カテゴリー「04a Italy」の22件の記事

2015年6月12日 (金)

水のイタリア

世界のミネラルウォーターVol.14

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<アッシジ>K-7/DA15mm

世界遺産が最も多い国イタリア。販売されているミネラルウォーターもかなり多く、メジャーブランドからマイナーブランドまで多種に渡ります。

ミネラルウォーターはアクア・ミネラーレという発音です。バルやタバッキなどでは単に「アクア」で通じると思います。「ア」を強く発音し、「アックア」のように聞こえるようにすれば完璧です。

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<San Benedetto>Ixy Digital 500

とはいえ、もっとも有名なのがこの「サン・ベネデット」ではないでしょうか。フィレンツェ-ボローニャ間を列車に乗ったことがあり、その間に「サン・ベネデット」という駅がありました。今調べてみたら、「サン・ベネデット」を冠するコムーネ(イタリアの行政単位)は数多く、エミリア・ロマーナ州の「ポルティコ・エ・サン・ベネデット」ということがわかりました。

当初はここでこの水を産出しているのかと思いましたが、そういうことでもなかったようです。日本航空とアリタリア航空で機内サービスに採用されているそうで、日本人の口にも合うでしょう。分類上は中硬水となります。

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<Levissima>GR DIGITAL

こちらはレヴィッシマという水です。調べてみたら、ネスレ社の製品でした。正確にいうと、ネスレのグループで、San Pellegrino社のものです。サン・ペレグリーノ地震のブランドのミネラルウォーターもよく見かけます。ただし、そちらは炭酸ガス入り。

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<ローマ、船の噴水>K-7/DA21mm

ところでローマではあちこちで噴水がありまして、そこには日本の公園にもあるような水飲み場もあります。この水が実はけっこう美味しいです。

ローマの上水道は比較的飲用に適しているようです。この水飲み場から空のペットボトルに水を詰めている人もいますし、直接飲んでいる人もいます。

夏場に歩き回って、この水を飲んだときの美味しさは何物にも代え難いです。これホント。

インドに向けて
代行業者にインドビザの申請をお願いしました。メールでのやりとりと、代金振り込み、送られてきた書類の作成(サイン程度)を行い、書類、写真、パスポートの送付まで行いました。それらはインドビザ申請センターに送られたようですが、特に問題がなかったようなので、しばらくすれば戻ってくると思います。その次は宿の予約ですかね。

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2014年7月 5日 (土)

イタリアでカジキ

またしても、南イタリアに戻りまして、ナポリからお伝えいたします。

ナポリと聞くと、「ナポリを見て死ね」という格言が有名ですが、それだけ海岸線が美しく、魅惑の場所なんですが、初めてナポリ駅前に降り立つと、がっかりします。画像がないのが残念なんですが、ゴミが散乱し、たくさんのホームレスがいます。駅前の売店には鉄格子が入り、その隙間から商品と金のやりとりをするという惨状ぶりです。

名付けて「イタリアのインド」。いや、インドの方がまだいいと思います。犯罪の匂いもするし、駅のマクドナルドでは、食べている人の脇に立ちおこぼれをもらおうという人までいますから。

まあ、わたしゃ二度目だったんで、驚きもしませんでしたが。

裏町の安ホテルにチェックインし、夕食を取りに行きます。行きつけの店は決まっています。ガリバルディ広場にある、Cavourというリストランテです。

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<パンとグリッシーニ>COOLPIX 880

ここはハーフボトルのハウスワインがあります。海産物をメインにするので白ですね。イタリアは結構ワインの選択にうるさいです。特に南部は顕著ですね。ポルトガルではイワシの炭焼きなどでも、赤で変な顔をされることはありません。

緑のボトルはガス入りのミネラルウォーターです。パンはフランスやポルトガルに比べるとあまり美味しくありません。それでも空腹時にお通しなどで出てくるオリーブの実などと食べると、満足できます。

