カテゴリー「02c Laos」の12件の記事

2009年7月17日 (金)

ナンプに水が出た!

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<ヴィエンチャンのナンプ>MZ-3/35mm/RVP100

ナンプというのは、ラオス語で「噴水」のことなのだろうか。

ともかく、ルアンパバーンとヴィエンチャンにナンプと呼ばれるものがある。だが、そこは噴水には違いないが、水が出ることはなかった。壊れているのか、うち捨てられたものなのか。だが、その周りは植物などが植えられ、整備されているようにも見えた。

ヴィエンチャンのナンプの周りは、トゥクトゥクの集まる場所でもあり、安宿の集まるところでもある。もちろん、レストランも多く、ヴィエンチャンを訪れるツーリストにとっては、中心みたいなものである。だが、水の出ない噴水なのだ。

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<夜のナンプ>GR DIGITAL

メコンの夕陽を見に行った帰り、レストランで食事を取り、宿に戻る途中ナンプを通りかかると、水が出ていた。しかも、ライトアップされているではないか。GR DIGITALでのスローシャッター。見事にぶれてしまったが。

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<早朝のナンプ>GR1s/T-MAX100

朝食事に出かける。この界隈では田舎からやってきたのか、天秤棒を担いだ女性の野菜売りが目立つ。その姿を追っているうちにナンプまで来てしまっていた。朝も水が出ている。

今までの認識は間違いで、水を節約するため朝と夜の数時間のみ水を流すらしい。やはり、噴水は水が流れてこそのものである。その方が絶対絵になるし。ただし、ルアンパバーンのナンプに関してはよくわからない。ルアンパバーンのナンプは中心からやや外れているので、そう頻繁に訪れないからだ。托鉢の時間には流れていなかったことは確かである。

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2009年7月13日 (月)

偶然ながらも…ラオスとベトナム

何気なく撮った写真に偶然一致したものがあった。

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<サトウキビジュースのマシーン>GR1s/T-MAX100

何気なく撮ったサトウキビジュースを作る機械。描いてあるイラストがチープな感じがしたので、GR1sをさっと取り出し、ぱっと撮ったもの。単に面白そうなものをモノクロームでランダムに撮っていったもののひとつである。場所はルアンパバーン。

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<メコンの中州にて>MZ-3/35mm/E100VS

今度はベトナムにて。メコンの中州にある店の片隅にあったサトウキビジュースを作る機械。イラストが若干異なるものの、書いてある文字は同じだ。ルアンパバーンのマシーンはタイヤがついているものの、移動販売ができそうにない。こちらのものは移動販売に対応している感じ。

とはいえ、こういう屋台をひいている人は見たことがないが。

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<ソクチャンにて>MZ-3/35mm/E100VS

こちらは全体が写っていないが、サトウキビジュース制作中。こちらはソクチャンの市場。やはり書いてある文字は同じようだ。

文字はアルファベットが基本となったベトナムの文字だと思う。タイ語やラオス語の読めない文字とは異なる。と、いうことはこのサトウキビジュースを作る機械は、ベトナム製なのではないか。ルアンパバーンにあったものは、かつてのホーチミンルートを通って輸出されたのではないか。ルアンパバーンのはラオス人好みにイラストは変更されたと。

と、どうでもいいことを想像してみました。

先週から今週にかけて、忙しく、結局はスキャンができませんでした。またしばらくつなぎの記事が続くと思います。今回は強引にベトナム旅行と結びつけてみましたが。

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2009年7月 3日 (金)

いらっしゃいませ、食べといで

またしてもつなぎの記事です。すいません。音楽話が続いたので、旅の断片より。

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<ルアンパバーンの食堂>GR DIGITAL

アジアの田舎を歩くとたまに目につくのが、こんな食堂のマスコット。まあたいていは料理人の姿である。

こんなマスコットもかつての日本でもあったと思う。とはいえ、その頃もどの店もこういうものを出していたわけではないと思うけど。現在はすっかり姿を消したのではなかろうか。そんなノスタルジアを感じさせるものに旅先で出会うとその店に入ったわけでもないのに、写真を撮りたくなってしまう。

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<バンビエンの食堂>MZ-3/35mm/RVP100

おっと、バンビエンにもありました。ルアンパバーンのマスコットと比べると、ポーズと服装が似ているものの、顔立ち、表情、帽子が異なる。そのあたりは店が作り手に細かく注文をつけるのだろう。何たって、店の看板あるいは代名詞みたいなものだから。確か、この店はインド料理店だったと思う。たぶん入ったはず。

