カテゴリー「913t Toscana」の33件の記事

2012年6月 3日 (日)

エステ家の別荘

イタリア滞在最終日は、ティヴォリに行くことにした。ティヴォリはローマに隣接した小都市で、地下鉄とプルマンで行くことができる。

ティヴォリには世界遺産が二つある。ひとつは、ローマ帝国のハドリアヌス帝の別荘、ヴィッラ・アドリアーナ。もうひとつが、エステ家の別荘である、ヴィッラ・デステである。実は、2006年にヴィッラ・アドリアーナには訪れているのだが、エステ家の別荘は休館日に当たってしまい、今回そのリベンジをするのだ。

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<建物内>K7/DA21

入口は教会に隣接したところにあり、ややもすると見落としてしまいそう。ここは、16世紀に建てられたもので、内部は天井画、壁画、数々の彫刻などで飾られている。部屋の数は無数。

もちろん建物も素晴らしいものだが、ここの庭園こそがすごいものなのである。ここには、地下水道により、水が引かれ、水とともに庭で癒されるというところなのである。それにしても、ヨーロッパ人はこういうものがとても好きである。

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<巨大噴水>K7/DA21

ともあれ、大量の水を利用して作った噴水群。おそらく機械は使用してなくて、すべてが水のエネルギーを利用したもの。ヨーロッパのケーブルカーなどは水力を利用して運転するものがある。あのエッフェル塔のエレベーターもそうらしい。恐るべきヨーロッパ人の英知である。

ラオスのビエンチャンにも、ナンプというなかなか水の出ない噴水があるが、あれは何か動かすものがあって、やはり電力不足だろうから水が出ないんだろうなあ。ラオスですから、水はふんだんにあると思うけど。

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<オルガンの噴水>K7/DA15

ここでは、水力を利用して奏でられるオルガン演奏のある噴水。2時間おきらしく、結構人だかりがしていました。演奏とともに、ちょっとした仕掛けが動くのですが、こういうものもまた、ヨーロッパ人は好きですねえ。

それにしても、天気が悪かった。ティヴォリは山あいにあるので、天気も変わりやすいです。行き方は、ローマの地下鉄B線、ポンテ・マンモーロからプルマン利用。ポンテ・マンモーロの改札を出たところにある、キオスクでチケットを販売しています。ティヴォリではチケット売り場が見つけづらいので、ポンテ・マンモーロで往復購入しておいた方が便利です。

さて、これで年末年始のトスカーナの旅の報告は終了。結局6月まで引っ張ってしまいましたね。これからしばらくは、古い写真などを眺めながら、何か考えてみたいと思います。

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2012年5月20日 (日)

トラステヴェレと路面電車

イタリア最終日、最後の最後でトラステヴェレ地区にやって来たのは特に意味はありませんでした。強いていえば、午前中ティヴォリに出かけ、その戻りで乗り換えも面倒だから、そのままコロッセオまで乗って、あとは手頃なところに歩いて出たといったところ。

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<ティベリーナ島>K7/DA21

それにしても天気が悪いです。傘を取り出すほどではありませんが、たまにぽつぽつ来ます。せっかくここまで歩いてきているのだから、降り込められるのはごめんです。

テヴェレ川の中州である、ティベリーナ島。パリなら、セーヌ川にあるシテ島やサンルイ島なんでしょうが、それよりはぐっと規模が小さくなります。ここから対岸のトラステヴェレ地区に歩いていくとき、後方から双子の赤ちゃんをベビーカーに乗せた老人が歩いてきたのですが、残念ながら写真に撮れませんでした。

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<橋と南京錠>K7/DA21

その代わりといってはなんですが、こんなものを発見しました。おそらく永遠の愛を誓うカップルが、その証として鍵をかけてしまう。こうしたものは、ここだけでなく、スクムビットさんのブログでも取り上げられているように、スイスのルツェルンにもあるようですし、下川裕治氏の「世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ」という著書にもロシアのボルガ川がカスピ海に注ぐアストラハンという都市の橋にもあるようです。

