2009年12月20日 (日)

港の見える窓

スースでの宿探しはちょっと難航した。あらかじめ目星をつけていた宿、Hotel Claridgeに飛び込んで部屋を見せてもらったものの、風通しが悪く、決定的だったのは、内鍵が壊れていることだった。

外からは鍵がかかることはかかる。このトラブルが判明したのは、料金を支払ったあとだったため、強欲な主人とちょっともめた。もちろん、部屋は一通り見ている。だが、内鍵が壊れたまま放置し、それに気づかなかったからといって苦情を受け付けない宿がどこにあるのだろうか。

「あんたは、ウィといった。部屋を確認したんだろ。なんでその時にいわない」という主人の言葉は屁理屈だ。「ふざけるな」別の従業員を呼び、同じことを訴える。結局折れた主人が料金を返してくれた。当たり前だ。ガイドブックに載っているこの宿には泊まってはいけない。これは強く主張したい。

一つ星だったクラリッジから港方面に歩くこと約10分。Hotel Hadrumeteでようやく部屋が見つかる。こちらは星がないが、料金はクラリッジと同じ30ディルハム。もちろん、内鍵もチェックし、泊まることに決める。ハドルメテというのは、近くにある海岸の名前である。

Tf0746

<大きな窓>MZ-3/35mm/RVP100

星なしの宿はチュニジアで最初で最後だったが、ここには大きな窓があった。ロケーションは旧市街と港の前という具合で、遮るものが何もない。スースもまだまだ暑く、荷物を担いできた身には汗だくである。一通り荷物整理を終えると、窓を開け放ち、下着だけでごろっとし、涼を取る。

ただ、宿としてはちょっと老朽化が目立つようだ。朝食ももちろん取ることができるが、そのスペースは、雨漏りがする部分が使えなくなっていた。ともかく、この宿を拠点にスースでの2日間が始まったのである。

Postscript スキャンが停滞しています。師走ということで仕事モードでした。明日あたり、年内最後のスキャンをしようかと考えているところ。来週あたりが、年内の記事のアップぎりぎりのところで、その後は、旅に行きますので、もしかすると夏の旅以外のエントリーも混じることもあるかも。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年12月13日 (日)

車窓に思う~Desperado

かすてら音楽夜話Vol.19

スファックスからスースへとまたしても移動。結局バス便が見つけられず、同じルートで味わいがないものの、鉄道を使う。料金6.95ディナールの2等席である。

Tf0728

<スファックスに到着した列車>MZ-3/50mm/RVP100

トズール発チュニス行きの列車である。スファックス駅のプラットフォームにはずらりと乗客が並んでいたが、同じくらいの人数が降りたようで、無事座席を確保することができた。

チュニスからの列車では途中で空調が弱まってしまったが、乗り込んだ車両はその時よりもやや程度がよく、空調もばっちりだし、窓にもブラインドがかかってなかった。

Tf0739

<乾いた風景>MZ-3/50mm/RVP100

チュニジアの南部はすべてがサハラというわけではないが、温帯とステップ気候の中間くらいだろうか。赤い大地にオリーブ、ウチワサボテンや竜舌蘭に似た植物が確認できる。

こうした風景を見ているうちに思い出したのが、大沢たかお主演で一昔前に放送された、「劇的紀行・深夜特急」のシーンである。

おそらくアジア編からシルクロード編に入る最後のシーンだったと思うが、パキスタンかイランあたりでヒッチしたトラックから不意に降ろされて途方に暮れる場面。それとともに「Desperado(ならず者)」が流れる。いうまでもなく、Eaglesの代表曲なのだが、ドラマで使われたのはLinda Ronstadtのヴァージョン。これが、乾いた大地にとてもよく合っていた。

というわけで、YouTubeのリンダ・ロンシュタットヴァージョンを持ってきてみました。ちゃんとバックもイーグルス。それも、ランディ・マイズナーとバーニー・リードンが在籍していた時のもの。これ、削除されてしまう可能性があるので、けっこう貴重かもしれない。