手前にあるのは、グリッシーニという、パンのかわりのようなものです。いわゆる乾パンではありますが、プリッツを巨大化したようなものです。これをイタリア人はかなり食べます。

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<手長エビのリングイネ>COOLPIX 880

ちなみに、イタリアでパスタを頼んでも、スプーンは出てきません。ロングパスタをフォークに巻くのは皿の上なんです。スプーンを補助的に使ってパスタをフォークに巻くという行為は、日本などに誤って伝えられたマナーです。

トマトのように見えるのは、乾燥唐辛子(ペペロンチーノ)だと思います。まったく辛くありませんが。

ちなみにこれが第1皿(プリモ・ピアット)。パスタだけでも大丈夫ですが、この時もパンを同時に食べます。あくまでも主食はパンです。日本人はパンをちょこっと食べて、頼んだものを盛大に食べる方が理にかなっているような。それにこれから、第2皿(セコンド・ピアット)があることだし。

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<メカジキのグリル>COOLPIX 880

サラダも頼みました。こちらは別添えとなります。

このメカジキ、サクサクしていて、美味いんです。脂ものってます。カジキマグロじゃありませんよ。カジキです。シチリアの名物らしいです。

結構いいお値段なんですが、美味いものを食べたけりゃ、払うしかないでしょ。

Ristorante Cavour
Piazza Garibaldi 30
12:30~15:00/19:30~22:30
上階は同名の中級ホテル。

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2014年6月29日 (日)

マテーラとオレキエッテ

またしても、南イタリアシリーズに戻ります。

バーリにイタリアの私鉄が集まっていることはすでに書きましたが、バーリ近郊のもうひとつの世界遺産、マテーラにも私鉄を利用して行きます。

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<アップロ・ルカーネ鉄道>COOLPIX 880

fsのバーリ駅からちょっと歩いたところにある乗り場は、バーリ・ノルド駅。バーリ北駅ですね。すでに入線していた小ぶりの列車は、それほどひどく落書きされてはいませんでした。数両が連結されています。

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<車内>COOLPIX 880

グリーンのビニールシートです。客はほとんどいなくて、閑散としてます。最後部はバスのような作りでした。マテーラまでは一度乗り換えます。この列車も切り離されます。その点が注意ですか。

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<マテーラのサッシ>MZ-3/FA28-105mm

マテーラに到着しました。ここは、石灰岩をくりぬいた洞窟住居(サッソ、複数形がサッシ)が残るところで、そのサッシが渓谷沿いにびっしりと並んでいます。

現在も住居として使われていますが、一時期は荒れ果ててスラム化していたこともあったとか。アルベロベッロと比べると、男性的というか武骨な感じがします。

ここを一巡りし、昼食にします。

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<オレキエッテ>COOLPIX 880

さて何を食べようか。店の人はオレキエッテを盛んに薦めてきます。オレキエッテはバーリやレッチェなどのある、プーリア州の名物料理で、「小さな耳」という意味のパスタです。

耳といっても、耳たぶではなくて、耳の上部にちょっと似ています。それにしても、なんでこのような形になったのか。

いやー、オレキエッテはレッチェで食べちゃったしな。それに、マテーラはプーリア州じゃなくて、バジリカータ州じゃないの。と、抵抗を試みますが、押し切られました。今考えれば、隣接するバジリカータ州でも、オレキエッテはメジャーなパスタなんでしょうね。もっと、別の料理があればよかったんですが。でも、それなりに美味かったです。

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<戻りの車内>COOLPIX 880

帰りはなんと、新型車両でした。とんでもない赤字路線だと思いますが。

ちなみに、ここも、土日は大幅な減便となります。

南イタリア、特殊なところでしたね。ワールドカップでも、レザーポインターを照射されるというハプニングがありましたが、カラブリア鉄道内で子供にこれをやられました。バーリでは、若い連中が集っているところを通りすぎようとしたら、雰囲気が悪くて、石でも投げられるかと思いましたね。

