カテゴリー「51f Mexico」の18件の記事

2006年11月30日 (木)

メキシコ:死を賭けたゲーム

メキシコ最後の訪問地は、チチェン・イッザであった。もちろん世界遺産で、内部は新旧のエリアに別れる。チチェン・イッザは7世紀頃最盛期を迎え、いったん衰退する。しかし、10世紀に中央高原の覇権を握ったトルテカ人と手を組み、マヤ・トルテカ文明をおこし復活する。なかなかしぶといのである。

入場してしばらくは森の中を進むが、開けてきて最初に目に飛び込んでくるのは、エル・カスティージョと呼ばれる大ピラミッドである。意味は城とか城壁であるが、その通りかなりの迫力である。

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<エル・カスティージョ>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

画像で見るとあまり大したことないがこの石段を見上げるとなかなかの角度である。高さ、25メートルなので、小さなビルくらいはあるか。ちなみに、アンコールワットの中央祠堂に登ったことがある人ならば、大丈夫。こちらの方が条件的に楽である。

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<見下ろすと>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

このピラミッドは4面どこからでも登ることができる。さすがに眺望はいいです。

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2006年11月28日 (火)

メキシコ:5つの遺跡巡り

旅の終盤ユカタン州の州都メリダを拠点に遺跡巡りをした。ユカタンのマヤの遺跡で有名なものは、チチェン・イッザとウシュマルであるが、前者はメリダとカンクンを結ぶ幹線の間にある。ここはどちらかの都市から1日がかりで回るのが通常。ちなみに、チチェン・イッザの入口には荷物預かりもあるので、移動の途上で見学することも可能である。

さて、メリダ周辺の遺跡には、世界遺産ウシュマルの他、カバー、サイル、シュラパック、ラブナという遺跡がある。これらはマヤ・プウク様式の遺跡であり、都合がいいことに、このすべてを回るツアーバスがあるのだ。これは、メリダの2等バスターミナルからATS社のTour a la Ruta Puucという周遊バス。当時の料金113ペソ。基本的に2等バスなので、都市間を移動する1等バスよりは乗り心地が劣るかも。

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<ATS社の周遊バス>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

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2006年11月25日 (土)

メキシコ:野性の呼び声・ラ・ベンタ遺跡公園

ベラクルスからビジャエルモッサへ移動。ビジャエルモッサはタバスコ州の州都だが、その規模は小さい。そのまま、バスを乗り換えてマヤの遺跡のあるパレンケまで行こうとしたが、力尽きそのままバスターミナルに隣接する宿へ。

翌朝、あらためてパレンケを目指そうとしたが、あいにくとバスが満員で午後の便しか取れなかった。それまでの時間つぶしに市内にあるラ・ベンタ遺跡公園へ行く。ここはオルメカ文明と呼ばれる、アフリカからの影響の残る遺跡を集めたもの。公園内には動物園も併設されている。

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<オルメカ・ヘッド>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

オルメカ文明とは、紀元前12世紀頃にメキシコ湾岸に栄えた文明で、マヤやアステカ以前の古い文明である。この公園には出土品を整備してジャングルの中で公開してある。

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2006年11月21日 (火)

メキシコ:イグアナ

メキシコには古代遺跡が多い。いずれも先住民の築いたものであり、現在ある都市からは離れた場所にあることが多い。

メキシコを旅した時には、徐々に南下し各地の遺跡を見て回った。メキシコ市からはティオティワカン、オアハカではモンテ・アルバンとミトラ。ビジャエルモッサからは遠征してパレンケ。カンペチェではエズナー。カンクンではトゥルム。メリダからはウシュマルとチチェン・イッザなどである。

ティオティワカンは中央高原にあり、標高も2000メートルを超えているので、どちらかというと涼しいくらいである。日本でいうと東北地方くらいの感覚か。そういうところには、あまり生物が存在しない。せいぜい小さなトカゲくらいである。

ところが、オアハカ以降次第に増えてきたのが、イグアナなのである。オアハカのイグアナは比較的小さく数も少ない。遺跡見学をしても、あ、イグアナがいたくらいのものである。ところが、パレンケからは灼熱の熱帯となり、南下するほど数が増え、その体長も次第に大きくなっていくのであった。