あちらじゃ、このようなものがはやりなのかもしれません。

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<モグリ絵はがき>K7/DA21

トラステヴェレに渡ってみても、特に興味を引くようなものはなく、教会前の広場ではオードリー・ペップバーンとグレゴリー・ペックのスチール写真が土産物屋にありました。

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<路面電車の内部>GR DIGITAL

特にやることもなく、どうしようかと思いましたが、この目の前に市電の停留所があり、終点まで乗ってみることにしました。1日乗車券があるのでこの点は問題ありません。

しかし、日本でもっとも売れていると思われるガイドブックにはメトロやバスの路線は詳しく乗っているものの、市電についてはまったく触れられていません。せめてルートくらい載せればいいのに。

停留所はかなり頻繁にあり、20分くらいは乗っていたように思います。到着したのは、カステッロという城壁のあるあたりで、おそらくバチカンの裏側あたりなのではないかと。

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<車両基地>K7/DA21

ここには車両基地がありましたが、仕方ないので、戻りの電車でまたトラステヴェレに戻りました。

この記事、スクムビットさんの「橋にかかる愛の鍵に妄想する」にトラックバックさせてもらいます。

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2012年5月 4日 (金)

ローマで見つけた格安レストラン

いずれにしても、ヨーロッパで食事をするとかなりの額がかかる。もちろんローマでも例外ではない。

10年以上前にローマを訪れたときに、Il Santiという、安いが味のしっかりしたカジュアルレストランに通ったことがあり、その後も何回か利用したことがある。店主兼カメリエーレの老人がかなりの高齢だったこともあり、まだやっているか気になっていたのだが、ローマに戻ったときにまだやっているか確認しに行った。

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<ローマの市電>K7/DA21

そこは、テルミニ駅に到着する市電が通る一方通行の道に面したところで、安宿街にも近い。そこでいったん安心して、再び夜に出かけた。

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<水とワイン>GR DIGITAL

今回はシーフードを食べるということもあったので、白ワインにしてみた。ここは、ハウスワインではなく、ハーフボトルを持ってくる。とはいえ、375mlではなく、500mlのカステッリ・ロマーニであった。ローマは、白のカステッリ・ロマーニが有名なのである。

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<ムール貝>GR DIGITAL

卵スープとムール貝。デザートにはなかなか美味いジェラートを頼む。これで、23.5ユーロ。安い。

もちろん、翌日も通う。最後の晩餐なので、フルコースである。

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<今夜は赤>GR DIGITAL

赤のカステッリ・ロマーニ。これまた、500mlのサイズ。残念ながら、コルクで栓をしたものではなく、スクリューキャップだったが、新鮮なうちに出回るのだろうから、あまり関係ない。

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<ローマ風前菜>GR DIGITAL

アンティパスト・ミスタ。ミスタとはミックスの意味だが、この店ではこれが出てきた。野菜を軽くソテーして、オリーブ油で和えたもの。なす、ズッキーニ、トマト、タマネギ、ジャガイモと嬉しいことにポルチーニがひとつ。シンプルな料理だが、これがまた美味い。ローマでは前菜は野菜だったり、揚げ物が前菜の定番なのだが、特に夏は野菜が多くなる。

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<スパゲッテイ・ポモドーロ>GR DIGITAL

定番中の定番、スパゲッティ・ポモドーロ。どこで食べても大きなはずれはないというのは、沢木耕太郎の時代からも変わっていない。

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<アバッキオ・アロースト>GR DIGITAL

第2皿。アバッキオとは仔羊のローマ風の呼び名。臭みもないといわれているが、自分がこれを頼んだときにはやはりどこか羊という香りがした。イスラムの国を思い出す。

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<エスプレッソ入りジェラート>GR DIGITAL

ジェラート・アフォガートという、エスプレッソ入りのジェラートをこの日も頼む。これだけ頼んで、28ユーロ。釣りの2.0ユーロは店主にチップとして渡す。

この店は、店主とその夫人のような女性、その子供らしき女性の3人が店内で働き、調理人は別にいるようだ。テーブルは狭い店内にぎっしりと並べられ、19:00頃にはもう満員。いつの間にか行列もできているので、なるべく早めに行くことがよいかも。

ここに、イタリアに初めて来たような新婚旅行らしいカップルが来ていて、まだものを知らないものだから、メニューを広げてみても、迷いに迷って、二人でひとり分をシェアみたいな頼み方をしていたのですが、彼らが払ったのはたったの10ユーロ。店主もかなり歳をとっているので、頼んだものを忘れていたり、勘定もかなりアバウトなところがあります。

