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2009年7月29日 (水)

理想の風景

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<インレー湖の寺院>MZ-3/35mm/RVP100

ミャンマーの中程にあるインレー湖は、雨季に面積を増やし、乾季に面積が減る。つまりは、ダムのような調節機能がある。拡大縮小する湖ということだが、同じような機能を持つカンボジアのトンレサップ湖に比べると穏やかな印象がある。

穏やかというのは、トンレサップのあたりが物質的にも貧しく掘っ立て小屋のような建物と水上家屋で生活する人々の印象に比べ、やはりミャンマーの、特にインレー湖の住民の方が、たとえ貧しくともより豊かな生活をしているように見えるからかもしれない。事実、経済発展の度合いを国家レベルで考慮しても、ひとりあたりのGNPなどはカンボジアの方が勝っているのではなかろうか。

また、トンレサップ湖は川イルカが生息していたり、ワニがいたりするが、ここではそんなものはいない。魚なども豊かなメコンとトンレサップ湖から比べると種類も少なく大きさも比べものにならないかもしれない。でも、インレー湖の住民にはそれで十分だし、ここではホームレスというものを見かけないことも、安定感が感じられるのだ。

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<水辺の風景>MZ-3/50mm/RVP100

トンレサップ湖が果てしなく平地にあるのに対して、インレー湖は高原にある。近くには山が迫り、水もある程度澄んでいる。トンレサップこの水の色はメコンと同じである。目をこらしても中が見えない。

そして、インレー湖の人々もトンレサップ湖同様湖に依存した生活をしている。湖に生える藻を取ってきては、それを堆積させ、浮島を作り、畑にしたり、大きいものでは住居に耐えうるものにしてしまう。中には浮島の寺院もあるほどだ。そして、住居もバラック作りなどではなく、きちんとした作りのものである。そんな家はどこも船を持っていて、ちょっとした買い出しにも湖に出て行く。

いやもう、どう考えてもインレー湖の方がいやされてしまう。ドーパミンやアルファ波が出まくりなのだ。雨が降らないけれど、いやされる水の風景がある。昨年雨季のタイ・ラオス・中国を旅した。半分くらいは雨ではあった。また、メコンという水の流れしかも、流域の人々を潤して止まない豊かな流れではあったが、ここまでリラックスさせてくれる風景はなかったような気がする。

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2009年7月26日 (日)

パワー・ポップの時代

かすてら音楽夜話Vol.17

一番最初に買ったレコードってやはり忘れないものでしょう。比較的人生長く生きているもので、一番最初に買った「CD」じゃありませんよ。「レコード」です。ちなみに、一番最初に買ったCDはなんだったか、覚えてないです。

本当のことを申し上げると、初めて買ったレコードは朝日ソノラマのソノシートって、これまた死語ですが、そういうものではなくオリコンなりビルボードなりに売り上げが反映されるポップスやロックのレコードですね。ドメスティックでいえば、これまた恥ずかしながら尾崎紀世彦の「また逢う日まで」で、ここでこの話はおしまいなんですが、洋楽はRaspberriesの「I Wanna Be With You(明日を生きよう)」なのである。

当時、日曜のTBSラジオで、久米宏(邦楽)と宮内鎮雄(洋楽)による「今週のベストテン」という番組をやっていて、国内国外のベストテンを紹介していた。ちょっと変わっていたのは、久米と宮内がチンチロリンなどの勝負を番組で行い、勝った方の曲を長く流すという仕組みであった。

そんな中で、カーペンターズなどの曲も多く流れ、この番組は自分にとっての洋楽の入り口を示してくれたものである。当時も、ビルボードや「American Top 40」という番組はあったと思うが、いきなりそこまで行くには敷居が高いというか、まあそんなものでしょうか。その中ではまったのが、ラズベリーズである。特に、ヴォーカル、Eric Carmenの歌唱力と曲作りには新鮮さがあったはずで、早速近所の電気屋にレコードを買いに走ったものである。それにしても、すごいと思うのは、今ならメガストアにしか置いていないと思われる洋楽のあまりメジャーではないレコードが街の電気屋の片隅にあったレコードのコーナーにあったことである。

