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2006年11月30日 (木)

メキシコ:死を賭けたゲーム

メキシコ最後の訪問地は、チチェン・イッザであった。もちろん世界遺産で、内部は新旧のエリアに別れる。チチェン・イッザは7世紀頃最盛期を迎え、いったん衰退する。しかし、10世紀に中央高原の覇権を握ったトルテカ人と手を組み、マヤ・トルテカ文明をおこし復活する。なかなかしぶといのである。

入場してしばらくは森の中を進むが、開けてきて最初に目に飛び込んでくるのは、エル・カスティージョと呼ばれる大ピラミッドである。意味は城とか城壁であるが、その通りかなりの迫力である。

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<エル・カスティージョ>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

画像で見るとあまり大したことないがこの石段を見上げるとなかなかの角度である。高さ、25メートルなので、小さなビルくらいはあるか。ちなみに、アンコールワットの中央祠堂に登ったことがある人ならば、大丈夫。こちらの方が条件的に楽である。

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<見下ろすと>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

このピラミッドは4面どこからでも登ることができる。さすがに眺望はいいです。

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2006年11月28日 (火)

メキシコ:5つの遺跡巡り

旅の終盤ユカタン州の州都メリダを拠点に遺跡巡りをした。ユカタンのマヤの遺跡で有名なものは、チチェン・イッザとウシュマルであるが、前者はメリダとカンクンを結ぶ幹線の間にある。ここはどちらかの都市から1日がかりで回るのが通常。ちなみに、チチェン・イッザの入口には荷物預かりもあるので、移動の途上で見学することも可能である。

さて、メリダ周辺の遺跡には、世界遺産ウシュマルの他、カバー、サイル、シュラパック、ラブナという遺跡がある。これらはマヤ・プウク様式の遺跡であり、都合がいいことに、このすべてを回るツアーバスがあるのだ。これは、メリダの2等バスターミナルからATS社のTour a la Ruta Puucという周遊バス。当時の料金113ペソ。基本的に2等バスなので、都市間を移動する1等バスよりは乗り心地が劣るかも。

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<ATS社の周遊バス>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

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2006年11月26日 (日)

次の旅

お知らせ。画像はなしです。

ミャンマーの手配をしてきましたが、先週知らせがあって、アライバルビザの手配が完了したとのこと。これで、間違いなくミャンマーを訪れることができます。今回はミャンマー国内の手配もすべてPing Longという、現地の旅行会社に頼んだので、全日程が決まっています。

  • 2006/12/26成田~バンコク~ヤンゴン ヤンゴン泊
  • 2006/12/27ヤンゴン泊
  • 2006/12/28ヤンゴン~ニャンウー バガン泊
  • 2006/12/29バガン泊
  • 2006/12/30バガン泊
  • 2006/12/31ニャンウー~ヘーホー ニャウンシュエ泊(インレー湖)
  • 2007/01/01ニャウンシュエ泊
  • 2007/01/02ヘーホー~ヤンゴン ヤンゴン泊
  • 2007/01/03ヤンゴン~バンコク バンコク泊
  • 2007/01/04バンコク泊
  • 2007/01/05バンコク~成田

決まっていないのは、バンコクのみ。これも、ネットで予約を入れておきます。

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2006年11月25日 (土)

メキシコ:野性の呼び声・ラ・ベンタ遺跡公園

ベラクルスからビジャエルモッサへ移動。ビジャエルモッサはタバスコ州の州都だが、その規模は小さい。そのまま、バスを乗り換えてマヤの遺跡のあるパレンケまで行こうとしたが、力尽きそのままバスターミナルに隣接する宿へ。

翌朝、あらためてパレンケを目指そうとしたが、あいにくとバスが満員で午後の便しか取れなかった。それまでの時間つぶしに市内にあるラ・ベンタ遺跡公園へ行く。ここはオルメカ文明と呼ばれる、アフリカからの影響の残る遺跡を集めたもの。公園内には動物園も併設されている。

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<オルメカ・ヘッド>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

オルメカ文明とは、紀元前12世紀頃にメキシコ湾岸に栄えた文明で、マヤやアステカ以前の古い文明である。この公園には出土品を整備してジャングルの中で公開してある。

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2006年11月24日 (金)

