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2008年10月30日 (木)

中国の洗礼

ルアンナムターからさらに北上。今日はいよいよ国境を越え、雲南省に入る。ラオスと中国の出入国地点はラオス側ボーテン、中国側磨憨(モーハン)である。ルアンナムターの町中でさらにその先、勐臘(モンラー)行きのバスチケットを扱っていた。早速これをゲットする。公定料金45,000キープだが、旅行会社では55,000キープとなる。ただし、バスターミナルまで行かず、旅行会社の前でピックアップされるとのことで、トゥクトゥク代と考えれば、納得はいく。

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<勐臘行きバス>GR1s/T MAX100

その後、ナイトマーケットの裏手あたりで、このバスを見つけた。IVECOの大型ワゴンといった方がいいくらいのサイズ。すでに乗客の姿はなく、メンテ中といった趣か。車体の前方と側面には、漢字で行き先が書かれ、両国の国旗も描かれている。

翌日の朝、旅行会社前で待っていると、トゥクトゥクではなくこのバスが直接横付けされたのである。荷物は後方のトランクへ。乗り込むと、見渡す限り中国人だらけ。空いた席に座り、バスは走り出す。

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<車内>GR DIGITAL

内部はマイクロバス程度の広さ。左側二人掛け、右側一人掛け。空席はあとわずかといったところ。バスはところどころに止まり、中国人が徐々に増えてくる。左側の男性は成金趣味なのか、レイバンのサングラスを決して外さず、10分置きくらいにタバコを吸い出す。その吸い殻は、構わず床にポイ捨てである。前の座席の男性は、やおら窓を開けると、見事な手洟を飛ばした。その斜め前の男性は、絶えず喉を鳴らしては、痰を床に吐き続ける。まったく世界の常識が通用しないバスなのであった。マナーの悪い(彼らにとっては常識なのだと考える)のはこの3人に限ったことではなく、同じような光景が車内の至る所で繰り広げられていた。つまりは、このバスを降りるまで数分おきにこれが繰り返されるのであった。

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<ボーテン>MZ-3/50mm/RVP100

バスはルアンナムターのバスターミナルに止まり、フランス人カップルとギリシア人のおじさん二人組が乗り込んだ。道はあくまでも快適だが、車内は中国の常識が支配していた。やがて、ボーテンへ。イミグレーションの手前でパスポートチェック。一部の中国人は2種類のパスポートらしきものを提示していた。二重国籍者か。

ボーテンにはこのバスだけが到着したわけではないのだが、このイミグレーションを通過する中国人の数はおびただしいものであった。これが列を作らない。我々外国人旅行者はほとんど後回しなのである。だが、無事にラオス出国となる。

この時初めてフランス人たちと言葉を交わす。フランス人は、勐臘からその日のうちに寝台バスで昆明に向かうという。一方、ギリシアのおじさんたちは中国ビザを所有してないのに、自信満々であった。今までどんな国でも最終的に何とかなったというのである。

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2008年10月28日 (火)

焼き鳥で一杯

ルアンナムターでの宿の向かいはナイトマーケットであった。規模は小さいが、おかず屋台などが出ている。ここで安上がりに食事をしようという、気合いの入ったヨーロッパ系旅行者も少なからずいる。こういうアジアに適応した旅行者はいいものである。

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<焼きバナナ作り>MZ-3/50mm/RVP100

さすがにこの時は外付けストロボを利用した。食べ物のいい匂いが屋根のある部分、屋外の部分ともに流れ出す。では、こちらも食事にしようかなとここで済ませばよかったのだが、きちんとした料理を食べたくなって、ここをあとにする。

その数分後中国料理店にいた。テーブルに着き、お茶が運ばれる。だが、メニューはないようで、どうしようかと考え中に、ぞろぞろとやってきたのが、30人ほどの中国人の団体であった。これきり相手にされなくなり、ここをあとに。

次に向かったのは、鶏肉を焼くいい匂い。つられて入ってみたが、ここにあるのは、ピンカイ、つまりタイでいうガイヤーン、焼き鳥のみ。ま、いっかと腰を下ろし、ビアラオと焼き鳥を運んでもらう。

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<メニューにあるすべてのもの>GR DIGITAL

ここはまさに掘っ立て小屋のような作りで、裸電球が4つくらいあるのみ。空いたテーブルがあるのが奇跡のようで、他のテーブルは中国人の酔っぱらいばかりで混み合っていた。それでもビアラオはきっちり冷えている。確か、昼間通りかかったときに炭火でおばさんが大量の鶏を焼いていたはず。

