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2015年6月29日 (月)

ペテロの右足・ロンドン編

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<ウエストミンスター大聖堂>K-7/DA16-50mm

ロンドンはヴィクトリア駅にほど近い、ウエストミンスター大聖堂です。世界遺産であるウエストミンスター寺院とは別物です。

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<内部>K-7/DA16-50mm

中はこんな感じでして、奥には司教座があります。つまりは、イングランド国教会ではなく、ローマ・カトリックの大聖堂で、イングランドとウェールズでは最も大きいカテドラルなんだそうです。

あの、ヨハネ・パウロ2世も公式訪問しミサを行ったとか。そしてエリザベス2世(現女王)も1995年に公式訪問し、典礼に参加したそうですが、それはイギリスの君主としてはヘンリー8世(6度結婚し、イングランド国教会をカトリックから分離させた張本人)以来というから、500年近く無視していたことになります。

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<聖ペテロ>K-7/DA16-50mm

で、こういう人物も像になっていました。頭に皿のようなものをのせているのは、「天使の輪」そのものでして、カトリックの聖人には輪っかができるのです。

ペテロはキリストの一番弟子で、後にローマまでたどり着いて亡くなり、その墓があった場所がサン・ピエトロ大聖堂となったとされています。

そのあたりの下りは、こちらを参照のこと。

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<ペテロの右足>K-7/DA16-50mm

サン・ピエトロ大聖堂の中にあるペテロ像には伝説があり、その右足に触れると幸せになれるとのことで、かなりすり減っています。もっとも、最近の画像をチェックすると、右足の摩耗がすごいためか、足にカバーのようなものをつけられています。

ロンドンのペテロも同じような効果があるのか、触っていく人がいるようです。ちょっと色が変化していますね。

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<右足拡大>K-7/DA16-50mm

ま、もともとカトリックの信者の少ないイギリスですから、ローマほどひどいことにはなっていないようです。

昨年のことですが、写真は撮りましたが、足には触れてこなかったな。今幸福度がいまいちなのはこのせいかも…。

インドに向けて
小物を調達中です。土産とかじゃなくて。今日は自転車用のダイヤル式ワイヤーロックを100均で購入してきました。これで大きい荷物を結びつければ、移動中のトイレも安心。いやいや、トイレじたいがやばい可能性も…。

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2015年6月27日 (土)

ワット・アルンは流し込み式かも

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<ワット・アルン>K-3/SIGMA20mm

2009年末のワット・アルンです。この時はまだ、フィルムカメラを使っていて、翌日から出向くアンコール遺跡への軽い慣らしのような感じで出掛けたのです。カメラも足の具合もということで。

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<祠内の女神>K-3/FA50mm

ワット・アルンのメインとなる仏塔はカイラス山をイメージしたものだということです。以前は仏塔へはかなり下の方までしか登ることができなかったのですが、さらに上までが解放されました。

陶器の破片で作られたヤックという鬼のような架空の動物もいますが、仏塔にある祠のようなものには女神のような像があります。

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<今年のワット・アルン>K-7/DA21mm

それ以来となるワット・アルンに1月に出掛けたときにまた訪れてみました。

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<女神>K-7/FA35mm

同じく高いところに登り、女神を探します。ありました。寸分違わぬその姿ですが、これは彫り込まれたものではなくて、型に流し込んで作られたものではないかと、この時思いました。

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<陶器の飾り>K-7/DA21mm

土台もアンコール遺跡が石を積み上げたものなのに対して、こちらはセメントを固めたような感じです。飾りとなるものは陶器を利用しています。この陶器が、チャオプラヤー川に沈んだ明や清の貿易船から引き上げられたものだそうで。

