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2014年4月13日 (日)

大沢たかおカオサンへ行く

深夜特急の足跡を追うVol.10

サームチュックに行くため、市バスに乗っていたとき偶然見かけた風景がありました。それは「劇的紀行・深夜特急'96 熱風アジア編」におけるシーン。ちょうどYouTubeに重なるシーンがアップされていましたので、とりあえずご覧ください。

香港からバンコクまでやってきた大沢たかおは、タイ人の大学生に案内される形で宿までたどり着きますが、そこでボーイたちの「レディいらないか?」攻撃に遭い、落ち着ける宿を探すことになります。原作とちょっと違うのは御愛嬌。

ビデオの5分30秒くらいからが、本日の主題と重なります。

泊まっていた宿がパッポンの近く。ビデオではスリウォン・ホテルと読み取れます。そして、新しい宿は人にきいてカオサンになりますが、ロケ時の1996年にはバンコクにはBTSもMRTもなく、運河ボートまではバスと徒歩で来たんだろうと想像できます。ま、実際にはロケ車なんでしょうが。

交差点を渡るシーン、SOGOの文字があります。これ、間違いなくエラワンです。あの、奉納ダンスをやる、エラワンの廟前の横断歩道ですね。現在、そごうは撤退してしまいましたが、10年くらい前まで存在していました。

そして延々と歩き、プラトゥーナムのボート乗り場から終点のパーンファー・リーラートまで、運河ボートに乗ったことになりますね。

Mt2608

<運河ボート終点>K7/DA16-50

さ、そして次のシーン。地元の人にきいて宿を紹介してもらうシーンです。背景の建物が印象的で、「劇的紀行・深夜特急」を見たときには、「なんで、ワット・プラケーオでこんなことしてるんだろうなあ」と思っていました。

で、冒頭のバスに戻ります。「あれは、ワット・プラケーオじゃない。ここなんだ」とインプットされました。そのときはサームチュックに向かうところだったので、戻ってきてから訪ね歩きました。

Mt2592

<トリムック宮殿>K7/DA16-50

トリムック宮殿とは1990年にできた、外国の要人を歓迎する迎賓館のようなところです。この前でロケを行っていたんですね。

ここからカオサンはすぐ。

もっとも、自分の場合は、戻りの市バス511番がなかなか来なくて、ここから少し歩いたら、運河ボートの終点が現れたという、ほとんど偶然によって、すべてがつながったのですが。このすぐ裏側が、ワット・サケット(プー・カオ・トーン)だったとは。このあたりの土地勘もなんとなくできてしまいました。

さすがに疲れを覚えたので、カオサンまで足を伸ばすこともなく、そのまま次のバスで戻りました。でも、帰りのルートは異なっているらしく、パンティップで降ろされてしまいました。ボートに乗っていってもよかったんですけど、それは次の課題でしょうか。

本題とは離れますが、本日のバンコク経済新聞(ネット版)に、ルンピニ・ボクシング・スタジアムが移転したというニュースがありました。沢木耕太郎がムエタイの試合を観戦し、「刺身のツマ」である最終試合の国際式ボクシングに胸を熱くしたのが、ここでした。実際の深夜特急の旅からすでに40年近く経っていますので、当時のものがどんどんなくなっていきますね。

でも、できるだけこの足跡をたどっていくつもりです。

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コメント

自分が最初にバンコクに行ったのは1997年だったので、ロケの1年後ですね。撮影当時の風景と同じような様子を体験できていたのかな。当時はホアランポン駅の横にもボート乗り場があって、そこから上に掲載されているボート終点まで乗りました。家の裏手を通ったり、水が病気になりそうな感じだったので気をつけていたことなど覚えています。

投稿: とんび | 2014年4月14日 (月) 06時51分

とんびさん、こんにちは。
わたしゃ、2003年が初訪タイですから、すでにBTSはありましたね。
フアラムポーン近くのボート、終点は上記のバーンファー・リーラートではないかと思います。
ロケはセーン・セープ運河のボートで間違いないでしょう。