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<ピンカイ>GR DIGITAL

鶏肉はたれを塗り、焼き上げる。一口大に切り分けられた鶏肉はすでに冷めていたが、手前のたれに付けて口に運ぶとビールが欲しくなって仕方ない。つまり美味い。まさにやめられない、止まらないの世界である。

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<ハーブとキュウリ>GR DIGITAL

ラープの記事でも触れたが、ラオス料理にはハーブがつきもの。麺を頼んでもハーブが付いてくるが、ピンカイにもハーブは欠かせないらしい。中心にあるギザギザした葉のものはミント系のものだとわかるが、そのまわりにあるハート型の葉は、経験の乏しい日本人から見ると、サツマイモの葉に見えて仕方ない。もちろん違うが。

これらのハーブは、ラープと違い刻まれていないので、匂いや味がそれほど強烈ではない。噛みしめるごとに味が出てきて、効き目はややマイルドといったところだろうか。それでも後味の爽やかさは残る。

ほとんど素通しの店のためか、テーブルのしたに、何匹もの犬がいるのはご愛敬。ほぼ危険はないです。ピンカイとビアラオ1本で30,000キープ。400円弱ってところでしょうか。それほど満腹にはならなかったので、このあと麺を食べに行きましたが。ちょっとできない経験をした感じでした。

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2008年10月26日 (日)

こんなものを食べるんだ!

ルアンナムターの市場最終回。

タイやラオスの内陸部では作物も不足気味で、採れるものはなんだって食べる。という話を聞いたことがある。イサーンなどでは悪食としても有名なのだが。それでは、ルアンナムターの市場を回ってみたところ、以下のようなものを見つけた。

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<タウナギ>MZ-3/35mm/RVP100

3つのたらいに蠢く細長いもの。はじめは水蛇かと思ったが、これはタウナギ。ウナギとは別物。ウナギは淡水海水に適応し、海に出て深海で産卵するらしい。タウナギは池や沼に生息するらしい。日本では輸入されたものが一部で確認されているというが、泥臭くて食用には適さないとされている。

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<ヘビ>GR DIGITAL

こちらは少数民族が、売っていたもの。もちろん生きてはいませんが。

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<昆虫>GR DIGITAL

串刺しにされた虫。こちらは生きてます。賢明に足を動かすのですが、逃げようがない。それにしても、ヘビも虫もどうやって食べるんでしょうか。

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<ネズミ>GR DIGITAL

もしかしたら、コウモリかもしれないが。こちらはこんがりとローストされてます。んー、それにしても、いろいろありますねえ。

これらの食材は外国人旅行者が立ち寄るようなレストランではお目にかかれませんね。ラオス人の家庭に入り込むか、この市場で購入して、付属の屋台で調理してもらわなくては、味わえないと思います。誰かチャレンジしてみません?

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2008年10月25日 (土)

照葉樹林文化と市場

ルアンナムターの市場の続き。

話はずっと昔に飛ぶ。1994年仲間内の企画ツアーで雲南省を旅している。昆明~景洪~大理という旅である。その前年、日本は国内の米栽培が不作で、タイ米をはじめとする外米を緊急輸入することになり、そこから一連の米騒動に発展していったことも思い出される。

そのツアーではシーサンパンナを訪れるということで、照葉樹林文化がクローズアップされていた。これを強引に要約すると、日本の生活基盤をなす主な要素が中国雲南省を中心にする、東アジア半月孤に集中していて、日本にもたらされた文化はここを元にしていたのではないかというものである。

照葉樹林とはつやのある葉のことで、椿や椎、樫などである。共通する要素とは、焼き畑農業、陸稲栽培、餅米、麹菌を使った酒、納豆などに及ぶ。また、漆器やお歯黒、入れ墨、歌垣なども上げられている。現在の日本は、杉や檜などの人工林が山林に植えられてしまっているが、縄文時代の文化はこれにぴったりと符合するらしい。

話は多少旅とかけ離れてしまったが、右サイドバーのBooksに照葉樹林文化の著作を取り上げてみたので、雲南やラオスに興味のある方は、書店などで参照してみてもいいかも。

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<豆腐>GR DIGITAL

…ということで、ルアンナムターの市場に戻ります。ここにはラオスの加工食品も売られている。まずは、豆腐。豆腐や豆乳のたぐいは中国に近いので当然あります。ミャンマーの市場でも豆腐があったから、いまやアジアの至る所で見られるものかもしれない。豆腐を使ったラオス料理は遭遇できなかったものの、タイ料理で食べたことがあるな。厚揚げの入った麺とかもあるし。たらいが二つあるのは、固さの違いかも。

