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2014年6月29日 (日)

マテーラとオレキエッテ

またしても、南イタリアシリーズに戻ります。

バーリにイタリアの私鉄が集まっていることはすでに書きましたが、バーリ近郊のもうひとつの世界遺産、マテーラにも私鉄を利用して行きます。

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<アップロ・ルカーネ鉄道>COOLPIX 880

fsのバーリ駅からちょっと歩いたところにある乗り場は、バーリ・ノルド駅。バーリ北駅ですね。すでに入線していた小ぶりの列車は、それほどひどく落書きされてはいませんでした。数両が連結されています。

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<車内>COOLPIX 880

グリーンのビニールシートです。客はほとんどいなくて、閑散としてます。最後部はバスのような作りでした。マテーラまでは一度乗り換えます。この列車も切り離されます。その点が注意ですか。

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<マテーラのサッシ>MZ-3/FA28-105mm

マテーラに到着しました。ここは、石灰岩をくりぬいた洞窟住居(サッソ、複数形がサッシ)が残るところで、そのサッシが渓谷沿いにびっしりと並んでいます。

現在も住居として使われていますが、一時期は荒れ果ててスラム化していたこともあったとか。アルベロベッロと比べると、男性的というか武骨な感じがします。

ここを一巡りし、昼食にします。

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<オレキエッテ>COOLPIX 880

さて何を食べようか。店の人はオレキエッテを盛んに薦めてきます。オレキエッテはバーリやレッチェなどのある、プーリア州の名物料理で、「小さな耳」という意味のパスタです。

耳といっても、耳たぶではなくて、耳の上部にちょっと似ています。それにしても、なんでこのような形になったのか。

いやー、オレキエッテはレッチェで食べちゃったしな。それに、マテーラはプーリア州じゃなくて、バジリカータ州じゃないの。と、抵抗を試みますが、押し切られました。今考えれば、隣接するバジリカータ州でも、オレキエッテはメジャーなパスタなんでしょうね。もっと、別の料理があればよかったんですが。でも、それなりに美味かったです。

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<戻りの車内>COOLPIX 880

帰りはなんと、新型車両でした。とんでもない赤字路線だと思いますが。

ちなみに、ここも、土日は大幅な減便となります。

南イタリア、特殊なところでしたね。ワールドカップでも、レザーポインターを照射されるというハプニングがありましたが、カラブリア鉄道内で子供にこれをやられました。バーリでは、若い連中が集っているところを通りすぎようとしたら、雰囲気が悪くて、石でも投げられるかと思いましたね。

この年、日韓ワールドカップがあり、イタリアは韓国に不可解なジャッジの連続で負けてしまうという出来事がありました。若干その影響もあると思いますが、まあ排他的なところです。

レッジョ・ディ・カラブリアまで行くと、「ナカム~ラ」と声をかけられました。その夏、中村俊輔がレッジョ・ディ・カラブリアのチーム、レッジーナに移籍したのです。それまでは日本人男性へのかけ声は「ナカタ」一筋だったのですが。

今だったら、「ホンダ」とか「ナガトモ」とかいわれるんでしょうね。

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2014年6月28日 (土)

敗退しちゃいましたが

かすてら音楽夜話Vol.33

FIFA2014ブラジルワールドカップ、日本は勝ち点1の最下位でグループリーグ敗退です。残念ですが、受け入れましょう。

それよりもアジア勢すべてが未勝利とは。これも受け入れましょう。でも、寂しいですね。

さて、NHKのワールドカップテーマ曲は椎名林檎の「NIPPON」なんですが、朝っぱらから、耳について離れないという方も、多いのではないでしょうか。最近では、化粧品のCMに出ていたり、NHKの朝ドラのテーマソング「カーネーション」などを歌っていたりと、メジャーかつ王道的な道を歩んでいるように見えます。

ですが、そのデビューは衝撃的でした。

何たって、あなた、たった二十歳ですよ。バックに亀田誠治がついていたとしても、とんでもない完成度です。ファーストアルバム『無罪モラトリアム』から楽曲は自作。当時流行っていた「渋谷系」とは相容れないような、「新宿系自作自演屋」と称していました。

「歌舞伎町の女王」はセカンドシングルなんですが、これで色物っぽく、見られているような評価もありました。また、タイトルが、扇情的でこれもますます、そっち系の評価を高めていく感じでしたね。

