カテゴリー「Music Talk」の55件の記事

2018年7月31日 (火)

お待たせしました、旅立ち宣言

かすてら音楽夜話Vol.55

Ck1996

<夜明け>K-7/DA16-50mm

つーことで、いよいよ明日です。夜が明けたら成田にいますよ。

といって、体調今までで最悪です。先々週新宿までたどり着いたものの、そこから咳が止まらなくなって欠勤いたしました。その風邪が治りきってないです。

かといってキャンセルするのも悔しいし。とりあえずは現地で薬を飲みながらゆるゆるやりますわ。遺跡巡りもトゥクトゥクチャーターの可能性が出てきましたね。

とりあえずはバンコクで元気をつける!成田まで行ってしまって、飛行機に乗り込んでしまえばこっちのものです。

ええ、明日だというのに、まだパッキングが完成してません。いつものことですが。

とりあえずは無理のない範囲で現地報告も入れますね。宿はすべて予約しました。スリランカと後半のタイではsimを購入いたします。この間連絡手段はスマホのメールだけです。旅用のPCにメールソフトを入れたんですが、ソフトが古いせいか「危険」というアラートが出る始末です。そういうことなんで、よろしくです。

持参のカメラは夏でたくさん撮ることを考え、PENTAX KP+DA18-50mm+DA50-200mm。それと、スナップ、メシ用のPowerShotでございます。

とりあえず、こんな歌を持ってきました。20年以上前のミヤジとエレカシです。

なんか後半暴れてるんですが、曲はいいですよね。石くんのスライドギターってのも珍しい。

ま、とりあえず、この続きはバンコク&スリランカでしようぜ。

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2018年7月26日 (木)

今夜はVanHalen

かすてら音楽夜話Vol.54

In0667

<ガンガー>K-7/FA77mm

画像は内容と全く関係ありません。7年前のヴァラナシーです。

暑さも少し和らいできたかな。日本印度化計画なんて曲もありますが。これはまたいつか。

さて、今回はVan Halen(ヴァン・ヘイレン)を取り上げます。ハードロック関連でKISSを取り上げたんですが、思わず筒美京平大先生まで出てくる始末で、中途半端ではあったので。

まずはお聴きください。

アメリカのバンドです。デビューは1978年ですから今年で結成40周年。おめでとうございます。

オリジナルメンバーはDavid Lee Ross(Vo)、Edward Van Halen(G/Key)、Michel Anthony(B)、Alex Van Halen(Ds)の4人です。

デビュー曲は「You Really Got Me」というイギリスのバンドキンクスのカバーでした。新人ながらに大音量、派手なアクション、ギターのエディの超絶テクと勢いはとどまらず、デビュー6年目の1984年にリリースした『1984』(ここからキーボードも導入)でビルボード週間アルバムチャート2位まで上り詰めました。ここからシングルカットされた「Jump」がビルボード週間シングルチャート1位となっています。

名前に人名が付くバンド。結構アメリカには多いです。J.Geils Band(リーダーの名前)、Steve Miller Band(リーダーの名前、ボズ・スキャッグスが一時在籍)、Fleetwood Mac(ミック・フリートウッドとジョン・マクビーから。ややこしいことにPeter Green's Fleetwood Macと名乗っていたことも)、そして、Bon Jobiね。

彼らは弟のエディと兄のアレックスのヴァン・ヘイレン兄弟から。兄弟の生まれはオランダでのちにアメリカに移住した音楽一家ということです。兄がギター、弟がドラムセットを手に入れたそうですが、エディがドラムの借金返済のためアルバイトに励んでいるうちにアレックスがドラムに手を出してめきめき上達してしまい、そのまま楽器交換となったとか。

それがなければ、エディのライトハンド奏法もなかったわけで。そして兄弟そろって進学したカレッジでデイヴとアンソニーをバンドに引きずり込み、メンバーがそろったわけです。

デイヴはあのアクションと歌唱力ですかね。長髪の金髪をなびかせてシャウトする姿に、それまでのヘビーメタル/ハードロック系にはなかったセクシーさが取り入れられました。バンド全体のビジュアルもばっちりです。

