいみたいです。

つうことで、インドネシアは一気に回る国ではないってことで。

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<ナシゴレン>GR DIGITAL

インドネシアは世界一のムスリム人口を抱える国です。基本は米を食べます。ナシゴレン、ナシチャンプルなど。

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<ミーアヤム>GR DIGITAL

麺料理もありますね。その辺の食堂で食べれば値段もかなり安いです。で、困ったことにインドネシアの通貨、ルピアはやたらと桁が多いんです。それでいて、ほぼコインがないので大目に両替すると札束を持つことになります。でも、まあ、物価は安いですね。タイ並みというか、タイよりも安いかもしれません。

基本ムスリムが多いので、肉となると鶏肉主体でしょうか。でも、豚肉もあるんですよ。バリ島はヒンドゥなので豚肉料理があります。このあたり、インドのヒンドゥとは違いますね。

同じような文化を持つマレーシアと共通点もありますが、マレーシアほど凝った料理はありません。料理自体もめちゃくちゃスパイシーということもなく、ほぼ日本人が違和感なく食べられる料理が多いんじゃないでしょうか。

こういうところでは、ひとつのところに長逗留するのがいいかもしれません。候補としてはジョグジャカルタとウブドですかね。ま、バリでは年中オダランという祭事をあちこちでやってますから、ウブドに限らず、場所を変えてみてもいいかもしれません。

次行くとしたら、ドーンと1週間くらいひとつのところに滞在するってのもよさそうです。ちなみに、初のウブドには8泊しました。

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2019年7月 7日 (日)

ミャンマーは旅をしやすくなったか

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<シェダゴォンパヤー>K-7/DA21mm

ミャンマーを初めて訪れたのは2006年の暮れです。ちょうどこのブログを開設して間もないころでした。これまで2回訪れています。

最初のころは軍事政権でした。2度目はテインセインが大統領だったころです。いずれもビザが必要で、最初はヤンゴンのPing Longという旅行会社にアライバルビザを頼みました。ビザだけではなく、現地の宿泊から移動手段に至るまでほぼすべてを頼みました。ほとんどメールでのやり取りでしたが、金銭のやり取りは現地で直接ドル払いでした。なんとも、おおらかですよね。

次に訪れたのは2013年の暮れで、今度はアライバルビザがなくなっていました。しょうがないので、東京の旅行会社にビザを頼みました。今度はパスポートをその会社に送付しました。この時になると、現地の宿は予約サイトが使えました。でも、移動手段はヤンゴンのサネイトラベルに依頼しました。その料金は東京の事務所に現金振り込みだったと思います。でも、国内航空券はヤンゴンの宿に届けられるという、やや信頼性が頼りない方法でしたね。

昨年でしたか、日本人のビザは免除されることになりました。これが暫定的な処置なのか半永久的に続くのかまだわかりません。このままビザなしで行ってくれたらありがたいです。

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<マンダレーヒル>K-7/DA21mm

ミャンマー国内航空券はいまだに現地を通さないと取りにくいようですが、朗報が一つ。ミャンマーへの陸路入国が可能になったのです。これはだいぶ前からですが。

となると、タイから行けますね。入国ポイントは、ラノーン・コートーン(前者タイ、後者ミャンマー、以下同じ)、メーソート・ミャワディ、メーサーイ・タチレイ、カンチャナブリー近くの入国ポイントも開いているという話をききました。

現実的にはラノーンまで行くのが大変で、コートーンにはボートでの入国となり、そこはミャンマー最南端なのでほぼ使われないでしょう。

やっぱりメーソートルートなんじゃないかな。ミャワディからはモウラミャインに出ることになります。ミャワディ・モウラミャインルートが結構難所で、上りと下りが1日おきだったこともありました。ベトナムからミャンマーまで陸路を旅したISHIIさんによると、それはなくなったとのことです。

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<アマラプラ>K-7/DA21mm

国内移動ですが、実はバスが発達してます。日本の中古ではありますが、日本製のバスが走っているはずなので、タイの長距離バスとそう変わらないんじゃないでしょうか。ま、これはバス自体のことなので、道路事情まではよくわかりません。