けっこう経済的に作られていますね。

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<ヤック>K-7/DA21mm

これも陶器を貼り付けてきらびやかに輝いています。まあ、かなりの職人を使ったことでしょうが、材料費はほとんどただです。

まあ、こういうことをすると、あちこちで陶器の剥離などが起こり、毎年修復が必要でしょうが、それでも何とかなるのがタイなんじゃないでしょうか。

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2015年6月24日 (水)

ラマダンが始まっていました

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<朝の礼拝>Coolpix880

先週の新月からラマダンに突入していたようです。日本じゃニュースになりませんからねえ。ちなみにこの画像は、ワタクシの友人でシリアでムスリムに改宗した人物の朝の礼拝風景です。

イスタンブールのホテルに同宿したのですが、律儀に早朝の礼拝をやっていたため、了解を取って撮影させて頂きました。こういう機会は滅多にないものですから。

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<東京ジャーミィ>GR DIGITAL

約1年前の東京ジャーミィです。約1年前というのは7月の終わりの頃です。ムスリムの暦は太陰暦でグレゴリオ暦より短く、なおかつ季節のずれを調整することをやりませんから、毎年少しずつ早まっていくのです。

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<夜の東京ジャーミィ>GR DIGITAL

ラマダン月は日の出から日の入りまで、食べ物と飲み物を口にすることができません。断食後(日没後でもあります)、初めて食べる食事を「イフタール」といいますが、東京ジャーミィではラマダン月の週末にイフタールを振る舞うのです。なんと、イスラムのみならず、異教徒もOKというおおらかさ。

そのイフタールを頂きにヤムの会で代々木上原に集合となったのです。集まったのはkimcafeさんtrintrinさんカルロスさん、初参戦のにこちゃん、そしてワタクシでした。

kimcafeさん、trintrinさんはプチラマダンを実行し、途中までは徒歩でやって来たそうです。にこちゃんはフューチャーフォンのカメラでモスク内と食べ物を撮りまくりです。カルロスさんはなんと、昼間別の集まりがあり、ビールおよび豚肉を大量摂取してきたという反則ワザ。大ヒールですな。

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<席は男女別>GR DIGITAL

時間が来て、地下の大食堂に移動します。列に並び、銀のプレートを受け取り、男女に分かれて食べます。女性二人の様子はまったくわからずです。

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<イフタール>GR DIGITAL

これです。東京ジャーミィはトルコが作りました。一応トルコ料理ということになりますか。手前左から時計回りに、炊き込みライスのピラウ、ひよこ豆のスープ、プディングのようなデザート、メインのおかずである肉と野菜の煮込みです。

色合いは辛そうに見えますが、唐辛子はいっさい使っていません。脂っこいかというとそれもありません。むしろやさしい味で食べやすいというか。

世界各地でスパイシーなものを食べまくり、トルコ料理にも慣れているワタクシは、「刺激の少ないトルコ系料理」などと罪深いことを口走っていました。

ラマダンですからね。約1ヶ月にわたりこうした身体に優しい料理を食べ、日中の辛さに耐え抜くのです。そしてラマダンあけには豪華でスパイシーな料理を食べる楽しみが待っているのです。ある程度はジャーミィの講話からの受け売りですが。

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<デーツ>GR DIGITAL

乾燥させたナツメヤシの実です。イフタールには欠かせないものだとか。モロッコのベルベル人のテントにおじゃましたときには、デーツとモロッコパンとミント茶を振る舞われました。それだけで立派な食事になるとのことでしたが、ちょっと寂しかったです。

ま、このあと、全員で下北沢に移動して、タイ料理をかっ食らったのですが。ともかく、来月半ばくらいまでラマダンは続きます。ムスリムの方たち、身体壊さないでね。7月には夏場所も始まります。エジプト出身、大砂嵐も断食を実行するようです。がんばれ。

インドに向けて
チェンナイとコーチンの宿を予約しました。その他いろいろ見ているんですが、ポンディあたりでも手頃でWiFiのあるホテルがけっこうありますね。アクセスも悪くないので、すべてとは行きませんが、ある程度予約しちゃおうかな。