アンソニーはバーボンのジャックダニエルが好きだそうで、ビデオでもジャックダニエル仕様のベースを弾いています。

バンドはこの頃が絶頂でしたかね。ワタクシも『1984』だけは購入しています。なのに、デイヴがソロ活動専念のために脱退。後任にはギターも弾けるサミー・ヘイガーが加入しています。ま、そのあと遂にビルボード週間アルバムチャート1位も獲得するんですが。サミーの時代はビジュアルが今ひとつだな。でも、アメリカ人はそのあたりあまり気にかけないみたいですが。

ま、ヴォーカルはバンドの顔ですから、いってみればストーンズのミック・ジャガーが脱退し別のヴォーカルが入ってもそれはストーンズではないでしょう。

その後サミーも脱退と加入を繰り返し、現在はデイヴが復帰しました。その代わり、ベースのアンソニーは脱退し、ベースはエディの息子のウォルフガングが担当しています。デイヴの髪もだいぶ寂しくなりましたが。

この曲、シングルカットされましたが、大ヒットには至っていません。でも、TVKの「ライブ帝国」などに曲が使用されています。

ワタクシ告白すれば、ヘビメタ系、ハードロック系はいまいちとっつきにくかったんです。ドロドロしているし、うるさいしで。ま、若かったからですかね。Van Halenを見ていると、メロディもしっかりしているし、歌も上手い。そしてビジュアルが面白いです。ま、スコーピオンズとかZZ Topとかディープパープルあたりにはいかないと思いますけど、聖飢魔ⅡもLed Zeppelinもきっちり受け入れています。

さて、昨日スリランカのETAっていう、アメリカのESTAのようなものをゲットしました。ちょっとめんどくさかったです。

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2018年7月21日 (土)

セクシャルバイオレットNo.1とKISSの関係

かすてら音楽夜話Vol.53

Ck2473

<コバラムビーチ>K-7/DA16-50mm

画像は本文にほぼ関係ありません。なんたって暑いもので、できるだけ爽やかそうなイメージを出したかったんです。でも、インドです。

さて、今回のエントリーですが、コンセプトとしては、以前おりんぴあさんから頂いたコメントで、いつかハードロックかヘビメタを取り上げましょうと予告していて、色々探していたんです。

レッドツェッペリン、ディープパープル、日本でいえば聖飢魔Ⅱなどなど。でも、インパクトや人気度からいったらKISSだろうということで、KISSの映像を探していたら、いいものに出会いました。

でも、その前にこちらをお聴きください。

ご存知でしょうが、桑名正博の唯一のオリコン週間シングルチャート1位獲得曲です。

実はカネボウ化粧品とのCMタイアップ曲でもあります。今から30年以上前、春と秋に化粧品会社の資生堂とカネボウからそれぞれ女性向けの新製品が発表され、CMタイアップがお約束でした。

タイアップされればその曲はほぼ売れることになっているんです。例を挙げれば「時間よ止まれ」(矢沢永吉)、「君の瞳は10000ボルト」(堀内孝雄)「Mr.サマータイム」(サーカス)「不思議なピーチパイ」(竹内まりや)などなど。

でも、やはり楽曲がよくなければ売れず低迷する曲もごくたまにありました。

桑名正博ですが出自はファニーカンパニーというバンドのギター&ヴォーカルです。東のキャロル、西のファニカンといわれたそうですが、なんとですね、彼は大阪の廻船問屋の跡取り息子だったんですよ。高校中退後はアメリカ放浪していたそうです。やー、自分がそうなら、跡を継ぐまで旅行しまくりますけど。ま、そんなせいもあってか金に困らずあまりプロ意識がなかったようです。そんなわけで、キャロルの矢沢永吉などには随分と差を付けられてしまいましたが、この曲で少しは肩を並べる寸前まで行ったかもしれません。

それにしても難しい曲ですね。歌唱力が必要です。桑名正博は自分で曲も作りますが、この時期のロック歌謡時代は作曲が筒美京平御大。歌詞は松本隆に依頼していました。歌詞も文学的ですもんね。

