カテゴリー「Music Talk」の19件の記事

2009年12月24日 (木)

クリスマスといえば

かすてら音楽夜話Vol.20

クリスマスとかクリスマス・イヴというのは、自分にとってはどうでもいいことなんだが、まあ定番の曲といえば、山下達郎の「クリスマス・イヴ」だろうねえ。

今から20年以上前のJR東海のクリスマス・エクスプレスのCMメドレーでした。ま、達郎自身が歌っている映像よりはマシかなと。ちなみに、達郎や竹内まりやたちは自分たちの著作権にかなりシビアな対応をしていて、YouTubeでもなかなかご本人の動画は上がってこないというのが普通です。

それにしても、この女優たち、みんな若いですね。もっとも、駅の改札に駅員がいて自動改札じゃなかったり、携帯電話でなく緑の公衆電話を使っていたりと、なかなか時代を感じさせます。

ま、定番じゃそれほど面白くないので、ちょっと探してみたら、こんな貴重な作品もありました。

これ、23年前のプロモーションビデオで、杉真理を中心にした当時ソニー所属のミュージシャンたちが登場するもの。とはいえ、エピック系のレーベルからは出てないのではないかと。

杉真理とデュエットするのは、Chakaというシンガー。なんか外見普通の人だよね。さらには、南佳孝、ハイファイセット、須藤薫など。途中のワンフレーズを浜田省吾がやっていて、これまた貴重。ハイファイセットのご用になってミュージシャン人生棒に振ったおじさんも映ってます。

ま、わたしゃ、こんなことくらいしか提供できませんが、クリスマスを楽しんでくださいませ。

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2009年12月13日 (日)

車窓に思う~Desperado

かすてら音楽夜話Vol.19

スファックスからスースへとまたしても移動。結局バス便が見つけられず、同じルートで味わいがないものの、鉄道を使う。料金6.95ディナールの2等席である。

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<スファックスに到着した列車>MZ-3/50mm/RVP100

トズール発チュニス行きの列車である。スファックス駅のプラットフォームにはずらりと乗客が並んでいたが、同じくらいの人数が降りたようで、無事座席を確保することができた。

チュニスからの列車では途中で空調が弱まってしまったが、乗り込んだ車両はその時よりもやや程度がよく、空調もばっちりだし、窓にもブラインドがかかってなかった。

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<乾いた風景>MZ-3/50mm/RVP100

チュニジアの南部はすべてがサハラというわけではないが、温帯とステップ気候の中間くらいだろうか。赤い大地にオリーブ、ウチワサボテンや竜舌蘭に似た植物が確認できる。

こうした風景を見ているうちに思い出したのが、大沢たかお主演で一昔前に放送された、「劇的紀行・深夜特急」のシーンである。

おそらくアジア編からシルクロード編に入る最後のシーンだったと思うが、パキスタンかイランあたりでヒッチしたトラックから不意に降ろされて途方に暮れる場面。それとともに「Desperado(ならず者)」が流れる。いうまでもなく、Eaglesの代表曲なのだが、ドラマで使われたのはLinda Ronstadtのヴァージョン。これが、乾いた大地にとてもよく合っていた。

というわけで、YouTubeのリンダ・ロンシュタットヴァージョンを持ってきてみました。ちゃんとバックもイーグルス。それも、ランディ・マイズナーとバーニー・リードンが在籍していた時のもの。これ、削除されてしまう可能性があるので、けっこう貴重かもしれない。

イーグルスの「Desperado」は、ドン・ヘンリーがリードヴォーカル。全盛時代じゃなかったものの、今から数年前、友人に誘われ、東京ドーム公演を見に行ったな。本家イーグルスが、リンダにカバーを許可したのはもちろん、イーグルスがリンダ・ロンシュタットのバックバンドとしてキャリアをスタートさせたから。デビューしたてのイーグルスはウエストコーストというよりアメリカ南部のカントリーロック寄りのバンドだったのだが、バーニーの脱退、ドン・フェルダー、ジョー・ウォルシュの加入などにより次第にロック色を強め、それがアルバム『Hotel California』に結実させた。

