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2012年1月29日 (日)

イノシシを食らう

悪夢のようなクリスマスが終わり、本来の旅ができると勇んでシエナのバスターミナルに向かったところ、「今日は休日なのでバスはない」といわれてしまいました。

それは聖ステファーノの日。かつて南イタリアでただの日曜日だったにも関わらず、私鉄がすべて運休してしまい身動きがとれなくなってしまったことを思い出しました。フィレンツェへの便はあるらしいが、世界遺産ピエンツァへの便はまったくなし。しょうがないので、シエナ観光やりました。

そんなわけでシエナに張り付きになってしまったわけですが、さすがに観光スポットはやっていて、お店も通常営業だったのが幸いです。

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<トスカーナ風アンティパスト>GR DIGITAL

それでも、ほとんどのリストランテが19:00以降の営業だったため、店が開くまで寒いシエナの街を1時間あまりも散歩させられることになりました。

そしてようやく入った、リストランテ。正確にはリストランテではなく、オステリア。イタリアのきちんとした飲食店には、リストランテ、トラットリア、オステリアという名前が付いています。順番に格が落ちていくような記述もありますが、明確な違いがはっきりわかるわけでもありません。

オーダーしたのは、ミネラルウォーター、自家製赤ワイン、トスカーナ風前菜、トリッパ(内臓)の煮込みです。しばらくすると、カメリエーレが、「トリッパは今日はできない」と伝えてきたので、再びメニューを見て、あれがあったので頼むことにしました。

トスカーナ風の前菜とは、やはり生ハムやサラミとなりますね。南部カラブリア州の前菜もほぼ同じですけどね。ローマ風の前菜となるとこういうものではございません。

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<鶏レバーのペースト>GR DIGITAL

前菜を食べながらワインを飲み、メインが来るのを待ちます。生ハムはともかく、サラミは3種類あり、脂分の多めのものが美味かった。やや生に近いんですね。あとのふたつは通常のドライサラミとハーブ入りのサラミ。

中央にあるのは鶏レバーのペーストをのせたブルスケッタ。ブルスケッタとはパンを少しあぶり、オリーブ油をかけて具をのせたもの。具は様々で、前菜ではたいてい出てくる料理ですね。これもまた美味い。

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<イノシシ肉の煮込み>GR DIGITAL

そうして待つうちにやってきたのが、これ。メニューにCinghiale in umidoという文字を見つけていたのですね。チンギアーレというのが、イノシシ肉の名称。

結構ハーブが効かされているのですが、ワインでよく煮込んだと思われる肉は癖がなく、ナイフを使わなくても、フォークですーっと切れていく。前日のイノシシサラミのパニーノというやつもありましたが、本格的なイノシシ料理は初めてです。

癖はないけど、味もしっかりしていて美味いです。量的にも理想の一人分なのですが…。やはりイノシシ肉は身がしっかり詰まっているのか、ハイカロリーなのか翌日なかなか腹が空きませんでした。

恐るべしイノシシ肉。

ちなみに、このあとエスプレッソを頼み、しめて29.5ユーロでした。

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2012年1月27日 (金)

ネパールで出会った人々

約5ヶ月にわたってお送りしてきた、夏のインド・ネパールレポート、これにて最終回です。

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<幼稚園児>K7/FA35

夏のポカラは山も見えず、滞在するといっても町をぶらぶらするのみ。町といっても、メインストリートはレストラン、ホテル、土産物屋ばかりで、人々の生活は裏通りにある。なので、裏通りも歩くことにしたが、これという被写体がないのですね。

ようやく見つけたのが公園のような囲いのあるところ。子供たちが少数の大人に混じって戯れていた。託児所なのか幼稚園なのかよくわからないが、覗いていたら近づいてきたのがこの子たち。思わずシャッターを押したが、奥の子供はインド系の顔つきだが、手前の子供はいかにも東洋系。

以前は突然ガンジャ・ショップが現れ、その後日本に昔いたような自転車に乗った豆腐売りみたいな感じのおじさんが登場し、その自転車の荷台を覗かせてもらうと、茶色いブツが転がっていたりしたものでした。今回はそんなものはいっさい見つけられず、ポカラも健全な観光都市に生まれ変わったようです。

でも、カトマンズのダルバール広場では「ハッパ」と囁く怪しい人がちょっといた。インドでも、コルカタとヴァラナシーではいましたねえ。

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<青空市場>K7/DA21

雨上がりのカトマンズ。売っている品物は不明。カメラを向けるときちんと見てくれる人も多いが、視線をそらす人も。

インドほどはカメラが圧倒的な人気ではないようですが、カメラに対する圧倒的な拒否感は少ないと思います。

イタリアはどこに行っても、カメラに納めたくなってしまうような景色が飛び込んできますが、人物はというとなかなかカメラに納めるところまで行かないような感じがします。理由なく人物写真を撮るという行為を取りにくい。