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<ノーンカイの食堂>GR DIGITAL

メコンを渡り、タイにはいるとマスコットも洗練されてくる?それにしても塗装のはがれ具合といい、かなりの年期を感じさせる。キャラクターも擬人化された動物だし。手作り感もありますね。とはいえ、この世界共通のポーズはわかりやすい。食べて美味しかったら、店の人に親指を立てるだけで喜んでもらえるはず。

次に行くところではこんなマスコットがあるんだろうか。料理は美味いんだろうかと想像を膨らませるばかり。

週末、スキャンを終了予定です。そうしたら、ベトナムの記事をいくつかアップして、ランダムな旅の記憶または音楽話に戻ります。

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2009年2月23日 (月)

友好橋を渡りノーンカイへ

ビアラオの生を飲み、ラオスを堪能したあといよいよタイに戻る。旅も最終盤。

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<友好橋へ>MZ-3/50mm/RVP100

宿で荷物を受け取り、トゥクトゥクと交渉。行き先はオーストラリアの援助で作られたメコンに架かる友好橋である。トゥクトゥクにはパウチされた料金表があるが、少しだけは値切ることができる。友好橋まではバスもあるが、面倒なのとキープがまだ余っていたので、乗ることにした。値切って85,000キープである。バンビエンだと2泊できる料金である。

雨上がりの道を東へ向かう。友好橋はヴィエンチャンではなく隣町のタドゥアというところにある。かなりの距離だ。トゥクトゥクでも40分くらいかかった。

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<ラオス側イミグレーション>GR DIGITAL

友好橋と書いたが、トゥクトゥクは一応メコン沿いの道を進んでいたようである。ただ、その間メコンと併走することもなく、このイミグレーションからもメコンを望むことはできない。沿道にはビアラオ工場があった。

ここでの手続きは、パスポートと出国カードを提出するのみ。至って簡単で、すぐに通過できる。その先には、バスが待機している。友好橋専用のバスである。料金4,000キープと最後のキープを払う。

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<ノーンカイへ>MZ-3/50mm/RVP100

バスに乗ってようやく橋の上に出る。友好橋はタイと同じくクルマは左側通行。バスも右ハンドルとなっている。上の写真で中央に線路があることがわかるだろうか。この線路はバンコクから延びていて、友好橋が作られたときから設置してある。バンコクからラオスに向けての路線であり、昨年ようやく試運転が開始されたものである。まだ、ツーリストにとっては実用的なものではない。

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<メコン>MZ-3/50mm/RVP100

やがてメコンが見えてくる。友好橋は、歩いて渡ることはできない。車道の脇に歩道の部分もあるのだが、これは一部だけで、イミグレーションからは行くことはできず、橋の下から料金を支払い、メコン中央の国境線付近まで歩くことができるのだそうだ。

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<タイ側イミグレーション>MZ-3/50mm/RVP100

バスは、5分でノーンカイのイミグレーションに到着した。ここの通過も基本的には簡単だが、かなりの人数が並んでいて、30分くらい待つことになった。

以前、タイの入国では出国時の航空券所有者には30日間の滞在許可をくれた。厳密に言えば、いちいちチェックしないので、誰でも30日間滞在許可をもらえたのである。この時もそうであった。

だが、先頃規定が変わり、空路入国者には30日間の許可が出る。しかし、ノーンカイやフアイサイなど陸路入国の場合、15日間の許可しか出ない。ちょっと注意が必要である。

イミグレーションを出ると、「タクシー」と称するピックアップトラックで目指す宿へ。ちょっとだけイサーンの日々を経験する。

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2009年1月12日 (月)

Play The Game

かすてら音楽夜話Vol.12

雲南、ラオスと旅をしてきた地域は現代日本のように会社勤めをして月給をもらい、生活するということができない。言い換えると、第一次産業従事者が大半で、あとのわずかが第二次産業従事者。要するに、農業などの仕事が終われば、あとは暇ということだろうか。

そんな中でよく見かけるのが、昼間からゲームに興じる大人たちである。まずは中国編より。

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<麻雀>MZ-3/50mm/RVP100

中国伝統のゲーム、麻雀。中華人民共和国では賭け事は禁止されていると聞いたが、果たしてどうか。単なるゲームなのか、金がかかっているのか。プレイする人物の表情から判断できるかどうか。場所はモンフンの市場。

