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2011年1月30日 (日)

二つのトライショー

マレーシアの人力三輪タクシーとして有名なのが、トライショーです。ですが、クアラルンプールやジョホールバルでは見かけたことがありません。走っているのは、マラッカとペナン(ジョージタウン)に限られるのかも。いずれも観光地で、2008年、「マラッカ海峡の歴史都市群」として、マラッカとジョージタウンが世界遺産に登録されました。

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<マラッカのトライショー>K7/DA15

マラッカのトライショーは、漕ぎ手が右側に来ていて、その横に乗客用の座席があります。花で飾られていて、見るからに観光客しか利用しない感じ。

実際、マラッカのトライショーは時間決めで主だった観光スポットを回るような感じ。客のサービス用に音楽を流すトライショーもある。ただし、マラッカはアップダウンもあるところで、漕ぎ手は結構な体力がいると思われます。

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<ジョージタウンのトライショー>K7/DA21

一方、ジョージタウンのトライショーは、漕ぎ手は後ろに位置します。客用の座席は前にある。インドネシアのベチャとベトナムのシクロと構造上は同じ。マラッカのものは、自転車の横に座席をつけたサイドカーみたいな感じかな。

また、ジョージタウンはまるでアップダウンのない平坦なところで、漕ぎ手としてはそれほどの苦労はなさそう。こちらも花で飾り立てられているものの、漕ぎ手のおっさんたちは、いかにも肉体労働者といった風情でした。

まあ、どちらも利用していないんですけど、決して安くなさそうですよね。

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2011年1月29日 (土)

ウブドの木登り競争~オークション

ウブドでの独立記念日の式典の中で、土地柄というかかなりひなびた感じのイベントがあったので紹介します。

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<インドネシア式整列>K7/FA35

大人が号令をかけると集まりだした少年たち。いずれも上半身裸。

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<スタート>K7/FA35

整列後さらに号令がかかり走り出す。その先には…。

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<木登り開始>GR1s/GR28/RDPIII

全長10mくらいの木が立てられていた。しかも、表面は皮がそぎ落とされ、枝もなくまっすぐ。また、この木にはオイルが塗られていて、大変に登りにくくなっている。

それまで気づかなかったが、木はもう1本立っていて、こちらはいいおっさんたちが少年同様に上半身裸になり、同じようによじ登ろうとしている。ルールとしては、木の上に引っかけてある、いろいろなものをすべて取り去った方が勝ちというものらしい。

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<大人チーム>K7/FA35

これをひとりの力で登ろうとしても、オイルでなかなかうまくいくはずもなく、チーム力を結集させて、人間ピラミッドのように土台を作り、その上に登ることを繰り返し、ようやく獲物にたどり着く。

こういうことに関してはやはり年長者は知恵があり、ぐんぐんと登っていった。一方子供チームには大人の参謀がついて、ああしろこうしろと知恵を授けるのだ。子供チームもかなりいい線行っていたようだが、ここは大人チームが余裕を見せてがんがん行かなかったためか、わずかに早くすべてを取り去った模様。

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<その後のオークション>K7/FA35

この木登り競争は、観客からもかなりの盛り上がりを見せていたのだが、終了後、つり下げられていたものがオークションにかけられていたからのようだった。

こうした単純なものは、通りすがりの外国人旅行者にもわかりやすい。

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2011年1月27日 (木)

マレーシア長距離バス事情

マレーシアでは合計2回長距離バスに乗った。マレーシアという国は、東南アジアにあってとにかく道路事情がよく、ジョホールバルからタイ国境のブキッ・カユ・ヒタムまでを高速道路が通っている。ま、マレーシアはボルネオ島もあるため、これはマレー半島に限られるのだが。

そんなこともあってか、マレーシアはとにかくバス網が整備されている。バスターミナルに行くと、同じ路線を複数のバス会社が走り、それも数段階のランクがあり、客は懐の具合に応じて選ぶことができるというわけだ。

当然、客は安くてサービスの良いバスを選ぶわけで、バス会社もサービスを良くしていく。そんな中で生まれたのが、VIPバスである。これは、普通通路を挟んで2席ずつある座席を1席と2席にしたゆとりのある座席のものである。こういうタイプはタイにもあり、タイではコーラやミネラルウォーター、クッキーなどを配布し、サービスをさらに高めている。マレーシアではそうしたサービスはないものの、いずれの座席もほぼフルリクライニングに近い形にし、フットレストどころか、足もまっすぐになるようなほぼフルフラット状態の座席になるようにしている。

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<KKKL社のバス>K7/DA21

クアラルンプールからマラッカまではKKKL社を利用した。特に理由があったわけではない。たまたますぐ出るバスがこれだったのである。車内に入ると、VIPバスに近い感じだった。

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<KKKLバス内部>GR DIGITAL

左側が1座席のみ。フットレストもついているが、座席はぐっと傾き、膝から下の部分も持ち上げられる。だが、こういう座り方は慣れていないこともあってか、好きではない。流れゆく風景を見ていたいタイプなので、そんな中でたまに写真を撮りたい。だが、マレーシアの人たちはとにかく快適に過ごせればいいというような考えらしく、陽が当たっていようがいまいが窓をカーテンで覆ってしまう。

これではかえって乗り物酔いする感じだ。ま、座席回りは結構広いので、大きめの荷物があっても、頭上のスペースに置く必要がない。こういうバスでは左側の隣人が来ない席がベストである。ま、それは発券の時に指定できる会社もあるが、そうでない場合は難しいかも。とはいえ、ひとりでチケットを買えば、だいたいそちらに当たるようだ。このような通路を挟んで1座席と2座席のバスを利用したのは3回あるが、今のところどの場合も1座席に当たっているから。

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<トランスナショナル社のバス>K7/FA35

クアラルンプールからペナンまではマレーシア最大のバス会社、トランスナショナルを利用した。この会社はすべてコンピューターによる発券なのだが、残念ながら最上級のバスというわけではなく、せいぜい中の上くらいの位置づけである。

