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2009年4月29日 (水)

ヴィクトリア・カントー・リゾート

ツアーから解放されたものの、泊まる予定のホテルはその近くにはない。タクシーを探すが姿がなく、目の前にいたバイクタクシーを利用することにした。

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<Victoria Can Tho Resort>GR DIGITAL

この旅ではあらかじめすべてのホテルを予約してきたことはすでに書いた。アップル・ワールドをはじめとしていくつかの予約サイトを当たったのだが、カントーですぐに予約のはいるホテルはここだけであった。もっと安い宿もあったものの、いったん預かりとなり時間がかかるのでここにしたのである。

だが、年末年始の特別料金しかも、大晦日を挟むこともあって、ガラディナー付きの破格の料金設定となってしまった。こうした予約サイトで申し込むにせよ、いつもは低料金のところをねらい打ちしているので、その2~3倍の価格である。このようなホテルに泊まるのも久しぶりである。

カントーにやってきて今までためらいのあったバイクタクシーを初めて利用する。ドライバーは大きな荷物を見たものの、それは自分が担いでいくことになった。そして、ヘルメットを渡される。乗り心地は客商売なので無謀な運転をすることもなく、比較的楽に到着した。ただし、ドライバーが細かい場所をわかっていなかったので、少し手間取ったが。

バイクタクシーで乗り付け、しかもバックパックを担いだ客をホテルの受付は不当に扱うことはなかった。多少イレギュラーな感じはするが、ベトナムではそれほど異様なことではないらしい。ウェルカムドリンクをもらい、部屋のキイを渡される。

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<入り口のリース>GR DIGITAL

部屋は木造で落ち着いていた。自分にとって考えられる必要なものはほぼそろい、不自由はなかった。ないのはパソコンの端末くらいだが、フロント横には自由に使える端末が2台あり、どちらも日本語の読み書きが可能であった。ここからブログに記事をあげたりしたこともあった。

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<果物籠>GR DIGITAL

ソファーの前にはさりげなくフルーツの盛り合わせの籠が置いてあった。挟まれた日本語によるメッセージがたとえ印刷物であるにせよ、何となく嬉しい。さらには、備え付けのポットの横に、インスタントのコーヒーやティーバッグの他に、ベトナムコーヒー用のフィルターと豆が用意されていたことがちょっとした驚きであった。

ここから3日間のホテルライフが始まった。

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2009年4月27日 (月)

前江クルージング

ツアーは工場見学のあと昼食を挟んだものの、メコンの前江と巨大な中州にある航行可能なクリークを突き進んだ。メコンはプノンペン付近で二つに分かれ、ヴィンロン付近を流れる前江とカントー付近を流れる後江の大きな支流となる。その他にも、幾多の河川が流れ、巨大な三角州を形作っているのだ。これがメコンデルタなのである。

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<カイベ付近>MZ-3/50mm/E100VS

カイベは水上マーケットがあり、絶えず船が行き交っている。船も様々で眺めているだけで飽きがこない。さすがにメコンの最下流までくると川の流れが緩やかで、どちらが上流かわからなくなるほどである。また、この時は乾季ではあったのだが、とてつもないような水量は景洪やフアイサイ、ルアンパバーン、ヴィエンチャン及びノーンカイで眺めたメコンとはまるで様相が異なる。

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<クリーク>MZ-3/50mm/E100VS

前江から巨大な中州にあるクリークへ。我が観光用のボートはもちろん航行可能だが、大型の船舶は航行できなくなる。だが、この中州にもかなりの人が住んでいて、頼りとなるのはもちろん船である。だが、中州の生活に欠かせないのはバイクであり、そのバイクを運ぶ小さなフェリーもあったほどだ。ここらの船は水深が浅いためか平べったい形が増えてくる。また、どんな船にも舳先には顔が描かれていた。

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<中州の教会>MZ-3/50mm/E100VS

ベトナムぽいなと思ったのは、このような中州にもかなり立派なカトリック教会があったことである。かなりベトナムではカトリックが浸透しているようだ。

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<ツアーメシ>GR DIGITAL

クリークを進むと、シンカフェ御用達のレストランに到着した。シンカフェのツアーはだいたい食事込みのようである。あてがいぶちの定食だが、ムスリム用の特別食にも対応できる模様。飲み物は別料金。なお、キムトラベルは食事は利用者払いのようだ。

