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2010年9月29日 (水)

トランスジョグジャでプランバナンへ

ジョグジャカルタに到着した翌日。実質こちらの初日である。ジョグジャカルタからは近郊に当たる世界遺産、プランバナン遺跡に行くことに決めていた。宿の親父に行き方をきいてみたら、「トランスジョグジャに乗っていけばよい」とのこと。幸いバス停が近くにあり、こりゃ楽勝だわいと思っていたが、そうは問屋が卸さなかった。

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<トランスジョグジャ専用乗り場>K-7/Sigma20

ジャカルタには、専用バスレーンを走るトランスジャカルタがあると書いたのだが、覚えておられるだろうか。ジャカルタよりも規模の小さいジョグジャカルタにも同じようなシステムの交通機関が存在するのであった。

料金は1回3,000ルピア。専用の乗り場でチケットを購入し、改札を通って乗り込むバスである。専用の乗り場は、地面からかなり高い位置に作られ、バスのドアもその位置に合うように設定されているため、この乗り場以外のところからは乗り込むことが困難である。

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<トランスジョグジャの車内>GR DIGITAL

大きさはジャカルタのものより若干こぶりになるようだが、車内の作りもほぼ同じ。3,000ルピア払い、一応乗り場で「このバスはプランバナンに行くよね?」と確認したつもりで安心しきっていた。座席にも座れたし、あとは終着まで乗っていれば問題ないだろうなと。

しかし、甘かったのである。乗り込んだバスは、40分ほど走り、とあるバスターミナルに到着した。降りて、プランバナン方面へ歩き出そうとした時、「ボロブドゥールに行くバスはこっちだ」と案内人が現れる。

これゃ変だなと思い、いかにも観光客風の英語を話す男性を捕まえきいてみたが、「オレはボロブドゥールに行く」とのたまう。先ほどの乗り場に引き返し、プランバナンまでの行き方を尋ねる。結局はここから、別の路線でまた別のターミナルへ。そこから別の路線で途中乗り換え。このバスの女性の乗務員が英語が話せたので、どこで降りて何番のバスに乗るか親切に教えてもらえた。最後の乗り換えでようやく人心地付く。

結局、バス4本を乗り継ぎ、約2時間かかって、プランバナンの最寄りへ到着した。払った料金は3,000ルピアのみだが。

最初のバスはジョグジャカルタ市内を延々と走り、ぐるっと回って駅近くのバスターミナルに到着した模様。ジョグジャカルタは意外に広いところで、泊まっていた宿が駅から離れたプラウィロタマン地区にあった。トランスジョグジャに関してはガイドブックに路線の表示がなく、乗りこなすには路線図が必要だろう。

一応、プランバナンに行く路線は、その手前でジョグジャカルタの空港近くにも立ち寄るのだが。見知らぬ土地に着いたら、とりあえずバスに乗ってみて、終着まで乗り通しまた引き返して来るという、若い頃の沢木耕太郎のようなことをやってしまった。まあ、時間はかかったものの、それほどのロスとはならず、プランバナンの観光も滞りなく行えたのだが。

情報として、ジョグジャカルタまで来ると、町を流すタクシーの数はかなり少なくなります。また、そのタクシーもメーターがなく交渉するタイプ。広い町ながら、市内の移動は不便。

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2010年9月26日 (日)

ジョグジャカルタへはビジネスで

バンドゥンから次の目的地ジョグジャカルタまではやはり鉄道を利用する。8:00発のロダヤ・パギという名前の列車である。今回は、エクセクティフではなくビジネスの利用となる。エクセクティフが満席だったのである。

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<ロダヤ・パギ号>K-7/FA35

約8時間の予定で、ジャカルタから乗ったパラヒャガン号の3倍以上時間がかかるためか、2等に当たるビジネスでも130,000ルピアの料金設定である。では、エクセクティフとビジネスの違いを見せてもらおうじゃないか。

バンドゥンのホームは短めなのか、自分の乗るビジネスクラスの車両はホームの途切れたところに停車していた。スーツケースを担ぎ上げるようにしてよっこらしょと列車に乗り込む。

