カテゴリー「Sunrise/Sunset」の22件の記事

2016年1月25日 (月)

この空を見よ!

Ck2192

<ビュータワー>K-7/DA16-50mm

ずばり、朝陽と夕陽のために作られた螺旋の塔です。なんと入場料がいるんですが、5ルピーなので文句はいいません。

今日の夕陽はここで撮ることにします。

Ck2217

<日没手前>K-7/DA16-50mm

この時期は太陽が海に没しませんでした。こちら、アラビア海側。もちろん、時期や見る場所によってはアラビア海に沈むと思います。

日没1時間くらい前に塔に登りましたが、あまり人がいなくてこれはいいと思っているうちにどんどんインド人が集まってきました。こちら側の手すりには人が鈴なりです。

また、画像で見えている道路にも夕陽を見ようという人がたくさんいました。これより先にはサンセットポイントという場所があるんですが、そっちに行ってもよかったかも。でも混雑具合は変わらないでしょう。

Ck2226

<夕焼け>K-7/DA16-50mm

陽が沈むとインド人たちも帰りはじめます。でも、ここからが、マジックアワーなんです。空に太陽の色が反射して、いい感じになるんです。

Ck2238

<いいものが見えました>K-7/DA16-50mm

タワーは海に突き出ていて、やはり荒波が直撃します。このあたりも暮れてきました。それより、空が凄いことになってますよ。

Ck2228

<明日も快晴でしょう>K-7/DA16-50mm

こういう空は久しく見ていないです。リバーサルフィルムでなくとも、デジタルでここまで撮れます。夕陽を撮る機会はそれほどありませんが、デジタルで撮った中で一番いい色が出ました。

Ck2239

<夕陽のマジック>K-7/DA16-50mm

朝陽と違って、夕陽の場合はこういう副産物が付いてきます。それに見上げても遮るものがないインドならでは。このずっと先はソマリアか、モルディブか、セイシェルかといったところです。

今日のインド人

Ck2011

<インドのカメラマン>K-7/DA16-50mm

あー、やっぱりインドでもデジタル一眼レフが普及してきて、趣味で写真を撮っている人もいるんだなと思うでしょ?

ところが違うんです。これは朝陽のシーンですが、カニャークマリにはカメラを抱えて、主に人物を撮って売り歩く人がいるんです。

交渉しているシーンは目撃しましたが、いったいどうやって手渡すのか。郵送って気もしますけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年1月17日 (日)

カニャークマリの日の出

Ck1972

<朝>K7/DA16-50mm

目覚ましを4:30にセットしましたが、この教会から大音量の音楽とアジテーションのような放送が流れ、自然と目が覚めました。

はじめはここで日の出の撮影をするつもりでしたが、ちょっとだけ撮ってすぐに外に出ました。目指すは漁港です。

Ck1991

<かなりの人出>K-7/DA16-50mm

この漁港から突きだした防波堤です。土と岩を積み上げたプリミティブな構造。インド人もやはりここで日の出を見たいようです。

Ck2007

<漁船>K-7/DA16-50mm

わたしゃ、このあたりで待機します。インドの漁船(といっても小舟)はカラフルです。そしてキリスト教徒が多いからか、舳先には十字架がありました。

Ck2003

<日の出>K-7/DA16-50mm

ばっちりです。周りに余計な人もいないし。撮影に専念できます。太陽はベンガル湾側から昇ってきます。

Ck2008

<日の出その2>K-7/DA16-50mm

船が出ているのですが、操業はしていません。人も乗ってません。このシーンは逆光となるのでシルエット気味になりますが、もうかなり明るくなっています。

Ck2016

<漁船その2>K-7/DA16-50mm

こんな具合です。インドのクルマにはヘッドライトのところに眼を描くものもありますが、船もまた眼がありますね。

Ck2000

<日の出その3>K-7/DA16-50mm

朝陽を撮るのは何年ぶりだろうか。夕陽を撮ることはありますが。もしかしたら、朝陽はこのブログ初掲載かもしれません。

天気も上々のようです。カニャークマリのインド独立記念日(*)は長い1日になりそうです。

  1. 1947年8月15日、イギリスから独立。ただし、旧イギリス領インド帝国を構成していたパキスタンと分離する形となった。また、フランス領のポンディシェリーやポルトガル領のゴアは植民地のままでした。

