Welcome To Cafe de Castella

Cafe de Castellaにようこそおいでくださいました。

当ブログですが、旅に関するもろもろと、音楽話を中心に記事にしております。

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旅に関してですが、本来であれば海外に出た時の超マクロ的な観点から、人物や食べ物、交通機関など個人的に気になる様々なことをレポしたものとなっております。しかし、このコロナ禍においては、渡航もままなりませんので、ご近所グルメや国内ミニトリップなども取り上げつつあります。

音楽に関してですが、「かすてら音楽夜話」と題して、自分が聴いて大好きだったり、思い入れのある曲や演者・作者について好き放題に語っております。現在、過去ログを修正し、新たな映像を付け直しているところです。

もともと、旧Nifty Serveの会議室(旅系のFworldと音楽系のFbeat)で夜な夜な投稿しておりました。

ブログはやや時代遅れの発信場所だとは思いますが、書き手と読者のやり取りに醍醐味を感じます。

非常に垣根の低いブログでございます。感じるところがありましたら、♡(イイね)をクリック。さらには、コメントを頂けると、筆者は飛び上がって喜ぶ所在でございます。

古い記事であっても、読者の方からの反応があると書き手にとってはやりがいが出ますので、よろしくお願いいたします。

<2021/05/25追記>
ココログのお題(3月~4月実施分)「卒業、入学といえば」に応募した記事、「卒業ソング」がニフティ賞に入選いたしました。よろしかったらご覧ください。

<2021/07/11追記>
右サイドバーの「Blogpeople Review Me!」ですが、Blogpeopleの発展的解消によりリンクが消滅しましたので、削除いたしました。ちょっと寂しいです。

↓最新記事はこの下から始まります。

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2021年10月17日 (日)

駁二芸術特区のトイトレイン

2017年の台湾は高雄より。

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<オブジェ>K-7/DA21mm

高雄港の近くに駁二芸術特区というところがあります。

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<旧臨港線バックヤード>K-7/DA15mm

一部はすでに廃線となった貨物線の駅の構内を利用した公園のようなところに隣接してます。

当初はここが縦貫線の終着駅だったそうです。愛称は哈瑪星(ハマセン)。日本語の浜線の発音そのまま繁体字を当てたものですね。「ハマセン」といいますと、我ら町田市民もJR横浜線のことをそう呼んでいますけど。

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<高雄港>K-7/DA21mm

また、このように港も近くなかなかに雰囲気はいいところです。

ところで、「駁二」とは、この港の第二号接駁碼頭の略称とのことです。倉庫がカフェやお店になっていて、その間にオブジェや立体的な巨大アートがあります。

台湾はこのような使われなくなった施設や設備を再利用するのが上手いです。日本もそういう傾向がこのところ出てきましたが、そこに企業が絡んできて再開発ビルを建てたり新交通システムを通したりと、話が大きくなって資金もかかってきます。台湾はその点もあまり資金をかけないながらも人を集めるようなものを作り出している印象がありますね。

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<台湾新幹線型>K-7/DA21mm

その倉庫群の中に、とても狭い線路が8の字型に巡らされています。

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<MRT型>K-7/DA21mm

それがこのようなトイトレインですね。ほとんどが親子で利用してます。

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<台鉄型>K-7/DA21mm

このように、車両の形も様々。

見た目は鉄道模型をかなり大きくしたような感じですが、かなりスピードは出ます。

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<倉庫前を疾走>K-7/DA15mm

運行ルートは2系統あるみたいでした。

乗ってみたくはありましたが、写真を撮っていたほうが面白かったですね、当時は。

今なら、乗ってみて動画を撮ったりすると思います。

 

なんと、当時のデジイチ、PENTAX K-7というカメラで動画を撮っておりました。デジイチで動画を撮ると、SDカードの容量がかなり減るし、バッテリーも相当消耗するので、今はほとんどやらないんですが。画質はいいですよね。

遊園地などにあるミニトレインよりも、車両が小さいので乗るとかなりのスピード感を感じると思われます。

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2021年10月16日 (土)

Last Show

8月に突如振替休日となった日に、ちょっくらお出かけしてきました。

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<某所のお知らせ>PowerShot

ほとんどのカレンダーが休日の移動に対応できず、この日が休みであることに気づいていない人も多かったようです。でも、自分にとってはラッキーなのでした。

オリンピックは閉会式を終えた直後でしたが交通規制はまだやっているようです。でも、ここは関係ありません。なぜなら横浜横須賀道路だからです。それより、台風の余波で、豪雨のため前がほとんど見えなくなることのほうが厄介でしたが。

