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2008年11月30日 (日)

サンデーマーケット・人物編

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<漁帰り>MZ-3/35mm/RVP100

勐混(モンフン)の町はずれ(といっても歩いて10分もかからない距離)には、池とも豪雨による水たまりとも判然としないところがあり、ここで地元の人たちが魚を捕っていた。その帰りなのだろうか、大きな仕掛けを担ぎ道行く人を撮す。

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<肉を売る>MZ-3/50mm/RVP100

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<野菜売り>MZ-3/50mm/RVP100

ここ勐混(モンフン)にはほとんど漢民族がいない。売り手も買い手も少数民族である。シーサンパンナ最大の日曜市は果たして明らかではないのだが、ここ勐混に少数民族たちが集まって来るというのは本当のことであった。もう少し彼らをクローズアップしてみよう。

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<揚げ物>MZ-3/50mm/RVP100

なんの揚げ物か。もしかすると、餅米を揚げたものかもしれない。そうしたものは、ラオスにもあるはず。

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2008年11月29日 (土)

少数民族に会いに行く

景洪4日目。天気は悪いが日曜日である。この日は勐混というところに行くことに決めた。勐混(モンフン)は勐海(モンハイ)の西にあり、景洪からはバスに乗る。そして、勐混(モンフン)はとても小さな村なのだが、シーサンパンナ最大の日曜市がたち、各地から少数民族がやってくるとのことなのだ。

景洪からのバスはミャンマー国境の打洛という町への便であった。その途中下車となる。だが、勐混がすぐそこというところで、国境警備隊が乗り込み身分証明書のチェックをされやや時間がかかった。

勐混も土砂降りである。時間がかかったので、簡単な昼食を取り、市場を目指す。

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<いきなり少数民族>MZ-3/35mm/RVP100

勐混(モンフン)の小さなメインストリートでは常設の商店があり、少数民族たちが買い物をしていた。ここでは売る側も少数民族である。

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<少数民族のお婆さん>MZ-3/50mm/RVP100

サンデーマーケットは激しい雨のためか、よくわからなかった。だが、常設の商店街の奥に常設の市があるようであった。

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<市へ続く道>MZ-3/35mm/RVP100

とんでもない豪雨で水があふれてしまっている。仕方ない。意を決してジーンズを膝までまくり上げ、この道を進むことにする。続きはまた後日。

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2008年11月26日 (水)

麺のパフォーマンス

景洪の宿の前の通り曼聴路には、数多くの食べ物の店があるが朝早くからやっている店はそう多くない。その中のひとつに景洪では珍しい回族がやっている店があった。その名を蘭州牛肉拉麺。

回族とは対外貿易が盛んな唐から元の時代に渡来したアラブ系・ペルシア系の人々と彼らと結婚しイスラムに改宗した漢民族であるといわれている。この途方もない年月のうちに西方の民族の特徴はほとんど失われてしまい、中国化しているものの、ムスリムとしてのライフスタイルを崩さず、後に中華人民共和国によってひとつの民族であると位置づけられた人たちなのである。

主に男性は頭に白い帽子を被り、もちろん食材には豚肉はない。回族の居住する地域は寧夏回族自治区や甘粛省などである。その他各地に回族は自治州や自治県を持っているが、西安から東トルキスタン(現在の新彊ウイグル自治区)に至る河西回廊あたりに回族の姿が多く見られる。その河西回廊の中心ともいえるのが甘粛省の省都、蘭州なのである。

さて、店に入る。メニューの中から、店の名前でもある牛肉拉麺を指さしで注文。対応した白い帽子の青年になりかけの少年が調理台に立つ。冷蔵庫から取り出したのは麺になる生地。これを一人前らしい大きさに包丁でカットすると、麺棒でのばしまた固める。これを数回繰り返すと、再び生地を麺棒でのばし、今度は両手に生地の端をつかんで引っ張りはじめた。両手が広げられなくなったところで、端と端を合わせて、また両手でのばしはじめる。これはただ、両手で引っ張るだけではなく、時には生地を縄跳びのように回して遠心力でのばすという技も見せてくれるのである。

