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2007年12月24日 (月)

レバー料理

マラケシュ滞在2日目には、いったんメディナを目指したものの、暑くて宿に引き返すことにした。その途中にあったレストランでは、こんなものを食べてきた。

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<サラダてんこ盛り>GRD

フェズでもサラダのフルコースばりの料理を食べて来たことは、すでに報告しているが、このキャラバンサライという店も、まとめて持ってきてはいるものの、これだけで腹が満たされてしまうような量のサラダであった。

味は、フェズの野菜料理に似て、かなりのバリエーションである。

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<レバー料理>GRD

メインに頼んだものは、レバー料理。「トリパス」という表記であった。間違って頼んだと気にかけた店員がやってきて、「何のことかご存知ですか」ときいてくれたが、この手の料理はイタリアにもポルトガルにもあり、トリパスが内臓料理であることはすでに知っていたので問題なし。

見た目は悪いが、口に含んでみるとまったくレバー臭さはなく、美味しかった。とはいえ、この店の料金設定はかなり高かった。店内はまったく客がなく、ペイできるのかどうか。

場所は、マラケシュ駅前のハッサン2世通りを東にちょっと進んだところ。やっぱり、フナの屋台が一番だな。でも、昼間はやっていませんが。

さて、イベリア&モロッコの旅レポですが、年内はこれでいったん終了にさせていただきます。マラケシュも、これで終了。明けて1月より再開させていただきます。それにしても、これだけで4ヶ月以上もかかるとは。

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2007年12月22日 (土)

マラケシュのメディナ

マラケシュのメディナを歩く。マラケシュは夕方でも40度近くあったほどで、日中は暑くて思考能力もなくなるほどであった。以前にもマラケシュには来ているわけで、そのとき観光スポットはあらかた回っているので、今回はメディナを目的なくうろつくことにする。

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<ドア>MZ3/35mm/E100VS

マラケシュのメディナは赤と黄色がかっている。シャウエンが青と白、フェズが黄色ならば、マラケシュはこの色合いである。ドアは、イスラム的な幾何学模様が描かれている。これもまた、マラケシュ風か。

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<色とりどりの帽子>MZ3/35mm/E100VS

しばらく歩くと、青空の望める広場に出た。衣料品などのスークである。

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2007年12月18日 (火)

屋台をはしごする

マラケシュ滞在中2日間、夕食はフナ広場の屋台で済ませた。と、同時に屋台で働く人たちの写真を撮って回る。

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<そろそろ客が入り始める>MZ3/35mm/E100VS

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<羊の頭>MZ3/50mm/E100VS

こんな食材もあり。

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<カタツムリ屋台>MZ3/77mm/E100VS

フナ広場の食事を扱う屋台は、夕方から立ち並び、広場の中心を埋め尽くす。メインディッシュを取り扱う店もあるものの、ハリラのみ、エスカルゴのみ、サンドイッチのみといろいろです。

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2007年12月16日 (日)

クトゥビアの塔と昼間のフナ広場

マラケシュのメディナのランドマークが、クトゥビアの塔。高さ77mとなかなかすっきりした姿で、ジャマ・エル・フナ広場あたりからなら、確認できるはずである。メディナの奥に行っても、わかることもある。

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<観光馬車とクトゥビア>MZ3/35mm/E100VS

フナ広場の入り口には観光馬車がずらっと客待ちしている。フナ広場は歩行者天国のようなものだが、時折馬車が通っていくので、注意は必要だ。

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<クトゥビア>MZ3/35mm/E100VS

普通ミナレットはモスクに付属するものだが、クトゥビアの近くにはモスクはない。かつては登ることもできたそうだが、これも現在はできない。ただ眺めるだけである。だが歴史は古く、1192年に完成したそうだ。なんと、鎌倉幕府の成立と同じ年である。

新市街からやってくる場合、市内バスからはようやく最後に見ることができる。そういうルートなのである。徒歩の場合はコブ門からまっすぐ歩けばクトゥビアの脇を通るはず。夜はライトアップされ綺麗です。

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2007年12月14日 (金)

ジュース屋台の男たち

マラケシュでは何をともあれ、ジャマ・エル・フナ広場に行く。ここには、大道芸、アクロバット、ヘンナ描き、水売りなどが渾然一体となり、行きかう暇人がそれを取り巻くという、お祭り状態が繰り広げられているのである。だが、夜にもなると、彼らの姿は闇にさえぎられて、各種食べ物の屋台がその主役の場を奪っていく。

ジャマ・エル・フナ広場で朝から晩までがんばっているのは、ジュース屋台の男たち。オレンジジュースが有名だが、積み上げられている果物を指差せば、たいていのジュースはその場で出来上がる。もっとも、商品の主役、オレンジジュースは、あらかじめ作っておくようで、注文が来て絞るということはないのだが。

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<オレンジジュースと屋台の男性>MZ3/20mm/E100VS

この屋台はいったいどのくらいあるのだろうか。20や30以上ではなかろうか。競合はしないのだろうかとも考えるのだが、モロッコのスークみたいに、同じ業種で軒を並べるのがモロッコのルールのようでもある。