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<到着>PowerShot

三浦半島にある、油壷マリンパークにやってきました。

昨年の入院生活から復帰したと思ったら、再び入院する羽目となったカルロス氏の復帰祝いを兼ねてやってきました。

どこかで食事でもという当初の案でしたが、どうせ緊急事態宣言中なのでビールも飲めないので、三浦でマグロでも食べるついでにここはどうかということで、合意いたしました。

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<回遊水槽>PowerShot

正式名称「京急油壷マリンパーク」は1968年に開業し、当時東洋一といわれる設備を誇りましたが、老朽化により閉演が決定し、今年の9月いっぱいで営業を終えたのです。

ま、それだけならばお誘いはしません。ここは小学校の遠足を含め何度も来てますし。

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<ファンタジアム>PowerShot

ここで、イルカ・アシカのショーを行います。ま、それも、しながわ水族館などで見ることはできますが。

このショーが結構物語風で、幼児は思わず(恐くて)泣いちゃうようなシュールな内容なのです。しかし、どこか物悲しいという。

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<ショーの始まり>PowerShot

こちらは1981年から続くもので、わたしゃ、仕事の関係でこれまた何回か拝見しております。

これを見たいがためにやってきたのですね。通常であれば、入場券だけで見ることができました。しかし、閉演が決まってから入場整理券(300円)を事前購入してみることができるのです。そのために、ネットで3枚揃えましたとも。

このショーも1日数回行われるわけですが、その時間指定までされておりました。確かに、マリンパークのチケット売り場はいつになく列ができていたし、この館内もいつになく入場者がたくさんいて、気づくと満席に近い状態でした。

 

冒頭のシーン、水戸黄門のテーマ「ああ人生に涙あり」をアシカが手作り感あふれる大きなキーボードを弾いております。

これまでのショーでは悪の支配を、イルカとアシカが協力して倒し、平和が戻るみたいな割と壮大なストーリーのものでした。今回は最後ですので、ファンアジアム40年の歴史とこれまでありがとうというような、ものに変更されていました。シュールな内容ではなかったですね。

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<ペンギンの着ぐるみ>PowerShot

こちら、陰の主役です。まあ、人間が入った着ぐるみですが、さすがにペンギンをショーに向けて調教はできなかったからだと思います。

悪の親玉などを担当してきた「ペンギンくん」ですね。

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<イルカのジャンプ>PowerShot

アシカに続いてはイルカのパフォーマンスですね。

ちなみに、アシカの演奏の終盤、イルカたちが声を発してコーラスをやってます。

 

このイルカはもう40歳だそうで、相当なおじいさんにもなりますかね。とはいえ、ジャンプの高さは尋常じゃないです。

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<ファンタジアムの歴史を語る>PowerShot

そして、ショーは終盤。ペンギンくんによるマリンパークとファンタジアムの歴史の説明でした。

 

ま、こんな感じで約30分のラストショーは終了。

個人的にはちと、ショーの内容に不満はありましたが、最後を見届けることができて満足ではあります。

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<Caution>PowerShot

なお、同行したBグルの巨匠はマリンパークは来たことがないと申しておりました。そのかわり、油壷のヨットハーバーには来たことがあるとのこと。海の男なんすか。だからアロハなんだね。

ちなみに、三浦半島は上記の鳥の生息地で、「ソレイユの丘」というところでワタクシの同僚女子が、ソフトクリームを見事にかっさわれたのを目の前で見ておりました。皆さん、注意しましょう。

余談ですが、伊豆の加山雄三ミュージアムも来年閉館するそうです。そのうち行くかな。

さ、では昼飯を食べに行きますか。

<追記>
ちなみに、マリンパークの入場料はカルロス氏の障害者割引、および2名の介護者割引でぐっと安くなりました。別に、カルロス氏の介護はしないんだけどね。ありがとうございました。

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2021年10月13日 (水)

ドドンパ…富士急ハイランドにあらず

かすてら音楽夜話Vol.131

 

渡辺マリの「東京ドドンパ娘」(作詞:宮川哲夫 作曲:鈴木庸一)でした。1961年のシングルで、当時はオリコンがなかったので売り上げ実数は不明ですが、ミリオンセラーということですので相当売れた曲です。

この「ドドンパ」というリズム、都都逸とルンバ(もしくはマンボ)が融合したものといわれています。

前回も登場した『昭和レジデンス・赤盤』では知子のロックが、さらにアップテンポなイカしたカバーを収録しております。

んで、何がドドンパなの?といいますと、いささか「東京ドドンパ娘」ではわかりにくいので、次の曲を。

 

1964年、前回の東京オリンピックを挟み250万枚をうりあげたという、和田弘とマヒナスターズwith松尾和子の「お座敷小唄」(作詞・作曲:不詳 採譜:和田弘 編曲:寺岡真三)でした。

イントロ部分を除いて全編リズムがドドンパという曲ですね。音符のちゃんとしたフォントがないので、「トン」とか「ト」などで表現しますと、「♪トン トン トトト トント」の繰り返しです。