まあ、これは狙っていたことなんでしょう。しかし、彼女はこれを力でねじ伏せていく。デビューアルバム、『無罪モラトリアム』に続く、『勝訴ストリップ』が見事にオリコン1位を獲得。

出産、離婚を経てソロ活動の封印。東京事変としての活動後、再びのソロ復帰。そして今に至ります。

ワタクシ、実はほとんど更新してない、音楽サイトもやってまして、そこで、『無罪モラトリアム』のレビューも取り上げています。もしよかったら、これを読んで、気になるようなら、聴いてみてくださいませ。

さて、日本がいなくなった、決勝トーナメントですが、「NIPPON」が、かかりまくるんだろうなあ。でも、本来の椎名林檎が戻ってきたような感じがして、ちょっと嬉しくもあります。

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2014年6月25日 (水)

スッド・エスト鉄道

2002年の南イタリアの旅よりまたしても引っ張ってきました。

ローマからエウロスターでバーリに移動します。とはいえ、南イタリアに行くエウロスターなので、ローマ-ミラノとかローマ-ベネチアみたいな幹線を走る、ジウジアーロデザインのやつではなくて、ペンドリーノと呼ばれる振り子電車でした。いわば古いタイプでした。

で、バーリに4泊し、ここを拠点に足を伸ばして観光しました。ああ、せっかくバーリにいたというのに、「深夜特急」の調査をやるなんてことは当時考えてもいませんでした。

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<アルベロベッロ>MZ-3/FA28-105mm

この日行こうとしていたのは、世界遺産のアルベロベッロです。白い壁にとんがり屋根の住居が集まっているところ。この形の家屋をトゥルッロといい、複数形がトゥルッリです。

世界遺産の登録名も「アルベロベッロのトゥルッリ」なんですね。この形は、税金逃れのためだといわれています。家屋1軒ずつに課税されるため、調査の際に屋根を壊し、「家屋ではない」と言い逃れたんだそうで。

で、ここに行くには、私鉄のスッド・エスト鉄道に乗ります。バーリは私鉄の集まったところで、スッド・エスト鉄道の他、マテーラ方面に行くアップロ・ルカーネ鉄道、フォッジア方面に向かう路線もあります。これだけあったら、fsと合わせて、ターミナルが形成できそうですが、駅はそれぞれ別個です。

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<スッド・エスト鉄道>MZ-3/FA28-105mm

これは、アルベロベッロに止まっていた編成です。相変わらず、落書きが凄い。

ところで、スッド・エストとは、Sudが南、Estが東ですから、直訳すれば南東鉄道という単純なネーミングです。アルベロベッロから先はターラントに向かうことになっています。アルベロベッロからちょっと行った、マルティーナ・フランカでさらに分岐し、レッチェヘ。レッチェではさらに線が延びて、イタリア半島の「ブーツの踵」近くまで行くことになっている私鉄としては長大な路線を持っています。

それでも、土日は運休なんですね。

fsは、バーリ-ブリンディシ-ターラント、ブリンディシ-レッチェなどをほぼストレートに結んでいるのですが、スッド・エスト鉄道は海岸線を走らず、内陸部の小さなコムーネ(イタリアでの市町村に当たる単位)を細々と結んでいるのです。いわばスキマの鉄道。

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<シート>COOLPIX 880

ビニールシートで背もたれも直角に近いですが、ヘッドレストっぽいものもあり、肘掛けもあります。そして、南イタリアの強い日差しを防ぐ、優雅なカーテン付き。エアコンはありませんが、タイの鈍行よりも、気分良く乗車できるのではないかと思います。物売りは来ませんが。

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<やはり1両編成>MZ-3/28-105mm

今となっては記憶がほとんどなくて、画像のような1両だけだったかわかりません。まあ、決して長い編成ではないということだけは確実です。そう、今見ていてわかったのは、架線がないということですね。いわば気動車だけ。カラブリア鉄道もそうでしたが。

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2014年6月22日 (日)

カラブリア鉄道

南イタリアを旅していたとき、ふと、カタンツァーロという小都市に行ってみたくなりました。今でもそうかもしれませんが、「地球の歩き方・南イタリア」ではせいぜいナポリのあるカンパーニャ州とシチリア島、あたりまでは網羅していましたが、南部三州(プーリア、バジリカータ、カラブリア)に関しては記述がごくわずかでした。