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<ビリヤード>MZ-3/50mm/RVP100

中国では昔からビリヤードが盛んだった。どんな町に行っても、見かけることができる。当たり前かもしれないが、ビリヤードをする女性の姿というものは、見ることがなかったな。ここも、モンフンの市場。

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<中国将棋>MZ-3/35mm/RVP100

やり方まったくわかりません。駒は丸い。場所はモンラーの市場。景洪では、公園のテーブルに、将棋盤の枠が刻まれていて、暇な大人たちがこれに興じる姿をたくさん目撃している。

次にラオス編。

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<ペタンク>MZ-3/35mm/RVP100

これまたやり方はわからない。発祥地はフランスだとか。ラオスも元はフランスの植民地。フランスもバゲット以外にも影響を残している。沢木耕太郎の「深夜特急」に、おそらくペタンクをスペインのお年寄りたちとプレイするシーンが登場する。沢木氏は子供の頃、ビー玉遊びの「黄金のプレイヤー」であったと自称していて、見事鉄製のボールを遠方のボールにぶつけることができたのだが、実はそれではだめなのだ。沢木氏もとうとう最後までゲームのやり方がわからなかったらしい。場所はルアンパバーン。

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<子供の遊び>MZ-3/35mm/RVP100

こちらもルアンパバーンのワット・マイ。トランプのカードを道の割れ目に立てて、それをサンダルでねらい打つ遊び。こんなの初めて見た。子供は遊びの天才だから、なんでも考え出してしまうんだろう。それとも、ルアンパバーンに伝わる伝統の子供のゲームなのか。他の地域では見かけることはなかったな。

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2008年12月12日 (金)

ウドムサイまでの4つの交通手段

いよいよ雲南をあとに。ラオス入りしウドムサイを目指す。モンラーからはウドムサイ直行のバスがあるはずだが、チケットは「没有」なので、見つけた交通手段の乗り継ぎで行くことになるな。ちょっとしたチャレンジである。

まずは中国・ラオス国境まで。中国側国境はモーハン。モンラーからは景洪から到着するバスターミナルと別の南站というバスターミナルがあり、宿からは1km弱とはいえ、重いバックパックを担いで歩いていく。入り口では荷物検査あり。モーハンまで17元。うち1元が保険料。ミニバスである。だが、モーハンまでは頻発しているのでそれほどの心配はいらない。

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<モーハン・ボーテン国境地帯>MZ-3/50mm/RVP100

モーハンのイミグレーション。出国カードとパスポートを提出するのみ。簡単に通過すると、出口ではトゥクトゥクが待ちかまえている。中国人ともラオス人とも判断のつかない女性2名が先客だが、あと2、3名乗れるかというところで出発。

ここ数日降り続いた豪雨で未舗装の山道はかなりぬかるんでいた。大型のバスとトラックが立ち往生していて、渋滞が発生。上の写真はトゥクトゥクの客席から後方(中国側)を撮したもの。左側のツートーンのオート三輪がトゥクトゥクである。ガンランパのトゥクトゥクに似ているが、座席は向かい合わせの乗り合いタイプである。右はシーローだがモーハンのイミグレーションではその時姿を見かけなかった。トゥクトゥクは5.0元である。

ラオス側イミグレーション、ボーテン。非常に多くの人間が通過している。中にはパスポートの束を抱えた人もいて、個人旅行者は後回しになりそうだ。また、出入国カードをもらおうと窓口に尋ねるとこれを理解しない係もいるので、注意が必要である。

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<軽ワゴンで出発>GR DIGITAL

ボーテンからはルアンナムターとウドムサイに公共バスがあるはず。もっとも、ソンテウだという話もあるが。しかし、そのようなものは見つからずどうしようかと思っていると、中国人旅行者に話しかけられた。

彼らもウドムサイまで行くのだが、人数待ちしている。自分を入れてもあと2名足りないらしく、しばらくここで客待ちする。ここには大型のワゴンなどが数台客待ちしていた。結局続く旅行者が現れることはなかったのだが、なぜか四駆のピックアップトラックと軽ワゴンに分乗し出発。しばらくは道もよく、これなら快適にウドムサイまでいけると思ったあたりで、ワゴンはストップし、ドライバーが連れて行ってくれたのは昆明からやって来た寝台バスであった。ワゴンの料金は8.0元。