この年、日韓ワールドカップがあり、イタリアは韓国に不可解なジャッジの連続で負けてしまうという出来事がありました。若干その影響もあると思いますが、まあ排他的なところです。

レッジョ・ディ・カラブリアまで行くと、「ナカム~ラ」と声をかけられました。その夏、中村俊輔がレッジョ・ディ・カラブリアのチーム、レッジーナに移籍したのです。それまでは日本人男性へのかけ声は「ナカタ」一筋だったのですが。

今だったら、「ホンダ」とか「ナガトモ」とかいわれるんでしょうね。

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2014年6月25日 (水)

スッド・エスト鉄道

2002年の南イタリアの旅よりまたしても引っ張ってきました。

ローマからエウロスターでバーリに移動します。とはいえ、南イタリアに行くエウロスターなので、ローマ-ミラノとかローマ-ベネチアみたいな幹線を走る、ジウジアーロデザインのやつではなくて、ペンドリーノと呼ばれる振り子電車でした。いわば古いタイプでした。

で、バーリに4泊し、ここを拠点に足を伸ばして観光しました。ああ、せっかくバーリにいたというのに、「深夜特急」の調査をやるなんてことは当時考えてもいませんでした。

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<アルベロベッロ>MZ-3/FA28-105mm

この日行こうとしていたのは、世界遺産のアルベロベッロです。白い壁にとんがり屋根の住居が集まっているところ。この形の家屋をトゥルッロといい、複数形がトゥルッリです。

世界遺産の登録名も「アルベロベッロのトゥルッリ」なんですね。この形は、税金逃れのためだといわれています。家屋1軒ずつに課税されるため、調査の際に屋根を壊し、「家屋ではない」と言い逃れたんだそうで。

で、ここに行くには、私鉄のスッド・エスト鉄道に乗ります。バーリは私鉄の集まったところで、スッド・エスト鉄道の他、マテーラ方面に行くアップロ・ルカーネ鉄道、フォッジア方面に向かう路線もあります。これだけあったら、fsと合わせて、ターミナルが形成できそうですが、駅はそれぞれ別個です。

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<スッド・エスト鉄道>MZ-3/FA28-105mm

これは、アルベロベッロに止まっていた編成です。相変わらず、落書きが凄い。

ところで、スッド・エストとは、Sudが南、Estが東ですから、直訳すれば南東鉄道という単純なネーミングです。アルベロベッロから先はターラントに向かうことになっています。アルベロベッロからちょっと行った、マルティーナ・フランカでさらに分岐し、レッチェヘ。レッチェではさらに線が延びて、イタリア半島の「ブーツの踵」近くまで行くことになっている私鉄としては長大な路線を持っています。

それでも、土日は運休なんですね。

fsは、バーリ-ブリンディシ-ターラント、ブリンディシ-レッチェなどをほぼストレートに結んでいるのですが、スッド・エスト鉄道は海岸線を走らず、内陸部の小さなコムーネ(イタリアでの市町村に当たる単位)を細々と結んでいるのです。いわばスキマの鉄道。

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<シート>COOLPIX 880

ビニールシートで背もたれも直角に近いですが、ヘッドレストっぽいものもあり、肘掛けもあります。そして、南イタリアの強い日差しを防ぐ、優雅なカーテン付き。エアコンはありませんが、タイの鈍行よりも、気分良く乗車できるのではないかと思います。物売りは来ませんが。

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<やはり1両編成>MZ-3/28-105mm

今となっては記憶がほとんどなくて、画像のような1両だけだったかわかりません。まあ、決して長い編成ではないということだけは確実です。そう、今見ていてわかったのは、架線がないということですね。いわば気動車だけ。カラブリア鉄道もそうでしたが。

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2014年6月22日 (日)