オレンジジュースはグラス1杯3.0DH。これは協定で決まっている。このフナ広場の商売人たちは、無断の写真撮影を極端に嫌うが、客になれば快く応じてくれる。なので、水分補給とともに積極的に彼らには被写体となってもらった。いわば、3.0DHのモデルたちである。

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2007年12月12日 (水)

年末年始はマレー半島

すでに某所ではアナウンスしているんですが、年末年始、やはり旅に出ます。今回は短めに、シンガポールとマレーシアに行ってきます。短期間なので、宿も確保してしまいました。

  • 12/27 成田→シンガポール~シンガポール泊
  • 12/28 シンガポール→マラッカ~マラッカ泊
  • 12/29 マラッカ観光~マラッカ泊
  • 12/30 マラッカ観光~マラッカ泊
  • 12/31 マラッカ観光~マラッカ泊
  • 01/01 マラッカ→ジョホールバル~ジョホールバル泊
  • 01/02 ジョホールバル→シンガポール~シンガポール泊
  • 01/03 シンガポール観光~シンガポール泊
  • 01/04 シンガポール→成田

航空券を手配したのは、10月ごろだったでしょうか。当初はシンガポールin、クアラルンプールoutあるいは、その逆パターンをお願いしていましたが、だめなので、シンガポール往復でチケットを作ってもらいました。クアラルンプール往復という手もありましたが、シンガポールも行ったことがないので、どうせならば両方行こうということで、ジョホール水道を通る陸路国境越えが実現しました。

メインはマラッカ。ポルトガルやオランダ、イギリス、中国、インドの影響が残るところです。4泊するので、おそらくは足を伸ばして、バトゥ・パハにも行こうかと。ジョホールバルはおまけみたいなもので、せめて夕陽でも見られたらということで。

クアラルンプールやペナンなどもがんばれば足を伸ばせないこともないのですが、まあ限られた日程ですので、こんな感じになりました。

ともかくはミックスカルチャー。食べ物も美味しいそうで。用意したフィルムは、モロッコで使い残したEBX5本と、RVP F10本。メインカメラはもちろん、MZ-3。レンズの組み合わせは、20mm、35mm、50mmかな。77mmリミはお休みですね。また、復活したGR1sにもモノクロを入れて持って行きます。それと、GR-Digital用に新たに1GBのSDカードを購入しました。元から同じものが入っていますが、すべて8MBの3:2modeで撮影しようかと。そうするとカードの容量が足りなくなるかもしれないので。

以上お知らせでした。このカテゴリー、905t Singapore & Malaysiaを起こしましたので、またもや旅レポが続くこととなります。まだ、モロッコの残りがアップできていませんが、これからペース上げていきます。それでも終わらないときは、混在状態でよろしくです。旅行記もペース上げますね。

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2007年12月11日 (火)

マラケシュ1泊120DHの宿

混雑を予想して、マラケシュでは宿を予約した。といっても、ネットなどではなく、現地での電話予約。条件は駅近くであること。

マラケシュというとどうしてもジャマ・エル・フナ広場ということになるが、メディナの宿には前回泊まっているし、次の移動を考慮したのである。いちお、ガイドブックの口コミを参考にしたのが、Hotel Faroukなのであった。温水シャワー・トイレつき、朝食込み料金1泊なんと120DHであった。これはハイシーズン料金で、それ以外だと100DHとなる。

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<部屋>GRD

宿はちょっと不思議なつくりで、日本の4階に当たるところに案内されると、太陽の元に出た。そこは物干し場となっていたが、一角には2階建ての部屋が並んでいた。その下の階のツインのシングルユースである。

ツインといっても、正真正銘のシングルベッド。そして、洗面台。わずかに机が見えている。シャウエンの宿よりは広い。洗面台の左にドアがあり、ここにトイレとシャワーがあった。安宿なので、クーラーなど望めるわけはないが、とても暑い。ドア側には窓があり、よろい戸もついている。しかし、ほとんど風は入らず、周辺に人がいないときにはドアまで開け放っていた。

夜も暑くて仕方ないので、ミネラルウォーターや清涼飲料水のペットボトルを何本も空にした。部屋で眠れない連中は物干し場にベッドを持ち出して眠っていたほどである。

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2007年12月10日 (月)

マラケシュへ

ラバトからマラケシュへ。またしても、鉄道を使う。だが、今回は1等車なのである。フェズからラバトに移動したときには、オープンサロン式の2等車。これは、混んではいたものの、フェズ始発だから問題なかった。しかし、ラバトから乗り込むとき、果たして空席を見つけられるだろうかと思い、1等を予約した。また、興味もあったし。

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<マラケシュ行き列車>MZ3/50mm/E100VS

1等は最前部に連結。チケットの番号と照合して座席を確保するが、検札で隣に移れとのこと。この後ろの車両も1等でそこが正しい番号だったらしい。よくわからないけど。1等は6人掛けのコンパートメント。3人ずつが向かい合うような格好で、2等の8人コンパートメントとは違い、かなりの余裕がある。しかも、きちんと空調も効いているではないか。