一方あまりツーリスティックではないアジアでは、撮るものが少ないこともあり、足は自然と市場に向いたりして、そこで働く人を撮ったりしますね。

シャッターを切る回数は圧倒的にヨーロッパだろうと思いますが、印象に残る写真はアジアの方が多いような気もします。このあたりの壁を越えて、どこに行っても、人物写真を多く撮れるようになるといいのですが。また修行せねば。

では、以降はイタリアに専念します。

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2012年1月24日 (火)

こんな時はエノテカだ

毎度、イタリアとインドを行ったり来たりしてます。インド・ネパールはもう少しで終わりますので、おつきあいください。

旅先レポートでクリスマスの様子はお伝えしました。高額料金を払い、シエナまでやってきたのはいいのですが、街中は死んだような感じで、観光スポットはおろか、ほとんどの店がやっていません。しかし、イタリアにはセルフサービスのレストランがあり、これがシエナにもあるのであまり心配していなかったのですが、そのセルフサービスレストラン、「チャオ」までもが休業していました。

まあ、昼はかろうじて開いていたスパゲッテリアで済ませ、夜はどうしようかというところです。

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<カンポ広場、プッブリコ宮>K7/DA21

シエナの中心ともいえるのが、カンポ広場。ここでは、夏に2回、裸馬によるシエナ各地区の対抗レース、パリオが行われることで有名です。上の画像は市庁舎でもあり、市立美術館でもある、プッブリコ宮。時計の付いた高い塔はマンジャの塔で、登ることができます。

夕方、出歩いてみると、昼間はいなかった人々が三々五々散歩しています。でも、店はほとんどやっていなくて、かろうじてカンポ広場のカフェやレストランが頑張っていました。ただ、どこも人でいっぱいなので、開いていたエノテカを覗いてみました。

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<イノシシの頭部>K7/DA21

エノテカとは基本的にはワインを売る店です。そのほか、オリーブ油なども扱っている模様。大きなエノテカでは食事のサービスをするところもあり、昔トリエステで食事したことがあります。でも、基本は酒です。

覗いたエノテカはテーブルはないものの、生ハムやサラミなども扱い、それをパニーノ(イタリア風のサンドイッチ)にしてくれます。店のマダムがサラミの試食をさせてくれて、これを持ち帰ることにしました。そのサラミはイノシシなんだそうで、ごらんの通り、イノシシがディスプレイされていました。トスカーナ州ではこのイノシシをやたらと目にします。

ま、それだけじゃ寂しいので、店で売っていた格安のキアンティクラシコも購入。ワイン8.0ユーロ、パニーノ二つ10ユーロでした。

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<キアンティクラシコ>GR DIGITAL

黒の雄鳥が付いた赤いマークがキアンティクラシコの証。キアンティクラシコはイタリアでも最上位に分類されるD.O.C.G.ワインである。それがたったの8.0ユーロ。

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<イノシシサラミのパニーノ>GR DIGITAL

パニーノ二つですが、具は全く同じ。パンをすぱっと二つに切って、そこにイノシシサラミとペコリーノチーズ、トマトのスライスを入れたもの。ま、「美味い!」と絶叫するようなものではありませんが、とりあえず満腹にはなりました。

パンがずっしりしているんですよね。密度が濃いというか。でも、イタリアのパンはいまいち美味しくない。だからパスタが発達したんだろうか。

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<ワインオープナー持参>GR DIGITAL

このためではないのですが、ワインオープナーを持参しました。日本で売られている安いワインのほとんどはスクリューキャップになってしまい、実に久しぶりに使いました。

これ、癖がなくて、口当たりがよくて、パニーノだけじゃもったいなかったな。

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2012年1月21日 (土)

インドで出会った人々

イタリアで撮ってきた写真をざっと見て、何とも人物の写真が少ないなと思う今日この頃です。やはり、アジアは写真に対する許容度が緩いです。しかもインド人はかなりの写真好きなので、撮れるチャンスも多いわけです。

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<ブッダガヤの少年>K7/DA21

朝食を取っていたら、近くにいてにこにこしていた少年。服はぼろぼろでかなり貧しい家にいるか、ホームレスだろうと思います。そのあとも何回か遭遇し、カメラを向けるとこの表情。

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<ブッダガヤの少年少女>K7/DA21

この二人はバクシーシを要求してきた。カメラを向けるとポーズを取ってくれたものの、その後さらに要求は激しくなってきた。

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<ガイドのラカン>GR DIGITAL

日本語ぺらぺら。ブッダガヤのウェルカムゲストハウス付近にいて、日本人を観光に誘う。基本的には親切だと思うが、ブッダガヤでの評判はやっかみ半分もあってか、善し悪しが分かれるようなところがある。そう無茶苦茶大金を巻き上げられることはないと思うが、バックパッカーだったら、財政事情がきつくなるかも。

