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2009年2月28日 (土)

ワット・ポーチャイの不思議壁画

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<ワット・ポーチャイの本堂>MZ-3/35mm/RVP100

バスターミナルと市場の裏手にある寺院は、ノーンカイ市民の信仰が厚いといわれる。ノーンカイの観光は不思議空間で知られる、ワット・ケークくらいしかなく、深夜便のバスの出発まで、時間つぶしをする。何でも見てやろうである。

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<修学旅行生>MZ-3/35mm/RVP100

おそろいの服を着た小学生の集団がお参りに来ていた。このあと、だいぶ立ってからも、市場などで買い物をしていたので、修学旅行か何かだろうか。タイの小学校に制服があるかよくわからない。中学以上はある。子供の制服はほとんど見かけることがなかったので、体操着なのかもしれないが。

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<内部の壁画>GR DIGITAL

本堂の内部には壁画がある。ラオスでも寺院の内部に天井から壁にかけて絵が描かれていることもある。もっとも、ラオスの壁画は宗教色一色といった感じだが、ここのものは、ちょっと異なるものも描かれていた。

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<壁画その1>GR DIGITAL

橋を歩く坊さんの図。誰かに先導されている様子。

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<その2>GR DIGITAL

先ほどの続き。人々が続いてます。詳しくは理解できなかったのだが、どうやら、メコンに架かる友好橋ができてそれを祝うパレードのようにも思えてきた。まったく宗教色のない絵なのである。

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<カトゥーイ?>GR DIGITAL

さらに近づいてみると、ヒゲとすね毛があり、髪をリボンで束ね、女性の服を着た明らかに男性の姿が。タイは性同一性障害とか女装趣味の男性とか、くだけて言ってしまえば、オカマや性転換者に対してかなり寛容な国なのだ。性転換した男性やその途上にある者、女性の仕草をする男性などはカトゥーイと呼ばれる。

いつだったか、アユタヤの駅から歩いていると、下校途中の中学生の集団に出くわし、男子中学生に混じって、明らかに女性の仕草をしたカトゥーイの中学生がなんの違和感もなく、歩いていたことを思い出す。

また、バンコクの屋台や食堂にもカトゥーイの従業員はかなりいる。それにしても、この絵はなんなのだ。

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<外国人バックパッカー>GR DIGITAL

列の後方には明らかに外国人とわかる描き方をした人物が登場。サンダル履いているし、こりゃ、バックパッカーなのかも。

それにしても、何で、この寺にこんな絵があるのだろうか。それも本堂の中に。よくわからん。

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2009年2月26日 (木)

激辛イサーン料理

タイ東北部をイサーンと呼ぶ。タイの料理は辛いことでもずいぶんと有名になってきているが、イサーンの料理はさらにスパイシーであるとのことだ。そのイサーン料理を食べに行くことになった。もちろん、ノーンカイに滞在しているからである。

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<ビアシン>GR DIGITAL

ノーンカイ市役所前の通りをちょっと過ぎたところに、イサーンの人々でにぎわっていた店が、2軒並ぶ。どちらに入っても大差なさそうな感じ。通りに面したところは大きく開いていて、壁が三方にある作り。店の中は扇風機が回っているものの、暑いこと請け合いなしなので、歩道に並べられたテーブルに着くことにした。

メニューにはありがたいことに、タイ語と英語が併記してある。だが、店の人は英語がわからないので、メニューを指さしてオーダーすることになる。ビールだけは「ビアシン」と口頭で伝えることのできる唯一の言葉である。ボトルとグラス、たっぷりの氷を入れた容器が置かれた。昼にもビールを飲んだが、どうやらノーンカイでは店の人がビールを注いでくれるしきたりのようである。もちろん、氷もグラスに入れられた。ビールが決してぬるいわけではなく、きっちりと冷えているにもかかわらずだ。

タイのビールはアルコール度数がやや高く、はじめから氷を入れることを想定しているという話を聞いたことがある。ここでは、それに乗っ取って、ローカルなビールの飲み方を実践してみた。氷を入れるとビールの色は薄まる。元々タイ人はぎっしりと氷を入れた飲み物が好きで、メコンというタイウィスキーも、ぎっしりと氷を入れたグラスに、ソーダや水を注ぎ、ちょっぴりのメコンを注いだ極薄の水割りまたはオンザロックで盛り上がる。前のテーブルを陣取っていたタイ人も、そんな飲み方をしていて、何度も氷の容器を注文していた。

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<なすのサラダ>GR DIGITAL

ヤム・マクア。なすの皮をむき、挽肉やタマネギ、コリアンダー(パクチー)などと和えた料理。中には大きなエビも隠れていた。メコンの川エビか。辛くないと思って頼んだのだが、大きな間違いである。料理の中に見え隠れする赤や緑のものが、プリッキヌーと呼ばれる、激辛小粒唐辛子である。これのためだ。