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<イポー行きバス車内>GR DIGITAL

クアラルンプールからペナンまでのトランスナショナルのバスは不思議な運行の形を取ることになった。ブキッ・ジャリルのバスターミナルから、クアラルンプール郊外にあるもう一つのバスターミナル(名前は不明)まで、イポー行きのバスに乗せられた。ブキッ・ジャリルでは「ペナン」という行き先表示がないままどんどん時間が迫ってくるので、案内所の親父にきくとこれだといわれる。あと数名いた外国人ツーリストは不安なまま。

座席は2座席ずつ並ぶタイプだったが、バスの後部はやや不思議な配列だった。中央に独立して1座席あったりした。

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<乗り換えたバス>GR DIGITAL

乗り換えたバスはややゆとりがあり、1座席と2座席。だが、内部は相当使い込まれていて、膝下が持ち上がるタイプではなかった。

この旅では3年前のガイドブックを持参したが、クアラルンプール-ペナン間は7時間かかると書かれていた。途中2時間半くらいのところで、給油を兼ねた休憩があった。このあと、長い休憩があり、食事時間だと思っていたら、あとはノンストップでペナンに到着してしまった。なんと、5時間で到着である。

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<ペナンブリッジ>K7/FA35

ペナン島はマレー半島から完全に独立した島だが、有料のペナンブリッジで結ばれている。なので、バスから降りることなく、ペナンに入ることができるのだ。

バスはいまいちだったが、早いのでよしとしておこう。なお、マレーシアの高速道路ですが、すべて有料。ETCのような仕組みはないようだが、プリペイドカードをかざして料金を支払うシステムはある。制限速度は110km/h。

1-2配列シートのバスは、有名観光地同士を結ぶ路線に多く導入されている模様。マラッカ-バトゥ・パハなどはごく普通の座席で高速も使わない。また、どんなバスも、最終到着地手前から、都合の良いところで申告制で降りることができる模様。ただし、高速道路上では不可能ですが。料金所を過ぎたあたりで、降りる人が続出します。

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2011年1月25日 (火)

運転免許あるのかな

我々が外国でレンタカーを借りる場合、日本の運転免許とJFAで発行する国際運転免許が必要ということになっていますが、インドネシアではその国際運転免許があってもなくても関係ないそうです。つまりは、日本の運転免許があれば借りることができるそうで。なんでも、インドネシアがこの国際運転免許の取り決めに関する条約を結んでいないためだそうで、結構怖いところがありますね。

まあ、タイなどでも国際運転免許があろうがなかろうが、バイクのレンタルなどは比較的簡単にできるのだそうですが。

で、話はウブドで行われた独立記念式典に戻ります。場所はウブドのサッカー場。サッカー場とは便宜的にガイドブックでそう呼んでいるみたいで、まるで整地されていない広い草地。まあ、十分にサッカーのコートは収まるサイズですけど。ここで、いろいろなイベントが行われ、ウブド近辺の小中高校から児童生徒が集まってくるわけです。鼓笛隊だったり、集団でのマスゲームのようなものだったり。

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<送迎用のトラック>K7/FA35

そんな彼らも、イベント終了とともに帰りにつきますが、ほとんどはウブドまで集団送迎なので、こんなトラックの荷台に満載されて帰りにつきます。ところが…。

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<バイクの中学生>K7/FA35

トラック送迎ほど遠距離ではないが、歩いて帰るほど近くはないといった感じの生徒諸君はバイクでお帰り。まあ、バイクを買えるほどのお金があるってことなんでしょうけど。それにしても、制服を着ているところからすると、どう見ても中学生。このあたりはどうなっているのか。

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<バイクの小学生>K7/FA35

ま、この人などはちょっと見体格も良いので、中学生くらいに見えないこともないが、体操服ですし、さっきのトラック送迎の小学生の一団と思って良いでしょう。小学生でバイクですよ。

ま、画像はこれきりなんですが、2006年にバリ島を訪れた時、ブサキ寺院へのツアーに参加した折、かなり山間部でしたが、学校帰りの小学生集団が半分くらいはバイクに乗って帰っていったのを目撃しました。いずれも、男子で上の画像の彼女よりもぐっと低学年風に見えた。

この時、ツアー参加していたオーストラリア人と思わず顔を見合わせ、「子供なのにいいんかい!」と、目が点になったものです。

バリ島も海岸部を除けば、坂の多いところだし、自転車じゃちょっときついですよ。でも、平然とバイクに乗っているということは、運転免許などはないんだろうなあと思います。ただ、所有者はきちんとしているようで、いずれもナンバープレート付きでしたけど。

あと、ナポリの裏町からメインストリートに出るところで、ばりばりのライダー風の小学生が運転するバイクも目撃したことあります。

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2011年1月23日 (日)

クアラルンプール点描

ええ、最近すっ飛ばすように更新しているのは、夏のインドネシアとこのたびのマレー半島縦断があるからで、ともかく、インドネシアは終わらせてしまいたい。まあ、その前に、チュニジアとフランス、アンコール遺跡もあるんですが、スキャナーを取り替えなくてはならないため、こちらはかなり後日となりそうです。

というわけで、あまり力を入れてなかったクアラルンプールの観光ですが、1日だけ行いました。なのであまり脈絡なく、写真をずらずらと並べたいと思います。

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<ペトロナス・ツインタワー>K7/DA15

ペトロナスっていうのは、マレーシアの石油会社。マレーシアって石油が出たかなと思うところですが、この会社は国営企業でF1などのスポンサーにもなっている。ここが本社ビル。ツインタワーを結ぶブリッジの部分に上がり、展望を楽しめるそうですが、これは先着順でなおかつ訪れた日がそれを行っていない日に当たった。残念ながら地上から見上げたのみ。それでもやはりでかいです。