カラブリア鉄道

南イタリアを旅していたとき、ふと、カタンツァーロという小都市に行ってみたくなりました。今でもそうかもしれませんが、「地球の歩き方・南イタリア」ではせいぜいナポリのあるカンパーニャ州とシチリア島、あたりまでは網羅していましたが、南部三州(プーリア、バジリカータ、カラブリア)に関しては記述がごくわずかでした。

その日はバーリの宿を朝早く出て、イタリア鉄道(fs)の鈍行に乗ります。ローマから北へは新幹線に相当するエウロスター、急行に相当するインターシティ(IC)などが走っていますが、カタンツァーロまではレッジョナーレだけです。やはり、南北の格差があります。一度、ターラントで乗り換え、レッジョ・ディ・カラブリア行きに乗ります。かなりの時間がかかりました。

到着したのは、カタンツァーロ・リドという駅で、海岸沿いにありますが、中心部ではありません。乗車券を見ると、カタンツァーロまでは、ここでICに乗り換えです。ICはすぐにやってきて、乗り込んだものの、あっという間に、カタンツァーロに到着しました。ここから中心部まではケーブルカーがあるのですが、なんと、土日運休という、日本では信じられない事態に。その日は日曜日だったのです。

タクシーもなく、しょうがないので歩き出しましたが、途中の山道でクルマが止まってくれて乗せてくれ、助かりました。

実はカタンツァーロ・リドからも交通手段はありました。それが、カラブリア鉄道で、略称FDC。なんの略かはわかりません。これに乗れば、中心部のカタンツァーロ・チッタまで来ることができるのですが、なんと、この私鉄も土日運休なのでした。

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<カラブリア鉄道>MZ-3/FA28-105mm

カタンツァーロにいても、特にこれといった観光資源がなく、カラブリア鉄道に乗ってみることにしました。ようやく月曜日になり、平常運転かと思いましたが、一部でストライキをやっているらしく、この時刻はカタンツァーロ・チッタとカタンツァーロ・リドまでの運行です。

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<車内>COOLPIX 880

それでもいいやと、乗車券を購入します。経営のうまく行かない私鉄だからか、落書きだらけの車両です。まあ、イタリアに限らず、ヨーロッパの鉄道は落書きとともにあるといっていいのですが、ここのはひときわ凄かった。

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<車内の刻印機>COOLPIX 880

車内には刻印機がありました。まるでバスのようです。イタリアではチケットを持っていても、刻印しないと罰金を食らう規則になっています。列車では普通これがないのですが、途中刻印機もないような駅に止まるからと思われます。

カタンツァーロ・リドまで往復し、午後はようやく動き出した、コゼンツァまでの往復を試みました。

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<やはり落書きだらけ>MZ-3/FA28-105mm

車両の方がちょっと異なります。でも、たった1両の編成です。

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<内部はイタリアン>COOLPIX 880

落書きされ放題の外部と違って、中は落ち着いていました。ここから絶景が続きます。その写真はないのですが。コゼンツァまでは、2時間半くらいかかりました。コゼンツァの駅で写真を撮っていると、駅員に肩を軽く叩かれ、ここまで写真を撮りに来てくれたように思われたようです。

戻りの列車でカタンツァーロに戻ると、すっかり陽は暮れていました。今、検索しても、カラブリア鉄道は出てこないんですよね。もしかすると、廃線になってしまったのかもしれません。

ちなみに、カラブリア州の州都はカタンツァーロです。

<2014/06/24追記>
もう10年以上前のことで、記憶が曖昧です。使用していたコンデジはIXYではなく、COOLPIXでした。
ネタがないので、さらに、昔の出来事を引っ張り出してきます。

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2013年6月24日 (月)

シンプル、美味い、でも高い

あこがれのイタリア料理。オリーブ油を使っている比率が高いにもかかわらず、なぜか日本人の舌に相性抜群。これにイタリアのワインを組み合わせると、もうその魔力には抗しがたいものがある。