今日のインド人

Ck2048

<体重計屋>K-7/DA16-50mm

初めて見たのが中国でした。モロッコにもいたなあ。ヘルスメーターを持っていれば簡単にできる職業です。おそらく、体脂肪率は出ない、アナログ式のメーターでしょう。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2014年2月25日 (火)

大混雑のウーベイン橋

Ym0939

<ウーベイン橋>K7/FA35

インワをあとにし、アマラプラへ。すでに夕刻に近いです。これはアマラプラのタウンタマン湖にかけられたチーク材だけの橋です。そのチーク材はインワの旧王宮から運ばれたとのことです。

だからインワに王宮が残っていないんだね。納得です。で、「ウーベイン」ですが、「ウー」とは男性の敬称でベインさんが作った橋です。ベインさんはアマラプラの市長に当たる人物だそうで。ちなみに第三代国連事務総長にミャンマー出身のウ・タント氏がいましたが、これも敬称ですね。

Ym0952

<橋の上の小坊主たち>K7/FA35

早速橋の上に移動します。ここから湖の対岸まで歩いて渡ります。夕刻に近いということで、夕陽を狙う観光客から、自分の僧院に戻る僧侶までかなりの混雑です。

この時期は乾季ということもあって、橋の下はすべて湖ということはありませんでしたが、雨季には地面が見えなくなるんでしょうね。湖面または地面からの高さは5mくらいでしょうか。雨季にはもっと湖面が迫ってくると思いますが。

Ym0953

<僧侶>K7/FA35

で、ご覧の通り欄干というものがありません。なるべく中央付近を歩くようにしました。でも、これだけの人が渡ると、橋が悲鳴を上げるんです。ギシギシ、ミシミシという音がひっきりなしにしています。脳裏をかすめたのは、「ミャンマーで木造の橋、崩落」というニュースのヘッドラインでしたが、これは杞憂に終わりました。

Ym0956

<本日の収穫>K7/FA35

全長1200mというウーベイン橋ですが、ただひたすら橋が続いているわけではありません。途中には休憩所のようなものも設置されています。

Ym0957

<名物の揚げ物>K7/FA35

ここには屋根があってベンチもあります。そして、湖で取れた魚介類の揚げ物が販売されていたりします。ミャンマーの料理がだいぶ油が軽くなったという話を書きましたが、これはおそらく昔のままで、脂っこいと思われます。

Ym0965

<全部売れたかな>K7/FA35

販売していた物品をすべて売り切ったかのような満足そうな表情のおばあさん。右側のファランはワタクシのライバルのような関係で、やはりこのおばあさんを撮ろうと必死でした。

Ym0966

<夕暮れ>K7/DA21

そろそろ陽が暮れてきました。観光客は夕陽を撮ろうと誰もが躍起になっています。湖に浮かぶボートも観光客を乗せて、橋に向かって待機していますが、その数は尋常ではなく、扇形に広がってこちらを向いているというちょっと異様な光景も見られました。

まだ肉眼ではすれ違う人の表情もよくわかる程度ですが、カメラの絞りとシャッターを操作することでこんな写真も撮ることができます。まだ、大晦日ではありませんでしたが、2013年の最後の夕陽写真。

Ym0996

<トワイライト>K7/DA21

こちらの方がナチュラルに近いです。もうかなり暗く、それではマンダレーに戻ることにしましょうか。ツアーの最後はよかったです。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2012年10月22日 (月)

サワナケートの夕陽

Il0908

<メコンの夕陽>K7/DA21

サワナケートでは町歩きを終えると夕陽の時間になっていた。宿からメコンまで徒歩で約5分。メコン沿いに出ると、何軒ものビアレストランが続いていた。ラオスの人たちも、夕陽を見てビアラオを飲むらしい。

また、メコンの岸には夕陽を見ようと人が鈴なりに近いものがあった。昼間にほとんど人に出会わなかったというのに、これはいったい…。

Il0911

<夕焼け>K7/FA50

川があって、夕陽が沈む。そして天気はいうことない。これだけの好条件がそろうと、あとはシャッターを切るのみである。ただ、何となくシャッターを押しただけでは、うまく色が出ない。露出をどこに合わすのか、それだけわかれば問題はない。

デジタルカメラでは、かなり過剰に反応してしまって、白く飛んでしまうか、黒くつぶれるかだが、また逆にデジタルカメラは失敗が許されるから、何度もトライしていい露出を見つけることである。経験則では、夕陽に合わせて、早いシャッターを切ること。あとは個人の好みである。