カサブランカで大量に客が乗り込んできて、このコンパートメントも満員となった。だが、何か問題があったらしく、乗客は7人になってしまったのである。幸い、ティーンエイジャーの子供がいて、ぎゅう詰めにはならなかったのだが。

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<コンパートメント>GRD

しかし、コンパートメントは密室で、向かいの男性がフランス人。あとはすべてモロカンであった。飛び交うアラブ語。何が話されているのかはわからない。口喧嘩のようにも聞こえる。

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2007年12月 8日 (土)

ラバトでケーキを食べてみた

ラバトがモロッコの首都であることを再認識したのは、街にパティスリーやカフェが多くあり、どこでもケーキを売っていることなのであった。街を行き来する人たちも、ケーキの入ったボックスを手にしている人がたくさんいる。それまでの都市では見なかった光景である。紛れもなく、ラバトは洗練された都市なのだ。あるいは、フランスの影響を強く受けた都会なのだということか。

ラバトのケーキのことは、あづま川さんの記事で予備知識があったのだが、これほどまでとは。

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<カフェの朝食セット>GRD

宿には朝食がついていなかった(頼めば出た)ので、朝早くからやっているカフェへ行く。すると、かなりの人たちがそこで朝食を食べたり、コーヒーを飲んだりしている。男性ばかりではなく、女性もここでは自立しているんだろうか、かなりの姿を見かけた。

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2007年12月 6日 (木)

遺跡とコウノトリ

ラバトにはローマ時代の遺跡があり、その名はシェラという。遺跡じたいはローマ時代のものだが、マリーン朝の時代に墓地にされたため、一部にはミナレットなども残るちょっと変わったものとなっている。

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<シェラの城壁>MZ3/50mm/E100VS

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<シェラ遺跡>MZ3/20mm/E100VS

遠くに見えるのは紛れもなくミナレット。手前の建物はローマ洋式である。そして、ミナレットの上に見える黒いものは、コウノトリの巣で、その上にかすかに見える白いものが、コウノトリである。

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2007年12月 4日 (火)

サレの稜堡と石つぶて

ブーレグレグ川を挟みラバトと対岸にあるのがサレという都市。隣町ながら、モロッコのシステムによって、プチタクシーでは行き来ができない。プチタクシーはその都市の中だけの移動手段なのだ。

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<ブーレグレグ川>MZ3/35mm/E100VS

ブーレグレグ川には大きな橋が架かり、歩道も付いている。その他の交通手段は、鉄道とグランタクシー、渡し船である。そのうち、鉄道は頻発していないので即除外。最も安い渡し船だが、どうやら護岸工事のためやっていないようであった。上の画像のどこかから渡る手段はあるようなのだが、この通りを歩いてみたものの(前日に)姿さえ見かけなかった。

そのため、グランタクシーを使ったが、大いにぼったくられてしまった。

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<メディナの露店の野菜>MZ3/35mm/E100VS

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<露店の魚>MZ3/35mm/E100VS

サレのメディナはとても狭い。その中のさらに狭い通りには、露店の野菜スークと魚スークがあった。足元はぐちゃぐちゃで人通りも多く、流されるまま裏門に出てしまった。ガイドブックには地図もなくつかみ所のないサレなのであった。

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2007年12月 1日 (土)

大衆食堂で行こう

ラバトの楽しみ。それは、日本料理を食べることなのであった。ラバトにはモロッコ唯一の日本食レストラン、富士があり初めてモロッコを訪れた時(ツアーでしたけど)にも利用して、幕の内弁当と日本茶、フラッグではない日本のビールを堪能し帰国にそなえたのであった。

ここは、アグダルという離れたところにあるので、プチタクシーで訪れたのだが、店のあとは形跡もなく、迷ってしまった。地球の歩き方にもロンリー・プラネットにも記載のあるところなのだが、困ってきいてみたら、半年ほど前に店をたたみ、なんとタイ料理レストランとなっていたのであった。しょうがないので、そこでいささか高いトムヤムクンとパッタイを食べてきたが。

前置きが長くなりました。ラバトでの夕食は宿に近いメディナにある大衆食堂に2晩通う。最初は、Cafe de la Jeunesse。入口に大きなメニューを掲げ、これがまた安い。至って入りやすそうな作り。プラスチックの椅子とテーブルだが、きちんとテーブルクロスがかかる。

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<Sidi Harazem>GRD

水を注文。ウエイターは外に買い物に行く。持ってこられたのはいつものシディ・アリではなく、シディ・ハラゼムの小瓶。種類は少ないものの、ミネラルウォーターも数種類キオスクなどには置いてある。シディ・ハラゼムはフェズではよく見かけた。

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<今宵の晩餐>GRD

頼んだものはブロシェットとメルゲズというソーセージを焼いたもの、モロカンサラダ。普段よりは少ない感じもする。画像にはないものの、サラダはすでに作ってあった。珍しく、ドレッシングがかかり、小ぶり。焼き物には手前の皿のようにつけ合わせのサフランライスとフライドポテトが付く。奥にある皿はハリサ。ややピリ辛のソースです。

サラダ5DH、メルゲズ18DH、ブロシェット23DHと格安。

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