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<車内>GR DIGITAL

一応名前はビジネスクラスだが、画像を見てもらってもわかるとおり、ノンエアコン。扇風機が回るのだ。それでも走っている間は風が入るのでさほど不快でもなかった。

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<座席>GR DIGITAL

二人掛けの座席が通路を挟み並ぶ。エクセクティフのモケット張りシートではなく、ビニール製。そして、これは背もたれを倒し、向かい合わせにもできる。クッションも適度に効いていて、自分としてはこれでも十分。それでも物足りない人には、座布団をオーダーできる。

タイの鉄道と比較してだが、こちらの方に軍配を上げたい。もっとも自分の乗ったタイの鉄道は、アユタヤ-バンコク、バンコク-ナコーン・パトム、トンブリー-カンチャナブリーくらいしかないけど。あちらの、中級以下の座席はせいぜいビニール張りくらいで、中には木製シートというのもある。そして、かなり人が乗り込み、扇風機と窓からの風も遮られることが多い。

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<検札>K-7/FA35

列車は数分遅れで走り出した。やがて検札。空席がまだあり、指定券を持たない客が一時的に利用していたりする。こうした列車に、座席指定なしで乗ることができるのかよくわからないが、可能なんだろう。

列車のサービスはパラヒャガン号と同じく、座席で飲み物と食べ物を注文できる。

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<物売り>GR DIGITAL

それ以外に、途中の停車駅では物売りが乗り込んでくる。こちらの方がバリエーションが多いので重宝すると思う。おそらく、エクセクティフでは進入禁止だと思われる。従って、安い料金ではあるものの、現地の食を楽しめるというオプションが付いたようなものだ。

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<タフ・ゴレン>GR DIGITAL

そんな物売りから、昼食代わりにタフ・ゴレンを購入する。10個入りで唐辛子も付いている。これで、2,000ルピア。きちんとパックされ、衛生的だなと思った。これで、なんとか凌いだ。

この路線の大半の部分は単線で、途中のチルボン方面からの接続駅では比較的多めの乗り換え客があったものの、大半はジョグジャカルタまで行く。駅にはホテル紹介所がある。これが、改札の中にあり、一度外に出てしまったのだが、たずねるとまた入ることができ、ジョグジャカルタとボロブドゥールの宿を予約することができた。

いよいよ、旅もクライマックスを迎えつつある。

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2010年9月23日 (木)

観光に不向きなバンドゥン

バンドゥンには2日滞在した。宿に到着して2泊でお願いしたのだが、結果的には失敗であった。言い訳をするが、体調が今ひとつであったのだ。そのため、バンドゥンからチルボンへと向かうルートも変更し、バンドゥンに腰を落ち着けることにした。

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<第1回アジア・アフリカ会議場博物館>K-7/Sigma20

バンドゥンは1955年に第1回アジア・アフリカ会議(バンドゥン会議)が開かれたところで、アジアとアフリカの29ヶ国が参加し、平和十原則が定められたところである。参加者の顔ぶれも、スカルノ、ナセル、周恩来といったところが、有名どころ。

ここで、第2回以降のアジア・アフリカ会議が継続されるはずであったが、結局開催されることはなく、1961年初開催の非同盟諸国首脳会議(これは現在も開催されている)にその精神が引き継がれたともいわれる。

第1回アジア・アフリカ会議場は現在博物館となり、一般に公開されている。バンドゥン到着初日にここに行ってみたが、すでに開館時間を過ぎていて、翌日覗いてみた。夕刻の博物館前ではなぜか、デジタル一眼レフを持った学生風の男性たちが女性を撮影していた。日本を含むアジアでもあまり見られない光景だが、ここバンドゥンは大学都市でもあり、そこの写真科の学生なんだろうか。アジアではラオスのヴィエンチャンのパトゥーサイの前でカメラを構えた連中がいて、よく女性に声をかけて写真を撮ってはいるが、彼らは学生には見えず年齢層が高い。また、やはりインドネシアでもバンドゥンの会議場は名だたるところらしく、観光客が記念撮影をしている光景をよく見かける。

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<博物館内部のジオラマ>K-7/DA15

博物館ではあるが、入場料はなし。誰でも入ることができる。ただし、写真撮影は特定の場所に限られ、結構うるさい。特に写真の規制については断り書きがないので、注意が必要だ。撮影してよい場所は、スカルノが演説をしているように見えるジオラマの会議風景と、実際に使われた会議場のホールだけである。解説にあった周恩来やナセルを写真に納めようとフラッシュを使ったら、係員が飛んできた。まあ、画像を消せということはなかったが。