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<味噌>GR DIGITAL

いかにも南国の味噌という感じでしょ。色が濃い。ラオス料理には茹で野菜に味噌を付けて食べたり、茹でた魚に味噌を付けるものもありますね。さすがに味噌汁はないと思うけど。手前のビニールに小分けにしたもの、東南アジア独特の感覚ですね。彼らは、コーヒーなどもビニールに入れて、ストローを挿してテイクアウトしてしまうくらいだし。

この時は納豆は見つけられませんでしたが、いずれシーサンパンナに入れば、あるだろうという予兆のようなものが感じられました。

市場の食関係はあと少し続けさせてください。

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2008年10月23日 (木)

市場の人々

ルアンナムター、ここも観光的なところは何一つない町。タイからラオスそして中国へと通じる交通の要所でしかない。また、ムアンシン、ムアンロー、シェンコックという中国とミャンマーに囲まれたようなさらに内陸に入った地域への拠点ともいえる町。

唯一面白そうなところが、市場なのであった。ルアンナムターに到着したのは昼過ぎであった。それから食事をして市場に向かったのだが、すでに3時を回っている。それでも、市場はにぎやかで、店じまいをする雰囲気などまったくなく、活況であった。

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<市場>MZ-3/35mm/RVP100

ルアンナムターの市場は入り口側に衣料品などがあり、裏に回ると食品類となっている。裏と書いたが、食品類の方が種類も豊富だし、売り場面積も格段に広い。売り手は圧倒的に女性ばかり。その食品も肉や魚、野菜や果物、加工食品などに加え、簡単な屋台もある。

上の写真では珍しく男性が買い物をしているが、これは少数派。買い手も圧倒的に女性が多いのである。

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<少数民族>GR DIGITAL

そして、少数民族も店を出していた。場所代が払えないためか、地面に商品を置いての商売だが、少なくともタイのように少数民族だからといって、あからさまな拒否されることはないようである。

このように人物を撮すことにおいては、被写体のカメラへの意識がコンデジの方が低いというか寛容である。つまり、撮りやすいといえよう。しかし、コンデジでも被写体に近づいてアップで撮ろうとすると寛容度は低くなるであろう。ましてや、RICHO GR  DIGITALは、35mmフィルム換算28mmという広角レンズなので、かなり踏み込むことになる。コンデジでは俯瞰で撮りやすいものの、あまり魅力的な写真にはなりにくいような感じである。

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<野菜売りの親子>MZ-3/35mm/RVP100

だが、ラオスやタイはイスラム諸国の女性や個人主義の徹底した国よりは、撮らせてくれる機会が多い。上の写真の場合も、カメラを見せて撮りたい意志を相手に提示したもの。相手が視線をこちらに向けていない瞬間に素早く撮る2枚目のような写真よりも、カメラを意識させた方が、生きた写真が撮れると思う。

この場合も、右の娘さんはカメラに視線は来ていないものの、大いにカメラを意識していて、いい表情だとは思いませんか。今回の旅では、「撮りますよ」「撮ってもいいかな」というジェスチャーを交えながら、かなり多くの人物を撮影してきたと思う。これはその一端である。

ルアンナムターの市場についてはまだ続きます。

Postscript この旅の旅行記をホームページで更新中です。「雨とメコンと少数民族」。

メコンの流れ:フアイサイ

快適国道3号線:ルアンナムター

珍しく2編更新しました。これまた珍しく、ブログよりも旅行記が先行してしまいました。ここしばらくのブログエントリーも、旅行記にある事柄が続きますが、ちょっと視点が変えてあるので、よろしかったらお暇なときにでも読んでもらえると嬉しいです。

<2008/10/26追記>

ガイドブックである「地球の歩き方・ラオス」の巻末に、ラオスの少数民族のコラムがあり、それによると、ラオスの65%はラオ族とされてます。だが、ルアンナムターのようなラオス北部ではあまりラオ族は住んでいなくて、アカ族の約25%が民族構成比第1位。続いてカム族約24%、ルー族約12%と続くそうで、まさに少数民族がモザイク状に分布しているようです。

従って、市場の売り手たちも少数民族なんだろうと思われます。市場の端っこで細々とものを売っていた人たちは、さらにマイナーな民族だったのかも。近隣の村からここにやってきて、現金収入を得て戻っていくのかもしれません。

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2008年10月21日 (火)