それに、その頃はラマダンも終了しています。ムスリム系のインド人がイライラしていないというのはいいことかも。

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2015年6月22日 (月)

檳榔あるいはパーン

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<台湾のビンロウ販売ブース>K-7/DA16-50mm

ビンロウ椰子という植物があります。ビンロウの実を半分に切って石灰などを塗りキンマというコショウ科の植物の葉にくるんで、台湾やミャンマー、インドなどでは販売されています。

これをひたすら噛み続けると、化学変化によって唾液が赤くなってきます。これを噛むことを英語でベテルチューイングというそうです。ビンロウの英語名はベテルナッツ。ベテルチューイングには習慣性があり、噛んでいるとわずかに酩酊感を得られるのだそうで。

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<ベテルナッツ>K-7/DA16-50mm

ビンロウの存在は前川健一の本などで知っていました。また、最初に台湾に行くに際して、情報を仕入れていたら、台湾でもビンロウが大流行で、ビンロウを販売する店にはかなり露出度の高い服の「檳榔小姐」と呼ばれる若い女性がいるというところまでわかっていました。

しかし、マイナスイメージとして、歯がボロボロになるとか、発癌性があるとかで購入して試してみようとは思わなかったです。今から10数年前の台湾では郊外に行くと檳榔小姐のブースがやたらあったのですが、ほとんどが車窓から眺めるくらいで、きちんと写真には撮れませんでした。

今でも少しはあるようですが、正面から写真を撮ると絡まれそうな危険が伴いそうです。

ところで赤く染まった唾液はどんどんたまってきて、どこかに吐き出せばいいのでしょうが、なんと台湾では禁止行為です。とはいえ、ちょっと外れに行くと、路上が血に染まったような箇所も見かけますが。

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<ヤンゴンのキンマ売り>K-7/DA21mm

でも、台湾以外の国ではあまり好意的な目では見られていないかもしれませんが、赤い唾液を吐き出すことは禁止されていません。

でもビンロウやキンマ(タイでの呼び名)、パーン(インドでの呼び名)愛好者はできるだけ唾液を口にためているようです。

ヴァラナシーの裏町であるところへの行き方をきいたことがあります。相手は物売りだったと思うのですが、変な話し方をするのでした。口を開けっ放しのまま話します。子音によっては唇を噛んだり閉じたりする必要がありますが、その男性は口を開けたままです。

パーンを噛んで唾液をためていたのですね。それでもなんとか通じるものです。しかも英語で。

タイのスコータイからピッサヌロークに戻るバスでは、通路を挟んだ隣の席にキンマを愛好するおばあさんが座りました。唾液はたまってくるのですが、どうするのかというと、紙コップに赤い唾液を少しずつ吐き出すのでした。

最初はよくわからなくて、「この人重度の結核患者かも」などと思ってしまったくらいですが。

台湾のタクシーでもビンロウ愛好運ちゃんのクルマに乗ったことがあります。この人も紙コップに出してましたね。

あ、そういえば、バガンでも雇った馬車の運ちゃんがキンマ噛んでました。

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2015年6月20日 (土)

世界のポスト・プリミティブ編

かすてら音楽夜話Vol.38

ちょっと昔の写真を眺めていたら、いろいろな国のポストがでてきました。「いろいろな国」とはいえ、わたしゃ限られた国への渡航を繰り返していますので、それほどバリエーションがあるわけでもありませんが。

まあ、それでも行ってみましょう。

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<インドネシア・ロンボク島>GR DIGITAL

ポストとも何とも書かれていないシロモノです。これで果たして集配に来るのか非常に不安になりますが、一応ポストです。でも、インドネシアから手紙を出したことないんですよね。