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<モスク>K-7/Sigma20

んで、バンドゥンで観光らしいことをやろうと思ったら、この会議場に行ったらもうそれで終わり。あとは何もない。一応、郊外に行けば火山と温泉があることになっているが、ここに個人で行くことは難しく、宿でアレンジしてもらうか、旅行会社でツアーをブッキングするしか手はない。

そのどちらの手段も取らなかった。旅行会社がなかったことと、宿では欧米人ばかりで同行しても話し相手にもならないような闖入者になってしまう可能性があったからである。結局休養に努めることにし、せいぜい会議場近くにあるモスクに出向くくらいで2日間を過ごすことになった。

インドネシアのモスクは異教徒が入り込む余地がない。ジャカルタでも最大のイスティクラル・モスクに行ってみたが、外観のみでかいま見ることもできなかった。戒律がゆるゆるなインドネシアだが、外国人にとってモスクの壁は高い。

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<屋台>K-7/Sigma20

モスクの敷地内には入ることができた。そこは、かなりの数の屋台がでていて、かなりにぎやかだった。デジタルでもこんな風に色鮮やかな写真が撮れ、満足しないまでも課題は果たしたかなと思った。一応、この画像はシルキーパックで彩度を少し上げていますが、オリジナルでも色はでている。

やることの少なかったバンドゥンではあったものの、これがよかったのか、体調は回復した。次に向かうのは古都ジョグジャカルタである。

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2010年9月20日 (月)

ずらりと並んだパダン料理

バンドゥンでたまたまパダン料理の店を見つけ、入ってみることにしました。パダン料理とは、スマトラ島パダンが発祥の料理で、客にすべての料理を出します。注文はいっさいなし。客は食べたものだけ支払います。つまりは料理名ではなく、スタイルなのだ。…と、言うことは知識として知ってはいたものの。実際どんなんでしょう。

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<並んだパダン料理>GR DIGITAL

店にはいると、店主がやってきて飲み物の注文をたずねる。甘いお茶、エス・テ・マニスをオーダー。あとはなされるまま。はじめに、お湯の入ったボウルとご飯が運ばれ、次々に料理が並ぶ。合計7品。その内訳はというと。

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<魚のサンバル詰め>GR DIGITAL

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<アヤム・ゴレン>GR DIGITAL

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<小エビのサンバル炒めと卵焼き>GR DIGITAL

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<イカのカレー味の煮物>GR DIGITAL

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<謎の肉>GR DIGITAL

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<肉のカレー煮>GR DIGITAL

以上でした。

これをすべて食べたかというと、答えはノーです。とてもじゃないが、量が多すぎて食べきれないし、不経済なので、写真だけ撮らせてもらうことにしました。

もっぱら食べたのは、小エビのサンバル炒めとイカのカレー煮。エビは結構辛いものの、サンバルの辛さはタイの唐辛子と違い後を引かない。あとで腹に来ることもなく美味しくいただけました。イカは、かなり煮込んであり、日本人としてはやや硬い感じだったものの、カレー風味が効いていて、こちらも美味しくいただけました。ただ、スプーンとフォークで硬めのイカを解体するのはかなり難しかった。

この店はパダン料理店ではありますが、やってくる客はクルマで通りがかりのテイクアウトをしたり、テーブルに着いたとしても、少人数でご飯の上にあれこれと注文をし、その人流のナシチャンプルを作ってもらうというのがほとんどでした。やはり不経済だからねえ。

ところで料金は2品とご飯、お茶で49,000ルピア。全部に手をつけていたら、10万ルピア超えてたはず。結構するものです。一応、ここでの教訓を生かし、このあとパダン料理にはチャレンジしなかったのであった。数名で行くとお手ごろ価格の料理となるはずです。

ちなみに、バリ島ではあまり見かけませんが、ジャワではどこに行ってもこの手の店があります。

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2010年9月18日 (土)

バンドゥンの昼下がり

バンドゥンに到着。宿の予約がなかったものの、駅にはホテル予約所があるはずなので、あまり心配はしていなかったのだが、「タクシー」と称する客引きにまとわりつかれとうとう予約所にたどり着けなかった。でもあったんですよね。