ラオス北部へ

フアイサイからルアンナムターへ移動。旅行会社で出しているミニバスを使う。前日、フアイサイに到着した際、偶然この便を見つけ、即座に予約した。料金91,000キープ。

本来、公共バスを使うつもりでいた。バスの時間なども調べていったが、果たしてどんなバスが来るかわかっていなかった。ラオスの地方ではトラックを改造し荷台に座席を並べたバスが走っているとも聞く。この日でチェンラーイ、フアイサイ、ルアンナムターと1泊ずつの滞在が続く。せめて移動手段くらいは快適にしたかったこともある。そのために料金の高さには目をつぶり飛びついたのである。

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<休憩中>GR DIGITAL

ミニバスとは大型のワンボックスのワゴン。左ハンドルなのを除き日本で走っているワゴンと変わりない。乗客は外国人旅行者ばかりで、スイス人3(赤ん坊連れ)、中国人3、アメリカ人2、日本人1(自分のことね)、ラオス人のドライバーという構成であった。

ところが、いよいよ出ようかというところで強引に乗り込んできたイタリア人カップルにより、車内の均衡は崩れ去る。空席わずか1というところに、1名が座り、荷物を車内に持ち込んでその上に座っていこうという自己中心的なやつだった。

車内は窮屈になったものの、ラオスでもっとも道路状態のよい国道3号線だったからこそ、わずかに許せる振る舞いであった。この道は昨年大改修されたらしく、ルアンナムターまで3時間程度で走りきってしまったのである。これは今までのところ陸路移動での最短時間記録なのである。国道3号線は快適だが、やや強引な開発箇所も見られ、むき出しの斜面から落石や土砂崩れが見られるところもあった。まあ、ここに限らず、雨季は十分に注意が必要だろうけど。

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<小型ソンテウの座席>GR DIGITAL

ワゴンはルアンナムターのバスターミナルに到着する。ルアンナムターの町はここからかなり離れている。乗客のうち、自分と中国人はここで降りた。中国人たちは国境のボーテンに向かい自分たちの町に帰っていくのだろう。ソンテウを利用したが、他の利用者がなく、料金は倍の20,000キープとなった。

この乗り物はタイではシーローと呼ばれる。サムローが三輪なら、シーローは四輪という意味。果たしてラオスではどう呼ばれるかそのあたりは不明。

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<マニーチャン・ゲストハウス>GR DIGITAL

この宿もあらかじめチェックしておいた。ルアンナムター新市街のほぼ中心。シングル60,000キープだが、もちろん、ホットシャワーとトイレ付き。当然ファンもあるだけでなく、なんとエアコンまで付いていた。また、ゲストハウスに分不相応な感じのするテレビモニターも。

経営者のおばちゃん(マニーチャンさん)の英語が達者なので、外国人旅行者には人気があるとのこと。部屋も清潔なので、早速決定。部屋数はやや少ないが、その分静か。もちろん、レストラン併設。お勧めです。

宿帳に記入していたら、フアイサイから同乗したアメリカとイタリアがやって来た。ワゴンに乗ってそのままさらに遠いウドムサイあたりに行ってしまったものと思っていたが、乗り越したことを訴えて、戻ってもらったのだろう。やはり人気あるわ、ここ。

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2008年10月19日 (日)

フアイサイのラオスご飯

夕食は宿からほど近い、Nutpop Restaurantへ。オーダーしたのは、鶏肉のラープと野菜の炒め物。これにカオニャオがあればいいのだが、なんとなかった。仕方ないので、普通のご飯とする。

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<鶏肉のラープ>GR DIGITAL

ラオスの代表的な料理のひとつがラープ。ミンチした肉や魚を大量のハープと混ぜ合わせたもの。この日は鶏肉だったが、もちろん、牛肉、豚肉、魚などのヴァージョンもあり。変わったところでは、アヒルの血を固めたものや生肉というものも。

ラープを食べたのは久しぶりだったので、ハーブのさわやかさや苦みなどといった味が、口の中でちょっと違和感を覚えた。だが、慣れると美味いです。

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<野菜炒め?>GR DIGITAL

続いて運ばれたのがこれ。なぜかスープ状になっていて、この中にはミンチしたエビまでが入っていた。エビはラオスでは捕れないので、メコンの川エビなのかもしれないが。とはいえ、こちらも美味かった。

付け合わせなのか、キュウリが付きます。こちらのキュウリは大きいな。皮をそいであるのは、苦みがあるからかも。

カオニャオがなくて、ちょっと腰砕けとなりましたが、美味しくいただけました。ちなみに、カオニャオに遭遇するのは、いったんラオスを出国して、中国から戻ってからとなります。また、もちろんこれらといただく飲み物は、ビアラオに決まってますが、こちらはまた別のエントリーにて。