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<スースに到着>MZ-3/50mm/RVP100

ま、車窓を眺めつつ、イーグルスの「ならず者」を聴いていたということもありますが、ともかく列車は無事スースに到着。さあ、これから宿探しである。

Postscript 大沢たかおのあのシーンも探してみたのですが、なかったです。エンドロールに被さるようでなかなかよかったんだけど。

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2009年8月 1日 (土)

初めて買ったアルバム

かすてら音楽夜話Vol.18

初めて買ったアルバム、もちろんCDじゃなくてLPレコードです。

音楽の興味は結構あったものの、主にラジカセでのエアチェックというものに限られていて、耳は肥えてきたものの、肝心の音源を持っていないという状態が続いていました。そのラジカセもモノラルなので、FMの音質はいいものの、ステレオではないという情けなさ。

やがてアルバイトをするようになり、まとまった金が入り、本格的なステレオを購入することに。ま、本格的といっても、モジュラーステレオというやつで、本体にレコードプレイヤー、カセットデッキ、チューナーが一体化したものだった。それでも、遙か昔に購入していたレコードプレイヤーは、外部出力端子も外部入力端子もついていなくて、レコードをそのまま聴くだけのものだったので、かなりの発展ではある。

その後もアルバイトを続け、その金でウォークマンを購入し、ステレオでダビングしたカセットを通学時に聴くなんて世界の広がりもあったな。一眼レフを購入したり、旅行資金にしたり一気に世界が広がりましたね。

そんなわけで、LPにも手を出していく。もちろん今のように大人買いはできず、せいぜい月に1枚買えるかどうかといったところ。その頃、レンタルレコードなども出てきて、それを借りたり、友人から借りたりいろいろです。問題だったのは、満員電車にLPを持ち込むこと。かなり苦労したものです。

ドメスティックでは、竹内まりやの『Love Songs』。「September」「不思議なピーチパイ」というヒット曲が入っているほか、A面をロスで現地のミュージシャンと録音し、B面を東京のスタジオで録るというやり方のアルバム。

聴いて頂いたのは、銀座音楽祭の「September」。いや、まったくどこのおばさんが歌っているのかと思ったぜ。当時の竹内まりやは自作曲はアルパム中2曲程度が自作の曲で、残りの曲は外部発注ですね。「不思議なピーチパイ」は安井かずみ/加藤和彦のコンビだし、「September」は、松本隆/林哲司の作品。この頃はまだ、山下達郎の影はわずかなものでしたが。

それにしても大人びているというか、老けてますね。はっきりいって達郎との結婚後の映像の方が若返っている。デビュー30年以上の女性ミュージシャンは、ユーミンなどにもいえますが、昔の映像の方が年取っている感じです。

さて、洋楽ではまたしてもEric Carmenに戻ってきました。とはいえ、購入したのは『Change Of Heart』というアルバムだけでしたが。ラズベリーズ時代のあの興奮にまた浸りたかったのかもしれません。んで、タイトルソングの「Change Of Heart」をYouTubeで見つけたのですが、なんと埋め込み不可。なので、リンクだけ張っておきます。なんと、NHKのレッツゴー・ヤング出演時のもの。会場に客を集めたものでありながら、口パクというもの。

同じあたりにLinda Ronstadtの『Living In The U.S.A.』を購入しました。リンダ・ロンシュタットのバックバンドがのちにEaglesとなりました。リンダは自分で曲を書かないものの、まさにアメリカ西海岸を象徴するような女性シンガーですね。この時期は模索中だったのか、古いアメリカンソングをカバーしているものが多い。その中から、「Back In The U.S.A.」をごらん頂きましょう。

この曲はChuck Berryのオリジナルながら、映像ではそのチャック・ベリー、Keith Richards(Rolliing Stones)がギターで競演。キースの横にいるのはGeorge Harrisonに見えるんですが、ちょっと不明。少なくとも、『Living In The U.S.A.』リリースからだいぶたってからのものと思われます。