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<麺作り>GR DIGITAL

これ、1本が2本、2本が4本という具合にのばすやつで、その昔、中華三昧だったかのCMで中国四千年の秘技みたいに紹介されていたものと同じですね。そんな風に引き延ばしていった麺ですが、それでもかなり細くなり、やがて大鍋に投入。ほどよくなったところで、スープと具をのせてやって来ました。

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<牛肉拉麺>GR DIGITAL

麺はうどんよりも細いということが確認できるだろうか。そして、この麺、どこまで行っても切れ目というものがなくさすがは製法に忠実であることがわかる。また、麺の部位によっては太さが異なるのである。この麺は小麦からできている。そのため、どこかラオスの麺料理とは異なる。日本人にとっては馴染みやすい麺なのかも。

ワケギのようなネギとやや辛みのある肉味噌のようなものが加えられている。そして、隠れ見える牛肉の肉片。「拉麺」というくらいだから、どちらかというと日本のラーメンのような感じでもある。量的にも。ただ、味はかなり淡泊なのである。

これで、5.0元。

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2008年11月23日 (日)

農貿市場と少数民族

橄欖壩のタイ族園からの帰途、バスターミナルに向かうと階段状の建造物が見えた。そちらに行ってみると紛れもなく市場で、ガイドブックの地図と真逆の方向、西側にあったのである。

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<漬け物>GR DIGITAL

階段状の市場の内部はびっしりと店が並んでいた。入り口近くは食品が中心であまり時間もないことから、このあたりを冷やかすにとどめる。各種漬け物は発酵食品のひとつ。発酵した食べ物は、やはり東アジア半月孤特有の食べ物。ミャンマーでもタイでも高菜漬けとまったく同じ味の漬け物があり、日本人にはまったく違和感がない。

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<プーアール茶>GR DIGITAL

そして、茶も売られていた。景洪を歩くと「普洱茶」の看板が目につく。この茶は中国茶のひとつで、香港ではもっとも好まれている茶である。そして、原産地は雲南省南部。プーアール茶もまた、発酵食品。緑茶をコウジカビで発酵させている。緑茶ベースだが、お茶として供されるとどす黒い色となる。

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<麺類>GR DIGITAL

まあいろいろあるもの。中心にある白っぽいものは間違いなく米から作った麺である。ここでは小麦麺はほとんど見られない。それはシーサンパンナが米の文化であるからだろう。その周囲にある色の付いた麺は原料が不明。ここでは、麺を指定してその場でそばにして食べることができそうだ。

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<少数民族>GR DIGITAL

そして、やはりというか少数民族も買い物に来ていた。服装からするとタイ族とは違うようである。さて、景洪で残された日数はあと1日。この時に、あそこに行ってやろうと決意した。その地とは続編を。

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2008年11月20日 (木)

モチ種とストーンズ

かすてら音楽夜話Vol.11

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<カオニャオ>IXY DIGITAL500

東アジア半月孤では主食である米は餅米であることが多い。これがまたおこわのような味でたとえおかず一品であっても、美味しくいただける。ところで、餅米とはそのデンプンの成分がアミロペクチンのみのものである。うるち米にはアミロペクチンの他、2割ほどアミロースが含まれている。そして、アミロペクチンこそが粘りけの成分なのである。

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<ムラサキトウモロコシ>MZ-3/35mm/RVP100

ところで、トウモロコシにもモチ種があることをご存じだろうか。今回味わえなかったものの、前回の時に味わったトウモロコシはモチモチしていた。そのトウモロコシのデンプンもほとんどがアミロペクチンだけだそうである。上の写真のムラサキトウモロコシがそのモチ種。

ところで、モチ種は突然変異なのだそうだ。東アジア半月孤ではそのモチモチ感を好み、突然変異で現れたモチ種を掛け合わせ、餅米やムラサキトウモロコシを作り出していったということらしい。このあたりのくだりは、佐々木高明の著作に記述がある。まあたいした努力なのである。