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2008年10月18日 (土)

フアイサイをぶらつく

メコンを渡り、フアイサイにやってきた。宿はあらかじめチェックしていた、タビーシン・ホテル(Thaveesinh Hotel)に部屋を見て決定。ファン、トイレ、ホットシャワーつきシングルで200バーツ。まったくチェンラーイの宿と同じ料金。

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<泊まった部屋>GR DIGITAL

いささか狭く、荷物置き場に苦労したが、翌朝にはルアンナムターに向かう。これで十分かと思ったものの、なんとチェックアウト間際、水場のトラブルが発生。こちらで応急処置しておきました。場所は、イミグレーションから坂を上がり、メインストリートを左折した山側にあります。

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<メコン>MZ-3/35mm/RVP100

この宿からはメコンがよく見えます。上の写真は屋上から。ここにも洗濯物が干せたりする。また、各フロアにテラスがあり、ここからも眺めがよろしい。ただ、部屋からは見えない。料金はバーツで請求されたというか、初めからバーツの表示。とはいえ、アメリカドルの下落によってか、ここ以外ではどこもキープで料金を提示される。2年半前は、宿泊料金はアメリカドル払いが当たり前だったのだが。でも、交渉次第でドル、バーツ、中国元などの支払いは可能だろう。それでもキープで払うのがもっとも損はないと思う。

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<ワット・マニラートより>MZ-3/35mm/RVP100

フアイサイの町はメインストリートがメコン沿いにあるだけというシンプルな造り。ここで一番眺めがよいのが、ワット・マニラートという寺院。それにしてもまったく観光的なものがない。その割には外国人旅行者ばかりで、それは単にラオスへの入り口であるからに過ぎない。

メインストリートを歩いても、特にこれというものがなく、単に散歩しただけである。だが、ここの住民は気軽に外国人旅行者に声をかけてきて、フレンドリーなのであった。それはもちろん、タイというもっとも身近な外国に門戸を開いている特殊性があるからなのだと思う。

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<目に入れても痛くない>MZ-3/35mm/RVP100

そんなフアイサイのラオス人に頼んで撮らせてもらったのが、上の写真。この日のベストショットである。

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<犬>MZ-3/35mm/RVP100

何となく気弱そうな犬。道路に立ちふさがり、こちらにほえかかることもなく、すんなりと通してくれる。この先の旅路を暗示してくれるのならば、これは吉と出たことなのだろうか。

フアイサイでも天気がいまいち。この先も同じような天気が続く。ただ、雨はチェンラーイで遭遇したのみで、まだやられているわけではない。従って、赤みのかかったリバーサル画像が続きます。

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2008年10月15日 (水)

おじさんは国境を目指す

いよいよラオスに渡る日がやってきた。チェンラーイは、あいにくの雨が朝から降り続いている。そのために、宿を出るのがかなり遅くなった。止むのを待っていたが、その気配はなく、傘を差してバスターミナルを目指した。

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<ノンエアコン普通バス>MZ-3/50mm/RVP100

チェンラーイからは各地へバスが出ているものの、タイ・ラオス国境のチェンコーン行きのバスはチケット売り場では販売していなかった。もっとも、窓口にはわずかにアルファベット表記で地名が記してあるだけなので、ちょっと迷いつつもバスにたどり着く。

チェンコーン行きのバスは経由地の違う2社があり、早く出発する方の赤いバスに手招きされる。昨日の夕方にはこのバスは乗客でぎっしりであった。乗り込んでみるとがらがら。荷物はどうするのかバックパックを見せると、ここに置けと運転席の斜め後ろにある、エンジンカバーの上を示された。屋根の上でなくて一安心。座席は運転席の直後とする。

もう1社のバスは青い車体。バスターミナルに料金表があり、どちらも同じ70バーツなのである。所要時間を尋ねると、「どちらも同じ、セイム、セイム」とのことである。青いバスには外国人旅行者がたったひとり乗っていたが。

オンボロのバスにしては、ほぼ時間通り発車する。最悪の時は適当に乗客が集まってからでないと出発しないのではないかという不安は解消される。それとともに、女性の車掌がやってきて、料金を徴収される。バスはもちろんエアコンなどなく、窓を開け放って走る。しかし、容赦なく雨が降り込むため、窓を下ろした。自分の席には雨が降り込まなくなったが、運転席の窓はまったく閉めようとしないため、適度に風が入り、まあまあ快適であった。