メニューはおそらく日本人旅行者が協力していったような日本語併記なのですが、彼らはまったくわからないと思われます。また、入口には小さな黒板でその日のツーリストメニューが記してあり、これが15ユーロだったかと思います。一応フルコースでです。飲み物を付けても20ユーロくらいでしょう。

Santi
Addres:Vie Daniele Manin 55/57
Tel:06-4820651
Time:12:00~15:00/18:00~23:00 Monday to Saturday

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2012年4月28日 (土)

旅行者の味方、チャオ

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<テルミニのチャオ>K7/DA21

沢木耕太郎も書いていることだが、ひとりで旅に出ていると問題があるのが、食事の時だという。美味しいものを食べようにも、話し相手がなく、感じのいい店に当たっても、ひとりでは躊躇することになり、結局は安くて簡易なものしか食べることができないというものである。

自分自身も初めて個人でイタリアに行くときなど、かなり心配になったものだが、少し高くてもまともなレストランに入って済ませてきた。イタリアに限らず、どこの国でもひとりだろうと、歓迎してくれるのである。

それはともかく、イタリアで安い食事となると普通のレストランでは無理がある。かといって、駅などで売っているパニーニ(サンドイッチ)ばかりではいやになってしまう。

そんなときに味方になってくれるのが、セルフサービスレストランである。

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<ペンネ・アラビアータ>GR DIGITAL

今回の旅ではテルミニ駅構内の「チャオ」に2回行った。さすがに食事時に当たる時間帯には、列ができているほどだが、中途半端な時間帯に行くと、ちょっと閑散としている。

パンは2個ぐらいのセットで1.0ユーロもしない。メインディッシュとなるパスタや肉料理は、いくつかのブースがあり、そこに見本の料理が並べられ、口頭でどれにするか選んでから、フライパンなどで調理してくれることになる。これは冷めてはいけないために、蓋なども用意されている念の入りようである。

サラダや調理の必要のない生ハムやマリネ類はそのまま並べてあるので、トレイにのせていけばよい。飲み物も各種あって、これもトレイにのせるだけ。あとはレジで精算。非常に簡単である。

ある日の実例ですが、パンを2個、ミネラルウォーター、赤ワイン250ml瓶、パスタ、サーモンサラダで16.5ユーロ。次回は、上の画像のペンネだけで、4.8ユーロ。

テルミニにはセルフサービスレストランがチャオだけでなくいくつかあるらしい。調べてはいませんが。また、テルミニ東側にも、セルフサービスレストランがあったと思います。でも、このあと、激安のリストランテを見つけてしまったんですね。それはまた後日。

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2012年4月22日 (日)

ローマと巨匠

深夜特急の足跡を追うVol.6

ローマでは特に見たいところはなかった。かといって、勝手気ままに歩けるほどローマに熟知しているわけでもなく、とりあえずバチカンに向かった。それ以降も適当に歩いたのだが、これらを重ね合わせると、沢木耕太郎がローマで歩いたところが見えてくる。…というのはこじつけですが。

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<テルミニ西側の安宿街>K7/DA21

 ローマに到着した私は、ひとまずテルミニ駅に行き、その周辺にあると聞いていた安宿を探すことにした。
(中略)

 何軒かのペンションで料金を訊ね、ローマの安宿の相場のおおよそのところを掴んだ私は、一泊二千リラ、千円くらいのところに泊まろうという腹づもりになっていた。
 歩いていくと、通りに「ペンショーネ」の看板が二つ並んでいる古い建物があった。石造りのアーチ型の門を入ると、左右に階段があり、それぞれの階上にペンションがあった。
(沢木耕太郎「深夜特急」より引用)

おそらくまったく違うと思いますが、二つ並んだ宿というだけでこのイメージを持ってきました。ちなみに、左のHotel Dinaですが、泊まったことあります。当時二つ星でしたが、今や三つ星。

また、沢木氏の時代には、ペンショーネもあったのだろうけども、今や軒並み、ホテルと称しているようです。あとはいくつかのユースホステル、B & Bと称しているところもあるようです。

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<スペイン階段>K7/DA21

 翌日、私は朝からローマの街を歩いた。
(中略)