そんなレコードたちですが、家にレコードプレイヤーもまだ健在で、手放してはいません。とはいえ、CDで買い直していたりするので、レコードとして聴くことはなくなったなあ。もうかなりの年月がたっているからねえ。

<2009/08/03追記>

残念なことですが、竹内まりやの「September」の映像は、削除されてしまいもう見ることができません。また、以前にアップしたカーペンターズ関連の鈴木祥子とBOXのコラボ映像も同様です。

映像の著作権のことなのだろうと判断しますが、YouTubeではよくあることなので、記事自体は修正しないでおきます。

ただ、どちらも、再びアップされているようなので、見たい方はYouTubeに飛んで、検索してみてください。いたちごっこですわ。

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2009年7月26日 (日)

パワー・ポップの時代

かすてら音楽夜話Vol.17

一番最初に買ったレコードってやはり忘れないものでしょう。比較的人生長く生きているもので、一番最初に買った「CD」じゃありませんよ。「レコード」です。ちなみに、一番最初に買ったCDはなんだったか、覚えてないです。

本当のことを申し上げると、初めて買ったレコードは朝日ソノラマのソノシートって、これまた死語ですが、そういうものではなくオリコンなりビルボードなりに売り上げが反映されるポップスやロックのレコードですね。ドメスティックでいえば、これまた恥ずかしながら尾崎紀世彦の「また逢う日まで」で、ここでこの話はおしまいなんですが、洋楽はRaspberriesの「I Wanna Be With You(明日を生きよう)」なのである。

当時、日曜のTBSラジオで、久米宏(邦楽)と宮内鎮雄(洋楽)による「今週のベストテン」という番組をやっていて、国内国外のベストテンを紹介していた。ちょっと変わっていたのは、久米と宮内がチンチロリンなどの勝負を番組で行い、勝った方の曲を長く流すという仕組みであった。

そんな中で、カーペンターズなどの曲も多く流れ、この番組は自分にとっての洋楽の入り口を示してくれたものである。当時も、ビルボードや「American Top 40」という番組はあったと思うが、いきなりそこまで行くには敷居が高いというか、まあそんなものでしょうか。その中ではまったのが、ラズベリーズである。特に、ヴォーカル、Eric Carmenの歌唱力と曲作りには新鮮さがあったはずで、早速近所の電気屋にレコードを買いに走ったものである。それにしても、すごいと思うのは、今ならメガストアにしか置いていないと思われる洋楽のあまりメジャーではないレコードが街の電気屋の片隅にあったレコードのコーナーにあったことである。

ま、うんちくはおいといて、曲を聴いてもらいましょう。ビルボードシングルチャート5位(最大のヒット曲)となった、「Go All The Way」~「I Wanna Be With You」のメドレーです。当時の映像では貴公子然とされていたはずのエリック・カルメンですが、スタジオでの映像は無精ヒゲ状態なのがちょっとレアかも。

さて、ラズベリーズは、この後「Let's Pretend」「Tonight」とシングルをリリースするものの、ヴォーカルのエリックとリードギターのウォリー・ブライソンとの対立が決定的となり、1974年に解散となった。その後、エリック・カルメンはソロに転じている。

ラズベリーズのメンバーですが、Eric Carmen(Vo/G/B/P)、Wally Bryson(G/Cho)、Jim Bonfanti(Ds/Cho)、David Smalley(B/G/Cho)の4人。なくてはならない中心人物のエリック・カルメンは元々クラシックをやっていた人で、ラフマニノフが永遠のアイドル。曲作りも彼が中心でソロ作ではラフマニノフのメロディを元に壮大な曲も作るというほど。なお、デビュー当初はもちろんヴォーカルであるものの、担当楽器はベースということであった。2作目のアルバムからは、デヴィッド・スモーリーと担当をチェンジ。エリックが器用であるということと、カメラ写りがやはりギターがいいということなんでしょうか。