イーグルスの「Desperado」は、ドン・ヘンリーがリードヴォーカル。全盛時代じゃなかったものの、今から数年前、友人に誘われ、東京ドーム公演を見に行ったな。本家イーグルスが、リンダにカバーを許可したのはもちろん、イーグルスがリンダ・ロンシュタットのバックバンドとしてキャリアをスタートさせたから。デビューしたてのイーグルスはウエストコーストというよりアメリカ南部のカントリーロック寄りのバンドだったのだが、バーニーの脱退、ドン・フェルダー、ジョー・ウォルシュの加入などにより次第にロック色を強め、それがアルバム『Hotel California』に結実させた。

Tf0740

<スースに到着>MZ-3/50mm/RVP100

ま、車窓を眺めつつ、イーグルスの「ならず者」を聴いていたということもありますが、ともかく列車は無事スースに到着。さあ、これから宿探しである。

Postscript 大沢たかおのあのシーンも探してみたのですが、なかったです。エンドロールに被さるようでなかなかよかったんだけど。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年12月 9日 (水)

ハビブ・ブルギバとベン・アリ

ハビブ・ブルギバというのはチュニジアの前大統領。すでに鬼籍に入っている。チュニジアの初代首相であり、初代大統領。いわばチュニジアのカリスマなんだろう。

チュニジアのどんな都市に行っても、ブルギバの名前を聞くことになる。その都市のメインストリートはまず例外なく、ハビブ・ブルギバ通りと名付けられている。結局ブルギバはチュニジアに存在した太守を追放し立憲君主国から共和国へと導き、自らは終身大統領へと登り詰めていく。

通りに名前の残ったブルギバだが、彼の肖像画などは今ではほとんど見ることができない。タバルカで唯一見かけたのが、犬を連れたブルギバ像である。

Tf0158

<ブルギバ像>MZ-3/35mm/RVP100

とはいえ、ブルギバの故郷モナスティールにはブルギバの霊廟があるとのこと。

そして、現大統領(2代目)がベン・アリ。ブルギバにより後継者として首相に任命後は、予定通り大統領に就任。今年大統領選挙があったらしいが、圧倒的な支持を集め5選を果たしている。なお、この多選にはベン・アリ自らが憲法を改正し多選を可能にしたものともいわれている。

ベン・アリの姿はチュニジア中のどこでも眼にすることができる。ちょっとした集会所や街角の掲示板などでだ。

Tf0204

<アイン・ドラハムにて>MZ-3/35mm/RVP100

中東や北アフリカというと絶対権力を持った独裁者が国をコントロールするという図式ができあがる傾向がありそうだ。古くはトルコのケマル・アタチュルク。なんといっても亡国寸前のトルコを救い、脱アラブの先鋒となった人物である。町のメインストリートがアタチュルク通り、なんてのは当たり前で、没後70年以上を経過してもなお、銅像は建っているわ、絵はがきになっているわといった具合である。

近代ではシリアのアサド前大統領がそんな感じだった。遺跡巡りで訪れた一昔以上前のシリアでは、アサドの肖像画を見かけない日はなかったほどである。

モロッコあたりでは政治家ではなく国王の肖像画となりますが。

と、まあ、旅行中はやたらとベン・アリの写真や肖像画を見せられることとなったが、10月に大統領選挙があったらしいので、その影響も多少はあるのかもしれない。それにしても、就任から20年以上も経つのに、衰えない人気。ベン・アリこそがチュニジアの現代のカリスマなのかもしれない。ま、そういう強い指導者がいないと安定しないという事情もあるだろうが。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年12月 6日 (日)

壁面アート・イン・チュニジア

Tf0214

<アイン・ドラハムにて>MZ-3/35mm/RVP100

チュニジアは紛れもなくムスリムの国である。とはいえ、アラビア半島にある国よりはその戒律が緩いようだが。イスラム教は偶像崇拝禁止。従って宗教画などは存在しない。ただ、以前のエントリーで触れた絵の看板のようなものは結構ある。