その日はバーリの宿を朝早く出て、イタリア鉄道(fs)の鈍行に乗ります。ローマから北へは新幹線に相当するエウロスター、急行に相当するインターシティ(IC)などが走っていますが、カタンツァーロまではレッジョナーレだけです。やはり、南北の格差があります。一度、ターラントで乗り換え、レッジョ・ディ・カラブリア行きに乗ります。かなりの時間がかかりました。

到着したのは、カタンツァーロ・リドという駅で、海岸沿いにありますが、中心部ではありません。乗車券を見ると、カタンツァーロまでは、ここでICに乗り換えです。ICはすぐにやってきて、乗り込んだものの、あっという間に、カタンツァーロに到着しました。ここから中心部まではケーブルカーがあるのですが、なんと、土日運休という、日本では信じられない事態に。その日は日曜日だったのです。

タクシーもなく、しょうがないので歩き出しましたが、途中の山道でクルマが止まってくれて乗せてくれ、助かりました。

実はカタンツァーロ・リドからも交通手段はありました。それが、カラブリア鉄道で、略称FDC。なんの略かはわかりません。これに乗れば、中心部のカタンツァーロ・チッタまで来ることができるのですが、なんと、この私鉄も土日運休なのでした。

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<カラブリア鉄道>MZ-3/FA28-105mm

カタンツァーロにいても、特にこれといった観光資源がなく、カラブリア鉄道に乗ってみることにしました。ようやく月曜日になり、平常運転かと思いましたが、一部でストライキをやっているらしく、この時刻はカタンツァーロ・チッタとカタンツァーロ・リドまでの運行です。

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<車内>COOLPIX 880

それでもいいやと、乗車券を購入します。経営のうまく行かない私鉄だからか、落書きだらけの車両です。まあ、イタリアに限らず、ヨーロッパの鉄道は落書きとともにあるといっていいのですが、ここのはひときわ凄かった。

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<車内の刻印機>COOLPIX 880

車内には刻印機がありました。まるでバスのようです。イタリアではチケットを持っていても、刻印しないと罰金を食らう規則になっています。列車では普通これがないのですが、途中刻印機もないような駅に止まるからと思われます。

カタンツァーロ・リドまで往復し、午後はようやく動き出した、コゼンツァまでの往復を試みました。

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<やはり落書きだらけ>MZ-3/FA28-105mm

車両の方がちょっと異なります。でも、たった1両の編成です。

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<内部はイタリアン>COOLPIX 880

落書きされ放題の外部と違って、中は落ち着いていました。ここから絶景が続きます。その写真はないのですが。コゼンツァまでは、2時間半くらいかかりました。コゼンツァの駅で写真を撮っていると、駅員に肩を軽く叩かれ、ここまで写真を撮りに来てくれたように思われたようです。

戻りの列車でカタンツァーロに戻ると、すっかり陽は暮れていました。今、検索しても、カラブリア鉄道は出てこないんですよね。もしかすると、廃線になってしまったのかもしれません。

ちなみに、カラブリア州の州都はカタンツァーロです。

<2014/06/24追記>
もう10年以上前のことで、記憶が曖昧です。使用していたコンデジはIXYではなく、COOLPIXでした。
ネタがないので、さらに、昔の出来事を引っ張り出してきます。

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2014年6月21日 (土)

ワールドカップの想い出

世の中ワールドカップ一色ですね。もちろんサッカーのFIFAワールドカップですが。ワールドカップ期間は6月あたりと決められているため、旅先での本戦の想い出ではありません。

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<発見のモニュメント>MZ-3/FA35mm

2001年の春、ポルトガルはエヴォラという地方都市におりました。エヴォラ大学という中世から続いている大学都市です。ここでアンコウを使った料理を堪能し、宿に戻りました。

ふと、テレビをつけると、サッカーの試合をやってました。あまり興味がなかったので、流す程度にしていました。試合が終わったようです。その瞬間、近くの部屋から大歓声が。なんだと、テレビをよく見ると、ポルトガルとオランダの試合だったようで、スコアまでは覚えていませんでしたが、ドロー、引き分けに終わったようです。

それでも、歓声が上がったということは、ポルトガルが有利に展開したということでしょう。どうやら、2002年のFIFAワールドカップ、日韓大会のヨーロッパ予選だったようです。本大会には、ポルトガルは出場し、オランダは予選敗退だったようです。