この曲、作者不明なんですが、なんでも某所の歓楽街で歌われていたものを無断で使ったということです。歌詞はさらにきわどいものだったようですが、そのあたりは発禁になってしまう恐れがあるので修正したといわれています。

この曲にドドンパのリズムを当てたということですね。

本来、マヒナスターズはハワイアンのバンドなんですが、デビュー後はムード歌謡に特化し、演奏のみはスティールギターも使うなど、ハワイアンの形をとっています。その音で、「小唄」ですからね。なんともシュールな世界です。

それにしても、作者不詳ということでのちに「自分が作った」という人が名乗り出て裁判沙汰にもなった曲ですね。

 

1962年の北原謙二のヒット、「若いふたり」(作詞:杉本夜詩美 作曲:遠藤実 編曲:山路進一)でした。

これも、強調こそしてませんがリズムはドドンパです。

この1960年代はじめはドドンパがブームになり、ドドンパのダンスも作り出されたということですが、なんともドメスティック感が付きまといますね。そのブームも「東京ドドンパ娘」や「お座敷小唄」を超えることができず、ついには終息したとのことです。

でも、あの国民的歌手、美空ひばりも「ひばりのドドンパ」というシングルをリリースしているほどなので、とんでもない流行ではあったはずですね。

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しかし、ドドンパのブームから約10年後、ドドンパが復活しました。

 

桜たまこの1976年のセカンドシングル、「東京娘」(作詞:石坂まさを 作曲:杉本真人)でした。映像は引退後のもので1988年の映像ですが、全然衰えを感じません。

彼女は1961年生まれなので中学3年でデビューしたことになります。歌はうまいですね。と、いうのも作詞を担当した石坂まさをの門下生だったんです。石坂まさをは作曲も行い、代表曲として藤圭子の「新宿の女」があります。

「東京娘」は40万枚のヒットを記録してます。現在ならば相当なヒットですが、当時といえば「およげ!たいやきくん」に「木綿のハンカチーフ」というメガヒットに埋もれたのでしょうかね。1976年の紅白出場者を見てみると伊藤咲子あたりに持っていかれたかと。

それにしてもいきなり「♪ お・じ・さ・ん」ですからねえ、結構インパクトあったと思いますよ。続くシングルは同じ作者による「おじさんルンバ」でしたが、こちらは見事にこけております。

そして、桜たまこですが、シングル4枚、アルバム1枚をリリースしたものの、1979年に引退しております。いったい何があったのか。

さて、ドドンパですが、これ以降新曲のリリースはない模様です。しかし、「東京ドドンパ娘」は相当な数のミュージシャンにカバーされていますので、やっぱりかなりのインパクトはあったのだと思いますね。

ちなみに、この記事は『昭和レジデンス・赤盤』を聴いていてひらめきました。

★ご意見、リクエスト等、コメント欄でお待ちしております。

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2021年10月11日 (月)

レストランが見つからない

例によって過去の没記事から。今回は2013年のジョージタウンです。

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<チュリア通り>KP/DA18-50mm*画像は2019年のものです

ペナンには4回行っております。

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<路面電車の廃線跡>KP/DA21mm*画像は2017年のものです

宿泊するのはペナン通りとマスジット・カピタンクリン通りの間、その中心を貫くチュリア通りあたりの狭い範囲になることがほとんどです。うち、2回はシントラ通りの宿でした。

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<屋台仕様のトラック>K-7/DA16-50mm

その理由ですが、ひとつには島内バスのターミナルとなるコムタに徒歩圏内であること。もうひとつは様々な食を食べられることですね。

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<爆竹>K-7/DA16-50mm

この年、はからずも断食月最終日にペナンにやってきました。

その日の夜はあちこちで爆竹や花火が上がり、その翌朝が「ハリラヤプアサ」というラマダン明けのいわば「ハレの日」です。実際、宗教関係なくマレーシアでは休日に当たります。でも、この日からしばらくは食べたいものをなかなか食べられないという苦境にぶち当たることになりました。

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<ローカル桟橋>K-7/DA16-50mm

逆じゃないのかと思われそうですが、国民の休日で翌日も休む飲食店が多かったです。また、お祝い気分で家族連れで出歩く人が増え、その人が数少ない美食の店に押し寄せるので、「孤独な旅人(ワタクシのこと)」(by エレカシ)が入り込む余地が少なくなるのです。

そんな浮かれ気分も落ち着いてきた3日目、店もほぼ開いてきたので、ニョニャ料理を食べに行くことにしました。

なんといっても、店があまり開いていなかったのでニョニャ料理は食べていなかったのです。場所はHotel Royal Penang近くで、歩くと30分くらいかかります。