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<寝台バス>GR DIGITAL

バスはここで休憩中だったらしく、やがてやってきたドライバーに英語で交渉。OKがでて、のることができた。バスには助手も乗り込み、彼に料金を払う。ウドムサイまでは40元で交渉成立。

このバスはルアンパバーン行きでウドムサイで翌日も見かけたので毎日1便が走っているようだ。また、ヴィエンチャン行きもあるはずなので、こちらも見かけたと思う。ともかく、荷物を持ち込み、空いた席へ。空いているのは最後列のみ。

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<寝台バス内部>GR DIGITAL

このバスはすべての座席がフラットなスペースとなっている。ひとり分のスペースはマット1枚のみで、それぞれに掛け布団と枕がつく。上の写真で右手に女性が見えるが、彼女の隣にも1名分のスペースがある。だが、大部分の乗客は2名分の料金を払い、自分の環境をほどよく確保していたようだ。

自分の占めた最後列は、5名分のマットが敷かれていた。右手に見える素足は自分と同時に乗り込んだラオス人青年のもの。払った40元は、モンラー-ウドムサイ間の公定料金が32元というのに比べるとかなりの割高だが、助手が2名分の料金を徴収したということを考えれば、納得はいく。なお、寝台は2段式となっていて、この上にもしっかりと乗客はいた。また、それでも満席にはなっていないようで、途中数ヶ所で乗客を拾っている。

おそらく到着したのはボーテンの町中だったのではなかろうか。ここまでは道もよかったのだが、走り出してみると、凹凸が激しい路面となり、マットに横になっていると身体が浮き上がってしまうような感覚になってしまった。前の方にいたラオス人女性は、小さく開けた窓からしきりに顔を出し、何度も吐いていた。このあたりの三半規管の感覚だが、日本人にはどうということはないような揺れでも、ラオス人にはかなり辛いものらしく、乗り物酔いをする人はかなり多い。

道はやがて山道へ。さらに揺れが激しくなる。しかも、狭い道幅と急カーブの連続で、まったくスピードが出ない。きちんと座っていたものの、激しい上下動に頭を数度上の寝台にぶつけるため、またも姿勢変換である。今度は、再びマットに横になったものの、手すりをつかんで、ある程度揺れに身体を任せた。ようやくしっくり来る。

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<不気味な土産>GR DIGITAL

そんな中、最初の休憩。何もない山道だが、路肩には簡単な小屋が何軒も並び、果物なども売られていた。しかし、小屋の軒先にはビニールに入れた蛇ともタウナギとも区別のつかないものがぶら下がり、これを乗客がよく買っていく。

バスはそれからもう一度止まった。ドライバーと助手が工具を持って後方に回ったので、何かの修理だったようだ。これはすぐに終わり、ようやくといった具合で大きな町に到着する。隣のラオス青年に確かめるとウドムサイとのことで、ようやくバスを降りることとなった。

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<ウドムサイ>MZ-3/50mm/RVP100

ウドムサイ。天気は晴れ上がりいい感じである。それにしても、疲れたので予定を変更し、2泊することにこの時決めた。

Postscript ようやくラオスに再突入です。このあたりでようやく半分くらいの日程を消化。なので、もう年内にすべてのアップは無理です。次の旅が迫っているところですが、それに関係なく、このメコンの旅を優先したいと思います。

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2008年10月30日 (木)

中国の洗礼

ルアンナムターからさらに北上。今日はいよいよ国境を越え、雲南省に入る。ラオスと中国の出入国地点はラオス側ボーテン、中国側磨憨(モーハン)である。ルアンナムターの町中でさらにその先、勐臘(モンラー)行きのバスチケットを扱っていた。早速これをゲットする。公定料金45,000キープだが、旅行会社では55,000キープとなる。ただし、バスターミナルまで行かず、旅行会社の前でピックアップされるとのことで、トゥクトゥク代と考えれば、納得はいく。

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<勐臘行きバス>GR1s/T MAX100

その後、ナイトマーケットの裏手あたりで、このバスを見つけた。IVECOの大型ワゴンといった方がいいくらいのサイズ。すでに乗客の姿はなく、メンテ中といった趣か。車体の前方と側面には、漢字で行き先が書かれ、両国の国旗も描かれている。

