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2011年2月27日 (日)

ペナンからハジャイへ

ペナンからハジャイまではバンを利用することになった。ペナンに到着してすぐ、コムタにある旅行社でハジャイ行きのチケットを手に入れた。きちんとタイムテーブルの出ているもので、日に数便走っているようだ。料金は30リンギット。これはバスなんだろうなと思った。ここに直接来るかピックアップかときかれ、ピックアップを希望。

そして、3日後の朝、ピックアップのバンが到着。まずはコムタの旅行社前へ。目の前には大型のバスが止まっている。ここで乗り換えるのだろうなと思っていたら、ドライバーが戻ってきて、バンを走らせ、別のホテルへ。その次には、ペナン島の中央あたりにあるバスターミナルの近くに止まり、計5名が乗ることとなった。

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<さらばペナン>K7/FA35

ここまで来てわかったのはこのままこのバンがハジャイまで直行することだなということ。バンはペナン大橋を渡り、対岸のバタワースでまた3名乗せる。客はマレー系、インド系、中国人、よくわからないが欧米系のツーリストと日本人の自分。

バンはバタワースから高速に入り、快調に走る。途中1回給油のためのストップがあったのみ。

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<ブキッ・カユ・ヒタム>K7/FA35

バンはアロースターを過ぎ、国境方面へ。ブキッ・カユ・ヒタムの案内が出たと思うと、ドライブインのようなところに入っていく。ドライバーが皆のパスポートを集め、ブースに提出。バスとバンの専門窓口。はじめはここがマレーシア側の出国ポイントなのだろうと思っていた。ちょうど両替所があったので、リンギットからバーツに換えておく。

戻ってきたパスポートにはスタンプはなく、タイの入国カードにそれぞれのデータがタイプ打ちされたものが挟まれていた。このあと、無事マレーシアの出国ポイントを通過。バンに乗り込み5分もいないうちにタイ側サダオの入国ポイントに到着。

タイの入国も何も問題はなかった。正しそうすんなりとはいかない。乗客のうち2名のバングラデシュ国籍の男が通過できなかったのだ。所持金が足りないとのことだが、荷物が全くないに等しいことからも、タイの入管はよく見ていたのかも知れない。彼らは、他の乗客から見せ金を借り通過を試みていたが、ドライバーがぶち切れた。「おまえら、あとでまた来るから、それまで待ってろ」バンはすげなく発車した。

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<サダオ>K7/FA35

ハジャイまではここから1時間くらいかかった。ドライバーは2つの携帯電話を駆使して、マレー語とタイ語でやりとりしている。ハジャイは都会だった。予約していた宿までは横付けされなかったものの、近くまで送ってもらい助かった。

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2011年2月25日 (金)

毎日が麺料理/マレーの麺料理まとめ

ペナンで泊まったのは、シティテルというホテル。自分にしてみればやや高額なのだが、今回はルーティングがほぼきっちり決まっていたので、ネットができるこの宿にしてみた。

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<朝食の麺コーナー>GR DIGITAL

ここが良かったのは、朝食が素晴らしかったこと。いずれもセルフサービスながら、マレー系、インド系、中国系に配慮した食事が楽しめる。ま、マレーシアのような多民族国家では宿の朝食もそれぞれに配慮しなくてはすごいクレームがくるだろうから、これはまあ当然。

それぞれの民族料理がかなりバラエティに富んでいたばかりではなく、一応日本食のコーナーまであった。みそ汁や炊きたてご飯だけでなく、なんと日本蕎麦まで用意されているという周到さであった。

ま、それらは食べなかったのだが、一番感動したのは熱々の麺を自分で好きなように作って食べることができること。用意されているのは小麦粉の卵麺とビーフン。あの深夜特急の沢木耕太郎も、近年訪れたベトナムではホテルの朝食でフォーを頼んでから、おもむろに用意されたものを好きなように食べたとコメントしている。