ま、うんちくはおいといて、曲を聴いてもらいましょう。ビルボードシングルチャート5位(最大のヒット曲)となった、「Go All The Way」~「I Wanna Be With You」のメドレーです。当時の映像では貴公子然とされていたはずのエリック・カルメンですが、スタジオでの映像は無精ヒゲ状態なのがちょっとレアかも。

さて、ラズベリーズは、この後「Let's Pretend」「Tonight」とシングルをリリースするものの、ヴォーカルのエリックとリードギターのウォリー・ブライソンとの対立が決定的となり、1974年に解散となった。その後、エリック・カルメンはソロに転じている。

ラズベリーズのメンバーですが、Eric Carmen(Vo/G/B/P)、Wally Bryson(G/Cho)、Jim Bonfanti(Ds/Cho)、David Smalley(B/G/Cho)の4人。なくてはならない中心人物のエリック・カルメンは元々クラシックをやっていた人で、ラフマニノフが永遠のアイドル。曲作りも彼が中心でソロ作ではラフマニノフのメロディを元に壮大な曲も作るというほど。なお、デビュー当初はもちろんヴォーカルであるものの、担当楽器はベースということであった。2作目のアルバムからは、デヴィッド・スモーリーと担当をチェンジ。エリックが器用であるということと、カメラ写りがやはりギターがいいということなんでしょうか。

リードギターのウォリー・ブライソンは、なかなかの凄腕で、他の映像の「Go All The Way」を見ると、6弦と12弦がひとつのボディに収まった重そうなギターを弾いています。イントロとソロ部分を6弦で弾き、中間部は12弦を使うという。

彼らのよいところは、激しく音を鳴らしながらも、メロディアスで全員がコーラスに参加でき抜群のハーモニーを奏でることができることかな。たった数年で解散してしまうなんてもったいないと思っていたら、なんと2005年に再結成ツアーをやっていたようです。YouTubeでは、その時の映像もありますね。

ただ、今年あたりでエリック・カルメンも還暦だしその他のメンバーは第一線を長らく離れていたようなので、エリックよりも年下ながらもかなり老人くさく見えてしまう。でも、演奏は素晴らしかったけど。

近年、彼らのアルバムがリマスターされ、紙ジャケット仕様でリリースされていました。1作目から3作目までゲットしましたが、ラストアルバムだけはまだ。ただ、アルバムの作品はちょっと疑問点のつくものもあって玉石混合という感じです。

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2009年7月23日 (木)

パンタウィー・バンガロー

約1年前ノーンカイで泊まった宿の話である。その名をPantawee Hotelという。ノーンカイはもちろん初めてだったので、「地球の歩き方」に載っているここにやってきたというわけだ。それに、全室無料PC設置(もちろんインターネット接続可能)ということに魅力があったのだ。

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<パンタウィー・ホテル>MZ-3/35mm/RVP100

フロントで様々なタイプの部屋をパソコンの画面で見せてくれた。選んだのは600バーツの部屋で、上の写真の向かいにあるパンタウィー・バンガローであった。歩き方によるとバンガローの方でも800バーツというのでこれはシーズンオフ割引らしい。

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<C11号室>GR DIGITAL

タイル張りの床。いかにも涼しげである。旧式ではあったが、エアコンがつき、テレビと問題のパソコンもある。さすがにバスタブではなくゲストハウスにあるようなシャワー付きのトイレだったが、まったく問題ない。これで朝食のビュフェまでつくのだから、いうことはない。何たって、前日まで泊まっていたヴィエンチャンのゲストハウスよりも安いのだ。

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<PCの画面>GR DIGITAL

早速、パソコンを起動してみる。やや見慣れない画面でマッキントッシュなのかもと思った。インターネットに接続する。我が、ブログを出してみた。日本語表示。では何か書いてみるかと、言語設定を日本語にしようと思うとできなかった。

UBUNTUというのが、関係するなと思い、あとで調べてみたら、LinuxベースのOSなのであった。それにしても、わからない。文字は打てる。アルファベットならば。結局は読むことはできても書くことはできないというマシンなのであった。

だが、まあよかったのかもしれない。これがウィンドウズだったりして、自由に日本語が書けたりすると、そのままここがネットカフェのようになって、ノーンカイの観光ができなくなった可能性もある。