自分が体験した実際に見たもののうち、一番高い建造物ということになります。ここは本社ビルの他、企業のオフィスなども入っているため、自由に出入りできないものの、タワーの下はスリアKLCCとなっていて、高級ブランドのブティックやデパートなどが入っています。

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<スリアKLCC>K7/DA21

ここに行くには、LRTクラナ・ジャヤ線のKLCC駅が最寄り。それにしても、マレーシアって、独特のアルファベット表記を好む割に、アルファベットの略称が大好きですね。

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<ブキッ・ビンタン>K7/DA21

クアラルンプール随一のおしゃれなエリア。ここはKLモノレールでしか行けません。何があるのかなと思ったら、おしゃれな繁華街でした。

ところで、ビルにある巨大な広告ですが、ユニクロなんですね。一応入ってみましたが、作りがまったく日本のユニクロと一緒だし、商品まで同じ。ディスプレイもそう。価格設定は若干日本より高めかな。それにしても、日本と同じ商品を扱っているものの、クアラルンプールでコートやダウンジャケットを買って着る人がいるのだろうか。

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<マスジット・ジャメ>K7/DA15

クアラルンプールで最も大きく有名なモスク。しかも、内部にも入ることができる。とはいえ、敷地内ということで、建物内には非ムスリムは入ることはできない。都会の中にあるモスクで、クラン川とゴンパック川の合流点に位置します。

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<合流地点>K7/DA15

クアラルンプールとは「泥の川の合流点」という意味らしいが、ここがまさしくクアラルンプール発祥の地なのである。今ではすっかり護岸工事をされてしまい、川であっても、ほとんど目立たない感じ。モスクのはずれにあるこのあたりまで来ると、ああそうなのかとわかるものの、他ではまったくわからない。

マスジット・ジャメに行くには、二つのLRTが接続するマスジット・ジャメ駅へ。

他にも、チャイナタウンとかいろいろあるのですが、こちらは訳あって後日出したいと思います。これでクアラルンプールのエントリーは終了。次回よりペナン島です。

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2011年1月22日 (土)

主役は君たちでしょ

インドネシアの独立は1945年8月17日。2006年にも、バリ島とロンボク島を訪れていたが、独立記念日を前に帰国することになった。だが、独立記念日を前に各地ではそのリハーサルに余念がないようだった。ウブドでもパレードの練習が行われていたほどである。

この夏の日程には独立記念日が含まれていた。16日にはウブドのサッカー場で大がかりなリハーサルが行われていたほどである。この行事には、鼓笛隊演奏、ブラスバンド演奏、オペラのような劇などの学校の部活や課外授業の延長のような活動と、民間レベルの木登り競争、オークション、エアロビクスなどのエンターテイメントまでが含まれる。

まあ、いろいろあり、外国人対象のよくわからないインタビューまで受けてしまったほどだが、ジャカルタで行われているであろう、軍事パレードを頂点とすれば、ここウブドでは子供から老人までがみんなで楽しみ、独立を祝う雰囲気が漂っていた。

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<国旗掲揚隊>K7/FA35

そんな中でも主役はやはり彼ら。おそらく近隣の高校から選ばれたエリートたちである。彼らの役目は、式典の始めにインドネシア国旗を掲揚することと、終わりに国旗を降ろすこと。

前日のリハーサルでは緊張感もほとんど感じられず、だらだらした動きに見えたが、さすがにこの日はぴしっとしたものである。

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<国旗掲揚>K7/FA35

後ろでは、ウブドを管轄する軍のお偉いさんが敬礼で見守っている。この日のために練習を重ねた成果が発揮されるというものだ。

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<みなぎる緊張感>K7/FA50

彼らが行進している間は、警官と軍の人間が車道に出ることを規制していて、こちらは歩道ぎりぎりに立ち、彼らの表情を狙うことになる。みんないい表情してますね。メイクもばっちりだぜ。

この写真の彼女などは、リハーサルの時にはかなり素のままでした。カメラが気になっていたようですが、やはり本番は違う。ちなみに「ウブドの可愛い子ちゃんを探せ」のエントリーでも登場するんですが、わかるかな。

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<指導していた軍人>K7/FA50

国旗が降ろされる時、振り返ると彼らを指導していた軍人が敬礼していた。彼も感無量なのでは。

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<式典終了後>K7/FA35

式典は終了。彼らも、旗を納めたあと戻ってきて、軍関係者と全員が握手。このあと、記念撮影をしていました。

その他のイベントについてはまた後日。

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2011年1月19日 (水)

チャイナタウンの憩い

クアラルンプールに到着した日は宿到着後荷物整理などをしていたら、21時を回ってしまい、まともな店が開いてなかった。しょうがないので、屋台の美味しくないプロウン・ミー(エビの入った麺料理)を食べて空腹を紛らわせた。

チャイナタウンは朝から元気である。宿はここに取った。どこにでもあるようなチャイナタウンだから亀ゼリーもあれば、飲茶の店もある。クアラルンプールの中国人たちはエネルギッシュでどこの店も人でぎっしりである。

そんなチャイナタウンの中に、唯一ツーリスト向けのカフェがあった。オールド・チャイナ・カフェという。孫文など清朝から覇権を取り戻した頃の中国人たちの古い写真の飾られた店内は、レトロな雰囲気で満ちている。もっとも、客は欧米系ばかりで、店員もインド人だったりしたが。ここで2晩夕食を取った。

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<ジャズという名のビール>GR DIGITAL

これはローカルビールらしい。マレーシアは多民族国家ではあるものの、ムスリムであるマレー人優遇政策がとられ、マレーシアのビールというものはほとんどきいたことがなかった。飲めるビールといっても、シンガポールのタイガーかその他の外国産がほとんどである。味の方はまあどうということのないビールである。

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<ナシルマ>GR DIGITAL

中国を売り物にしているといっても、マレーシアの料理はある。初日はこれを食べた。青菜の入ったご飯に、総菜がちりばめられたもの。この中で一番おかずらしいものは鶏肉の煮込みだろうか。