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<エズナー遺跡のイグアナ>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

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2006年11月19日 (日)

毎日がお祭り・ベラクルス

オアハカからベラクルスに移動。メキシコ湾岸にある港町で、エルナン・コルテスが上陸した地点でもある。それまでのメキシコは内陸だったため、8月のこの時期は雨も多く天気も安定しなかったが、バスを降りた途端に空気が違うなと思った。ここはすでに熱帯に属する。アフリカ系の血を引いている人たちもいるようである。

宿をなんとかみつけた。アルマス広場に面したHotel Concha Dorada。しかし、部屋は狭く、息苦しい。すぐに外に出て目についたカフェで飲み物を頼む。セルベッサを頼むがすぐに飲み干してしまい、コーラを追加注文。

カフェのすぐ前に何故かマリンバが置いてあった。これだけ大きなものだと持って移動するということができない。これは、ここで演奏をするんだなと思ったが、すぐに演奏者がやってきて曲を演奏していた。もちろん、観光客から金を取る。こちらはそばでただ聴きしているのみである。

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<マリンバの演奏>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

それにしても、こうして連弾するものとは思わなかった。さすがにプロである。

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2006年11月17日 (金)

メキシコ:オアハカ名物

オアハカの名物には、モーレソースの他にチーズが上げられる。このチーズは、黙っていても発酵の進む生タイプである。また、このチーズは特に弾力性があり、市場では細長く作ったものをぐるぐる巻きにしたボール状にして売られている。

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<オアハカのチーズ>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

このチーズを使った料理に、Cazuela de Quesoがある。土鍋にこのチーズ溶かし込み、具を入れたものである。

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<Cazuela de Queso>by GR1s

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2006年11月15日 (水)

メキシコ:モーレ料理

メキシコの料理にはソースをかけたものが多い。その代表的なものがモーレソース。原材料は、唐辛子、アーモンド、胡麻、干しぶどう、チョコレート、シナモン、トマトなどだそうである。これらから作られたソースは、茶色または黒に近い。このソースは七面鳥や鶏肉にかけて食べることが多い。

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<Pollo en Mole Poblano/鶏肉のプエブラ風モーレソース掛け>by GR1s

これは食の都プエブラで味わったモーレ料理。メインは鶏肉のはずだが、ソースでひたひた。まるで、脇役のはずのソースがメインとなっているかのような料理である。ソースはさすがに濃厚で、鶏本来の味もソースの甘くてちょっと苦い味に打ち消されているようである。やはり、モーレ料理というくらいなので、これはモーレそのものを味わうものなのだろうか。

さて、モーレソースだが、プエブラに負けず劣らず有名なのが、オアハカである。オアハカはチョコレートの産地であり、これを利用してモーレソースが作られている。しかも、オアハカのモーレには、黒、赤、黄色があり、それぞれに風味が違うという。まあ、オアハカのモーレも鶏肉などにかけて味わうのであるが。

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2006年11月13日 (月)

メキシコ:トルティージャ

メキシコ人の主食はパンでも米でもなく、トウモロコシなのである。その正体は、タコスでお馴染みのトルティージャ。「Tortilla」というスペイン語。スペインでは、トルティージャというと具の入った厚焼き卵(スペイン風オムレツ:わたしゃオムレツとは思わないですが)という料理になる。これは、スペインでもかなりよく食べられる食べ物。

メキシコのトルティージャはトウモロコシをアルカリ性の水溶液につけて表皮を剥がし、残った粒をすりつぶして丸く焼いたものである。初めて入ったメキシコ料理レストランで、トルティージャが出されたはずなのだが、わたしは丸形の薄いパン(も運ばれてきた)をトルティージャと思い食べていた始末である。この時はあとで判明したのだが、円形の容器の中にトルティージャが冷めないように保温されていたのであった。

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<ある宿の朝食/トルティージャと保温容器>by GR1s

この保温容器はプラスチック製だったり、発砲スチロール製だったりする。最初見た時(初めてメキシコ料理のレストランに入った時)、ここに食べていたトルティージャと思っていたパンをのせておくものだとばかり思っていた。ああ、勘違いである。

