カテゴリー「01a Hong Kong」の8件の記事

2014年4月20日 (日)

旅はまだまだ終わらない

深夜特急の足跡を追うVol.11

香港乗り継ぎのキャセイだったもので、帰国便は午前ということになりました。チケットはe-tourでのネット販売だったのですが、なぜか香港での乗り継ぎ時間が大幅にあるものを選択していたのです。

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<香港国際空港>K7/DA16-50

まあ、自分で選んだのですけどね。成田で尋ねると、本来この航空券には香港の空港の使用料が含まれていないものの、それをチェックするものがないため、数時間であろうが、香港の観光ができるとのことでした。

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<手に入れた香港ドル>K7/DA16-50

預け荷物は空港にあり、ほぼ手ぶらでイミグレーションに向かいます。怪しまれることなく無事通過。50USDを両替。370香港ドル(以下HKD)くらいになりました。次はエアポートエクスプレスに乗ります。

まだ、エアポートエクスプレスの香港站まで行ったことがなかったので、それの往復を購入。100HKDでした。到着は中環のあたりで、雲呑麺くらい食べてこれたらなと思っていました。

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<入国スタンプなし>K7/DA16-50

車内でパスポートをチェックします。スタンプのかわりに紙片がステープラ止めされています。いつからこうなってしまったのでしょうか。

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<中環>K7/Da16-50

香港はある程度の土地勘があると思っていたのですが、6年ぶりとなるとまるでわかりません。せいぜい、香港サイドのフェリーターミナルまで来るのが精一杯でした。これは近いうちに香港探索が必要です。

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<スターフェリー乗り場>K7/DA16-50

 十セントの料金を払い、入口のアイスクリーム屋で五十セントのソフト・アイスクリームを買って船に乗る。木のベンチに坐り、涼やかな風に吹かれながら、アイスクリームをなめる。対岸の光景はいつ見ても美しく、飽きることがない。放心したように眺めていると、自分がかじっているコーンの音がリズミカルに耳に届いてくる。このゆったりした気分を何にたとえられるだろう。払っている金はたったの六十セント。しかし、それ以上いくら金を積んだとしても、この心地よさ以上のものが手に入るわけではない。六十セントさえあれば、王侯でも物乞いでも等しくこの豪華な航海を味わうことができるのだ。
 六十セントの豪華な航海。私は、僅か七、八分にすぎないこの乗船を勝手にそう名付けては、楽しんでいた。
(沢木耕太郎「深夜特急」より引用)

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<九龍をかいま見る>K7/DA16-50

そう、フェリーで尖沙咀まで行けば、簡単に雲呑麺が食べられるでしょう。ですが、そうしませんでした。何か、僅かではありますが、違法的な手段でここまで出てきたことがためらわせたのかもしれません。

ヴィクトリア湾も見られたことだし、いつかまた来ることにして、空港に帰りましょう。

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<飲茶の店>GR DIGITAL

とがめられることもなく、無事空港内に戻りました。出発階にはフードコートもありますが、異様に乗客が多く、比較的空いている飲茶の店に入ったのですが、これが失敗。麺はすでに時間切れ。

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<牡蠣のお粥>GR DIGITAL

まあまあの味だったんですがね。なんと、サービス料込みで108HKDもしました。この空港、全体的に高いです。物足りないので、再びフードコートにチャレンジです。奥の方が僅かに空いてきたのです。

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<やっとありついた雲呑麺>GR DIGITAL

こちらも、48HKD。まあ、街の水準は保っていたものの、これだけ高額だとやっぱり、街で食べてくればよかったなと思いました。

なんか最後は無理矢理「深夜特急」と結びつけてしまいましたが、ご容赦を。さあ、これで、昨年夏の旅のレポートをすべて終了させてもらいます。長々とお読み頂き、ありがとうございました。

次回よりは小ネタを見つけながら、アップしていきます。

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2013年8月24日 (土)