筒美京平はいわずと知れたヒットメーカーです。「ブルー・ライト・ヨコハマ」(1960年代)、「魅せられて」(1970年代)、「スニーカーぶる~す」(1980年代)などなど2010年代に至るまでオリコン週間シングルチャートTop10の売り上げを記録しています。2000年代まではチャート1位を必ず取っていたという、日本最強の職業作曲家です。また、シンガーの性別、年齢を問わないマルチぶりです。

そんなスーパーな人なんですが、「セクシャルバイオレットNo.1」のサビ、これはどこかで聴いたような。

そこでKISSの登場です。

1979年のKISSのスマッシュヒットです。

イントロのギターフレーズが「セクシャルバイオレットNo.1」のサビとそっくりではありませんか。ちなみに、どちらも、1979年のリリースですが、KISSの方が若干早いです。

京平さん、思わずやっちゃいましたかね。でも、このくらい許してもらえるかな。

もし、KISSが存在しなければ、聖飢魔Ⅱもコンセプト的にこの世に誕生してないかも。KISSのステージ右側でリードギターを弾くのは、エース・フューレイといいますが、聖飢魔Ⅱのリードギターもステージ右側にいて、「エース清水」を名乗っています。

KISSはリードヴォーカル&リズムギターのポール・スタンレーとベースのジーン・シモンズ以外、メンバーチェンジし現在も活動中です。もうかなりのご高齢ですが、メイクっていいですよね。メイクなしの時代もあったけど。

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2018年7月14日 (土)

覆面スーパーグループ

かすてら音楽夜話Vol.52

Fe1711

<リバプール>K-7/DA16-50mm

ここはマシューストリートではありませんが、近くにある「Hard Days Night Hotel」あたりです。柱にビートルズの4人の肖像があります。

リバプールの空港はジョン・レノンの名前が冠されています。もう一人のリードヴォーカリスト、ポール・マッカートニーがやはりジョンと二分する人気があるでしょう。ニューヨークで暗殺されてしまったジョンのカリスマ性と、70歳を超えてニューアルバムをリリースするポールの大衆性はやはり人々を惹きつけますかね。

だが、忘れちゃいけない第3の人物がジョージ・ハリスンです。ビートルズのリードギタリストで「Something」(ビルボード週間シングルチャート1位獲得曲)や「Here Comes The Sun」の作曲者です。ジョンとポールのはざまに隠れなかなか日の目を見ない男ですね。

とはいえ、ビートルズにインドを持ち込んだのもジョージです。それがなければ、1960年代後半のビートルズはまったく違ったものになっていたでしょう。

さて、ここに紹介するのは、Traveling Wilburysというバンドです。

ほぼ全員がウィルベリーという姓を持ち、サングラス着用という覆面状態でアルバムをリリースしましたが、すぐに誰だかわかりますね。

初めのリードヴォーカルはジョージ・ハリスン。次のリードヴォーカルがロイ・オービソン(「Pretty Woman」の人です)。コーラスはボブ・ディラン(いわずと知れたノーベル文学賞受賞者)、ジェフ・リン(ELO)、スライドギターをトム・ぺティが弾いていますね。

ま、全員がギタリストであり、曲を作り、歌も歌うのですが、ファーストアルバム『Traveling Wilburys Vol.1』がリリースされたのが1988年で30年前です。

その年、ロイ・オービソンが急逝。ジョージも2001年に病死。トム・ぺティも昨年亡くなりました。

今後こんなグループが登場するでしょうか。

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2018年6月13日 (水)

青の時代

かすてら音楽夜話Vol.51

Im0900

<青い扉>MZ-3/FA35mm

前のエントリーでリバーサルのモロッコを紹介してみようと、つぶやきました。2010年にメインカメラをデジイチにし、その後はリバーサルどころかフィルム自体も壊滅状態です。

リバーサルフィルムというのはスライド用に作られたフィルムで、現像するとほぼ見たままの色がフィルムにでます。いわゆる印画紙に焼いた写真はフィルムの状態では色が反転しています。そのためネガティブフィルムと呼ばれています。