トルティージャはパンのように味わうものではなく、それ自体にはあまり味がない。これに、ソース主体の料理をのせて自分で巻いて食べるというのが、メキシコ人のやり方。自分はあまり得意ではなかったです。

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2006年11月12日 (日)

メキシコ:ゲラゲッツァ

オアハカは、メキシコ初の先住民族出身大統領、ベニート・フアレスが幼少期を過ごした地である。彼は、先住民サポテカ人であり、オアハカに出てくるまではスペイン語を話せなかったという。そのオアハカでは、現在教職員組合のストライキをきっかけに州政府との対立からついには死者を出す騒動に発展し、現在も係争中であるらしい。こうした事態をベニート・フアレスが知ったらなんて思うだろうか。(ちなみに、ペニート・ファレスではなく、ベニート・フアレスBenito Juarezである。)

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<ベニート・フアレスが暮らした家>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

自分が訪れた時にはそんなこともなく、のどかなところであった。街中では音楽が流れ、広場ではマリアッチが曲を演奏する。

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<ソカロのマリアッチ>by GR1s

マリアッチは数名から時には10数名に上る楽団で、客のリクエストに応じて曲を演奏する。必ずしも観光名物ではなく、ちょっとしたレストランなどにも現れ、地元の人なども楽しんでリクエストするほどである。

ところで、この騒動のお陰で、夏に2回あるゲラゲッツァという、先住民の踊りを元にした祭りも中止になってしまったそうである。残念なことだ。

本当のゲラゲッツァは見ることはできなかったものの、オアハカのホテルやレストランではゲラゲッツァのショーを見せるところがある。自分も宿泊したHotel Monte Albanも、その一つで、宿泊者は料金がいらない(当たり前だ)。

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2006年11月11日 (土)

メキシコ:コロニアル様式の宿

メキシコでは最初の宿のみ予約してきたが、あとは現地でガイドブックを参考にしながら直接交渉して宿を決めた。この旅では、メキシコ市~クエルナバカ~プエブラ~オアハカ~ベラクルス~ビジャエルモッサ~カンペチェ~カンクン~メリダと移動する。9つの宿を利用したが、3つの宿では宿の中に中庭(パティオ)があり、これを取り囲むようにして客室が設けられていた。これがメキシコ・コロニアル様式というものらしい。

そのような宿に最初にであったのが、プエブラであった。プエブラにはクエルナバカからバスで移動。バスターミナルはプエブラの中心から離れ、プリペイドタクシーに乗って中心部まで行く。バスターミナルでは宿を紹介してもらうが、行ってみると「満室」と断られ、その場で困ってしまう。やって来た人物を見てそのようにのたまうケースは時々ある。リスボンが顕著であったし、スペインでも1回あった。イタリアは比較的オープン。

タクシーは行ってしまったし、どうしようかと思ったら目についたのが、Hotel Virrey Mendozaという宿。ここは管理人が一応いるものの、客への対応は管理を委託された旅行者が英語などで対応していた。なんだかよくわからない。部屋は安い方の上階にあるものを選ぶ。一応、ホットシャワー、トイレ付き。200ペソ。

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<客室>by GR1s

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<パティオ>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

夜になると、明らかに泊まっていた北欧風の人物が鍵を渡してくれた。

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2006年11月10日 (金)

メキシコ先住民

メキシコは長くスペインの支配を受け、1821年にようやく独立を果たした。その間に、支配層のスペイン人と先住民の混血が進み、現在はメスティーソ60%、先住民25%、スペイン系などのヨーロッパ人14%、1%がその他である。どちらかといえば、混血比率が高いのだろうか。

街を歩くとほとんどメスティーソだらけ。だが、アフリカ系住民を奴隷として上陸させたといわれる、ベラクルスあたりではアフリカ系の特徴を持つメキシコ人も多い。また、ところによっては、メキシコ先住民の比率が高い都市もある。それが、オアハカだったり、サン・クリストバル・デ・ラス・カサスだったりする。

さて、その先住民を観察したくて、オアハカでツアーに参加した。オアハカ近郊ではティアンギスという先住民の市が場所を変えて立つのである。

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<くつろぐ先住民>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

