2010年2月 9日 (火)

ツーリスティックゾーンを歩く

スースの新市街にあるのが、ハドルメテ海岸。ここを中心にして、ツーリスティックゾーンが展開している。

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<カフェ>MZ-3/35mm/RVP100

チュニジアの都市には必ずあるといってよい、ハビブ・ブルギバ通りを進んでいくと海岸に出る。そこにあるカフェはまるでヨーロッパかとも思えてしまう瀟洒な作り。旧宗主国がフランスなのでそのあたりは洗練されているはず。

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<ハドルメテ海岸>MZ-3/77mm/RVP100

ビーチは他の地中海エリアにある国のものと特に変わりはない。ここにもランク付けがあり、無料の誰でも入っていけるものと有料のものとがある。同じ地中海といっても、ヨーロッパ側のビーチはさらに華やかなのだが、やはりムスリムの国なので男性の比率が圧倒的に多い。

それでも、イスラム国では比較的肌を露出するのに寛容なのではなかろうか。モロッコのラバトでは圧倒的に男性ばかりのビーチがあったが、異様なほどの混雑具合で、ここの3倍近くは人口密度が高かった。

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<特殊なビーチサッカー>MZ-3/77mm/RVP100

モロッコでは純粋に泳ぐだけといった感じだったが、スースではいくつかのアトラクションも用意されていた。パラセイリングとかバナナボートなどはヨーロッパ仕込みなんだろうが、このビーチサッカーは、ボードゲームの中にそのまま人間が入り、そのままプレイヤーとして動くみたいなものである。ゴムで固定されているので、動きは限定されるだろうから、なかなかボールひとつでは近くにボールがやってこなそうにも思えるが。

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<観光列車もどき>MZ-3/35mm/RVP100

ここからは、ポート・エル・カンタウイという、スースに隣接したリゾート地への観光列車(もどき)が発着する。約5km離れているそうだが。もどきと書いたのは、形は列車なのだが、実態はクルマなのだ。軌道もついていないし。これは一般公道を走る。

こうした列車もどきはヨーロッパの観光地ではよく走っている。観光客を乗せてその都市の見所を一周するといったものだ。こうしたものはかなり人気があるようで、子供ばかりでなくいい年をした大人も、いや大人の方がたくさん乗り込んでいる。ちなみにこの列車もどきはイタリア製のようだ。

男性が多いと書いたものの、家族連れもかなりいて、クルマでやってきたり、徒歩で小脇に敷物やパラソルを抱え、水着の上に軽く羽織るものを着てこのあたりをぞろぞろ歩いていた。

また、この日は曇りがちだったが、RVP100の発色は比較的よかったように思う。でも晴れている方がいいなあ。

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2010年2月 7日 (日)

スースのパイレーツ

スースは3つのエリアに分かれるといってよいだろう。ひとつは旧市街のメディナ。2つ目はビーチエリアでツーリスティック・ゾーンと呼ばれる。こちらに関してはあとで記事にする。そして最後が港エリアである。

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<クルージング船>MZ-3/35mm/RVP100

港にはこのようないかにも海賊船といった木造船が数隻停泊している。もちろん現代のチュニジアに海賊がいるわけもなく、凝りに凝ったクルージング船なのである。

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<船首部分>MZ-3/77mm/RVP100

いずれの船も微妙にデザインが異なる。ここはイスラムの国だが、船首にある飾りはヨーロッパ風だ。この夏の旅ではあまり出番のなかった、FA77mm Limitedを使ってみた。旅ではあまり出番がないのは、このところ人物撮影でも50mmくらいにとどめているから。どちらかというと、広角寄りにシフトしているということなのだが、この間のアンコール遺跡ではよく使った。

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<メトロ線>MZ-3/35mm/RVP100

港エリアをさらに南に行くと、モナスティールやマハディア方面への鉄道駅がある。地元ではこれをメトロと呼んでいるようだ。スース中央駅からはここまで線路が延びているものの、実際には使われていない。この間の移動は鉄道ではできない。