マレー半島北上

本日の朝の便で戻って参りました。例によって今回の旅の概略です。

  • 2013/08/01 成田-香港
  • 2013/08/02 香港-クアラルンプール-マラッカ~マラッカ泊
  • 2013/08/03 マラッカ泊
  • 2013/08/04 マラッカ-クアラルンプール~クアラルンプール泊
  • 2013/08/05 クアラルンプール-イポー~イポー泊
  • 2013/08/06 イポー泊
  • 2013/08/07 イポー-バタワース-ジョージタウン~ジョージタウン泊
  • 2013/08/08 ジョージタウン泊
  • 2013/08/09 ジョージタウン泊
  • 2013/08/10 ジョージタウン泊
  • 2013/08/11 ジョージタウン-クアタウン~クアタウン泊
  • 2013/08/12 クアタウン泊
  • 2013/08/13 クアタウン-サトゥーン-ハジャイ~ハジャイ泊
  • 2013/08/14 ハジャイ-プーケットタウン~プーケットタウン泊
  • 2013/08/15 プーケットタウン泊
  • 2013/08/16 プーケットタウン-ラノーン~ラノーン泊
  • 2013/08/17 ラノーン泊
  • 2013/08/18 ラノーン-プラーンブリー-フアヒン~フアヒン泊
  • 2013/08/19 フアヒン泊
  • 2013/08/20 フアヒン-バンコク~バンコク泊
  • 2013/08/21 バンコク泊
  • 2013/08/22 バンコク泊
  • 2013/08/23 バンコク-香港
  • 2013/08/24 香港-成田

マラッカから徐々に北上してのバンコク。マレーシアでは西海岸とペナン、ランカウイ。ランカウイからタイのサトゥーンに船で向かい、プーケット、ラノーンとアンダマン海側からフアヒンへと。そしてバンコクという旅でした。

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<マラッカ川>K7/DA16-50

マレーシア入りしたのはクアラルンプールですが、最初にここで泊まってしまうとマラッカ日帰りか、宿泊するにしても往復の時間がもったいないため、直接マラッカ入りしました。KLIA(クアラルンプール国際空港)からマラッカ直行バスというもくろみははずれてしまいましたが、まあよしとしましょう。

そして、イポー。こちらもマラッカから直接行かなかったのは、クアラルンプールのチャイナタウンで前回堪能できなかったB級グルメと、クアラルンプールからイポーへの列車に乗りたかったからです。

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<ペナン水上集落>K7/DA16-50

そして、ペナン。ここは、前回も3泊していますが、十分にB級グルメを味わえていないことと、ジョージタウン以外に出かけていなかったため。

ランカウイはちょっと興味があったことと、海路でタイに入りたかったためです。

プーケットはプーケットタウンに宿を取り、旧市街歩きをしたかった。ビーチはまあ付け足しです。

プーケットからフアヒンへの直行便もあったのですが、かなりの長時間移動となってしまうため、ラノーンに立ち寄りました。他のスラタニーやチュムポーンという手もあったのですが、スラタニーは何もないらしいし、チュムポーンは前回泊まっているので、ラノーンだったのですね。

そして、フアヒン。バンコクから近いのに、なかなか行けないため、ここは訪れようと思っていました。

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<フアヒン、カオ・タキアップのビーチ>K7/DA16-50

フアヒンでの目的は、ここでもビーチでもシーフードでもなく、プルーン・ワーンという、レトロな店舗の集合体を訪れることでした。

そして、バンコク。最後に3泊と、ゆっくりしました。そして、サームチュックの百年市場とクレット島を訪れることができ、目的は達成です。

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<香港島より九龍を望む>K7/DA16-50

オープンジョーのクアラルンプールin、バンコクoutのチケットをネットで購入しました。それは、マラッカに早い時間帯に入るため、キャセイの香港深夜乗り継ぎというものでしたが、戻りのチケットを選択するとき、香港で時間をかけるものがあったため、これを選択。うまくいけば、香港で雲呑麺くらい食べてこれるのではないかと。

出発時にチェックインカウンターで確認すると、本来は入国税を払っているチケットではないのでできないが、それをチェックするところが何もないので、できますよとのこと。ということで、短時間ではありましたが、香港に入国もしてきました。まあ、中環のフェリー乗り場当たりをぶらついただけでしたが。

マレーシアとタイを比較するとこんな感じでしょうか。
旅の言葉:マレーシアは屋台のおじさんまでもが簡単な英語を話す。タイはちょっと厳しいが、簡単なコミュニケーションを取るくらいなら、問題ない。

食事:マレーシアは美味いものが多い。ただし、席数が限られていて、人の多いところはなかなか席にありつけない。ラマダンが重なっていたというのも、関係ありそう。タイは席はかなりの確率で確保できる。そして物価が安い。味はいいところを見つける必要がある。

交通:マレーシアは都市間があまり離れていないので、短時間での移動が可能。地方都市ではタクシーは交渉性。タイ南部は長距離移動を強いられる。特に南部ではタクシーがない。

今回雨季でしたが、ラッキーなことに本格的な雨に遭遇したのは1回のみ。後半移動が多くなり、なかなか写真を撮れない状況に陥りましたが、昨年並みには撮れていると思います。これから画像の加工を行うので、レポートはやや遅れがちになるかもしれませんが、まあ頑張ります。

それから、100件以上に渡るコメントありがとうございました。

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2011年7月 3日 (日)