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<プリッキヌー>GR DIGITAL

プリッキヌーとは直訳すれば、「ネズミの糞」という意味。通常タイ料理の辛みは、プリッキヌーをいくつ使うかで決まる。つぶすか刻むか。そのまま丸ごとということはない。間違ってこれを口に入れると、文字通り飛び上がることになる。舌が痺れるというが、そんな感覚である。こういうときには、水分摂取ではなく、あまり辛くない野菜を口にすれば、少しは収まる。だが、ヤム・マクアは野菜とはいえ、全体的に辛いのだ。どうすればいいんだよ。

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<イカのバジル炒め>GR DIGITAL

プラームック・バイカプラオ。こちらは辛いことを想定して頼んだ。見ていただきたい、この赤さを。痺れるくらい辛く、またこれが美味い。ビールもご飯も進む。グリーンピースのようなものは、トムヤムクンなどにも入るちょっと癖のある実である。前川健一によると、木に成る極小のなすらしい。

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<あくまでも赤く>GR DIGITAL

こちらも、辛い。プリッキヌーではないだろうが、唐辛子をベースにしたものということはわかる。プリッキヌーのように、こちらはより分けるわけにはいかない。できるだけ汁気を切るくらいしか、対応策はないのかも。

また、ノーンカイは海から遠いが、タイでも海産物の輸送がこのような内陸でも食べられるほど発達しているということである。イサーン地方とメコンを挟んで相対するラオスであるが、文化的にはそう変わらないとのこと。ただ、ラオスではイカを使った料理はないに等しいと思う。

でもたまには、辛いものをひいひいいいながら、味わうのもいいものです。料金は総計222バーツ。ごちそうさまでした。

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2009年2月23日 (月)

友好橋を渡りノーンカイへ

ビアラオの生を飲み、ラオスを堪能したあといよいよタイに戻る。旅も最終盤。

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<友好橋へ>MZ-3/50mm/RVP100

宿で荷物を受け取り、トゥクトゥクと交渉。行き先はオーストラリアの援助で作られたメコンに架かる友好橋である。トゥクトゥクにはパウチされた料金表があるが、少しだけは値切ることができる。友好橋まではバスもあるが、面倒なのとキープがまだ余っていたので、乗ることにした。値切って85,000キープである。バンビエンだと2泊できる料金である。

雨上がりの道を東へ向かう。友好橋はヴィエンチャンではなく隣町のタドゥアというところにある。かなりの距離だ。トゥクトゥクでも40分くらいかかった。

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<ラオス側イミグレーション>GR DIGITAL

友好橋と書いたが、トゥクトゥクは一応メコン沿いの道を進んでいたようである。ただ、その間メコンと併走することもなく、このイミグレーションからもメコンを望むことはできない。沿道にはビアラオ工場があった。

ここでの手続きは、パスポートと出国カードを提出するのみ。至って簡単で、すぐに通過できる。その先には、バスが待機している。友好橋専用のバスである。料金4,000キープと最後のキープを払う。

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<ノーンカイへ>MZ-3/50mm/RVP100

バスに乗ってようやく橋の上に出る。友好橋はタイと同じくクルマは左側通行。バスも右ハンドルとなっている。上の写真で中央に線路があることがわかるだろうか。この線路はバンコクから延びていて、友好橋が作られたときから設置してある。バンコクからラオスに向けての路線であり、昨年ようやく試運転が開始されたものである。まだ、ツーリストにとっては実用的なものではない。

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<メコン>MZ-3/50mm/RVP100

やがてメコンが見えてくる。友好橋は、歩いて渡ることはできない。車道の脇に歩道の部分もあるのだが、これは一部だけで、イミグレーションからは行くことはできず、橋の下から料金を支払い、メコン中央の国境線付近まで歩くことができるのだそうだ。

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<タイ側イミグレーション>MZ-3/50mm/RVP100

バスは、5分でノーンカイのイミグレーションに到着した。ここの通過も基本的には簡単だが、かなりの人数が並んでいて、30分くらい待つことになった。

以前、タイの入国では出国時の航空券所有者には30日間の滞在許可をくれた。厳密に言えば、いちいちチェックしないので、誰でも30日間滞在許可をもらえたのである。この時もそうであった。

だが、先頃規定が変わり、空路入国者には30日間の許可が出る。しかし、ノーンカイやフアイサイなど陸路入国の場合、15日間の許可しか出ない。ちょっと注意が必要である。

イミグレーションを出ると、「タクシー」と称するピックアップトラックで目指す宿へ。ちょっとだけイサーンの日々を経験する。

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2009年2月22日 (日)

ついに生ビアラオ

早朝宿をチェックアウト。このあとは国境を通過し、タイに入る。だが、その前に、もう一度メコンを見ておきたい。荷物をフロントに預け、川の畔へ。だが、ここで、すさまじいスコールに見舞われてしまった。

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<メコンで足止め>MZ-3/35mm/RVP100

メコンへは挨拶程度で終わろうと思っていた。バンビエンといいヴィエンチャンといい朝方のスコールが当たり前なのだろうか。はじめ寺院で雨宿りしていたが、少し小やみになり、再び岸辺に移動。だが、ここでもまた激しく降られてしまう。屋台の端っこで再び雨宿り。2時間近くも、降り続けたのではなかろうか。