イギリスでも、ビッグ・ベンの対岸でシャッター押しを頼んだ男性がこちらの出身をきいてきて、「今度のワールドカップは日本でやるね」などといわれました。そのときは、「フットボール」という言葉が出たので、一瞬なんのことかわからなかったのですが。

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<草サッカー>K7/DA21mm

アジアのサッカー後進国、日本。コートジボワールに逆転負け。次のギリシア戦はスコアレスドローと、瀬戸際まで追い込まれました。予選最終戦はコロンビアが相手。

なんか、決勝トーナメントに進めないと、暴動でも起きそうな感じですが、ワタクシ的には次で日本代表が自分たちのやりたいサッカーを見せてくれればよいと思っています。ジーコジャパンのドイツ大会の時には、がっかりでしたけど。

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2014年6月19日 (木)

わしらの「深夜特急」(3)

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<ジョージタウン、インド人街>K7/DA16-50mm

旅のルートと沢木耕太郎のルートが一致した話をしました。

文庫版「深夜特急2 マレー半島・シンガポール」での実際のルートは次の通りです。

バンコク-(鉄道)-チュムポーン-(鉄道)-スラタニー-(鉄道)-ハジャイ-(乗り合いタクシー)-ソンクラー
ソンクラー-(バス)-ハジャイ-(鉄道)-バタン・ブザール-(鉄道)-バタワース-(フェリー)-ジョージタウン
ジョージタウン-(フェリー)-バタワース-(鉄道)-クアラルンプール-(乗り合いタクシー)-マラッカ-(乗り合いタクシー)-シンガポール
シンガポール-(鉄道)-バンコク

まあ、バンコク-シンガポール間のルートが一致したといっても、鉄道を利用したのはジョホールバルとシンガポール、クアラルンプールとイポーの間だけですし、バタン・ブザールとスラタニーには立ち寄ってさえいないのですが、陸路でつなぐという行為だけはほぼ一致していますし、沢木氏の旅した空気は何となく一致したということで。

厳密にいってしまうと、ペシャワールからアフガニスタン経由でイランに到達するルートは今のところ危険が伴い、不可能と思われますので、「雰囲気を感じ取れることができれば」よしとしましょう。

こうしたルート作りも、一発で済ませたわけではなく、2回に分け、足かけ3年近く費やしています。今までの旅で訪れた地点を結びつけてみたら、ルートが重なっていた箇所がいくつもあって、今はその穴埋めをしているような状況です。

例でいうと、「深夜特急3 インド・ネパール」でのカルカッタ(現コルカタ)からアムリトサルというルートがありますが、コルカタ-デリーはつながってます。パキスタンはペシャワールだけですし、その先はトルコのドゥバヤジットまで行かないとつながりません。

ヨーロッパはかなりつながっていて、沢木氏がギリシアから上陸したブリンディシからパリまではすでに到達してます。その先を今度の旅でつなげてしまうのですが、効率悪いですね。

そうした旅の中で、「深夜特急」に登場した現存する建物や、場所を訪れて自分が何かを感じ取れば「深夜特急の足跡を追う」シリーズで取り上げることになります。

3回にわたって取り上げてきましたが、ちょっと固いのでこれでやめにします。

ああ、それにしてもネタがないです。やはり、旅に出ないと、だめですねえ。

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2014年6月16日 (月)

食えればマシなブッダガヤ

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<ブッダガヤの裏町>K7/DA21mm

ブッダガヤに泊まった翌朝の風景です。こういうところを通って食事に行きます。

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<トゥクパ>GR DIGITAL

FUJIYA GREENという、日本食でも出しそうなネーミングのレストランに行ってみます。なんと、屋根さえない、オープンな作りのところでした。トゥクパはチベットの麺料理で、このあたりはもともとチベット難民キャンプがあったあたりかなと、想像を働かせます。チキン入り。

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<エッグ・パコラ>GR DIGITAL

サイドオーダーは卵の唐揚げ。ほとんど味がないので、手近にあった、赤と緑の容器からソースをかけて頂きました。どちらも唐辛子ですが、緑の方がスパイシーです。

これに飲み物のコーラをつけて110ルピーでした。

ブッダガヤはインドの観光地にしては、インド料理のレストランがあまり見あたらないところでした。

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<朝食>GR DIGITAL

朝食もこんな具合で、ちょっとだけ焼いたトーストとチャイです。

ブッダガヤに関しては、「地球の歩き方」には、レストラン情報がいっさいありません。ホテルに関しても、詳細がなく、リストだけです。「自分の目で確かめて欲しい」などとあり、どこかをピックアップすることができないようでした。