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2008年11月18日 (火)

Olympic A Go Go

ご存知、北京オリンピックは自分の旅の期間まるまる行われている。開会式は、中国にとって縁起のいい数字8にちなみ、2008年8月8日午後8時より行われた。その時間はとあるレストランにいたのだが、従業員全員がテレビの前に勢揃いして開会式を見出す。何とか会計をすませて、宿に戻ってきたが、狭いフロントに黒山の人だかりであった。ここでも、開会式を見る人があふれていた。んー、部屋にテレビはあるはずなのだが。

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<テレビでの開会式>GR DIGITAL

国の威信をかけたオリンピック。今回ばかりは、中国国内の少数民族問題を内包し、いっそう政治色の強いオリンピックであった感が強い。オリンピック中継は連日報道されていた。自分が中国にいる間に北島康介が金メダルを獲得したはずなのだが、そのシーンを見かけることはなかった。自分が見た範囲ではテロップが流れたのみである。それはたまたまなんだろうが。唯一見かけた日本人選手の活躍は、バドミントンのオグシオが中国ペアに敗れるシーンだけであった。

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<スローガン>GR1s/T-MAX100

国の威信をかけたオリンピックにしては比較的地味なスローガン。だが、町のあちこちにこういったものがあった。

もちろん、国民の関心も高い。宿のテレビは中国各地の放送が入るようになっていて、これをチェックしてみると、すべてがオリンピック中継というわけでもない。まったく関係のない放送を続ける局もあったことはあった。また、開会式の間は町から人気がなくなるかとも思っていたが、出歩く人もかなりいた。関係ないという人もいたことに、ある程度ほっとした。

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<オリンピック仕様のジャージ>GR DIGITAL

その後も旅を続け、ラオスに出てもオリンピック中継をやっていた。ラオスは中国に比べると放送局も少ないものの、いまや衛星放送を誰もが受信できる時代。受信料を払うとか専属の局と契約するとか、そういった煩雑な手続きはいっさいないのだろう。そうした面では日本よりも進んでいると感じる。

もちろん、ラオスの放送局もオリンピック中継を流していただろうが、ウドムサイで「今日本がサッカーをやっている」と言われ眺めた画面は、中国の放送であった。その後極端に情報が少なくなったものの、ネットカフェなどでチェックをしつつ旅を続けたのであった。同じアジアで行われているオリンピックであったが、まったく自宅で見ることなく終了してしまい、まるで遠いところで行われている一大イベントなのだと強く感じた。

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2008年11月16日 (日)

雨の中の水かけ祭り

橄欖壩のタイ族園だが、いささか退屈なところである。しかし、15:20より水かけ祭りのショーがあるため、撥水広場に行ってみた。

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<撥水広場>GR DIGITAL

水をたたえたなんてことのない広場。近くでは、貸衣装があり、タイ族の服装になって思い切り水を掛け合おうという商売があった。やる人いるのかなと思っていたら、ティーンエイジャーを中心に男女ともかなりの数がこれを利用しているではないか。

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<集まる人々>GR DIGITAL

時間が近づくにつれ、人々が集まる。ひときわ華やかな服装の人たちは、園内で働くタイ族のお姉さん方。園内にはまた別の施設があり、ここで舞踊などのショーも行われているらしい。

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<タイ族のお姉さんたち>GR DIGITAL

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<ショーの開始>GR DIGITAL

時間が来てショーの開始。中国らしく、近くでは中国語でのアナウンスが鳴り響く。言葉はよくわからないが、「シュイ(水)」という言葉だけは理解した。強引に意訳すると、「さあ、みんな用意はいいかな。楽しんでくれ。そーれ、シュイ、シュイ、シュイ、シュイ、シュイ!」みたいな感じである。