ザビエルと「ざびえる」

今回はザビエルのお話。先日お世話になった、trintrinさんからのリクエストにおこたえして、強引に記事にしてみます。

フランシスコ・ザビエルはスペインの貴族出身で、長じてイエズス会創始者のひとりとなり、ゴア、マラッカを経てはるばる日本まで布教活動をした。スペインといっても、当時は統一前のナバーラ国の人だったらしい。

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<マラッカ>MZ-3/FA50/RVP F

ザビエルの足跡を追うことでそれはひとつの長大な旅行ができるはずだが、無理なことなので、自分が訪れたところでザビエルと関係するものを紹介していってみようかと思う。

ゴアでは日本人のヤジロウ(またはアンジロウ、洗礼名アンジェロか)と出会い、彼を水先案内人として日本まで…。

マラッカには、一時ザビエルの遺体が安置されたという、セント・ポール教会がある。今ではすっかり朽ち果ててしまい、天井もないところだが、「劇的紀行~深夜特急'96 熱風アジア編」では、マラッカに到着した大沢たかお(沢木耕太郎役)が、タクシーを降りて即座に夕陽を見に駆け上ったのがここである。ザビエルの像もあるが、あまり似ていないような。

また、近年建てられたセント・フランシス・ザビエル教会もあります。ここには、ザビエルとヤジロウの像もあり。

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<サン・フランシスコ・ザビエル教会>GR1s/GR28mm/EBX

マカオは1999年の12月までポルトガル領であった。実はマカオもマラッカもザビエルが布教活動の拠点としていたはっきりした記録はないのだが、その名前を冠した教会は残っている。黄色い壁が印象的で、まるでポルトガル本国にある片田舎の小さな教会みたいな感じだ。

また、聖パウロ天主堂跡にも、ザビエルの肖像画や像が残っている。

そして、日本に渡ったザビエルは2年の滞在の後、離日しその途上で亡くなってしまう。失意のうちの日本滞在のようだったが、ザビエルの名は至る所に残っている。自分が訪れたことがあるのは、山口市にあるサビエル堂。そのほかにもあるようだが、よく知らない。

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<ざびえる>GR DIGITAL

ザビエルは京から山口へと拠点を移しつつ、布教するが、日本での最後の布教の地が大分であった。ま、それはこの間のオフ会でかめちゃんから頂いた「ざびえる」という南蛮菓の裏に書かれていたことで知ったようなものだけど。

バターとラムレーズン。けっこうはまるかも。

ちなみに、ザビエルの遺体は今でもゴアにあるらしいが、腕などが刻まれて、ローマ、リスボン、ポルトなどにもあるとのこと。なんでも、聖パウロ以来もっとも信者を増やしたということで、ザビエルはローマ・カトリックの聖人に配されているのだ。

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2008年5月22日 (木)

キャット・ストリート

香港島に出かけ、ヒルサイドエスカレーターからキャット・ストリートへ。骨董からがらくたまで揃う通り。大陸では出会えないような満面の笑みを浮かべた老人が出迎える。

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<キャット・ストリートの老人>GR1s/28mm

おそらくはこの固定式屋台の店主なのだろう。売り物は、古い扇風機にこれまた古いタイプライター。ヤカンやそろばんまでがあることがわかる。

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2007年3月25日 (日)

アヘン戦争の名残・銅鑼灣の午炮

さて、火曜日から香港・マカオに行ってきます。それについては、この記事の最後にちょこっと触れます。

香港島銅鑼灣にある、1基の大砲。毎日正午に空砲が放たれる。これは19世紀半ばに香港経済を牛耳っていたジャーディン・マセソン社が自社の船舶が入港する際に祝砲を撃っていたものである。だが、この近くを航行していた英国海軍船がこの祝砲に驚き、一企業が祝砲を撃つとはとクレームをつけ、これを禁止するとともに、懲罰として毎日正午に1日も欠かさず1発だけ号砲を撃たせることにしたのが始まり。

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<Noon Day Gun>GR1s

ところで、ジャーディン・マセソン社ってその昔アヘン貿易で利益をむさぼった企業なんですよね。この号砲をNoon Day Gun(午炮)と呼んでいます。ここへの行き方は、エクセルシオールというホテルと世界貿易中心ビルの間にある地下通路を使うのが便利。迷っていたら、エクセルシオールのインド人ドアマン(シーク教徒)が教えてくれましたが。

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2007年2月23日 (金)

来月は香港・マカオ

ミャンマー関係で上げたい記事はあるんですが、いかんせん、画像のスキャンが追いつきません。ということで、ここで予告。

来月最終週に香港・マカオに行ってきます。今年度の休暇の残りの消化を考えていましたが、うまく、NWのマイレージで航空券が取れたのです。

  • 03/27 成田→香港  香港泊
  • 03/28 香港→マカオ マカオ泊
  • 03/29 マカオ泊
  • 03/30 マカオ→香港 香港泊
  • 03/31 香港泊
  • 04/01 香港→成田  帰国