連れてこられたのは、トルコルーラという町。今日はここでティアンギスが行われるらしい。手始めに、メスカルというスピリッツを飲ませるボデガ(酒蔵)に集まったが、一通りの試飲が終わってガイドが「あんたは街を見て来なよ」といい、外に出る。

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2006年11月 8日 (水)

メキシコビール図鑑

メキシコのビールというと、日本で有名なのが、「コロナ」。透明な瓶をラッパ飲みするというイメージだろうか。レストランやバーなどビールを飲めるスポットは数多い。"Uno Cerveza, por favor(ビール下さい)"と呟くだけで、あなたの前にはメキシコのビールがどんと置かれるだろう。

メキシコは隠れたビール大国である。どこに行ってもコロナ一辺倒ということは決してない。コロナはどちらかというと、小瓶の中にライムを入れてラッパ飲みというスタイルが大げさに伝えられてしまい、メキシコのビールのイメージがコロナになってしまった影響が強いのだろう。メキシコには、いろんなブランドのビールが存在する。

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<Montejo/モンテホ>by GR1s

ユカタン半島に入植したコンキスタドール(征服者)、フランシスコ・デ・モンテホの名前を取ったビール。そのためか、南に下るほどモンテホの比率が増えてくるような気がする。

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2006年11月 5日 (日)

ボーチョとダットサン・ツル

メキシコを旅して良く眼にするクルマ、それが「Tsuru」である。これは、日本語の「鶴」を元にしていると聞く。ツルは地方都市のタクシーなどに使われている。メキシコ市では流しのタクシーは、フォルクスワーゲン・ビートルが使われているのだ。

なんと、このフォルクスワーゲン・ビートルは現在でもプエブラ工場で生産されているらしい。メキシコでは、ビートルのことをボーチョ(Vocho)と呼んでいる。もっとも、このクルマは2ドアなので、助手席を取り外してあり、乗り込みやすくしているのだ。

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<Vocho/Volkswagen Beatle>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

このボーチョはクエルナバカで撮影。それにしても数多い。もともとは、ナチス・ドイツの国民車構想から作られた車。設計だけなら、60年以上前のことになるか。インドのアンバサダーと同じくらい寿命があることになる。運転するにもコツがいりそう。

さて、ツルであるが、これはバリバリの日本車。元になっているのは、日産サニーである。それはわかっているのだが、ある日、新しそうなサニーを見つけた。ロゴを見ると、Sentraとある。どういうことなのか。

これは、サニーの北米仕様車で、どうやらアメリカから入ってきたものではないかと推測する。たまたま、カンペチェ市内で、ツルとセントラがほぼ同じ時刻に並んでいたので、比較することにする。

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<ツル>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

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<セントラ>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

後ろ姿ですいません。どちらもサニーでした。とはいえ、日産の世界戦略車ティーダが発表になった今としては、どちらも消えゆく運命なんでしょうか。そう考えると、ボーチョはとんでもなく凄いです。ハイテクなし。ミッションもマニュアル。エンジンをかけるのにも、チョークが必要でしょう。

さて、これでクルマシリーズは終了。通常通り、メキシコの話題を続けます。

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2006年11月 2日 (木)

褐色の聖母グアダルーペ

メキシコ市内は世界遺産に指定されている。しかし、市内全域が指定されているわけではなく、このグアダルーペ寺院のある地区も指定されていない。

行き方は、地下鉄を利用する。メキシコ市の地下鉄は1968年のメキシコオリンピックを契機に計画されたもので、路線は12あり、改札を出ない限り2ペソで利用できる均一運賃である。

ただし、地下鉄ではスリなどの犯罪が起こるといわれている。それも、数名でターゲットを取り囲み、強引な手段で強奪していく手口らしい。かなりの注意が必要である。自分の場合は、怪しいやつがいないか絶えず注意を払い、空いている車両に扉が閉まる直前に乗り込むようにした。地下鉄の構内には、かなりの数の警官が配置されている。警官が見える範囲であれば、安全なのかも知れない。