形が独特で、色遣いがもっと地味であれば何かの祠にも見えてしまいます。

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<ミャンマー・ヤンゴン>GR DIGITAL

こちらはヤンゴンのポストです。日本と同じ赤のものですが、現地語だけの表記ですね。まあ、日本のポストも英語などいっさい使われていませんが。

これまた、きちんと集配に来るのか非常に不安がつきまとうようなシロモノです。

やっぱりミャンマーでも手紙を投函したことはないのですが、どんなもんでしょうか。

そのような怪しげな感じがある場合、郵便局に行きそこで切手を購入してその場で投函するというのが、一番だと思います。ごく普通の店で切手を購入した場合、きっちりその額の切手があるとは限らないし、あったとしても数枚の切手を貼らなくてはならず、住所が隠れてしまう可能性があるからです。

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<モロッコ・マラケシュ>MZ-3/FA28-105mm

壁と一体化したポストです。壁のペイントがポストに垂れてきています。モロッコはフランスが一時期支配したことがあり、フランス語で「ポステ」とあります。モロッコは英語よりもフランス語の方が通じます。とはいえ、フランス語はできませんが(一応第二外国語で取りましたが、何か?)。

ポストというと、「Please Mr. Postman」という曲があります。ビートルズもカーペンターズもカバーしているのですが、オリジナルはアメリカ、モータウン系のアフリカ系女子のコーラスグループ、マーベレッツ(Marvelettes)です。

この曲でビルボード1位を獲得。その後、ビートルズがカバーししばらくしてからカーペンターズもカバーしましたが、オリジナルの方があまり知られてないという曲でしょうか。

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2015年6月16日 (火)

インドビザ到着しました

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<ヴァラナシの花屋>K-7/DA21mm

インドに行くにはビザが必要です。チェンナイで入国予定ですが、現在インドではアライバルビザも取ることができます。しかし、かなり高く、窓口の職員もアライバルビザのシステムになれていないので、かなり時間がかかるそうです。

なので通常のビザを取ることにしました。今はオンラインでインドビザ申請センターのホームページの様式に主に英文で記入したものを自分でプリントアウトして、写真などを添えて提出すれば、書類の不備さえなければ簡単だそうです。それに郵送も受け付けているとのこと。

ですが、面倒だったので代行業者にお願いしました。そのビザが本日郵送されてきました。4回目のビザです。前回はシール式で、氏名とパスポートナンバーなどがタイピングされたものでしたが、ちょっと前から変更になったようで、シール式には違いありませんが、提出した顔写真がビザに印刷されています。テロを警戒して入るんでしょうね。

結構面倒なんですよね、代行業者とはいえ。

代行業者の手順
1 申し込みはメール。返信されたメールのリンクから必要事項を記入し、送信。
2 再び返信されたメールから、添付の書類を自分でプリントアウトし、手書きの署名などをする。
3 ビザ代込みの代金を振り込み。
4 作った書類に顔写真を添え、パスポートとともに業者に郵送。
5 代行業者がインドビザ申請センターに提出。
6 インドビザセンターがビザを発給。
7 代行業者が依頼者にビザとパスポートを郵送。

こんな感じです。ただ、写真にはいろいろ規定があり、メガネの場合は眼がちゃんと確認できるものとか、背景が「白」であるとか、顔の位置まで指定されていました。自分の場合はパスポート申請時にパスポート用サイズとインドビザ用の5cmx5cmのものを作っていたので(スピード写真でもできます)、これで済ませましたが、背景がちょっと灰色っぽかったんです。まあ、はねられたらまた撮ればいいやとそのまま送りましたが、大丈夫でした。

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<ガート>K-7/FA35mm

ビザを取れたのでチェックインカウンターで搭乗拒否にあうこともありません。あとはひたすら、その日が来るのを待ちましょう。

さあて、宿探しでもやるかな。

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2015年6月14日 (日)