リードギターのウォリー・ブライソンは、なかなかの凄腕で、他の映像の「Go All The Way」を見ると、6弦と12弦がひとつのボディに収まった重そうなギターを弾いています。イントロとソロ部分を6弦で弾き、中間部は12弦を使うという。

彼らのよいところは、激しく音を鳴らしながらも、メロディアスで全員がコーラスに参加でき抜群のハーモニーを奏でることができることかな。たった数年で解散してしまうなんてもったいないと思っていたら、なんと2005年に再結成ツアーをやっていたようです。YouTubeでは、その時の映像もありますね。

ただ、今年あたりでエリック・カルメンも還暦だしその他のメンバーは第一線を長らく離れていたようなので、エリックよりも年下ながらもかなり老人くさく見えてしまう。でも、演奏は素晴らしかったけど。

近年、彼らのアルバムがリマスターされ、紙ジャケット仕様でリリースされていました。1作目から3作目までゲットしましたが、ラストアルバムだけはまだ。ただ、アルバムの作品はちょっと疑問点のつくものもあって玉石混合という感じです。

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2009年7月 1日 (水)

Carpentarsデビュー40周年

かすてら音楽夜話Vol.16

今年はカーペンターズのデビューから40年になるそうだ。もちろん、カレンとリチャードによる兄妹ユニット。兄がピアノとコーラス、妹がヴォーカルである。カレンは1983年拒食症により亡くなり、活動は26年にわたり停止中のままだ。だが、カレンの優しいアルトの声は脳内にアルファ波を導き、聴くと非常にリラックスするのである。

個人的な意見だが、ロック/ポップスの分野でアルファ波を導く声の持ち主は他に、初期のリンダ・ロンシュタット(カントリーフレーパーのある曲は特に効く)、竹内まりやなどがいるが、ナンバーワンはカレン・カーペンターなのだ。

40周年の話は数ヶ月前にニュースで知ったのだが、適当な話題の持って行き方が見つからず、ちょっと検索して出てきたのが、次の映像。日本人アーティストたちによる「Yesterday Once More」~「We've Only Just Begun(愛のプレリュード)」~「Super Star」~「Cloes To You(遙かなる影)」メドレーである。

それにしても、彼らこんなことやっていたんですね。知らなかった。ヴォーカルとドラムス鈴木祥子。ギターとコーラス杉真理。ピアノとコーラス松尾清憲。ま、言うなればBOX(杉、松尾、小室和之、田上正和)のフロントマンと鈴木祥子のコラボレーション。おそらくBOXが活動していた頃の映像だろうから、1989年から1990年頃のものだろうと思う。でも、鈴木祥子は一見若く見えるんだけど、なんか逆に早熟故にやや老けて見えるかも。この10年あとくらいの鈴木祥子はホントにいい感じなんですが。変な例だが、デビュー直後の竹内まりやも芸能人水泳大会などに出ていたほどだが、当時の歌う映像は画質も悪いこともあってか、妙に老けてます。最近のプロモーションビデオなどを見ると若返っている感じですが。

鈴木祥子は1988年のデビューで、元々原田真二のバンドのバックでパーカッションとキーボードを担当していた人。出身としてはドラムス。まあ当時も今も珍しい太鼓を叩きながら歌う女性ミュージシャンなのである。ちなみに、声もしっとりしたアルト(その後声がでなくなった時期があり、現在のヴォーカルはさらに磨きがかかっている)。また、カレン・カーペンターもドラムを叩いていた時期があった。そんなところからの起用だろうか。

BOXの二人、杉と松尾はその前あたりから曲を共作するようになり、リバプールテイストあふれるBOXを結成することとなった。この二人がハモるとまるでレノンとマッカートニーのような味わいとなる。

映像的にはドラム、ピアノ、ギターだけではないような感じ。しかも、映像と音がややずれていて、バックの音もカーペンターズのオリジナルを使っているような感じもするけど。それでも、レアな映像です。