何枚も撮ってしまったので、レンズを交換して空を中心に撮ってみる。サワナケートはメコンの東側にあり、夕陽を撮るのに都合がよい。なぜか業務用と思われるビデオカメラを構えた男性もいて、テレビのクルーなのかとも思ってしまう。

Il0919

<ボート競争の男たち>K7/FA50

やがて歓声が上がり、上流からボートがやってきた。エンジン付きではなく、全員が漕ぎ手のタイプである。競争でもするのだろうか。続いてもう一艘。川の流れが意外に速く、ボートはあっという間に過ぎ去ってしまう。

さてと。写真もたくさん撮ったし、夕食にでも行きますか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年3月30日 (金)

フィエーゾレで夕陽を見る

当初まったく予定になかったフィエーゾレへ行くことにした。それは、ガイドブックにある、「フィレンツェを見下ろす展望台」という一言が決め手であった。

フィレンツェからは市内バスで行くことができる。前の日、アレッツォに行く前に駅のキオスクでバスチケット(1回券)を複数購入してあった。もう一度ミケランジェロ広場にも行くつもりだったが、これはかなわなかった。

Tc1351

<市内バス>K7/DA21

フィレンツェには何度も来ているが、市内バスに乗るのは初めてだった。サンマルコ広場発のこのバスには何名か観光客も乗り込んでいる。自分の他にも日本人夫妻が乗っていた。

バスは30分ほどで丘の麓にたどり着いた。丘の上にはいかにも歩きたくなるような町並みが広がっているのが見えた。それがフィエーゾレだった。それからさらに15分ほど丘を登り、終点に到着した。

Tc1362

<フィエーゾレのドゥオモ>K7/DA21

このドゥオモのある広場が街の中心地らしい。フィエーゾレはフィレンツェの一部なのだと思っていたが、独立したコムーネであるらしい。ドゥオモとは司教座のある聖堂という意味だが、イタリアでもドゥオモと呼ばずカテドラーレと呼ぶところもある。

Tc1359

<主祭壇付近>K7/DA21

とても簡素なドゥオモですぐに見終わるかと思ったが、こんな素晴らしいものもある。だから、イタリアは侮れない。

Tc1373  

<サンフランチェスコ教会>K7/DA21

ドゥオモ脇の急坂を上がると、ここにたどり着いた。小さな町なのに観光客が鈴なりである。明らかに欧米人にはここが知れ渡っているということだ。小さなコムーネながらヴィンチなど問題にならない。

ここも中は素晴らしいものがあったが、ここでは割愛。坂を下るとさらに素晴らしいものがあったのだ。それは…。

Tc1381

<トスカーナの夕暮れ>K7/DA21

素晴らしい夕陽だった。いや、実はサンフランチェスコ教会に上がっていく途中、フィレンツェを見下ろす展望台のようなところに人が鈴なりになっていることに気づいていて、数枚写真を撮っておいたのだが、できは今ひとつだった。

教会の見学が終わり、戻ってくるといい具合になっていたのだった。この夕陽が2011年最後の夕陽でないのが残念なのだが、まあ2012年の初めての夕陽。初日の出でもないところが自分らしくていい。

Tc1394

<スリに注意>GR DIGITAL

このあと、フィエーゾレの町をぶらついたものの、ローマ遺跡などにはついにたどり着けず、バスに乗って戻ってきた。そのバスの中で見つけたビクトグラム。結構ローカルなバスや鉄道では、必要以上に身体を密着させるやつがいるんですよね。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2012年2月 8日 (水)

夕刻のミケランジェロ広場

シエナからフィレンツェに到着したのは、正午前だったが、宿で荷物整理をしたり、昼飯を食べたりで、あまり観光的なところには行っていない。一応、花のドゥオモには行ってみたのだが、このシーズンは正面の祭壇付近を囲って一般観光客が入れなくしてあったため、挨拶程度にとどまった。バチカンのサン・ピエトロ大聖堂もそんな感じだったので、これはどうしようもないことなのかもしれない。

Tc0618

<ミケランジェロ広場のダビデ像>K7/DA21

この時期のヨーロッパは日照時間が短く陽が沈むのが早い。なので、ミケランジェロ広場を目指した。

ミケランジェロ広場とはあの、システィーナ礼拝堂の「最後の審判」、サン・ピエトロ大聖堂の「ピエタ」、アカデミア美術館にある「ダビデ像」の作者、ミケランジェロ・ブオナロッティの名前を冠したアルノ川左岸、つまりフィレンツェの中心部から川を渡った丘の上にある広場である。