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<チャプチャイ>GR DIGITAL

二日目はちょっとメニューを見回し、違うものを頼んだ。これは野菜炒めみたいなものだが、キクラゲと湯葉が入っている。あとでガイドブックで調べてみたら、これはニョニャ料理なのであった。肉と無縁な料理だが、これは日本人の口に合う。湯葉の感触も肉っぽくて、食べたなという感じにもなり美味い。

マレーシアの言葉でニョニャとかババとか(あわせてババ・ニョニャともいう)は中国からマレーシアに移住し、現地の女性と結婚した家族の子孫のうち、男性がババ、女性がニョニャと呼ばれる。

彼らはマレー語を話し、マレーシアのライフスタイルを取り入れるものの、冠婚葬祭には中国の風習を守るという、中国とマレーのミックスした生き方をしている。そんな彼らが作る料理がニョニャ料理なのである。

もっとも、クアラルンプールにはあまりババ・ニョニャは多くなく、マラッカ、ペナン島、シンガポールに固まっているようだ。なので、この店はクアラルンプールでは珍しく、ニョニャ料理が食べられる店ともいえよう。

料金はリーズナブル。チャイナタウンのはずれ、バライ・ポリス通りにある。店内はあまり広くないので、早めに行くことがいいのかも知れない。

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2011年1月16日 (日)

ベン・アリ政権崩壊

チュニジアのベン・アリ政権が崩壊した。チュニジアを旅したのは記憶も新しい、2009年の夏。

チュニジアは北アフリカにあっては最も安定した国家だと思われてきた。ベン・アリ大統領(すでに前大統領だがここではそう書く)の前任者が、ハビブ・ブルギバという人物で、フランスから独立後王政を廃止し、自ら初代大統領に就任した。この政権が30年に及び、彼の退任後就任した二代目の大統領が、ベン・アリである。

しかし、彼ははじめのうちブルギバの多選に及ぶ悪影響を改革していたものの、いつの間にか政権に執着するようになり、憲法を改正してまで自らが大統領に選ばれるような工作を重ねる。自分が旅をした直後にその選挙は行われ、なんと90%近い支持率を集めて5選されたばかりだったのだが。

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<ベン・アリの巨大ポスター>MZ-3/FA35/RVP100

結局ベン・アリも27年に及ぶ長期政権を維持できなかったことになる。チュニジアには初代大統領ブルギバをたたえてか、チュニジア国内のどんな都市にもハビブ・ブルギバ通りがあるし、彼の故郷モナスティールにはブルギバの廟があるという。

ベン・アリはそこまでカリスマではなかったようだが、大統領選を前にしたこの巨大ポスターは、町のどこにでもあり、ツーリストであってもこの顔は忘れられないものとなっていたはずだ。

一方、旅行者としてはチュニジアが安定していて、なおかつローマ・カルタゴ時代の遺跡を多く抱え、魅力的なところだからこそ、ここに向かうのだと思う。おそらく、しばらくは安定までに時間がかかるだろうから、訪れておいて良かったなと思う。

地中海に面した北アフリカ諸国は、独裁者の国ともいえよう。エジプトのムバラク大統領は30年、リビアのカダフィは41年なのである。こんな巨大ポスターを見たのは、政権崩壊前の旧ソ連とシリアだけである。もっともソ連の時にはマルクスとレーニンであり、政権指導者ではなかった。シリアの時は現大統領の父親、前大統領のハーフェズ・アル・アサドのものだったが。

それにしても、ショックだ。まあ、最近ではほほえみの国として知られるタイでさえ、昨年のあの騒ぎがあったくらいなので、我々が旅行に出かけるところでも、どんなリスクが待ちかまえているとは限らない。それを肝に銘じて旅する覚悟も必要なのだろうと思った。

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2011年1月15日 (土)

日帰りマラッカ強行軍

クアラルンプールに着いて翌日。次に行くペナン行きのバスチケットを探しに出かける。宿はチャイナタウン。クアラルンプールのバスターミナルはプドゥラヤ・バスステーション。最寄り駅はLRTアンパン線のプラザ・ラキャ駅である。そこで、チャイナタウンの最寄り駅、LRTクラナ・ジャヤ線のパサール・スニ駅からそこを目指す。

わざわざ乗り換えて到着したのだが、なんとプドゥラヤ・バスステーションは全面改装中で営業していない。確かそんな情報もあったような気もしたが、ちゃんと調べてこなかった。プラザ・ラキャの駅にバスチケットを売るブースが二つあることを思い出し、そこできいてみると、バスターミナルはLRTアンパン線のブキッ・ジャリル駅にあるという。

いずれは買わなくてはならないので、またLRTに乗り、行ってみた。クアラルンプールの中心部からかなり距離があり、バスターミナルとはいうものの、仮設のような感じだった。だが、いろいろな車体、いろいろな会社のバスが続々と発着していく。様子見のつもりで並んだバスチケットを売るブースですぐに出発するマラッカ行きがあり、このチケットを入手。ペナン行きのチケットは戻った時に買えばいいだろうと思っていた。

マラッカには2時間で到着。クアラルンプールからバンコクに陸路で行くのに、わざわざマラッカまで逆戻りするような形で立ち寄ったのは、この間に空白を作りたくなかったからだ。3年前シンガポールからマラッカまでを陸路で移動した。その時の分もあわせて、今回バンコクまで行くことで、マレー半島縦断が成功するのだ。また、バンコクから中国雲南省の景洪まで陸路移動しているので、これをつなげることで長距離陸路移動の足跡も残せる。なので、今回のマラッカはどうしてもはずせない。

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<オランダ広場>K7/DA21

バスはマラッカセントラルというバスターミナルに到着する。ここはマラッカ郊外にあり、中心まではタクシー移動。マラッカのタクシーにはメーターが付いていない。ドライバーとの交渉だ。「今日は20リンギット」とのこと。