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<パンと水>GR DIGITAL

料理が出てくるまで、パンで凌ぐ。ちなみに水は水道水のように見えるが、ミネラルウォーターを注いだもので、もちろん有料である。この時は、グラスワインしか頼まなかったが、あまり美味しいとはいえないイタリアのパンとともにワインを頂くと、待ち時間もそう退屈しないから不思議。

パンのかわりにグリッシーニという、プリッツ状のものが出されることもある。

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<カプレーゼ>GR DIGITAL

その名前の通り、カプリ島を意味する料理。カプリのあるカンパーニャ州で生まれた。トマトとモッツァレラを合わし、バジルまたはオレガノの葉をのせる。これをもちろん、オリーブ油と塩で味付けしただけのもの。

ただこれだけなのに、美味いんですよね。特に夏のイタリアで採れるトマトは本当に美味しい。

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<ポルチーニのタリアテッレ>GR DIGITAL

なんかほんの少しのようだが、皿が窪んでいてここに押し込まれていました。画像はパルミジャーノ・レッジャーノ(要するにパルメザンチーズ)はまだかかっていない状態。いやもう、キノコと相性抜群で、いうことありませんな。

この時は、昼食だったので、これで終了。夕食だったら、これにもう1品頼んでいただろう。

美味しいんですけどね。高いんですよ。今から2年ほど前のことで、1ユーロが100円を切るという円高時代のものでしたが、今ではこんな食事を気軽に頼めませんな。

これまで、バーミーの汁なしが美味いとか、ナムトックのスープが絶品だの書いてきましたが、一番好きなのは、パスタ類ですね。それもできるだけシンプルな、ポモドーロのスパゲッティとか、ペンネ・アラビアータとかをアルデンテで頂くのが一番かな。

シエナでスパゲッテリアというのがありました。シンプルにパスタ類のみ注文してもOKなとこで、味もそこそこイケてます。こんなのが、イタリア中にできればいいのに。ああ、イタリアに行けなくても、本格イタリアンをたまには食べたい。

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2012年6月 8日 (金)

洋の東西でのいらっしゃい

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<クアラルンプール>K7/DA21

看板オヤジとでもいったらいいのか。とにかくこういうもののある店には、何となく入ってみたくなってしまう。とはいえ、写真を撮っているうちは入ることはないんだけど。

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<シエナ>K7/DA21

一方、シエナの看板オヤジは、KLのと比べると、少しばかりすらっとしている。顔もちょっぴりイタリアの血が入っているようだ。

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2011年7月10日 (日)

暑さの記憶

毎日暑い日が続きます。関東地方、梅雨明けしたそうですが、自分にしては暑さの感覚は梅雨明け前でも梅雨明けしてもあまり変わりありません。暑くてたまらないんですよ。

日本の都市部がヒートアイランド現象に見舞われるようになってどのくらい立つだろうか。真夏に軽井沢などに向かい、涼を取ろうと思ったところ、ここでも暑くてたまらなかった記憶がある。

その点海外に行くと、たとえ真夏で、それが熱帯地方でも木陰が涼しかったり、夜になると涼しくなったりすることが多いが、そうではなかった記憶から呼び戻そうと思う。

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<フィレンツェ>MZ-3/FA35

2001年夏のイタリア。ローマもフィレンツェもヴェネツィアも至る所で暑かった。だいたいが当時のイタリアはかなりの物価高で、かなりの倹約旅行を強いられた。泊まる宿はほとんどエアコンがなく、風がぴたりとやむと眠れたものではなかった。

移動も、当時のイタリア鉄道(fs)では、普通列車にはエアコンがなく、その中にいると暑くてだんだんとぼんやりしてくるような始末であった。

極めつけはペルーじゃ駅前にあった格安のホテルで、西日の差し込む角部屋は風が通り抜けなかった。それでも宿替えしたり、次の目的地に向かうようなことはせず、ここに3泊もしてしまった自分はなんて我慢強いんだろうと思ったくらいである。