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<セルフのラクサ>GR DIGITAL

麺は先に述べたとおりだが、日によってスープもいろいろ。このようなスパイシーなラクサを自分で作った。

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<セルフのビーフン麺>GR DIGITAL

またある日はビーフンでタイの中華系に挑戦してみたり。

ともかく、ここは、この朝食だけでも泊まる価値があるかも。しかも、ジョージタウンのど真ん中、ペナン通りにあるので何かと便利である。

また、この他にも、いくつかの麺料理を店で食べている。

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<プロウンミー>GR DIGITAL

クアラルンプール到着後に食べたスープがやや酸っぱい麺。メインはエビを縦にカットしたもの。スープはともかく、ちょっと淡泊。これは屋台のもので、あまり美味しくはなかった。

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<ホッケンミー>GR DIGITAL

こちらはマラッカで食べた麺。名前は福建省から来ている。色合いの通り、麺がソースのようなもので茶色く絡められていて濃厚な味。小麦粉の卵麺を使っていると思う。見た目からしてソース焼きそばのような感じだが、味もそれに近い。

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<ワンタンミー>GR DIGITAL

クアラルンプールのユニクロが入った新しいビル、ファーレンハイトの中の広東料理店にて。美味しいエビワンタンがゴロゴロ。麺もかなり硬めで、ゴムのような感触。これ、まったく香港やマカオのワンタン麺と同じ味です。ちなみに、ドライを頼むとスープが別添えとなる。美味しかったです。

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<ドライチキンヌードル>GR DIGITAL

ジョージタウンに到着して軽く食べようかと入った、コムタにある店のもの。写真では量が普通に感じられるかも知れないが、焼き肉のような鶏肉と目玉焼き、野菜が付いて結構ヘビーでした。

でも、味はかなり良かった。

ま、こんなところで。

そろそろ3月になってしまうので、ペナンの出来事もこれで終わりにします。次回は国境越えからタイに突入します。

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2011年2月20日 (日)

ペナンの公司

マレーシアは天然ゴムや錫の産出により、外国人労働者が多数流入したため、今ではインド系、中国系の人たちが多く住む多民族国家となっている。インド人はヒンドゥ寺院を作り、中国人は中国寺院を作ったわけだが、移住が安定してきて、裕福なものが出てくると、中国人たちは自分たちの一族を祀るよりどころのようなものを建て始める。それが、コンシ(公司)と呼ばれるものである。

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<謝公司>K7/FA35

ジョージタウンにはこうしたコンシが確認できるものだけで6ヵ所ある。すべて訪れてみたが、中には入れないところもあったり、コロニアル的なビルのようなところもあった。

中でも、謝(チア)一族のコンシと丘(クー)一族のコンシが素晴らしかった。

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<丘公司>K7/FA35

クー一族のコンシは正式には龍山堂丘公司といい、10リンギットの入場料まであるほどである。それだけにジョージタウンでもっとも素晴らしいコンシとなっている。

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<建物内部の提灯>K7/DA21

この建物は大きいだけでなく、さすがに入場料を取るだけあって、内部にはジオラマを使った生活の様子まで再現されている。

ところで、建物内部の撮影にはISO感度をかなり上げて使った。PENTAX K-7は最高ISO6400まで使えるが、ISO2000程度でも内蔵ストロボを使わなくてすむのが嬉しい。旅の後半ではISO6400も試してみたが、これだとさすがにノイズが出る。K-7は発売2年足らずで後継機種K-5に取って代わられてしまった。K-5はISO51200と桁違いなのだが、ここまでは必要ない。夜間の路上などでもK-7で事足りる。

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<内装>K7/DA21

この建物自体は19世紀後半に建てられたらしいが火災により焼失し、20世紀初めに再建され、1960年代に改築されたとのこと。内部には一族の成功者たちが納めた額がある。意味するところは不明なのだが、それぞれの成功をここに報告するということなのだろうか。

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2011年2月17日 (木)