詳細な地図はあるというのに。食えればまだマシということなんでしょうかね。

いやもう、ホントにネタが尽きてきました。困っています。

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2014年6月12日 (木)

わしらの「深夜特急」(2)

個人旅行をするきっかけになったのは、1998年の暮れから1999年の年頭にかけてのネパール旅行でした。

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<ボダナート>K7/DA21mm

この時は勤め先の同僚を誘い、終始馬鹿話で盛り上がるという楽しい旅でした。まあ、経由地の香港でRA機が到着しないというアクシデントがあり、空港のベンチで毛布を借りて1泊という体験もあったのですが。

この旅がきっかけとなり、翌年やはり別の同僚を誘い、香港とマカオを回りました。誘った同僚というのが、なんと海外が初めてという人で、自分が添乗員的な役割を買って出たのですが、同時にそれは自分の「旅のキャリアアップ」でもあったのです。

そして、その数ヶ月後、初めて一人きりでポルトガルを旅し、宿の見つけ方や航空機のストップオーバーや乗り継ぎなどを体験し、2001年のイタリア26日間で完全に仕上げたという感じです。

沢木氏はひとり旅について、「自分自身と向き合う」、「自分と対話する」、「旅を通して自分の心の中をのぞき込む」という表現をしています。同時に、二人以上の旅は楽しいが自分と向き合うことができず、旅が深いものにならないともいっています。その通りですね。

自分の旅がヨーロッパ中心から、アジア、特に東南アジアにシフトしていったのは、2008年のタイ・ラオス・雲南の旅からといえます。雨季でも無理をしなければ、のんびりではあるけれど面白いルートを回ることができることに気づいたのです。

そうしているうちに、バンコクから中国の景洪までとシンガポールとバンコクまでを陸路で結んでいることになりました。もろ、深夜特急のルートです。

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2014年6月10日 (火)

ゆるキャラ集めてみました

日本はゆるキャラがブームの極みに達した感がありますね。はじめのうちは1村1品ではありませんが、自治体が自らをアピールするために作ったようなところがあります。熊本のくまモン、奈良のせんと君、彦根の彦にゃん等々。「公式?」ゆるキャラではないふなっしーが大ブレークですが、あれはゆるキャラにヒントを得たタレント活動だという声もあります。

アジアをほっつき歩いていると、結構ゆるキャラに出会います。とはいえ、ニックネームなどは不明なんですが。やはりというか、日本とアジアの国々はゆるキャラに対する愛着度や許容度が似ているところがあるんでしょうかね。

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<KLにて発見>K7/DA21mm

クアラルンプールのもっともオサレなスポット、ブキッ・ビンタンにて遭遇しました。なかなかよくできている感じですが、ディズニーのキャラクターを寄せ集めて、配色を変えてみたという感じもします。

羽はありませんが、鳥系のキャラであることは間違いなさそうです。

KLモノレールのブキッ・ビンタン駅からLot 10という伊勢丹も入ったショッピングセンターのすぐ前で出会えます。

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<ロッブリーにて発見>K7/DA21mm

猿の街、タイのロッブリーです。タイ国鉄の線路脇、踏切を渡ったところにある寺院にあります。

どうやら、猿がもとになったようなものではありませんね。一応、この寺院も巨大な猿の石像があったりするんですが、まったく意味不明です。さりげなく、ベンチに座っていたんですが、このほかには何もなく、本当によくわかりませんでした。

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<巨大招き猫>K7/DA16-50mm

こちらは台湾の安平という台南から海側にちょっといったところのキャラです。台湾ですから、日本との関係も深く、間違いなく招き猫からきてますね。「家内安全」とかありますし。これがあったのは土産物屋の店頭です。

ここじゃなくても、台湾をくまなく探せば、まったく同じものが見つかると思われます。

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<メガネウサギ?>K7/DA16-50mm

こちらも台湾。台中の逢甲夜市にて発見。ここはゲームセンターか映画館の入口だったような記憶が。耳を怪我して包帯をしているというのが細かい。これまた意味不明。

タイではサームチュック百年市場でもグラマーすぎるお姉さんのゆるキャラがありました。結構見つかると思いますよ。

ヨーロッパやアメリカ、インドあたりにもこういうのはなさそうです。やはりアジア特有なんでしょうか。

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2014年6月 8日 (日)

