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2009年10月30日 (金)

ブラ・レジアの素晴らしいモザイク

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<ロバ>MZ-3/35mm/RVP100

水場の近くでロバに出会った。その水場には農業を営んでいると思われる親子連れがいたが、その持ち物だろう。カタツムリと観光客を除きブラ・レジアで出会う唯一の生き物。あとは廃墟と不毛な荒れ地が広がるばかりである。

ロバの背後に広がる丘の上が次に目指す地点。アンフィトリテの家と呼ばれるところだ。アンフィトリテの家は、屋根も壁も崩れ落ち、ほとんど基礎部分しか残っていないのだが、地下室がある。そこには見事なモザイクが残っているのである。それでは行ってみよう。

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<トリトンとアフロディーテ>MZ-3/35mm/RVP100

灼熱の外から地下へ降りると汗がすっと引くような感じがした。ブラ・レジアの最盛期では厳しい暑さをしのぐため、夏は地下で生活し、冬は地上の階に移って生活していたという。そのため、地下にもこのようなモザイクが残っているとのこと。

ほとんどのモザイクはチュニスのバルドー博物館に移されたとのことだが、アンフィトリテの家には、ブラ・レジア一の素晴らしいモザイクが残っているのだ。

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<地下のモザイク>GR DIGITAL

こちらはやはり地下にあるモザイクで、まるで絨毯の模様のようにも見える。2枚目の写真は暗いことを承知の上でリバーサルをストロボなしで撮影した。それでも何とか撮れている。こちらは、デジタルでフラッシュを使用したもの。

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<地上のモザイク>MZ-3/35mm/RVP100

一方、わずかに残った構築物にもモザイクが残されているところがある。そのモザイクの描かれたものから、クジャクの家、狩猟の家、漁業の家などと呼ばれている。しかし、一年中野ざらしでその上を多くの観光客が踏み荒らすことからも、保存状態は地下のものに及ばないことは一目瞭然である。

ブラ・レジアの観光には1時間半ほどを要した。さすがにクルマに戻るとほっとする。暑かったし。

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2009年10月27日 (火)

遺跡とカタツムリ

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<ブラ・レジア遺跡>MZ-3/35mm/RVP100

クルマはブラ・レジアに到着した。ここでいったんドライバーと別れ、遺跡を見て回ることになる。ブラ・レジアは地震によりほとんどの建物が崩壊してしまい、地上に残る遺跡はごくわずかである。だが、ここには地下に眠る美しいモザイクが有名だ。

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<ユリア・メムニアの浴場>MZ-3/50mm/RVP100

入り口から入っていくとまず現れるのが、この浴場跡。カルタゴのアントニヌスの浴場跡と異なり、崩壊している部分もあるが建物の壁がしっかりと残る。内部にはモザイクや文字のあとも確認できる。

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<ローマ劇場>MZ-3/35mm/RVP100

ローマ人がやってきたところには必ずあるのが、劇場なのだ。カルタゴ遺跡の劇場と比べると半分くらいの大きさだろうか。舞台後ろの反響板は崩れ去っていた。以上の二つが現存する主な建築物。

つまりは、ローマ人は風呂と娯楽好きということか。

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<枯れた花>MZ-3/35mm/RVP100

ローマ劇場から次の主だった遺跡までは少し離れている。ブラ・レジアの地図によればアポロン神殿、フォーラムといったところはほとんど崩れ去っていて、基礎となる部分を除けば枯れ草の草原のようであった。

そんな中に、すさまじい乾燥のために立ち枯れてしまったような花を見つけた。天然のドライフラワー。ところどころに見え隠れする白い繭玉のようなものが気になる。

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<カタツムリ>GR DIGITAL

それはまるで冬眠したかのようなカタツムリの大群なのであった。すでに次世代への子作りを終えてこのまま静かに朽ち果てていくのか、それともここに湿度が戻る時に復活するのかよくわからない。

カタツムリの大群が眠るエリアには水場があった。まるで水気のないエリアにはこれらは群生していなかった。それにしてもこのような光景は幻想的でもあった。遺跡を見るよりも貴重な体験をしたといってよい。しかも、カラカラに乾いたチュニジアの遺跡でこうしたものを見るなんて。

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2009年10月24日 (土)

遺跡へGO

チュニス滞在通算4日目。この日は、かねてから手配していたブラ・レジアとドゥッガという遺跡に行く。当然ひとりでは割高となるので、同じ時期にチュニジアを訪れていた「とんびさん」と同行するのだ。