かすてら音楽夜話Vol3:香港でたまたま耳にした王菲

たまに語る音楽話。これを「かすてら音楽夜話」と題して不定期で取り上げていきたいと思います。以前取り上げた、「日本シリーズと浜田省吾」と「2007年は達郎&まりや…かなあ」も、このカテゴリーに入れちゃいました。ということで、3回目。「音楽情報CASTELLA MOON」から来ている数少ない読者の皆さんも、是非とも参加してもらいたいです。

自分の出自を明らかにしておくと、その昔のパソコン通信時代、音楽フォーラムFBEATというものがあり、ここで主に日本のロック/ポップスについてやたらと書き込んでいました。ハンドルネームはヒョウタンツギ。(おわかりですね。現在ここで名乗っているヒョウちゃんというのは、パソコン通信の別フォーラムFWORLDでのハンドルネームです。まあ、どちらで呼ばれても全然構いませんけど。)それが高じて、あるミュージシャンのデビュー20周年特設会議室まで作ってもらって、そこのお世話係(板頭)まで仰せつかっていました。

FBEATが消えてしまって、書きたい欲求は渦巻いているというのに、その場所がなかった。なので、ここで語ってしまおうというのがコンセプトです。レスポンス大歓迎。マナーさえ守って頂ければ、一見さんでも構いません。

さて、そんなわたしですから、当然レコードコレクター。とはいえ、住んでいるのが東京都とは名ばかりの地方都市なので、自分の生活圏では欲しいCDなんかもない場合が多い。たまに行く都心のメガストアでは、当然買い漁っていたり。これは、旅行に行ってもついそうなります。アメリカには滞在したことはないけれど、あちらにはまだ出会っていない稀少盤があるんだろうなあ。

で、話は1994年の香港へ。これは、シーサンパンナと大理のツアーからの帰りで、香港に泊まる。帰りの便まで時間があり、たまたまホテル近くのCDショップを覗く。それまで中国人のミュージシャンにはまったく興味がなく、せいぜい日本の曲を広東語で歌う違和感を興味深く思っていた程度。

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2006年11月22日 (水)

旅先購入の日本語本

このところ旅行には文庫本を3冊持参している。たいていは寝付くまでに読むことにしているが、たいがいは旅行中に読み切ってしまう。本のカテゴリーは、推理小説やミステリー、紀行もの、ノンフィクションが多く、小説は滅多にない。

まあ、読み切ってしまってもたいていは再読に耐えうるものなので、困ることはないが、たまには別のものを読みたくなってしまうことがある。そうした場合、日本語の貸本屋がある都市もあるが、利用したことはない。ちなみに、カトマンズやウブドにはこれがあった。また、ちゃんとした日本語の本を販売している都市もある。経験があるのは、台北とバンコク。

台湾には、新光三越というデパートがあり、もちろん日本の三越と関係がある。この中に書店があり覗いてみると、日本語の書籍も置いてあった。そこで見つけたのが宮脇俊三の「台湾鉄路1000公里」という角川書店の文庫本であった。署名からして台湾の鉄道を扱ったもので、思わず購入。202元(ニュー台湾ドル:当時1元およそ3.8円)もしたので、日本で同じものを買うより倍近い値付けということになる。しかし、これは日本でほとんど見つけることのできない希少本であったので、購入して良かったと思っている。データはかなり古い。何しろ、狭軌の鉄道が花蓮と台東の間を走っていた記録になっている。しかし、阿里山森林鉄道の部分を読んで、実際に乗りたくなり、また台湾を訪れたくらいだから。

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2006年11月21日 (火)

メキシコ:イグアナ

メキシコには古代遺跡が多い。いずれも先住民の築いたものであり、現在ある都市からは離れた場所にあることが多い。

メキシコを旅した時には、徐々に南下し各地の遺跡を見て回った。メキシコ市からはティオティワカン、オアハカではモンテ・アルバンとミトラ。ビジャエルモッサからは遠征してパレンケ。カンペチェではエズナー。カンクンではトゥルム。メリダからはウシュマルとチチェン・イッザなどである。

ティオティワカンは中央高原にあり、標高も2000メートルを超えているので、どちらかというと涼しいくらいである。日本でいうと東北地方くらいの感覚か。そういうところには、あまり生物が存在しない。せいぜい小さなトカゲくらいである。