移動するのはノーンカイまでなので、このあとはビアラオ工場にでも行こうと考えていた。だが、これ以上雨にたたられるのはもう嫌だ。

もう、ノーンカイにいこう。そう考え、ナンプまで戻ってくる。そのときに、ビアラオを飲ませてくれる店を見つけた。「ビアラオ、生」そうオーダーしていた。

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<ビアラオを注ぐ>GR DIGITAL

ナンプ広場に面する、コープチャイドゥーという名の、オープンレストラン。時には、観光バスが止まり、ツアー客が食事していくような店だ。入り口近くにはバーカウンターがあり、ここで生のビアラオが飲める。

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<至福のひととき>MZ-3/35mm/RVP100

瓶詰めのビアラオも、相当なものだが、やはり生は美味い。1杯8,000キープという安さも、いいですね。これなら何杯でも飲めるよ。ま、1杯のみで止めておきましたが。こういう店が、せめてルアンパバーンにもあるといいのに。だが、輸送の問題だろうか、ビアラオの生は工場のあるヴィエンチャンにしかないような気もする。

生ビアラオ飲んで、ヴィエンチャンとはお別れ。さらに旅は続く。

Khopchaideu Restaurant-Bar

Tel 020-5502545 営業時間8:00~23:30 クレジットカード使用可能

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2009年2月21日 (土)

メコンの夕陽・ヴィエンチャン編

この旅の最中、ヴィエンチャンでも、メコンの水位上昇が危惧されていた。ま、それはあとになって知ったことなのだが、かなり深刻なものだったらしい。

タートルアンからトゥクトゥクで戻り、メコンのほとりへ。そろそろ夕陽の時刻である。1日に1回訪れる美しい時間。幸い、いい天気であった。急げ。

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<土嚢>MZ-3/20mm/RVP100

メコン沿いはビールを飲ませる店があったり、屋台があったりとヴィエンチャン市民の憩いの場のようでもある。だが、水位上昇に備えたためか、ここでは土嚢が1メートルくらいの高さに積まれ、これをまたいで岸辺に出ることになった。上の写真の土嚢の向こうはなぜか夕方から始まる、一般市民のエアロビクス。今から3年前のヴィエンチャンでも、同じところで行われていた。まだ続いていたのであった。

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<ビアラオ船>MZ-3/20mm/RVP100

3年前の時には見なかった船が何艘か停泊している。船体の文字はビアラオと読める。水上レストランかあるいはビアホールなのか。クルージングしているという様子はなかった。メコンの水量はたっぷりとあり、川幅は2キロくらいあるようにも見える。この上流のルアンパバーンやフアイサイ、景洪とはまるで異なる眺めである。向かいに見える岸はタイである。

メコンの水があふれてしまうことはどうやら免れたらしいが、メコンの水に触れようと岸辺に降りることは今はできない。メコンの岸辺は急激に落ち込み、水分をたっぷりと含んだ土壌が近づくことを阻む。乾季ならば可能なことなのだが。明らかに表情の違うメコンである。

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<水上レストラン>MZ-3/50mm/RVP100

よりよい場所を確保しようと散策を続ける。だんだんと日が陰ってくる。3年前はあのエアロビクスを行っていた場所のあたりでタイ側に沈む夕陽が眺められたのだが、この季節の日没地点はだいぶ変化していた。季節のマジック。日没地点はラオス側に移っていた。

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<メコンのトワイライト>MZ-3/50mm/RVP100

残念なことに雲がかかってしまっていた。わずかにメコンが太陽の残照を映し出すのみ。この季節はメコンに沈む夕陽とはいかず、ヴィエンチャンから夕陽を眺めるにはあまりいい時期ではないようだ。残念だが、仕方ない。チャンスはもう1度あるのだ。そちらに期待しよう。

いや、まったく、太陽の軌道というものは計算外でした。10月11月くらいならば、メコン上流方面に沈む夕陽が眺められそう。完全に乾季に入ると、タイのシーチェンマイ(対岸)あたりに夕陽が沈みます。

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2009年2月18日 (水)

タートルアンと猫と遊園地

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<タートルアンへ>MZ-3/20mm/RVP100

再びトゥクトゥクでタートルアンへ。こちらはかなりの距離である。タートルアンとは黄金の塔とでもいう意味だろうか。ともかく1566年に建設が始まったというから、ルアンパバーンのワット・シェントーンと並んで印象に残る仏教建築だと思う。

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<セーターティラート王像>MZ-3/50mm/RVP100

タートルアンの前にはここを建てたといわれるセーターティラート王の像がある。ラーンサーン王国とランナータイ王国の国王を兼務した人物だが、ランナータイ王国がビルマに占領されるとビルマ軍にとらわれ殺害されてしまった。しかし、この像は青空を見上げるように堂々とした姿である。これは、以前紹介しましたけどね。

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<タートルアン>MZ-3/50mm/RVP100

黄金に輝くタートルアンだが、実はこの時入館時間を過ぎてしまっていたのである。残念ながら、周りから眺めるしかない。だが、この中には、壁面などに小さな窪みがあり、ここに無数の小さな仏像が並んでいるのだ。

