カテゴリー「03c Nepal」の6件の記事

2008年7月 2日 (水)

アジアの三輪タクシー

アジア各地で走る三輪タクシー。インドではオートリキシャ、ネパールではテンプー、タイではトゥクトゥクまたはサムローなどと呼ばれているものだ。その成り立ちは、前川健一の「東南アジアの三輪車」という本に詳しいが、インドでの呼び名から推測されるように、元々は日本の人力車が伝わったものらしい。インドではエンジンのない人力で人を運ぶリキシャもまだあるし、マレーシアのトライショー、ベトナムのシクロなどもその系統である。

ここでは、それらではなく、エンジンつきのものに限って考察してみよう。三輪というところから、かつて日本にも存在したダイハツのミゼットなどを改造したものとバイクやトラクターを改造したものとに分けられるか。

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<チェンマイのトゥクトゥク>MZ-3/35mm/E100VS

タイのトゥクトゥクは上の画像のようなタイプが主流である。カラーリングもほぼ同じ。ミゼットを改造したような感じだが、もはや生産されていないミゼットなので、トゥクトゥク用に部品を作るところもあるとか。イタリアなどでも三輪の小型車はまだ販売されているようなので、そちらからの流用とも考えられそうだが。このタイプは、運転席の後ろに二人くらいならゆったりと座ることもできる。それ以上は、ちょっと苦しくなる感じだ。後席のサイドには安全のための金属のバー(手すり)もあるが、それ以外は取っ払われていて、かなり風通しがよい。

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2008年6月 1日 (日)

ネパール王室

ネパールの議会がついに王政廃止に踏み切ったという。ネパールの王朝はシャー朝といい、1769年の王国統一から続いていたものである。

今から10年前、念願のネパールにたどり着くことができた。首都カトマンズの空港はトリブバンといい第8代国王の名前を冠したものである。空港名も変わるのだろうか。

トリブバンの息子第9代国王マヘンドラが、1960年に憲法を停止し議会・内閣を解散し、政府要人を逮捕した。その後、政党の禁止をうたった新憲法を公布し、絶対王政にネパールは突入する。マヘンドラの息子第10代国王ビレンドラは、民主化の声を受け、1990年に複数政党制を認める新憲法を発布し、ネパールは立憲君主制になる。自分がネパールを訪れたのは、その頃に当たる。

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<ビレンドラの像>EOS1000s/28-105mmZoom/SRS

ビレンドラは比較的穏健で国民の間に人気もあったようだった。ちょうど訪れた期間に12月28日の国王誕生日にあたり、旧王宮のあたりでは、騎馬隊のパレードも行われていた。

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<騎馬隊>EOS1000s/28-105mmZoom/SRS

その2年半後、ビレンドラは王宮の中で長男のディペンドラ皇太子に一家もろとも銃撃され、死亡する。ディペンドラも事件後に自殺を図ったとされ、意識不明のまま、第11代国王に即位したが、3日後に死去。第12代国王に即位したのが、ビレンドラの弟ギャネンドラである。

ネパール王族殺害事件の真相は闇の中であるが、事件当時ギャネンドラはポカラに滞在していたという。また、ギャネンドラの家族だけが事件の中で生き延びていて、実は宮廷クーデターなのではないかということが推測されている。

その後、ギャネンドラは下院を解散。首相を解任し、直接統治を宣言。その後、地方などでは内戦状態となっていく。度重なるデモの中で、ビレンドラは直接統治を断念し、議会を復活させる。その後、総選挙。ついに、ネパール王政は廃止となった次第である。

まだ、ギャネンドラは王宮にいるみたいですが。ともあれ、マオイストも参加する形となった現在のネパール議会。国内の安定をこれからどこまでやっていけるか。個人的には、いつかはトレッキングもやってみたいので、まだ数年は見守っていくしかないのか。早期の安定を望みたいものです。

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2007年7月29日 (日)

ネパール:チベット難民キャンプ

ネパールのポカラに滞在中、チベット難民キャンプを訪れた。チベット難民とは、1959年のチベット動乱に伴い、チベットを脱出してきた人たちが住むエリアである。この動乱で、ダライ・ラマ14世もインドに亡命し、ダラムサラで亡命政権を樹立している。

ネパールはヒンドゥ世界であるものの、チベット系の住民もかなり多く、チベット仏教(ラマ教)の文化や習慣もかなりよく目にすることができる。首都のカトマンズではどちらかというとインドに近い感じがするが、ポカラでは頻繁にチベット人たちを目撃する。街にはチベット人女性の物売りも数多いが、彼女たちは難民キャンプからやって来るようである。

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<チベット難民キャンプ>Eos1000s/28-105mm/SRS