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<ヴァラナシーのリキシャワーラー>K7/DA21

ヴァラナシー滞在中は5日間も世話になってしまった。サイクルリキシャは自前のものではなく、借りているそうな。腕というか足前は確かで、なめらかにヴァラナシーの町を駆け抜けた。

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<カレー屋の兄ちゃん>GR DIGITAL

30円の朝定食の店で毎日黙々と揚げパンを作っている人物。このメシは美味かった。

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<クマール氏>K7/DA21

ブッダガヤの仏陀が悟りを開いた金剛座のすぐそばで出会った人物。ここに来ると心が穏やかになるといっていた。ブッダガヤのガイドは金金ばかりで好きじゃないとも。

ネパール編もあります。

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2012年1月17日 (火)

赤いエウロスター

旅行中の移動手段に鉄道かバスか悩むことはありませんか?自分の場合の基本スタンスは、「鉄道で行けるところはできるだけ鉄道を使う」です。

その点イタリアは鉄道網がすばらしく、本数もかなりあります。その気になれば、一番安い料金のレッジョナーレだけでもその日のうちにローマからミラノまで移動できると思います。沢木耕太郎が、ギリシアからブリンディシに船で到着し、ローマへのバス便を探したところ、「そんなバスはない」、「鉄道で行け」の大合唱にあったのも当然(細切れのプルマンはあるにはある)。

イタリアの鉄道は一部の私鉄を除きトレニタリア(Trenitalia)の運営ですが、この親会社がイタリア国鉄時代の名称(Ferrovie dello Stato S.p.A.)を引き継いでいるので、fsとも呼ばれます。なので、ここでは「fs」に統一したいと思います。

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<テルミニ>K7/DA21

ローマからシエナへの移動は当初、バスを考えていたのですが、クリスマスによって計画はもろくも崩れ、やはり鉄道となりました。テルミニの窓口は大混雑。クレジットカードの使える自動券売機には親切を装った変な奴らが群がってくるので、駅にある旅行会社で「明日の9時くらいでフィレンツェに行きたい」というと、エウロスター(ES)のチケットを出してきました。

48.25ユーロ(旅行会社の手数料含む)。東京と名古屋くらいの距離なので、このくらいの値段でしょうか。ちなみに二等席です。窓口や自動券売機ではきちんと印字された長方形のチケットが手に入るのですが、この旅行会社ではプリンターから印刷されたものでした。

チケットへの刻印はどうするのか尋ねたところ、必要ないとのことでした。イタリアは鉄道もバスも、市電も、ありとあらゆる公共交通機関ではチケットを刻印機に通さないと、罰金という規則がありましたが、座席指定の列車に限りこれが廃止されたようです。ちなみに、ヴェネツィアではヴァポレットと呼ばれる、乗り合いの船でも刻印が必要ですが。

もう一度チケットを眺めると、エウロスターの略称ESという文字は見あたらず、AVという文字がありました。なんだこれはと、駅のあちこちに貼りだしてある時刻表で確かめたところ、間違いなくエウロスターで、AVとはEurostar Italia Alta Velocitaという、ローマ・ミラノ間のエウロスター専用路線を走り(すべてではありません)、高速スピードの出せるもので、ほかのエウロスターよりも料金設定が高くなっているとのこと。

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<二等車両>K7/DA21

翌日テルミニに行き、発車番線を探して乗り込みます。驚いたのはその赤い車両。従来のエウロスターは白地に緑というカラーリングでした。この列車の愛称は「赤い矢」。AVのエウロスターは必ずフィレンツェを通るので、このあとも何回も目撃するのですが、さすがに6年ぶりともなると変化があります。

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<二等車内>GR DIGITAL

座席もすぐにわかります。もちろん車両も。インドではかなりとまどってしまいましたが、さすがは洗練された国です。でも、フランスあたりだと、3桁の車両番号もあったりするので、結構焦りますね。

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<テーブル付き>GR DIGITAL

二等座席とはいえ、そこは快適。小型のスーツケースも荷物棚の上に楽々収まります。残念なことに、座席はすべて向かい合わせ。向きを変えられません。そして、席の真ん中には一部折りたたみ式のテーブルがあり、これも収納できません。

向かい合わせなのはおしゃべり好きなイタリア人の国民性の表れなのかも。

二等は4人が向かい合わせで通路を挟んだ反対側も同じ構造。一等は通路が広くなり、4人の向かい合わせと2人の向かい合わせとなります。車内販売あり。一等は飲み物のサービスと新聞などが無料。でも、二等で十分です。