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<ワニ>MZ-3/50mm/E100VS

なんとここにはワニがいた。観賞用ではなく、えさをつけた釣り竿を振りかざしワニ釣りをするのだという。んー、ベトナム人の考えることはよくわからん。

食事をするとやることがなくなってしまったのだが、ツアーはまだ出発しない。しばらくすると、民族音楽をやり出した。もちろん生演奏。すると、自分たちの一行以外にも、別の集団が集まってきた。なんのことはない、彼らもシンカフェのツアーであり、似たようなところを回るんだろう。日数などが異なるのかもしれない。そういえば、ファングーラオ通りで見た顔があった。

この後、ヴィンロンまでそのままボートで進み、元のバスでカントーへ。途中メコンの後江をフェリーで渡った。ツアー終了はカントーの契約ホテルにて。自分以外のメンバーはツアーがさらに続くため、バスの乗り換え、宿の振り分けなどの手続きがあった。自分はこれでフリーである。

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2009年4月25日 (土)

メコンの中州

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<ホーチミン>MZ-3/50mm/E100VS

ツアーバスは定刻より少し遅れて、シンカフェの前を出発した。市内は相変わらずの無数のバイクが目立つ。しばらくはこのような風景が続く。やがて、国道1号線を南下する。

ツアーバスは、もちろん国籍も様々な旅行者が乗る。日本人らしい人もいたが、確かめることはしなかった。また、このバスは、メコンデルタのツアーといっても、カントー1泊、チャウドック泊+カントー泊、チャウドック泊後プノンペンへ抜けるメンバーの混成であった。これじゃわかるわけがない。おまけに、カントーまでの片道というのは自分のみのようであった。

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<メコン前河>GR1s/28mm/EBX

途中休憩を挟み2時間ほどでカイベに到着。メコンの前河では専用のボートが待っていた。ここで乗り換え、クルージング開始。まずは、しばらく走り、中州のひとつに上陸する。

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<ライスペーパー作り>GR DIGITAL

そこは小さな工場であった。まずは、ライスペーパー作りの実演見学。ライスペーパーは、ベトナム式の生春巻きの皮などに使われる。とても薄くて、透けて見える。なるほど、他のインドシナ半島の国でも、生春巻きはあるが、別物の皮のような気がする。それは、あまり美味しいとは思えないのであった。やはり、生春巻きはこんな皮で包まないと美味しくない。

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<爆弾あられ作り>GR DIGITAL

餅米を熱した黒砂と混ぜ、あられを作る。膨張した餅米を手前のふるいで砂を落とし、冷めたあとに蜂蜜などで表面をコーティングするという作業である。ちなみに、縦縞のシャツを着ている男性が、ツアーガイドである。

もちろんベトナムは米の文化圏であるが、ここでまじまじとそれを実感させられた。他には、ココナッツキャンディーなどの製作も行われていた。

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<薬酒>MZ-3/50mm/E100VS

また、ここでは蒸留酒にヘビやサソリを入れた薬用酒も売られていた。かなり強いらしいが不気味な酒である。タイでは見たことがないが、ラオスでは同じようなものがある。まあ、インドシナでは珍しくないものなんだろう。

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<乾燥中のライスペーパー>MZ-3/50mm/E100VS

1箇所目の見学先で、いささか飽きてしまった。やはりツアーである。思うように写真が撮れない。レンズ交換なども思うようにできない。ひとりなら可能なのにと感じることがよくあったが、それがツアーなのである。

見学の列からちょっとはずれ、外に出てみるとライスペーパーを干しているところがあった。こういったものの方が魅力を強く感じるのである。だが、ツアーはしばらく続くのだ。

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2009年4月22日 (水)

朝のファングーラオ通り

ホーチミンのファングーラオ通り界隈といえば、ベトナムを訪れる外国人旅行者にとっては、この上なく便利な場所として知られている。ここには安宿も多く、もちろん英語メニューのあるレストラン、そしてツアーバスを運行させている「カフェ」と呼ばれる旅行会社もあるためである。この界隈もバンコクのカオサンのような状況を呈してきている。