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<メキシコのメトロ>by GR1s

話を本題に戻す。グアダルーペ寺院は、6号線のLa Villa Basilica下車。地下鉄を出ると宗教グッズの露店などもある、門前町の雰囲気。グアダルーペとは、メキシコにおけるカトリック教会の聖母なのである。

グアダルーペにまつわる奇跡とは、1531年12月9日この寺院のあるテペヤックの丘を通りかかった先住民フアン・ディエゴの前に、褐色の肌を持つ聖母が出現し、この地に教会堂を建てるように告げる。フアンはスペイン人司祭の元に伝えるが信じてもらえず、再びこの丘を通りかかったところ、再び聖母が出現し、バラの花を与える。フアンは花をマントで包み司祭の元を再び訪れ、マントを広げたところ、マントの上に褐色の聖母の絵が浮かび上がり、この教会が建てられたということである。

ちなみに、その伝説のマントは新教会堂に掲げられているが、これを科学的に分析したところ、聖母の目にフアン・ディエゴや司祭の驚く様子が焼き付いているという。また、布が1531年のものだとして、当時の保存状況から考えると、竜舌蘭の繊維で作られた布が未だに酸化しないことは奇跡的らしい。しかも、この絵を描いた染料は動物性でも植物性でも鉱物性でもなく、地球上に存在しない成分だとも。ホンマカイナ。

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<奇跡のマント>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

そのマントは新教会堂の奥に掲げられていて、人々は動く歩道に乗って見ることになる。

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<動く歩道>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

動く歩道は3基あり、流れる方向が交互になっている。

また、グアダルーペ寺院を訪れる人の中には、膝行参拝をする人がいる。これは、膝立ちのまま進むもので、特別な願をかけるものが行うらしい。チベット仏教の五体投地にも似てますね。

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<膝行参拝>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

グアダルーペ寺院は、ローマ法王も訪れてミサを行ったところでもある。なんでも、グアダルーペの奇跡はキリスト教三大奇跡のひとつらしいですよ。正面にあるのが、旧聖堂で地盤沈下のために傾いていますが、中には入れます。旧聖堂のそばにあるちょっとモダンな円形の建物が、新聖堂。また、テペヤックの丘には古い礼拝堂もあります。広場にはからくり時計もあります。

異教徒のわたしでも何となく楽しめてしまうグアダルーペ寺院。メキシコ市に行ったら、訪れる価値はあるでしょう。

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2006年10月30日 (月)

テオティワカン遺跡

メキシコ市郊外にある巨大遺跡テオティワカン。ここはアステカどころか、6世紀から10世紀にかけて、栄えた人口20万人を越える都市なのであった。それが、忽然と姿を消したことは理由がわかっていない。

アクセスはメキシコ市の北方面バスターミナルから、1時間程度。メキシコでの国内移動はバスが網羅されている。

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<太陽のピラミッド>by MZ-3/Sigma20mm F1.8(SRM)

テオティワカンに二つあるピラミッドのうち、大きい方。ピラミッドというと、エジプトを思い出すだろうが、底辺だけならば、ギザにあるピラミッドにも匹敵する大きさ。高さは65mだが、底辺は225mある。

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<中腹より>by MZ-3/Sigma20mm F1.8(SRM)

登ってみるとこんな感じ。下から見るとそれほどではないが、けっこう傾斜がきつい。アンコール遺跡群の傾斜ほどではないので、アンコール遺跡経験者にはなんてことはなかった。

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<頂上部>by MZ-3/Sigma20mm F1.8(SRM)

決して平坦ではない頂上部。石がごろごろしている。なんでも、この遺跡はメキシコオリンピックに合わせて整備されたものだそうで、その整備方法も急造的だったようだ。何となく世界遺産というものにもクエスチョンマークがついて回りそうであるが。しかし、ここで風に吹かれているとなかなか気持ちいい。

もう一つある、月のピラミッド。高さは45m。だが、こちらはロープが張ってあり、中腹までしか登ることができなかった。

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<月のピラミッド>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

この他、テオティワカンには蝶の宮殿、ジャガーの宮殿などにある、レリーフが見事。メキシコ市よりも高地になるため、遺跡内をすべて歩いて行動するには体力も必要かも知れない。