ただ、本館のパンタウィー・ホテルの方のPCはウィンドウズマシンである可能性もある。またここにやってきて、試してみたい感じもするが、ここを再び訪れる可能性は少なそうだ。翌日、ノーンカイの街中にあるコイン式のネットカフェを覗いてみたが、日本語は文字化けしてしまった。読めるだけでもいい方か。

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2009年7月20日 (月)

風景をじゃまするもの

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<電線の束>MZ-3/35mm/EBX

ホーチミンで感じたのは、街にかなりの電柱があり、無数とも思える電線が張り巡らされていることであった。

かつての日本を思い浮かべてみても、街中にはかなりの数の電柱があったと思うが、ここまで電線があったとは思えない。バンコクなどその他の東南アジアの都市でも、ここまですさまじくないのではなかろうか。

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<ホーチミンの街角>MZ-3/35mm/EBX

このことは別に注意深く観察してわかったことでもなんでもなく、街を歩きちょっとした風景を撮ろうとすれば、容赦なく風景に飛び込んでくる。誰でもわかることだ。

ベンタイン市場やビンタイ市場をやや離れたところから、俯瞰で撮ってみるとどうにも気になる、黒い線の束なのである。これまでの写真にはできるだけこの線が写らないよう配慮して撮ってきた。だが、この線はかなり低い位置に張り巡らされていて、気にならない方がおかしい。

上の2枚はシンカフェのツアーバスから撮ったものだが、メインストリートといわず、細い路地にまでこれが張り巡らされている。車高の低い乗用車や小型トラックくらいならば、問題ないが、バス以上の車高があるクルマは絶対に通れない。だいたい路地の奥で、火事でも起きたら消防車は入っていけないではないか。

ま、電線と書いたものの、それらがこれほど束ねられているとすると、危険きわまりなく、もしかすると、電話線なのかもしれないが。

いずれにせよ、あふれかえるバイクとともに、この線の束はホーチミンの発展を妨げている要因のひとつかもしれないな。

さて、長々と引っ張ってきた年末年始のベトナムの記事ですが、これで終了します。次の旅立ちまではランダムな旅の記憶を取り上げる予定。

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2009年7月18日 (土)

ココナッツ・キャンディー工場

3回目のツアー最終盤、やはりとある中州にあるココナッツ・キャンディー工場に向かう。

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<ココナッツを粉砕>GR DIGITAL

工程はこうだ。ココナッツの殻をはずし、乾燥させた実をよく砕く。それをもう一度水を加えて煮詰め、さました上で一口大にカット。

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<煮詰める>GR DIGITAL

ココナッツ・キャンディー工場とはいえ、中州にある他の民家と変わらない作り。まるで家庭の台所を眺めているようなものである。もちろん、家族一同がこれに従事する。

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<型に入れる>MZ-3/35mm/EBX

煮詰められたココナッツは適度に冷まされて、棒状の型に入れられる。さらに冷ましたところで、これを取り出し、包丁で一口大に。

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<できあがり>GR DIGITAL

さらに、包装され製品のできあがり。試食してみると、まだほのかに暖かく、生キャラメルのような感じである。一番大変なのは、ひとつひとつ包むこの工程ではなかろうか。

それにしても、ベトナムの工場見学、いずれも零細でプリミティブな人の営みみたいなものだった。ひとりひとりの労賃はわずかなものだろう。正確な値段はわからないが、たとえ、キャンディー一袋とはいえ、わずかな金額だろうし。

さて、スキャンは無事すべて終了しました。もう少しで907t Mekong Deltaのカテゴリーは終了となります。旅立ちまでに済みそうでよかったです。

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2009年7月17日 (金)

ナンプに水が出た!

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<ヴィエンチャンのナンプ>MZ-3/35mm/RVP100

ナンプというのは、ラオス語で「噴水」のことなのだろうか。

ともかく、ルアンパバーンとヴィエンチャンにナンプと呼ばれるものがある。だが、そこは噴水には違いないが、水が出ることはなかった。壊れているのか、うち捨てられたものなのか。だが、その周りは植物などが植えられ、整備されているようにも見えた。

ヴィエンチャンのナンプの周りは、トゥクトゥクの集まる場所でもあり、安宿の集まるところでもある。もちろん、レストランも多く、ヴィエンチャンを訪れるツーリストにとっては、中心みたいなものである。だが、水の出ない噴水なのだ。