屋根裏部屋

国際バスでポルトガルのポルトからスペインのアビラまでやって来ました。ま、国際バスといっても、EU圏内なので楽々ではあります。距離もそんなにないし。

国境ではイミグレーションはないのですが、実際には検問があり、南米系のパスポート所有者は徹底的に調べられていました。また、中国人と思われる2名の東洋人がいて、ワタクシの目には日本の赤いパスポートを所有しているように見えました。どちらも男性で30代くらいのと50代のようです。年上の男性は若い方に頼り切っているようで、もしかしたら、スネークヘッドと顧客なのかもしれません。

自分はまったく問題ありませんでした。

アビラに到着し、宿を探します。

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<客室>Coolpix880

バスターミナルから旧市街への門をくぐってすぐのところにその宿はありました。Hotel Arco San Vicente。当時はもちろん現地での飛び込みが基本です。当時モバイル機器もなく、どうやって次の地点にたどり着くことができるか、あるいはできないかなかなか判断が難しく、宿の予約はせいぜい最初と最後くらいをするのが精一杯でした。

そして宿を見つけ、交渉しますが、スペインもポルトガルも相手の感じを勝手に判断して、空室のあるなしを伝えるようなところがありました。明らかに空室があるだろうに断られたこともありました。ここではそういうこともなく、部屋を見て泊まることにしました。

部屋は少し狭かったですが、富士通のエアコンもあり、快適です。

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<浴室>Coolpix880

狭いながらもバスタブがありました。もちろんラテンの国なので、ビデがあります。ちなみにビデは、ジブラルタル海峡を越えたモロッコにもありました。近年、新しいタイプの宿が増えてきて、本家のようなフランスでもビデのない宿もありますが。

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<ミネラルウォーター>Coolpix880

アジアでは当たり前のサービスのミネラルウォーターですが、ヨーロッパではないのが普通です。ここは1本だけですが、ついていました。こういうサービスはいいですね。

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<屋根裏の窓>Coolpix880

窓のない部屋でしたが、天井が斜めになっていて、そこにシャッターがありました。開けてみると、アビラの城壁が見えます。明かり取りとしてもこれは使えます。屋根裏部屋というのも初めてです。ま、屋根裏だからこそ、部屋もやや狭いのでしょうが。

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<朝食>Coolpix880

朝食は付属のバールのようなところで頂きます。もっとも、パンと飲み物だけのコンチネンタル式ですが。

これで料金は1泊40ユーロ弱でした。当時ユーロが150円位しました。それでも、ここは安い方だったかな。

インドに向けて
靴を購入しました。基本的に現地ではサンダルで通すので、現地までと日本までの靴となります。つまりはほとんど荷物の中に入れておくだけのもので、スニーカーなどかさばるので、あまりかさばらないメッシュのものです。

シャンプーも探したのですが、でかいボトルしかなく、コンビニあたりを探してみようと思います。

また、チェンナイとコーチンの宿をAgodaでチェックしました。

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2015年6月12日 (金)

水のイタリア

世界のミネラルウォーターVol.14

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<アッシジ>K-7/DA15mm

世界遺産が最も多い国イタリア。販売されているミネラルウォーターもかなり多く、メジャーブランドからマイナーブランドまで多種に渡ります。

ミネラルウォーターはアクア・ミネラーレという発音です。バルやタバッキなどでは単に「アクア」で通じると思います。「ア」を強く発音し、「アックア」のように聞こえるようにすれば完璧です。

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<San Benedetto>Ixy Digital 500

とはいえ、もっとも有名なのがこの「サン・ベネデット」ではないでしょうか。フィレンツェ-ボローニャ間を列車に乗ったことがあり、その間に「サン・ベネデット」という駅がありました。今調べてみたら、「サン・ベネデット」を冠するコムーネ(イタリアの行政単位)は数多く、エミリア・ロマーナ州の「ポルティコ・エ・サン・ベネデット」ということがわかりました。

当初はここでこの水を産出しているのかと思いましたが、そういうことでもなかったようです。日本航空とアリタリア航空で機内サービスに採用されているそうで、日本人の口にも合うでしょう。分類上は中硬水となります。