ここはミケランジェロとはほとんど関係ないが、ダビデ像のコピーが置いてあり、フィレンツェで挙式したものは必ずここにやってくるというところである。まあ、ここで夕陽でも眺めようと思ったわけです。

ちなみに、ダビデ像はコピーを含めて3体あり、ミケランジェロ広場のものはかなり青味がかっている。もう一つのコピーはシニョーリア広場のベッキオ宮入口にある。

Tc0620

<夕刻のフィレンツェ>K7/FA50

小高い丘の上にあるわけで、フィレンツェ中心部の眺めは最高である。上の画像でいうと、右のクーポラを持つのがドゥオモで、左の塔のある建物がベッキオ宮。ここでは写っていないものの、さらに右にはサンタ・クローチェ教会の優雅な姿も確認できる。

到着したのは16時過ぎくらいだったが、すでに陽は傾きいい具合である。だが、勘違いをしていた。遠くの山やフィレンツェ市街はやや赤く染まってはいるものの、ここからは夕陽が見えないのである。夕陽はこの時期フィレンツェ市街を望む場所に沈まず、夕陽を入れようとするとフィレンツェ市街が入らない。

しょうがないので、フィレンツェ市街が赤く染まるのを待つ。

Tc0622

<ピノキオ>K7/FA50

夕陽はこちら側に沈むのですね。ここには、ピノキオの人形も置いてあった。ピノキオの作者はペンネームをコッローディというのだが、フィレンツェの宿も同じ名前であった。

Tc0628

<作為的な一枚>K7/FA50

本格的に陽が沈むまでまだ時間があったので、カメラ内で画像を処理してみた。コントラストを強くしてみたのである。これは…リバーサルフィルムで撮ってもここまで強いコントラストにはならず、不自然で気持ち悪い。

カメラがデジタルになっても、このあたりの調整はほとんどナチュラルというか、初期設定のままにして、絞りとシャッタースピードを調整し、露出をどこにするかが勝負になる。

Tc0637

<赤く染まったフィレンツェ市街>K7/DA21

45分くらい待ち、陽が暮れてきた。シャッタースピードを速くし、絞りもできるだけ絞る。露出は空にあわせる。ようやく満足した写真が撮れた。

Tc0663

<夕刻のアルノ川>K7/DA15

満足した写真が撮れたら、急速に暗くなってきた。丘を降り、川を渡る。上の写真は感度を上げているものの、特にシャッターや絞りはいじっていません。いい感じなんだけど、水平に撮れていない。これは長年の癖で、肝心なときにこれが出た。

PENTAX K7には、自動水準器があり、水平に撮してくれる機能も付いているのですが、ほとんどこれをオフにしているんですね。なぜなら、見上げるような構図ではこれが余計なことをしてくれるからですが。

こんな時くらい使ってみてもいいですよね。ちょっと勉強になりました。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年11月11日 (木)

ボロブドゥールの夕陽

マノハラにチェックインしたあと、荷物整理もそこそこに、遺跡に向かった。宿泊客には1泊あたり2日分のチケットを配布することになるが、通常の入場口から向かう必要もなく、ホテルの敷地内から柵の間にある簡単な出入り口からアクセスすることになる。そこには、遺跡の係員がいるわけでもなく、いわばフリーパスである。遺跡内でチケットを見せてくれと尋ねられたら、持っているホテル発行のチケットを提示するだけのことだ。だが、その機会は一度も訪れなかった。

Jb0667

<ボロブドゥール遺跡>GR1s/GR28mm/Neopan Acros

遺跡は小高い丘の上にある。その階段を上り詰めて初めて遺跡の全容が明らかになる。ボロブドゥールは長年忘れ去られていたが、一時ジャワ島がイギリス領となった時の総督、トーマス・ラッフルズが、この地にボロブドゥールを発掘した。山に埋まっている巨大な寺院があるという噂を信じたのだ。

なので、丘の上にある寺院といっても、その丘の上はきれいにならされている。おそらく作った人は丘を削り整地し、寺院を建てた後、これを埋め戻したのではなかろうか。

こういう上ることのできる建造物に来るといつものことだが、ひとつひとつのレベルをぐるっと回りながら一通り写真を撮っていく。なので、一通り見るのにかなりの時間を要するが、今回は比較的時間を早めることにした。なんといっても、午後3時過ぎの見学開始なのである。