なお、この情報は「地球の歩き方」のもので、当時はまだスマホを持っておりませんでした。もちろん、部屋ではネットにつなげるのですが、外に出たときに頼りになるのは印刷された媒体です。

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<店の調度品>GR DIGITAL

しかし、その店は見つけられませんでした。B級グルメの密度の濃い宿周辺と違い、この付近では別の店を探すのも大変です。

結局見つけたのは「笑圓」というところで、その日オープンらしく入口に花輪のかかったところでした。メニューを見ましたが、西洋料理、タイ料理、ベトナム料理の店です。マレーや中華じゃないんですね。店員は中国系のようです。

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<アイスレモンティ>GR DIGITAL

なんと、ビールを置いていない店でした。内部はなかなかオサレな作りですが、客はいません。なんたって評判がないからな。

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<ケーン・キアオワーン>GR DIGITAL

ごはんとカレーは別々に来てました。それをぶっかけたの図。

いや、これは本格的です。マレーシアにはない辛さ。合格、タイの味でした。

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<ビールが欲しかった>GR DIGITAL

これは何料理に分類されるのでしょうか。カレーだけじゃ物足りないので追加の1品でした。

これらにいくら払ったのかはメモを取っているのに記載なしです。よほど、目指すレストランが見つからなかったショックがあったものと思われます。

でも、味はなかなかでした。

とはいえ、現在Google Mapで探してみてもこの店は見つかりませんでした。まあ、場所と知名度でしょうね。

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<アイスバー>GR DIGITAL

帰りにコンビニで仕入れました。路上でかじる。1.2リンギ。

マレーシアのコンビニはセブンもファミマもありません。たぶん、華人が展開しているような店です。酒売ってるし。

<2021/10/12追記>
マレーシアのコンビニにはセブンもファミマもない…と書いたところ、facebookでご指摘を受けました。振り返ってみると初めてのマラッカでセブンに入りました。KLのチャイナタウンにもファミマがありました。

でも、ペナンにはないよなあと思っていたら、できたそうです。

コロナにも負けずに海外進出する日本企業。一般庶民も海外行きたいんだけど。

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2021年10月 9日 (土)

ポタラ宮殿

西寧~ラサ・高山病と戦う旅からのエピソード(13)

1992年のチベット、再開いたします。

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<ポタラ宮殿>P-30/A28mm

青蔵公路を走破し8日目にしてチベット自治区の区都、ラサ入りしました。その翌日いよいよラサの観光になりました。

ようやく低地に降りてきたといっても、富士山頂並みの標高です。宿泊していた拉薩飯店は当時Holiday Innと提携していましたが、部屋には酸素吸入器がありました。

道中具合の悪そうなメンバーもいましたが、結局酸素を補給する人はいませんでした。今ならちょっぴりでも吸って試してみるところです。

さて、画像はポタラ宮の正面ですが、我々が入ったのは裏からでした。

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<修復中の裏側>P-30/A28mm

ラサに入ったものの、ツアー一行の移動は陀陀河沿からはるばる乗ってきた暖房もない、三菱ふそうのおんぼろバスのままでした。とはいえ、もう寒さに震えることもないのでそれほど問題はないのでした。

バスは裏につくと、チベット人労働者が働く脇を進みます。平らな土地ではそれほど問題ありませんが、この程度の坂道でも標高のため息が切れるのでした。

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<漢字表記>P-30/A28mm

さて、ポタラ宮の内部は赤宮と白宮に分かれてます。これは外壁の色合いの違いで、建設時期が異なっています。

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<赤宮とラサ市街>P-30/A28mm

ポタラ宮の内部には数えきれないくらいの部屋がありますが、公開されているのはごく一部でした。

そして、内部は撮影禁止でした。それでも、いかにも中国といったところですが、監視の僧侶に撮影料を渡すと撮影許可が出ました。ま、そこまでして撮りたくないというか、当時の撮影感度はとても低く、外付けのストロボを使用してもあまりよく写らないだろうと自主的に判断して撮りませんでした。