また、タートルアン祭りの時には全国から僧侶が集まり、僧侶たちはこの中で寝泊まりする。そういうときに来てみたいものである。

それにしても、ラオスに入って最後のヴィエンチャンでよい天気となった。タートルアンの輝きを見ることができてよかった。

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2009年2月16日 (月)

パトゥーサイとカメラマン

ヴィエンチャンの中心地よりは少しはずれたところにパトゥーサイがある。2度目ながらやはり行ってみた。まずは、トゥクトゥクを捕まえて、さあ行ってくれと乗り込んだものの、運ちゃんは「ん?」という顔をしていた。

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<トゥクトゥクより>MZ-3/20mm/RVP100

そりゃそうだ。だって、パトゥーサイは目と鼻の先に見えているんだから。この時、タラート・サオとパトゥーサイの位置関係をもっとあると思っていたのである。まあいいか。乗り込んで前を撮してみると、しっかりパトゥーサイがよく見える。

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<パトゥーサイ>MZ-3/20mm/RVP100

パトゥーサイとはそのものずばりの凱旋門という意味である。もちろん、パリにある凱旋門がモデルなのだが、パリの凱旋門のように人々を圧倒するスケールはない。そこには、アジアらしく丸みを帯びたデザインで、どことなく優しげ。

ここは、当初戦没者の慰霊塔として建設されたらしい。呼び名はパトゥーサイではなく、アヌーサワリーというものであった。タイ、バンコクの一角にもアヌーサワリーはある。BTSモーチット線のVictory Monumentという駅付近は、その戦勝記念塔を迂回するかのようにカーブしている。ヴィエンチャンのアヌーサワリーは2000年頃に呼び名を変えたという。

上の写真は池越しに撮ったものだが、ラオス国旗と中国国旗が並んでいる。中国・ラオス友好のシンボルなのだろうか。

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<天井のモザイク>MZ-3/50mm/RVP100

パトゥーサイには登ることができるが、その前に中心部に立って天井を見上げてもらいたい。そこには見事なモザイクで宗教画のようなものが描かれている。入場料は3,000キープと安い。登っていくのは階段をひたすら上がるが、まったくきつくない。

登っていくとまず現れるのが、よくわからない土産物屋でちょっと拍子抜けする。気を取り直してさらにあがると、まるで寺院のような尖塔が現れ、登り詰めるとメコンまでが展望できる。晴れていればの話だが。

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<このあたりにカメラマンが>MZ-3/20mm/RVP100

パトゥーサイにはどういうことかアマチュアらしいカメラマンが集まっている。ちょっと前まではいずれもフィルムカメラだったのだが、みんなデジタル一眼レフを抱えている。勝手に記念写真を写す押し売りの写真屋ではないようで、ほとんどカメラを構えている姿は見ていない。まったくどういう連中なんだろう。

この時たまたま、シグマの大口径レンズ(20mmの超広角)をカメラにつけていて、ちょっと見にはライバル出現とでも思われたかどうか。まあ、持ち歩いているカメラを見てもらえば、プラスチックコーティングの安物だと見破られること請け合いなのだが。

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<プリンター?>GR DIGITAL

ベンチの一角に置かれた彼らの機材。カメラではなく、どうやらプリンターみたいなのだが、こんなところで印刷するのか。どうもよくわからない。

次に訪れたときには、こちらもデジタルになっているかな。カメラ談義もしてみたかった。それにしても、彼らは何者なんだろう。とてもじゃないが、一般のラオス人にはとても手が出ないようなカメラでしたよ。

Postscript ここのところ、更新頻度を上げています。スキャンはまだ終わっていないものの、そろそろめどがついてきました。このペースで行って、何とか来月中には昨年の夏の旅に関するエントリーを終わらせたいです。それにしても長いな。相変わらずですが、辛抱強く待ってくださいませ。それでもゴールは何とか見えてきた感じです。

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2009年2月15日 (日)

タラート・サオ

ヴィエンチャン最大の市場がタラート・サオである。タラートとは市場の意味で、直訳すれば朝の市場、モーニング・マーケットということになるが、朝以外の時間も営業している。前回のヴィエンチャンではリバーサルがなくなりそうになって、ここに行きエリートクロームを手に入れた。

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<タートダム>MZ-3/20mm/RVP100

タートダムを右に行くとタラート・サオに出ることができる。ここもヴィエンチャンのランドマークのひとつだが、今ではロータリーのようになっている。ただ、人通りは少なく、近くにはアメリカ大使館などもある。

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<タラート・サオモール>MZ-3/20mm/RVP100

通りを横切り、タラート・サオへ。いきなりの近代建築にびっくり。なんと、タラート・サオが生まれ変わっている。早速中へ。

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<タラート・サオ内部>GR DIGITAL

中も近代的。タイあたりのショッピングセンターやデパートに比べるとローカル色は否めないものの、チェンラーイやノーンカイあたりよりは進んでいるような。

ここには、ラオス唯一と思われるエスカレーターもあった。4階建てくらいの建物なのだ。いや、ヴィエンチャンの空港にもエスカレーターはあったかも。とはいえ、ラオス在住者がエスカレーターに接することができるのは、ここだけかもしれない。それにしても、展示しているクルマがピックアップトラックということが、ラオスっぽい。