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<運転席>GR DIGITAL

それにしても、この運転席を見ていただきたい。メーターがほとんどなく、よくわからないスイッチがたくさん。まるで手作りのバスみたいである。このバスは結構頻繁に乗り降りがあり、通しで乗っていたのは自分とドイツ人女性のみであった。

時刻表によると日中1時間に1本の割合で走り、同じ赤いバスと何度かすれ違った。中には、タイ文字の下に「チェンラーイ」「チェンコーン」となぜかカタカナで表示してあるバスもあるほど。

道は途中まで平坦だったが、中程からちょっとした山道となり、それが終わるとかなりの悪路となった。未舗装部分もあったが、舗装されていてもかなり穴が開いているような道で、スピードがぐっと落ちる。しかも雨だったからか、2時間40分くらいかかった。しかし、チェンコーンでは雨は上がっていた。

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<待ちかまえるトゥクトゥク>MZ-3/50mm/RVP100

バスがようやくチェンコーンに着くと、トゥクトゥクが待ちかまえている。近くには、日本語の看板まであり、イミグレーションまでの公定料金が示されている。トゥクトゥクはあまりタイでは見ないタイプで、どちらかというと、ラオスでよく走っているタイプ。バイクを改造し、後ろに客席を設けたような感じである。客席は進行方向に対して横座りし、向かい合わせにも座席があるというタイプである。料金30バーツ。

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<タイ側イミグレーションへ>MZ-3/50mm/RVP100

トゥクトゥクはここまで。日本語の看板も見えますね。坂を下っていくと、チェンコーンのイミグレーション。出国カードとパスポートを差し出すだけなので、至極簡単。

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2008年10月12日 (日)

ナイトバザールと日本料理

チェンラーイにもナイトバザールがあり、夕食がてらでかけてみた。宿を出たとたんに雨。この旅で初めて持参の折りたたみ傘を使う。

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<フルーツ屋台>MZ-3/35mm/RVP100

上の写真は市場近くの夕方から始まる屋台群のひとつ。かなりの規模で歩くのもままならないほど。この時は雨の気配はなかったのだが。

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<寺院への供え物>MZ-3/35mm/RVP100

寺院の近くではこのような供え物を売る店もたくさんある。

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<山岳民族の織物>GR DIGITAL

ナイトバザールはバスターミナルに隣接したところにある。チェンマイほどの規模はないものの、山岳民族の作るものはこちらの方が豊富である。あいにくの雨。思うように写真が撮れない。

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<ステージ>MZ-3/50mm/RVP100

それでも奥の方に行くとフードコートがあり、ステージも2か所設置されている。ひとつはダンスのパフォーマンスで、もう一つは男性が弾き語りを行っていた。さあ、メシにしようか。

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2008年10月11日 (土)

寺院にて

チェンラーイはバンコクやチェンマイと比べると、これという観光資源に乏しいと思う。そこで暇な観光客(自分のことです)が出かけるのはガイドブックに載っている寺なのである。チェンラーイの寺は、代表的なものはワット・プラ・シンとワット・プラケーオの二つ。この名前どこかで聞いたことがないですか?そう、ワット・プラ・シンはチェンマイで観光してきた。ワット・プラケーオは誰もが知ってるバンコクのチャクリー王朝の守護寺です。

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<ワット・プラ・シン>MZ-3/35mm/RVP100

チェンマイでも登場した同名の寺は、ここの兄弟寺院。あの緑に輝くプラ・シン仏もかつてはここにあったそうで。上の写真は本堂の裏側ですが、この中にチェンマイにある仏像とよく似たものもあるそうで。プラ・シン仏ではないそうです。でも、あまり時間がなくてゆっくり見てこなかったんですよね。

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<寺院壁面>GR1s/Neopan Acros

ここで印象的だったのは、まるで浮き彫りのような仏像が建物にあったこと。モノクロだと真っ白く見えるものの、実際にはややくすんだピンクのような色合い。そして、口元。これまたはっきりしないものの、少し色が付いていますね。まるで紅をさしたようにここだけ着色されているのでした。こういうのがラーンナー様式なのかどうか。とにかく、チェンラーイの文化はセンスがいいと思った。

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<ワット・プラケーオ>MZ-3/35mm/RVP100

ワット・プラケーオはその名前の通り、バンコクの同名寺院にあるタイの国宝とでもいえる、エメラルド仏(実際にはひすい製)が安置されたことのある寺院である。エメラルド仏はその後、チェンマイ、ルアンパバーン、ヴィエンチャン、バンコクと安置される場所を転々と換えて今に至る。