ミャンマーの特殊性として、自国通貨、チャットが信頼性を欠くということがあります。USドルが観光業では必要になってくるんです。寺院などの入場料までドル払いだったりします。日本円での両替ってできましたかね。タイバーツは使えそうな気がします。

あと、引っかかってくるのが食事ですね。

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<ミャンマーのカレー>GR DIGITAL

タイの隣国ではありますが、料理はずいぶんと違います。基本は「カレー」なんですが、便宜上そう呼んでいるだけで調理方法は全く違いますね。素材を油で煮込んでカレー味をつけるみたいな感じです。この油、中華料理にも多用されていて、もうくどいくらいです。ミャンマー人はそんなに油が好きなのか。

シャン料理など、いいものに当たればそれなりに美味しいんですが、千差万別ですね。それに結構外食は高いんです。確実にタイで旅行するよりお金がかかります。

インド人もネパール人も住んでいます。特にネパール人はグルカ兵としてこの国にやってきました。なので、インド料理やネパール料理もあります。でも、さっぱりした料理は日本食あたりになりますかね。でも、それは高いです。

唯一いいのが、生ビールが安いことでしょうか。瓶ビールより安いです。

2度目に訪れた2013年あたりは、民主化されたことで、多くの海外資本が投下されたころでした。最初に訪れたときは携帯電話がクルマより高いといわれていましたが、ミャンマーの人々もスマホを持つようになったようです。で、資本がどんどんつぎ込まれ、海外から仕事で来る人も激増したわけで、そのころのヤンゴンのホテル代は目も当てられなかったです。

ISHIIさんによると、それはだいぶ落ち着いたらしいですが。

そのあたりをクリアすればタイとセットで楽しむことができそうです。今なら、SIMも楽勝で手に入るでしょ。やっぱり、ラオス、マレーシア、カンボジアとタイから陸路越境している身にとっても、陸路でミャンマーというのは魅力ではありますね。

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2019年7月 6日 (土)

空港寿司屋の朝食

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<スワンナプーム国際空港>K-7/DA16-50mm

早朝便のフライトは辛いですね。しかも時間がないので、宿や街での朝食は放棄せざるを得ません。

では、空港で朝食をとなるんですが、イミグレを入る前と後では驚異的な物価の違いにさらされます。入る前だったら空港のフードコートがお勧めですが、チェックインカウンターが気になります。たいてい時間がないので、イミグレを入った後となることが多いんじゃないでしょうか。

そうして味わった朝食に限らない食事も数回経験しています。

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<バンコクエアウェイズのラウンジ>GR DIGITAL

こうしてラウンジに入ることができれば、タダ飯にありつけます。でも、混んでいるんだよな。ちなみにバンコクエアウェイズはすべての航空券所有者にラウンジを開放しています。

ここで食べたことは2回ほどあります。まあ、大したものは置いていませんね。

その他のマイレージプログラムの上級会員ではないし、たいがいは空港レストランの安い内容のものを選ぶということになりますかね。LCCでなければ、ちょっと我慢すると機内食も出ますが。

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<アメリカンブレックファスト>PowerShot

昨年のスリランカ行きの時、やはりこういう状況になりました。安そうなところを回ると、ここになりました。

なんと「SUSHI GO」という、寿司屋です。これで、290バーツでした。パタヤやバンコクのファラン向けの店よりも倍近くします。しかも、VATやらを取られ、341バーツになるという。

んー、やっぱり、夜便のほうがいいですかね。空港に着く前に何か食べてくれば問題ないですし。帰国の時ならこれでいいんですが、他国に出国するときは到着が深夜とかになりますから、これまた辛いです。

一番いいのは、宿近くでゆっくりと朝食を食べ、空港に向かいそのまま乗り込むということでしょうか。キャセイの香港経由だとこういうことができます。

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2019年7月 4日 (木)

チケット取りました

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<KTMコミューターのチケット>KP/DA21mm

さて、次の旅はまずクアラルンプールに行くのですが、そこからバタワースまで列車で行きます。この区間は鈍行がなく、すべてETSという優等列車になります。ネットで予約が可能なんですが、予約できるのが1か月前からということで、本日ようやく取ることができました。