よく見かけたのは壁面に描かれたものである。アルジェリア国境にほど近い、アイン・ドラハムで見かけたのが、上のようなコミカルなもの。元々の壁面が荒れていて、そろそろ塗料が落ちかかっているようだが、きちんと耐水性のあるペンキを使ったもののようだ。

Tf0690

<スファックス旧市街にて>MZ-3/50mm/RVP100

こちらは、やや意味不明だが、よりメッセージ性の強いもののようだ。「牛乳飲んで地球を救おう」ではないな。「水は大事に使いましょう」なのかどうか。絵のタッチはアイン・ドラハムのものよりも低年齢向けのコミック調か。

Tf0770

<スースのメディナにて>MZ-3/35mm/RVP100

もうちょっと陽の当たらない時間に撮ればよかったかもしれないが。これはレストランの宣伝。カルタゴの将軍が進軍する図にかけてあちらにレストランがあるよと。こちらは当然大人向けの描き方。

モロッコでも壁面のアートはよく見た。マグレブまで来るとこういうものも、よく見かけるようになるのかもしれない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年12月 4日 (金)

アンコール遺跡再訪

Ak791

<アンコールワット>MZ-3/28-105mmZoom/Fujicolor Super400

次の旅。年末年始の休みを利用し、アンコール遺跡に行ってきます。

ここに行くのは2度目で、つい最近行ってきたような印象がありますが、もう6年前のことになります。シェムリアップに6泊しますが、前回は8泊でした。その時は、ベンメリアなど一部の遺跡を除いてほとんどを回った印象がありますが、また行ってきます。6日間もあれば、だいたいは周り尽くせるだろうとは思うのですが、そんなにがつがつしないでのんびりと回ろうかと。

Ak247

<デパター>

今回のエントリーでアクセントとして付け加えている画像は、その時に撮ったものですが、カメラは今と同じながらも、大半をズームレンズを使用し、フィルムはISO400のネガカラーだったのですね。

その時の写真をセレクトしてみると、解像度は低いは、何にテーマを絞って撮っているのかわからないようなものが大半でした。つまり、へたくそだったということ。ただ暑さの中、もうろうとしながらも撮りまくっていたという感じです。

という、反省もふまえて、今回ももちろん、単焦点レンズとリバーサルの組み合わせで遺跡に迫っていきたいなと思います。思えばデジ画像も、GR DIGITALではなかったし、いやもう、ひどいものでした。

Ak143

<バイヨン>

今回の旅は、あらかじめバンコクまでを押さえたものの延長で、そこからどこに行くかという選択しに迫られて、バンコクエアウェイズのサイトでシェムリアップまでをさらに押さえたというものです。

ラオス南部とかイサーンの旅とかいろいろあったのですが、期間も限られているので、宿も含めてすべて押さえてきました。

ただ、問題がひとつあって、現地での移動手段を確保していないのですね。前回はシェムリアップの空港に着いたところで宿まで利用したタクシーをそのままチャーターできたのですが、果たしてどうなるか。もちろん、事前の手配もできたはずなのですが、年末年始ということもあり、日本で予約できるところではすでにアウトでした。まあ、何とかなるだろうとは思っています。

前回、遺跡エリアではタクシー1日チャーターは、20ドルだったのですが、現在は30ドルだとか。ま、驚異的な円高のおかげであまり負担にはならないでしょうが。最悪の場合、バイクタクシーということも考えられます。そのため、埃っぽいので、コンタクトレンズではなく、眼鏡で行くことになりそう。

度つきサングラスが、眼に合わなくなってきたので新調する必要もあるし、キャリーバッグを買おうという計画もある。はたまた、ネットブックも手に入れてという野望もあるので、これからもお金がかなり飛んでいきそう。その上デジタル一眼レフなどというのは、今回も見送りになりそうな。