続々集まるタイ族のお姉さん方。傘をさしてはいるが、これは衣装のひとつらしい。その方が華やかだし。また、ここに集まったすべての女性がこのショーを最後まで盛り上げるわけではなかった。どちらかというと、華やか系の衣装を付けた人たちは撥水広場をぐるっと回ると、退場してしまった。残った女性たちは洗面器みたいなものを持ち、水の中へ。

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<水かけ開始>GR DIGITAL

はじめは、水を前方に投げるようにしていたものが、自分たちの頭の上に放り投げるようにして水を浴びている。この間、例のアナウンスは止まらない。最後にはお互いヤケクソのようにして水を掛け合う。

こうしたパフォーマンスは3回くらい繰り返された。35mmカメラ換算28mm相当のGR DIGITALであるので、近づいてもこれが精一杯。下手すると、こちらも水を浴びかねない。元から、豪雨のためずぶぬれに近いのだが、カメラが水を浴びてしまうことだけは避けたい。洒落にならん。

このあと、タイ族の衣装に着替えた一般人も巻き込み、水かけショーは続いたのである。それにしても、タイ族のお姉さんたち、これを毎日やっているんですね。この季節はかえって風邪を引きそうでもある。ま、ひとつのパフォーマンスではあるが、貴重なものを見せてもらった。入場料50元は高くなかったと感じる。

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2008年11月15日 (土)

タイ族のテーマパーク

橄欖壩には、農貿市場というものがあり、ここに少数民族が集まって来るという話を聞いた。ガイドブックの地図によると、バスターミナルからやや東に向かったところにあり、階段状に作られた市場だということなので、そちらに向かうが、なかった。結論から言うと、ガイドブックの地図が誤りであり、さすがは「地球の迷い方」だと感心。

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<橄欖壩の三輪タクシー>GR1s/T-MAX100

まあ、そんなことはその時はわからなかったので、ずんずん東に歩いていく。すると、このような三輪の乗り物をたくさん見かけるようになる。これは、もちろんタクシー代わりの足であり、トゥクトゥクのようなものだろう。モノクロなので、色はわかりにくいが、クリームと赤のツートーンである。座席は向かい合わせて乗れるようにになっているので、タイで見かけるトゥクトゥクよりも多くの人を運ぶことができそうである。だが、どう考えても小型バイクを改造したようなものなので、非力だろうなあ。

市場は見つからず、雨の中を歩いていると、大きなゲートが現れた。西双版納タイ族園である。入場料50元。ここは、実際にタイ族が生活する5つの集落を囲ってそのままテーマパークにしてしまったところなのである。

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<タイ族の住居>MZ-3/35mm/RVP100

しばらく歩くとタイ族の集落が現れる。典型的な高床式住居で、階下が物置や仕事場である。もちろん、テーマパークなので、見学は自由。この階下ではタイ族のおばちゃんが作業をしていた。

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<機織りするタイ族>MZ-3/35mm/RVP100

こんな感じの集落がいくつもあり、その中の民家では小遣い稼ぎみたいな作業をおおらかに公開している。民家はいくつもあり、公開している家は数カ所くらいか。また、タイ族料理のレストランを兼ねているようなところもあった。

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<仏教寺院>MZ-3/35mm/RVP100

パゴダを持つ寺院が園内にはある。もちろんきちんとした寺院で、僧侶も熱心そうであった。ただ、残念なことに建物内の撮影禁止である。

だだっ広い園内ではあるが、中国人の観光客も多いようだ。なかなかつかみ所のない、テーマパークであるのだが、さあこれから何か撮るかというところで、フィルム交換。バッグの中のフィルム袋を探すがなんと宿に忘れてきた。しょうがないので、この日はこれ以降GR DIGITALのデジ画像とGR1sのモノクロのみとなる。リバーサルなしです。

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2008年11月13日 (木)