Jb0751

<最上段へ>K-7/DA15

そんなわけで早いペースで見学。翌日以降にはなるがこのあと何回となく来ることができるので、その時のロケハンのような気分で写真を撮っていった。何はともあれ最上部へ。

Jb0758

<ストゥーパ群>K-7/DA15

そこは中央にある巨大なストゥーパを取り囲むようにして小さな無数のストゥーパが並ぶところだった。この中には仏像が納められている。

この下のレベルはスクエアな空間で壁にはびっしりと仏陀のレリーフが刻まれている。そして、上を眺めるとジャワ風の鬼瓦のような像や仏像が建ち並ぶところで、壁画のレリーフを除きさほど変化がないところである。

そんなことを考えているといつしか夕暮れが近づく。光が弱くなって、コントラストが次第に失われていくのだが、赤やオレンジの光が差し込み、再び異なったコントラストを取り戻す瞬間である。

Jb0783

<ボロブドゥールの夕陽>K-7/Sigma20

この時の感覚ではまだまだ明るい感じ。手前のストゥーパあたりに露出を合わせていたら、こんな風にはならないはず。ちょうど太陽が雲の間に隠れ混みその瞬間を利用して、太陽や雲に露出を合わせて撮ってみたらこんな具合になりました。

Jb0786

<夕陽その2>K-7/Sigma20

こちらは、少し場所を変えて、壊れたストゥーパから露出している仏像を入れて撮ったもの。デジタルですが、リバーサルに負けない色を出してくれました。

こんな具合に、デジイチでの夕陽の最初のトライでしたが、上手くいきました。これをリバーサルで撮るとなると、あと15分から30分は待つ必要があったと思います。

一応ボロブドゥールでは、5時に近づくと係員が容赦なく客を追い立ててしまいます。今までのMZ-3であったならば、この写真は撮れなかったはず。あるいは別の季節に来る必要があったかも。

まだまだ、ボロブドゥールの記事は続きます。何てったって、ハイライトですから。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年5月 6日 (水)

カントー川の初日の出

ヴィクトリア・カントー・リゾートはカントー川の支流に面していた。あのガラディナーの翌朝、ワインをしこたま飲んでいたにもかかわらず、しっかりと早起きすることができた。そうだ、川沿いに行けば初日の出が見られるかもしれないな。

こういう時にホテルの敷地内に絶好の場所があるということはありがたいことである。わざわざそのために支度しなくてもいい。着替える必要もなく(パジャマなんて着ませんよ)、カメラをつかんでそのまま外に出ればよい。

Md0386

<カントー川>MZ-3/50mm/E100VS

前日までは時折雨が降っていたが、幸いそれもない。あいにくと曇り空だが、東の空にはわずかに雲の切れ目があった。カントー川は幅が500mほどだろうか。雨季のルアンパバーンのメコンと同じくらいの幅である。

Md0387

<カントー川>MZ-3/50mm/E100VS

東の空が明るくなってきた。しかし、残念ながら初日の出をはっきりと撮ることはできなかった。

この時の状況だが、結構暗いと思っていたものの、リバーサルのフィルム上でもかなり明るい。考えてみれば、旅に出て日の出を撮るという機会は滅多にない。それは、もちろん自分が旅に出るとそれほど早起きしないことでもあり、自ずと日の出を撮るチャンスを狭めているからに過ぎないのである。

その点、日の入りは比較的楽である。ま、これも失敗なのだが、サンセットは太陽が力を失っていく瞬間でもあり、サンライズは太陽が徐々に輝いていく時間帯なのである。ちょっと太陽の力を甘く見ていたのかもしれない。要するに、もう少し絞りを効かせれば、うまくいったのかもしれない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月 4日 (水)

メコンの夕陽・ノーンカイ編

Mk2290

<夕暮れサッカー>MZ-3/20mm/RVP100

メコンのプロムナード。夕陽を見るには絶好の場所だ。すでに、ヴィエンチャンで夕陽の方向を確認していて、想定通り行けば、友好橋方面に陽が沈むはずである。

昼間プロムナードを歩き、ロケハン。イミグレーションのあたりがよいという結論に達する。いったん宿に引き上げ、休んでいたらいつの間にか眠り込んでいた。はっと目を覚ますと、薄暗くなっている。あわててカメラをつかんでプロムナードへ。