ま、そんなこんなで、とりあえず報告しておきます。

| | コメント (14) | トラックバック (0)

2009年11月30日 (月)

スファックスのお勧めレストラン

スファックス2日目、ようやくまともなレストランを見つけることができた。初日はスピークイージーもどきの隠れ酒場のような店に潜り込んでタコ料理をようやく食べることができた。その店はガイドブックに載っていたものの、重そうな木の扉で内部が見えず、入り込んでみるとチュニジア人が酒をかっくらうところなのだった。

2日目の夕食はLe Corailという、やはりガイドブックに載っていた店だが、8.0ディナールでツーリストメニューがあるとのことであった。ただ情報が古いのか、ツーリストメニューは25ディナールとかなりの値上がり具合だが、店の内装から判断するとこれは仕方ないくらいの高級店なのであった。肉にするか魚にするかたずねられ、魚のコースを選ぶ。

Tf0709

<小鉢セット>GR DIGITAL

まず出されたのが、このような小鉢のセット。手前左から時計回りに、ハリサ、唐辛子ペースト、ピーマンペースト、オリーブの実である。まずはこれをパンとともに味わい料理が出てくるのを待つ。

Tf0711

<サラダ>GR DIGITAL

やはりというか、ツナの入ったサラダ。他には、茹でジャガイモや焼きサラダも入る。やや豪華ヴァージョンのサラダである。これまた量が多いが、比較的高級な店ではこんな感じなのか。

Tf0712

<ブリック>GR DIGITAL

これもまたおなじみのブリック。もう何度目かわからなくなってきた。しかし、ナイフを入れると、中から現れたのは、卵とともにエビなのであった。やや小さめのエビだが、それが何尾も入っているばかりか、カットしたイカも混じるという具合である。さすがに海に面したスファックスである。これは美味かった。

Tf0717

<焼き魚>GR DIGITAL

そしていよいよメイン。焼き魚である。焼きすぎのような感もあるが、特製のソースとともに味わうと、アジのような食感があった。ボラなのだろうか。とにかく美味い。

Tf0720

<デザート>GR DIGITAL

25ディナールの値段は嘘をつかないというか、食後のデザートとコーヒーまで付く。アイスクリームである。メロンとバニラ味だったと思う。コーヒーはもちろん、エスプレッソ。

料金は25ディナールプラス飲み物代。実は泊まっている宿の1泊料金とほぼ同じ。チュニジアでもっとも奮発した食事だったかもしれないが、美味しかった。

Le Corail 日曜休み。 営業時間 12:45-16:00/19:00-23:00

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2009年11月28日 (土)

スファックス旧市街

スファックスにももちろんメディナはある。宿に投宿後、しばらくして訪れてみたが、閑散としていた。

Tf0567

<馬が引く荷物>MZ-3/35mm/RVP100

スファックスのメディナにある商店街は月曜日が休み。メインゲートであるディワン門にある小さな売店を除き、ことごとく商店は閉まっていて、人通りもまばらである。まったく面白味のない中、反対側の門まで歩くが、わずかに馬が荷物を引く場面に遭遇しただけだった。

Tf0683

<荷車を押す男性>MZ-3/50mm/RVP100

明けて翌日、エル・ジェムから戻り宿で一休みしたあとの夕刻手前、もう一度出かけてみると、ふだんの活気が戻っていた。商店はすべて開かれ、たくさんの人通りである。

Tf0697

<パン屋>MZ-3/50mm/RVP100

スファックスのメディナは世界遺産ではない。だが、人の営みは世界遺産であろうがなかろうが同じである。ちょうど夕刻。パンを選ぶ人も多い。ここでは、フランス風のバゲットだが、アラブ風の平たいパンもあるはず。

Tf0698

<二人の老人>MZ-3/50mm/RVP100

ディワン門に戻る。日中は嫌になるくらいの暑さのスファックスだが、陽も落ちつつあり涼しくなってきた時間帯だ。ディワン門のあたりには夕涼みに出てくる。そんな中からいい表情をしていた老人二人に声をかけ、写真を撮らせてもらった。