ところが、オアハカ以降次第に増えてきたのが、イグアナなのである。オアハカのイグアナは比較的小さく数も少ない。遺跡見学をしても、あ、イグアナがいたくらいのものである。ところが、パレンケからは灼熱の熱帯となり、南下するほど数が増え、その体長も次第に大きくなっていくのであった。

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<エズナー遺跡のイグアナ>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

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2006年11月19日 (日)

毎日がお祭り・ベラクルス

オアハカからベラクルスに移動。メキシコ湾岸にある港町で、エルナン・コルテスが上陸した地点でもある。それまでのメキシコは内陸だったため、8月のこの時期は雨も多く天気も安定しなかったが、バスを降りた途端に空気が違うなと思った。ここはすでに熱帯に属する。アフリカ系の血を引いている人たちもいるようである。

宿をなんとかみつけた。アルマス広場に面したHotel Concha Dorada。しかし、部屋は狭く、息苦しい。すぐに外に出て目についたカフェで飲み物を頼む。セルベッサを頼むがすぐに飲み干してしまい、コーラを追加注文。

カフェのすぐ前に何故かマリンバが置いてあった。これだけ大きなものだと持って移動するということができない。これは、ここで演奏をするんだなと思ったが、すぐに演奏者がやってきて曲を演奏していた。もちろん、観光客から金を取る。こちらはそばでただ聴きしているのみである。

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<マリンバの演奏>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

それにしても、こうして連弾するものとは思わなかった。さすがにプロである。

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2006年11月18日 (土)

ボジョレー・ヌーボー

週末はワインを飲むことにしている。普段は、近所のスーパーで購入する1000円未満の安ワインだ。それでも、このスーパーが仕入れるワインは輸入物だったりするので、まあ満足している。

今週の仕事を終えて、今週はボジョレー・ヌーボーが解禁されたということに気づいた。今までは季節ものだし、決して手を出すことはなかったのだが、そういう気分になった。一番いいのは、帰宅途上にある最寄り駅の成城石井というスーパーなんだろうが、バスを乗り継いで帰るために、割ってしまうようなことを避けたかったので、やはり自宅近くのいつものスーパーにする。

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2006年11月17日 (金)

メキシコ:オアハカ名物

オアハカの名物には、モーレソースの他にチーズが上げられる。このチーズは、黙っていても発酵の進む生タイプである。また、このチーズは特に弾力性があり、市場では細長く作ったものをぐるぐる巻きにしたボール状にして売られている。

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<オアハカのチーズ>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

このチーズを使った料理に、Cazuela de Quesoがある。土鍋にこのチーズ溶かし込み、具を入れたものである。

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<Cazuela de Queso>by GR1s

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2006年11月15日 (水)

メキシコ:モーレ料理

メキシコの料理にはソースをかけたものが多い。その代表的なものがモーレソース。原材料は、唐辛子、アーモンド、胡麻、干しぶどう、チョコレート、シナモン、トマトなどだそうである。これらから作られたソースは、茶色または黒に近い。このソースは七面鳥や鶏肉にかけて食べることが多い。

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<Pollo en Mole Poblano/鶏肉のプエブラ風モーレソース掛け>by GR1s

これは食の都プエブラで味わったモーレ料理。メインは鶏肉のはずだが、ソースでひたひた。まるで、脇役のはずのソースがメインとなっているかのような料理である。ソースはさすがに濃厚で、鶏本来の味もソースの甘くてちょっと苦い味に打ち消されているようである。やはり、モーレ料理というくらいなので、これはモーレそのものを味わうものなのだろうか。

さて、モーレソースだが、プエブラに負けず劣らず有名なのが、オアハカである。オアハカはチョコレートの産地であり、これを利用してモーレソースが作られている。しかも、オアハカのモーレには、黒、赤、黄色があり、それぞれに風味が違うという。まあ、オアハカのモーレも鶏肉などにかけて味わうのであるが。

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2006年11月13日 (月)

メキシコ:トルティージャ

メキシコ人の主食はパンでも米でもなく、トウモロコシなのである。その正体は、タコスでお馴染みのトルティージャ。「Tortilla」というスペイン語。スペインでは、トルティージャというと具の入った厚焼き卵(スペイン風オムレツ:わたしゃオムレツとは思わないですが)という料理になる。これは、スペインでもかなりよく食べられる食べ物。