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<ケータイ物色中>GR DIGITAL

中には僧侶も買い物にやってきていて、若い坊さん二人連れが、最新型の携帯電話をあれこれ見ていた。今や、坊主も携帯が欠かせない世の中。社会基盤が発達していない国では、こうしたソフト面から一般人に充実していくのである。

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<プリクラ>GR DIGITAL

そして、上階ではプリクラが置いてあった。かなりの人気である。コスプレ用のカツラや衣装も置いてあった。

一方、かつての二階建ての市場はどうなったのかというと、こちらもまだある。ただ、新館の建築とともに、店舗も大幅に入れ替わってしまい、かつて入り口近くにあった、カメラ店は姿を消していた。フィルムもかろうじてネガカラーは見つけられたが、リバーサルは見つけられなかった。だが、この時点でまだストックはあったので大丈夫。

かつてはこれで一国の首都なのかといわれたヴィエンチャンだが、間違いなく日々都市化が進んでいると感じた。

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2009年2月13日 (金)

ナンプ・コーヒー

バンビエンからミニバスで約4時間。首都ヴィエンチャンにやってきた。ここも2度目だ。バスを降ろされたのはメコン沿いの一角だったが、土地勘がある。安宿街まで連れて行ってくれという韓国人の二人連れを引き連れ、ナンプ(噴水)付近まで移動。宿を確保して、さあ昼メシ。

この安宿街の噴水側と反対の入口にはナンプ・コーヒー(Numphu Coffee)という食堂がある。名前の通りコーヒーが売りのところで、見た目はただの食堂。ここには、シーンマイという肉団子スープがあり、是非とも食べてみたかった。メニューは写真入りでわかりやすい。シーンマイ付きのセットものをオーダーするが、「ない」という答え。それではと別のシーンマイ付きのものを頼むとこれもなし。さては売り切れたか。仕方ないので、カオマンガイとアイスコーヒーを頼むことにする。

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<アイスコーヒー>GR DIGITAL

ラオスはコーヒー産出国ながら、あまりコーヒーを美味しいと感じたことがなかった。だが、ナンプ・コーヒーで出すコーヒーは美味いと思った。もちろん東南アジアのことなので、コーヒーといえども、苦み走った味を期待してはいけない。練乳と砂糖がこれでもかとぶち込まれているからだ。だが、ヴィエンチャンまで下ってくると暑さも相当なものであり、そんな中で飲む甘~いコーヒーはとろけるような美味さに感じてしまう。

そうでなくても、コーヒーを店名に掲げる店である。ここのコーヒーは自信の表れなんだろう。さすがにヴィエンチャンまでやってくるとコーヒー専門店もいくつかあるほどなのである。今度は練乳を入れずに飲んでみたいものだが。

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<カオマンガイ>GR DIGITAL

ラオ語ではなんというのだろうか。ともかく、東南アジアでは各地にある料理。タイではカオマンガイ。カンボジアでバーイモアン。ベトナムでコム・ガー。シンガポールやマレーシアで海南鶏飯。鶏肉を茹でたスープでご飯を炊きあげ、その上に茹でた鶏肉をのせた料理。鶏肉は時に揚げたものの場合もある。どちらも美味しく、ハイカロリー。

各地のカオマンガイ、微妙な違いはあることだろうが、基本はひとつ。右手にスプーン、左手にフォークを持ったら、一気に食うべし。とてもお上品な料理ではないし、一口食べたら、わしわし食べるようになると思うから。美味くて。そして、食後は楊枝でも使って一息つく。まさに野郎の定食って感じだろうか。

ナンプ・コーヒーのカオマンガイは鶏肉とご飯にもたれがかかり、これが絶妙であった。ああ美味かった。アイスコーヒー7,000キープ。カオマンガイ13,000キープと安い。翌朝も通ったのはいうまでもない。またしてもシーンマイは売り切れていたが。いつか、シーンマイも食べたい。

Numphu Coffee Tel 021-218940 営業時間 6:00~21:00 定休日 なし

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2009年2月12日 (木)

タムマークフン

バンビエン最後の夜は、生ビールにつられてSakura Cafeという店に入る。ちょっと期待したものの、生ビールはビアラオではなくタイガーであった。

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<生タイガー>GR DIGITAL

幻の生ビアラオ。もしかして、飲めるんじゃないかと思い、バンコクのラオス料理店に足を運んだこともあった(嗚呼幻のビアラオ参照)。世界中の酔っぱらいたちが集まるバンビエンなら、ビアラオの生を堪能できるのではと思っていたが、ちょっと甘かった。だが、バンコク以来久々の生ビールでもある。生ビールは残念だったが、まだチャンスはあると思い、その機会を虎視眈々とねらうことにする。

このSakura Cafeという店は、奥の方にビリヤード台があり、入り口近くではバーカウンターがあった。料理の方も、日本料理もどきがメニューに並ぶちょっと無国籍風の店なのである。そんな中に、タムマークフンの名前を見つける。