んー、にしても表情堅いなあ。おまけに目をつぶってしまっているし。「しょうがねえな。この外国人。まあ、いいけど心まで撮されたくない」みたいな感じでしょうか。

まあ、こういう例もあるってことです。少し残念でありました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年11月23日 (月)

チケット売り場にて

エル・ジェムからの帰りにもルアージュを利用する。鉄道は時間が合わなかったことと、バスターミナルを見つけられなかったからだ。エル・ジェムのルアージュステーションは、小さいながらもチケット売り場があり、スファックスまでのチケットを求めると、窓口のオヤジは「ルアージュで払うように。それに3時までは来ない」というようなことを、身振りを交えて伝えてくれた。

「それより、ルアージュが来るまでここで待っていたら?」という勧めに、小さな小屋のようなところで待つことにした。傍らにいた若者が椅子を持ってきてくれる。それにしても、間が持たないな。売り場のオヤジは外国人慣れしているのか、アラビア語とフランス語、そして身振りを駆使していろいろと話しかけてくる。

そんなときに役に立ったのが、「旅の指さし会話帳・アラビア語(チュニジア方言編)」であった。はじめは、こちらがイラストとカタカナを参考に話していたのだが、この本に目をとめたオヤジが本を借りると、そこから矢継ぎ早の質問が飛んできたのである。

Tf0670

<本に目をやるオヤジ>GR DIGITAL

この本は、単語を誰にでもわかるようなイラストで解説し、その下に、アラビア文字とカタカナで読みが書いてある。まことにわかりやすいものなのである。このオヤジも瞬時にその仕組みを理解し、活用したのだ。はっきりいって、自分が読むよりも活用してもらえたと思う。

昨年、ルアンパバーンで泊まった宿では従業員がこのラオス語版を活用して、日本語を学習していた。もちろん、日本語は読めないので、ラオス人従業員がイラストを指さして、こちらに日本語の発音をしてもらうというもので、暇な時に格好のレッスン相手になったことがある。その宿のマネージャー代行みたいな若い男性は、ある程度日本語ができ、若手にも教育を施そうということらしかった。

Tf0671

<胸を張るおじさん>GR DIGITAL

「ノキアの携帯電話は日本でいくらするか」とか、「チュニジアまで来るのにいくらかかるか」といった質問が飛ぶ。「チュニジアの料理は何が好きか」、「これは食べたか」、「あれは好きか」等々。

いささかくたびれてきた頃、ようやくルアージュがやってきた。「それじゃ、また」と挨拶だけは覚え立てのアラビア語で返し、ようやく車上の人となった。帰りのルアージュは1時間ぴったりでスファックスに到着した。ほどよい疲れが残った。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2009年11月21日 (土)

シュワルマとブロシェット

マグレブでのお手軽料理は肉を焼いたものだろうか。チュニジアではシュワルマとブロシェットを食べた。

Tf0314

<シュワルマ>GR DIGITAL

チュニス旧市街で昼食に食べたシュワルマ。それほど腹が空いてなく、普通のレストランに入るには時間が惜しい。そんなときに見つけた地元の人向けらしい食堂へ。こういうところではサイドメニューを頼む必要がない。

モロッコで食べたシュワルマは薄いパンに包まれたサンドイッチのようなものだった。しかし、ここでは、バゲットのついた一品料理のようだった。一皿に、肉とサラダ、フライドポテトまでが付いてくる。

肉はもちろん羊肉。だが臭みはほどよく消され、肉もまたジューシーなのだ。肉もかたまりを小さく切ったものではなく、トルコでよく見られるドネルケバブのようなものだと思う。飲み物と合わせて4.5ディナールとお手軽。