メキシコのトルティージャはトウモロコシをアルカリ性の水溶液につけて表皮を剥がし、残った粒をすりつぶして丸く焼いたものである。初めて入ったメキシコ料理レストランで、トルティージャが出されたはずなのだが、わたしは丸形の薄いパン(も運ばれてきた)をトルティージャと思い食べていた始末である。この時はあとで判明したのだが、円形の容器の中にトルティージャが冷めないように保温されていたのであった。

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<ある宿の朝食/トルティージャと保温容器>by GR1s

この保温容器はプラスチック製だったり、発砲スチロール製だったりする。最初見た時(初めてメキシコ料理のレストランに入った時)、ここに食べていたトルティージャと思っていたパンをのせておくものだとばかり思っていた。ああ、勘違いである。

トルティージャはパンのように味わうものではなく、それ自体にはあまり味がない。これに、ソース主体の料理をのせて自分で巻いて食べるというのが、メキシコ人のやり方。自分はあまり得意ではなかったです。

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2006年11月12日 (日)

メキシコ:ゲラゲッツァ

オアハカは、メキシコ初の先住民族出身大統領、ベニート・フアレスが幼少期を過ごした地である。彼は、先住民サポテカ人であり、オアハカに出てくるまではスペイン語を話せなかったという。そのオアハカでは、現在教職員組合のストライキをきっかけに州政府との対立からついには死者を出す騒動に発展し、現在も係争中であるらしい。こうした事態をベニート・フアレスが知ったらなんて思うだろうか。(ちなみに、ペニート・ファレスではなく、ベニート・フアレスBenito Juarezである。)

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<ベニート・フアレスが暮らした家>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

自分が訪れた時にはそんなこともなく、のどかなところであった。街中では音楽が流れ、広場ではマリアッチが曲を演奏する。

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<ソカロのマリアッチ>by GR1s

マリアッチは数名から時には10数名に上る楽団で、客のリクエストに応じて曲を演奏する。必ずしも観光名物ではなく、ちょっとしたレストランなどにも現れ、地元の人なども楽しんでリクエストするほどである。

ところで、この騒動のお陰で、夏に2回あるゲラゲッツァという、先住民の踊りを元にした祭りも中止になってしまったそうである。残念なことだ。

本当のゲラゲッツァは見ることはできなかったものの、オアハカのホテルやレストランではゲラゲッツァのショーを見せるところがある。自分も宿泊したHotel Monte Albanも、その一つで、宿泊者は料金がいらない(当たり前だ)。

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2006年11月11日 (土)

メキシコ:コロニアル様式の宿

メキシコでは最初の宿のみ予約してきたが、あとは現地でガイドブックを参考にしながら直接交渉して宿を決めた。この旅では、メキシコ市~クエルナバカ~プエブラ~オアハカ~ベラクルス~ビジャエルモッサ~カンペチェ~カンクン~メリダと移動する。9つの宿を利用したが、3つの宿では宿の中に中庭(パティオ)があり、これを取り囲むようにして客室が設けられていた。これがメキシコ・コロニアル様式というものらしい。

そのような宿に最初にであったのが、プエブラであった。プエブラにはクエルナバカからバスで移動。バスターミナルはプエブラの中心から離れ、プリペイドタクシーに乗って中心部まで行く。バスターミナルでは宿を紹介してもらうが、行ってみると「満室」と断られ、その場で困ってしまう。やって来た人物を見てそのようにのたまうケースは時々ある。リスボンが顕著であったし、スペインでも1回あった。イタリアは比較的オープン。

タクシーは行ってしまったし、どうしようかと思ったら目についたのが、Hotel Virrey Mendozaという宿。ここは管理人が一応いるものの、客への対応は管理を委託された旅行者が英語などで対応していた。なんだかよくわからない。部屋は安い方の上階にあるものを選ぶ。一応、ホットシャワー、トイレ付き。200ペソ。

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<客室>by GR1s

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<パティオ>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

夜になると、明らかに泊まっていた北欧風の人物が鍵を渡してくれた。

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2006年11月10日 (金)

メキシコ先住民

メキシコは長くスペインの支配を受け、1821年にようやく独立を果たした。その間に、支配層のスペイン人と先住民の混血が進み、現在はメスティーソ60%、先住民25%、スペイン系などのヨーロッパ人14%、1%がその他である。どちらかといえば、混血比率が高いのだろうか。