まあ、そんな蘊蓄はどうでもいいのですが、リバーサルで撮るとネガカラーよりも色が断然強く出るのです。そのために、10年年以上前の写真にこだわるブロガーはリバーサルを愛用していたのですね。

つーことで、今回紹介するのはモロッコの中でも「青」が特に印象的なシャウエンというところです。

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<シャウエンの街角>MZ-3/FA35mm

シャウエンとは正式にはChef Chaouenという、山の中にある小都市です。地元民も「Chef」は省略してます。

ここの旧市街は城壁に囲まれていて、そこにある住居をはじめとした建築物はほとんど青く着色されているんです。スペインの白壁の街とかはありますが、世界を見渡しても青はなかなかありません。

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<青いギャラリー>MZ-3/FA35mm

ね、どうすか?行ってみたくなったでしょ。リバーサルは特に強烈な日差しの下で色合いが特に強く出るような気がします。ま、それはデジタルカメラでも同じですけど。

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<シャウエンの少年>GR DIGITAL

デジタルで撮るとこんな具合。やや薄めです。まあ、GR DIGITALの特性かもしれません。今度機会があったら、デジイチでも撮ってみたいですが。

この頃のカメラはあまり機能が高くありませんでしたが、露出をピンポイントに絞ることで、ピントもピシッと決まったような気がします。

でも、画像のスキャンにやたらと時間がかかるので、もう戻ることはないでしょう。それにリバーサルフィルムは1本1000円程度します。頑張って撮っても37カットきり。それに現像代を合わせるとやはり1000円以上するわけで、フィルムを20本、30本と持参すれば、下手な航空券分くらい出ちゃうわけですよ。

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<リトルギャング>MZ-3/FA35mm

あの頃、よくぞブログが続いたもの。ともかく、ここシャウエン、こんな素敵なところなのに、世界遺産じゃありません。おそらくは歴史的建造物がほぼないからでしょう。

そんなシャウエンにぴったりの曲がこちら。

もともとはKinKi Kids(堂本剛&堂本光一)がリリースした曲ですね。バラエティ番組「LOVE LOVEあいしてる」のテーマソング「全部抱きしめて」とのカップリングの両A面ですが、堂本剛主演のドラマ「青の時代」の主題歌でもあります。

それを作ったのが映像の「canna」というデュオです。KinKi Kidsのリリースが1998年。cannaのメジャーデビューが1999年。つまりはデビュー前に提供された曲のセルフカバーということになります。

cannaの二人ですが、メインのヴォーカルが谷中たかし。キーボードとバックコーラスが周水。デビュー前の青田買いなんですが、これには秘密があります。周水の父親が小杉理宇造といい、現在ジャニーズエンターテイメントの代表取締役です。

小杉氏は長年山下達郎のバックアップなどをしていて、山下の所属するアルファムーンレーベルやスマイルカンパニーの代表などを務めていました。スマイルカンパニーとジャニーズ事務所がつながったわけです。ちなみにKinKi Kidsのデビュー曲「硝子の少年」は作曲山下達郎です。

周水ですが、ステージでもサングラスなんですが、別に格好をつけているわけでもなく、眼に障害があるらしいです。日光に弱いとかの。ま、そんなわけで苦労もしているし、誤解や偏見もあったようですね。

KinKi Kidsもジャニーズ事務所の中ではかなり音楽性が高く、歌も上手いんですが、cannaと比べるとかすんじゃいますね。cannaの二人は数年で活動休止しましたが、数年前から活動再開しているようです。

ジャニーズ事務所もスマイルカンパニーもかなり著作権にはうるさく、YouTubeでは所属のタレントやミュージシャンのものがすぐに消されますね。でも、この映像はcannaが自分たちで上げたものですから大丈夫ですね。

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2018年5月23日 (水)