Tf0664

<ブロシェット>GR DIGITAL

ブロシェットは肉を串に刺して焼いた料理。トルコではシシケバブということになる。こちらも肉はもちろん羊肉。香辛料を効かせ、こちらも臭みはない。ただ、冷めてしまうと美味しくない。

Tf0658

<炭火で>MZ-3/35mm/RVP100

この店では焼き物をよく扱うようで、その場合は厨房ではなく店頭でデモンストレーションのようにして焼いていた。

ブロシェットはモロッコではパンに挟んで食べるとも聞いていたのだが、この店もバゲットを出してくるので、その方法では食べられない。串焼き料理は焼く時には串に刺していても、客に提供する時には串を抜くこともあるが、この店はそのままだった。

そして、やはり一皿にすべてがつく。飲み物と合わせて10.5ディナールとちょっと高め。ま、エル・ジェムの円形闘技場前という場所のせいもあるだろうが、食後のサービスとして熱々のミントティーが出てきた。

時間がない時、それほどたくさん食べたくない時、この二つの肉料理はもっともお手軽に食べることができるのではないだろうか。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2009年11月19日 (木)

エル・ジェムの円形闘技場

Tf0657

<円形闘技場>MZ-3/20mm/RVP100

スファックスで両替に手間取ったり、ここまでへの交通機関を探すのに手間取ったり、さらには渋滞もあったりして、到着したのは11:00になっていた。あたりをつけて闘技場への道を急ぐが、遠くからでもはっきりとわかる外観が迫ってくる。

チュニジア入国以来4つ目の世界遺産。ローマのコロッセオと同じく、剣闘士(グラディエーター)や猛獣の戦いの場がこの円形闘技場である。かなり大きいものに感じたが、規模の上ではコロッセオにはわずかに及ばないようだ。それでも大きい。

Tf0621

<外観>MZ-3/50mm/RVP100

入場料7.0ディナール、カメラチケット1.0ディナール。相当の規模だが、エル・ジェムはやや辺鄙な場所にあるためか、観光客は少ない。その分落ち着いて見ることができる。それでは内部へ。

Tf0636

<楕円形の内部>MZ-3/20mm/RVP100

実はローマのコロッセオは何度もその前を歩いているのだが、入ったことがない。コロッセオが一般公開されるようになったのは比較的最近のことだ。それは、血なまぐさい戦いがスペクタクルとしては人気がなくなってからというもの、コロッセオは格好の石材提供の場となっていたために、内部の状態がひどいものだったという。

それに比べるとエル・ジェムの円形闘技場はかなり整備されていると思う。だが、スタンド部分は片方に敷かなく、もう一方は現存しない。しかし、その背後にある部分が残り、ここでものが販売されたり、人々の社交場であったはずだ。きちんと階段があり、かなり上部まで上がることができた。

円形闘技場としては、エル・ジェムは比較的よい状態を保っている。フランスのアルルにある円形闘技場はさらに状態がよく、今でも闘牛が行われている。アルルの闘技場ではかすかに牛の匂いがしたほどだ。

Tf0653

<地下部分>MZ-3/35mm/RVP100

闘技場のフィールド部分に金網で覆われたところがあるが、そこが剣闘士や猛獣の待機場所になっている。ここには降りていくことができるが、もちろん獣の匂いはしない。ただし、人がいたことを証明する痕跡は残っていた。

それにしても、大きな建築物だった。Sigmaの20mmレンズを多用したことでその大きさがわかってもらえるだろうか。1枚目の写真は実は最初に訪れた時のものではない。出てきて食事をしていた時のものだ。

たまたま、遺跡を見渡せる食堂があり、その前に観光用のラクダが飼われていた。「これは絵になる」と思い、カメラを構えていたら、以下にもチュニジアという服装の女性が通りかかり、近づくのを待ってシャッターを押したもの。自分としてはその時満足のいくものではあったが、ぎりぎりで食堂の観葉植物が写り込んでしまった。ま、椅子に座ったままという安直な姿勢だったので、しょうがないともいえるが。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

«ルアージュ