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<ツアー車とドライバー>MZ-3/50mm/RVP100

ツアーを手配したのは、チュニスの旅行社、TRAVEL SUN。ここには日本人が経営しているので、日本語のメールで手配を依頼した。どうしても行きたかったのは、ドゥッガだけだったのだが、自動的にブラ・レジアもセットになって付いてくるのだ。

とんびさんはこの前日深夜にチュニス入りしていて、同じホテルに宿泊している。あらかじめ、手紙を書いておいて、フロントに託していた。だが、心配は杞憂に終わり、その日の朝食の場でミートに成功。これから長いオフが始まる。

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<高速道路>MZ-3/50mm/RVP100

ドライバーはもちろんチュニジア人で、アラビア語とフランス語だけだったらどうしようかと思っていたが、綺麗な英語を話した。時折車窓のガイドも行う。「右は病院、左は墓場」などといって笑わしてくれた。

手配車はトヨタの4WDだったが、途中から高速道に入り、さらには一般道に入っても快適なドライブであった。ちなみに、チュニジアの高速道では最高時速が110km/hに設定されている。

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<ブラ・レジア遺跡>MZ-3/35mm/RVP100

最初にブラ・レジア。昼食を挟んで午後からはドゥッガの観光となる。ツアー料金に入場料とカメラチケット、昼食代が含まれる。

ブラ・レジアはヌミディア王国の首都であり、ローマと近づきカルタゴの領土を徐々に獲得。その後、カエサルに反対の立場を取った王の時代に滅ぼされその後ローマの属州となった。そのために、ここにはローマの遺跡がある。

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<ドゥッガ遺跡>MZ-3/35mm/RVP100

ドゥッガもヌミディア王国の都市のひとつ。ブラ・レジアとともにローマの一部となったが、遺跡の保存状態はかなりよく、世界遺産になっている。遺跡規模はチュニジア随一か。

ともかく、圧倒的な青空で、この日は最も写真を撮った日ではなかったか。丸1日戸外にいたため、日焼けが一段と進んだ。これからしばらくは遺跡シリーズが続きます。おつきあいくださいませ。

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2009年10月20日 (火)

チュニスのローカル食堂

チュニスは旅行者も多く、かなりの数のレストランがあるが、カイロ通りにある2軒のレストランは、値段も安くバックパッカー向けといえるかもしれない。それは、モハメド・アビド・パスタカサとネプチューンという店で、向かい合っている。

どちらにも入ってみたが、自分好みの味はネプチューンのほうだった。どちらかというと、ネプチューンのほうが外国人慣れしているようだし、席もかなりあるし、従業員がてきぱきしていた。

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<炭酸水>GR DIGITAL

チュニジアはイスラム圏とはいえ、国産のビールはあるしワインも作っているが、2軒ともアルコール類は置いていない。ただし、キャラフに入った水道水は提供されるが、敬遠したいところである。ということなので、何か飲み物を頼むことにする。

炭酸入りのミネラルウォーター、ガルシ。日中暑いからか水分摂取にはもってこいである。こういうのは慣れると結構美味い。甘くないのがいい。その後も何度か飲むことになる。

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<カムニーヤ>GR DIGITAL

ネプチューンでは、オーダーが通るとテーブルクロス代わりのざら紙をテーブルに敷き、パンとキャラフを持ってくる。パンはフランス風のバゲットを切ったもので、籠にどっさり入っている。この日は、ショルバを頼んだのでハリサはなし。このスープをパンとともに食べ、メインを待つ。

メインはカムニーヤ。牛肉と牛のレバーのトマトソース煮込みである。レバーの部分はやや癖が強いが、これも美味い。さらにはひよこ豆が入っている。

ネプチューンはバックパッカーには名高いのか、この直後手話を使用する30人くらいのヨーロッパ系の団体が入ってきて、店はあふれかえってしまった。

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<チキン入りピラフ>GR DIGITAL

モハメド・アビド・パスタカサで食べたものもアップしときます。画像で見るからにはそうたいした量ではないと思われがちかもしれないが、どっさりと入ったハリサが辛く、半分も食べられなかった。そして、骨付きの鶏肉。身をはずしにくかったな。

とにかくこの2軒、ハビブ・ブルギバ通りから入ってすぐのところにあります。ネプチューンは特にお勧めしたい。後日食べたものもまた記事にする予定。

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2009年10月17日 (土)