ベトナム滞在中ここには何度も足を運んだ。まずは、シンカフェでツアーに便乗してカントーまで行くことにした。その後は、ここにあるホテルを日本で予約してきたため、3日間生活していたといってもよいのであった。また、他のツアーも2回利用した。

この界隈の旅行が社だが、代表的なのがあまりにも有名になってしまったシンカフェがある。その対抗馬はキムトラベルである。かつてはここもキムカフェと名乗っていたようだが、旅行会社部門はキムトラベルと名乗っている(キムカフェじたいは存在する)。

今回の旅では、日本ですべての宿を予約してきた。日程が短いからである。ホーチミンに3泊したあとは、メコンデルタの中心部カントーへ。だが、この時点では移動手段が決まっていない。自分で調べたベトナムのバス事情はあまり芳しいものではなかったため、ホームページ上でリンクさせていただいている方が以前採った方法を活用させてもらった。つまり、カントー付近とカンボジアまで行くツアーの片道利用である。

さて、ツアーは8:45の出発であったが、30分前に集合とのこと。宿をチェックアウトし、タクシーでシンカフェ前へ。シンカフェのあるデタム通りは一方通行の100mあまりの通りである。シンカフェの前には鈴なりの外国人旅行者がバスを待っていて、さらには人並みをかき分けるように次々とバスが発着していく。シンカフェから少し離れたところには、キムトラベルとTMブラザーズカフェがあり、それぞれにツアーバスを運行させているものだから、渋滞が起きるのである。

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<ハンモック売り>GR1s/28mm/EBX

その間隙をつき、各種物売りが旅行者にすり寄ってくるのである。ハンモック売りに、サングラス売り、新聞売りに雑誌売り。「買わないか」攻撃をかわしつつ、旅行者たちは自分たちのバスを待ち、なおかつ自分の乗るバスを判断しなくてはならない。

バスも専用とはいうものの、カラーリングが統一されているわけでもなく、車体の大きさもまちまちである。その点シンカフェは老舗だけあって、洗練されていた。バスが到着すると、係がツアー名を書いた紙(きちんと印刷されている)をバスの後部と入り口に貼り付けていくのである。とはいうものの、片道利用の自分の場合は結局は係にチケットを見せて聞いて回らなくてはならなかったのだが。

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<ガイドブック売り>GR DIGITAL

中には、ロンリープラネットを重ねて売り歩く女性もいた。ま、この人は朝はここで営業に励み、昼以降はレストランなどを回っていたようだ。夜食事をしていて見かけたことがある。ちなみに、これらのガイドブックが旅行者が捨てていったもののリサイクルなのか、アジアによく出回るという、コピー商品なのか不明。値段もよくわからないが、新品よりは安いことは確実だろう。ただし、この人はベトナムの通貨で受け取るかは不明。外貨払いかも。

ともかく、何とか自分の乗るバスは見つかり、座席に座りほっと一息なのであった。カントーまでメコンのクルージングなどをしつつ移動する。続く。

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2009年4月20日 (月)

トワイライト・サイゴン

以前のコメントで、ホーチミンでの夜景は見ていないと書いた。それは本当である。だが、夜景ではないものの、ややそれに近い夕刻の写真がスキャンしていて、出てきた。早速紹介してみようと思う。

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<ドンコイ通り>MZ-3/50mm/E100VS

ブンタウから戻ると、6時近くになっていた。ベトナムは日本と2時間の時差があり、かなり南にあるものの、日の短い12月ともなると、日の暮れるのも早い。しかも、交通量の多いフェリー乗り場からマジェスティックホテル側へ通りを横断するのに手間取り、ますます暗くなっていく。

これじゃ写真はもう撮れないなと思っていたら、こんなイルミネーションが現れた。ベトナムでもクリスマスから年末年始にかけては日本や欧米並みに、派手なセールを行う。

もちろん、ホーチミンを代表するドンコイ通りならば、通年このような状態かもしれないが。

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<中央郵便局>MZ-3/50mm/E100VS

サイゴン大教会のすぐそばにある、コロニアル様式の建物。一見駅のようにも見えるが、郵便局である。ここが夕刻にはライトアップされるのであった。

この郵便局はお土産コーナーもあり、相当昔のサイゴンの風景を切り取ったモノクロームの絵はがきなども置いてある。内部に入ると、正面にホー・チ・ミンの肖像が出迎えてくれる。