投稿: ヒョウちゃん | 2014年4月14日 (月) 21時24分

5バーッが20円、今と比べるとずいぶんバーッ高です。

パッポンと言っている場所はタニヤみたいですね。

私の場合は初めてのバンコクは2000年
2000年のバンコクはこのときとさほど変わっていなかったような気がします。
さすがに今は相当変わりましたが。

投稿: スクムビット | 2014年4月14日 (月) 22時15分

私はPUNCHのビデオのロケ地を探そうかな(^^ゞ
以前、ラウ・コン・トン・ペン・フェーン・カンに出てくる渡し舟(実はオリエンタルの渡だった)を発見して、渡し舟の係りにIPOD見せて、ここでしょここ!てな感じで興奮して話しかけたんですが・・・しらねーよ、みたいな返事でがっがりしたことあります

投稿: kimcafe | 2014年4月14日 (月) 23時09分

スクムビットさん、こんにちは。
沢木耕太郎の時代は1バーツが15円でした。
まあ、日本円に換算すれば、あまり物価は変わっていないと。
パッポンのホテルはシーロムのどこかにありそうです。
自分の場合も、当時からBTSがあったので、あまり変わってないような感じがします。

投稿: ヒョウちゃん | 2014年4月15日 (火) 00時35分

kimcafeさん、こんにちは。
いいすね。PUNCHのロケ地。
PUNCHはあまり、知られてないような。
指さし会話帳にポップスのシンガーも載っているんですが、出てこなかった。
どうぞ、布教に努めてください。

投稿: ヒョウちゃん | 2014年4月15日 (火) 00時37分

今晩は。
フアラムポーン駅横の船着場からのボートの終点は
カオサン近くのバンランプーでした。
セーンセープ運河ボートの終点から橋の下を通過して
さらに先へ進みます。
98年の11月末はまだ運行していましたが、年明けには
なかったです。現在は船着場は取り壊されてかつての面影は
全く残っていませんが、何度も利用したことは良い想い出ですね。

移転先のルンピニ・ボクシング・スタジアムは
「何でこんなとこに?」という交通の便が悪い場所に
なりました。我家からは角を5回曲がると着きます。
ローカルネタでごめんなさい♪

投稿: Naozo | 2014年4月21日 (月) 01時10分

Naozoさん、こんにちは。
クルン・カセム運河からバンランプー運河に行くのですね。
98年ということは、「劇的紀行・深夜特急」の時はまだ運行していたことになりますね。
フアラムポーンの横に運河ボート、さぞかし絵になったでしょうねえ。
新ルンピニ・スタジアム、まるでルンピニ公園とは関係なくなってしまいましたか。
今、「深夜特急」を読み返しながら、バンコクに限らず、「ここならまだ行ける」場所をリストアップ中です。

投稿: ヒョウちゃん | 2014年4月21日 (月) 21時22分

今晩は。
追加情報です。
先日、旧ルンピニ・スタジアム前を通り過ぎましたが
取り壊されていました。時の流れとはいえ、個人的には
かなりショックですね。
移転した方はタノン・ラムイントラにあります。
「外観はきれいだけど、これがあのルンピニ?!」
という印象です。

初めてバンコクを訪れたのはまだBTSも地下鉄も
無かった頃なので、運河ボート、チャオプラヤーのボートや
渡し船を何度も利用しました。
今でも渋滞を避けるために利用しています。
まあ、その辺はお会いできたときにでも話しましょう。
こちらに来るときはご連絡くださいね♪

投稿: Naozo | 2014年4月21日 (月) 23時14分

Naozoさん、再びありがとうございます。
ワタクシなんざ、10年以上続けて訪タイしていますが、すでにBTSはできていたし、ほとんど今と変わらない感じはいたします。
でも、その間にMRTができたり、スワンナプームができたりと、けっこう変化していますよね。
今度は運河ボートを利用してみようと思います。

>まあ、その辺はお会いできたときにでも話しましょう。
こちらに来るときはご連絡くださいね♪

ありがとうございます。
その際には是非にも。

投稿: ヒョウちゃん | 2014年4月22日 (火) 21時08分

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