ちなみに画像は誰でもすぐに購入できるコミューターのものですが。

まずはKTMマレー鉄道のサイトでアカウントを作る必要があります。確か先月それを行いました。でも、そこから先に進めなかったので、本日に持ち越しです。ま、1か月前ということもありますが、全然席が埋まってなかったです。

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<ETS車内>K-7/DA16-50mm

マレーシアはLCCとバスが発達してます。鉄道はここ数年で西海岸に限っては目覚ましい発達を遂げていますが、まだそんなに人々が頻繁に利用するものではなさそうです。

ETSですが、2013年の時はクアラルンプールからイポーまでだけでした。イポーから先は電化されてなかったようです。で、その時のETSはシルバーと呼ばれるもので、実質各駅停車でしたね。とはいえ、駅間がかなり離れていて、メーターゲージのくせに140km/hくらいで飛ばしました。

軌道が広くなるにつれて最高速度が速くなるのはわかりますね。日本の主な私鉄とJRは1067mmの狭軌と呼ばれるものです。この最高速度が120km/hと決められているそうです。ま、インドのように広軌でも路線の状態がよくなくてそれほど時速が出ないところもありますが、きちんとした枕木とバラスト、線路があればそれだけの速度は出せます。

でも、マレー鉄道はちょうど1000mmで、日本よりも狭い軌道なんです。これの140km/hというのはかなり怖いです。ま、それでも、4時間くらいかかるんですが。

とにかく、このチケットを確保でき、その後の予定をようやく進めることができます。今回は宿泊する宿については半分くらい予約なしの飛び込みで行こうと思っています。それでもきっと大丈夫なところと信じていますし。でも、どうしても泊まりたいところや、クアラルンプールとジョージタウン、バンコクあたりは予約を入れます。

鉄道チケットを取ってようやく動き出せた感じです。中間報告でした。

そうそう、チケット確保に成功したんですが、いざプリントアウトしようとしたら、プリンターのインクがなくなっていました。明日、補充しましょう。

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2019年7月 2日 (火)

いいとこなんだけど物価が高い

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<ワットシェントーン>K-7/DA21mm

ラオスの奥地にありながら、そこは町全体が世界遺産です。

初めて訪ねたのは2005年の暮れでした。ここで年越しをしました。

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<托鉢>K-7/DA21mm

この町では早起きするのが当たり前です。なんたってそこらじゅうで托鉢をやってますから。

初めて訪れたときは飛行機でやってきたにもかかわらず、宿の予約はしてませんでした。そのかわり、空港で宿を斡旋してもらいました。

次に訪れたのは2008年。バスでやってきて、トゥクトゥクに宿を指定し泊まりました。なんかひなびたところでしたね。

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<カオソーイ>GR DIGITAL

チェンマイ当たりの同名の料理とは異なる麺。辛味噌がのっております。でも、それほど辛くないですね。そしてなんか美味い。

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<カオピャック>GR DIGITAL

ま、これはラオス北部に来なくてもあるんですが、トロトロに煮込まれた麺料理。出汁が効いております。からわらにあるおこわを入れるとなお美味し。

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<メコン>K-7/DA21mm

ここ、川の合流点です。向こう側がメコン。手前がカーン川。上流ですから泥水のような感じではありません。といって、透明ではありませんが。

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<朝の露店>K-7/DA21mm

メコンの恵みです。魚ばかりではなく、山の恵みもあります。そして、食用にするネズミや昆虫も売られています。

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<ナイトマーケット>K-7/DA21mm

夕方からは露店が並びます。食べ物はありません。ほとんど土産物。

いいことずくめみたいな感じですが、唯一の欠点は物価が高いことです。2014/2015の年末年始に3度目の訪問をしました。明らかに違うのが物価感覚です。バンコクの倍くらいの感じがします。2008年からの間に、かなりの観光客が訪れるようになりました。