結局は駅から近くの典型的なバックパッカー宿に投宿した。とりあえずは荷物を適当に整理して町歩きである。

ところで、バンドゥンの駅は町を二分する形で横たわっている。駅の出口は北と南にあるが、貫通路がなく大きく迂回しなくてはならない。地下通路くらいあるといいのに。ぶつくさ文句を言いつつ駅の反対側へ。もうすぐ週末なのである程度まとまったルピアが欲しいこともあり、両替所か銀行を探していた。また、バンドゥンは観光地ではないものの、郊外に出ると温泉や火山があるのでそちらに行くようなツアーを扱う旅行会社も探していた。いずれもこれは見つけられず、苦しい滞在を強いられることとなるのだが(銀行はあったものの外貨両替を扱っていなかった)。

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<昼寝中>K-7/Sigma20

ぐるっと回り込み、鉄路をまたぐ橋を越える。バンドゥンはジャカルタよりも暑い。休憩中のベチャの運ちゃんは見事に寝入っていた。

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<ウォールペイント>K-7/Sigma20

駅の南口へ。壁には子供が描いたと思われる鉄道の絵が。インドネシアとはいえ、もうすでに蒸気機関車は走っていないだろうが。こんなペイントがこの一帯は続く。南口はただ駅の改札と切符売り場があるだけのところで、周囲は閑散としている。とはいえ、パンドゥンの中心はこちらサイドなのだが。

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<トラックのペイント>K-7/Sigma20

その傍らが安食堂街で、こんなトラックも止まっていた。運ちゃんは食事中のようである。手書きのスプレーペイントらしいが、日本のトラック野郎、パキスタンの超ごてごて装飾とまでは行かないアマチュア版みたいな感じ。

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<静態保存の機関車>K-7/Sigma20

唯一、鉄道らしいものは、駅南口前にあった機関車の展示。しかし、こんなやつでジャカルタとバンドゥンを結んでいたかどうか。どちらかというと軽便鉄道用の機関車にも見えてしまう。とにかく小さい。

ジャカルタはからっとした天気ではなかった。バンドゥンまで来ると晴れてきた。ここまで来てようやく、K-7で撮った写真に色が付いてきたようにも思う。

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2010年9月14日 (火)

気分はエグゼクティブ…なのか?

旅に出て4日目。この日はジャカルタからバンドゥンに移動する。移動手段は鉄道。チケットは前日のうちに取っておいた。インドネシアの鉄道予約には専用の用紙に必要事項を記入することになっている。そして、窓口は当日用と翌日以降用に分かれているので、ちょっと面倒だ。仕方ないので、英語が通じそうな鉄道のオフィスに出向き、ちょっくら手伝ってもらった。何を記入するのかのアシストである。それが終わり、ここで発券してもらえるかと思ったが、やはり混雑する窓口に向かうのであった。

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<ガンビル駅>K-7/FA35

列車は、9:15発のパラヒャガン号。1等に相当するエグゼクティブクラスである。いや、インドネシア語でエクセクティフクラス。列車の発着するガンビル駅は、自分の最寄り駅のように4番線までしかない。しかし、下り線の2線にはひっきりなしに列車が発着していく。それにしても、ホームには目的地や列車名の表示がいっさいなく、どの列車に乗ってよいのかわからない。しょうがないので、インドネシア版赤帽のような人物を捕まえ、チケットを見せてどちらのホームに止まるのか、どのあたりが自分の乗車口なのかを数回確かめた。

ちなみに上の画像は同タイプの列車ながら別の目的地に行くもの。パラヒャガン号は時間ぎりぎりくらいに到着し、ようやく乗り込むことができた。

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<車内>K-7/FA35

腐ってもエクセクティフ。わずか65,000ルピアだとしても、陸路移動で考えられる最も贅沢な手段である。シートは通路を挟んで2席ずつ並ぶ。モケット張りの日本にもよくあるタイプの座席だ。すべて進行方向を向いていて、背もたれを倒すことで向きも変えられるようである。

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<コンセント>GR DIGITAL

背もたれには網が張られ、ここにものが入れられる。そして、隣に座った男性がひっきりなしに電話をかけていて、やがて電池がなくなったかと思うと、窓側にあるコンセントにアダプターを差し込んで話し出した。それにしても、コンセントがあるという列車は初めてである。日本の個室寝台などにもあるんだろうか。

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<検札>K-7/FA35

パラヒャガン号はやはりというか、遅れての発車。ジャカルタ市内は高架になっているものの、過密ダイヤのせいか、のろのろ運転である。この路線、ボゴールなどへの近郊電車も走るので、やはりそうなる。複線にはなっているが、仕方ないのか。やがて一つ目の駅に停車し、検札が始まる。