40周年ということで、今年もこんなコラボレーションをやってくれたら、見に行くのになあ。鈴木祥子のヴォーカル、カバーではあるものの、しっかりと鈴木祥子ならではのテイストを醸し出していると思います。

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2009年6月28日 (日)

快晴願望

かすてら音楽夜話Vol.15

毎日じめじめ。早く梅雨が明けないか。8月には旅立つが、その時までにはもちろんからっとした夏となっているはずだし、訪問地は地中海性気候だから雨の心配など杞憂に等しい。それでも、晴れて欲しいと思っている。

昨年の夏は雨季の東南アジアを旅し、それでも半分くらいが雨だったのでラッキーだったともいえる。

ところで、今頃なんでこんなことを記事にするのかというと、スキャンが追いつかなくなったのである。あとちょっとなんだが、その点はご勘弁を。

「雨」というと、思い浮かべるのが、杉真理の「バカンスはいつも雨(レイン)」という曲。アルバム『Stargazer』に収録された曲で、杉の唯一のヒット曲ともいえる。時は1982年、あの大瀧詠一がNiagara Triangle Vol.2のコラボレーションメンバーとして佐野元春とともに杉を指名する。ちなみに、その6年前のVol.1のメンバーは山下達郎と伊藤銀次であった。大瀧詠一の構想では佐野ははっきりと頭の中にあったらしいが、杉真理は構想外だったらしい。だが、最初に思い浮かべていた人物のスケジュールなどの都合がうまくつかず杉に落ち着いたらしいのだが。

ともかく、彼らのリリースした『Niagara Triangle Vol.2』はヒットし、佐野はやがてビッグになっていき、杉も知名度が上がった。その翌年リリースしたのが、『Stargazer』なのである。「バカンスはいつも雨」とは出かけると雨に見舞われるついてない男を歌うものだが、この曲はグリコのCMに使われ、ヒットすることになる。

YouTubeから借りてきた映像。杉は写っていないものの、若かりし頃の堀ちえみが懐かしさをくすぐるか。ちなみに、CM中の歌詞は一部原曲と異なっているのだが、おわかりだろうか。

<追記>…とまあ1日置いたのですが、何とか杉真理自身が歌っている「バカンスはいつも雨」を見つけてきました。意外なことに坂崎幸之助とのコラボレーションです。映像からすると最近のもののようです。それにしても、若いと思う。元祖ポップスって、杉真理のためにあるような言葉だと思う。こういうのをてらいなくやれるんですよ。では、お聴きくださいませ。

ともかく、つなぎの記事。でも、これがしばらく続いたりして。

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2009年5月31日 (日)

Boat On The River

かすてら音楽夜話Vol.14

カントー最終日、というかその日にはホーチミンに戻るという日、カイランまで船をチャーターした。カイランというところには水上マーケットがあるのだ。船のチャーターは実に簡単で、カントー川に面した船着き場には常に船を手配する人物がいる。頼むと、2時間170,000ドンだという。外貨にして10USドルだというが、その場で素早く計算。ドン払いの方が安い。

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<船頭>MZ-3/50mm/E100VS

ということで、船上の人となる。カイランまでは片道40分くらいである。あまりいい写真が撮れていないと感じていたため、カントー川をただクルージングしているだけなのに、何回もシャッターを切ってしまう。

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<スイカ船>GR1s/28mm/EBX

やがてはたまにこんな船が向かってくる。船の通行は原則的に右側通行らしく、上の写真のようなシーンは滅多にないのだ。カイランの水上マーケットまではやや退屈ともいえる。

こんな時には川の流れに身をゆだねて、小舟の浮遊感を味わうのがいいだろう。そんなときにぴったりなのが、Styxの「Boat On The River」だろうか。

スティクスは元々はプログレッシブ・ロック的なバンドで曲も10分も超えるような長大なものが多かったのだが、その音楽性が評価されるとともに、よりポップな方向に転換。そして、オリジナルのギタリストの脱退によって、トミー・ショウが加入する。