 教会の前には下の広場に続く階段がある。踊り場から左右に別れた階段は中央でひとつになって下っている。その階段には、朝だというのに、しかも冬の朝だというのに、ヒッピー風の若者が何組も坐っていた。彼らのあいだをすり抜けるようにして降り、振り返って見上げると、その階段の様子にどことなく見覚えのあるような気がする。どうしてだろう。近くに標識を探して読むと、ピアッツァ・ディ・スパーニャとある。ここがスペイン広場ということは、なるほど、これがあのスペイン階段だったのだ。
(沢木耕太郎「深夜特急」より引用)

そう、冬のスペイン階段。しかも雨が降っている。しかも、中央の階段は修復のためか閉ざされている。「ローマの休日」での雰囲気とはまるで異なる風景。ま、自分の場合は沢木さんと逆にバチカンからメトロで戻ってきただけなのですが。

 対岸に円筒形の奇妙な建物が見える。そしてさらに向こうに大きな円屋根が見える。たぶん、サン・ピエトロ寺院だろう。どうやら私はヴァチカン市国まで歩いて来てしまったらしい。
(中略)

 広場を突っ切り、寺院の中に入ってみた。薄暗く、眼が慣れるまで少し時間がかかったが、やがて内部の様子がわかってきた。
 右手に白く光り輝くものがあり、観光客が取り囲んでいる。近づいてみると、マリアが死せるイエスを抱いている彫像だった。それがミケランジェロの「ピエタ」だということはすぐにわかった。しかし、その有名な「ピエタ」が、このように無造作に置かれているとは想像もしていなかった。まさに手を伸ばせば触れられるといった距離に置いてあるのだ。
(沢木耕太郎「深夜特急」より引用)

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<ピエタ>K7/FA50

沢木さんの時代は非常にのどかというか、このような作品が無造作に置かれていたらしいです。もちろん今ではガラスに隔たれ触ることもできません。

ただ、自分が初めて個人でイタリアを訪れたのはあの9.11の少し前で、サンピエトロ聖堂に入るのには服装チェックはあったものの、セキュリティチェックはありませんでした。その翌年来てみると、空港のゲートと同じようにX線のチェックがありましたけどね。

また、ここには、聖ペテロの像があります。この右ま足に触れると何かいいことがあるらしく、観光客が触り続けた結果、すり減ってしまったのですが。しかし、年末に訪れてみると、混雑緩和のためか、見つけられませんでした。年末年始仕様というか、ベルニーニの天蓋の下までも、いくことができないようになっていましたが。

まあ、この程度でしか、沢木氏の足跡を追うことができませんでした。「画家の未亡人」が住んでいたという、ピントュリッチョ45番地のアパートというのが、手がかりではありますが、これだけは、ガイドブックの地図からは見つけられませんでしたねえ。

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2012年4月16日 (月)

雨上がりのアッシジ

前日のアッシジは雲が低く覆い被さり、今にも雨が降ってきそうな天気だった。実際夜には降った模様である。

ほとんどのところを周り尽くしてしまい、もうアッシジには用はないのだが、最終目的地のローマに行く前にもう一度アッシジを回ってみることにした。

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<雨上がりの聖フランチェスコ聖堂>K7/DA21

9時頃のアッシジはまだ観光客がやってきていなくて、ほとんど人影がない。人物の入っていない写真が好きなように撮れる。こういうことは滅多にない。

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<ウンブリアの大地>K7/DA15

雨もすっかり上がり、陽が差してきた。昨日の重くたれ込んだ雰囲気も悪くないが、やはりお日様の元で写真は撮りたいものである。

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<やはりこうでなくちゃ>K7/DA15

雨がすっかり濁ったものを洗い流してくれたような感じである。今まで夏あるいは、季節にかかわらずよい天候の時期を選んで旅してきたが、冬の弱い日差しでも雨上がりの時にはこんな写真も撮れるんだ。新しい発見をしたような感じだった。

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<現代のフランチェスコ>K7/DA21

一通り歩き、宿に荷物を取りに行こうとし振り向くと、現代のフランチェスコがいた。やはり聖地はいるんですよね、こういう人が。

ある面日本よりも進んだ感のあるヨーロッパだが、未だに続く聖地巡礼。こういうところが、歴史のある地域なのだろう。サンティアゴ・デ・コンポステーラなどにもこんな人はいます。

アッシジの最後の最後でこういう場面を目撃することができてラッキーでした。旅はローマに続きます。

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2012年4月11日 (水)