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<途中の車窓>K-7/FA35

車窓はかなり楽しめた。途中の高原地帯で山腹を回り込みながらの雄大な風景が楽しめる。ところで、エクセクティフクラスは食事付きだと聞いたが、ここではオーダーして初めて食事ができるというシステムである。まあ、3時間程度の短距離であることと、65,000ルピアの料金では食事は出ないだろうなあ。

途中から、工事でもやっているのか、停車する頻度が高くなった。車内は最初快適に感じたエアコンであったが、寒気がしてくるほど効いてきた。インドネシア人は用意がいいことに分厚い上着を着込んでいる。日本の常識からすると真冬に着込むようなジャケットやジャンパーである。

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<バンドゥン駅到着>K-7/FA35

パラヒャガン号は15分程度の遅れでバンドゥン到着。外に出て生き返った。

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2010年9月11日 (土)

サテ・カス・スナヤンの鶏皮サテ

インドネシアの食べ物レポート連発です。

インドネシアの代表的な肉料理といえば、サテ。肉を串に刺して焼いたものの総称で、ピーナッツソースをつけて食べます。肉は、鶏、羊(または山羊)、牛と種類も豊富ですが、大多数がムスリムのジャワ島では豚だけはありません。その中でも、もっとも食べられているのが鶏肉のサテ。これはやや甘いことが気にならなければ、焼き鳥そのもので、ビールのつまみにはぴったりです。

この日の夕食はさんざん考えたあげく、サテ専門店、サテ・カス・スナヤンに出かけました。もちろんお目当てはサテでビンタンを一杯やろうという魂胆です。この店は、やはりチェーン店でジャカルタには数軒ある模様。ついてみると東京のこじゃれた店並みのインテリアで、若い店員がきびきびと動き回っています。ただし、ビンタンは売り切れで、その他のビールもなくやむなくコーラをオーダーしました。

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<やむなくコカコーラ・ゼロ>GR DIGITAL

頼んだものは、ナシ・ウドゥと鶏皮のサテ。鶏の皮(クリッ)があるなんて、ますます期待度高し。

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<ナシ・ウドゥ>GR DIGITAL

ココナッツミルクで炊いたご飯。これに、奥から、アヤム・ゴレン、タフ・ゴレン、テンペ・ゴレン、サテが付きます。解説の必要はなさそうですが、「ゴレン」というのが、炒めるという調理法。アヤムが鶏肉。タフというのは豆腐です。なので、厚揚げと同じものと考えていいです。味も、そのまんま。テンペは発酵させた豆を固めたもの。そう、納豆と似ています。納豆ほどは粘りけもないし、そんなに柔らかくもない。でも、口に入れると紛れもなく納豆という感じがします。これにサテが3本付いてきたのは、意外でしたが、メニューを見て、タフ・ゴレンやテンペも試してみたかったので、これで正解です。ご飯もふっくらしていて美味かった。

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<鶏皮のサテ>GR DIGITAL

本日のお待ちかね。鶏皮のサテです。豪快にサテが10本。ナシ・ウドゥの3本をあわせると13本ものサテを堪能できました。鶏皮といっても、十分に肉も付いているし、コラーゲンたっぷりの皮も味わえます。そして、嬉しいのは熱々の鉄板とともに、これが現れたこと。まだジュウジュウいっていていや、実に美味かった。

ただ、残念だったのは「ビールが飲めなかったこと」と言っておこう。

単品の値段はメモしてこなかったです。トータル83,600ルピア。ちなみに、ここ、クレジットカードも利用可能。でも、この値段なのでそんな必要もなさそうですが。

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2010年9月 7日 (火)

スハルティのアヤム・バカール

観光初日の夕食でようやくインドネシアらしい料理を口にすることができました。インドネシアはこの時期乾季とのことですが、出発前に気にかけていた軽いスコールが夕方降るというのがジャカルタの気候なのでしょうか。傘をさしてのお出かけなので、宿の近くにある「スハルティ」というファミレス風の店へ。

入ってみるとかなり広い作りで、客足はまだ少ない感じ。清潔なテーブルにはすでに、紙ナプキンに包まれたスプーンとフォークが容器に大量に入れられています。ファミレスというよりは高級大衆食堂みたいな感じです。