1977年の『Grand Illusion』、1979年の『Cornerstone』はともに商業的にヒットし、特に後者はビルボードアルバムチャート2位、シングルカットされた「Babe」はシングルチャート1位に登り詰める。その後も、1981年の『Paradise Theater』がアルバムチャート1位となり、この時が絶頂なのであった。

バンドの顔はキーボードでヴォーカルのデニス・デ・ヤングなのだが、人気を二分するのが、前述のトミー・ショウ。バンドにはジェームス・ヤングというど派手なリードギターもいたが、彼も負けてはいない。裏のリードギターとでもいうようなツインのギターサウンドがバンドの売りでもあった。

その、トミー・ショウ、ルックスとも相まって日本では彼の方が人気が高かったようにも思う。バンドの代表曲はほとんどがデニスの曲とヴォーカルが多いと思うが、トミーの曲としては、アルバム『Cornerstone』に収録された「Boat On The River」があまりにも有名だろう。

そのスティクス、『Paradise Theater』の頃から知名度が日本でも上がりはじめ、その後来日公演も果たす。その次のアルバムは『Kilroy Was Here』というものだが、なんと大胆にも日本語を使った「Mr. Roboto」などがヒットしたものの、デニスとトミーの間に亀裂が入り、スティクスはトミー抜きで活動するようになる。

トミーの方はダム・ヤンキースなどを結成していたものの、1996年ついにトミーを含めたメンバーでスティクスはワールドツアーに出ることとなった。YouTubeの映像はその時のものだが、ドラムのジョン・パノッソが急逝したため、ここでは急遽呼ばれた代理がドラムをつとめている。デニスもヒゲを剃り落とし何となく若返ったような印象でアコーディオンを弾いています。トミーのマンドリンも印象的。

その後のスティクスはデニスが体調を崩し脱退したものの、未だ健在でワールドツアーを行っている模様。

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2009年5月 3日 (日)

King Of Soul

かすてら音楽夜話Vol.13

忌野清志郎が闘病生活もむなしく、亡くなったそうである。享年58歳。まだ若すぎる。

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彼のことを知ったのは、学生時代のこと。友人がすごいバンドがいるということを教えてくれた。ぼちぼちとメディアにも出演するようになり、その過激さとメイクした清志郎のパフォーマンスに打ちのめされてしまった。当時の洋楽の世界ではグラムロックとして、T.REXやアリス・クーパーなどの存在が知られていたが、まだ日本では、ビジュアル系などという言葉もなく、前代未聞の存在なのであった。

だが、調べてみると、RCサクセションはまだ高校生だった忌野清志郎と破廉ケンチ、小林和生がフォークバンドとして出発させたものだったことがわかる。その後、長い低迷期を経て、メンバーチェンジし、ロックバンドとして再生したところなのであった。特にギターには古井戸の仲井戸麗市が参加していることが「おや」と思わせた。彼の名前は知っていたのである。

その後、お気に入りのバンドになった。

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彼らの評価を一変させたのは、カバーアルバムの『Covers』である。このアルバムでは、すべての楽曲が洋楽のカバーであるが、日本語詞をつけて歌われている。その中では、反核・反原発の内容が盛り込まれ、所属する東芝EMIからはリリースできないことになり、急遽古巣であったキティ・レコードから発売された。さらには、大韓航空爆破事件なども扱われているほか、ゲストミュージシャンも多数起用されたアルバムなのであった。

清志郎が社会問題にも目を向けていることで目の鱗が落ちた感じもした。ちなみに、このアルバムがRCサクセション唯一のオリコンアルバムチャート1位獲得ということになる。

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その後彼の問題意識はさらに過剰になっていき、タイマーズをゲリラ的に結成。生番組で某放送局の批判をするという過激さなのであった。

しかし、RCサクセションはメンバーの離脱に伴い、アルバム『Baby A Go Go』を最後に長期の休養という形を取ることになる。

その後、清志郎はいくつかのバンドを作り、主にソロ活動を繰り広げていくことになる。そんなさなかで、咽頭ガンが見つかり、しばし離脱。復活ライヴもあったものの、またしばらくしてガンの転移が見つかったとのこと。