ひとつの通りに4つの宗教

その通りの名は、マスジット・カピタン・クリン通り。ここには、ペナンに住む民族の心のよりどころとする宗教施設がそれぞれにある。

これらの紹介は民族に差をつけるわけにも行かず、コーンウォリス要塞がわからコムタの方面に向かうことにして挙げていくことにする。

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<セント・ジョージ教会>K7/DA21

言わずもがなの英国国教会。イギリスがペナンに上陸し、ケダー州のスルタンからペナンを譲り受け、ここをシンガポール、マラッカとともに海峡植民地とした。その当時のイギリス国王がジョージ3世であった。ペナンの中心地、ジョージタウンの名前はこれにあやかるものである。

マレーシアではイギリスの影響がなお残り、シンガポールにも、英国国教会の大聖堂があるのだが、マラッカはなお歴史が古く、ポルトガルとオランダに植民地にされたことがあり、フランシスコ・ザビエルの影も見えてくる。

なお、ここから少し離れたところにはカトリックの大聖堂があるが、これはあとで知った。セント・ジョージ教会を訪れた時には修復中で、中に入ることさえできなかった。この写真は覆われたフェンスを撮さないようにして撮ったものである。

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<観音寺>K7/DA21

セント・ジョージ教会からコムタ側に約5分程度歩いたところにある中国寺院。何がどうということのないごく普通の中国寺院だが、線香が立ちこめる中、かなりの人たちが熱心に祈っている。

なお、この画像はモノクロモードで撮してしまったもの。K-7の設定をいじっていたら、突然こうなってしまった。普段カメラのモニターを撮影後もほとんど確認しないので、しばらくはモノクロのままだった。フィルムカメラ時代のままの感覚なので、どうしようもない。

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<マハ・マリアン寺院>K7/DA15

こちらはヒンドゥ寺院。正面のゴプラムは7mの高さがあるそうな。割と小さい寺院なのだが、裸足になれば、異教徒であろうと中を自由に見学できるところがよい。ヒンドゥ寺院はクアラルンプールのなぜかチャイナタウンにもあった。また、マラッカとジョホールバルにもある。もちろん、シンガポールにも。この中ではジョホールバルのヒンドゥ寺院は見学不可。

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<カピタン・クリン・モスク>K7/DA15

マレーシアでも最大級のモスクのひとつ。もっとも、マレーシアではモスクとはいわず、正式名称は、マスジット・カピタン・クリンである。大きさも相当なものだが、建物の美しさもなかなかのもの。

マレーシアでは異教徒はモスク内部に入ることはできず、外からの見学となる。

このように、ひとつの通りに4つの異なる宗教が混在しているところがペナンを象徴しているといえるのだが、ジョージタウンでもこのようなとおりはなかなかないらしく、もらったパンフレットではこのことがかなり強調して書いてあった。

さらにジョージタウン町歩きは続く。

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2011年2月13日 (日)

沢木耕太郎の足跡を追うその1

 ペナンはマレー半島側のウェルスレイ地区とペナン島の二つの部分から成る。その意味では九龍と香港島から成る香港とよく似ているといえる。ただ、半島側から島へ渡るフェリーは、香港のスター・フェリーの倍近くあり、時間も十七、八分とかなりかかる。面白いのは料金のシステムで、ペナン島に向かう時は無料、ペナン島から半島側へ渡ってくる時に三十五セント払えばいいらしい。マレーシア・ドルは約百二十五円だから、往復で四十五円足らずということになる。(沢木耕太郎「深夜特急」より引用)

今回のマレー半島縦断の旅では、沢木耕太郎の「深夜特急」第五章に登場する土地を辿ってみることとなった。もちろん当初はそんなつもりもなかったが、こういうルートを取る以上、それは避けて通れないことなのかも知れない。

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<マレー鉄道ビル>K7/FA35

この時計塔を持つ建物は、マレー鉄道ビルで、世界遺産の登録物件でもある。持参のガイドブックは3年前のもので、当時はまだジョージタウンが世界遺産に登録されてなかったため、ジョージタウンもただのコロニアル的な町としてしか紹介がない。この建物が、世界遺産であることはもらったパンフレットであとで知ったことになる。