カラオケ

かすてら音楽夜話Vol.50

Yam173

<タイカラオケ>GR DIGITAL

このカテゴリーもめでたく50回。

画像はいつかのマラコーでございます。ここはあまり知られていないことなんですが、料理のレベルも結構いけてます。

Tf209

<パッタイシーウー>SX730HS

ひとり分にしては多めです。値段もちょっと値上がりしましたが、カラオケスナックですからまあ、妥当かもしれません。なにしろ、タイフェス帰りでまともな昼食、夕食を食べていないのです。

どこに厨房があるのかわかりませんが料理人の腕はいいです。

ま、こんな感じで最近はオフのたびにマラコーに連れられて行くのですが、タイ語ができなくてもカタカナタイ語の曲さえ歌えなくても、楽しんでます。

ま、ワタクシができるのはPUNCHの「ラウ・コン・トン・フェーン・ペン・カン」の♪Na Na Na Na~というコーラス部分だけですけど。

マラコーのシステムはタイ語の曲以外はDAMの通信カラオケを導入しています。タイ語の曲はおそらくグラミーなどのレーベルからダウンロードした曲をパソコンを介して流しているみたいです。なので、タイ語の曲を歌いたい人は、直接曲名を告げる、メモを渡す、スマホを見せるなどの方法で意思を店員に告げることになります。

そして、ここが重要なんですが、マラコーはカラオケスナックなので、流れる曲は常にひとつだけです。人が歌う曲を真剣に聴いているかどうかは別にして、数少ない聴衆を前にして歌うことになりますね。

沢木耕太郎と井上陽水の対談で、「最近カラオケでプロ顔負けの人もいるけど、その力が武道館なり東京ドームなりで発揮できるかどうかがプロとの違いだね」という発言がありました。いきなりスケールは小さくなりますが、マラコーで歌の上手い人はそこらのカラオケボックスで上手に歌う人より数倍は上手いということになりますね。

昔のカラオケは映像も歌詞も出ない、本物のオケでございました。曲なんかヒット曲と演歌ばかりという状態です。ま、おじさんの余興みたいなものでしたね。

それがレーザーディスクの登場とともにすそ野が広がりました。カラオケメーカーも努力を重ね、通信システムを導入し、カラオケボックスを登場させ、老若男女が楽しめるものとなったのです。

ワタクシ的には当時毎月の飲み会はほぼカラオケボックスでした。ま、それだけカラオケ好きが多かったというのもありますが、ボックスが普及したからこそ、それまで隠れていた歌の好きな人が現れてきたというのはありますね。また、歌ってそれがとても気持ちいいことに気づくというかそういう現象も起こったといえます。

その後パソコンが普及しまして、当時のNiftyserveのパソコン通信、Fbeat(音楽フォーラム)では何回かカラオケオフをやりました。なんとですよ、カラオケのために大阪や新潟からやって来るメンバーもいたほどです。

Fkaraokeなんかにも出入りしていまして、ここでは縛りのあるカラオケをやりました。縛りというのは「佐野元春限定」なんてやつです。佐野元春しか歌っちゃいけないというルール。当時いくら通信のカラオケが充実してきたといっても、あるミュージシャンの全曲が網羅されているわけではありませんでした。新宿のパセラという店では、DAMだけでなくJOYSOUNDなどほぼすべての会社の通信システムを取り入れた凄い店でしたが、それでもない曲がありまして、ではどうするかというと、自宅でヴォイスキャンセラーをいう機械を通し、バックのサウンドだけにしたトラックをMDなどに仕込んで、それをカラオケにつなぐのです。映像と歌詞は出ませんがこんなこともやっていました。

それから幾星霜。ワタクシの周囲にはカラオケを楽しむ人は激減し、10年ぶりくらいでマラコーに遭遇したのであります。

タイ語はできませんが楽しんでおります。kimcafeさんやじんさんの合間にちょこっとエレカシなど歌ってしまう。ま、これの発展形が昨年夏のバンコクのAtessaともいえるのですが。

最近キイが低くなってきまして、エレカシは正直辛いです。でも、エレカシ以外でもなんとか自分のキイに合うようなやつを試行錯誤中です。70年代の曲は歌いやすいですね。身に染みてますし。最近は「危険なふたり」なんかもやっちまった。

kimcafeさんは今のところ不在ですし、だれかカラオケ行きませんか?