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<夜のナンプ>GR DIGITAL

メコンの夕陽を見に行った帰り、レストランで食事を取り、宿に戻る途中ナンプを通りかかると、水が出ていた。しかも、ライトアップされているではないか。GR DIGITALでのスローシャッター。見事にぶれてしまったが。

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<早朝のナンプ>GR1s/T-MAX100

朝食事に出かける。この界隈では田舎からやってきたのか、天秤棒を担いだ女性の野菜売りが目立つ。その姿を追っているうちにナンプまで来てしまっていた。朝も水が出ている。

今までの認識は間違いで、水を節約するため朝と夜の数時間のみ水を流すらしい。やはり、噴水は水が流れてこそのものである。その方が絶対絵になるし。ただし、ルアンパバーンのナンプに関してはよくわからない。ルアンパバーンのナンプは中心からやや外れているので、そう頻繁に訪れないからだ。托鉢の時間には流れていなかったことは確かである。

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2009年7月13日 (月)

偶然ながらも…ラオスとベトナム

何気なく撮った写真に偶然一致したものがあった。

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<サトウキビジュースのマシーン>GR1s/T-MAX100

何気なく撮ったサトウキビジュースを作る機械。描いてあるイラストがチープな感じがしたので、GR1sをさっと取り出し、ぱっと撮ったもの。単に面白そうなものをモノクロームでランダムに撮っていったもののひとつである。場所はルアンパバーン。

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<メコンの中州にて>MZ-3/35mm/E100VS

今度はベトナムにて。メコンの中州にある店の片隅にあったサトウキビジュースを作る機械。イラストが若干異なるものの、書いてある文字は同じだ。ルアンパバーンのマシーンはタイヤがついているものの、移動販売ができそうにない。こちらのものは移動販売に対応している感じ。

とはいえ、こういう屋台をひいている人は見たことがないが。

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<ソクチャンにて>MZ-3/35mm/E100VS

こちらは全体が写っていないが、サトウキビジュース制作中。こちらはソクチャンの市場。やはり書いてある文字は同じようだ。

文字はアルファベットが基本となったベトナムの文字だと思う。タイ語やラオス語の読めない文字とは異なる。と、いうことはこのサトウキビジュースを作る機械は、ベトナム製なのではないか。ルアンパバーンにあったものは、かつてのホーチミンルートを通って輸出されたのではないか。ルアンパバーンのはラオス人好みにイラストは変更されたと。

と、どうでもいいことを想像してみました。

先週から今週にかけて、忙しく、結局はスキャンができませんでした。またしばらくつなぎの記事が続くと思います。今回は強引にベトナム旅行と結びつけてみましたが。

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2009年7月11日 (土)

中国の憂鬱

この件はアップしようかちょっと悩んだが、やはりブロガーとして一言いっておこうと思う。

中国新彊ウイグル自治区の区都ウルムチで民族間の対立が起こった。発端はなんだったのだろうか、そのあたりはよくわからないが、ウイグル人の騒ぎに対して漢族が報復を行うという「またか」というような状況。

ここで取り上げたニュースとしても、昨年のチベットに続く中国内の民族対立なのである。新彊ウイグル自治区は、東トルキスタンとも呼ばれ、ウイグル人の住む地域である。だが、時折暴動があったという話も聞く。

ウルムチというウイグル語の名前を持つ区都だが、その実態はまったくの新興都市であり、このあたりで地下資源が発見されたところから、漢族が多く移り住んだ都市なのだ。カシュガル、トルファンなどの古都とは違うのだ。

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<ウルムチの街角にて>Pentax ME Super/28mm

新彊ウイグル自治区にはシルクロードを巡るツアーで2回ほど訪れたことがある。2回ともウルムチを訪れた。ウルムチとは美しい町との意味らしいが、まだ発展途上の埃っぽいところだなと思った。

その頃から、漢族はすでにウイグル人よりも多く住んでいたと思う。その一方で上海などで闇両替を行うのはウイグル人の青年だったりしたのだが。それでも、民族対立はツアー参加者には感じ取らせない雰囲気があったように思う。