カフェみたいな店がかなり増えてしまい、ラオスの地方都市の物価感覚とはまた違うようになってしまいました。中国人も結構訪れていますね。ちょっと遠出をするにも、タクシーやバスがありませんから、トゥクトゥクのチャーターとか変なところでお金がかかります。まだ、カオサンみたいにはなってないようですけど。

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2019年6月30日 (日)

ステージの陰で

かすてら音楽夜話Vol.61

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<路上ライヴ>KP/DA18-50mm

6月最後となりました。あと、1か月で旅立ちでございます。

とはいえ、ネタ切れ状態は否めず、そういう時に登場するのが音楽話です。

先日のマラコー、トーマスさんをお迎えして懐かしの70年代いや、昭和歌謡をぶちかましましたが、その続きのようなものです。

ちあきなおみという歌手がいます。正式に引退表明はしてないはずですが、ひっそりといつの間にか活動を停止してしまいました。

デビュー曲は「雨に濡れた慕情」。1969年のことです。その後、1970年に「四つのお願い」や「X+Y=LOVE」という曲がオリコンシングル週刊チャートで連続トップ10入りしました。この年の紅白歌合戦に初出場し、人気歌手の仲間入りをします。

ちあきなおみ、コロッケの物真似(というかデフォルメした形態模写)でも知られていますが、グラマーといっていいスリーサイズの持ち主なんです。連続トップ10入りのこの2曲、「お色気アイドル」みたいな形で扱われてもいます。トーマスさんの「知子のロック」も初期のころは「X+Y=LOVE」をカバーしていたようです。ヴォーカルの知子さんもかなりのグラマーでした。

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<某氏のオンステージ>GR DIGITAL

ちあきなおみは歌唱の他「元祖どっきりカメラ」や「コント55号の裏番組をぶっとばせ!」などのバラエティー番組にも出演させられるほどで、歌手というよりはやや歳のいったアイドルみたいな感じの立ち位置だったのかもしれません。

それが、1972年にこの曲をリリースします。

ちあきなおみの代表曲かつ最大のヒット曲「喝采」でした。ワタクシがマラコーでトーマスさんとデュエットしたのも「喝采」でございます。YouTubeの映像ではフルコーラスではありませんが。

秋の発売でした。それがじわじわと売り上げを伸ばし、気づいてみれば1972年のレコード大賞を受賞することになります。ちなみにオリコンチャートは1位を獲得していません。最高位2位でした。なぜ1位になれなかったというと、16週間連続1位を獲得したメガヒット、ぴんからトリオの「女のみち」という曲があったからです。

ちあきなおみは国民的歌手、美空ひばりとよく比較されます。美空ひばりが感情をかなり表に出して歌うのに対して、ちあきなおみは感情を抑え淡々と歌う中にその思いがこちらにも伝わるようなところがありますね。

そして、この曲はちあきなおみの実体験に基づいて書かれたともいわれていますが、作詞の吉田旺によれば、自身の体験を元にしたものだそうです。でも、デビュー前のちあきなおみには兄のように慕っていた人物がいて、その人物は実際に亡くなっていたとのことです。偶然が重なった曲ですね。ちあきなおみの思い入れも出ますよね。

作曲は「北酒場」の中村泰士。「喝采」では♪♪♪という三連符が多用されています。サビの部分でいうと、「あれは 三年前 止める アナタ 駅に残し」 (太字着色部分)がそうです。三連符、インパクトが出ますよね。ここに限らず、全面に三連符が用いられています。これを淡々となしてしまうちあきなおみもタダものじゃないです。

「女のみち」には売り上げではかなわなかったものの、その後も多くのシンガーたちにカバーされたのが「喝采」ですね。ま、「女のみち」はカバーしたい曲とはいえませんが。

直接ここで映像を出してしまっても消される可能性があるので、リンクだけ貼っておきます。

JUJU版

JUJUというのは、ジャズ、R&B、ヒップホップ系の女性シンガーですが、守備範囲は広いです。そして、歌も上手いんじゃないでしょうか。NHKで三浦春馬と「世界はほしいモノにあふれてる」という紀行番組にも司会を担当しています。この番組、なかなかいいです。