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<Levissima>GR DIGITAL

こちらはレヴィッシマという水です。調べてみたら、ネスレ社の製品でした。正確にいうと、ネスレのグループで、San Pellegrino社のものです。サン・ペレグリーノ地震のブランドのミネラルウォーターもよく見かけます。ただし、そちらは炭酸ガス入り。

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<ローマ、船の噴水>K-7/DA21mm

ところでローマではあちこちで噴水がありまして、そこには日本の公園にもあるような水飲み場もあります。この水が実はけっこう美味しいです。

ローマの上水道は比較的飲用に適しているようです。この水飲み場から空のペットボトルに水を詰めている人もいますし、直接飲んでいる人もいます。

夏場に歩き回って、この水を飲んだときの美味しさは何物にも代え難いです。これホント。

インドに向けて
代行業者にインドビザの申請をお願いしました。メールでのやりとりと、代金振り込み、送られてきた書類の作成(サイン程度)を行い、書類、写真、パスポートの送付まで行いました。それらはインドビザ申請センターに送られたようですが、特に問題がなかったようなので、しばらくすれば戻ってくると思います。その次は宿の予約ですかね。

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2015年6月 9日 (火)

水シャワーの想い出

インドネシアというか、バリ島が中心となると思いますが、外国人専用のバスと船のネットワークを持つプラマという会社があります。サヌールのオフィスで予約をして、バリ島のサヌールからロンボク島のマタラムまで行くことにしました。

バスはマイクロバスを少し大きくしたようなものでした。ウブドで乗り換えますが、なんと自分の予約が入ってなく、しかもこの日の運行はマタラムではなく、スンギギまでしかないとのこと。それでもいいので、ともかく港のあるバダンバイまで行きます。

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<プラマの船>MZ-3/FA35mm

バダンバイからはロンボク島までペルニという大型フェリーが運航しています。これに乗るものとばかり思っていましたが、小型の専用船でロンボクに向かいます。漁船を大きくし、乗客50名ほどを乗れるようにしたもので、とてもよく揺れました。

船室だけでは乗客が乗り切れず、わたしゃデッキで過ごしました。それにしても速度の出ない船で、ロンボクに到着したときは真っ暗でした。バリやロンボクでは船を接岸できず、船は沖合に止まり、さらに海上でアウトリガーのような小舟に乗り換え、浅瀬で足下を海水に浸しながら上陸するのです。

ここからスンギギの中心部までは船の乗務員がバンに同乗させてくれました。どこかいいホテルはないかとたずねると、「リナ・ホテル」という答えが返ってきました。

そこはスンギギのプラマのオフィスの向かいで便利そうなので泊まることにしました。

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<寝室>GR DIGITAL

まあまあ清潔感のあるベッドです。壁は竹を加工したものを編んで作ってありました。

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<エアコン>GR DIGITAL

エアコンがつきます。これはありがたい。

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<水槽>GR DIGITAL

水をためる水槽があります。

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<お湯はなし>GR DIGITAL

まあ、シャワーもあって、水槽の水を使用することはありませんでしたが、お湯は出ません。覚悟の入浴でございます。

実際暑いところですから、水を浴びたといっても震え上がることはないのですが。はじめに浴びる瞬間と、洗髪する瞬間がちょっと辛いです。

インド・ネパール国境のスノウリの宿が水だけでした。ブッダガヤの最初の宿もそうでした。まあ、それ以外にもちょっとしかお湯が出ず、あまり水と変わらないシャワーも体験しましたが。

けっこうさっぱりするものです。毎日これは勘弁ですけどね。

前回のインドの前には数回自宅で水シャワーを浴び、身体に耐性をつけていきましたが。

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<気分だけはリゾート>GR DIGITAL

ホテルといっても、コテージ風の作りで、外側はこんな感じでした。ここで風に吹かれビールでも飲むと気持ちよさそうです。実際には簡単にビールが手に入らず、ここでは飲んでませんが。