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<スパイシー・タムマークフン>GR DIGITAL

タムマークフンとはタイのソムタムと同じものと考えてよい。完熟前のパパイヤを千切りにし、塩漬けにした魚のエキスとともに和えた料理である。場合によっては、川ガニも入るらしい。タイのソムタムは、イサーン料理ではあるが、今やどこでも食べることができる。バンコクなどではかなりマイルドな味付けだが、日本人にとってはスパイシーな料理に入る。

ここでは、辛くするかどうかきかれ、スパイシーな方を選ぶ。確かに結構辛みが効いている。美味い。

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<付け合わせの野菜>GR DIGITAL

タムマークフンには付け合わせの野菜が付いた。キャベツ、白菜、キュウリなどである。辛く感じたら、こちらの野菜を囓るとやや中和するような感じだ。タムマークフンは旅行者の舌にはスパイシーに感じたが、やはり家庭で作る味とはほど遠いものなのかもしれない。本物はもっとスパイシーだろう。

Sakura Cafe Tel 020-6502547 営業時間8:00~24:00 「地球の歩き方」に掲載されてます。こちらもゲストハウス街の一角にあるので、すぐにわかるかと。

これで、バンビエンのエントリーは終了します。次回からは、ヴィエンチャンへ。

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2009年2月10日 (火)

バンビエンの夕陽…ただし失敗

バンビエンにかつてアメリカ軍の飛行場があったことはすでに書いた。現在そこは、バスの発着所などに転用されているが、広大なだだっ広い土地を持て余しているかのようにも見える。それだけ、滑走路というものは広いのである。

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<滑走路と牛>MZ-3/20mm/RVP100

時折長距離バスがやってくる以外は、国道13号線とバンビエンの町をショートカットするくらいの目的にしか使われていない。ベトナム戦争、ラオス内戦が終結してすでに30年あまり。その後滑走路は放棄されたものの、それだけの年月がたっても、この程度の荒れ具合なのだ。

ルアンパバーンの空港などは滑走路もこんな具合だし、もっとひどい具合の空港もあるだろう。アメリカが軍事目的で作った滑走路というものの耐久性はやはりさすがである。

この旅の中ではこれまで夕陽というものを撮ってこなかった。午後から晴れたバンビエンでは夕陽が期待できる。ソン川で水遊びをする子供たちをバックに夕陽を撮ることも考えたが、ちょっとありきたりなので、ここで撮ってみようと思った。

バンビエンは西側に山が連なり、陽の沈むのが早そうだ。位置を変え、レンズを変え試してみた。その結果が次の写真である。

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<バンビエンの夕陽>MZ-3/50mm/RVP100

んー。夏の夕陽を甘く見ていたかも。西の空に雲が出てきて、雲が色に染まったまではいいのだが、夕陽の色になってない。これは、沈みゆく太陽なのだが、太陽にまだ力があるということ。夕陽写真は地平線や水平線に沈んでいく直前くらいがちょうどいいのだが、バンビエンの太陽は沈む地点が山で遮られているため、太陽が赤くなっていない。

デジイチならその場で確認できたろう。これがフィルムカメラの宿命ですが。また、このときは露出補正をするとか、オートブラケットを使ってみるとか小細工は一切なしなのであった。ま、失敗の部類に入るかな。あと数枚ありますが、似たり寄ったりでした。

後日また別の夕陽写真をお届けします。

Postscript 旅行記更新しました。今回は珍しく2編。ノーンキャウ編。「山道で立ち往生」とルアンパバーン1日目編。「ソンテウに乗って世界遺産へ」です。お時間のあるときにでもどうぞ。ブログとは異なる視点から書きつづっています。

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2009年2月 8日 (日)

竹の橋

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<中州へ>MZ-3/35mm/RVP100

路上の市のあたりは、ソン川に近く川に面したあたりはほとんどがゲストハウスやレストランで占められている。従って、通りからは見えないのだが、ちょっと歩くと階段があり、その先には竹で作られた橋が架かっていた。

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<林立する看板>MZ-3/35mm/RVP100

竹の橋はひとつではない。いくつかに分かれ、人がひとり歩くのがやっとである。それでも冒頭の写真のようにバイクもたまにやってくるのだが。橋の入り口には英語の看板が林立する。ほとんどはレストランやバーのものだ。

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<中州>MZ-3/35mm/RVP100

中州のバーは、あちこちに点在していて、ほとんど客はいない。たまにいたとしても、ハンモックや座敷に寝っ転がりほとんど動こうとしない沈没型のツーリストなどだろうか。

またちょっと歩くと、反対側の岸に出る。ちょうどタイヤチュービングを行う人たちが、下っていったところである。この中州はかなり大きく、雨季の今でも水没することがないので、このようなバーやレストランができたのだろう。夜も営業していると思うが、街灯がないので、行きたい方は懐中電灯持参でどうぞ。

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<川遊び>MZ-3/50mm/RVP100

やはりここにも子供たちがいた。水着とも下着とも判別できないパンツをはき、水に飛び込んでは流されていくのを楽しんでいる。これを何度も繰り返す。わかりにくいと思うが、ソン川の流れはかなりの早さである。