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<トイレ>GR DIGITAL

かなり快適なトイレです。こんなのがインドの鉄道にもあったら、もういうことないのですが。

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<洗面台>GR DIGITAL

こんな感じで手を乾かす装置もあります。このエウロスターは新しいので、故障もないと思いますが、そこはイタリアですから、そのうち作動しないものも出てくると思います。

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<フィレンツェ到着>K7/DA21

距離は300kmくらいあると思いますが、およそ1時間半で到着。快適な移動だったんですがねえ。シエナまでは苦行が続きました。

ちなみに、今回乗った優等列車はこれだけ。インターシティ(IC、エウロスターではない特急に相当)では、2時間半で30ユーロ。レッジョナーレ(R、ローカル列車または普通列車)では、3時間半で17.15ユーロ。

ただ、以前はたくさんあったインターシティはかなり減っていて、止まる駅の少ないレッジョナーレが増えたようです。

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2012年1月15日 (日)

ダルバール広場

PC無事に戻ってきました。意外に早かったです。

連日更新となりますが、早くインド・ネパールを終わらせてしまいます。

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<フリークストリート界隈>K7/DA15

スワヤンブナートからタクシーでやってきたのがダルバール広場。ここも世界遺産の一つで、タクシーを降り、歩き出すと係員が入域料金を徴収にやってきた。こちらは、250ネパールルピー。

カトマンズのダルバール広場は、かつての王宮を中心にしたところなのだが、タメル地区が新しい旅行者のエリアなのに対して、上の画像のあたりはフリークストリートあるいはジョッチェンという名前の、古くからある旅行者の集うところなのだ。

なので、もちろんホテルもあり、1998年にはHotel Sugatというところに泊まっている。ここは、現在も営業中でガイドブックにも載っていて、ちょっと見に行ったりもした。小林紀晴や素樹文生がタメルに泊まったのだとしたら、蔵前仁一や下川裕治はジョッチェンなんだろうなあと思う。

しかし、このHotel Sugatはまるきりダルバール広場の入域料金が適用されるところでもあり、そんな人のためにこの入域料金はパスポート提示と写真の提出によってビザ有効期限内の延長ができるとのこと。3日以内ならば写真はいらないそうだが、めんどくさそうですね。

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<クマリの館>K7/DA15

女神の化身ともいわれるクマリは、ネワール仏教徒の僧侶カーストであるサキャ(釈迦)の家から選ばれるという。ただし、大人になりかけたら役目は終了。新しいクマリが選ばれる。クマリの元にはネパール国王が訪れ、ティカを受けたというが、王政廃止に伴いその存在も変わってきそうである。

そのクマリが住むのがこの建物で、観光客もパティオのようになった中庭に入ることができる。たまに、クマリが顔を覗かせるとのことだが、30分ほど粘ってみたが気配はなく退散した。

ちなみに、入口にいる女性たちはクマリのポートレイト写真を売る人たち。クマリの館に入り、クマリに対面できても、写真撮影はできない。なので、こんな人たちがいる。

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<ハヌマン像>K7/DA15

ここが旧王宮の入口。真っ赤に彩られたハヌマン像があることから、ハヌマン・ドカ(ハヌマン神の門)と呼ばれている。

ネパール各地にハヌマン像があると思うが、やはりここのものが一番有名だろう。旧王宮はかつて訪れていて、時間もないことから、入場はやめた。

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<カーラ・バイラヴ>K7/DA15

カーラ・バイラヴはシヴァの化身ともいわれ、たくさんの人が訪れる。どこかユーモラスだが、このあたりで雨が降ってきそうになり、宿に引き上げた。

これで、カトマンズの項目は終了。あとは、この旅で出会った人物を紹介して終了したいと思います。

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2012年1月14日 (土)

食からイタリア経済を考える

最初にお断りしておきますが、新規購入のPCが緊急入院となり、やや更新ペースが遅れ気味になると思います。ネットブックや古いマシンもあり、メール送受信やブログ作成には問題ないのですが、いかんせんスピードが遅いもので、画像の加工に手間取っております。

てなわけで、今回はちょっとコラム風。

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<チャオの食事>GR DIGITAL

今回イタリアでいろいろな食事を頂いてきましたが、ちょっと考えさせられることがありました。

その前にリストランテにおけるイタリア料理のおさらいをやっておきます。イタリア料理はフランス料理の原型ともいわれ、メディチ家の娘がフランス王家に輿入れした際に、伝えられたともいわれています。そこでもたらされたものとして、ナイフやフォークがあるそうです。

イタリアではパスタを食べやすくするため、4本足のフォークが開発されたとのことです。それまではパスタも、なんと手づかみで食べていて、古い絵画には人物が手づかみし持ち上げたスパゲッティを上を向いて食べるというものもあるくらいです。元々ヨーロッパでは食事を手づかみでしていたのですが、いち早くイタリアがそれをやめたということで、これがフランスにも導入されたとのこと。