すでにウルムチではさらなる報復をおそれ、町を脱出するウイグル人が続出しているとも聞く。また、ムスリムには大切な金曜日の礼拝を取りやめさせる命令が出たとも。

これからどうなるかわからないが、中国の中枢部は民族融和のような政策は取らないのではないだろうか。ともかく力で押さえ込む政策だろう。また、ひとつ、訪れることのできるいいところが、減ってしまったような感じがする。遠のいたということだろうか。

中国の辺境部が好きなのだが、思えば、昨年無理してシーサンパンナを訪れておいてよかったと思う。

上の画像ですが、一応リバーサル。このブログで初めてお見せするPentax ME Superという、カメラによるワンショット。初めて所有した一眼レフカメラ。解像度が低いのはフィルムの保存状態が悪いことと、以前のスキャナーでスキャンしたことによるもの。このあたり、もう一度スキャンし直して、色鮮やかだったら、たまにアップしてもいいかも。まあ、その頃の腕はひどいものですが。

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2009年7月 9日 (木)

お椀の船

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<ブンタウにて>MZ-3/35mm/E100VS

それを目撃したのは、ブンタウの小さな湾でのことだった。まるでおとぎ話のようにたらいのような船に乗った男が一生懸命に漕いでこちらに近づいてくる。さすがに、直進性が悪く、必死な感じがした。

一寸法師はお椀の船に乗って冒険に乗り出すのだが、現実社会でこんなものを見るとは。網を積んで作業に使うとか、養殖した貝などを取り込むのに都合がいいとか、理由があるんだろうが、とても大海に乗り出すものとは思えない。

それにしても、こういうものを見るとは。侮れないな、ベトナム。

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2009年7月 5日 (日)

クリーク・クルージング

年末年始の旅に戻ります。

旅の最終日、深夜には成田行きの飛行機に乗るというのに、やはりシンカフェのツアーに参加していた。やはりメコンデルタを巡るツアーで、ミトーあたりの島巡りである。

このツアーは、今までで一番参加者の国籍がバラエティに富んでいた。欧米からのバックパッカーのみならず、中国人、ベトナム人の家族も参加している。中には明らかに家族旅行という風体の人たちもいたくらいである。

そんな中でメコンの中州を巡り、メシを食べ、終盤にさしかかる。そして、手こぎのボートに乗り換えての、クリークのクルージングである。それまでは、50人程度は乗れそうな船だったのだが、さすがに狭いクリークでは手こぎのボートしか手段がないようである。

ここでは中国人の家族と一緒になった。

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<クリークへ>MZ-3/50mm/E100VS

まるでジャングルのようなクリーク。木が空まで覆っている。自分たちのボートが一番最初に出発した。これはなかなか気分がよい。

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<地元民>MZ-3/50mm/E100VS

クリークには意外にもたくさんの手こぎボートが行き交っている。狭いクリークなので、すれ違う相手の姿もばっちり。ボートは、二人のこぎ手が前後に乗り込んでいた。

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<乗り込んできた子供>MZ-3/50mm/E100VS

このあたりでは毎日ツアーがあることがわかっているのだろう。すれ違う船にいた子供は、勢いをつけてこちらに乗り込んできたと思うと、すぐに自分の船に戻っていった。単なる遊びなのだろうが、ちょっとしたサービスである。

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<帰還>MZ-3/50mm/E100VS

わずか数kmのクルージングだったが、なかなか迫力があった。真っ先に到着したので、大きな船の上から今通ってきたクリークを眺める。後続のボートが到着する。先頭にいたベトナム人カップルは、こんなポーズを取ってくれるほどのサービスである。

まあ、それにしても、ツアーでまったく個人旅行者がいないというのも初めてである。ちょっと身の置き場に困ったけど。

そそ、夏の旅行記、バンビエンまでたどり着きました。山の中のリトルカオサン田舎道を徒歩での2編です。よろしかったらどうぞ。

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2009年7月 3日 (金)

いらっしゃいませ、食べといで

またしてもつなぎの記事です。すいません。音楽話が続いたので、旅の断片より。

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<ルアンパバーンの食堂>GR DIGITAL

アジアの田舎を歩くとたまに目につくのが、こんな食堂のマスコット。まあたいていは料理人の姿である。

こんなマスコットもかつての日本でもあったと思う。とはいえ、その頃もどの店もこういうものを出していたわけではないと思うけど。現在はすっかり姿を消したのではなかろうか。そんなノスタルジアを感じさせるものに旅先で出会うとその店に入ったわけでもないのに、写真を撮りたくなってしまう。