トリュフとウンブリアのパスタ

アッシジは陽が暮れるとほとんど人影がなくなる。リストランテはあるんだろうが、ちょっと探すのに苦労しました。

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<いつもの定番>GR DIGITAL

それでも、宿の近くに店を見つけ、赤とミネラルウォーターをオーダー。ここのは、キャラフに入ったものではなく、ハーフボトル。

何を食べようか迷ったのですが、ストリンゴッツィというウンブリア州の伝統的パスタに心が動く。初めてだし。メインはメニューに英語でビーフシチューと記されているものを頼んだ。

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<ストリンゴッツィのトリュフソースがけ>GR DIGITAL

ウンブリアのパスタは濃厚なソースで味わうらしい。ウンブリア州はローマのあるラツィオ州とトスカーナ州に挟まれたところだが、地形は山がちで、イノシシが捕れて、ポルチーニも名産だという。

そしてまた、トリュフが名産なのだ。やはりここはトリュフとストリンゴッツィになびくというもの。ああ、これだったら、ワインもオルヴィエート・クラシコ(白が有名)でまとめてもよかったか。

ストリンゴッツィはやや太めの手打ち麺で、日本でいうとうどんに近い感じがした。久しぶりのトリュフで食べるとああこんなものかと思ったが、トリュフの他にクリーム状のソースがかかっていて、思ったよりも淡泊な感じである。

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<牛肉の煮込み>GR DIGITAL

ま、確かにシチューですわな。とはいえイタリアン。よく煮込んではあるものの、肉の形は崩さず、スープ状の液体はさほど多くない。

おそらく、この肉はステーキにするような部位ではなく、すね肉とかリブの間の堅い部分ではなかろうか。こうしてあるので、肉自体は柔らかかったです。文句なしに美味しかったです。

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<チョコレートケーキ>GR DIIGITAL

締めは、これですが、ラム酒の味がしました。ちょっと値段が高く、コーヒーを飛ばしてお勘定してもらいましたが、アッシジの町は夜が早いのか、庶民的なバールがまったく見あたらず、しょうがないのでぐるっと散歩し、ライトアップされた聖フランチェスコ聖堂をもう一度眺めて戻りました。

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<夜の聖フランチェスコ聖堂>K7/DA21

しかし、観光地でありながら、夜はほとんど人影のないところってどうなのよ。さすがは聖地です。

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2012年4月 8日 (日)

丘の上の聖地

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<サン・フランチェスコ聖堂>K7/DA21

フィレンツエからfsの普通列車に乗り、途中乗り換え1回。アッシジ駅からは市バスで丘の上にあるアッシジへとやってきました。乗り換えがやや面倒なのですが、途中のテロントラーナでは、同じ列車だったし、アッシジの駅では修道女がバスに導いてくれたし、まあ楽な道程でした。

アッシジは丘の上にあり、かなりきつい坂道もあるのですが、バス停から宿まではまあ近く、助かりました。その宿はこのサン・フランチェスコ聖堂に最も近いところ。WiFiはなかったものの、それくらい我慢しましょう。

サン・フランチェスコ聖堂前のジオラマですが、おそらく聖フランチェスコが説教をするため放浪生活をしていた頃の姿をあらわしたものだと思います。一応、これはクリスマス飾りらしく、以前訪れた夏にはこれはなかった。イタリア中のドゥオモや教会には、この時期、このような飾りがしつらえてありました。

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<聖フランチェスコのイラスト>K7/DA21

アッシジに生まれたフランチェスコは、ローマから承認を受けてカトリックの改革に取り組み、最終的にはカトリックの聖人にまでになった人。ここ、アッシジにフランチェスコ会を創立し、ドゥオモをしのぐ聖堂を作ってもらった。建物は世界遺産です。

聖フランチェスコ聖堂は上下二段の構造で、上の建物にはジョットによる28枚の「聖フランチェスコの生涯」のフレスコ画があり、これは素晴らしいものです。残念なことに、聖堂内は撮影禁止なので、写真はありません。