かなり若い時に無茶したつけが回ったのだろうか。King Of Soul。または、King Of Live。その称号は消えることはない。残念なことにRCやソロのライヴは見ることがなかったが、あるイベントでゲストとして登場した場面に立ち会えたことがラッキーではあった。

最後に、YouTubeから借りてきた映像で、彼を偲ぶことにしようか。

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2009年1月12日 (月)

Play The Game

かすてら音楽夜話Vol.12

雲南、ラオスと旅をしてきた地域は現代日本のように会社勤めをして月給をもらい、生活するということができない。言い換えると、第一次産業従事者が大半で、あとのわずかが第二次産業従事者。要するに、農業などの仕事が終われば、あとは暇ということだろうか。

そんな中でよく見かけるのが、昼間からゲームに興じる大人たちである。まずは中国編より。

Mk1050

<麻雀>MZ-3/50mm/RVP100

中国伝統のゲーム、麻雀。中華人民共和国では賭け事は禁止されていると聞いたが、果たしてどうか。単なるゲームなのか、金がかかっているのか。プレイする人物の表情から判断できるかどうか。場所はモンフンの市場。

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<ビリヤード>MZ-3/50mm/RVP100

中国では昔からビリヤードが盛んだった。どんな町に行っても、見かけることができる。当たり前かもしれないが、ビリヤードをする女性の姿というものは、見ることがなかったな。ここも、モンフンの市場。

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<中国将棋>MZ-3/35mm/RVP100

やり方まったくわかりません。駒は丸い。場所はモンラーの市場。景洪では、公園のテーブルに、将棋盤の枠が刻まれていて、暇な大人たちがこれに興じる姿をたくさん目撃している。

次にラオス編。

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<ペタンク>MZ-3/35mm/RVP100

これまたやり方はわからない。発祥地はフランスだとか。ラオスも元はフランスの植民地。フランスもバゲット以外にも影響を残している。沢木耕太郎の「深夜特急」に、おそらくペタンクをスペインのお年寄りたちとプレイするシーンが登場する。沢木氏は子供の頃、ビー玉遊びの「黄金のプレイヤー」であったと自称していて、見事鉄製のボールを遠方のボールにぶつけることができたのだが、実はそれではだめなのだ。沢木氏もとうとう最後までゲームのやり方がわからなかったらしい。場所はルアンパバーン。

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<子供の遊び>MZ-3/35mm/RVP100

こちらもルアンパバーンのワット・マイ。トランプのカードを道の割れ目に立てて、それをサンダルでねらい打つ遊び。こんなの初めて見た。子供は遊びの天才だから、なんでも考え出してしまうんだろう。それとも、ルアンパバーンに伝わる伝統の子供のゲームなのか。他の地域では見かけることはなかったな。

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2008年11月20日 (木)

モチ種とストーンズ

かすてら音楽夜話Vol.11

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<カオニャオ>IXY DIGITAL500

東アジア半月孤では主食である米は餅米であることが多い。これがまたおこわのような味でたとえおかず一品であっても、美味しくいただける。ところで、餅米とはそのデンプンの成分がアミロペクチンのみのものである。うるち米にはアミロペクチンの他、2割ほどアミロースが含まれている。そして、アミロペクチンこそが粘りけの成分なのである。

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<ムラサキトウモロコシ>MZ-3/35mm/RVP100

ところで、トウモロコシにもモチ種があることをご存じだろうか。今回味わえなかったものの、前回の時に味わったトウモロコシはモチモチしていた。そのトウモロコシのデンプンもほとんどがアミロペクチンだけだそうである。上の写真のムラサキトウモロコシがそのモチ種。

ところで、モチ種は突然変異なのだそうだ。東アジア半月孤ではそのモチモチ感を好み、突然変異で現れたモチ種を掛け合わせ、餅米やムラサキトウモロコシを作り出していったということらしい。このあたりのくだりは、佐々木高明の著作に記述がある。まあたいした努力なのである。

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