だが、時刻表ではスースを経由してマハディア方面に向かう列車がある。たぶん別の経路を使うものだと思うがよくわからない。

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<漁港>MZ-3/50mm/RVP100

そのメトロと港の間には漁港と魚市場があった。このあたりは魚の匂いに満ちあふれている。

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<釣り人>MZ-3/35mm/RVP100

その漁港近くではのんびりと釣り糸をたれる人も多い。見た目よりは海の色がいまいちなのだが、釣果はかなりあるようだ。また、この釣り人はこちらがシャッターを切るまでポーズをとり続けてくれたことを記しておく。ツーリストへのサービス精神もある。モロッコだとモデル料を請求されたりと小うるさい場面も目につくのだが、チュニジアでは比較的寛容である。

スースの報告はまだ少し続きます。

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2010年2月 3日 (水)

メディナを一望

博物館や美術館の重要性はわかっているつもりでも、時間の限られた旅の中ではほとんど積極的に訪れるということはない。内部に展示されている数々の逸品が素晴らしいものであるとしても、本来の遺跡や寺院や教会などに心惹かれる。たとえそこにあるものがレプリカだとわかっていてもそうなのだ。

たとえていうと、フィレンツェのミケランジェロによるダビデ像だが、アカデミア美術館にある本物よりも、シニョーリア広場に面したヴェッキオ宮殿前にあるダビデ像の方に親しみを感じる。この間訪れたアンコール遺跡ではライ王のテラスにあるライ王像がレプリカとわかっていても、本物を見るためにプノンペンの国立博物館を訪れることはないだろう。

長い前置きだったが、チュニジアで唯一博物館というところを訪れたのがスースでのことだった。と、いってもチュニスのバルドー美術館に次いで大きいという考古学博物館ではなく、私設のダール・エシド博物館というところを訪れた。チュニジアの古い民家を博物館にしたもので、19世紀の中流階級の生活がわかるというものだ。

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<パティオ>MZ-3/35mm/RVP100

この建物自体はメディナで最も古いもののひとつらしい。10世紀のものというので、日本ならば間違いなく国宝級のものだ。入り口を入るとアラブの生活に引き戻されるような気がする。そこにはパティオがある。

パティオというとスペインのものと思われがちだが、元々はイベリア半島に進出していったアラブ人が持ち込んだものである。モロッコに行けば、古い屋敷を改装したレストランが数多くある。もちろんチュニジアもアラブ勢力の影響下にあったのでこうした建物は数多いはずだ。

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<タイル>MZ-3/50mm/RVP100

こうした建物は外見上はどうということのない石造りのものだ。しかし、内部は美しい。従って、外見で中身を判断してはいけない。マグレブを支配したアラブはとうの昔にイスラム化されていたので、意味のある絵や文字の装飾はないはずだが、このタイルは植物をあしらってどうにかアラベスク模様を作り出している。メッカ発祥のイスラムもマグレブまでくると、解釈が緩くなるということだろうか。

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<寝室のひとつ>GR DIGITAL

ひとつの階には4つくらいの部屋があり、いずれも天蓋付きのベッドが置かれていた。冒頭で「中流階級の生活」と記したものの、セレブ級の生活であると思う。ベッドも見事なのだが、中にはハマム付きの部屋などもあったりするほどであった。

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<スースのメディナ>MZ-3/50mm/RVP100

3階より上は螺旋階段が続いていた。登り詰めてみるとセルフ式のカフェとなっている。飲み物を購入し、一休み。そこはメディナを一望できる場所となっていた。港に停泊している船までばっちりだ。博物館自体がメディナの中でも高い場所にあり、ひときわ高いミナレットを持っているのでこうした風景を見ることができる。

メディナで一番高い場所にあり、メディナを一望できそうなものにはカスバがあったが、ここは立ち入りができないのでこの博物館のカフェに行くだけでもここを訪れる価値はあると思う。

ね、アラブの建築は外見殺風景でしょ。

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2010年1月30日 (土)

スースのグラン・モスクとリバト

しばしスキャンに手間取っている間に、ココログの仕様が変更になったようです。ちょっとめんどくさい。さて、ブログの再開は季節感が逆戻りしますが、夏のチュニジアから。

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<夜のグラン・モスク>MZ-3/50mm/RVP100

スースに到着した日は、もっぱらメディナを目的もなく歩いただけ。本格的な観光は翌日に回すことにし、この日はもっぱらロケハンのようなことを行った。夕食を終え、再びメディナへ。グラン・モスクがわずかにライトアップされている。