前回マラッカに来た直後、マラッカとペナンがマレーシア初の世界文化遺産に登録された。その影響もあるのだろうか、マラッカは観光客で大変なにぎわいである。旅の2日目だし、3年前にも来ていることもあって、ディープな観光はせず、適当に写真を撮って、どこかでマラッカ名物のメシでも食べて帰ろうと思っていたのだが、中心のジョンカーウォークも人混みで思うように歩けず、これはというレストランには長蛇の列という始末である。

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<プラナカン様式のホテル>K7/FA35

仕方がないので、裏通りを歩き、空いたテーブルのあるレストランで麺料理を食べてマラッカ滞在を切り上げることにする。

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<トライショー>K7/DA21

再びタクシーでマラッカセントラルに戻り、クアラルンプール行きのバスチケットを買おうとした。だが、夜になるまで空席はないといわれた。仕方なく、タクシーと交渉し、180リンギットでクアラルンプールまで行ってもらうことにした。

タクシーなので宿近くまで直行である。あのバスターミナルには戻れない。「チャイナタウンだろ。ここでいいか」とドライバーの声。紛れもなくチャイナタウン。近くにはあの営業していないプドゥラヤ・バスステーションがあった。昼間は気づかなかったが、すでに夕刻で、昨日到着後にこのあたりを散歩したのだが、建物や照明に見覚えがある。確かめてみると、すぐ近くが宿だった。

そうなのだ。チャイナタウンを対角に挟むようにして、パサール・スニ駅とプラザ・ラキャ駅は位置していたのだ。つまり、プドゥラヤ・バスステーションは歩いていける範囲だったのだ。このあと、駅のチケットブースでペナン行きのバスチケットを手に入れた。売り手のおばさんは見覚えのある顔で、こんな時間まで働いていたことになる。

旅行記風に2日目の出来事をつづってみました。旅慣れているといってもこんなものですよ。

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2011年1月13日 (木)

やっぱゴハンの国だもの

ええ、インドネシア編、続きをやります。早いところ終わらせてしまいたいのが本音ですが。

インドネシアは人口2億強を抱える世界一イスラム教徒の多い国。たまたま訪れた最中に断食月ラマダンにさしかかりましたが、日中の断食を行うかどうかにかかわらず、日が沈んでからは食事をしますね。そして、インドネシアは稲作が根付いています。そこで、本日は米を使った料理の紹介です。

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<ナシゴレン>GR DIGITAL

「ナシ」がご飯で、「ゴレン」が炒める。インドネシアでもマレーシアでも言葉は同じです。インドネシア式の炒飯です。だいたいにおいて、副菜として野菜が付け加えられます。また、エビせんべいが必ず付きます。

エビせんべいはインドネシア人の食事には欠かせないもので、レストランや食堂のテーブルなどに袋ごと置かれています。これは、自由にどうぞというわけではなく、いくつ食べたか自己申告制で会計に付け加えられます。インドネシア人はエビせんべい大好きだから、ナシゴレンでなくても、食べます。麺料理でも食べます。麺を頼むとあらかじめエビせんべいが投入されているものもあるくらい。

ナシゴレンはインドネシア式炒飯と書きました。もちろん油で炒めてありますが、サンバルという唐辛子ベースの調味料を加えてあり、スパイシーな仕上がりです。サンバルはマレーシアでも使われますが、日本人にとって辛すぎて食べられないということはないと思います。辛い物好きな人には、適度な辛さなのではないかと思います。

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<ナシルマ>GR DIGITAL

ご飯をココナッツミルクで炊き込んだ料理。ご飯そのものとおかずがいくつか付いたものをナシチャンプルと呼びますが、そのバリエーションのひとつでしょう。マレーシアにも同様のものがありますが、ナシチャンプルとは呼びません。ナシルマはあります。

インドネシアの米はインディカ種ですが、このジョグジャカルタの安宿街にあるカフェで供された料理は、ご飯に粘りけがあり、日本のご飯とそう違和感がありませんでした。ナシチャンプル自体は、あまりジャワ島ではレストランで見かけませんが、総菜屋などでご飯をもらい、適当におかずをよそってもらって自前でナシチャンプルにすることはあります。おそらくインドネシアの家庭でもこのようにして食べているはずで、ナシチャンプル自体を細分化していくのはとても不可能だと思います。

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<ナシバビグリン>GR DIGITAL

一方バリ島ではレストランのメニューにナシチャンプルが登場します。店によっていろいろと工夫されていますが、バリの人はご飯が好きなんだなあと思います。

これは、バビグリンという子豚の丸焼きを使ったナシチャンプル。ウブドではイブ・オカという店が大人気で、バビグリンがなくなった時点で営業終了。見た目はいけてないようですが、皮はパリパリ、肉はジューシー。これがまたご飯によく合います。付け合わせに漬け物みたいな野菜が添えられます。これ、普通盛りで30,000ルピアと経済的な料金。昼食にちょうど良い量ですが、日本人の感覚の昼食時に行くと店がすでに閉まっている可能性も。

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<ナシクニン>GR DIGITAL

こちらは、ナシチャンプルの豪華版。そそり立つご飯がバリのアグン山を思わせるもので、おかずもボリュームたっぷり。ご飯が黄色くなっているのは、ターメリックで色づけしているためで、こういうものをナシクニンと呼んでいるそうです。

特に、このナシクニンをそそり立つように盛りつけるのが、ウブドのモンキーフォレスト通り中程にある、Bumi Baliという店のオリジナル。おかずは豚肉、シシトウ、タマネギ、キャベツ、ピーマン、インゲンなど。バリ島はヒンドゥ教徒が大多数のところで、豚肉料理が食べられます。

ま、今日はこんなところで。

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2011年1月12日 (水)