今回のジョージタウンでは、そんな「あとで知った」ものがたくさんあり、ますますここは再訪するべきところだという気になる。

このマレー鉄道ビルはジョージタウンとバタワースを結ぶフェリー埠頭の向かいにある。もちろん、ペナンまではマレー鉄道は乗り入れていないのだが、ジョージタウンこそがペナン州の州都であることの証明なのかも知れない。

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<フェリーの表示>K7/FA35

わかるだろうか。フェリー料金はペナンからバタワースに向かう時は無料。逆の場合は1.2リンギットである。この片道無料というシステム、沢木耕太郎の頃から変わっていない。もっとも、「深夜特急」の場合、バタワースからペナンに向かう場合が無料だったのだが。

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<船内>K7/FA35

長い通路を歩き、船内へ。ペナン側はゲートもない。このフェリーだが、香港のスターフェリーのように、乗客専用。自動車用はまた専用のものがある。スターフェリーよりも倍くらいの大きさで、所要時間は同じくらい。ペナンのフェリーの方がスピードが出るようだ。

座席はスターフェリーと同じように、背もたれを倒し、向きを変えることができる。また、同じようにスクリューも船の前後にあるらしく、向きを変えずにバタワースとペナンの間を航行する。いわば、日本の電車と同じである。

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<航海中>K7/FA35

ペナン滞在中は天気が今ひとつで、この時も今にも雨が降り出しそうな感じだった。海峡は波も穏やかで、安定している。上の写真はペナンからバタワースに向かうところで、後ろに回って撮影した。

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<バタワース駅>K7/FA35

バタワースに到着し、そのまままっすぐ歩いていくと、駅への連絡口が現れる。この時間帯は出発も到着もないようで、駅まで行く人はほとんどいない。

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<これに乗れば…>K7/FA35

バタワースは予想通り、小さな駅だった。バンコクとバタワースを結ぶ、1日1本の国際列車がある。所要時間約23時間。バンコクの駅はフアランポーンで賑やかだし、それなりの情緒もある。一方、マレーシアの終着、バタワースはというと、こんな具合。

だが、列車の発着する時間となると、どこからともなく旅人が集まり、それなりの雰囲気になるに違いない。

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<バタワース側のフェリー入口>K7/FA35

駅には10分程度いただろうか。そのまま、元の道を引き返し、戻りのフェリーに1.2リンギット払って乗り込む。回転バー式の改札で、そのままコインを入れれば通ることができる。トークンでも売っているのかと思ったが、そうではなかった。

沢木耕太郎は、ハジャイから列車でバタワースにやってきた。この列車は現在ガイドブックに記載がないようだが、今でも走っているらしい。また、沢木氏が旅した当時はバンコクとシンガポールを結ぶ国際列車もあったらしいが、現在はバタワースとクアラルンプールで乗り継がねばならない。

沢木氏はバタワースでフェリーに乗り継ぎ、ジョージタウンに到着するのだが、トライショー引きに翻弄されつつも、同楽旅社という、「不思議で面白い」宿に長逗留することになる。

その後映像化された大沢たかお主演の「劇的紀行・深夜特急」では「不思議で面白い」宿ではなく、ビーチボーイのいるバトゥ・フェリンギのアーベン・ゲストハウスを舞台に話を進めることになる。

ともかく、これ、シリーズ化します。

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2011年2月11日 (金)

テイスティングメニュー

バリから日本に帰る直前、ネカ美術館を訪れ、すぐ近くのTropical Baleというカフェで昼食を取ってきた。ここは以前にも訪れていて、見事な田園風景を望むことのできるところとして、ガイドブックにも載っていた。当時の名前は、ただのTropicalだったのだが、ちょっと長くなっていた。

しかし、値段は高騰していたのである。高級感が増したといっても良い。だが、帰国直前ということもあり、フトコロ事情があまり豊かではないので、もっともリーズナブルなものを頼むことにする。それがテイスティングメニューというものであった。

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<トロピカル・ミントジュレップ>GR DIGITAL

テイスティングメニューとは、メニュー表に書かれた説明によれば、世界各国の料理を少しずつ味わってもらうというコンセプトであった。飲み物は、選ぶことが可能。あとはどんどん運ばれる。