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2018年5月18日 (金)

西城秀樹とYMCA

かすてら音楽夜話Vol.49

Hs0067

<尖沙咀のYMCA>K-7/DA21mm

これまでYMCAには何回か泊まったことがあります。香港、油麻地のYMCA International Guest Houseには2回ほど泊まりました。でも、ここはその後、YMCAであることをやめ、普通のホテルになってしまいました。

次がリバプールのYMCAです。油麻地のYMCAはほぼホテルと同様なんですが、リバプールのYMCAは当然ドミトリーありです。部屋は4人用で二段ベッドが2つありました。この部屋をひとり用として利用することもでき、そこに2泊しました。

YMCAとはYoung Men's Christian Associationのことで、キリスト教青年会の宿泊施設ということになります。青年会ではあるもののもちろん女性にも開放されています。

その逆にYWCAというものもあり、こちらも男性に開放されているところもありますね。わが母校の近くにはYWCAがあり、宿泊施設はありませんでしたが、たまに食堂に行きましたね。今でもやっているんだろうか。

では、何をいいたいかというと、先日お亡くなりになった西城秀樹の代表曲ともいえる「Young Man(Y.M.C.A)」のことです。

もともとはアメリカのVillage Peopleというグループの「YMCA」という曲がオリジナルで、西城秀樹の曲はカバーということになります。

このグループ、なんとアメリカのゲイディスコでバックダンサーでアメリカ先住民の格好で踊るフェリペ・ローズがスカウトされ、リードヴォーカルに俳優でシンガーでもあったヴィクター・ウィリス(ポリスマン)を抜擢したとのことです。あとのメンバーは「ゲイのシンガーでマッチョルックの人」という広告を出し、グループ結成に至ったとのことです。

そして、YMCAにはドミトリーがありそこはゲイの巣窟であるということから「YMCA」はゲイのことというスラングになっていたそうです。西城秀樹は知っていたのかどうか。

現存する香港のYMCAですが、尖沙咀にほぼペニンシュラと並んでいます。あの沢木耕太郎氏がチョンキンマンションのゲストハウスに泊まっていたものの、ここはどうかと迷っているときにファランのバックパッカーから部屋をシェアしないかといわれたところです。その男性は「自分はゲイではない」と付け加えたそうで。

でも、ここはかなりの高級ホテルですね。

ヴィレッジ・ピープルですがどこまで本物のゲイ志向があったのかは不明ですが、メンバーの中にゲイの人物がいたともいわれています。ただし、あまりにもゲイのキャラクターを押し出すことで、ゲイの皆さんからはあまり評判はよろしくなかったともいわれています。ただし、世界的に売れましたね。

もともと、こういうコンセプト、寄せ集めですから、メンバーの入れ替わりも激しいです。今でも活動しているみたいですが、それぞれのキャラクターはアメリカ先住民とGI以外は何回も入れ替わっているようです。まだ活動はしているようです。

さて、西城秀樹氏、肉体を駆使するアクションを売り物にし、ユーミンからは「胸毛」のことを「ギャランドゥ」などと揶揄されてます。でも、まさか新御三家の中で最も早くお亡くなりになるとは。

ちなみにヒロミ・ゴーにも「哀愁のカサブランカ」(バーティ・ヒギンズの「Casablanca」、もちろんハンフリー・ボガートのあの映画のこと)をカバーしています。ワム!の「ケアレス・ウィスパー」なんか西城秀樹もカバーし、カバーの競作もありました。野口五郎は洋楽カバーはないみたいですが。

ともあれ、合掌。

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2018年5月 2日 (水)