KL交通網

早速、最新の旅レポートを始めます。ただ、夏の旅の残りもあるので、しばらくは平行して行うつもりなので、混乱なきようお願いします。

旅の最初はマレーシアの首都、クアラルンプールです。宿もここに取り、3日間過ごしました。ただ、我々が「クアラルンプール」といっても、相手は一瞬とまどうようで、発音が悪いのでしょうか。その時はKLで行きましょう。これで間違いなく通じます。

KLは、東南アジアの中ではバンコクに次ぐいや、それ以上の発展を遂げているのではないでしょうか。その手始めに、交通網をレポートしてみます。KLには2つのLRT、KLモノレール、KTMコミューターが市内を結んでいて、さらにはクアラルンプール国際空港(KLIA)との間もKLIAエクスプレス、KLIAトランジットという鉄道で結ばれています。

バンコクでは昨年になってようやくスワンナプーム国際空港とバンコク市内を結ぶ鉄道が開通したくらいだし、BTS(高架鉄道)が2路線、MRT(地下鉄)が1路線なので、この点はバンコクを凌いでいますね。

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<KLIAエクスプレス車内>GR DIGITAL

KLIAとKLセントラル駅をノンストップ、28分で結ぶ鉄道。KLIAは正確にはクアラルンプールにはなく、南に40kmほど行ったスランゴール州セパンにあり、160kmで走るそうな。料金は35リンギット。まあ、東京都内と成田の関係みたいなものですが、遙かに早く、車内は空席が目立ちました。

到着したのが夕方で、入国審査を終え荷物を取り出しているとすでに日が暮れていました。そのため、車窓はつまらなかったです。また、駅にはプラットフォームにスクリーンドアがあり、この電車の姿の写真は撮れていません。

なお、KLIAエクスプレスを使い、KLIAから航空機で出国する場合、KLセントラル駅でチェックインできるとのこと。香港のエアポートエクスプレスと同様です。

また、KLIAトランジットは同じルートを走り料金も同じながら、各駅停車です。

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<LRTクラナ・ジャヤ線>K7/DA21

旧名プトラLRT。これに乗ったのは短い区間で、途中から地下に潜ります。

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<LRTアンパン線>K7/DA21

旧名スターLRT。こちらは途中からルートが分かれてしまうため、ちょっと注意が必要。特に、長距離バスターミナルのある、ブキッ・ジャリルへ行くには、スリ・プタリン行きに乗ること。

二つのLRTは、マスジット・ジャメ駅で接続しています。構内で行き来ができず、その際にはチケットの買い直しが必要。チケットは自動券売機もありますが、窓口も開いているので、ここで直接買った方が早い。結構英語は通じるのですが、正確な数詞を理解していない人も多く、いわれた通り払ったら、なぜかおつりがということもありました。

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<チケット>GR DIGITAL

チケットはプラスチック製でリサイクルされるもの。中にはかなり使い込んだものもありました。改札ではこれを、スリットに入れると、バーが解除される仕組み。一日券とか回数券についてはわかりませんでした。ツーリストとしては何回乗ってもさほど高額な料金設定ではないので、めんどくさいことを除けば、その都度買うのが妥当なところでしょう。

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<KLモノレール>K7/FA35

LRTは鉄道といえますが、こちらは正真正銘のモノレールで、高架部分をスイスイ走ります。クアラルンプールの中心街ともいえる、ブキッ・ビンタンへは、これで行きます。こちらはLRTよりも新しいようですが、2両編成のみなので、かなりの混みようです。座席の位置が中央にあったりと結構変わっています。

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<リサイクル式チケット>GR DIGITAL

こちらも、同じようなチケット。買い方も同じ。ただ、LRTもモノレールも運営母体は同じなのに、乗り換えが不便で、チケットの買い直しが必要。LRTクラナ・ジャヤ線とKTMコミューターとはKLセントラル駅で接続していますが、かなり歩く必要がありそう。

KTMコミューターには乗る機会がありませんでした。バンコクの方が劣っているようなことを書いたものの、それは路線の数ですね。バンコクの方が後発な分、接続も便利で、新しくぴかぴかな車両を使っています。

そんなことをいっても、東南アジアの都市の中ではこのような交通網を持つのは、クアラルンプールとバンコクとシンガポールのみですから、いつ来るかわからないバスを待つ必要もなく、自分の行きたいところへほぼ時間を読めて行けるというのはいいことですね。

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2011年1月 9日 (日)

インドネシアの麺料理

まだ夏の残りがあるので、ちょいとフィードバックします。

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<ミー・アヤム>GR DIGITAL

これは、ジョグジャカルタのマリオボロ通りにあるローカル食堂の麺料理。麺は小麦粉から作る中華風のもの。具は青菜と鶏肉をゆでたもの。スープ麺ではなく、湯がいた麺の状態で食べる。スープは別に付きます。

店の名前は忘れましたが、これは美味かった。料金は9,500ルピア。こちらでは麺料理もスプーンとフォークで頂く。箸はあれば、また華人、日本人であるとわかればという条件付きながら出ることもある。

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<ミー・バッソ・アヤム>GR DIGITAL

こちらは、ウブド近くのプリアタンという村で比較的有名なバッソの店のもの。バッソとはどちらかというと屋台で夕方から出る汁そばらしい。麺は米からできている感じでコシが弱い。具は肉団子が多いが、この時はやや豪華に鶏肉も食べたかったので、こちらを選んだ。ミーが名前に付いているので、中華麺を使っているようである。でも、コシは強くない。

それでも、スープは美味しく、6,000ルピアという低料金。場所はプリアタン王宮の向かいで、目印となるのは巨大なベンガル菩提樹。その前の道路を挟んで向かい側にあります。なお、同じような麺の店がもう一つあり、バッソ・ソロという方が有名店。

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<ミー・ゴレン>GR DIGITAL

まあなんてことはない焼きそばです。中華麺をやはり使っていて、定番のエビせんべいが付きます。ウブドのビアビアという比較的低料金のレストランのもの。料金10,000ルピア。結構油を使っています。