ミント・ジュレップならば、ミントを入れたウィスキーなのだが、ここではウィスキーではなくアイスティーにミントを多量にぶち込んだもの。元々ミントの産地ではないと思うので、モロッコのミント茶のように強烈ではなかったが、まあまあいけます。

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<まずはパン>GR DIGITAL

バターロール風とバゲットが登場。これに、野菜を刻んだものをのせるという、イタリアのブルスケッタ風の食べ方らしい。パンはウブドの西洋レストランで出てくるちょっと情けない大きさの丸パンと異なり、しっかりした味でいい職人が作ったことがわかる。

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<ベトナム風春巻き>GR DIGITAL

皿が凝ってますね。量が少ないという声が聞こえそうですが、これぞテイスティングメニューなのである。世界各地の味を少しずつなのだ。

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<各国料理セット>GR DIGITAL

次は、まとめて持ってこられた。左からベトナム代表、生春巻き。真ん中、インドネシア・マレーシア代表、チキンサテ。右、日本代表、飛び子のせ巻き寿司。この場合寿司はなくても良い気もするが、日本人限定のメニューではないのでまあ我慢する。春巻きも2種類なくても良いのだが。

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<もうデザート>GR DIGITAL

ミントの葉がのせられたイチゴのフランベ。またはソルベか。あらまあ、もうデザートかという感じもしたのだが。

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<海鮮ラクサ>GR DIGITAL

また、メインが出てきた。こりゃなんだと思ったら、ラクサなんだそうで。具のシーフードはまあまあ美味しい。

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<クラゲのデザート>GR DIGITAL

もしかするとクラゲじゃなくて、キノコだったかも知れない。イチゴとももの味がほのかにする。これまたシャーベット風のデザートで終了。

一皿が少なく、食べたような食べなかったような。こういう食べ方って、満腹感はないものの、確実に満腹になっているものなんですよね。料金は12万ルピア。ウブドの中級レストランでの夕食では、この値段でかなり豪華な夕食が食べられる料金でした。

ええ、長々とやってきた、ジャワ&バリレポートですが、これで終了します。まだ、お見せできる写真も数多いのですが、また別の機会に。つなぎの記事でちょこっと登場することもあるでしょう。これからは、マレー半島縦断の記事に専念します。

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2011年2月 6日 (日)

マレーを代表する中華系B級料理

マレーシアの中でもペナンは食の天国という。とりわけ、屋台や簡素な食堂で出されるさほど手の込んでいない料理が美味いとのことだ。

とはいえ、持参のガイドブックは3年前のもの。その時まだジョージタウンは世界遺産に登録されてなく、観光地ではあるもののさほど力の入った編集ではない。とりあえず、町で何か食べようとは思っていたが、「食の天国」ということは、泊まった宿でもらったペナンの冊子や観光スポットに置いてあった、食のガイドからあとでわかったのであるが。

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<海南鶏飯>GR DIGITAL

マレーシアを代表するというよりも、東南アジア各国にある鶏肉料理。タイではカオマンガイ、カンボジアではバーン・サイッ・モアン。タイとカンボジアでは鶏肉がご飯の上にのっている。もちろんラオスにもある。

マレー半島では、主に海南島から移住した人たちによって伝えられ、この名前が付いた。ほぼチキンライスといわれるため、マレーの言葉ではよくわからない。だが、マレーシアやシンガポールでは日常の言葉に英語が入り込んでいるので、それでいいのかも知れない。

さて、海南鶏飯だが、ご飯と鶏肉は別皿で。ご飯は鶏肉をゆでたスープで炊き込んであり、そのスープも添えられる。また、鶏肉もゆでたものと揚げたものがあり、揚げたものの方がハイカロリー。なお、マラッカでもこれは味わえるものの、ご飯が丸くつき固められていて、呼び方も海南鶏飯粒となる。おにぎりというかネタのないにぎり寿司みたいになっている。