翌日の朝、旅行会社前で待っていると、トゥクトゥクではなくこのバスが直接横付けされたのである。荷物は後方のトランクへ。乗り込むと、見渡す限り中国人だらけ。空いた席に座り、バスは走り出す。

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<車内>GR DIGITAL

内部はマイクロバス程度の広さ。左側二人掛け、右側一人掛け。空席はあとわずかといったところ。バスはところどころに止まり、中国人が徐々に増えてくる。左側の男性は成金趣味なのか、レイバンのサングラスを決して外さず、10分置きくらいにタバコを吸い出す。その吸い殻は、構わず床にポイ捨てである。前の座席の男性は、やおら窓を開けると、見事な手洟を飛ばした。その斜め前の男性は、絶えず喉を鳴らしては、痰を床に吐き続ける。まったく世界の常識が通用しないバスなのであった。マナーの悪い(彼らにとっては常識なのだと考える)のはこの3人に限ったことではなく、同じような光景が車内の至る所で繰り広げられていた。つまりは、このバスを降りるまで数分おきにこれが繰り返されるのであった。

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<ボーテン>MZ-3/50mm/RVP100

バスはルアンナムターのバスターミナルに止まり、フランス人カップルとギリシア人のおじさん二人組が乗り込んだ。道はあくまでも快適だが、車内は中国の常識が支配していた。やがて、ボーテンへ。イミグレーションの手前でパスポートチェック。一部の中国人は2種類のパスポートらしきものを提示していた。二重国籍者か。

ボーテンにはこのバスだけが到着したわけではないのだが、このイミグレーションを通過する中国人の数はおびただしいものであった。これが列を作らない。我々外国人旅行者はほとんど後回しなのである。だが、無事にラオス出国となる。

この時初めてフランス人たちと言葉を交わす。フランス人は、勐臘からその日のうちに寝台バスで昆明に向かうという。一方、ギリシアのおじさんたちは中国ビザを所有してないのに、自信満々であった。今までどんな国でも最終的に何とかなったというのである。

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2008年10月15日 (水)

おじさんは国境を目指す

いよいよラオスに渡る日がやってきた。チェンラーイは、あいにくの雨が朝から降り続いている。そのために、宿を出るのがかなり遅くなった。止むのを待っていたが、その気配はなく、傘を差してバスターミナルを目指した。

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<ノンエアコン普通バス>MZ-3/50mm/RVP100

チェンラーイからは各地へバスが出ているものの、タイ・ラオス国境のチェンコーン行きのバスはチケット売り場では販売していなかった。もっとも、窓口にはわずかにアルファベット表記で地名が記してあるだけなので、ちょっと迷いつつもバスにたどり着く。

チェンコーン行きのバスは経由地の違う2社があり、早く出発する方の赤いバスに手招きされる。昨日の夕方にはこのバスは乗客でぎっしりであった。乗り込んでみるとがらがら。荷物はどうするのかバックパックを見せると、ここに置けと運転席の斜め後ろにある、エンジンカバーの上を示された。屋根の上でなくて一安心。座席は運転席の直後とする。

もう1社のバスは青い車体。バスターミナルに料金表があり、どちらも同じ70バーツなのである。所要時間を尋ねると、「どちらも同じ、セイム、セイム」とのことである。青いバスには外国人旅行者がたったひとり乗っていたが。

オンボロのバスにしては、ほぼ時間通り発車する。最悪の時は適当に乗客が集まってからでないと出発しないのではないかという不安は解消される。それとともに、女性の車掌がやってきて、料金を徴収される。バスはもちろんエアコンなどなく、窓を開け放って走る。しかし、容赦なく雨が降り込むため、窓を下ろした。自分の席には雨が降り込まなくなったが、運転席の窓はまったく閉めようとしないため、適度に風が入り、まあまあ快適であった。

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<運転席>GR DIGITAL

それにしても、この運転席を見ていただきたい。メーターがほとんどなく、よくわからないスイッチがたくさん。まるで手作りのバスみたいである。このバスは結構頻繁に乗り降りがあり、通しで乗っていたのは自分とドイツ人女性のみであった。

時刻表によると日中1時間に1本の割合で走り、同じ赤いバスと何度かすれ違った。中には、タイ文字の下に「チェンラーイ」「チェンコーン」となぜかカタカナで表示してあるバスもあるほど。