スガシカオ版

スガシカオは、30歳でシンガーソングライターに転身した元サラリーマンです。ファンク系の曲が多いんですが、1966年生まれですから、「喝采」も自然と歌えるんでしょう。でも、スガシカオっぽくないかな。

エレファントカシマシ版

YouTubeの映像はNHK「Covers」で実際に演奏された音に、アップ元の人物がギター演奏シーンをかぶせたものです。ミヤジも1966年生まれで、なんとキーをちあきなおみと同じに設定してます。子供のころテレビでよく見てちあきなおみへのリスペクトも感じさせる内容ですね。石くんのギターのトレモロもいいなあ。
エレカシは「赤いスイートピー」も番組でカバーしてるんですよ。オリジナルとは別にカバーアルバムも出してほしいと思うのはワタクシだけじゃないのでは。

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2019年6月29日 (土)

タイという国

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<フアラムポーン駅>KP/DA18-50mm

初の訪タイは2003年の春でした。当時ためていたノースウエスト航空のマイレージプログラムでチケットが簡単に取れたんです。その後、ノースウエスト航空自体が消滅し、後を引き継いだデルタ航空もバンコク路線から撤退してしまいましたが、もう1回マイルでバンコク往復をしております。

その後、1回の旅で年をまたぐこともありましたが、2003年以来毎年、タイを訪れていることになります。いったい何がいいんでしょうね。

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<アユタヤ>KP/DA18-50mm

2003年の時はバンコクに3泊し、アユタヤに移動してまた3泊しました。アユタヤからはロッブリーにも列車で出かけています。そしてバンコクに戻り、2泊。

タイ語は今も読めませんが、まったくもってちんぷんかんぷんの世界で、バンコクでは英語のメニューが確実にあるホテルのレストランで食事をしました。それでも、アユタヤへの移動はタクシーでモーチットマイに出まして、バスで向かいました。その日の昼食は市場でバミーナームを食べています。

今と違ってサンダルは履いておらず、靴下とスニーカーを履いていました。タイ語もわからずタイの習慣にも慣れておらず、それでもある程度の範囲を歩けたことで、その後のタイ訪問を繰り返すことにつながっていくのでしょうか。

ま、どこの国でも言葉をマスターしてから行くということはありませんので、やっぱりタイは旅がしやすいということに尽きるのでしょうね。

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<麺料理>GR DIGITAL

そのうち、タイの食堂にも入ることができるようになりました。言葉の不自由さはありますが、なんとなくわかってくれる。そのうち、料理名を覚えるようになり、タイの料理名が素材と調理法を組み合わせたものであることに気づきます。

こうなったら、タイの食堂も半ば制覇したようなものです。

余談になりますが、イタリアやフランス、スペインなどのヨーロッパのラテン系民族の料理も、素材+調理法という傾向があります。それに、あちらはアルファベット表記なので、単語を覚えやすいです。タイ語の世界では読めないけど耳で覚えるみたいなものでしょうか。

料理のバリエーションも増えます。麺類の種類、普通のものと揚げたものなどなど。

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<英語表記>KP/DA18-50mm

ロッブリーに行ったときはアユタヤから鉄道往復でした。この路線はまあまあ列車が走っているので、問題ありませんでした。

しばらくして、ナコーンパトムに列車で出向きましたが、この路線は列車が少なく、帰りはバスを探すことになります。でも、街中はすべてタイ語の看板だけでアルファベットというものがありませんでした。参ったなと思いましたよ。それでもなんとか、バス乗り場を探し当て、バンコクに戻ることができました。

その時からかなり経っていますが、タイの観光的要素のない地方都市でもアルファベットの文字や看板が増えてきました。長距離バスもタイ語とアルファベット表記のものが出てきています。それに、バス乗り場や駅でも簡単な英語を理解する者が出てきました。

そして、スマホの登場。これは画期的でした。ま、タイに限らず、インドでも中南米でも旅が楽になったことは間違いありません。

ま、こうしてタイに染まっていったわけですが、初めてタイだけを旅したのは2017年だけなんです。あとは、ほかの国と組み合わせてということが多いですね。

さて、今回もマレーシアと組み合わせてのタイです。

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