チュニス新市街

チュニスの新市街はメディナに比べるとのっぺりしている。それでもランドマーク的なものはあるのでいくつかを紹介してみようか。

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<時計塔>MZ-3/35mm/RVP100

チュニス新市街の東のはずれにあるのがこの時計塔。周辺はロータリーになっていて、交通量もなかなかのもの。空港からやって来るとここがチュニス市街の始まりとなるような感じだ。ここからチュニスのメインストリート、ハビブ・ブルギバ通りが始まる。

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<国立劇場>MZ-3/20mm/RVP100

ハビブ・ブルギバ通り中程。ちなみに、宿はここの目の前のエル・ハナ・インターナショナルという巨大ホテルでした。ここで厳かなオペラなどが上演されることもあるのだろうが、どういう訳か週末の夜は劇場の前でフリーのコンサートが大音量で催され、こちら側に面した部屋ではうるさくてかなわなかった。

コンサートといっても、DJつきのヒップホップ風のものだったりして、いやホント悩まされたです。

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<カテドラル>MZ-3/20mm/RVP100

ハビブ・ブルギバ通りの西のはずれ。チュニジアにもあるカテドラル。何度か前を通ったものの、堅く門を閉ざしていて、中には入れず。ちょうど前を通っているのはメトロと呼ばれる、路面電車。

メトロは4路線あり、いずれもこんな緑の車体。料金は距離に応じたシステム。結局は乗る機会がなかった。ただ、チュニス滞在中はこのあたりにいたので、何度も見かけたが。

ちなみに、このカテドラルの写真は、アクセントが欲しかったので、メトロが通りかかるまで待ってシャッターを押したものです。

また、ハビブ・ブルギバ通りはこのカテドラルで終わり、中央分離帯のない対面交通のフランス通りと名前を変え、メディナに至る。

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2009年10月15日 (木)

貴金属スーク

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<金銀に見入る>MZ-3/35mm/RVP100

チュニスのメディナの中程にあるのが、貴金属のスーク。遙か昔、NHKのシルクロードでブハラの貴金属を扱う店が紹介されていた。余計な光が入らないように屋根があり、売られているものはほのかな明かりの下で輝いていたことを思い出す。

その後海外に出たが、初めての地がウズベキスタンでもちろんブハラを訪れ貴金属市場も覗いてきた。その通りだった。そして、イスラム地域の貴金属スークはほとんどといっていいほど、暗いところにあった。トルコ、モロッコ、ヨルダン、シリア…そしてチュニジアも。

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<貴金属店>MZ-3/35mm/RVP100

ムスリムは蓄財に貴金属を購入しそれを身につける。中国人もその傾向が強い。貴金属スークの中は、明かりが消されているものの、店のショーウィンドウは例外なく強い光で照らし出され、それが金銀や宝石に反射されて光り輝いている。

写真ではそれほどに感じられないだろうが、ISO100のリバーサルフィルムで、ストロボを使用せずに手持ちで楽々撮れてしまうほどだから、かなりのまばゆさなのではないだろうか。

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<貴金属スーク>GR1s/28mm/Neopan Acros

試しに、やはりISO100のモノクロームでも撮ってみた。使用カメラのRicho GR1sは、絞り開放でもF2.8なので、相当にきついはずだが、しっかりと写っていた。

日本人が相当数海外旅行に行っていた時代、もしくはバブル期にはしつこく「買わないか」と声がかかったと思うが、今や通りすがりの金のなさそうな日本人(わたしのことです)相手にはまったく声がかからなかった。同じことは絨毯屋にもいえるだろうなあ。

とりあえず、この日のスーク探検は終了。

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2009年10月12日 (月)

ミナレットと首相官邸

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<ミナレット>MZ-3/20mm/RVP100

チュニスのメディナ探検はさらに続く。メディナのところどころにはスークがあり、それぞれが同じカテゴリーのものを販売している。トルコ帽のスーク付近からもと来た道をふりかえると、モスクのミナレットが見えた。

グラン・モスクからまっすぐ歩いてきたつもりだったが、やや方向がずれているらしい。グラン・モスクのミナレットはモロッコのミナレットと同様、四角柱型である。だが、これは八角形。どうやら別のモスクらしい。

モスクのミナレットは地域によって形も様々。トルコではロケットを思わせる尖塔となるし、モロッコでは四角柱型が当たり前。唯一円柱型のミナレットは、ムーレイ・イドリスにあるものだけだという。