エメラルド仏は現在バンコクにあるが、元々はインドからセイロンのものらしいが、流れ流れてアユタヤにたどり着き、さらにラーンナー朝がこれを持ち帰る。そして、ビルマの戦火を避けたセーターティラート王により、ルアンパバーン、ヴィエンチャンヘと移動する。そして、チャクリー朝のラーマ1世がヴィエンチャンを攻撃してバンコクに持ち帰ってものである。

というわけで、タイの守護神ともいえるエメラルド仏なのだが、ラオスが所有権を主張しないわけでもない。まあ、難しいものですな。このあたりは大英博物館のロゼッタ・ストーンとかギリシアの神殿、パリやイスタンブルにあるオベリスクなどとも通じるものがあるか。

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<エメラルド仏>GR DIGITAL

だが、チェンラーイのワット・プラケーオにはコピーのようなエメラルド仏が安置されている。これは、1990年の現国王の生母の90歳の誕生日を記念して作られたものという。大きさもバンコクのエメラルド仏とほぼ同じだという。ただ、ありがたみはいくぶん薄れるものの、こちらの方が、近くまで寄れるし、写真も撮れる。

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2008年10月 8日 (水)

サムローと日本人宿

チェンマイからバスで約3時間。チェンラーイはラーンナー王国のチェンマイの前の首都であった。だが、実際に訪れてみると、遺跡があるわけでもないし、「これ」という観光名所も少ない。だが、何となくゆるゆる感が流れている感じ。

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<サムローに乗る>GR DIGITAL

チェンラーイのバスターミナルでバスを降り、宿に行こうとするが方向感覚がまったく失われていた。と、いうのも、バスターミナルから見える範囲で、まったく目印になるものがなかったからである。目に入ってくるのはすべてタイ文字ばかり。バンコクやチェンマイなら、少なくとも英語の文字は目に入ってくる。大仏塔で有名なナコーン・パトムに行ったときも、こんな感覚にとらわれた。タイの観光地でない田舎に来てしまったと。

そんなときにサムローという三輪自転車タクシーの男が声をかけてきた。「ツーリストイン。20バーツ。行くか?」と。

チェンラーイのTourist Innとは、ガイドブックにも載っている日本人が経営する安宿である。1泊の料金も手頃なので、ここは候補のひとつであった。と、いうことでサムローの客席に。宿までは比較的近かったが、まず歩いてはたどり着けなかっただろう。何たって、通りの名前さえ読めないのだから。その間に、バスターミナルと宿の位置関係は把握できました。

部屋はトイレ、ホットシャワーつきシングルで、200バーツ。エアコンを使うと350バーツとなりますが、涼しかったのでファンでまったく問題なし。

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<泊まった部屋>GR DIGITAL

設備そのものはゲストハウスと変わらない。ただ、日本人経営者の大久保さんがきれい好きなのでしょう。掃除も行き届いてます。泊まると、ミネラルウォーターが1本付き、チェンラーイの地図ももらえます。

旅行者たちがくつろげる部屋があり、ネット接続したノートパソコンがあったり、雑誌や本、ガイドブックに加え、ラオスとミャンマーの情報ノートがありました。まあ時間の関係であまり読めなかったのですが。宿泊料金は前払い。泊まる旨を告げたらその場で支払うそうです。2泊目以降もその日にとのこと。

また、ここはベーカリーをやっていて、パンのいい匂いがします。食べたら美味しいでしょうね。わたしゃ、他の料理を食べたかったので、こちらは食べてないのですが。

地図ももらえて、大久保さんかなり世話好きみたいです。では、ちょっくら出かけてきますか。

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2008年10月 6日 (月)

タイの小坊主

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<チェンラーイにて>MZ-3/35mm/RVP100

上の写真は、チェンラーイのワット・プラケーオにてカメラに興味を示した小坊主たちをスナップしたものである。ちょっと表情が硬くて、微動だにしないポーズ。そんな感じからも、まじめな小坊主という雰囲気が伝わってくるだろうか。

敬虔な上座部仏教の国、タイ。タイの僧侶の数は半端じゃない。特に雨季の間は、功徳を積むために出家するものが多い。僧侶は尊敬されているし、仏教外の分野でも勉学を惜しまない。私有財産はなく、托鉢により食をまかない、1日2食。…そんな風に思っていたのだが。