ともかく、フランチェスコは清貧を絵に描いたような生活をしていたようです。

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<土産物屋のイラスト>K7/DA21

これもまたフランチェスコ。World Peaceって、イタリア人の作じゃないのかも。

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<ヨハネ・パウロ2世>K7/DA21

アッシジのドゥオモである、サン・ルフィーノ大聖堂にはなぜか、前のローマ教皇、ヨハネ・パウロ2世の肖像画がある一室があった。今の教皇ベネディクト16世のものはない。やはり、在位期間が長かったから、人気あるんでしょうね。

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<サンタ・キアーラとフランチェスコ>K7/DA21

アッシジのフランチェスコ会には女子修道会があり、ここの創設者がサンタ・キアーラ(クララ)。この人も聖人に列せられていて、サンタ・キアーラ教会というものもあります。キアーラはやはりアッシジの生まれで、フランチェスコの説法に影響されて、フランチェスコ会に入った人物。

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<修道女たち>K7/DA15

アッシジに到着した列車には途中から制服に身を包んだ修道女がかなり乗り込んできます。彼女たちに尋ね、宿のあるところではどこで降りたらいいのか聞きました。バスが到着した広場で肩をたたかれ、「ここ」という風に教えてもらいました。

ともかく、アッシジには宗教関係者がかなりいます。イタリア人ばかりではなく中には、肌の黒い人もいたりしますね。

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<聖職者たち>K7/DA21

彼らも、フランチェスコ会の関係者だろうか。こんな人たちに出会えるのは、イタリアではバチカンくらいだろうか。あとは、パドヴァの聖アントニオ聖堂付近も、熱心な信者と聖職者が目立ちますね。

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<夕刻の聖フランチェスコ聖堂>K7/DA15

1泊だけでしたが、行ってよかったと思いました。

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2012年3月30日 (金)

フィエーゾレで夕陽を見る

当初まったく予定になかったフィエーゾレへ行くことにした。それは、ガイドブックにある、「フィレンツェを見下ろす展望台」という一言が決め手であった。

フィレンツェからは市内バスで行くことができる。前の日、アレッツォに行く前に駅のキオスクでバスチケット(1回券)を複数購入してあった。もう一度ミケランジェロ広場にも行くつもりだったが、これはかなわなかった。

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<市内バス>K7/DA21

フィレンツェには何度も来ているが、市内バスに乗るのは初めてだった。サンマルコ広場発のこのバスには何名か観光客も乗り込んでいる。自分の他にも日本人夫妻が乗っていた。

バスは30分ほどで丘の麓にたどり着いた。丘の上にはいかにも歩きたくなるような町並みが広がっているのが見えた。それがフィエーゾレだった。それからさらに15分ほど丘を登り、終点に到着した。

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<フィエーゾレのドゥオモ>K7/DA21

このドゥオモのある広場が街の中心地らしい。フィエーゾレはフィレンツェの一部なのだと思っていたが、独立したコムーネであるらしい。ドゥオモとは司教座のある聖堂という意味だが、イタリアでもドゥオモと呼ばずカテドラーレと呼ぶところもある。

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<主祭壇付近>K7/DA21

とても簡素なドゥオモですぐに見終わるかと思ったが、こんな素晴らしいものもある。だから、イタリアは侮れない。

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<サンフランチェスコ教会>K7/DA21

ドゥオモ脇の急坂を上がると、ここにたどり着いた。小さな町なのに観光客が鈴なりである。明らかに欧米人にはここが知れ渡っているということだ。小さなコムーネながらヴィンチなど問題にならない。

ここも中は素晴らしいものがあったが、ここでは割愛。坂を下るとさらに素晴らしいものがあったのだ。それは…。

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<トスカーナの夕暮れ>K7/DA21

素晴らしい夕陽だった。いや、実はサンフランチェスコ教会に上がっていく途中、フィレンツェを見下ろす展望台のようなところに人が鈴なりになっていることに気づいていて、数枚写真を撮っておいたのだが、できは今ひとつだった。

教会の見学が終わり、戻ってくるといい具合になっていたのだった。この夕陽が2011年最後の夕陽でないのが残念なのだが、まあ2012年の初めての夕陽。初日の出でもないところが自分らしくていい。

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<スリに注意>GR DIGITAL

このあと、フィエーゾレの町をぶらついたものの、ローマ遺跡などにはついにたどり着けず、バスに乗って戻ってきた。そのバスの中で見つけたビクトグラム。結構ローカルなバスや鉄道では、必要以上に身体を密着させるやつがいるんですよね。