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<首相官邸とカスバ広場>MZ-3/20mm/RVP100

結局メディナを突っ切る形でカスバ広場まで出てきてしまった。このあたりは、メディナのはずれで、交通量も多い。ここには、首相官邸がある。白い瀟洒な建物がそれで、比較的警備は緩いものの、しっかりと門は閉ざされていた。

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<カスバ・モスク>MZ-3/20mm/RVP100

カスバ広場には四角柱型のミナレットがあった。砂岩作りだと思うが、チュニジアではミナレットに彩色されているものが多いようだ。

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<シディ・ユセフ・モスク>MZ-3/35mm/RVP100

首相官邸の裏にはこんなモスクが。こちらは八角形のミナレットである。やはりメディナにはモスクが多い。

さらに、メディナ探検は続く。

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2009年10月11日 (日)

メディナの奥へ

メディナの奥へとやってきた。チュニスのメディナは入り口がいささか狭く、奥へと続くメインストリートは大混雑である。

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<メインストリート>MZ-3/35mm/RVP100

マグレブのメディナはモロッコでも見てきたが、雰囲気が近いのはやはりフェズのメディナだろうか。道が狭く、人であふれるメディナだが、フェズほど規模が大きくなく、道が比較的単純だ。迷う楽しさはない。

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<グラン・モスク>GR1s/28mm/Neopan Acros

狭い道を通り抜け、たどり着いたところは、グラン・モスク。ここは、ケロアンのグラン・モスクに続き2番目に古いチュニジアのモスクである。「オリーブの木のモスク」という別名を持つが、この時間帯は入ることができなかった。

チュニジアではモロッコと違い、モスクも外国人に料金を取って見せるのだが、また後日訪れることにする。このあたりでは、テラスに上がってグラン・モスクを見渡せるという土産屋の誘いがかなりある。もちろん何も買わなくてよいのだが、チップよこせ攻勢にあなたは耐えられるかどうか。さて、どちらに行こうか。

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<子供のマネキン>GR1s/28mm/Neopan Acros

グラン・モスクの近くで可愛いマネキンを見つけた。しかし、腕や足はない。頭のところから鎖でつり下げられているのがチュニジアのマネキンの特徴か。

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<横から見ると>MZ-3/35mm/RVP100

横に回り込むとこんな感じ。腕や足がないばかりか、後ろ半分もなく、ここでは2体を合わせてディスプレイしている。

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<店頭>MZ-3/35mm/RVP100

それにしても、ボウタイにしゃれたベスト。子供服とはいえ、豪華だ。もちろんこんなチュニジアの子供は日常的にいるわけもなく、これは一生に一度着るハレの日用の服なのだ。つまり、割礼を行う時に着る服。

イスラム世界では男児に割礼が行われていて、時折豪華な衣装を着た子供たちに出会うことがある。割礼式である。痛いとは思うが、一生に一度の大行事。ムスリムにはなくてはならない大事なことなんでしょうね。

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2009年10月 9日 (金)

チュニスのメディナへ

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<フランス門>MZ-3/20mm/RVP100

再びチュニスにやってきた。宿に荷物を置くとチュニスのメディナに出かける。この旅では2つ目の世界遺産である。宿の前のハビブ・ブルギバ通りを西にまっすぐ歩くとやがてメディナへとたどり着く。ハビブ・ブルギバ通りはメディナ直前でフランス通りと名前を変えるが、メディナの前にでんと構えるのがこのフランス門。まるでメディナの守り神のようだ。

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<水に憩う>MZ-3/35mm/RVP100

フランス門の裏側には水の吹き出るところがあった。噴水ともいえなくはないが、暑いためか人々は喜んで水に手を差し出している。

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<気持ちいいぞ>MZ-3/35mm/RVP100

こちらも、カメラが濡れないように気をつけて写真を撮る。時折水しぶきが身体にあたるものの、一服の清涼剤のようだった。

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<水の心地よさ>MZ-3/35mm/RVP100

大人も子供も喜んで水に手をさしのべている。やはりチュニジア人といえども暑いんだろうなあ。

この時期の地中海沿岸はやはり暑い。チュニスも相当な暑さで、このような計らいはありがたいと思った。だが、この暑さはまだ序の口でチュニスより南に行くとそれ以上の暑さが待っていたのだ。それはまたあとで。

さあ、メディナ探検へ。

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2009年10月 4日 (日)