次の旅先

例によって年末年始の旅です。ようやく決定しました。今回、ちょっと出遅れたところもあって、期間はめいっぱいではありません。まあそれでもいいかなと。

当初は、冬ではあるものの、棚ぼたの円高に影響されて、ヨーロッパ、それも約3年ぶりとなるイタリアでもいいかなと考え、ルートなども想定していたほど。この程度だったら、シチリア回れるなとか、冬だから冷凍物ではないメカジキが食べられるなとか思っていました。とはいえ、ここに行くとなるとおそらくローマ経由でいろいろ面倒かもと思い、単純にローマ経由でフィレンツェ中心にまわり、トスカーナの小都市を巡れば、いろんなものが見られるな、年越しのミサはフィレンツェのドゥオモ(花の聖母教会)あたりが見物なんじゃないかとともかく、ルートは決定。

その足で旅行社へ行くが、チケットは取れず、結局あきらめ、比較的取れそうなベトナムで決定です。とはいえ、期間短縮もあり、「1号線を北上せよ」プランは早速放棄。ホーチミン中心にメコンデルタを回ろうと思っています。

ま、1ヶ月以上先のことですが、ご報告。これ以上のルートは短期ということもあり、すでに宿も取ってしまっていますが、今明かさなくてもよいでしょう。また、チャンスがあれば、現地レポートもやってみようかと思います。

なお、情報不足により、ホーチミンなどメコンデルタ周辺の口コミなども教えていただけると嬉しい次第です。

これで、戻ってきてもしばらくは、夏の旅のレポートを優先したいと思います。旅行記も同じくです。

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2008年11月11日 (火)

衝撃のタイ族料理

景洪ではツアー会社やカフェが催行するツアーをあたってみたが、結局だめ。しょうがない。自力で行くしかない。予定滞在日数は、あと2日。やはり景洪から外に出てみよう。初日は橄欖壩(ガンランパー)へ。

橄欖壩とは景洪の南40kmほどのところにあるところで、シーサンパンナで最もシーサンパンナらしいところといわれている。最寄りは勐罕(モンハン)という町。幸い、バスターミナルからはバスが頻発している。そのために、宿からタクシーに乗り、バスターミナルに到着し、メモに書いた文字を見せるが。答えは「没有」であった。係が絵を描いて説明したところによれば、土砂崩れで道が不通ということである。この時点でやや落胆。しょうがないので、雨ではあるが、瀾滄江(メコン)を見に行った。

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<瀾滄江>MZ-3/35mm/RVP100

前日から降り続く雨により水量はめいっぱいという感じである。手前が上流となる。ここは、チェンコーン/フアイサイからさらに上流となるのだが、川幅は500m程度か。すさまじい雨により、むき出しの川岸が崩れていく状況も目撃できた。道の不通も止むなしか。

ここからラオスやタイに向かい、貨物船が運航され、その一部は交渉次第で客も乗せるという。ここからちょっと下流側に橄欖壩があるのだが。

さて、これからどうするかなと引き返したところ、「勐罕」の文字を付けた路線バスが通り過ぎていった。道が復旧したかと思い、バスターミナルへ引き返す。今度はチケットが買えた。料金8.0元。うち、5角が保険料のようだ。勐罕までの道は土砂崩れの箇所もあったが、約1時間くらいで到着した。

さて、足止めを食らったので、すでに昼を過ぎている。ここで昼食を取ることにし、適当な食堂に入る。だが、メニューがなく、しょうがないので「麺(ミェン)」と告げると店の女性は表に出て早速調理している。「ゴリッ、ゴリッ、ゴリッ」という音が聞こえる。麺作りというより何かをすり鉢でつぶしているような音である。やがて麺が運ばれる。一口食べて納得した。

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<橄欖壩の麺料理>GR DIGITAL

おや、冷麺ですね。スープ麺ではなく麺に絡めたスープがわずかに皿の下にたまっている。どれどれ。一口。「!」これは、まさにソムタムの味である。表でごりごりやっていたのは、未熟のパパイヤと川蟹、魚醤などをすりつぶしていた音なのである。

ソムタムは今ではタイを代表する料理だが、もともとはイサーンの料理。ラオスにもタムマークフンというものがあり、これまた同じものです。そして、シーサンパンナのタイ族は、徐々に南下をし、ミャンマーに入りシャン族となり、ラオスでラオ族、そして現在のタイにも進出したといわれている。とすると、シーサンパンナにもソムタムの味のする料理が残っていたとしても不思議ではない。