旅から戻り、すぐにでもレポートを開始したいところですが、ただいま画像整理中。しばらくこちらのカテゴリーが続きそうですが、平行してマレー半島のレポもしばらくしたらアップしようかと思います。麺料理を出したから、次はご飯料理かも。

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2011年1月 8日 (土)

KLからバンコクへ

すでに日付は変わり、昨日のことになってしまいますが、数時間前無事帰宅いたしました。

一応旅の概要を報告しておきます。

  • 12/25 成田-クアラルンプール~クアラルンプール泊(移動のみ)
  • 12/26 クアラルンプール泊(マラッカへ小旅行)
  • 12/27 クアラルンプール泊(クアラルンプール観光)
  • 12/28 クアラルンプール-ジョージタウン~ジョージタウン泊(ジョージタウン観光)
  • 12/29 ジョージタウン泊(ジョージタウン観光)
  • 12/30 ジョージタウン泊(ジョージタウン観光)
  • 12/31 ジョージタウン-ハジャイ~ハジャイ泊(国境越え)
  • 01/01 ハジャイ泊(ソンクラー観光)
  • 01/02 ハジャイ-チュムポーン~チュムポーン泊(移動のみ)
  • 01/03 チュムポーン泊(ラノーンへ小旅行)
  • 01/04 チュムポーン-バンコク~バンコク泊(移動のみ)
  • 01/05 バンコク泊(ロッブリーへ小旅行)
  • 01/06 バンコク泊(バンコク観光)
  • 01/07 バンコク-成田(帰国)

こんな感じですが、今回マラッカとバンコク、ロッブリー以外は初めてのところで、日程的にもこんな感じなのかなと思います。

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<クアラルンプールのチャイナタウン>K7/DA21

マレー半島縦断というと、やはり沢木耕太郎の「深夜特急」第四章、第五章の舞台となったところですが、図らずも沢木氏の足跡を後追いするような行程になりました。ま、沢木氏と逆ルートではあったのですが。

個人的には、シンガポールからジョホールバルを経てマラッカに至るルートは3年前に達成していて、今回クアラルンプールから入ったものの、わざわざマラッカまで引き返すような「立ち寄り」をしたのは、この間の空白を作りたくなかったからです。当初は、クアラルンプール到着後タクシーでマラッカにいって泊まってしまおうかと思ったのですが、予約が面倒なのでこんな感じになりました。結果論からいえば、クアラルンプールはチャイナタウン以外は退屈なところで、2泊にして、浮いた1泊を他のマレーシアの都市に充てても良かったかなとも思いました。もう過ぎたことなので、またいつかマレーシアには訪れなくてはとも思います。

ペナン島はジョージタウンだけに終始しました。一言でいえば、天気がかなり悪かったことと、かなり歩き回ったので疲れが出てしまったともいえます。それでもジョージタウンはまだまだ見所がいっぱいありそうなところで、ペナンの他の地域とともに、またここも行かなくてはと思いますね。

そして、マレーシア・タイの国境越え。これははっきりいってあっけなかったです。また、その日はハジャイで泊まり、とんびさんとのオフ会を2日にわたって行うことができました。タイ南部、特にハジャイのあるソンクラー県は、外務省から注意喚起が出ている地域で、軍の兵士と警察が厳重な警戒を行っていましたが、まあ何もなく過ごすことができました。とんびさんとは、これで4回目の海外オフ会を行ったことになります。最初にメキシコのオアハカ、2度目がバンコク、3度目がチュニス。個人的には、まだまだ他の人とも海外でお会いできる機会があればオフしたいなと思っています。スクムビットさんあたり、いかがですか(と、実名を出してしまう)。

タイ南部に入ってからは、バンコクまで2泊ずつしたものの、長い移動ばかりとなってしまいました。タイは東南アジアの中でも経済発展のすさまじいところですが、それはバンコク一点集中といって良いかと思います。つまり、タイ南部は東北部(イサーン地方)と並び、遅れた地域といえます。道路は整備されなく、バスも見劣りします。マレーシアがジョホールバルから国境のブキッ・カユ・ヒタムまで高速道路が続き、ひとり分の座席もたっぷりで乗り心地の良いバスが頻発、しかもバス会社が競い合うようにして同じルートを運行している状況と比べると雲泥の差です。それでも、隣国ミャンマーやラオス、カンボジアと比べれば良い方なのでしょう。

バンコクも3泊しましたが、2泊でも良かったかも。その分をチュムポーンとバンコクの間のどこかに充てれば、もっとタイ南部を見てこれたはずですが。

ま、詳しいことはおいおい報告していこうと思います。まだ夏の旅の残りがあるので、それと平行する形になるかも知れません。

今回、PENTAX K-7とRICHO GR DIGITALの二つのデジタルカメラで写真を撮ってきました。K-7には、15mm、21mm、35mm、50mmのレンズを持参したものの、50mmはとうとう出番なしで終わりました。使用頻度からいうと、21mm、35mm、15mmの順ですかね。また、K-7は、ISO感度6400まで使用できるので、夜の撮影も多かったです。ここまで感度をアップできると、ストロボいらずだし、三脚もいりません。デジイチにして夜でも楽に撮せるようになりました。また、フィルム時代には、GR DIGITALで風景や人物を撮ったりしていたのですが、ほとんど食事写真くらいになりました。かといって、K-7の撮影枚数が極端に増えたかというと、そうでもなくて、前半の天気の悪さ、移動の多さなどが原因だと思います。

長くなりました。今夜はもう遅いので、これくらいで。

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2011年1月 6日 (木)

ワレバンコクニトウチャクセリ

もう今更なんですが、バンコクに到着しました。今、宿ではなく近くの別のホテルのレストランにいます。

バンコクに到着し、すぐにでも記事をアップしたかったのですが、チュムポーン出発日の前夜深夜到着の客がひどく騒ぎ出し、眠れずそのまま出発。バスも1等エアコンバスでしたが、途中からかなりの立ち客を乗せる始末で、かなり環境が悪いまま、宿に到着。