そして、食事の順番ですが、前菜(アペリティフ)、第1皿(プリモピアット)、第2皿(セコンドピアット)、デザート(ドルチェ)という決まりがあります。セコンドには野菜などの付け合わせ(コントルノ)を取るのが普通。ま、この順番もフランスにもたらされたと考えていいでしょう。

まあ、これを昼と夜繰り返しているとメタボ人間のできあがりですし、日本人のように食べきれないというか普段食べていない料理のため胃袋ができあがっていないような人や小食の人には、前菜、プリモ、セコンドのうちから2つを取ればOKという暗黙のルールのようなものがあります。デザートなどはその人の気分で。

今回、地元のイタリア人などは、前菜を飛ばしてプリモのパスタだけとか、ピザを出すところではピザだけという頼み方の人をたくさん見てきました。家族4人で来てお父さんはアルコールを飲むけど、ワインじゃなくてビールの小瓶、子供は水かジュースで、腹にたまるピザを食べ、お父さんはビールの分パスタだけねみたいな例がありました。もう回転が早い早い。すぐに出て行きます。また、ハウスワインを頼むとキャラフ(デキャンター)で出され、その容量(250ml、500ml、1000ml)を申告するのですが、グラスワインというのも、バール以外で初めて見ましたね。

で、支払いはテープルにカメリエーレ(ウェイター)を呼んでやるということをせず、直接伝票を持って支払っていたりします。もちろん、チップはなし。いやあ、イタリア人自らルール破りするほど、イタリア経済は苦しいのかなあと思いました。

今回、イタリアは6年ぶりだったのですが、料理2品とデザート、飲み物付きで20~40ユーロ台でした。ま、最初に入ってしまったところは味はすばらしかったけど、ふざけんじゃないよこの値段というのもありましたが。この値段、6年前とほとんど変わっていないのですね。まあ、日本人にとっては、ユーロ高から円高となり、半分までとはいいませんが、4割くらい得したような気がします。

また、安い食事としてセルフサービスのレストランというのは昔からありましたが、「スパゲッテリア」という、いわゆる「スパゲッティ屋」というのも登場していました(ジェラートを売る店がジェラテリア)。あと、ドネルケバブの店流行っていましたねえ。

こんな感じで苦しいのですが、今までリラからユーロ導入に伴う便乗値上げで粉飾決算気味があったので、当時を知っている日本人から見たら、それ見たことかなんですけど、ちょっと寂しい感じもします。ま、それでもアジアの物価に比べれば、断然お金がかかるんですけどね。それと、日本の国内旅行をして普通のレストランで食事をしホテルや旅館を利用するとこれくらいかかりますかねえ。

やはり今回少し散在したので、次回はヨーロッパ以外かとも思っております。

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2012年1月10日 (火)

スワヤンブナートはヒマラヤ最古の寺院

何だよ、イタリアじゃないのかよ…という声が聞こえてきそうですが、できるだけぶっ飛ばして行きますのでよろしくです。

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<急な石段>K7/DA15

この仰ぎ見るような急階段がスワヤンブナートへ至る道です。とはいえ、この裏にはバスなどの駐車場があって、ツアー客などはそこからここほどではない階段を少し上がるだけでたどり着きます。

でも、やはりネパール仏教の聖地なんですから、きちんと正面から攻めなくちゃね。まあ、2度目なんですけど、沢木耕太郎も大沢たかおも登った石段です。前に訪れたのは1998年だから、大沢たかおの方が訪問歴が古い。でも、あの人は撮影ではありながらここをバックパックを担いだまま登ってます。中身は空かもしれないけど。

かくいうワタクシ、1998年のことですが、無事参詣したあとこの石段で足が滑り、数段滑り落ちたという経験がございます。もっとも、尻を打ったくらいでひどいことにはならなかったのですが、結構滑りやすいので注意が必要です。

もうひとつの注意は猿が出没すること。特にこの石段付近は要注意で、食べ物不携帯がいいでしょう。

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<ストゥーパ>K7/DA15

いやあ、ここも変わらないなあと思いましたが、入場料150ネパールルピー。調べてみたら13年前も入場料があって、50ルピーでした。実に3倍かと思いましたが、為替相場の変動で日本円にしてみたら100円が150円になったくらいなんですね。

それまで入場料のなかった、パシュパティナートとボダナートよりはまだマシだ。で、どうやらカトマンズの世界遺産登録物件には入場料がかかるようになったようです。

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<カトマンズ市街K7/DA21

そしてこの眺望。13年前はカトマンズは排気ガスにかなり汚染されていて、飛行機からもそのひどさがわかるくらいだったのですが、旧型のテンプー(インドのオートリキシャと同じもの)を一掃したり、乗り合いテンプー(比較的大きな乗り合い三輪タクシー)のエンジンをクリーンなものに置き換えるなどして、改善されたようです。