ちなみに、1泊6万ルピア。600円くらいですか。朝食は付きません。

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2015年6月 7日 (日)

こぼれたチャイ

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<ハウラー駅>K-7/DA21mm

コルカタの玄関口、ハウラー駅。これから長距離列車に乗るんです。コルカタと書いたものの、実際にはフーグリ川を渡った、コルカタの対岸にあります。

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<シート>GR DIGITAL

3人は余裕で座れる座席です。カメラを構えた側にも同じ座席があるので実に余裕。

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<寝台上部>GR DIGITAL

この車両は寝台になっていて、上下二段式です。なので、向かい合わせのシートには合わせて4人で座ることになります。実際には満席にはならなかったので、向かいのおぢさんと二人で使いました。実に余裕でございます。

発車してしばらくしたとき、チャイを売りに来ました。懐かしの素焼きのぐい飲みみたいな容器に注いでくれます。1杯5ルピー。街の値段と替わらないです。

容器を窓際のテーブルに置き、5ルピーを支払います。さあ飲もうとすると、容器が傾きすべてこぼれてしまいました。向かいのオヤジが新聞を分けてくれて、チャイはすべて拭き取れました。バックパックも奇跡的に無事です。

こんなやりとりを見ていたチャイ売りですが、サービスでまた注いでくれました。これはしみじみ美味かった。

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<素焼きの容器>GR DIGITAL

捨てるには惜しく、ブッダガヤまで持ってきていました。一応自立するんですが、揺れると傾くようです。

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<削られていない高台>GR DIGITAL

粘土をろくろで廻して、いっちょ上がりみたいな作りです。糸で切ってそのまま天日干しなんでしょう。お宝探偵団の先生だったら怒り出すような作りですが、これ含んでの5ルピーですから。

この程度だったら、小学生でもできますね。

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2015年6月 4日 (木)

クルマをオブジェにしちゃいました

タイという国はクルマにかかる関税がとてつもなく高額で、日本でいうエントリークラスのクルマでさえ、軽く300万円程度の価格だそうです。となると、雇われドライバーは別として、マイカーを持つことはかなりのステータスですが。

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<ピッサヌロークにて>K-7/DA21mm

平気でこういうことをする人もいます。フォルクスワーゲンのミニバンです。詳しい生産時期はわかりませんが、1950~1960年代のものと思われます。日本だったらこういうクルマも大事に扱って今でも現役ということもあるでしょう。

スクムウィット通りのソイなどにはこのミニバンを改造した移動式の屋台も見かけます。まだ走ることのできる可能性のあるクルマです。

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<バンコク>K-7/DA21mm

こちらはスクムウィット通り沿いのソイにあった、屋根の上のトゥクトゥクです。おそらく外国人向けのバーか何かで、店名も「トゥクトゥク」だったと記憶しています。

おそらくトゥクトゥクは町工場で細々と生産されているものでしょう。単価が安い。とはいえ、この間のタイフェスでは新品価格120万円台でした。スクラップ手前のものを購入してきてオブジェにしたのではと、想像します。

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<スクラップ手前>K-7/DA21mm

この前のバンコクで、どう考えても動きそうもないクルマをナンバープレート付きで路肩に止めている場所がありました。

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<これまた>K-7/DA21mm

現役のクルマを外側に止め、廃車を守るようにしていました。事故車ではあるんでしょうが、すさまじいものがありますね。

何かの用途のため、キープしておくということでしょうか。ナンバーがあるということは、日本では年度ごとに税金が課せられることになりますが、タイでは一度購入したクルマには課せられるものが何もないということなのかもしれません。

インドに向けて
自分でできないことはないのですが、ビザの手配をお願いしました。1ヶ月くらいかかるそうですが。そろそろ、入口と出口の宿の手配もやろうかと。

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2015年6月 2日 (火)