今回、もちろん三脚は持参していない。いずれも手持ちで、絞り開放(F1.7)、シャッタースピード1/8秒または、1/15秒くらいで撮ったと思う。また、タクシーから眺めただけだが、レロイ通りのイルミネーションもなかなかであった。

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2009年4月18日 (土)

供養の行進

タンタム廟を回ってみると、何かの法要関係者が集っていた。

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<黒服と白いアオザイ>MZ-3/35mm/E100VS

これから何か起こりそうな予感がする。黒い服の男性は、廟の関係者であろう。白いアオザイの女性たちは親族の人たちか。古めかしい太鼓と独特の旗もある。

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<行進>MZ-3/35mm/E100VS

しばらくすると、彼らは列を作り廟の外に出て行く。歩道ではなく車道を進む。親族らしき人の中には、黒い服の人もいる。日本と同じことで、黒服は葬儀と関係があるようにも思える。白のアオザイは平服ということだろうか。どんな場面にも対応できる服装。

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<列の先頭>MZ-3/35mm/E100VS

行進は非常にゆっくりだったので、早足くらいで追い抜くことができた。先頭は黒の民族衣装らしい服を着た男性ばかり。遺灰のようなものを持った男性が先頭で、その次には旗を掲げた男性が続く。

この先には、レストランがあり、どうやらここで式後の食事が行われるようであった。

それにしても、このような儀式を見るチャンスに恵まれ、ラッキーではあった。わざわざブンタウまで来た甲斐があったというものだ。彼らにしてみれば、かなり迷惑だったかもしれないが。

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2009年4月15日 (水)

クジラ神社

ブンタウではキリスト像のあとに、タンタム廟というところに行った。さすがに距離があったので、タクシーを使う。

このタンタム廟にはブンタウに打ち上げられたクジラの頭骨を祀った神社がある。その名を南海翁稜という。そのクジラは南海将軍と呼ばれ、漁師を海難事故から守ってくれる存在として言い伝えられたという。

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<南海翁稜>GR DIGITAL

神社にはいると、神社付きの係なのだろうか、老人が近づきクジラの骨をわざわざガラスケースを開けて見せてくれた。なぜか、骨は赤くライトアップされているのだが、身振りで頭骨は頭によく、腰骨は腰によいという仕草をした。骨を触って、自分の同じ部位をなでてみろということなのだ。

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<クジラのあばら骨>GR DIGITAL

老人の導きなので、素直に従ってみた。南海将軍というものの、それほど巨大なクジラではなく、かなり小型だなと思った。

そういえば、2年ほど前にマカオを訪れた時に、やはりクジラにゆかりのある廟があった。そこでは、さすがに骨は祀られていなかったものの、クジラの骨から作られたものがあり、本物はマカオの歴史博物館にあるほどのものだが、そのレプリカが飾られていた。中国南部からベトナムにかけてはクジラを海の守り神とする考え方もあるようだ。

ただ、マカオや香港では媽祖信仰も盛んであり、これを祀った天后廟も数多いが、ベトナムまで下るとそれはなくなるようである。

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<クジラの頭骨>GR DIGITAL

なんだか異様に小さな頭骨のように見えた。クジラだけでなくイルカくらいの大きさだなと思った。その時は気づかなかったのだが、その下にあるものが頭骨で、小さな頭骨と見えたものは歯か何かなのだろうか。それとも、子連れ?ともかく、ブンタウには打ち上げられたクジラは何頭もあったようだ。

タンタム廟については続きます。

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2009年4月13日 (月)

南シナ海を望むキリスト像

1時間くらい歩いただろうか。岬を回り込むと背後の丘の上に巨大なキリスト像が見えてきた。

巨大なキリスト像というと、ブラジル、リオデジャネイロのコルコバードのキリスト像が有名である。それのコピーともいえる、クリスト・レイという像がリスボンの対岸、アルマーダにある。いずれも、高さは30m程度だが、丘の上にあったり、高い台座にのっていたりでもっと高く見える。