あるいは、雨季だったからただ流されただけかな。

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<燃やす男>K7/DA21

ここにいると独特の匂いに包まれます。ヤクバターの灯明であったり、チベット文字の書かれた薄い紙(経文か)などが焼かれる匂いです。真夏でも火は絶えることがない。その陽炎の向こうに揺らめくストゥーパや人影が見え隠れする…。

もっとも、ものの焼かれる匂いはここだけじゃなくて、ボダナートにもあるんですが、ここは圧倒的に狭いですからね。

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<マニ車>K7/DA21

そんなわけで、一通り見たら、あまり長居する場所がありません。ただ、この中にカフェと称する店は数軒ありました。

さ、次はダルバール広場。

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2012年1月 8日 (日)

アリタリアで感じるイタリア

早速旅レポ行ってみます。

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<AZ785便>GR DIGITAL

今回利用したのはアリタリア航空で、これまた10年ぶり。当時は日本航空とアリタリアが業務提携していて、行きはミラノ経由の日本航空コードシェア便で、ミラノからは国内線利用でローマに到着。帰りは、アリタリアでしたが、ローマ発ミラノ経由というものでした。

えらく時間がかかったもので、コードシェア便のJALはモスクワ経由でもあったのですね。その後利用した、アムステルダム経由のKLMの方が早かったです。それがローマとノンストップ。とはいえ、出発が14:10とヨーロッパ便にしては遅めなので、ローマ到着も日が暮れてのものとなりました。

trintrinさんの情報では、機体に愛称がついているとのことでしたが、行きも帰りも搭乗口からは確認できませんでした。

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<通路側確保>GR DIGITAL

昔のアリタリアはいっさい日本語のサービスなどなく、アテンダントもネクタイを緩めたようなイタリア野郎ばかりという感じでしたが、日本人の女性アテンダントが2名配置されていました。ただし、日本の新聞サービスなどはなく、機内誌も日本語のものはありません。

さすがにボーイング777に格上げされていて、パーソナルモニターがあったものの、作動しないというばかりか、手元を照らす照明まで壊れていました。なので、ほとんど本は読めず。

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<赤ワインとつまみ>GR DIGITAL

成田を飛び立ってかなりしてから、飲み物のサービス。早速赤と行きましょう。んー、やはり美味い。アリタリアも経済不況のためか、ワインをグラスでのサービスとなってしまいましたが、タイ航空みたいに、小さなグラスではなく、大きめのものでもらえました。ちなみに、これには容量が記載されていて、これで約200mlあります。

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<ペンネの機内食>GR DIGITAL

もう一つは日本食だったような。ともあれ、すぐさまイタリアを体験したいので、やはりイタリアーノの食事ですな。先ほど赤だったので今回は白をもらいました。

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<サラダ>GR DIGITAL

まずはこちらから。ハムが生ハムではないのですが、よしとしましょう。

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<ペンネと白身魚>GR DIGITAL

白ワインにしたのは、魚だったからというのもありますね。タラのような魚です。

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<おにぎり>GR DIGITAL

まだ着きません。ロシア上空か。このあたりで、夜食のサービス。おにぎりをもらいましたが、もう一つは何だったかな。途中喉の渇きで目覚め、機内最後部に行ってみると、飲み物がおいてあり勝手に飲んで行きなよというやつです。いろいろありますが、さすがにワインはない。

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<ブラッドオレンジのジュース>GR DIGITAL

おにぎりとともにもらったのが、この赤いオレンジジュース。初めて飲んだのが、10年前のミラノからの乗り継いだ国内線でのこと。オレンジジュースを頼んだのに、トマトジュースと間違えられたかと一瞬思いましたが、ちゃんとオレンジの味がする。これ以来あればもらうようにしています。ちなみに、桃ジュースのペスカもかなりイケます。

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<機内食2回目>GR DIGITAL

これまた生ハムではないものの、イタリアを感じさせるデリカテッセンの味。さすがにローマ到着前なので、ワインは控えましたが。

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<ターミナル内の鉄道>GR DIGITAL

定刻にフィウミチーノ到着。以前こんなのあっただろうか。ともかく、日本便が発着するターミナルGからは、これに乗る必要がありますね。

そしてこのあと、荷物も無事に出て、フィウミチーノ駅からテルミニに向かうのでありました。空港-テルミニ間は14ユーロ。時間は30分くらいか。

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2012年1月 7日 (土)