いちお、上の画像は絞り開放、シャッタースピード1/8秒くらい。三脚は持って行かなかったので手持ちで撮影したが、うまく撮れていた。ただし、カメラ側で操作を行っている。MZ-3というカメラは至極簡単なメカニズムであるが、露出範囲を狭くしたり、広くしたりできる。また、ピントを合わせるポイントも中央の1点のみなのだが、この範囲も狭くしたり、広くしたりできる。どちらも狭くして、モスクのミナレットの明かりがついている部分を狙って撮影した。

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<グラン・モスク>MZ-3/20mm/RVP100

あけて翌日。はれて入場してみた。料金3.0ディナール。普通撮影料を請求されるはずだが、スースでは必要なかったようで、払うことはなかった。歩き回れるのはこの中庭のみ。建物内には入ることができない。だが、チュニジアにやってきて初めて入るモスクである。

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<モスクの内部>MZ-3/50mm/RVP100

すでに礼拝の時間は終わり、建物内はひっそりとしていたが、アラブ服に身を包んだムスリムがわずかにいた。そんな人物を撮ってはいけないだろうと思い建物内の写真はこれだけである。

グラン・モスクとはいうものの、 あまり面白味がない。チュニジアにはまだいくつかのモスクが外国人にも開放されていて、そちらに期待しようか。と、いうことでモスクをあとにする。

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<リバト>MZ-3/50mm/RVP100

モスクのすぐそばには、リバトと呼ばれる物見の塔がある。メディナで最も古い建造物とのことだ。ここももちろん入場料を払い見学することになるのだが、入場するのはやめにした。入場したところで、リバトの写真は撮れない。そこで、そのすぐそばにある土産物屋の屋上でリバトを眺めることにしたのだ。

チュニスのグラン・モスクの周辺にはモスクを眺められるという土産物屋がいくつかあり、観光客に盛んに声をかけてくる。だが、スースではそういうこともなく、眺めたからといって見学料を請求されたり、土産物を買えと迫られることはなかった。

Postscript まだまだリハビリ期間です。年末にPCの動作がおかしくなり、旅から戻ってOSの再インストールをしました。それに伴い、入れてあるソフトなども入れ直さなくてはならなくなり、スキャナーも設定が必要でした。まあ、うまく動いてくれましたが、スキャン中プレビュー画面が表示されない状態です。ま、画像はスキャンできていると思い、あとで画像処理ソフトで手を少し加えるだけなので、そうそう問題ありませんが、ちょっと違和感ありますね。

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2010年1月20日 (水)

クイティウとマンゴーシェイク

シェムリアップまではバンコクエアウェイズでわずかに1時間。実際の飛行時間は35分というから、はっきりいってチェンマイよりも近い距離にある。6年前も直接バンコクからシェムリアップに飛んだが、そのときもバンコクエアウェイズであった。ただ、そのときにはATR72という、双発のプロペラ機だったのだが、今やこのルートもエアバスが飛んでいる。その飛行機だが、一昨年利用した「サムイ号」であった。

ま、1時間といっても、宿を出たのは早朝だし、アライバルビザの手続きや荷物のピックアップなども含め、宿に到着したのは11:00頃。荷物を整理し、少し足を伸ばしてオールドマーケットに行き、ミネラルウォーターを仕入れ、昼食もそこで取る。

オールドマーケットの周辺はかなりの変貌ぶりで、旅行者向けのおしゃれなレストランもできているが、利用したのは地元民も利用するローカル食堂である。マンゴーシェイクと鶏肉のクイティウをオーダー。

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<マンゴーシェイク>GR DIGITAL

かなりのシロップを使ったシェイクである。元々マンゴーは甘いものだが、この甘みがさらにトロピカルな雰囲気を盛り上げてくれそうだ。暑いところではこうした飲み物はそれほど苦にならない。しばらくたつとクイティウが運ばれてきた。

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<鶏肉入りクイティウ>GR DIGITAL

クイティウというのは、単に「地球の歩き方」の表記を借りてきただけのものである。タイではクァイティアオとなり、要するに中国の影響を受けた米から作った麺料理ということになる。タイではスープのあるなしや具の指定が客の好みで受けすれられるが、カンボジアではスープ麺がデフォルトのようである。

また、タイでは麺料理ににんじんやレタスなどの野菜を使うことはほとんどないが、カンボジアではどんな料理にも野菜が多めに使われているという印象が強い。メインの具は鶏肉だが、エビも入っていた。これは、トンレサップ湖でとれたものだろう。そして、スープはあまり癖がなくタイと異なり化学調味料がほとんど使われていないと感じた。