地中海性気候ってものはさわやかなはずというのは、この年のイタリアには当てはまらなかった。多分異常気象だったんだろう。

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<シャウエン>MZ-3/FA35/RVP100

スペインアンダルシア地方も暑かった。夜になっても気温が下がらず、外に出てみると石畳が焼ける異様な匂いがした。

それよりもさらに暑さを感じたのは夏のモロッコである。間違いなく気温は40度を超えている。アルヘシラスからフェリーに乗り、モロッコのタンジェに到着する。船を下りるとスペインとは比べものにならない強烈な日差しにさらされることになった。

それから、グランタクシーにぎゅう詰めにされ、ティトゥアンに到着した。本来なら、その先にあるシャウエンまで行きたかったのだが、ここでギブアップ。宿はなかなか見つからず、非常に苦しい思いをしたのを覚えている。夜も気温が下がらなかったな。ティトゥアンはこの1日だけであきらめ、翌朝早々にシャウエンに向かった。

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<ドゥッガ遺跡>MZ-3/FA35/RVP100

チュニジアではチュニスやタバルカなどの都市部ではそんなに暑さを感じなかった。だが、ドゥッガ遺跡などのある中央部の乾燥したところでは、日差しを遮るものは何もなく、優に気温40度を超えていたと思う。こんなところを観光して回るのは遺跡好きの日本人くらいで、ほとんど客はいなかった。

その翌日、チュニジア南部に向かった。さらに日差しが強烈になったと思った。宿にもちろんエアコンはなく、寝苦しい夜が続いた。

まあこんなものですが、やはり日本の夏は暑いと思う。これをエアコンナシで乗り切れという方がどんな熱帯地方に行くよりも厳しいことだろうと思うが。

さて、インドの旅が近づいてきています。昨日ようやく旅行保険にネットで入り、到着地と出発地の宿を予約してきました。探すとまあまあ、宿にWiFiのあるところもあるようです。無理なようだったら、ネットカフェとなりますけど、現地レポはできそうです。

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2009年4月 6日 (月)

アッシジの思い出

本当なら、同一日に連続エントリーするのは本意ではないが、今日は書かせていただく。

イタリアで大規模な地震があった。地震が起きたのは、ローマの北東100kmほどのラクイラという小都市である。ほとんど地球の歩き方をはじめとするガイドブックには記述のない都市。…と、いうか、アブルッツォ州じたいが記述がないのである。

とはいえ、ここはシチリア王国支配下の都市であり、観光的資源がかなりあるらしい。また、日本人のラグビープレーヤーとして、伊藤宏明(大工大高-明治大)が所属していたクラブチームがあるところである。

イタリアの地震というと、アッシジを思い起こす。初めて訪れたイタリアはツアーであった。ローマの次にペルージャを訪れる。ちょうどこの年中田英寿がペルージャに移籍したばかりで、「どんなところか知りたくて来た」という日本人がたくさんいた。ペルージャの眺めのよい丘の上で、アッシジの方を指さし、「いいところなんだけど、地震の被害がひどくて」という話を聞いた。

3年たち、今度は個人旅行者としてペルージャとアッシジを訪れた。あの時の話が引っかかっていたのである。

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<サンフランチェスコ聖堂>MZ-M/35-85mmZoom/Fujicolor400

アッシジの象徴サンフランチェスコ聖堂は綺麗に修復されていた。内部では荘厳なミサの様子も見ることができた。だが、有名なフレスコ画は一部が欠けていた。地震のためである。

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<修道女>MZ-M/35-85mmZoom/Fujicolor400

アッシジの町にはたくさんの観光客がいて、すっかり地震から立ち直ったようにも見えた。表面的には地震の被害はないようにも見えた。町には宗教関係者が歩き、どこか特別な町に感じられたものである。