トスカーナ旅の概要

日付の上ではすでに昨日になってしまいますが、昼に帰国しました。今日は比較的暖かかったようなんですが、個人的には寒さが身にしみました。

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<フィレンツェ、ミケランジェロ広場>K7/DA21

旅先での報告もあったのですが、今一度整理してみたいと思います。

  • 2011/12/23 成田-ローマ~ローマ泊(移動のみ)
  • 2011/12/24 ローマ泊(バチカン、ローマ観光)
  • 2011/12/25 ローマ-フィレンツェ-シエナ~シエナ泊(シエナ観光)
  • 2011/12/26 シエナ泊(シエナ観光)
  • 2011/12/27 シエナ-フィレンツェ~フィレンツェ泊(フ
  • ィレンツェ観光)
  • 2011/12/28 フィレンツェ泊(ルッカ、プラート観光)
  • 2011/12/29 フィレンツェ泊(ヴィンチ観光)
  • 2011/12/30 フィレンツェ泊(ピストイア観光)
  • 2011/12/31 フィレンツェ泊(アレッツォ観光)
  • 2012/01/01 フィレンツェ泊(フィレンツェ、フィエーゾレ観光)
  • 2012/01/02 フィレンツェ-アッシジ~アッシジ泊(アッシジ観光)
  • 2012/01/03 アッシジ-ローマ~ローマ泊(アッシジ、ローマ観光)
  • 2012/01/04 ローマ泊(ティボリ、ローマ観光)
  • 2012/01/05 ローマ-(機内泊)
  • 2012/01/06 -成田(帰国)

ざっとこんな感じです。

ヨーロッパは2009年夏のチュニジアの帰り、フランスに立ち寄って以来2年ぶり。イタリアは2005年夏にローマからパリまでの陸路移動をして以来6年ぶり。ヨーロッパの冬に至っては、2000/2001年の年末年始にギリシアに行って以来、11年ぶりでした。

「冬のヨーロッパは寒いぞ…」と沢木さんがカブールでヨーロッパから下ってきた旅行者に言われたみたいにやはり寒さを警戒していました。ギリシアの時もかなり寒くて、しかも宿にはスチームかオイルヒーターくらいしかなく、部屋の中もかなり寒かった印象があったのです。3月、4月のポルトガルという経験もあるのですが、まあ何とか外はしのげても部屋が寒い、それは同じです。

なので服装ですが、今の日本と同じような格好、下着、シャツ、セーター、上着が基本。念のためにと、ユニクロのヒートテック9分袖シャツ(下着、いわゆるババシャツです)、タイツまで用意していきましたが、結論からいうとヒートテックとタイツは必要なかったです。まあこれは個人差があるので何ともいえませんが、少なくともヒートテックまでは必要ない。気候的にはローマはかなり暖かいです。東京よりずっと暖かいです。トスカーナはさすがに冷え込みますので、東京の冬と同様の服装がいいでしょう。アッシジはフィレンツェから少し南に行ったウンブリア州ですが、山の中にある割にはトスカーナほどの冷え込みはありませんでした。

だいたいトスカーナは今の東京くらいかなあと思いますが、朝晩が冷え込みがきついので、手袋とマフラーを持参がいいのではないかと思います。

そして、持ち物ですが、小型スーツケースの中身はほとんどが服装。シャツを4枚持って行ったんですよね。フル活用しましたけど、なんとイタリアの宿はだいたいスチームに加えてエアコンか温風の送風機があり、部屋が25度くらいに保たれます。靴下と下着は毎日洗濯しましたけど、これが数時間で乾いてしまう。夏のアジアなんかでも同様ですが、洗ったあとにシャワー後に使用済みのバスタオルなどで、よく絞った上にそれをあてがって水分を染みこませてから干すようにしています。それでも湿度の高そうなところは乾かないことがあるというのに、イタリアではタオルもあてがっていないのに、翌朝乾いているんですよね。なので、それぞれのアイテムも1枚減らせそうな感じがしました。

あと、使わなかったのが、サンダル。宿の朝食の時などに履いていこうかと思ったんですが、あっちの人はちゃんと靴を履いて朝メシを食べます。サンダルよりもスリッパの方がよかったか、思い切ってなしでもよかったです。

今回は体調は全く問題なし。移動自体も問題なし。ただ、祝祭日で身動きがとれなくなったことはありましたが。

カメラは、K-7とGR DIGITALでした。フィルムカメラは余裕がなかったです。持参のレンズはDA15mm limited、DA21mm limited、FA50mmの3本。使用頻度は21>15>50の順です。ここ最近の傾向ですが、メインカメラをデジタル化したため、GR DIGITALは、ほとんどメシ専用カメラと化しています。これなら、フィルムカメラを持って行ってもよかったかも。

K-7を購入してから、アジアが多く、中には観光地ではないところもあるわけで、それほど撮してはいないと感じていたのですね。そんなこともあって、今回は1日あたり100カットは撮ろうと思っていたのですが、さすがは世界遺産の宝庫イタリアです。これはクリアできました。

今回もネットブックを持参し、ネットにつなげる宿を中心に回ってきたので、旅行中でも皆さんとコミュニケーションを取ることができて、楽しかったです。いつになくたくさんのコメントをいただきありがとうございました。

今回は、913t Toscanaというカテゴリーを起こしましたので、またローマから始めていきたいと思います。とはいえ、まだネパールの残りが少しだけあるので、こちらにもおつきあいくださいませ。まずは報告でした。