麺は細めのものだがややコシがある。テーブルにはトゥック・トレイという、魚醤が置かれていたので、その他の調味料を適宜入れてみた。割とコクのある味になる。

6年前は遺跡エリアなどで昼食に麺料理を食べたりしたが、あまりクイティウは見かけなかった。あるのは、インスタントラーメンを使ったこんな感じの麺料理ばかりだった。

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2010年1月17日 (日)

チュニジアの三輪自動車、その他の交通機関

久しぶりに、夏の旅の話です。またもや小ネタですが。

スースに到着し、早速旧市街へ。すると見かけたのは、東南アジアを走るトゥクトゥクとまったく同じような三輪自動車である。

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<スースのトゥクトゥク>MZ-3/35mm/RVP100

青と紫のツートーン。このあたりの色遣いはタイ風でもあるか。やや異なるのは、屋根が外に張り出していること。そして、乗客の足がはみ出ていることから見ると、外を向いて座るもののようだ。従って、バンコクを走るトゥクトゥクよりも、多い人数が乗り込めると思われる。

ちなみに、黄色いクルマはメータータクシー。限られた日数でチュニジアを旅したが、他の都市ではこのような三輪自動車をタクシーとして使われている場面を見たことがなかった。

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<観光馬車>MZ-3/35mm/RVP100

同じスースで見かけたのが観光馬車。2頭だてである。たぶんに観光客しか乗らないと思われる。こんな馬車は素ファックスでも見かけた。乗客が乗るキャビン部分は花などをあしらい、かなり飾り立てられている。

モロッコでも、馬車は見た。観光地で観光客を乗せるものだけでなく、クチと呼ばれる地元民のきちんとした交通機関として、タルーダントというところでは馬車が存在する。

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<乗り合いタクシー>MZ-3/50mm/RVP100

上の画像はチュニスのものだが、スースでも同じようなカラーリングの乗り合いタクシーが走っていた。チュニスにいたときにはこの乗り物が何であるかわからなかったのだが、スースではドライバーに声をかけられ、乗り合いタクシーであることがわかったのだ。とはいえ、ルートもわからないので乗っていない。

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<ロバ>MZ-3/35mm/RVP100

スースのメディナではロバを使役動物として荷物を運ばせていた。ま、交通機関ではないものの、意外にチュニジアではこういう例は少ない感じである。それは、モロッコのメディナほど通りが迷路化されてなく、クルマも入ってくることができる部分もあるからと考える。

Postscript 夏の旅の画像ですが、まだスキャンが進んでいません。OSの再インストールということをやったので、スキャンの準備にやや手間取っています。ま、長い目で見てやってください。そんなわけで、今回は夏の旅とこの間の旅の記事が混在するかと思います。

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2010年1月16日 (土)

タイのカップ麺

まだまだ、チュニジアとフランスのエントリーが残っているものの、スキャンができない状態でもあり、かといってアンコール遺跡群のリバーサル現像もまだという状況です。なので、小ネタをアップします。

バンコク到着翌日、ワット・アルンに行き撮影テストみたいなことを行った。その後いつものバンコク食堂(実名ではなくバンコクに行くといつも食べに行く店をこう呼んでいる)で昼食を取ったものの、宿に戻りかけると小腹が空いていた。幸い、部屋はキッチン付きの作りだったので、何か仕入れようと、コンビニでカップ麺を購入してきた。

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<トムヤム味カップ麺>GR DIGITAL

コンビニ価格13バーツ。もちろんタイ語は読めないが作り方は至って簡単。お湯を注ぐだけだ。しかし、ラベルをはがすと、袋に入ったスープが2種類あった。一つは粉末の唐辛子状のもの。もう一つはナムプリックのような味噌風のものであった。

コンビニでは割り箸をつけてくれなかったのでキッチンから箸を探してみたが、見あたらずフォークを用意したが、プラスチック製の折りたたみフォークが麺に付属していた。さて、スープを麺に投入し、お湯を注ぐ。

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<スパイシーな麺>GR DIGITAL

一口。スパイシー。タイの味だ。粉末スープにフリーズドライのエビも含まれているようだ。結構満足する味で、小腹も収まる。わずか13バーツなので、一時は真剣に土産にしてもいいと思ったほどである。