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<遊び疲れて…>MZ-3/50mm/RVP100

これまでの旅の中では、何度も水辺の風景を見てきたものの、泳ぐところは目撃してこなかった。ルアンパバーンより北は、やはり気温や水温が低いのだろうか。このバンビエンにやってきたようやく、泳ぐ条件が整ったということなのだろうか。

それでもまだ同じ頃の日本の方が暑いと感じるほどだが。

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2009年2月 6日 (金)

路上の市

バンビエンにはこれまで訪れてきたところのような比較的大きい市場は確認できなかった。もちろん、町のどこかにはあるのかもしれない。旅行者が集まるエリアにはないということなのか。それらしき跡はあったのだが。

だが、ゲストハウス街からソン川に近い小径を歩くとおばさんたちの集まる一帯があった。

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<路上の市>MZ-3/35mm/RVP100

野菜や魚などを商っている。すでに夕方近くだが、近くに市場がないこのあたりの人にとっては便利なコンビニみたいなものだろうか。

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<品定め>MZ-3/35mm/RVP100

品定めをして良さそうなものを選りすぐり、お金を渡す。鍋のような容器には、小魚が入っていた。おそらくは漁師が捕ってきたものを直接販売しているものだろう。仲買を通さず、直接の現金収入となる。

それにしても、ほとんどを観光に依存していると思われるバンビエンでは、観光業に従事していない人たちの収入源は何があるのだろうか。ゲストハウス街をやや離れると一般の民家もあるのだが、そのあたりはよくわからない。

Mk1938

<肉のコーナー>MZ-3/35mm/RVP100

肉に混じってハーブも売られている。一番右側のおばさんの前にあるのは、こんがりとローストされたコウモリだろうか。それにしても、売り手の方が圧倒的に多いな。

木の先にビニールをつけたものを持っているおばさんがいますが、これでハエなどを追い払うもの。ラオスはものが豊かではないが、いろんな発想でものを作り上げてしまう。ハエたたきいらず。

Mk1939

<カエル>MZ-3/35mm/RVP100

もちろん生きたままのカエル。足を縛られているのがおわかりだろうか。

ラオスという国は、どんなところに行っても、生活の営みを垣間見ることができて、面白い。旅行の醍醐味とも言える、遺跡巡りや寺院などがなくても、こうしたものを簡単に見ることができる。今回の旅では、新たに市場を巡る楽しみを見つけられたような気がする。

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2009年2月 5日 (木)

再び中州へ

田舎道から中州へと戻ってきた。ようやく雨が止む。この中州はなぜかいろいろなものがうち捨てられているところだった。古いクルマは絵になると思った。思わずシャッターを切る。

Mk1886

<廃車>GR1s/T-MAX100

シンプルな被写体ほど、モノクロームが似合う。ラオスの風景はモノクロームが合う。それにしても、基幹産業が発達してないラオスで、このような放置されたままのクルマがあるとは思ってもいなかった。スクラップにして素材として使うこともでき、部品を取り外して再利用もできると思うのだが。

Mk1880

<七面鳥>MZ-3/35mm/RVP100

こちらは放し飼い。鳥インフルエンザが気になるところだが、近寄ってきた。

Mk1917

<ガソリンスタンド>MZ-3/35mm/RVP100

ラオスの地方に行くと、手動ポンプによるガソリンスタンドもある。手回しでくみ上げ電気がいらない。ノーンキャウから乗ったソンテウも、このようなスタンドで給油してルアンパバーンに向かった。中州にあるガソリンスタンドは、船やトラクターが必要としているのかもしれない。

Mk1914

<川海苔採り>MZ-3/50mm/RVP100

集落近くでは、女性が川に入り、川海苔を採っていた。今回味わうことはなかったが、ラオスでは川海苔も名物料理の一つである。川海苔って、もっと流れの激しいところで採れるのかと思ったが、そうでもないようだ。

Mk1923

<薪運び>MZ-3/35mm/RVP100

流木を集めたものだろうか。ラオスはまだ人口が少なく、山林を切り開いて薪を採り、丸裸にされたようなところはほとんどなかったと思う。流木の利用はエコに通じる。

今回のエントリーは今ひとつテーマがありませんが、戻ってきた中州で見かけたものをランダムに取り上げてみました。バンビエンのエントリーはまだいくつか続きます。

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2009年2月 3日 (火)

雨の砂利道を行く

ソン川に架かる吊り橋を渡り、対岸に着くと、その先は未舗装の砂利道となった。ちょっとした集落を過ぎるとあとは一本道。だが、あいにくと雨が降ってくる。傘は持っている。景洪で購入した折りたたみ傘だが、ないよりはましだ。これで行けるところまで行ってみることにする。

Mk1896

<トラクター>MZ-3/35mm/RVP100

この道には公共の交通機関はない。バイクや自転車がない人たちには、トラクターがバス代わりなのだろうか。時折この道を外国人旅行者がレンタルしたバイクが通り過ぎていくこともある。スピードを緩めることなく、クラクションを激しく鳴らしながら。だが、地元民のトラクターは、歩行者を認めるとスピードを緩め、優しく通り過ぎてくれる。歩行者に泥を浴びせるということがない。