街を歩くとほとんどメスティーソだらけ。だが、アフリカ系住民を奴隷として上陸させたといわれる、ベラクルスあたりではアフリカ系の特徴を持つメキシコ人も多い。また、ところによっては、メキシコ先住民の比率が高い都市もある。それが、オアハカだったり、サン・クリストバル・デ・ラス・カサスだったりする。

さて、その先住民を観察したくて、オアハカでツアーに参加した。オアハカ近郊ではティアンギスという先住民の市が場所を変えて立つのである。

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<くつろぐ先住民>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

連れてこられたのは、トルコルーラという町。今日はここでティアンギスが行われるらしい。手始めに、メスカルというスピリッツを飲ませるボデガ(酒蔵)に集まったが、一通りの試飲が終わってガイドが「あんたは街を見て来なよ」といい、外に出る。

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2006年11月 8日 (水)

メキシコビール図鑑

メキシコのビールというと、日本で有名なのが、「コロナ」。透明な瓶をラッパ飲みするというイメージだろうか。レストランやバーなどビールを飲めるスポットは数多い。"Uno Cerveza, por favor(ビール下さい)"と呟くだけで、あなたの前にはメキシコのビールがどんと置かれるだろう。

メキシコは隠れたビール大国である。どこに行ってもコロナ一辺倒ということは決してない。コロナはどちらかというと、小瓶の中にライムを入れてラッパ飲みというスタイルが大げさに伝えられてしまい、メキシコのビールのイメージがコロナになってしまった影響が強いのだろう。メキシコには、いろんなブランドのビールが存在する。

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<Montejo/モンテホ>by GR1s

ユカタン半島に入植したコンキスタドール(征服者)、フランシスコ・デ・モンテホの名前を取ったビール。そのためか、南に下るほどモンテホの比率が増えてくるような気がする。

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2006年11月 6日 (月)

かすてら音楽夜話Vol2:2007年は達郎&まりや…かなあ

山下達郎、極上のポップセンスを持つ音の職人(Artisan)とでも呼べばよいのか。昨年アルバム『Sonorite』がリリースされ、今年こそはいよいよツアーをやるかと期待していたのだ。もう、11月ですよ。

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山下達郎の名前は、ずっと以前から知っていた。Sugar BabeやNiagara Triangle(Vol.1)などに参加していたということも知っていた。だが、実際にアルバムを聴くようになったのは、上記の『Ride On Time』と『For You』のあたりからだったと思う。当時とにかく金のない学生だったので、レンタルしてきてカセットテープに録音したのである。当時はCDなんてまだ出ていなくて、塩化ビニールのLPレコードだった。

当時から音に徹底的にこだわり、リリースした作品は、いったんCD化されたものをリマスターし、パッケージこそ同じだが、中身を別物として、またリリースするほどのこだわりよう。つまり、アナログのLP→アナログ音源のままCDとしたもの→すべてデジタル音源とし、リマスターした完全版CDというように、同じ作品を3ヴァージョン作ってしまうのである。しかも、『For You』まではRCA在籍だったが、次作の『Melodies』からはMoon/Warnerへとレコード会社を変わるのだから、相当な努力、忍耐力、時間がかかる。

またその間に、彼は竹内まりやと結婚したのである。すると、先ほどの作業は、竹内まりやの作品にも施されたのである。んー、職人の考えることはわからん。

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2006年11月 5日 (日)

ボーチョとダットサン・ツル

メキシコを旅して良く眼にするクルマ、それが「Tsuru」である。これは、日本語の「鶴」を元にしていると聞く。ツルは地方都市のタクシーなどに使われている。メキシコ市では流しのタクシーは、フォルクスワーゲン・ビートルが使われているのだ。

なんと、このフォルクスワーゲン・ビートルは現在でもプエブラ工場で生産されているらしい。メキシコでは、ビートルのことをボーチョ(Vocho)と呼んでいる。もっとも、このクルマは2ドアなので、助手席を取り外してあり、乗り込みやすくしているのだ。

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<Vocho/Volkswagen Beatle>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

このボーチョはクエルナバカで撮影。それにしても数多い。もともとは、ナチス・ドイツの国民車構想から作られた車。設計だけなら、60年以上前のことになるか。インドのアンバサダーと同じくらい寿命があることになる。運転するにもコツがいりそう。