エルビスのいる不思議レストラン

ハジャイからプーケットに移動。早朝の出発だったのに、到着したらもう薄暗くなっていました。宿でちょっとだけくつろぎ、夕食にでます。ここは、リゾート地ビーチではなく、プーケットタウン。どこにでもあるタイの田舎町なので、旅行者向けのレストランはなかなか見つかりません。

結局、歩き回ったあげく、宿に近いところで食事をすることに。その店は、ガラス張りだったものの、スモークでもつけてあるのか、内部をうかがうことが難しいです。でも空腹には勝てず、思い切って入ることにしました。

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<ビアシン>GR DIGITAL

薄暗いのは店内に入っても変わりません。やってきたウェイトレスは私服でしたが、結構露出度の高い姿でした。それが何人もいます。

客は自分とコンタイの男性がひとり。席の数に比べ従業員がかなり多い感じです。これでやっていけるのか、もしかして怪しい店でそのあと何かのお誘いでもあるのかと一瞬思いましたが、このあと、コンタイの男女集団が入ってきて、今の考えを打ち消しました。

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<カオ・パット>GR DIGITAL

牛肉入りのカオ・パット。味は普通です。

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<炒め物>GR DIGITAL

メニューには英語も表記してあり、おかずに「カニの炒め物」を頼んだら、こんなものが出てきました。暗かったから、こんな感じに写りましたが、カニがまるで肉のような色合いに見えてしまう。味はカニでしたが。

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<壁にエルビス>GR DIGITAL

料金はしめて、490バーツと、結構いい値段でした。名前が、Cottage Restaurantといい、プーケットタウンでは高級レストランなのではないでしょうか。

もう少し、店内を明るくして、カジュアルな雰囲気を出せば、もっと客が入るような気がするんですが。さりげなくエルビス・プレスリーのポスターとレコードを飾るなんて、いい線行っているんですけど。

一瞬構えてしまったのは、この界隈には怪しい店がいくつかあるからでした。クルマの運ちゃんからもその手のお誘いの声がかかるし。

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2014年6月 7日 (土)

わしらの「深夜特急」(1)

もう、幾度となく、ここで沢木耕太郎の「深夜特急」(あるいは「劇的紀行・深夜特急」)を取り上げているんですが、なんで?という声も聞こえてきそうなので、これからシリーズで自分との関わりなどを述べていきたいと思います。

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<ヴァラナシの路地>K7/DA21mm

主人公の私(沢木氏自身)が「若き実力者たち」の印税をもとにインド航空のチケットを手に入れ、デリーからロンドンまでをバスで駆け抜けるというのがコンセプト。そのチケットは、東京(羽田)-香港(啓徳)-バンコク(ドンムアン)-デリーというものでした。

「深夜特急」が刊行されて、新潮文庫より文庫化されたのが20年前の1994年。その頃、自分ではたまに旅に出ていましたが、あくまでも秘境ツアー専門で、個人旅行をするまでには至らなかったのです。

とはいえ、興味は大いにあって、蔵前仁一の「ゴーゴーインド」を始めにバックパッカーものの旅本は根こそぎ読み倒していたのです。

なので、「深夜特急」は文庫ではあったものの全巻購入していました。その年に訪れたのが、雲南だったのですが、啓徳時代の香港国際空港で乗り継ぎ、香港もちょっと滞在しました。

その後も旅は続け、物足りなくなってきて、個人旅行を始め、ひとりで訪れた初めての地が、ポルトガルでした。そして、空路ではなく陸路と海路、つまり、地に足をつけた状態で巡ったところが、かなり沢木耕太郎のルートと被っていることに気づき、ならば、同じルートを沢木氏よりも拡大解釈して、鉄道なども使ってつなげてしまってはどうかとなった次第です。

これは旅ができなくなるまでには、なんとかやり遂げたいです。

次に行く、フランスとイングランドもこれに乗っかった感じですね。2年前にも、計画したことがあったのですが、ロンドンオリンピックと丸かぶりで、やめました。ああいうときには警戒がきついと思いまして。

ネタがなくなってきたら、続きを書きます。

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2014年6月 4日 (水)