一般的にアジアの交通ルールはめちゃくちゃで、すぐにクラクションを鳴らすというのが定説である。しかし、交通量の少ないバンビエンの田舎道では、先進国と呼ばれる国からやってきた旅行者たちが、無秩序にバイクを走らせている。普段できないことを他人の国でやってみたかったのだろうか。まったく考えさせられる。

Mk1911

<牛>MZ-3/35mm/RVP100

Mk1898

<水田と奇岩>MZ-3/35mm/RVP100

道の両側は果てしなく続く田んぼである。その向こうには桂林を思わせるような奇岩の連続だ。その岩にはかなり大きな洞窟などもあり、バンビエンを訪れる旅行者には人気なのだとか。しかし、この雨ではさらにずぶぬれになりそうなので行くのはやめた。

Mk1899

<高床式の建物>MZ-3/35mm/RVP100

まさか住居ではないと思うが。それにしても、晴れていたらどんなに気持ちいい散歩となったことだろうか。足下を濡らしつつも、1時間以上は歩いている。

ところで、この道に入る集落のあたりで一人の少年が道の先を歩いていた。1枚目のトラクターの写真で小さく見える赤いシャツの少年である。はじめは、たまたま行き先が同じ方向なのだと思っていた。だが、写真を撮っていると先行していた彼が立ち止まり、こちらを待っているかのようである。やがて距離は縮まり、並んで歩くこととなった。そのうち話しかけてくる。あっちに洞窟がある。あれはモン族の家。等々。

やがて歩き疲れ、ベンチのおいてある雑貨屋のような商店で飲み物を一緒に飲むことにした。もちろん、おごりである。

Mk1909

<スー君>GR DIGITAL

たまたま同じだったのではなく、ガイドのつもりだったらしい。ある程度通じる英語が話せた。並んで歩いて1時間。ガイドらしいことはほとんど何もないのだが、まるで時間を借り上げたような感じである。

なかなか話しかけてこないのは、やはり慣れていないせいだろう。本業は小学生か中学生なんだから当たり前だ。まあ、たまに臨時収入があればいいかくらいの感覚なんだと思う。

この茶屋ともいえない店から引き返し、例の集落で彼は家に戻っていった。その前に、スー君の方からはにかみつつも「マネー」という言葉が出た。いわれた額ではなく、その半分以下だが、麺料理1杯分くらいの額を渡す。あまりいいことではないと思うが。

これが、商売慣れしているガイドなら、断りやすく、そちらもあきらめてくれそうな感じである。ま、これがスー君の売りなのかもしれないけど。どうせならば、もっと若い女性でも案内すればいいのに。「何だよ」という感じはあったものの、後味は悪くなかった。こういう経験って、やはりありますよね。

Postscript この夏の旅行記「雨とメコンと少数民族」続編をアップしました。ウドムサイ2日目。「のんびりとウドムサイ」です。よろしかったら、ご覧ください。

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2009年2月 1日 (日)

ソン川の中州にて

バンビエンは自然の宝庫と書いた。バンビエンには、ソン川が流れ、タイヤチュービングなどのアクティビティが盛んである。ソン川は小さな河川に見えるが、いくつかの大きな中州があり、それを含めて川幅は1kmくらいはありそうだ。

Mk1876

<ソン川に架かる吊り橋>MZ-3/35mm/RVP100

バンビエンの西側には桂林を思わせるような山が続き、そこにはいくつかの洞窟があるという。トレッキングなどに向かうには、ソン川を渡ることになるが、いずれもこの吊り橋を利用することになる。この橋は有料で、歩行者、バイク、クルマなどにより料金が異なる。料金所はバンビエン側に1箇所で行きは有料帰りは無料となる。歩行者の料金は4,000キープである。

Mk1918

<水遊びの子供たち>MZ-3/35mm/RVP100

最初の橋を渡ると中州に出た。ここでは子供たちが水遊びをしている。ラオスも夏休みの時期らしく、学校は閉鎖されていたし、どこに行っても子供の姿を見かける。ソン川は彼らにとっては格好の遊び場なのである。

Mk1884

<捨てられたソンテウ>MZ-3/35mm/RVP100

動き回る男子もいいが、捨てられたソンテウらしきものの残骸で遊ぶ女子がいた。カメラを向けてみるが、笑ってくれたのは右側の子供のみで、あとは背を向けられてしまった。

Mk1892

<対岸へ>MZ-3/35mm/RVP100

中州からは対岸へ渡る橋がある。橋には欄干はないものの、橋の入り口にはベトナム戦争で使われた爆弾の空砲が埋め込まれていた。

実はバンビエンにはかつてアメリカ軍の飛行場があり、ここからベトナムに向かい、北爆が行われたという動かしがたい事実がある。また、バンビエンを飛び立った爆撃機は、ラオス北部のパテト・ラオに向けても、攻撃を加えていた。一見のどかに見えるバンビエンだが、この爆弾の空砲は、そのときのことを忘れないという執念みたいなものなのかもしれない。

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