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<奥の建物に注目>MZ-M/35-85mmZoom/Fujicolor400

だが、よく見てみると、修復中のところもかなりあった。噴水の向こう側の建物は、木材で補強してある。その上のバルコニーのような場所も、工事現場のような感じだ。

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<路地>MZ-M/35-85mmZoom/Fujicolor400

何気ない路地にも、地震の被害が及んでいたようである。このようなつっかえ棒をしないと、崩れてしまうのだろう。

残念ながらその後アッシジを訪れることはなかったが、地震から9年過ぎた2006年にようやく、サンフランチェスコ聖堂のフレスコ画が修復を終えたのだそうだ。

長い時間を要してしまったが、アッシジの復興もある。どうか、ラクイラの被害もこれ以上拡大しないことを願って止まないし、早期の復旧を願いたい。歩き方には載っていない都市ですが、調べてみたら何となく興味がわいてきました。今すぐとはいわないが、近い将来ラクイラを訪れることができるよう頑張って欲しい。イタリア、頑張れ。

Postscript この当時、使っていたEOSをだめにしてしまい、手持ちのレンズ資産を生かそうとPentaxのマニュアルカメラをわざわざ購入して使っていました。それが、MZ-Mというカメラ。交換レンズに、28mmと50mmを持って行きましたが、ほとんどはズームだけで撮っていましたね。しかも、なぜかイタリアではフィルムをケチって、カラーネガのみという状況。まだ、イタリアではリバーサルを使ったことがありません。またイタリアに行って、リバーサルで撮してみたいという欲求はかなりあります。

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2008年7月25日 (金)

5つの村-チンクエテッレ

イタリア、リグーリア海に面した、軍港ラ・スペツィアをはさみ、ポルトヴェーネレとチンクエテッレという世界遺産がある。ポルトヴェーネレとは「ビーナスの港」という意味で、チンクエテッレとは5つの大地(土地)という意味である。

今回取り上げるのは、チンクエテッレ。ポルトヴェネーレも魅力的なのだが、それはまたの機会に。さて、チンクエテッレはその名前の通り、ラ・スペツィアからほぼ等間隔で5つの漁村が点在する。ラ・スペツィア側からリオ・マッジョーレ、マナローラ、コルニーリア、ヴェルナッツァ、モンテロッソ・アル・マーレという名前である。

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<モンテロッソ・アル・マーレのビーチ>MZ-3/35mm

世界遺産とはいえ、日本ではほとんどマイナーなイタリアのリグーリア海。この地域は、「地球の歩き方」でさえ、分厚いイタリア編のみにしか紹介がない。さらに詳しくなる地域版には登場しないのである。

だが、イタリアではかなりメジャーなビーチなのである。イタリアの夏、庶民はともあれ海にバカンスに出かける。近年イタリアでもなかなか長い夏の休暇は取りにくくなってきたらしいが、とにかく数週間単位くらいで海に行くというのが、イタリア人のライフスタイルである。

そんなところに予約もなくやってきたが、奇跡的にやや落ちぶれた感じの2つ星の宿が取れた。ラ・スペツィアだから何とかなったのだろうが、チンクエテッレで宿を見つけようというのはまさに大海に挑む蛙のようなものであろう。ともかく、ラ・スペツィアから一番遠いチンクエテッレの村に行ってみた。

チンクエテッレに限らず、リグーリア海沿いにある集落は、山が迫り平坦な土地がとても少ない。従って、ラ・スペツィアからジェノヴァに至る鉄道と道路は難工事を極め、トンネルと断崖が連続する。だからこそ、息をのむような海の色が保たれているのだ。

実はチンクエテッレは歩いて回ることができる。5つの村とポルトヴェーネレを結ぶ遊歩道がある。すべて歩くと10時間かかるらしいので、せめてその雰囲気でも味わおうと、隣のヴェルナッツァまで歩いてみた。

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