35年ぶりの再結成

かすてら音楽夜話Vol.48

Fe2226

<ブライトン>K-7/DA16-50mm

画像はあまり関係ありません。何しろわたしゃ北欧には行ったことがございませんので。

1970年代半ばから1980年代初めごろにかけて、一世を風靡するというか世界的にも有名なバンドがありました。その名を、ABBAといいます。

出身はスウェーデン。1974年のユーロビジョン・ソングコンテスト優勝をきっかけに「Waterloo」(放題・恋のウォータールー)がヒットし、ヨーロッパでは知られる存在となりました。ちなみに、ウォータールーとはイングランドにある駅名ですが、ナポレオン軍が対仏同盟軍に大敗した地名、「ワーテルロー」のことでもありますね。

しかし、世界的に知られるようになったのがこの曲です。

この曲をCafe de Castellaにやって来る人でまず知らない人はいないでしょう。このあと、「Take A Chance On Me」、「Chiquitia」、「Thank You For The Music」などのヒットを立て続けにリリースします。

この人たちは男女ふたりずつの4人編成ですが、もともとは男性二人のデュオでした。ギターのビヨルンとキーボードのベニーで「ビヨルン&ベニー」といいました。ま、そこに女性陣が加わった形になりますが、ブロンドの女性がアグネッタ、赤毛がアンニ=フリッド(フリーダ)です。

そこでたまたま、頭文字を男性を挟むように並べたところABBAとなったと。なお、グループのロゴとしては最初のBはひっくり返っています。

アグネッタとビヨルン、ベニーとフリーダはその後正式に結婚に至りますが、後年ともに離婚しています。

ともかく「Dancing Queen」以降は出す曲ほとんどが大ヒットでして、飛ぶ鳥を落とす勢いだったわけですよ。ところがそれぞれの離婚と相前後してグループとしての活動を終了したのが1983年です。

普通はここで終わってしまいますがなんと、この度35年ぶりに新曲をリリースするそうです。ちなみにフリーダは1945年生まれの今年73歳。ビヨルンも同じ。ベニーは72歳。アグネッタは68歳です。アグネッタ以外、沢木耕太郎氏よりも年上ですわ。

まあ、Fleetwood Macみたいにメンバー間で夫婦が2組もいて、それぞれのちに離婚してもグループはいまだに続いているという例もありますが。

ABBAが世界的に受けたのはみてもお分かりの通り、カリスマ性やビジュアルじゃないですよね。やはり、曲の親しみやすさと明るいムードなんじゃないすかね。

そもそも彼らはスウェーデン人であるわけで、オリジナルとしてはスウェーデン語のアルバムを出していたはずです。でも、英語版をリリースし、それを世界中で売りまくりました。おそらく、非英語圏のミュージシャンでここまで英語の曲をヒットさせた人ってほぼいないでしょうね。

タイのミュージシャンたちも英語あるいは日本語で「売る」ためにリリースなんかしたら、その後火がついて、オリジナルのタイ語版もマーケットが拡大するんでは。テレサ・テン商法あるいはアグネス・チャン商法。おあとがよろしいようで。

それにしてもびっくりしたっす。

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2018年4月 2日 (月)

新天地へ

かすてら音楽夜話Vol.47

20180403

<買っちゃいました>GR DIGITAL

本日異動先に初出勤いたしました。通勤時間1時間半くらいでしたね。なんといっても6年ぶりとなる電車通勤。ま、利用する某私鉄が30年かけて複々線化を完成させ、所要時間も短くなり混雑もやや解消という具合で、そんなに苦痛じゃなかったです。乗り継ぐJRも座れるかもしれないくらいの乗車率で、座れなかったとしてもたったの10分くらいですから。

ま、そういうこともありますので、アナログウォッチを購入いたしました。これまで使っていたワールドタイム仕様のG SHOCK、まだまだ元気ですけど、その前に持っていたソーラーのG SHOCKは5年くらいで液晶がかすれ始め1回修理したもののすぐに同様の症状が出ましたから、そろそろ限界かということもあります。

でも、このアナログ時計もソーラー(CITIZENではeco-driveというらしい)かつ電波受信なんです。しかもワールドタイムですからどこにでも持ち出せますぜ。

20180404

<GR DIGITAL後継機>GR DIGITAL

これも購入しました。なんたって、メシおよびスナップ専用のサブ機、GR DIGITALは12年使い続け、明らかな故障はないもののオートフォーカスに時間がかかるようになり、全く撮れないショットも増えてきたんです。