また、画像でわかるかも知れないが、この夏の時期は雨季にあたる。決して天気はピーカンとは行かない。

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2006年10月29日 (日)

メキシコ「市」

メキシコの首都は?ときかれて、「メキシコシティ」と答えるのが当たり前だろう。だが、スペイン語圏のメキシコでは、Ciudad de Mexico(メキシコ市)とか単にメキシコと呼ぶ。また、行政区分上ではMexico Distrito Federal(メキシコ連邦直轄地)、略称Mexico D.F.となる。

英語圏の国ならば、~Cityとついても違和感はないが、国内で使われない名前が対外的に通用しているということで、ちょっと注意して頂きたい。

そのメキシコ市の中心部にあるのが、ソカロ。憲法広場である。

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<ソカロとメトロポリタン・カテドラル>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

メキシコ市はかつてアステカ帝国の首都テノチティトランがあったところである。テノチティトランは巨大な湖に浮かぶ都市で、コンキスタドール(征服者)エルナン・コルテスがこの湖を埋め立て、現在のメキシコ市を建設した。メキシコ市の南にあるソチミルコの運河は湖を埋め立てられなかった部分の名残である。

メキシコ市の中心、ソカロにはいくつかの建物があるが、これらはテノチティトランにあった神殿を破壊してえられた石材などを利用して建てられたものだ。ソカロは一見平坦に見えるが、あちこちで傾斜している。ちょっと歩きにくい。地盤沈下の影響である。

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<ソカロの巨大なメキシコ国旗>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

ソカロの中心には巨大なメキシコ国旗が掲揚されている。こんな大きな旗は見たことがないくらいでかい。毎日朝と夕方には掲揚と降下が演奏と共に行われる。

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<先住民の踊り>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

広場ではアイデンティティを失わないようにメキシコ先住民による踊りが繰り広げられるが、現在ではほとんど観光の目玉のようになっている。

ソカロから少し入った場所にあるのが、テンプロ・マヨール。アステカ時代の遺跡で、たまたま工事中に発掘された。入口ではなぜかペットボトルを預ける必要がある。ペットボトルには名前を書いたシールを貼って預ける。

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<ケツァールコルトル>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

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<水路>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

文字は持たなかったものの、このように高度な文明を持ったアステカであるが、スペインのコンキスタドールの前には歯が立たず、征服されることになってしまう。その征服者たちの言葉なのか、業績をたたえたものなのか、テンプロ・マヨールに碑文が立っていた。

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<コルテスの碑文>by MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5(SRM)

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2006年10月28日 (土)

メキシコ入国

深夜便でようやくメキシコへ。近そうに見えるが、ロスからメキシコシティまでは4時間程度かかり、その上2時間の時差がある。をを、めでたく荷物とも生き別れにならず、対面できた。さて、メキシコ入国には、独特の荷物検査がある。すべての乗客がボタンを押して緑か赤のシグナルをつけるのである。赤が出たら、否応なしに荷物を検査される。自分の場合は緑であった。

ところで、2泊分日本でネット予約してきた宿があり、すでに1日は過ぎ去っているのだが、もったいないので行ってみることにした。その前にやることもある。両替だ。日本円のレートは悪く、20,000円のトラベラーズチェックで、1,800ヌエボ・ペソ(以下ペソと表記)にしかならない。対円レートは0.09。しかし、あとで為替相場を調べると、限りなく0.1に近いものであった。ドルでは1ドルが10ペソとなる。メキシコでは円が使えるのは一部の銀行とこのベニート・フアレス国際空港の両替所くらい。アメリカドル持参がベストである。

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<メキシコ通貨>by GR1s

空港からは、プリペイドタクシー利用。掛け合ってみると、追加料金なしであっさりと2泊がOKとなり、すぐに部屋を利用。シャワーを浴びてしばらく横になろうとしたが、なぜか目がさえている。ただし、身体は明らかに疲れている。

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<Best Western Estorilの客室>by GR1s

予約してきた宿は、Best Western Estoril。1泊7,000円程度したか。それでも、アップルワールドなどで予約できる範囲で一番安いカテゴリーであった。部屋はだだっ広い。外出する前に、備え付けのコーヒー沸かしでコーヒーを飲んだ。なかなか気が利いている。