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<まずはビンタン>GR DIGITAL

イスラム圏ではあるが、ちゃんと国産のビール。「星」という名のビールで、どちらかというとライトなテイスト。モルツやヱビス、ビアラオの対極にあるビールです。上の画像では泡が立っているのですが、この泡もすぐに消えてなくなるし、しつこくないのですぐに2本目が欲しくなる味でしょうか。すいすい飲めるってやつです。

また、軽い味わいなので、最初から氷を入れて飲むということはほとんどないです。ちなみに、このくらいの店になると、空のグラスは冷蔵庫で冷やしてあるので、最初の一杯が美味しく感じられます。

インドネシアにはバリ島のバリハイなどもありますが、まあビンタンがビールの定番でしょう。とはいえ、飲んでいるのはほとんどが外国人なのではないかと想像しますが。

あと、画像におしぼりが見えますが、そのしたの金属のボウルには水が入っています。インドネシアでも、右手にスプーン、左手にフォークという食事の作法なのですが、中には手を使って食事する人も多いので、そのための配慮でしょう。おしぼり+水入りの金属ボウルというのが、比較的ステイタスの高い店のサービスと断言してもかまわないでしょう。

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<本日の夕飯>GR DIGITAL

頼んだものは、アヤム・バカール(ハーフサイズ)とナシ・ソト・アヤム。アヤムというのは、鶏肉のこと。なぜか鶏肉シリーズとなりましたが、この店はアヤム・ゴレン、鶏肉の素揚げが売りなので、究極の選択なのかも。

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<ソト・アヤム>GR DIGITAL

ナシ・ソト・アヤムとはご飯と鶏肉のスープ。スープはウコンで黄色く染まっていて、鶏肉と野菜の他に麺のようなものも入っていました。これにご飯が添えられているのは、ご飯とスープだけでシンプルな食事をするという人たちもいるからでしょう。

また、スープには、ご飯ではなくご飯を練り固めたロントンというものを添えることもあるようです。

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<アヤム・バカール>GR DIGITAL

アヤム・ゴレンが売りの店なので、そちらを頼めばいいのでしょうが、鶏肉を焼いたものを頼みました。わずかにたれがかかっていて、それとともに直火で焼いたもののようです。これは小骨がかなり多いものの、スプーンやフォークだけですっと切れるくらい柔らかく、たれの味が染みていて美味かった。

初日の成果は上々。ちなみに、このスハルティ、チェーン店のようで、ジャカルタには数軒あるようです。ナシ・ソト・アヤム17,000ルピア、アヤム・バカール35,000ルピア、ビンタン大25,000ルピア。トータルしてみれば、安いのですが、インドネシアでは料理に比べて飲み物の値段が、特にビールは高めのような感じです。

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2010年9月 5日 (日)

バジャイという名の三輪タクシー

インドネシアという国は、アジアで第三位の人口を抱え、首都ジャカルタも人口1000万人に手が届くかという勢いなのだが、社会的なインフラが整備されていない。それは交通網でも同様で、ジャカルタだけでなくどの都市に行っても地下鉄がないのである。

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<トランスジャカルタ乗車口>K-7/Sigma20

その代わりに走っているのが、トランスジャカルタというバスウェイで、均一3,500ルピアという料金。専用のバス停のみに停車し、専用のレーンを走ることになっている。また、一定の客数しか乗せないので渋滞知らず、快適な利用ができるとのことだが、慢性的な渋滞を繰り返すジャカルタの交通事情は、隙間さえあれば歩道でも平気でバイクが走行するという状況なので、専用レーンもほどほどに守られているといったところだろうか。また、トランスジャカルタの定員も、つり革があるところから察すると、かなりの人数を乗せるということだ。実際1回だけ利用したのだが、始発ではシート数の人数であとは次というさばき方をされるものの、途中のバス停からはつり革の人数分くらいは乗せるのである。このあたりの判断は乗り込んでいる車掌のような乗務員の勘のようなものなんだろう。

しかし、トランスジャカルタの路線は限られていて、あとは市内バスとタクシー、自前のバイク(バイクタクシーもある)というのが、市民の足である。そんな中で目を引くのが、バジャイという三輪タクシーである。自分のような交通オタクになるとその姿はどうしても引きつけられてしまう。