それにしても、タイやラオスでソムタムまたはタムマークフンのような料理を出すとしても、これと麺をあわせたものなど味わったことがない。初めての衝撃的経験であった。いささか大げさですが。

これ、お茶請けとしてひまわりの種も付いて、わずか5.0元でした。

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2008年11月 9日 (日)

コピー天国中国

曼聴公園でスコールに遭遇。1時間ほど雨宿りした。すさまじい雨であった。そのおかげで翌日の行動には影響が出ることになるのだが。

曼聴公園の昼間の入場料は40元である。だが、夕方からは、タイ族の舞踊ショーつきディナーが行われ、入場料の桁が変わってしまうというところである。それ以外はまあどうということのない公園なのだが、園内にはちゃんとした寺院がある。もちろん、タイやラオスで信仰される上座部仏教の寺院だ。

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<曼飛龍白塔のレプリカ>MZ-3/35mm/RVP100

曼飛龍(マンフェイロン)仏塔とは景洪の南、ミャンマー国境付近の大勐龍(ダーモンロン)にある、シーサンパンナのシンボルともいえる仏塔である。以前ツアーで訪れたが、今回も行きたかったものの、道が工事中らしく、行けそうもなかった。これは、寸分違わぬ忠実なレプリカである。だが、ありがたみは薄れますね。

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<景真八角亭のレプリカ>MZ-3/35mm/RVP100

そして、もう一つあったのが、やはりレプリカのこれ。こちらは、勐海という、景洪の西にある町の郊外に建つ、不思議な形の宗教施設。31面32角、高さ20m。もちろん、寸分変わらぬ大きさです。こちらも、以前訪れてますが、今回はやはりあきらめました。

以前の印象といえば、やはり雨季であまり色鮮やかでなかったような気がする。それでも、ツアーバスではあるものの、遠路はるばる見に行ったので、少しは感動したもの。やはりコピーというだけで、ちょっとがっかりです。

こうしたもののコピーといえば、愛知県犬山市にあるリトルワールドとか、バンコクのワット・プラケーオにあるアンコールワットのミニチュアなどがありますね。でも、大きさまでも忠実に再現してしまう神経の図太さは中国ならではできないことなのかも。

Postscript あまりにも、話題がありすぎて、連日のアップです。旅行記ですが、実は意図的に遅らせています。まあ、アップするときにはどかんとやるかもしれませんので、よろしくです。

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2008年11月 8日 (土)

景洪と周恩来

1961年、景洪にて中国とビルマ(当時の名称、現ミャンマー)の首脳会談が行われている。このために、景洪を当時の首相、周恩来が訪れている。

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<西双版納熱帯花卉園の記念碑>MZ-3/35mm/RVP100

首脳会談が行われたのは、現在の西双版納熱帯花卉園にて。その記念碑が園内にはある。ここは、本来、ここに自生していなかった、アブラヤシとゴムの木の研究のため設立されたところである。

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<ゴムの木>GR DIGITAL

その研究のおかげか、今では自治州内でかなりのゴムのプランテーションを見ることができる。磨憨から勐臘、勐臘から景洪まで料金所を巧みにかわしながら、村落をバスは通り抜けるのだが、この時にもゴムの採取の様子を目撃することができた。

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<曼聴公園入口>MZ-3/35mm/RVP100

曼聴路のはずれにある、曼聴公園。ここは、有料の公園だが、ここにも周恩来の記念碑が。傍らには、周恩来の記念館もあり、資料などが展示されている。

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<水掛祭りの周恩来>GR DIGITAL

その記念館の中に、水掛祭りに参加する周恩来の写真があった。実に楽しげに見える。この時代、景洪にはたくさんの少数民族がいて、漢民族もそれほど進出していなかったのだろうなあ。そして、中国政府も、あからさまな少数民族への高圧的態度はとっていなかったのではなかろうか。