この海南鶏飯は町歩きの途中で入った。たぶんただのお茶付きで、5.0リンギット。

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<肉骨茶セット>GR DIGITAL

続いて、バクテー。漢字では肉骨茶と書くが、由来は不明。豚肉の漢方薬膳煮込みである。ガイドブックによれば、朝食によいとあるのだが、食べる前は肉を朝からいただくとはヘビーなのではないかと思っていた。

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<肉骨茶>GR DIGITAL

小さな鉄鍋にご飯と油條(揚げパン)つき。肉は中国的にかなりのぶつ切り状態で骨も脂身も含まれる。だが、よく煮込まれていて、身離れがよく食べやすかった。スープは多少漢方薬くさい感じもしたが、決してまずくはない。

実は、前回のマレーシアではバクテーを食べることができなかった。なので、これが初トライ。まあまあいけるんじゃないかな。比較的シンプルな料理だと思うが、たぶん店によって漢方薬の配合具合も違い、かなりのバリエーションがあると思う。

値段はコーラと合わせて10.5リンギットと海南鶏飯よりはやや高い。

まあ、かなり代表的な料理ばかりに終始してしまったが、マレーシアで何を食べようか迷った時には、この二つをインプットしておくと助かるかも知れない。

ところで、食の天国ペナンだが、この他にも、ナシ・カンダール、チャー・クィティオ、アッサム・ラクサなどがある。住民もマレー系、中国系、インド系と混在しているので、料理も自ずと各種あるし、それらのミックスも楽しめる。もちろん、プラナカン料理もある。

ペナンでは、これらの料理は屋台がよく、ペナンの住民は舌が肥えているので、評判が良くないと1ヶ月もしないうちにつぶれてしまうとのことなのだ。3泊のうちではこれらを味わうことができず、その情報もあとで知ったようなものなので、残念だった。これは近いうちにリベンジしなくてはと思う。

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2011年2月 3日 (木)

ネカって誰?

ウブド滞在最終日、ちょっと離れたネカ美術館に出かけた。ウブド6日目ともなると、やることも少なくなってきていた。この前日から自転車を借りていたので、出かける気になっていたのだ。

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<ネカ美術館>K7/Sigma20

ネカ美術館はウブドから5kmほど離れたところにある。しかし、かなりきつい上り坂である。はっきりいって、もう少し離れたところにある、プリアタンという村に行く方が楽である。いくらギアがたくさんついているマウンテンバイクでも、メンテナンスが悪く、ほとんど使えないギアばかりなので、きつくなったら、自転車を降りて押す。何もオリンピック選手じゃないし。

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<スケッチする案内人>K7/Sigma20

ようやくたどり着いたネカ美術館。ところで、ネカとは、人物の名前である。バリの絵画コレクター、ステジャ・ネカという人物が作った私設美術館である。ウブドのメインストリートには、ネカ・ギャラリーがある。

館内にはもちろん美術品も多数あるのだが、なぜかネカ氏のフィギュアのようなものが置いてある。出たがりなんだろうか。

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<ネカ氏のフィギュア>K7/Sigma20

この他にも、ネカ氏が来日した時の写真、海外のVIPがここを訪れた時にネカ氏と握手をしている写真など多数が飾られている。

ま、それはいいとして、バリの美術館はここの他にもいくつかあるが、展示館は東南アジアの建物っぽく、屋根と柱だけだったり、窓が大きく開いていてあまり空調も効かせていなかったりという状態のところも。美術品が傷まないのか。

ところで、個人的な趣味では旅先ではあまり美術館や博物館には入ることはない。時間がもったいないこともあるが、要は写真を撮っていたいのである。このようなミュージアムではショルダーバッグやリュックは持ち込めないこともよくあるし、とにかく不自由なのである。

なので、いつしかこうしたところへはあまり行かなくなってしまった。パリを複数回訪れているものの、ついぞルーブルもオルセーも訪れたことはない。まあ、混雑していることもあるけど。

一応、バリの美術館では荷物チェックや荷物預けはないです。ネカ美術館では、絵画よりも展示室IIIのロバート・A・コークという人のモノクローム写真が気に入りました。20世紀中頃のバリが紹介されていて、人々は西洋文明とは無縁状態な頃の写真です。

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