うちの近所のスーパーでも売っているといいのに。

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2010年1月10日 (日)

年の初めに/旅の報告

お久しぶりです。

すでに旅から戻って、5日ほどたちますが、ここまで報告が遅れてしまったのは、PCのトラブルから。なぜか、うちにあるメインのPCは、この季節になると機嫌を損ね、OSの再インストールという荒療治を施してやらないといけないのですね。

初期設定に戻すのは簡単なのですが、それに伴い様々なソフトを入れる必要があり、ブログにとってはもっとも大事な画像処理ソフトを先ほどインストールしたばかりです。まだまだ、本家のホームページ用にホームページ作成ソフトを入れなくてはならず、それはまた後日だなあ。ますます、旅行記が作れなくなってくる。

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<お世話になったドライバー>GR DIGITAL

  • 12/26 バンコク泊
  • 12/27 バンコク観光
  • 12/28 シェムリアップ泊~アンコールワット、プノン・バケン

旅の空気に慣れるために、バンコクに前後2泊ずつしました。そして、3日目、シェムリアップへ。ホテルの案内によると、送迎があるという話だったが、それは見あたらず、プリペイドタクシーを利用することに。「これからどうするの?」という、ドライバーからの提案により、迷わず6日間雇うことに決めた。

ドライバーの名は、レイ。本当はもっと長い名前なのだが、それで通じる。驚いたのは、きちんとした組合にでも入っているのか、携帯だけでなく無線を持ち、絶えずどこかと連絡していること。また、6年前にはクルマが右側通行のカンボジアでも、タイのアランヤプラテートから入ってきた右ハンドルのカムリばかりが目立っていたのだが、レイによると数年前に右ハンドルの輸入が禁止になり、今は左ハンドル車だけが輸入を許されているとのこと。レイのクルマは左ハンドルの青いカムリである。

  • 12/29 シェムリアップ泊~バイヨンとその周辺、チャウ・サイ・テボーダ、トマノン、タ・ケウ、タ・プローム、バンテアイ・クディ、スラスラン
  • 12/30 シェムリアップ泊~プリア・カン、ニャック・ポアン、タ・ソム、東メボン、プレ・ループ、バコン

Aw02

<バコンの物売り少女>GR DIGITAL

シェムリアップに信号が増えたのもさすがに6年という歳月なのである。6年前は国道6号線のちょうどシェムリアップの中心あたりに1箇所あったくらいで。とにかく、いろいろ回ってもらったところ、再びの驚きだったのは、物売りたちがあまり日本語で呼びかけなくなったことだろうか。

6年前は年齢を問わず、男性ならば「オニイサン」女性ならば「オネーサン」という呼びかけがデフォルトであった。それだけ日本人観光客が多かったということなのだが、今や観光客の主役は中国人と韓国人に奪われている。それでも日本人観光客はかなりいるのだが、ざっと見積もったところ、中国人はその4倍、韓国人は2倍という感じである。また、バックパッカー的な観光客もかなり減っているように感じた。

以前の旅でも物売りたちをスナップしてみたが、かなり硬い表情であった。それが今や、デジカメのモニターを見せるととびきりの笑顔になってくれる。それだけカンボジアも余裕ができてきたということなのだろうか。カンボジアの通貨、リエルはまだまだ信用がおけないようだが(カンボジアではかなりの部分アメリカドルが通用している)市場や商店には物があふれ、クメール人の生活もかなり上昇している。走るクルマもトヨタ・カムリ一辺倒ではなく、メルセデスやBMWだってある。日本車もカムリだけでなくカローラもあればマーチだって走っている。

  • 12/31 シェムリアップ泊~プノン・クーレン、バンテアイ・スレイ、バンテアイ・サムレ
  • 01/01 シェムリアップ泊~コーケー遺跡群、ベンメリア
  • 01/02 シェムリアップ泊~バイヨンとその周辺、アンコールワット

Aw03

<デバター>GR DIGITAL

カメラはメインのMZ-3にGR DIGITALのみ。レンズは20mm、35mm、50mm、77mmを持参。ストロボも持って行ったが、アンコールワットの一部分のみ使用した。三脚は結局持参しなかった。フィルムはフジのプロビア100F(RDPIII)を20本とNeopan Acrosを3本用意していったものの、RDPIIIを18本撮って終わりです。シェムリアップの2日目あたりでかなり撮りすぎてしまった感覚があり、急遽GR DIGITALを大幅に使用し、リバーサルの節約をした。こちらはまだ現像に出していないし、チュニジアとフランスの残りもあるので、お見せすることができるのは当分先になるだろうが。