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<ブンタウのキリスト像>MZ-3/35mm/E100VS

麓から丘の上まではひたすら階段を上る。途中、各地のベトナム人が寄進したらしいベンチがあった。居住地を見ていると、アメリカが目立つ。ベトナム戦争でベトナムを捨てたベトナム人がベトナムのことを思い鎮魂の意味を込めて作ったものなのだろうか。

ともかく、このキリスト像は前記の二つに比べると両手の広げ方が控えめである。これらは、全長とリーチがほぼ等しいバランスなのだが、ブンタウのキリスト像はリーチがかなり短めである。

この丘はブンタウの町と南シナ海を見渡すことができ、要塞として使われたのだろうか、砲門が置かれていた。これは今も残る。ただし、ベトナム戦争とは関係しないように思える。つまり、かなり古いものでマカオの砲門のように歴史を感じさせるものであった。ガイドブックにはこのあたりの記述がなかったので何ともいえないが。

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<南シナ海>MZ-3/50mm/E100VS

キリスト像の中は、展示物があり、見学可能。さらには、螺旋階段を使いキリスト像の肩のところまで登ることができる。ただし、大きな荷物は持ち込めず、入り口で預かられるが、常に荷物を管理しているわけではないので、冷や冷やものであった。

肩の部分はもちろん2箇所あり、右肩から海を望む。結構な高さである。

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<キリストの顔>MZ-3/50mm/E100VS

横から見ると、あまりキリストっぽく見えない。なお、展望台とはいえ、ひとりがやっとという狭さで、せいぜいカメラを構えられるくらいか。

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2009年4月11日 (土)

ブンタウの海岸

ブンタウに到着し、船を下りるとたくさんのバイクタクシーが群がってきた。「どこへ行くか?」「1ドルで案内するぞ」等々。少し昔まで、ベトナムのバイクタクシーの評判は悪かった。ぼったくり。人気のないところに連れて行き、強盗まがいのことをする等々。おまけに、ベトナムは交通ルールもむちゃくちゃで乗るのが怖いということもある。

それでも、ブンタウは、ホーチミンと違い、交通量も少なく、乗るだけなら大丈夫そうである。だが、評判の悪さをたった今到着したばかりの身にとっては判断のしようがない。だからというわけではないが、ことごとく無視し続ける。そもそも、到着したばかりで、この港の周りを少しは目とフィルムに焼き付けていたい。

自分の旅はそうしたスタンスなのだ。まずは土地勘をつかむようにして、歩くのが基本。いきなりドアからドアまでの移動手段は取りたくない。そんなわけで、まずは港周辺を眺めることにする。

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<ブンタウの湾>MZ-3/50mm/E100VS

ブンタウの港近くは小さな湾が形成されている。今は引き潮のようであるが、漁船がたくさん停泊している。引き潮の波打ち際には網などを抱えた漁師も混じるという昼下がり。

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<ベトナムのオート三輪>MZ-3/35mm/E100VS

写真を撮っていたあたりに止まっていた、オート三輪があった。こうした乗り物は懐かしさを覚えるが、今までに見たことのないようなデザインで、国内生産されたものか中国あたりからやってきたものかよくわからない。このオート三輪は荷台に氷が積まれていたので、漁業に関係するものと思われる。ちなみに、この乗り物を見たのはブンタウのみ。

ここからバイクタクシーのドライバーのしつこい勧誘が始まった。ちょうど昼時だったので、手近なカフェのようなところで軽食を取り、やり過ごしたかと思っていたら、やはり同じドライバーが現れ、乗らないかと勧誘が続く。だが、最初に述べたような理由で乗るつもりはない。

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<南シナ海>MZ-3/50mm/E100VS

海岸沿いを南へ。しばらくは民家も多かったが、やがて閑散としてきてたまに現れる寺院などには行ってドライバーが諦めるのを待つ。ブンタウはホーチミンと違い晴れていた。やっと待ち望んでいた状況が現れたのだが、ドライバーはまだ待ちかまえている。結局、かなり歩いてドライバーは去っていったのだが、今度はさらに閑散としてきた。