そんなことを感じる1枚の写真であった。

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2008年11月 7日 (金)

Hi, I'm From Yangon

景洪にはミャンマー製品を扱う店が多い。品物は、貴金属や宝石などである。そして、ここでは例外なく、ビルマ人が働いている。民族工芸品市場のメコン側にある入り口近くにも、そんな店があった。

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<ミャンマー物産店>MZ-3/35mm/RVP100

「緬甸」と書いて、「ビルマ」。泰緬鉄道などと使われ、この漢字表記は日本でも使われている。中国人は玉石好き。玉とは中国ではヒスイの総称ともいえる。ヒスイを加工したものでは、台湾の故宮博物院にある、白菜とバッタの彫刻がこれだし、中国の歴代皇帝もヒスイを好んでいる。そして、現在ヒスイの産地はミャンマーに集中しているのである。

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<ヤンゴン出身>MZ-3/35mm/RVP100

もともヒスイをはじめとする宝石類には興味がないので、スルーして歩いていた。だが、ちょっと考えて引っかかってみる。ビルマ人の客引きは例外なく「ハロー」とか「ニイハオ」と呼びかけてくるのだ。

この男性にもそのように話しかけられた。「ノー、日本人だからニイハオじゃないよ。ミンガラーパ(ビルマ語のこんにちは)」

カメラを見せて撮らせてもらう。あっけらかんとOK。もうカメラから視線が離れない。中国人は記念写真好きだが、ミャンマーからインドにかけては撮られ好きとでもいうか、とにかく被写体になることをいとわない人が多い。カメラに関する寛容度はタイやラオスよりもかなり高いといってよいであろう。この青年はヤンゴン出身。シャツ姿だが、きちんとロンヂーを穿きこなしている。

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<青年たち集合>GR DIGITAL

隣の店でも同じような挨拶をし、今度は画像の確認できるデジで撮らせてもらった。モニターを見せると、彼らは大喜びである。久しぶりにいい表情に出会ったような気がした。気軽に撮影に応じてくれる人は、男女を問わず、いいもの。この日の天気も雨が降ったり止んだりだが、会心のショットを撮れたような気がした。

ミャンマー人経営のこの手の店は景洪各地にあるようです。色黒の人は例外なくミャンマー出身。アイデンティティを持ち続けるためか、雲南の辺境にいても、こんな姿。ただし、観光客が気軽に買えるものがないのが、残念。

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2008年11月 4日 (火)

民族工芸品市場の少数民族

景洪は雲南省シーサンパンナタイ族自治州の州都である。雲南省は中国の中でも少数民族の宝庫とでもいうべきところで、その風俗は漢民族とまったく異なる。いわば、目に付く。一昔前にも、景洪を訪れたが、その時の景洪は、椰子の通り並木にタイ族のお姉さんたちがサロン姿で日傘を差しながら、しずしずと歩くようなイメージがあった。

しかし、今回訪れてみると、大きなビルが建ち並び、目に付くのは漢民族ばかり。看板などには漢字とともに丸っこいシーサンパンナの独特の文字も併記されているものの、少数民族の姿はほとんど見かけない。この地域では漢民族3割、タイ族3割、その他の民族4割ということになるのだが、景洪では近年の高度成長に伴い、漢民族が大幅に進出してきているようなのである。

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<民族工芸品市場>MZ-3/35mm/RVP100

市街の北部に民族工芸品市場というものがあった。いうなれば、ひとつの通りの両側に民族情緒豊かな土産物店を並べただけのものなのだが。アーケードに描かれるのは、シーサンパンナの象徴でもある孔雀。泊まった宿の隣のホテルは孔雀賓館というくらい。

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<白象>GR1s/T-MAX100

アーケードの左右には、こんな象が。孔雀と象、これまたシーサンパンナの象徴のようである。アーケードの壁面にはシーサンパンナに住む少数民族たちが簡略化されて描かれている。