その日は無事マレー半島縦断を祝ってひとりチャイヨー(乾杯)したところ、倒れ込むようにして朝までぐっすりという始末でした。かなり疲れていたんだと思います。で、宿はWiFiも有線LANもあるのですが、ブログのコメントなどは書き込めるものの、記事をアップする写真を添付するなどのある程度のデータ送信がはねられてしまう設定です。

んなわけで、帰国前日となりましたが、こんなことをやっている次第です。

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<戦勝記念塔>K7/DA21

昨日は、ロップリーまで行ってきました。クメール様式の遺跡があるところで、時間はかかったものの、よかったです。今日はこのあたりをぶらぶらしているだけですが。

旅の総括は戻ってから行うつもりです。たぶんこれが最後の旅先からの便りです。時間があったら、スワンナプーム国際空港でやるかもしれませんが。

バンコクは昨年3月までの活気を取り戻したような感じがします。また、それほど暑くないものの、陽が出るとかなり日焼けする状態ですね。ではでは。

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2011年1月 4日 (火)

チュムポーン通信

旅も大詰めです。

ハジャイからバスで8時間、タイのマレー半島中部にあるチュムポーンにやってきました。当初の話では7時間とのことでしたが、まあそこはタイですから。

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<ラノーンの足湯>K7/DA21

ハジャイからは1等エアコンバスでしたが、マレーシアと比べるとバスの程度も悪く、道も凹凸があり、しかも一般道。距離は400kmほどのようですが、かなり時間がかかったことになります。それでも明るいうちに到着し、1泊400バーツ弱ながら、WiFiのある宿に泊まっています。

昨日のうちに、バスの手配を済ませましたが、4日のうちにバンコクに到着する午前便はソールドアウトだといわれ、仕方なく夜便をいったんゲット。4日には宿を手配しているので、どうしてもあきらめきれず、今朝近くのツアー会社で再アタックし、4日の早朝便を手配しました。夜便はキャンセルし、全額戻ってきました。やれやれです。最悪の場合、やはり早朝のタイ国鉄バンコク・ノーイ行きオーディナリー(むちゃくちゃ遅い)でならば、夜でもバンコクに到着するかなとは思っていましたが、よかった。

さて、午前中ばたばたしていたのですが、慌ただしくも、ここから120kmほど離れた、アンダマン海側にある、ラノーンというところに行ってきました。温泉があるってことで、足だけですが、ちょっと浸かってきましたよ。

ま、そんなわけで、明日はいよいよオーラスです。バンコクでもたぶんつなげると思うので、また記事を書きますね。

反応があると嬉しいので、コメントも書いてください。

Postscript この記事、夕方書こうとしましたが、つながりが悪く、こんな時間になりました。やはり電波が弱く、しかも、誰かが使っているととたんに速度が落ちるようです。ではまた。

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2011年1月 1日 (土)

ハジャイ通信

新年から1日二つめとなる記事になってしまいますが、途中経過ということでお許しを。

昨日無事マレーシアからタイに入国し、ハジャイに来ています。夕方「とんび」さんと無事ミートし、夕食。そして、今日は一緒にソンクラーに行ってきました。

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<サミラー・ビーチ>K7/DA21

ハジャイまでは「バスチケットを手に入れ」と書きましたが、結局はピックアップのワゴンがそのままハジャイまで直行。約5時間で到着しました。時差があるのでちょうど昼食時みたいになりました。

ハジャイは未だに外務省から注意喚起が出ているところで、街中にも警察と軍隊がパトロールして回っているようなところです。両替をしたいなと思い、駅に行ってみたところ両替所もなく、そんなときに声をかけてきた人物が日本人ツーリストでした。無事両替も済ませ、その方とも昼食を兼ねてお話しし、夕刻とんびさんとミートし、なぜかシズラーで食事しました。

そして、今日はソンクラー。沢木耕太郎の「深夜特急」では、ハジャイに到着したものの、勧められるままソンクラーに行き、「サミラー・ホテル」というビーチにある宿に宿泊といった下りがあります。ここで日本人駐在員の夫妻と出会い、夕食をホテルのレストランでしたらしいです。

こちらもソンクラーのビーチを散策し、岬まで行き、沢木氏が泊まったと思われるホテルで食事してきました。今でも結構いい値段のところでした。

ハジャイ2日目。昨日は盛大に花火と爆竹の音が聞こえました。これから、夕食に出かけます。ハジャイも本日で終了。明日は、チュムポーンに出かけます。ここも何もないところですが、やはり沢木氏が泊まったところ。別に後追いしているわけではありませんが、何となく距離感がいいのでそうしました。んではまた。

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年頭のご挨拶

皆様、あけましておめでとうございます。

いつの間にか筆無精になってしまった自分です。年賀状も書かない代わりに、ネットでご挨拶させていただきます。

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<ジョグジャカルタ>K-7/Sigma20

まあ、この記事は旅行前に東京で仕上げたものですが、予定通りいっていれば、現在ハジャイにいるはず。タイ南部、マレーシアからごく近い都市で、沢木耕太郎が列車で到着し近くのソンクラーという海辺の町に出かけたところです。

たぶんこれから出かけるはず。

さて、旧年中は数々のコメント、励まし、お叱り等ありがとうございました。今年も、興味の向くまま旅先での出来事を報告していくと思います。

このブログも、5年目を迎え、相変わらずだらだらとやっていますが、今年はできたら途中放擲状態となっている、旅行記のホームページを再開したいなあとも思っています。口先だけに終わらないよう、有言実行で頑張りたいけど、メインはこちらかなと。

あと、このところ、年2回の旅行というパターンが定着してしまっていますが、できたら、もう1回くらい出かけたいなあ。こちらは、旅行の神様がほほえんでくれたら…ですね。

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