アイン・ドラハムの憂鬱

タバルカ滞在中、隣町のアイン・ドラハムに行ってみた。隣町とはいえ、バスで1時間近くかかる。タバルカが海に面したリゾートタウンの趣があるのに対して、アイン・ドラハムはクルミリ山地の中にある静かな村である。意味は、「銀の泉」だそうだ。

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<分岐点>MZ-3/35mm/RVP100

タバルカでバスに乗ると、隣に座った男性はアルジェリア人だといって、パスポートを見せてくれた。日本からは渡航自粛勧告が出ているアルジェリアだが、リビアとともにチュニジアでツアーに参加すれば、一部を見てくることができるそうだ。とはいえ、この男性は出稼ぎか何からしく、途中の村で降りていった。

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<アイン・ドラハムのメインストリート>MZ-3/35mm/RVP100

アイン・ドラハムは本当に小さな村で、メインストリートを往復するだけであとはすることがなかった。そんなところでも、ところどころにカフェがあり、男ばかりがコーヒーなどをすすりつつ、ゲームや無駄話に興じているという、「深夜特急」にでも出てきそうなシーンが目に付く。

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<クルミリ山地>MZ-3/35mm/RVP100

「どこから来たの?シノワ?」と、カフェの男性から声をかけられる。日本からだというと、自分はチュニジア人だが東洋系の顔をしているので中国人といわれることがあるのだと答える。でも、そこまでで、カフェの中までは入っていけない。これが旅の最初の頃だからだろうか。写真でも撮らせてもらえばよかったのだが、やはり旅の最初の頃はぎこちなさが浮き立ってしまう。

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<八百屋の店頭>MZ-3/35mm/RVP100

山の中だというのに、豊かな産物ということがわかる。何かが起こりそうで起こってくれない。そんなジレンマを抱きつつ、アイン・ドラハムをあとにする。

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<モスク>MZ-3/35mm/RVP100

冒頭にも書きましたが、アイン・ドラハムはタバルカからバスで約45分。また、チュニスなどから直行するバスもあるようです。観光的にはほとんど何もなく、暇を持て余しそうですが、夏は避暑、秋からは狩猟シーズンとなるようで、もしかしたら外国人向けにイノシシ料理を食べさせるレストランもあるかも。ジビエということですが、ムスリムはイノシシは食べられません。

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2009年10月 2日 (金)

俺たちを撮ってくれないか

夕食に出たところで、夕日に映えた黄色いドアが目に付いた。フィルムは有り余るほどあるので、撮っておく。どうやら、ここはホテルのドアだ。

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<黄色いドア>MZ-3/50mm/RVP100

マグレブのドアはシンプルながらもいろいろなデザインが施されていて、見てみて飽きない。シディ・ブ・サイドのドアが青なら、タバルカは黄色か。ドアの色も地域ごとに比較的統一感が取れているのも、マグレブならではである。

その時いきなり、「やあ、どこから来たんだ?いい写真は撮れたか?俺たちも撮ってくれないか?」という声がかかる。振り向くとこの宿に泊まっているのか男性の三人組がいた。チュニジアに来てから人物写真というものをほとんど撮っていなかったので、喜んで撮させてもらう。

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<チュニジア人男性>MZ-3/50mm/RVP100

やあ、盛り上がってますね。しかも、アルコールではなくてコーラで。満面の笑顔で出迎えてくれるチュニジア人男性三人組であった。それにしても、年齢構成はばらばらだなあ。共通点のなさそうな組み合わせで、結構意外にもこの日知り合ったばかりだったりして。いちお、暗かったので、内蔵フラッシュを使いました。ドアの写真はノーフラッシュで手持ちです。ちなみに、今回は外付けストロボは持って行っていません。

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<デジタルヴァージョン>GR DIGITAL

そのまま立ち去るのは惜しいので、もう1枚ということで、GRDにて撮ってみました。もちろんモニターを見せると大喜び。単純に喜んでもらえてこちらも嬉しいです。とにかく、チュニジア人はかなりフレンドリーですね。

アラブ圏では比較的写真に抵抗のある人も多い。それがマグレブではやや緩くなるようです。とはいえ、モロッコではフレンドリーであっても撮影料を要求する人もいたり、スークなどでものを買えば満面の笑みだったりというケースも。チュニジアでは撮ってもらいたいと感じる場合はたいてい許してくれましたね。人物写真もぼちぼち入れていきます。

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