最も訪れてみたかった、涅槃寺を過ぎ去ってしまい、商店の人に歩き方の涅槃寺の項目を見せると来た方向を指す。なんなら、バイクで送るよという提案もあったが、歩き続けた。寺の一つや二つ、どうということはない。

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<パイナップル・ビーチ>MZ-3/35mm/E100VS

やがて岬が近づいてくる。このあたりは、風がまともに吹き付けて、波がかなり荒い。ブンタウはビーチリゾートとしても有名だが、このあたりはパイナップル・ビーチというらしい。だが、海岸には人がいない。有名なビーチは岬を回り、もう少し北にあるというが。もう少し歩くと、観光スポットが現れる。続く。

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2009年4月 9日 (木)

サイゴン川

ホーチミンを流れる川はサイゴン川という。メコンではない。川は陥落前のホーチミン、サイゴンの名前をとどめている。ここには、川の対岸とのフェリーや、ブンタウまで行く高速船が発着する場となっている。もちろん、サイゴン川クルージングの船もある。

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<獲物を捕る少年たち>MZ-3/77mm/E100VS

川は、バンコクのチャオプラヤー川にも似て、濁った色合いである。しかも、海に近い大都市圏にある川であるため、濁り具合は元々の川の色だけとは思えない。つまりかなり汚染されていると思うのだが、網を持って魚を捕ろうとする少年たちもいる。

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<バイクの洪水>MZ-3/50mm/E100VS

ホーチミンの対岸はフェリーで結ばれていて、到着するとバイクが先を争うように風を切っていく。これはすさまじいほどである。ベトナム人とバイクは切っても切れないもののようで、中には、高速船やバスにまで持ち込む乗客がいるほどである。

最初に到着したホーチミンの3日目には高速船に乗って、ブンタウまで行った。高速船の料金は長距離バスよりも高く、160,000ドンである。ただし、バスで3時間くらいかかるところを、わずか1時間半で結ぶ。

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<ペトロ・エクスプレス>MZ-3/35mm/E100VS

ホーチミンとブンタウを結ぶ高速船は2社で運航されている。ペトロ・エクスプレスとビナ・エクスプレスである。料金はどちらも同じで、少し時間をずらして運行されている。チケット売り場が異なるだけで、サービスはほとんど同じ。早く出る方を買えばよい。

ペトロ・エクスプレスにはアオザイ姿のチケット係が乗船していた。船内では小さなミネラルウォーターのボトルが配られた。ビナ・エクスプレスにはアオザイ美人が乗っていなかったが、もちろんミネラルウォーターが配られる。どちらも座席指定制。

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<ビナ・エクスプレス>MZ-3/35mm/E100VS

と、いうことで、ビナ・エクスプレスに乗ってブンタウまではあっという間。すでにここは、川ではなく、南シナ海に面した湾なのであった。

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2009年4月 6日 (月)

アッシジの思い出

本当なら、同一日に連続エントリーするのは本意ではないが、今日は書かせていただく。

イタリアで大規模な地震があった。地震が起きたのは、ローマの北東100kmほどのラクイラという小都市である。ほとんど地球の歩き方をはじめとするガイドブックには記述のない都市。…と、いうか、アブルッツォ州じたいが記述がないのである。

とはいえ、ここはシチリア王国支配下の都市であり、観光的資源がかなりあるらしい。また、日本人のラグビープレーヤーとして、伊藤宏明(大工大高-明治大)が所属していたクラブチームがあるところである。

イタリアの地震というと、アッシジを思い起こす。初めて訪れたイタリアはツアーであった。ローマの次にペルージャを訪れる。ちょうどこの年中田英寿がペルージャに移籍したばかりで、「どんなところか知りたくて来た」という日本人がたくさんいた。ペルージャの眺めのよい丘の上で、アッシジの方を指さし、「いいところなんだけど、地震の被害がひどくて」という話を聞いた。

3年たち、今度は個人旅行者としてペルージャとアッシジを訪れた。あの時の話が引っかかっていたのである。

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<サンフランチェスコ聖堂>MZ-M/35-85mmZoom/Fujicolor400