という予定です。実に2000年以来7年ぶりの香港・マカオです。食い倒れるか、観光三昧か、まさかショッピング、実はギャンブルだろう…。いろいろありますが、地域の特殊性から、いろいろな要素を含んだごった煮のような感じになるのでは。

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<ピークタワーのアトラクション>GR1s

ともあれ、NWなので、初日と最終日は飛行機に乗っているだけ。正味4日間の旅です。ですが、今回もリバーサル+MZ-3がメインの使用機材。レンズは35mm、50mm、77mmと、久しぶりに28mm内蔵のRicho GR1sを使ってやろうかと画策中です。この組み合わせならば、軽くなるかと思って。

フィルムはリバーサルオンリーですが、まだどれにするか決めていません。ただ、ミャンマーで使い残したRVP100が2本あるのですが、色が濃すぎた感もあるので、ベルビア100F(RVP F)かE100VSか、どれにしようかというところ。これってやつありますかねえ。

さて、現地に行くまでにミャンマーレポートは終了しているかなあ。

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2006年12月 2日 (土)

かすてら音楽夜話Vol.4:林哲司

2000年初頭の香港。今となってはなんだったのかの2000年問題が危惧された頃の話である。この時、職場の同僚と香港を訪れた。そいつは海外が初めてだったので、手頃な香港を選んだのだが、町歩きにはいささか飽きていたというのも事実。やつを地元百貨店やデューティーフリーなどに案内し、ふと賑やかな街を見ると、HMVとかタワーレコードがあった。

をを、今度は自分の買い物の番。店に入ると、その頃は安室奈美恵とかTRFなどが香港でコンサートを行った直後だったらしく、やたらとポスターが貼ってあった。探すと、日本のRock/Popsのコーナーもある。とりあえず眺めていく。結局、次の日もわざわざ香港サイドまで渡り、掘り出し物を見ていった。

収穫は数枚。アジアには当時ソニーなどがジャケット内部などを現地版に置き換えたものを発売していたので、まあ有名どころは一通り揃っていた。とはいえ、そんなものは、日本で黙っていても手にはいる。自分が探していたのは、レアものである。

そんな中に見つけたのが、『Bruges』林哲司。(ちなみに、『』内はアルバムタイトル、「」内は曲タイトルとさせて頂く。)

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若かりし頃の林哲司氏が写っているジャケット。

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2006年11月24日 (金)

かすてら音楽夜話Vol3:香港でたまたま耳にした王菲

たまに語る音楽話。これを「かすてら音楽夜話」と題して不定期で取り上げていきたいと思います。以前取り上げた、「日本シリーズと浜田省吾」と「2007年は達郎&まりや…かなあ」も、このカテゴリーに入れちゃいました。ということで、3回目。「音楽情報CASTELLA MOON」から来ている数少ない読者の皆さんも、是非とも参加してもらいたいです。

自分の出自を明らかにしておくと、その昔のパソコン通信時代、音楽フォーラムFBEATというものがあり、ここで主に日本のロック/ポップスについてやたらと書き込んでいました。ハンドルネームはヒョウタンツギ。(おわかりですね。現在ここで名乗っているヒョウちゃんというのは、パソコン通信の別フォーラムFWORLDでのハンドルネームです。まあ、どちらで呼ばれても全然構いませんけど。)それが高じて、あるミュージシャンのデビュー20周年特設会議室まで作ってもらって、そこのお世話係(板頭)まで仰せつかっていました。

FBEATが消えてしまって、書きたい欲求は渦巻いているというのに、その場所がなかった。なので、ここで語ってしまおうというのがコンセプトです。レスポンス大歓迎。マナーさえ守って頂ければ、一見さんでも構いません。

さて、そんなわたしですから、当然レコードコレクター。とはいえ、住んでいるのが東京都とは名ばかりの地方都市なので、自分の生活圏では欲しいCDなんかもない場合が多い。たまに行く都心のメガストアでは、当然買い漁っていたり。これは、旅行に行ってもついそうなります。アメリカには滞在したことはないけれど、あちらにはまだ出会っていない稀少盤があるんだろうなあ。

で、話は1994年の香港へ。これは、シーサンパンナと大理のツアーからの帰りで、香港に泊まる。帰りの便まで時間があり、たまたまホテル近くのCDショップを覗く。それまで中国人のミュージシャンにはまったく興味がなく、せいぜい日本の曲を広東語で歌う違和感を興味深く思っていた程度。

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