現在のようにデジカメになるとばっちり写せるでしょう。とはいえ、このやり方が現在でも通用するかは不明です。おそらくダメでしょう。

ちなみに、当時の中国は公安なども意外な緩さがあり、一線を越えなければかなり自由な撮影ができました。絶対現在のほうが厳しいでしょう。

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<白宮>P-30/A28mm

また、撮影料を渡して内部を撮る方法ですが、ほかの見学者がいると収拾がつかなくなる場合もありますね。

ラサにある別のスポットでもこの方法をよく使いましたが、ポタラ宮に比べ圧倒的に観光客が少ないので、そっちのほうが有効でした。

そして、内部にはヤクのバターから作った灯明が燃え盛り、異様な匂いに満ちてます。慣れの問題でしょうが、いささか気分はダウンしました。

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<空中トイレ>P-30/A50mm

有名な空中トイレがあるので覗いてみました。その時も使用可能なトイレでしたが、しゃがんだ下には遮るものがなく、そのまま排泄物が落下していくというものでした。

絶対写真を撮りたかったのですが、中国人観光客が使用中で、撮影ははばかられるのでした。

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<土産攻勢>P-30/A28mm

裏から入って正面から出るという不思議なルートで退出します。

なんか、観光は短時間で終わってしまった気もしますが、結構な時間をかけていたようです。

バスまでの道すがら、康(カム)と呼ばれるチベットの行商女性たちから土産を買わないかとしきりに誘われます。

当時、日本人は世界中に出て行ったはずですが、ここでは日本語では声をかけられずに、もっぱら英語でした。ツアーの監視役である陳さんは英語ガイドですが、「Where are you from?」と声を掛けられ、「From Tokyo」などと返していました。ま、陳さんが最もあか抜けていることもあります。ちなみに、日本語は全く理解できない人です。

しかし、最もしぶとい商売人は現地ガイドの尹さんでした。高額なタンカを欲しいという社長などを知り合いの店に案内し、そのリベートをしっかりと稼いでいるのでした。

チベットでガイドを数年やるだけでひと財産作れるとも言われていました。

続きます。

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2021年10月 7日 (木)

無人のタイ寺院+群馬の道の駅

7月の埼玉・群馬遠征最終回です。

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<3つめの寺院>PowerShot

台湾寺院の法水寺から渋川に戻るようなルートをとります。昼食を取った元祖田丸屋も通り過ぎます。

そして脇道に入り、見事な山中にあるのがこちら。

タンマガーイ寺院群馬別院です。

まあ、山の中とはいえ全面舗装道路です。この寺院までの短い道も舗装されてますが、生命力の強い木の根っこがアスファルトを持ち上げており路面がうねってます。ご注意のほどを。

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<尊師>PowerShot

入口を入り靴を履き替え中に入りますがまるで人気がありません。

なので、勝手に見学しましたが何となく居心地が悪いです。

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<瞑想用かも>PowerShot

畳敷きの大広間には、一人用の座椅子のようなものが並べられていました。ざっと30名くらいは入れるようです。

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<托鉢セット>PowerShot

広間に続く廊下です。

タイのデパートやスーパーで見かけるような托鉢用の捧げものがずらっと並べられていました。

しかし、日本ではこうしたものをこういう形で売ってないし。托鉢をしても差し上げる人がいなさそうだし。謎です。

もしかしたら日本国内の遠くに住むタイ人の信者が自分たちで作って持ってきたものでしょうかね。

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<シンボルか>PowerShot

廊下に続き食堂と厨房がありました。その壁にはこのようなものが。

に、しても誰も来ないな。

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<謎のバンガロー>PowerShot

敷地内にはこのようなものが。

誰もいませんでしたが、敷地内にはクルマが1台だけ止まってました。全員でどこかに出向いてる?あるいはこの中で瞑想中でしょうか。

とにかく、誰にも出会わないので謎は謎のままに終わりました。

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<道の駅おのこ>PowerShot

その後、山を下り長野原方面への道へ。

ここに道の駅があります。目的はただのスタンプ集めですが。腹は減ってないし、名物もなさそうなので、やることがホントに地味です。

でも、あとで判明しましたが、ここの食堂では「おきりこみ」を出すそうです。

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<道の駅こもち>PowerShot

戻って、渋川市中心部に近いところです。関越道までもすぐ。

こちらのほうが新しそうですね。売っているものも地元野菜とか山菜類もありました。

「おのこ」=旧小野上村の地区名。「こもち」=旧子持村。平成の大合併、味気ないすね。

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<高坂SA>PowerShot

オリンピック期間の週末の高速でしたがまるで渋滞なしです。帰りに休んだ高坂では水沢うどんを出していたようです。結構有名なんすね。

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<同行者>PowerShot

今回ご一緒したkimcafeさんとItoさんでした。Ishiiさんの画像は今回なしです。

Bグルの巨匠、もしかして、バルカンの地でもアロハにハーフパンツなのか。

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2021年10月 5日 (火)