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2012年1月 4日 (水)

すべての道はローマに続く

旅もいよいよ終盤です。ローマに再び到着しました。

アッシジでは結局ネットができませんでした。宿にないというのもありますが、ネットカフェさえありませんでした。さすがは聖地です。

アッシジにはフィレンツェを10時過ぎに発ち、14時過ぎに到着。天気は悪く、傘はささないものの、全体的に暗かったため、ISO感度を上げての撮影になっています。昨日一通り回ったのですが、今朝また中心部を歩き、10時過ぎにアッシジを発ち、14時くらいにローマの宿にたどり着きました。

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<ヴィンチ村>K7/DA21

今日のアッシジはよく晴れて、よかったです。ローマに着いたものの、テルミニ界隈で安そうなレストラン探しと、休養に充てました。結局安そうなレストランはずっと以前通っていたところで、ローマでも破格の値段なのではと思います。この話はまたあとで。

観光は残すところあと1日。明日こそ、午前はティボリ、午後はローマ市内と行きたいです。ま、ここまで無事に来ることができましたが、最後まで気を抜かずに行きたいと思います。

コメントはすると思いますが、現地レポはこれがたぶん最後です。

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2012年1月 2日 (月)

続フィレンツェ通信

フィレンツェとうとう最後の晩です。

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<アレッツォの蚤の市>K7/DA15

フィレンツェ4日目はピストイアに行きました。ここもまた、ルッカへの途中にあるところで、ルッカの帰りに寄ってもよかったのですが、最初の構想になかったもので、この日に行きました。モンテプルチャーノとピエンツァはなしです。午後、時間はあったのですが、そろそろ疲れも出てくる頃で、宿で一休みです。

そして、昨日の大晦日はアレッツォに。これは最初から構想にあったところで、やっぱりよかったです。イタリアあまり寒くないようなことを書いていましたが、なんとここは、日陰は凍っていましたよ。距離が離れている割にあまり時間がかからなく、便数も多かったので、早くフィレンツェに戻ることができましたが、やはり宿で一休みです。4日目と5日目は、夜カメラを持って歴史地区を散歩したりしています。

今日の元旦は交通機関や店がどうなるかわからなかったので、午前はフィレンツェ散策をし、午後はフィレンツェの隣町、フィエゾーレに行ってきました。ここは、フィレンツェの市バスで行けます。

今日のフィレンツェは午前早くは人通りも少なく、宴の後状態でしたが、午後からは平常に戻ったようです。休みの店もありますが、レストランもやっています。むしろ、大晦日の方が稼ぎ時なのか、予約でいっぱいだったり、順番待ちしていたりしました。

そんな緊急時のために、クラシコではないキアンティを買い込んでいましたが、しょうがないので、今飲んでいます。

さて、明日はアッシジ。1泊だけなんですが。一応、宿を取った段階ではネット可能だったと思いましたが、だめみたいです。ま、せいぜい、WiFi可能な飲食店でも見つけます。なかったら、勘弁です。いちお、フィレンツェではWiFi可能なドネルケバブ屋なんかあるんですよ。

それにしても、アッシジまで鉄道で約3時間。近いのに、時間がかかります。しかも、直通があまりないと。プルマンは1日1便あるようなんですが、ほとんどどこのターミナルから出るかわからないので、やはり鉄道でしょう。

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2012年1月 1日 (日)

A Happy New Year 2012

あけましておめでとうございます。と、いっても実感ないんですけど。

Nenga2012

まあ、なんと安直な画像でしょう。一応、この記事は事前に作成したものですが、時間がなかったもので、フィレンツェで書きました。画像もそうです。

元旦ということで、今日はおとなしくフィレンツェ市内を歩いてみようかなと。遠出をするつもりはございません。

さて、旧年中はたくさんのコメントと励まし、お叱りなどいろいろとありがとうございました。2011年はプログ放置という状態には陥らなかったので、まあまあよかったかな。今年も、旅先での出来事をどんどん出していきたいと思います。

ま、ただ、ブログが生活の一番の優先順位となってしまうようでは、仕事などにかなりの影響が及んでしまうので、ほどほどにやっていきたいと思います。

また、昨年は「ヤムの会」を2回も開けて嬉しかったです。あ、タイフェス(靖国神社で実施)には、参加しなかったので、実質3回くらいやっているわけですが。メンバーの皆様、今年もよろしくです。是非とも、バンコクオフ実現させましょう。

いや、バンコクでなくてもいいんですよね。みんなといわず、数名が集まっていただければ。香港でも、コルカタでも、テヘランでも。あ…、やはり酒がなくてはだめですので、コルカタとテヘランはなしですぅ。

ま、ばたばたしましたが、今年もCafe de Castellaをよろしくお願いします。

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