遺跡がメインだとどうしても同じような対象と構図が続いてしまうような気がして、遺跡全体とある程度定番の写真を少し撮るだけにし、あとはデバターと呼ばれる女神たちのレリーフを中心に撮ってみた。さて、できはどうなんだろう。自分でも気になる。

  • 01/03 バンコク泊
  • 01/04 バンコク泊~ダムヌン・サドゥアク水上マーケット観光
  • 01/05 帰国

という感じの旅でした。今回、ネットブックを持参したものの、旅行前日の購入という付け焼き刃的なものだったので、現地からの画像もアップできず、ネットカフェも併用するという有様でした。シェムリアップでは宿でアクセスできるはずだったのに、接続上のトラブルがあったらしく、IDとパスワードをもらえず、バンコクでは有料ながらアクセスできたものの、記事をアップしようとするとそれができないことが判明。BBSなど軽いものならばできたと思いますが、ブログのような重い情報を流すにはだめだったようです。ま、これも経験のうち。次回の旅からはネットブックが旅の伴となりそうです。

Postscript 年賀状も作らずに旅立ってしまいました。これから作ります。さて、シェムリアップのドライバー、レイですが、これを読んでくださる方で、アンコール遺跡群の観光をしたい方は、歓迎するとのこと。一応、彼のメアドは控えているのですが、ここでは公表しません。彼のドライブは安全で巧いです。遺跡のこともかなり知っているし、英語も上手です。彼の案内で観光をしたいと思う方は、こちらにメールをください。彼のメールアドレスを教えます。

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2010年1月 2日 (土)

観光終わりました

シェムリアップでの6日間。あっという間の出来事だったような感じです。

主だったところはだいたい網羅したとして、オプションのような感じで、プノン・クーレン、コーケー遺跡群、ベンメリアに行って来ました。気になる料金は350ドルだそうで。予想よりも少なくて助かりました。

フィルムも1日節約し、デジタル中心で撮ったせいか、まだ4本くらい残っています。バンコクでも足りそうですね。

今はオールドマーケット近くのネットカフェからです。今日はバイヨンとアンコールワットを再び訪れ、今のんびりしています。そして、明日またバンコクです。明日は移動なので、買い物などしますが、明後日は最後なので、水上マーケットにでも行こうかと。

また、バンコクの宿がネットにアクセス可能なので、また記事でも書くかと思います。じゃ、またです。

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2009年12月29日 (火)

アンコール遺跡に到着

バンコクからわずか1時間。昨日シェムリアップに到着しました。

問題だった遺跡巡り用の足ですが、空港からのプリペイドタクシーのドライバーにお願いしました。そして、宿は予想よりはくたびれている感じ。客は少ないようです。でもこれから増えるかもしれない。あるいは宿の供給過剰か。

昨日、街歩き中、サンダルの底が破壊されました。ま、遺跡は別の靴の方がいいので問題ありませんが、先ほど13ドルで突っかけ式のサンダルを購入。宿周辺ではこの方が過ごしやすいです。

また、フィルムの消費がはなはだしい感じも。一度来たことのあるところなので、俯瞰くらいにとどめ、デパダー中心に撮ってはいるのですが、今日は訪れた箇所も多かったせいか、3本半撮っていました。

あと4日間、ほぼ全体を網羅しそうですが、ベンメリアに加え、コーケーという遺跡群にも連れて行ってもらう予定です。

シェムリアップも変化があって、遺跡チケットに氏名がいらなくなり、その場で写真も撮ってくれます。夕日の名所プノンバケンでは、崖に近い道を登って行きましたが、その道はつぶされ、なだらかな山周りをらせん状に登って行くようになったり。はなはだしいのはアンコールワットで、第3回廊にはアクセス不可です。アンコールワットの崩壊具合もけっこう痛々しく、階段などには緑青が浮かぶような。

その他の遺跡も登りやすくするように木製の階段を設けたりするので、ますます観光客が増えるわけです。ちなみに日本人は減少中。中国人大激増です。

あと数回、シェムリアップからは報告するかも。では。

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