だが、手持ちのガイドブックにはこの宿の位置が明記されていない。フロントでもらった資料や備え付けの地図などを駆使して、なんとか最寄りの地下鉄駅を探し当てて、出かける気になってきた。

ちなみに、この旅では、デジカメを持参しなかった。

メインカメラに、お馴染みPentax MZ-3/FA28-105mm F3.2-4.5AL+Sigma FA20mm F1.8。

サブとして、Richo GR1s。

メインにはコニカミノルタSRM(Sinbi200)というリバーサル。サブにはカラーネガ。そんなフィルムなので、解像度は悪く、なおかつほとんどをズームで撮っているため、ピントも甘いことをお断りしておく。

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2006年10月25日 (水)

乗り遅れたことはありますか?

ちょっと前の話になるが、2004年の夏メキシコを旅した。

利用したのはノースウエスト航空。ロスで乗り継ぎとなるが、成田ではその先を発券してくれず、ロスでやれとのこと。さて、無事ロス到着。だだっ広い空港である。しかし、乗り継ぐ前にあるのがなんと、アメリカへの入国手続き。これがまた長蛇の列で、なかなか流れない。

ようやく自分の番が来て、なんとかこれを通過。預けた荷物はここでまたピックアップし、預け直す。ここまでは順調。次のメキシコへの便を探す。ちょうどノースウエストのカウンターがあり、少し並んでチェックインしようとしたが、ここではなくデルタでやれとのこと。…ったく、これが提携会社なのかよ。

デルタのカウンターは、別のターミナルにある。連絡バスでそちらに行くが、またまた長蛇の列。なんかこのあたりで嫌な予感が。なんと、自分の便はすでに飛び立ったあとだという。目の前が真っ暗になる。係は再び並び直せというが。

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<混雑するデルタのカウンター>by GR1s

さてどうしたものか。そのうち別の係が出てきて、こちらの事情を聞く。上手く伝わったのかどうか。相手はクレジットカードで発券し直せとかいうのだが、ここは食い下がり、別の窓口の係に直訴。乗り遅れたことを話すと、この便は時刻変更になり、早く出発したのだという。ノースウエストのミスということになるが、夜の便で良ければ乗ることが可能だとのこと。しかも、18ドル分の食事チケットまでつけてくれた。

とりあえずメキシコまではなんとかなった。だが、預けた荷物はどうなったのか。これまた訴えると、見に行ってくれてこれまた搭乗機で運ばれることになった。

さて、ロス到着は午前中だが、次の便は深夜となるので、ここから時間つぶしが大変であった。食事券があるので、食の心配はないのだが、いつまでもそこにいるわけにも行かず、身の置き場に大変困った。ちょっと横になれるベンチを探し、文庫本などを読んで時間を潰す。時には眠くなり居眠りもしたくらいである。

それにしても、アメリカを経由してどこかへ行く場合も、アメリカの入国手続きをするとは。これは非常に時間がかかり、旅行者の都合を受け入れる余地などなさそうである。あの、9.11のテロ以来、アメリカ入国に際しての手続きが複雑になってきているようだし、不審者には目を光らせている模様。入国管理官の態度も非常に横柄だった。このあたりは覚悟が必要なので、乗り継ぎの場合は少なくとも4時間くらいの余裕がいると思った。

また、アメリカ系の航空会社の場合、乗り継ぎの利便を図ることもないとわかる。たぶん今はコードシェアしている便なら、便宜も図ってくれそうだが。ターミナルが今でも別ならば、いちいちそんなことに構っていられないかも。だが、そういう客が多いためか、格安チケットでも振替は簡単そうである。もっとも、そうあってはならないのだが。

さて、この時は、振り替えてもらった深夜の便も2時間ほどのディレイ。眠くて仕方がなかった。メキシコに到着したのは、その次の朝。なんと家を出てから35時間もかかったことになる。まったくお疲れである。

*この旅の模様は、「メキシコ南行き」と題して、本サイトに旅行記があります。興味ある方は、アクセスしてみてください。

このところちょっとネタ切れなので、このメキシコの旅のエピソードなどを紹介していきたいと思います。

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