道は途中まで平坦だったが、中程からちょっとした山道となり、それが終わるとかなりの悪路となった。未舗装部分もあったが、舗装されていてもかなり穴が開いているような道で、スピードがぐっと落ちる。しかも雨だったからか、2時間40分くらいかかった。しかし、チェンコーンでは雨は上がっていた。

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<待ちかまえるトゥクトゥク>MZ-3/50mm/RVP100

バスがようやくチェンコーンに着くと、トゥクトゥクが待ちかまえている。近くには、日本語の看板まであり、イミグレーションまでの公定料金が示されている。トゥクトゥクはあまりタイでは見ないタイプで、どちらかというと、ラオスでよく走っているタイプ。バイクを改造し、後ろに客席を設けたような感じである。客席は進行方向に対して横座りし、向かい合わせにも座席があるというタイプである。料金30バーツ。

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<タイ側イミグレーションへ>MZ-3/50mm/RVP100

トゥクトゥクはここまで。日本語の看板も見えますね。坂を下っていくと、チェンコーンのイミグレーション。出国カードとパスポートを差し出すだけなので、至極簡単。

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2008年7月 2日 (水)

アジアの三輪タクシー

アジア各地で走る三輪タクシー。インドではオートリキシャ、ネパールではテンプー、タイではトゥクトゥクまたはサムローなどと呼ばれているものだ。その成り立ちは、前川健一の「東南アジアの三輪車」という本に詳しいが、インドでの呼び名から推測されるように、元々は日本の人力車が伝わったものらしい。インドではエンジンのない人力で人を運ぶリキシャもまだあるし、マレーシアのトライショー、ベトナムのシクロなどもその系統である。

ここでは、それらではなく、エンジンつきのものに限って考察してみよう。三輪というところから、かつて日本にも存在したダイハツのミゼットなどを改造したものとバイクやトラクターを改造したものとに分けられるか。

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<チェンマイのトゥクトゥク>MZ-3/35mm/E100VS

タイのトゥクトゥクは上の画像のようなタイプが主流である。カラーリングもほぼ同じ。ミゼットを改造したような感じだが、もはや生産されていないミゼットなので、トゥクトゥク用に部品を作るところもあるとか。イタリアなどでも三輪の小型車はまだ販売されているようなので、そちらからの流用とも考えられそうだが。このタイプは、運転席の後ろに二人くらいならゆったりと座ることもできる。それ以上は、ちょっと苦しくなる感じだ。後席のサイドには安全のための金属のバー(手すり)もあるが、それ以外は取っ払われていて、かなり風通しがよい。

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2008年5月12日 (月)

プーシーの丘に残されたもの

ラオスの古都ルアンパバーンを訪れたのは、2005年の年の瀬であった。空港で紹介してもらった宿ではちょっとしたトラブルとなり、観光に出たのが少し遅くなってしまった。昼は抜いていたが、かまわず噂のビアラオを飲み、酔い覚ましにプーシーの丘に登った。

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<タート・チョムシー>MZ-3/35mm/E100VS

300段ばかりの石段を登り詰めると、金色の尖塔が現れる。タート・チョムシーと呼ばれる小さな寺院のような建物である。ここには、どこにいたのかと思うくらい観光客が鈴なりになっていた。眺めがよいので、夕陽でも見るつもりなんだろう。

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<メコンの夕陽>MZ-3/77mm/E100VS

確かに、ここに立つと郊外にある空港やメコンとそれに合流する川がよく見える。ただし、自分の宿は繁華街から離れたところにあり、夕陽まで待っていると、迷子になる危険性があったので、あきらめた。上の画像は夕陽とはいえないな。

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<かつての高射砲>MZ-3/35mm/E100VS

あまり広いといえない丘の上を歩き回ると、こんなものを見つけた。インドシナ戦争やベトナム戦争では、ラオスも戦場となっているし、内戦の産物なのかもしれない。のんきなアメリカ人観光客が、得意げにこの上に乗って記念撮影などもしている。「お前、わかっているのかよ」そう声をかけたくなってしまった。

のどかそうに見えるラオスだが、かつては戦場であったことを思い出させるシーンであった。そのラオス、特にルアンパバーンは今や、観光客が押しかけて、綺麗なゲストハウス、お洒落なレストランなども増殖中だとか。また、訪れたい地域のひとつです。

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