俺にカレーを食わせろ

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<オムカレー>PowerShot

いつだったか外食でカレーを食べました。

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<すき屋>PowerShot

でもこれはすき家のカレー。普通のカレーベースに卵をのせたもの。これで620円也。

味気ない割に意外に高い。

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<味は良し>GR DIGITAL

一応カレー専門店ですが。しかも、地域限定のほうれん草ベーコンカレー。

辛さの指定のできないターミナル21のCoCo壱番屋。でも、これじゃない。

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<ミニイドゥリ>GR DIGITAL

チープでもこういうのがいいですね。

ガラスではなく金属製のカップで飲み物をいただく。

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<ゴビマサラ>GR DIGITAL

同じ店で金属の容器に入ったカリフラワーのカレー。

量がたっぷりありますが、数名でシェアするものなんでしょうね。

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<カタカリのシール>K-7/DA16-50mm

そう、ここはインド。南インドでカレーを食べたいです。

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<ティルバンナマライ>K-7/DA16-50mm

記事のタイトルはわかる人がいるかどうか、大槻ケンヂがヴォーカルを務めるバンド、「筋肉少女帯」の「日本印度化計画」という曲のフレーズです。

松屋やすき屋のチープなカレーじゃなくて。ココイチの(日本の)本格カレーじゃなくて。インドのカレーが食いたいのよ。

それならば、急増しつつあるインド系の人がやっている店に行けばいいじゃん。と、思われそうですが、やっぱりロケーションが店を出ると日本だしね。

インドなんだよ。

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<ティルチィ>K-7/DA50-200mm

こういうロケーションであちらのカレーを食べたい。

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<マドゥライ>K-7/DA16-50mm

インド人に囲まれながらインドのカレーを食べたい。

いや、極端な話、カレーじゃなくてもいいです。あれ?

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<バラナシ>K-7/DA21mm

現実的な話、インドでは朝食の食パンのトーストや、一部の都市にあるなんちゃって中華、マクドナルドなどを除き、基本インド料理となります。

渡航できたとしても、終盤には「日本のカレーライスを食わせろ」となりそうですが。

ともかく、自分を異空間、異次元の世界に放り込みたいわけです。特にインドは年に1回くらいは発作的に行きたくなります。

とはいえ、バックパッカーの教祖、「ゴー・ゴー・インド」で有名なあの作家さんも、年に1回はインドをバイクで走り回る旅写真家も国内に踏みとどまってますね。

自分の場合は暇があってもなかなか家を空けられない事情がしばらく続きますので、先人に見習ってしばらくは踏みとどまって、扉が開かれるのを待つことにしましょう。希望をもってですね。

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<アレッピー>GR DIGITAL

インドは逃げない!

本日、75万アクセス達成いたしました。コメント減ってるんですけど、なぜかアクセスは上がっております。ありがとうございました。

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2021年10月 3日 (日)

昭和カルト歌謡

かすてら音楽夜話Vol.130

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ワタクシの知り合いにミュージシャンをやっていた人がおります。ブログにも数回登場し、かつコメントも下さる「すずき銀座」さん、またの名を「トーマス」さんといい、かつてテレビ朝日で深夜に放送していた「えびす温泉」という勝ち抜きのオーディション番組に「知子のロック」として登場された方です。

初めて登場した時のインパクトはかなりのものでした。お揃いのパンタロンにフリルのついたシャツといういでたち。インタビューに対応するのはリーダーのトーマスさんでしたが、茨城訛りがロックというよりはのど自慢の出演者みたいでした。

また、ヴォーカルの知子はアニメ声ながら歌いだすとパワフルでど演歌調にもなるなど、未知の可能性を感じさせるグループでした。

そして、1年ほどが過ぎ知子のロックはついにCDデビューを果たします。当然ながらデビューアルバムの『ルートRockで待ってなよ』を購入し、渋谷の小さなライヴハウスに演奏を聴きに行ったものです。その時にメンバーと話すことができました。

また、新宿のライヴハウスの演奏では時間があったのでとある喫茶店に立ち寄ると、そこに知子のロックのメンバーが入ってきたのでした。不思議な縁でございます。

そんな彼らの演奏ですが、すでに解散してしまってますので公式なものはございません。削除覚悟でアップしてみましょう。

 

知子のロックで「サイケな街」(作詞:水木ひろし 作曲:桜井順)でした。

この曲は万里れい子という人の1968年のシングルのカバーです。昭和カルト物を集めた『昭和レジデンス・赤盤』というコンピレーションアルバムに収録されております。

さて、その万里れい子とは、のちに森田公一とトップギャランに加わった渡部玲子さんでした。

んでは、万里れい子オリジナルをどうぞ。

 

コーラス部分などが知子のロックに通じてますね。

もっとも、知子のロックは「平成のヤングに昭和のサウンドを聴かせるためにタイムスリップしてきたバンド」ですから、大いに昭和40~50年代の香りがプンプンなんですけど。

<2021/10/08追記>
作曲の桜井順さんですが、つい先日お亡くなりになりました。代表作として「黒の舟歌」「マリリン・モンロー・ノーリターン」などがあります。これまた、深堀したくなるお方ですね。合掌。

さて、『昭和レジデンス』(赤盤・青盤とあり)の収録曲をたどってみると、あの人がこんな曲をという例もあります。

 