キャンプの中心にはチベットの村落と同じように、石で囲まれた守り神のようなものがある。人々はこの周りを右回りに歩いて経文を呟くのである。その人たちは携帯用のマニ車を手にしている。マニ車の中にはやはり経文が書かれているものが入り、マニ車を右に回転させながら経文を呟くのが普通である。

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2007年7月19日 (木)

ネパール:トロリーバスで子供と交流

ネパールという国は交通網があまり発達していない。鉄道などはインドと接するごく一部の場所だけにあるらしいが、あとの陸路移動はバスやトラックだけとなる。首都であるカトマンズ近郊でも交通事情はほぼ同様で、バスまたは三輪タクシー(テンプー)、タクシーくらいがせいぜいか。しかし、カトマンズとバクタプルを結ぶトロリーバスが唯一の例外かも知れない。

物珍しさもあって、カトマンズからの日帰り旅行のバクタプル行きは往復ともトロリーバスを利用した。もちろんトロリーバスは初めてである。カトマンズの中心からかなり離れた場所にある乗り場に行くと、しばらくしてトロリーバスが登場する。

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<中国製トロリーバス>Eos 1000s/28-105mm/SRS

中国の資金援助でできたというトロリーバス。もうかなりの時間が経っているからかひどくオンボロである。乗り込んでみると、電気で走る以外はまあ普通のバスか。ただし、最初座ろうとしたところには吐瀉物がぶちまけられていて、後方に移る。

ネパールは英国式に車両は左側を通る。すなわち右ハンドルだが、トロリーバスは左ハンドルであった。ただし、人の乗降口も左側についている。まあ、当時の中国が単に右ハンドルのバスを作れなかったからかも知れないが。

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2007年6月30日 (土)

政府公認?

ネパール、ポカラでの出来事をもう一つ。

散歩にも飽きてぶらぶらとレイクサイドまで裏道の住宅街のようなところを歩いて戻ってきた。観光客や客引きとは無縁の生活の場である。ここは住民のライフスタイルを目撃することもできる。

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<ネパール式揺りかご>Eos1000s/28-105mm/SRS

通りから人々の家は丸見え。ネパールの幼児たちはこんな揺りかごで遊んでいる。しばらく歩くと1軒の商店があった。

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<公認の店?>Eos1000s/28-105mm/SRS

もうおわかりかどうか。ガンジャを売る店です。ただの住宅街なのに、ぽつんとこれが存在しているということは、それなりの需要があるということでしょうか。蔵前仁一氏などによるとインドやネパールは法律上麻薬類は禁止ということになっているが、ガバメント・ショップなるものがあり、そこでは堂々とこれらが売られているとのこと。それが、ポカラにもあったのだ。

まあ、ヒンドゥ教の宗教行事には欠かせないものだともいわれているし、法律解釈のフレキシブルさもよくわかりませんが、ツーリストが入り込むものではないでしょうね。

そんなものかと宿へ歩き出した時に、聞こえてきたのが日本の豆腐売りのようなラッパを鳴らす音。自転車に乗った男が近づいてくる。男は自転車を止めて売り物を見せてくれた。

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<売り物>Eos1000s/28-105mm/SRS

茶色い塊。そうなんです。あれです。自転車で住宅街を流しても商売が成り立つんでしょう。もちろん、買わなかったけど、考えさせられるものがありましたね。

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2007年6月27日 (水)

ネパール:新年の踊り

何を隠そう、初めての海外個人旅行がネパールなのである。この時は、友人を誘って出かけた。その年の大晦日はポカラで迎えた。ポカラでは、マチャプチャレというヒマラヤの一部を望むことができる。とはいえ、滞在していたレイクサイドではけっこう間近に見えるものの、ペワ湖のあたりまで出るとマチャプチャレが隠れてしまったり、陽が高くなると雲が出てきて山が隠れてしまうこともあった。

せっかく来ているのだからと、新年はサランコットの丘から初日の出を見ようということになった。しかも、ここは、ポカラの街では見ることのできないアンナプルナなども望めるのだ。タクシーをチャーターして、丘へ。まだ真っ暗な中初日の出にそなえたが、次第に集まってくるのは圧倒的な日本人旅行者とごく一部のインド人観光客くらいだった。

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<マチャプチャレ>Eos1000s/28-105mm/SRS

手持ち、スローシャッター、高倍率撮影。ほとんどピントが来ていません。しかも、日付と時刻まで入っているし。一応、リバーサルを使っていたのですが、ほとんどメモ替わりですね。なお、この時は現在のMZ-3ではなく、Eosの一番安い機種を使っていました。しかも、一眼レフでありながら、交換レンズなしのズーム一本勝負。今なら考えられない。ちなみに、Eos1000sはすでに廃盤になっていたかな。後継機種がEos Kissです。

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