アッシジの象徴サンフランチェスコ聖堂は綺麗に修復されていた。内部では荘厳なミサの様子も見ることができた。だが、有名なフレスコ画は一部が欠けていた。地震のためである。

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<修道女>MZ-M/35-85mmZoom/Fujicolor400

アッシジの町にはたくさんの観光客がいて、すっかり地震から立ち直ったようにも見えた。表面的には地震の被害はないようにも見えた。町には宗教関係者が歩き、どこか特別な町に感じられたものである。

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<奥の建物に注目>MZ-M/35-85mmZoom/Fujicolor400

だが、よく見てみると、修復中のところもかなりあった。噴水の向こう側の建物は、木材で補強してある。その上のバルコニーのような場所も、工事現場のような感じだ。

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<路地>MZ-M/35-85mmZoom/Fujicolor400

何気ない路地にも、地震の被害が及んでいたようである。このようなつっかえ棒をしないと、崩れてしまうのだろう。

残念ながらその後アッシジを訪れることはなかったが、地震から9年過ぎた2006年にようやく、サンフランチェスコ聖堂のフレスコ画が修復を終えたのだそうだ。

長い時間を要してしまったが、アッシジの復興もある。どうか、ラクイラの被害もこれ以上拡大しないことを願って止まないし、早期の復旧を願いたい。歩き方には載っていない都市ですが、調べてみたら何となく興味がわいてきました。今すぐとはいわないが、近い将来ラクイラを訪れることができるよう頑張って欲しい。イタリア、頑張れ。

Postscript この当時、使っていたEOSをだめにしてしまい、手持ちのレンズ資産を生かそうとPentaxのマニュアルカメラをわざわざ購入して使っていました。それが、MZ-Mというカメラ。交換レンズに、28mmと50mmを持って行きましたが、ほとんどはズームだけで撮っていましたね。しかも、なぜかイタリアではフィルムをケチって、カラーネガのみという状況。まだ、イタリアではリバーサルを使ったことがありません。またイタリアに行って、リバーサルで撮してみたいという欲求はかなりあります。

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フォー・ガー

実質初日の夕食にはフォーを食べに行った。ベトナムを代表する麺料理である。実は、昼に食べるつもりでいたのだが、たまたま入ったところでは、「今はできない」とのことで他のものを食べた。

夕食にはもっとボリュームのあるものを食べたかったのだが、あいにくと乾季のはずなのに、とんでもないスコールが夕方から降り始め、宿からなかなか出られなくなり、ようやく上がったのを見越したものの、宿に近いところにあったPho 24という、ちょっとこぎれいな店で済ますしかなかったのである。

ともかくフォーである。まずは鶏肉のフォー・ガーを頼むことにする。

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<フォー・ガー>GR DIGITAL

フォーの麺は米から作られているが、タイ・カンボジア・ラオスなどにある米の麺料理とはまた違っている。スープは澄んでいて、あっさり味である。あらかじめのっているのは、鶏肉とワケギくらいか。

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<別皿>GR DIGITAL

だが、それだけではもちろんなく、別皿にモヤシ、ネギ、唐辛子、ライムなどがつく。緑の葉は、なんだろうか。ドクダミを用いるともきく。

これらを適宜投入し、ライムを一絞りする。あとは、適当に混ぜて、食するのみである。これは飽きない味で、毎日でも食べることができるな。これだけでは足りないけれど。

ちなみに、フォー24は、チェーン店でどこも均一料金。24なんていうので、終日営業かというとそうではない。由来不明であるが、ベトナムではかなり店名に数字を用いる。料金は38,000ドンと比較的高め。その他、おしぼり代として2,000ドン必要であった。あるんですよ。おしぼり代。

街角の店じゃなくても、フォーはホテルの朝食などでも用意されていることが多い。このあとも何度となく食べました。

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2009年4月 4日 (土)