西郷輝彦の1973年のシングル、「ローリングストーンズは来なかった」(作詞作曲:藤本卓也)でした。

1973年なんですがあのストーンズが初来日する予定で武道館のコンサートもありチケットも完売だったのですが、メンバーの麻薬不法所持などによる逮捕歴やビートルズ来日時の混乱が予想されるため、入国許可が出ませんでした。

それにしても「星のフラメンコ」で一世を風靡した大スターですから、ストーンズの話題にも敏感なんでしょうかね。それにしても、事務所はよくぞこの曲をリリースしたものです。しかもA面ですよ。

ちなみに作者の藤本さんは五木ひろしの「待っている女」などのヒット曲もある方です。

しかし、今でもそうですが日本の入管って非人道的ですよね。元ビートルズのPMさんや超大物俳優(パンツ事件)みたいに成田で不法所持が見つかったわけではないのに。

Snacky

さて、最後に紹介するのはこちら。

 

海道はじめの1968年のデビューシングル「スナッキーで踊ろう」(作詞:三浦康照 作曲:船村徹)でした。

いやあ、地獄の底で歌っているような独特のインパクトですね。

ちなみに、ジャケットに写るスナッキーガールズですが、小山ルミ(左)と吉沢京子(中)でございます。

この海道はじめという方、船村徹のお弟子さんなんですね。船村徹によるとこの曲は厄年を乗り切るために作ったともいってますね。

そして、この謎の「スナッキー」とは、プリマハムの新製品のソーセージの商品名で、このシングルを先行発売し、ジャケット裏のスナッキーダンスなどを流行らせてプロモーションをさせたかった狙いがありました。ジャケ写の海道さんの手つきもソーセージを思わせるようなものです。また、プリマの社員にはこの曲を密かにリクエストさせて、全国に「スナッキー」の名前を浸透させようという狙いもあったようです。

なお、リンクは張りませんがYouTubeには「スナッキーで踊ろう」の誕生秘話が3作上がっております。かつてNHKで放送された番組なので、きっちりしております。

なお、海道さんは民謡教室の師匠で中野で麦とろを出す店や喫茶店を経営しているそうです。

Sresidence

また、『昭和レジデンス・赤盤』には海道さんと知子のロックによる「新・スナッキーで踊ろう」ライヴ盤が収録されております。残念ながらYouTubeにはありませんが。

この手の話はものすごい好きで、話は尽きませんが今回はこのあたりで。

トーマスさん、なんとかネタを生かせました。

★ご意見・リクエストなどコメントでお待ちしております。

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2021年10月 2日 (土)

コンケンのクイッティアオ

2017年の話です。

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<コンケン第二バスターミナル>KP/DA18-50mm

この年、イサーンを旅しました。主な交通手段は鉄道だったのですが、ウボンからコンケンというルートはバスになります。

以前、ウボンからナコンラチャシマー(コラート)へバス移動したことがあります。バスはバンコク行きで、鉄道沿いのスリンやブリーラムなどを経由していくのかと思ったら、ヤソーントン、ローイエットを経由し、コンケン直前にコラート方面に方向を変えるというものでした。

この時は経由地で10分程度の休憩があって、食べ物を仕入れる余裕がありました。

さて、2017年のバスもヤソーントンやローイエット、カラーシンに立ち寄りますが、休憩なし。まったく何も仕入れられません。

バスが到着したのはコンケン第一バスターミナルです。コンケン郊外で宿まではタクシー。出費がかさみますね。

泊ったのはコンケン中心部です。その近くにコンケン第二バスターミナルがあります。次に行くルーイへの便がここから出ているのか見に行きます。

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<麵屋にて>GR DIGITAL

なにしろ、昼抜きでしたので、その麺屋を見つけた時にはすぐにテーブルについていました。

「センレックナーム」とだけ注文しました。米粉の中くらいの太さのスープ麺ですね。

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<具>GR DIGITAL

おお、美味いです。腹が減っていればなんでも美味いよ。具はルークチンと豚肉ですね。全部のせにしてくれたようです。

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<リフトアップ>GR DIGITAL

野菜がたくさんあるのは、イサーン流でしょうか。ラオスでは麺を頼むと野菜が別皿で提供されます。イサーンもかつてはラオスの領土だったりしますし、別皿提供の店も結構あります。また、イサーンの人の中には箸をうまく使えず、レンゲだけで麺を食べる人もいますが。