椎名誠の「秘密のミャンマー」の記述を要約すると、上座部仏教の僧侶たちの生活は、早朝に起きて毎朝の勤行のあと、前日の残り物で朝食を食べ、托鉢に出かけ、托鉢の食べ物を昼に食べる。2食だけとなったのは、その後の勉学に支障が出るからとも。昼のあとはいっさい食べ物を口にしないのだ。

偉いよなあ。我らが飽食の国にいて毎日取っている行動とは大違いだ。

しかし、目撃してしまったのである。続きはクリックして。

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2008年10月 4日 (土)

チェンマイ寺巡り

ラーンナー朝の首都であったチェンマイ。旧市街はほぼ正方形の城壁と堀に囲まれていて、3か所の古い寺院が残る。今回のエントリーでは、ハイライト的にざっと紹介していこうと考えている。

2年半前のチェンマイでも、これらの寺院は回っている。また、城壁外にもいくつかの特徴ある寺院もあるが、こちらは割愛させていただく。

ワット・チェン・マン

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<象の並ぶチェディ>MZ-3/50mm/RVP100

ワット・チェン・マンは旧市街の北東部にあり、ラーンナー朝のメンラーイ王がチェンマイに遷都した際に作られた寺院で、宮殿でもあったが、今はその面影も、このずらりと並んだ象がいるチェディ(セイロン様式の仏塔)に残るのみだろうか。

本堂には、水晶で作られた仏像と大理石で作られた仏像があり、前者は雨を降らす力が宿されるとされ、後者は水掛祭りで登場するという。ここを見ていたら、アメリカ人観光客に話しかけられ、「ここに書いてあることが読めるか」といわれた。もちろんタイ語なのでそれは無理である。

この寺院は犬が多く、ほとんどは日陰でぐったりしているものの、中にはかなり元気のいい犬もいる。また、放生の鳥を売るおばさんも数名いるし、観光案内をしようというトゥクトゥクのドライバーもいる。

ワット・チェディ・ルアン

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<中央の大仏塔>MZ-3/20mm/RVP100

ワット・チェディ・ルアンは文字通り大きな仏塔(チェディ・ルアン)を持つ寺院。1545年の地震で崩壊するまでは高さ86mあったというが。この仏塔は1992年にユネスコと日本政府の援助で修復されたが、当時の確かな資料が残されてなく、新しいアイデアも取り入れられている。

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<高僧のろう人形>GR DIGITAL

大仏塔の近くにある礼拝堂には僧侶のろう人形が展示されている。展示と書いたものの、これは不的確な表現かもしれない。ろう人形は2体ほどあり、かなり精巧な出来である。タイの他の寺院でも僧侶の写真でなくレプリカのようなものはかなりあった。ここでは、大勢の僧侶がこの人形の前で一斉に祈ることもあるので、仏像に置き換えられたものかもしれない。

また、ワット・チェディ・ルアンには僧坊が近くかなりの数の僧侶を見かけることができる。場所は旧市街のほぼ中心あたり。

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2008年10月 1日 (水)

チェンマイ名物、カオソーイ

チェンマイで食したもの第2弾。それは、カオソーイ。ラオスにもカオソーイという麺料理はありますが、名称が一緒なだけで中身は別物。ラオスのカオソーイもたくさん食べてきたので、こちらも後日、ご紹介しますが。

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<カオソーイ>GR DIGITAL

スープはココナッツミルクベースの、ケーン(タイ風カレー)のような味。ここに入る麺は、小麦から作ったもの。タイの小麦麺というとバミーが有名だが、それよりはやや平たく、いくぶん縮れているような気もする。極端な話、日本のラーメンの麺に似ていると思う。食感も。

そして、麺の上には、さらにカリカリに揚げられた麺がのっている。見えていないが、具は鶏である。また、別皿でマナーオ(小型の柑橘類で、タイ料理には欠かせない)、タマネギ、高菜漬けのような味の野菜、ナムプリック(唐辛子味噌)がつき、好みによってトッピングする。

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<別皿の野菜類>GR DIGITAL

見た目はスパイシーそのものだが、さほど辛みはなく、マイルドな感じ。もちろん、ナムプリックの量を増やせば辛くもできるはず。これは、はっきりいって日本人好みの麺ではなかろうか。特にこってり系ラーメンが好きな人ははまるはず。個人的にはバミー・ナーム(バミーのスープ麺)よりも美味いと思う。

チェンマイにはカオソーイ専門店もあるが、遠くて行けなかった。The Gallery of Thapeという、チャンクラン通りからターペー通りを左折し、すぐのギャラリーでカオソーイを出していた。軽食コーナーがあり、カオソーイは50バーツ。ただし、量はあまり多くない。

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