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2012年3月28日 (水)

ミサの教会と巨匠の宿探し

深夜特急の足跡を追うVol.5

ベッキオ橋をわたり、サント・スピリト地区へ。

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<サント・スピリト教会>K7/DA15

何とも簡素なファサード。地元住民が入っていくのについて入ろうとしたら、現在ミサ中であとで来るようにいわれた。

「深夜特急」6の南ヨーロッパ・ロンドンではイタリアから話が始まる。沢木耕太郎はギリシアのパトラスからブリンディシに上陸し、プルマンを乗り継ぎローマを経てフィレンツェへとやってくる。そして、このあたりを歩いているはず。

 おまけにこのペンションからだと、ドゥオーモを中心にしたアルノ右岸ばかりでなく、橋を渡った左岸へ行くのにも便利だった。とりわけ夜は、安いレストランを求めて、サント・スピリト教会からサンタ・マリア・デル・カルミネ教会にかけての一帯を歩くことが多かった。

(沢木耕太郎「深夜特急」より引用)

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<こんなリストランテか>K7/DA21

ドゥオモと異なり、このあたりの小さな教会はいずれもミサをやっていた。ミサでも入れてくれるところもあり、それはそれでよいのだが、カメラを持ってバシャバシャと撮りまくるわけにはいかない。ちょっと困惑である。

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<サンタ・マリア・デル・カルミネ教会>K7/DA21

ここも質素な作りだが、中は素晴らしい。でも写真はないです。また午後に出直すかとも考えたものの、午後からはフィエーゾレに行くことにしている。残念ながらタイムアウト。

今回フィレンツェに6泊。以前の宿泊数と合わせると、2週間以上の滞在となるものの、このような小さな教会を訪れることはなかった。次からはこうしたところを回ることにしよう。

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<オーニッサンティ教会>K7/DA21

今度は違う橋を渡り戻る。そこにあったのが、この教会。

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<教会内部>K7/DA21

ここもミサ中だったものの、天井の絵と中央祭壇あたりが綺麗だったので、入口近くからこっそりと撮影。フィレンツェとはいえ、こうしたものが小さな教会にもごろごろしているイタリアはやはりすごい。

このあとは、沢木耕太郎が泊まったあたりを探訪してみる。「深夜特急」では印象的な宿の描写が良く出てきますが、イタリアではそれがなくなります。香港の重慶大厦、ソンクラーのサミラーホテル、ベナンの同楽旅社、シンガポールの明星楼くらいはっきりしているとよいのですが、描写は以下の通りです。

 私のペンションはドゥオーモからは少し離れていたが、どこへ歩いていくにも格別の不自由はなかった。
 フィレンツェを流れるアルノ河にはいくつもの橋が架かっている。とりわけ有名なのはフィレンツェ最古の橋といわれるヴェッキオ橋だが、そのひとつ下流にサンタ・トリニタ橋というのが架かっている。私が見つけたペンションは、そのサンタ・トリニタ橋に近い、アルノ河とポルタ・ロッソ通りに挟まれた裏通りの三階にあった。部屋の窓からは向かいの建物の壁しか見えなかったが、トイレとシャワーがついているのがありがたかった。

(沢木耕太郎「深夜特急」より引用)

さあ、これが頼り。その、アルノ川とポルタ・ロッソ通りの間には、実は通りが二つあり、くまなく歩いてみました。こんなところにホテルがあるのかと思いましたが、意外にあります。実はこの近くには、ブルガリやフェラガモ、プラダのある通りが近いのですが、テルメ通りもサンティ・アポストリ通りも建物に遮られて薄暗い印象がありました。

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<Hotel Cestelli>K7/DA21

ざっと歩くと何もなさそうな通り。商店もなく、すべて建物に入った住宅のように見えてしまう。このような一つ星か二つ星のホテルが数軒。また、知る人ぞ知る隠れ家ホテルなのか結構グレードの高い宿もありました。

ま、あれから30数年たっているので、沢木さんが泊まった宿もグレードアップしていたり、廃業していたりする可能性はありますが、駅から離れたこんな閑静なところを選ぶ沢木さんの宿探しのカンというものはすごいのではないでしょうか。

だいたいフィレンツェに宿の予約なしで来て飛び込みで宿を決めるのは、駅東側一帯の安宿街だろうなと思うのですが。

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