アルデンテにはほど遠く

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<ペンネ>GR DIGITAL

夏は久々のヨーロッパなんですが、アジアのように手軽に食の楽しみを享受できる環境じゃないというのがなかなか辛いところです。

特に麺料理好きにとっては、バミーもクイッティオも存在せず、唯一の期待がイタリアのパスタです。

上の画像はペンネですが、イタリアを一歩出ると、イタリアのパスタはバリエーションをなくし、スパゲッティオンリーといってよいかと。まあ、日本でもスーパーなどで簡単に買えますから、フランスでもイギリスでもスパゲッティを出す店はもちろんあります。

沢木耕太郎がイタリアでスパゲッティ・ポモドーロにいたく感激し、毎日食べ続けていたらしいですが、イタリアからほど近いモナコでスパゲッティ・ボンゴレを頼むと、のびきったうどんみたいなものが出てきたと書いています。

自分の場合も、モナコで頼んでみたのですが、ある程度の水準を保っていて、そんなに失望することはなかったです。まあ、イタメシ屋みたいなところでは問題ないですね。

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<ブッダガヤのスパゲッティ>GR DIGITAL

ひどかったのはモロッコのフェズで頼んだスパゲッティで、煮込みに煮込んでいて、なんだこりゃぁでした。

もう、一般レベルでは、ゆで時間などは完全に無視し、自分たちの感覚でよしとするまで煮込んでしまうようです。インドでももちろんそうですし、メキシコのイタメシ屋もひどかったです。

今回行くイギリスでは、料理にシンプルさを求め、調理する側では特に味付けをせず、塩、胡椒などは客が好きなように味付けをするとのこと。14年前では、昼食と夕食には敢えてイギリスというか、イングランドの料理を選ばず、中華、インド、ギリシャ、韓国などの料理を食べ歩いたほどです。それに、素材を徹底的に煮込んで歯ごたえとかを感じさせないのが、あちらの考え方だそうで。手強いです。

それでも唯一期待しているのが、パブの料理なんですが。それでもだめなら、これしかないか。

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<ドネル・ケバブ>GR DIGITAL

あるいは、フィッシュ・アンド・チップス。でも、昼飯程度に納めたいものですが。

一応、ルートは決定しました。宿の予約もすべて終了。もちろん、すべて、WiFiありの宿。だが、その前に、新しいネットブックかタブレットを手に入れる必要がありますが。

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2014年6月 1日 (日)

インドネシアで豆腐

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<プランバナン遺跡>K7/SIGMA20mm

ジョグジャカルタからプランバナン遺跡に向かいました。だが、それは迷走の始まりでした。

ジョグジャ(地元の人は皆こう呼びます)からプランバナンまではトランスジョグジャという専用レーンを走る路線バスで行けます。宿のオヤジにバス停までの道を確認し、乗り込みます。ところがとんでもないところに到着し、ここでいろいろきいて、さらに乗り換え、ようやくたどり着いたのでした。

路線が結構たくさんあったということです。

プランバナン遺跡はさすがに世界遺産でして、広大です。みるみる消耗していきます。アンコール遺跡ならば、そこかしこに食堂があったりするのですが、ほとんどなくて、公営の食堂に入ります。

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<エス・テ・マニス>GR DIGITAL

砂糖を加えたアイスティで一息。ミルクは入りません。マレーシアのテ・タレなどに比べると、あっさりしています。

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<ナシ・ゴレン>GR DIGITAL

インドネシア版炒飯のナシ・ゴレンです。わかりにくいですが、ハート形に盛りつけてあります。タイのカオ・パットなどと比べると、具も少なく、シンプルに見えます。とはいえ、サンバルで味付けしているので、ちょっとスパイシーです。

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<タフ・ゴレン>GR DIGITAL

豆腐を揚げたものが、サイドオーダー。東南アジアは少なからず華人の影響があり、豆腐もけっこうあります。インドネシアでは豆腐を軽く揚げます。揚げ出し豆腐みたいにはならず、やや厚揚げ風。

これにソースをかけて食べます。インドネシアではスナック感覚。肉類はありませんでしたが、安心して食べられる食事でした。

また、インドネシアでは納豆のようなものを揚げる、テンペ・ゴレンというものもあります。味は確かに納豆ですが、個人的にはいまいちでした。

夏の旅行が確定し、今はルートを検討中です。

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