Mk2183

<メコンの夕陽>MZ-3/50mm/RVP100

何とか間に合った…。陽が沈むという決定的な瞬間にはやや遅かったようだが、夕陽の色が雲とメコンに反射し微妙な色合いを作っている。また、陽の沈む地点も友好橋方面ではなく、タドゥアの向こうである。これは、ヴィエンチャンからノーンカイにかけてメコンがタイ側に突出し、半島のような形を作っているからである。これまた計算外だが、まあよかったといえる。

Mk2185

<焼けた空とメコン>MZ-3/50mm/RVP100

今度は、空を大きく撮し込んでみる。これまたいい感じ。せめてメコンを行き来する船でも写り込んでいてくれたら、さらによかったのだが、贅沢は言うまい。

このイミグレーション脇には、地元の人や少ないながらも旅行者も顔を見せていた。アイスクリーム屋台が出ているほどである。ちなみに、初日は宿をあわてて出てきたため、FA50mm F1.7のみで撮影した。

翌日、バンコクへ発つのが夜遅かったため、やはり夕陽を見ることができた。冒頭のサッカーをしている人たちを撮し込んだものである。そちらは、Sigmaの20mm F1.8を使った。

いずれも、絞りは開放か一段開くくらいで、シャッタースピードは1/15~1/30秒くらい。露出補正はかけてません。

2日目の方は残念ながらちょっと雲が多く、初日のような夕陽は撮れてません。このあと、宿に行き荷物を受け取ったり、夕食を取ったり、コンタクトから眼鏡へと変身したりと、いろいろやることがあったので、やや焦り気味だったかも。もう少し粘ればよかったかなあ。

いずれにせよ、旅のフィナーレ近くになって、こんな夕陽を見ることができたのは、よかった。さ、次からはバンコクへ。まだ少しアップいたします。根気強くつきあってください。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年2月21日 (土)

メコンの夕陽・ヴィエンチャン編

この旅の最中、ヴィエンチャンでも、メコンの水位上昇が危惧されていた。ま、それはあとになって知ったことなのだが、かなり深刻なものだったらしい。

タートルアンからトゥクトゥクで戻り、メコンのほとりへ。そろそろ夕陽の時刻である。1日に1回訪れる美しい時間。幸い、いい天気であった。急げ。

Mk2090

<土嚢>MZ-3/20mm/RVP100

メコン沿いはビールを飲ませる店があったり、屋台があったりとヴィエンチャン市民の憩いの場のようでもある。だが、水位上昇に備えたためか、ここでは土嚢が1メートルくらいの高さに積まれ、これをまたいで岸辺に出ることになった。上の写真の土嚢の向こうはなぜか夕方から始まる、一般市民のエアロビクス。今から3年前のヴィエンチャンでも、同じところで行われていた。まだ続いていたのであった。

Mk2094

<ビアラオ船>MZ-3/20mm/RVP100

3年前の時には見なかった船が何艘か停泊している。船体の文字はビアラオと読める。水上レストランかあるいはビアホールなのか。クルージングしているという様子はなかった。メコンの水量はたっぷりとあり、川幅は2キロくらいあるようにも見える。この上流のルアンパバーンやフアイサイ、景洪とはまるで異なる眺めである。向かいに見える岸はタイである。

メコンの水があふれてしまうことはどうやら免れたらしいが、メコンの水に触れようと岸辺に降りることは今はできない。メコンの岸辺は急激に落ち込み、水分をたっぷりと含んだ土壌が近づくことを阻む。乾季ならば可能なことなのだが。明らかに表情の違うメコンである。

Mk2099

<水上レストラン>MZ-3/50mm/RVP100

よりよい場所を確保しようと散策を続ける。だんだんと日が陰ってくる。3年前はあのエアロビクスを行っていた場所のあたりでタイ側に沈む夕陽が眺められたのだが、この季節の日没地点はだいぶ変化していた。季節のマジック。日没地点はラオス側に移っていた。

Mk2107

<メコンのトワイライト>MZ-3/50mm/RVP100

残念なことに雲がかかってしまっていた。わずかにメコンが太陽の残照を映し出すのみ。この季節はメコンに沈む夕陽とはいかず、ヴィエンチャンから夕陽を眺めるにはあまりいい時期ではないようだ。残念だが、仕方ない。チャンスはもう1度あるのだ。そちらに期待しよう。

いや、まったく、太陽の軌道というものは計算外でした。10月11月くらいならば、メコン上流方面に沈む夕陽が眺められそう。完全に乾季に入ると、タイのシーチェンマイ(対岸)あたりに夕陽が沈みます。

| | コメント (2) | トラックバック (0)