さて、ツルであるが、これはバリバリの日本車。元になっているのは、日産サニーである。それはわかっているのだが、ある日、新しそうなサニーを見つけた。ロゴを見ると、Sentraとある。どういうことなのか。

これは、サニーの北米仕様車で、どうやらアメリカから入ってきたものではないかと推測する。たまたま、カンペチェ市内で、ツルとセントラがほぼ同じ時刻に並んでいたので、比較することにする。

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<ツル>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

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<セントラ>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

後ろ姿ですいません。どちらもサニーでした。とはいえ、日産の世界戦略車ティーダが発表になった今としては、どちらも消えゆく運命なんでしょうか。そう考えると、ボーチョはとんでもなく凄いです。ハイテクなし。ミッションもマニュアル。エンジンをかけるのにも、チョークが必要でしょう。

さて、これでクルマシリーズは終了。通常通り、メキシコの話題を続けます。

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2006年11月 4日 (土)

ラオスの年代物タクシー

ラオス入国はチェンマイから空路でルアンパバンへというルートであった。アライバルビザを取り、宿を予約。ルアンパバン中心への交通手段として、プリペイドタクシーを利用。やって来たのが、年代物のクラウンだった。

タイから来てみると、スピードを出さない。クルマが古いのとはまったく違っている。のんびりしているのだ。なんといっても、前を走るおばさんの運転する二人乗りのバイクなんかも、あえて抜こうとはしないように見える。

やはりラオスはクルマがこんなものしかないのかと思っていると、中心部では最新型のメルセデスなども目撃してしまう。ラオスもフランスの影響からクルマは左ハンドルの右側通行。カンボジアのように、右ハンドル車を強引に使うというケースはなかった。あの古いクラウンも、左ハンドルでタイから流れてきた中古ではなかったようである。

その後、首都ヴィエンチャンに飛んだ。ここも、プリペイドタクシーだったが、クルマはコロナに変わる。

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<Toyota Coronaのタクシー>by MZ-3/FA35mm F2.0(E100VS)

タクシードライバーは、英語が恐ろしく下手であった(特に発音)。だが、タイなどで英語を話すドライバーはほとんどいないことを考えれば、まだマシな方である。ぽつりぽつりと伝えられる内容は、本業がエンジニアでドライバーは副業のようである。モスクワに留学経験がありそこでエンジニアの学習をしたとのこと。理解するのに時間がかかるが、ちゃんとコミュニケーション取れるじゃん。

希望の宿は満室で、ドライバーお勧めの宿へ連れて行かれる。ここにチェックイン。ドライバーは、翌々日の空港への足に自分を使って欲しいと希望。言い値は3ドル。これははっきりいって安いので時間を伝える。すると、宿の紙ナプキンを出してきて、名前と時間を書くようにいわれた。ジョークのような世界である。

もちろん、空港へも彼のタクシーを利用した。そんなオンボロのコロナだが、300ドルし、とても危ないクルマだといっていた。30年前のクルマ。ルアンパバンで乗ったクラウンもそのくらいの年代物である。ヴィエンチャンのコロナもちゃんと左ハンドルで、トヨタ自動車はその頃から輸出に力を入れていたのだなとわかる。

タイに戻ったら、タクシーは最新型のカローラであった。

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2006年11月 3日 (金)

カンボジアのトヨタ・カムリ

カンボジアでもっともよく走っているクルマが、トヨタ・カムリ。タクシー、自家用、商用、ともかくその数は他車と比較にならないくらい多く、街にあふれている。カンボジアではたぶんクルマの製産はされていないだろう。ということなので、正規ディーラーから購入するか、周辺諸国から持ち込んで輸入という二つの手段が考えられるが、後者の方がメジャーな手段であると考える。

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<新郎新婦を乗せるカムリ>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(Fuji Super400)

画像のクルマはなぜか新郎新婦がたくさんたたずんでいた公園の近くで撮影したもの。前国王のシアヌークの別荘が近くにあるところである。アジアでは結婚式を挙げると新郎新婦の写真集を作る人たちが多く、この公園は人気があるらしい。

ところで、このカムリには、ナンバープレートがついていないが、別に違法ではないらしい。アンコール遺跡を回るために、タクシーをチャーターしたが、もちろんカムリで、ナンバーがついていなかった。このカムリでもちろん警官の前を何度も通ったが、別に何も言われていない。