いい加減に見えて50年

かすてら音楽夜話Vol.37

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<ロンドン>K-7/DA16-50mm

ロンドンのべーカー街。こんなショップがありました。店名はThe Rolling Stonesの「It's Only Rock'n Roll(But I Like It)」から来ています。

ストーンズは1963年のデビュー。ビートルズよりも1年遅れでメンバーも彼らよりちょっと若いです。とはいえすでにほとんどが70歳を超えていますが、なんと現在もワールドツアーの真っ最中です。

ヴォーカルのミック・ジャガー、ギターのキース・リチャーズ、ドラムスのチャーリー・ワッツがデビュー以来不動のメンバーです。もうひとりのギター、ロン・ウッドがミック・テイラーに替わり1975年に加入しています。

オリジナルメンバーで、初期のギター、ブライアン・ジョーンズは1969年に脱退し、後任にミック・テイラーが加入。しかし、ブライアンは程なくして自宅のプールで溺死体となって発見されるというスキャンダラスな結末を迎えます。また、もうひとりのオリジナルメンバーでベースのビル・ワイマンは1991年に方向性の違いから脱退しています。現在のストーンズにはベース担当が不在で、ライヴではサポートメンバーが担当しています。

1960年代から70年代にかけて、ブライアンの謎の死や、ミック、キースらの度重なる薬物や麻薬関連の逮捕や摘発で、バンドがここまで長続きするとは誰も思わなかったのではないでしょうか。ともかく当時はスキャンダラスで、酒、ドラッグ、女が絡む絵に描いたようなロック・ライフを送っていたと思われていました。

特にキースの麻薬依存は深刻で、歯は抜け落ち、ジャンキー一歩手前だったといわれています。しかし、1977年の摘発で深刻な懲役必至といわれたところから本格的な治療を始め、麻薬から手を引くことに成功しました。

YouTubeの映像ですが、1978年、アルバム『Some Girls』ツアーからのものです。ちょうどキースの麻薬摘発直後ということになり、その頃のストーンズは台頭してきたロンドンのニューウェーブであるパンクに次第に追いやられてしまうだろうと見られていました。

そこで起死回生の『Some Girls』(邦題:女たち)をリリース。「ストーンズはまだ終わってはいない」から、「世界最強のロックバンド」へとその地位を確立させたのでした。

映像ではキースとロンがそれぞれギターソロを担当しますが、最初のソロがキース、次がロンとなっています。前回紹介した、イーグルスのギターと異なり、格別テクニックがあるというわけではありませんが、存在感は圧倒的ですし、ギターだけでなくドラムとベースのリズムを含めた音のうねりが最高ですね。ストーンズファンはこれにやられてしまうんです。

チャーリーは真面目に淡々とスティックを振り続けます。残ったビル・ワイマンですが、ベースを立てて構え、飄々とリズムを刻んでいます。まるで存在感がありません。ですが、このベースラインがなくてはストーンズは成り立たないのです。

ストーンズは1990年に待望の初来日を果たします。残念ながら、ワタクシがライヴを見に行けたのは1998年のことで、ビル・ワイマンはすでにステージにはいませんでした。ま、東京ドームだったので音響的によくなかったのであまり関係なかったかもしれませんが。ベストメンバーを見たかったです。

最後に見たのは10年くらい前でしたかね。それでも、還暦前後でありながら、2時間のステージをきっちりこなすのは驚異的でした。2時間とはいえ、これをほぼ毎日やっているんですから、とんでもないし、若手のばりばりのバンドだってこんなことはできません。

結成50年をとっくに過ぎ未だ現役。ミックとキースは知り合ってから60年以上というとんでもなさです。彼らはどこまで転がり続けるんでしょうか。できれば永久であって欲しいです。

余談
ホントにネタ切れです。

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