ベンタイン市場

統一会堂のあとは、ガイドブックと相談しながら結局市場に向かう。ベンタイン市場。ホーチミン市民の台所ともいえるところである。

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<ベンタイン市場>MZ-3/50mm/E100VS

上の写真は表通りから。統一会堂から来るとその裏側に出る。市場にある大部分の店は、屋内にあるが、建物の外に面した部分には、生鮮食料品以外の店が取り囲んでいる。

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<花屋>MZ-3/35mm/E100VS

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<魚屋>GR1s/28mm/EBX

市場に一歩足を踏み込む。足下が濡れている。魚屋に肉屋。魚は新鮮。はね回っている。だがこのような店があるのは、裏口の一角のみである。

さらに一歩踏み込むと、屋内となり、無数の屋台と各種の店が続く。人が多く薄暗い。ベトナムに来て初めての市場なのだが、きわめて写真が撮りにくく、歩きにくかった。

ベトナムの市場は、どこに行っても写真が撮りにくかった。それは、ベトナム特に、メコン流域の人口密度がかなり高く、どこに行っても人が多いということに起因するような気もする。

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2009年4月 3日 (金)

統一会堂(旧大統領官邸)

サイゴン大教会をあとにし、次に向かったのは統一会堂である。ここは、サイゴン大教会とは公園を挟んで対峙する位置にある。ここはかつての南ベトナム(ベトナム共和国)大統領官邸であった。その後の1975年4月30日正面のレユアン通りから戦車が入場し、南ベトナム政権の終焉を迎えたというところなのである。

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<統一会堂>MZ-3/35mm/E100VS

入場料15,000ドン。入場時には持ち物検査あり。

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<戦車>MZ-3/35mm/E100VS

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<戦闘機>GR1s/28mm/EBX

広い前庭の一角には戦車と戦闘機が展示してあった。戦車は旧ソ連製と中国製のもの(2台ある)。つまりは、北ベトナム(ベトナム民主共和国)軍もしくは南ベトナム解放戦線の戦車である。戦闘機はアメリカ軍のものであり、撃ち落としたあとに組み立てられたもののようだ。

統一会堂のほとんどの部分は公開されていて、かなりの部屋がある。下にある階の部屋は会議室などであり、最上階近くは大統領執務室、副大統領執務室などとなっている。

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<ホー・チ・ミン像>GR DIGITAL

ホー・チ・ミン(ホーチミン市と区別するためこのように区切って表記する)はベトナム民主共和国の指導者。だが、1969年に死去しており、旧サイゴンの陥落を知ることはなかった。この像は、会議室に展示してあるのだが、ベトナムのどこに行っても、肖像画や立像などがある。ドイモイ政策が進みいまやその他の東南アジアの国と何ら変わらなくなってしまったかのように見えるベトナムだが、ホー・チ・ミンの姿を確認することで、ここが社会主義国家なのだということが認識できる一瞬なのかもしれない。

南ベトナム大統領の生活はそこは庶民とは天と地の差があるものであり、大統領執務室付近には大統領夫人の部屋や娯楽室、果ては映画を見るための部屋なども用意されているのだ。

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<屋上より>MZ-3/35mm/E100VS

正面に見えるのがレユアン通りで、ここから戦車がやってきた。

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<ヘリポート>MZ-3/35mm/E100VS

屋上は見学者が休めるようなスペースであり、飲み物なども売られている。その向こうにはヘリポートが。サイゴン陥落前、このヘリポートからも、サイゴンを脱出するために政府関係者が鈴なりになってヘリコプターに乗り込み、沖合のアメリカ軍の戦艦に向かった。アメリカ戦艦では、次々にやってくる亡命希望者のために到着したヘリコプターを再び飛び立たせることはなく、海に沈めなければなかったほどだという。

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<脱出に使ったジープ>GR DIGITAL

屋上の次の順路は地下である。地下には司令室などもあり、それもそのまま残されているが、一部ではベトナム戦争中の写真なども展示されていた。

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<グエン・バン・チューのベンツ>GR DIGITAL

グエン・バン・チュー。南ベトナム9代目大統領。ちなみに、グエンが名字である。漢字で書くと阮文紹。当時の副大統領はグエン・カオ・キ。元大統領は亡命生活の末、南アフリカでなくなったらしいが、元副大統領は亡命したのち、ベトナムに一時帰国したことがあるという。

とりあえず、ベトナム戦争を再確認したくて、足を運びました。当時の雰囲気を感じさせる場所はあともう一箇所。これは後日。

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