カンボジアの交通ルールだが、旧宗主国のフランスと同じく、クルマは右側通行。だが、自分がチャーターしたカムリは、右ハンドルのオートマチック車であった。これまた、少しも珍しくない。おそらく隣のタイあたりから流れてきたか、日本の中古が海を越えてきたものかどちらかだろう。

右側通行のところを右ハンドルのクルマで走る。これは少々怖い思いをすることになる。郊外に行くとクルマも少なく、カンボジア人ドライバーは少々無理しても、遅いバイクやトラックなどを追い越すのだが、対向車線を越えると自分の乗っている助手席側が、危険にさらされることになるからである。

それにしても、なぜカムリなんだろうか。頑丈であるとか、走破性がいいとかの声を聞くが、単なるFF車で2000ccクラスとしては至って普通。まあ、これだけカムリだらけになると、部品の調達がしやすいというのが、その理由なんだろう。

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2006年11月 2日 (木)

褐色の聖母グアダルーペ

メキシコ市内は世界遺産に指定されている。しかし、市内全域が指定されているわけではなく、このグアダルーペ寺院のある地区も指定されていない。

行き方は、地下鉄を利用する。メキシコ市の地下鉄は1968年のメキシコオリンピックを契機に計画されたもので、路線は12あり、改札を出ない限り2ペソで利用できる均一運賃である。

ただし、地下鉄ではスリなどの犯罪が起こるといわれている。それも、数名でターゲットを取り囲み、強引な手段で強奪していく手口らしい。かなりの注意が必要である。自分の場合は、怪しいやつがいないか絶えず注意を払い、空いている車両に扉が閉まる直前に乗り込むようにした。地下鉄の構内には、かなりの数の警官が配置されている。警官が見える範囲であれば、安全なのかも知れない。

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<メキシコのメトロ>by GR1s

話を本題に戻す。グアダルーペ寺院は、6号線のLa Villa Basilica下車。地下鉄を出ると宗教グッズの露店などもある、門前町の雰囲気。グアダルーペとは、メキシコにおけるカトリック教会の聖母なのである。

グアダルーペにまつわる奇跡とは、1531年12月9日この寺院のあるテペヤックの丘を通りかかった先住民フアン・ディエゴの前に、褐色の肌を持つ聖母が出現し、この地に教会堂を建てるように告げる。フアンはスペイン人司祭の元に伝えるが信じてもらえず、再びこの丘を通りかかったところ、再び聖母が出現し、バラの花を与える。フアンは花をマントで包み司祭の元を再び訪れ、マントを広げたところ、マントの上に褐色の聖母の絵が浮かび上がり、この教会が建てられたということである。

ちなみに、その伝説のマントは新教会堂に掲げられているが、これを科学的に分析したところ、聖母の目にフアン・ディエゴや司祭の驚く様子が焼き付いているという。また、布が1531年のものだとして、当時の保存状況から考えると、竜舌蘭の繊維で作られた布が未だに酸化しないことは奇跡的らしい。しかも、この絵を描いた染料は動物性でも植物性でも鉱物性でもなく、地球上に存在しない成分だとも。ホンマカイナ。

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<奇跡のマント>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

そのマントは新教会堂の奥に掲げられていて、人々は動く歩道に乗って見ることになる。

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<動く歩道>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

動く歩道は3基あり、流れる方向が交互になっている。

また、グアダルーペ寺院を訪れる人の中には、膝行参拝をする人がいる。これは、膝立ちのまま進むもので、特別な願をかけるものが行うらしい。チベット仏教の五体投地にも似てますね。

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<膝行参拝>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

グアダルーペ寺院は、ローマ法王も訪れてミサを行ったところでもある。なんでも、グアダルーペの奇跡はキリスト教三大奇跡のひとつらしいですよ。正面にあるのが、旧聖堂で地盤沈下のために傾いていますが、中には入れます。旧聖堂のそばにあるちょっとモダンな円形の建物が、新聖堂。また、テペヤックの丘には古い礼拝堂もあります。広場にはからくり時計もあります。

異教徒のわたしでも何となく楽しめてしまうグアダルーペ寺院。メキシコ市に行ったら、訪れる価値はあるでしょう。

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