当初は小型ミラーレスのダブルズームとか考えていましたが、それでは荷物が増えすぎるということで、コンデジのズームタイプにいたしました。GR DIGITALは35mm換算で焦点距離28mmの単焦点でした(デジタルズーム4倍というのがあったですが、画質が落ちます)。

今度のこれは35mm換算で24~960mmという40倍ズームです。これで人もバンバン撮れますね。でまた、最短で1cmのマクロ撮影が可能なので、メシ写真もばっちりです。

ともかく、退勤後は都心を通過するので、これまで抑えてきた物欲が噴出しそうで怖いです。音楽CDやDVD、服に本ととどまることがなさそうです。

でも、初出勤の本日は疲れまくって戻ってきました。仕事に使いそうな文具を100均で購入したくぐらいでした。

 

なんだかワタクシの物欲ばかり語ってしまいましたが、新しい環境になったすべての人に捧げるこの1曲。

エレファントカシマシの「四月の風」、日比谷野音でのライヴヴァージョンでした。

エレカシは1994年の7枚目のアルバム、『東京の空』を最後に所属のepicから契約解除されます。それでも、地道に下北沢などでライヴ活動をつづけ、2年後、ポニーキャニオンから『ココロに花を』でメジャーに戻ってきます。

その先行シングルとして4月に発売されたのが、「悲しみの果て/四月の風」の両A面だったのです。どうしても、曲のイメージとして「悲しみの果て」ばかりが取り上げられがちですが、エレカシをポニーキャニオンに売り込んだ「Rockin' On」編集部の顔ぶれは「四月の風」をプッシュしていたようです。

というのも、『ココロに花を』の元になったデモテープがあり、その中の「四月の風」は粗削りなレゲエみたいにきこえます。後半のメロディはかなり違っていますが、ミヤジの中では未完成だったとのことです。そのデモテープですが、エレカシのデビュー25周年ヴァージョンでアルバムにカップリングされています。

ともかく、入学、就職、転勤、退職された皆さん、四月は「♪何かが起こりそうな気がする」でしょ。一緒に頑張りましょう。

 

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2018年3月26日 (月)

かすてら音楽夜話Vol.46

Ck2085

<カニャークマリ>K-7/DA16-50mm

年度替わりですね。

入学、就職とこれから環境が変わる人も多いと思います。

なんと、管理人もまたそのひとりでございます。といっても、いきなり自由人になるということでもなく、異動することになりました。

ここしばらくの温かさに、かつてない桜の早咲き。環境が変わる人にとっては4月こそが桜真っ盛りであることがふさわしいのでしょうが、そこまで待っているとすべて散ってしまいそうな感じです。この曲のように。

約10年前のエレファントカシマシでした。

この曲はアルバム『Starating Over』には収録されず、そのあとの『昇れる太陽』に収録されました。『Starting Over』の発売が2008年1月。『Starting Over』からのシングル「俺たちの明日」と「笑顔の未来へ」は2007年11月と2008年1月発売で、なぜか「桜の花、舞い上がる道を」は2008年3月発売なのですが、1年後のアルバムに収録されたということです。

その理由はよくわからないのですが、宮本浩次と対談した泉谷しげるもそのことを指摘しています。とにかく、それまでのエレカシになかった壮大な感じの曲に仕上がりました。

とはいえ、今現在の桜の咲きっぷりにはまさにピッタリでしょう。

さて、私事ですが、異動になるのは都内の某所です。ヒントとして、YouTubeの映像が収録された赤羽台団地(宮本浩次の居住していたところ)のある区になります。

めちゃくちゃ遠距離通勤になるんで、かなり不安ですね。でも、途中、地元の駅や新宿、池袋と通りますので、買い物やB級グルメも平日から楽しめちゃいます。そういう楽しみもなくちゃ、やっていけないですわ。

つーことで、近場にいらっしゃるkimcafeさん、trintrinさん、スクムビットさん(ヤムの会の主要メンバーですな)、よろしくお願いします。

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