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<バンビエンの食堂>MZ-3/35mm/RVP100

おっと、バンビエンにもありました。ルアンパバーンのマスコットと比べると、ポーズと服装が似ているものの、顔立ち、表情、帽子が異なる。そのあたりは店が作り手に細かく注文をつけるのだろう。何たって、店の看板あるいは代名詞みたいなものだから。確か、この店はインド料理店だったと思う。たぶん入ったはず。

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<ノーンカイの食堂>GR DIGITAL

メコンを渡り、タイにはいるとマスコットも洗練されてくる?それにしても塗装のはがれ具合といい、かなりの年期を感じさせる。キャラクターも擬人化された動物だし。手作り感もありますね。とはいえ、この世界共通のポーズはわかりやすい。食べて美味しかったら、店の人に親指を立てるだけで喜んでもらえるはず。

次に行くところではこんなマスコットがあるんだろうか。料理は美味いんだろうかと想像を膨らませるばかり。

週末、スキャンを終了予定です。そうしたら、ベトナムの記事をいくつかアップして、ランダムな旅の記憶または音楽話に戻ります。

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2009年7月 1日 (水)

Carpentarsデビュー40周年

かすてら音楽夜話Vol.16

今年はカーペンターズのデビューから40年になるそうだ。もちろん、カレンとリチャードによる兄妹ユニット。兄がピアノとコーラス、妹がヴォーカルである。カレンは1983年拒食症により亡くなり、活動は26年にわたり停止中のままだ。だが、カレンの優しいアルトの声は脳内にアルファ波を導き、聴くと非常にリラックスするのである。

個人的な意見だが、ロック/ポップスの分野でアルファ波を導く声の持ち主は他に、初期のリンダ・ロンシュタット(カントリーフレーパーのある曲は特に効く)、竹内まりやなどがいるが、ナンバーワンはカレン・カーペンターなのだ。

40周年の話は数ヶ月前にニュースで知ったのだが、適当な話題の持って行き方が見つからず、ちょっと検索して出てきたのが、次の映像。日本人アーティストたちによる「Yesterday Once More」~「We've Only Just Begun(愛のプレリュード)」~「Super Star」~「Cloes To You(遙かなる影)」メドレーである。

それにしても、彼らこんなことやっていたんですね。知らなかった。ヴォーカルとドラムス鈴木祥子。ギターとコーラス杉真理。ピアノとコーラス松尾清憲。ま、言うなればBOX(杉、松尾、小室和之、田上正和)のフロントマンと鈴木祥子のコラボレーション。おそらくBOXが活動していた頃の映像だろうから、1989年から1990年頃のものだろうと思う。でも、鈴木祥子は一見若く見えるんだけど、なんか逆に早熟故にやや老けて見えるかも。この10年あとくらいの鈴木祥子はホントにいい感じなんですが。変な例だが、デビュー直後の竹内まりやも芸能人水泳大会などに出ていたほどだが、当時の歌う映像は画質も悪いこともあってか、妙に老けてます。最近のプロモーションビデオなどを見ると若返っている感じですが。

鈴木祥子は1988年のデビューで、元々原田真二のバンドのバックでパーカッションとキーボードを担当していた人。出身としてはドラムス。まあ当時も今も珍しい太鼓を叩きながら歌う女性ミュージシャンなのである。ちなみに、声もしっとりしたアルト(その後声がでなくなった時期があり、現在のヴォーカルはさらに磨きがかかっている)。また、カレン・カーペンターもドラムを叩いていた時期があった。そんなところからの起用だろうか。

BOXの二人、杉と松尾はその前あたりから曲を共作するようになり、リバプールテイストあふれるBOXを結成することとなった。この二人がハモるとまるでレノンとマッカートニーのような味わいとなる。

映像的にはドラム、ピアノ、ギターだけではないような感じ。しかも、映像と音がややずれていて、バックの音もカーペンターズのオリジナルを使っているような感じもするけど。それでも、レアな映像です。

40周年ということで、今年もこんなコラボレーションをやってくれたら、見に行くのになあ。鈴木祥子のヴォーカル、カバーではあるものの、しっかりと鈴木祥子ならではのテイストを醸し出していると思います。

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