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<少数民族の野菜売り>MZ-3/35mm/RVP100

こちらは、反対側のアーケード外。店を構えるわけでなく、路上に直接商品を置いての商売。結構買い手はあるようです。売り手はもちろん少数民族。何族かということは不明。でも、明らかに漢民族とは違う。服もカラフルだし。

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2008年11月 2日 (日)

雨上がりの景洪

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<スコール>MZ-3/35mm/RVP100

宿を確保し、遅い昼食を食べていると雷鳴とともに瞬く間にスコールとなった。到着したときには、チェンマイ以来の快晴で、気温も40度近くあるのではないかといった感じだったのだが、みるみる涼しくなっていく。

言葉はわからないものの、店番のお姉さんと顔を合わせ、「仕方ないね」という風に頷きあう。今は傘も持っていないし、しばらくはここで雨宿りをさせてもらおう。ただのスコールだったのではないらしく、照明が消えた。緊急用のライトがつき、店の奥にいたらしいおじさんが、ひとつひとつ消して回っている。

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<ホテルの装飾>MZ-3/35mm/RVP100

雨は30分ほどで小やみとなり、宿に折りたたみ傘を取りに戻る。すぐに外出したが、またもや雨脚は激しくなってきた。しばらく、通りに並ぶ店の軒先で雨宿りしたが、これまたしばらく降り続く。「これが雨季ってものなのか」

呟いてみるが、どうしようもない。この旅に出て、初めての本格的な雨との遭遇。すでに1/3ほど経過しているが、これまで雨に遭わなかったのが奇跡のようなものだったのかもしれない。

雨はやっかいだが、反面期待していることもあった。雨が止んだあとに、一瞬の雲の切れ間から差し込む光によって、あらゆるものが綺麗に見えてくるのではないか。そんな期待である。

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2008年11月 1日 (土)

景洪格安ホテル

景洪客運站からタクシーを捕まえ、向かった先は曼聴路。安宿の並ぶエリアである。ドライバーには行き先を口頭で伝えたものの、まったく意思の疎通ができず、ガイドブックのホテル名を見せてようやく了解。

1994年、景洪にはツアーでやって来たことがあるが、のどかな田舎町という感じがまったく残っていない。さすがに14年もの歳月は雲南省の辺境といっても、高度成長を続ける中国なのである。

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<建華賓館客室>GR DIGITAL

宿は「旅行人ノートメコンの国」に載っていた、建華賓館に決定。このエリアのガイドブックとしては「地球の歩き方/成都・九寨溝・麗江」があるが、2006/2007シーズン版といささか古くなっている。また、比較的中級の宿しか紹介がないというやや実用には物足りないものなのであった。

フロントで泊まりたい旨を告げるが、相手は中国語しか話せない。それでも何とか理解できたようで、部屋を見せてもらい、綺麗だったので決めた。服務員が電卓に数字を示し、1泊35元ということがわかる。しかし、デポジットのためか50元を差し出すことになる。

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<テレビ>GR DIGITAL

部屋はツインのシングルユース。床にはモップがかけられたばかり。安宿には珍しく、大画面のテレビもあり、かなりの数のチャンネルが映る。テレビの横にあるのはミネラルウォーターを入れた給水器。操作すればお湯も作れるようである。

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<シャワールーム>GR DIGITAL

トイレは残念ながら中国式。ここにシャワーが設置されていて、その点だけが我慢できなかったが、まあ仕方ない。

ここを拠点として景洪で4泊する。なんとその間部屋には服務員が入らず、もちろん掃除もなかったのだが、ベッドが2つあったので、ある程度は我慢できた。曼聴路には他にも、安い宿があり、おそらく同じような内容だろう。この宿には中国人の宿泊客もいたが、顔の濃いインド系の人も見かけられた。

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<ヤモリ>GR DIGITAL

服務員は部屋に入らなかったものの、こんなヤモリがチョロチョロ動き回る。まるでペットを飼っていたかのようでもある。

さあ、とりあえずは町歩きである。

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