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<バジャイ>K-7/DA15

典型的なオート三輪の改造車。タイではトゥクトゥク、インドではオートリクシャーというのがその名称である。バジャイとの違いは後部のタイヤが非常に小さく、その部分にエンジンがあるようで、後部の客席が斜めに持ち上がっているように見える。また、後部にもドアがあり、乗り降りがめんどくさそう。トゥクトゥクやオートリクシャーに比べると客席の快適性は劣ると思う。それに頼りなさそうなタイヤ。見ている分にはいいが、乗りたくないなと感じた。

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<ショートタイプ?>K-7/Sigma20

その翌日、比較的新しいタイプと思われるバジャイを見つけた。後部座席が持ち上がっていない。後部のタイヤ径は同じようだが、エンジンがフラットに置かれているのだろうか。とにかく、このバジャイは料金交渉が必要。ジャカルタというのは特に観光に特化した都市ではないので、あまり乗る必要性もないようだ。

町を流しているタクシーの料金はメーターを使い、それも比較的安いので、バンコクと同じように必要ならばタクシーとなるのが、一般的なツーリストなんだろう。今回バジャイには乗らなかったが、バンコクのトゥクトゥクと同じように次の機会があれば乗ってもいいかも知れない。でも、バジャイはジャカルタ以外では見ることがなかった。バジャイに乗る日はいったいいつになることだろうか。

【お詫び】旅先でのジャカルタ通信のコメントでバジャイをベチャと紹介してしまいました。ベチャというのはマレーシアでトライショーと呼ばれるものと同じタイプの三輪自転車タクシーです。バジャイはインドの二輪メーカーで、三輪自動車の製造、オートリクシャー用エンジンの製造もしていたようです。アジアを中心に販売網を持つそうで、ジャカルタの三輪タクシーはこう呼ばれるようになったようです。

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2010年9月 3日 (金)

カフェ・バタビア

旧バタビア地区は、歴史的建造物が建ち並ぶと書きましたが、その中のひとつにカフェ・バタビアがあります。

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<カフェ・バタビア>K-7/Sigma20

入口には1800年代に建てられた建造物を改築してカフェにしたとあります。実は、到着初日にもかかわらず体調を崩していたのですね。ファタヒラ広場の博物館に入り、トイレを探したのですが、見つからずここで一休みすることにしました。

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<アイスレモンティ>GR DIGITAL

トイレに行きすっきりして席に戻ると、頼んだものが届いていました。しかし、この画像は失敗。お茶の部分とレモンの部分が見事に分離したシロモノです。外装が19世紀の造りであまりぱっとしないものの、空調はいい感じで効いています。もちろん、トイレもきれいで日本と遜色ありません。いや、むしろ洒落ている方でしょうか。

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<カウンター>K-7/Sigma20

店は、外観の通り二階建てでどちらのフロアでも食事と喫茶が楽しめます。自分は二階のテーブル席にしました。バーカウンターもあり、インドネシアでは滅多に飲めないと思われる生ビールのサーバーまでもがあります。ここでは昼間からビールを飲んだわけではないので確かめていませんが、インドネシア産のビンタンではなく、オランダ仕込みのハイネケンなのでしょうか。

一階席にはステージがあり、ライヴなども楽しめるようです。そして、歴史的建造物らしく、次々と観光客がやってきては食事や喫茶などを楽しんでいます。中には、ガイドに連れられてすぐに帰ってしまう人も。しかし、共通しているのは、皆店内の壁を凝視してはそれをカメラに納めていることかも。

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<壁のポスターと写真>K-7/Sigma20

壁には一面にクラシックなポスターと写真が飾られていました。近くに壁のある場所には必ずといっていいほどこういうものが。模写かコピーとは思うものの、印象派の絵画などもありました。トイレの中もこれがあります。インドネシアを訪れた有名人もここには立ち寄るようで、オランダのベアトリックス女王の写真もあったと思います。

外のジャカルタの価格とは隔絶の感のある値段設定ですが、東京中心部の喫茶店より半分から1/3程度。内装はこんな具合で、ジャカルタのお休み処としては、ここははずせません。ただ、コタ地区にあるので、そうそう気軽に来るわけにも行かず、これきりでしたが、オススメです。

カウンターの写真とポスターの写真はK-7の感度優先モードでISO3200で撮影。もちろんストロボの発光はなし。手持ちで十分に撮れます。ノイズの発生もありません。

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