麺をよく見るとセンレックというよりセンミーみたいな感じもします。つやつやしてますし。ま、美味かったからいいことにしましょう。

麺屋の兄ちゃんにどこから来たと英語できかれました。なかなかフレンドリーなとこらしい。料金は40バーツでした。

第二バスターミナルでは無事にルーイ行きの便を見つけました。

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<出発日>GR DIGITAL

ルーイに発つ日、別の麵屋に行きます。ここはどうやら50バーツらしい。

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<来ました>GR DIGITAL

別の店にしたのは異なる味を期待してのこと。「センヤイナーム」と告げて注文したのがこちらです。センヤイは米粉の最も太いもっちりした麺なのですが。

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<またもや>GR DIGITAL

あれ?どう見てもセンヤイではありません。2日前の麺と同じような感じです。

具は二種類のルークチンと焦がしたニンニクでしたが。

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<調味料>GR DIGITAL

なんだか当時はよくわからなかったのですが、思い返してみると麺のつややかさなどから、タピオカが練りこまれた、「クワイジャップユアン」の店だったのかもしれません。

どちらの店も普通の麺屋だろうと、作っているところや置いてある麺の種類などは確認してないのですね。

クワイジャップユアンとはベトナム風クワイジャップということですが、ベトナムでは「バインカイン」という名前になります。でも、ベトナムでは食べてないんだよな。

ま、腹が満たされたからいいか。ウボンでこの時初めてクワイジャップユアンを食べたのですが、その前のウボンでも別の店で変わった麺を食べたことがあります。あれも、クワイジャップユアンだったようで。今度またイサーンに行くときには麺をよく観察しましょ。

ちなみに、センミーはめったに食べません。さ、ルーイに行こうか。

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2021年9月30日 (木)

伊香保の巨大台湾寺院

埼玉・群馬遠征の続きです。

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<忽然と現れた寺院>PowerShot

水沢うどんの店でIshiiさんと合流し、4名で佛光山法水寺というところを目指します。

うどん屋からワインディングロードをぐんぐん登っていき、こんなところにあるのかよ(ちなみにカーナビには名称では出ませんでした)と思っていると、広めの駐車場が現れました。

その駐車場の中心あたりから眺めた風景です。長い石段が続き、その奥に見えるのが寺院のようです。

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<提灯>PowerShot

おお、なんとなく台湾らしくなってきた。

訪れている人たちは中国語(台湾語でしょう)を話す人もいますが、日本語を話す人もいて、半々くらいですね。地元では有名なのかもしれませんがこのじりじりとした炎天下にこれだけ訪問者がいることにびっくりしました。

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<見えてきました>PowerShot

そしてもっとびっくりしたのは下の駐車場から便数は少なかったですが、成田空港行きのバスが出るということでした。バス停があったのです。

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<巨大寺院>PowerShot

ようやく石段を登り終えました。でかいです。

PowerShotの広角24mm相当でも収まり切りません。奥の建物の左右に同じくらいの規模の建物があります。

これは、こじんまりとやっている大恩寺とは違いますね。台湾の本家がここに日本支部をぶっ建てたのでしょうね。

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<千手観音>PowerShot

順路は決まっています。まずは左側の建物の1階から入ります。手指消毒も厳しくチェック。帽子も脱げと。

館内はほのかに冷房が効いております。下界とは隔絶された気分です。涼しくて助かりますね。

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<千手観音再び>PowerShot

次は2階に上がりますが、エレベーターがあって助かります。

どうぞ、ご自由にご覧下さいみたいな対応でしたが、小ホールみたいなところの中心にこちらがおわしました。

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<阿弥陀菩薩>PowerShot

画像のタイトルは間違っているかもしれませんが、ご容赦を。こちらは2階の突き当りにございました。

こちらのエリアの壁には重厚そうな仏教書がびっしりと並べられていました。

さ、次はそのまま中央の建物の2階へ。

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<大ホール>PowerShot

ここで宗教的な集まりを行うのかどうか。

それでも参拝者向けに見やすくしてあるような感じも致しました。

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<ホールの大仏>PowerShot

結構参拝者はいたはずなんですが、自分たちの周りには誰もいませんでした。どこに行ってしまったのだろうか。

中華系の国というと仏教とか寺院のイメージもあるでしょうけど、我々と同じカテゴリーと思われるいわゆる「大乗仏教」の寺院はそれほどありませんね。ろうそくや線香が燃え盛るのは道教の廟であったりしますね。

この寺院ではろうそくも線香もほとんど見ることがなかったです。匂いも感じませんでした。

台湾でいうと知本温泉にあった清覺寺が割と大きな寺院で建物の感じがよく似てました。

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<壁の仏>PowerShot

でも、こういうのは日本にはないというか、ワタクシは見たことがないです。

上座部仏教の寺院にはよくありますが。

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<関羽像>PowerShot

こちらは民間信仰ではよくあるやつ。それを寺院で取り込んだということでしょうか。

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<イートインできます>PowerShot

そのまま、右の建物に入り、1階へエレベーターで降ります。2階部分は開放されてませんでした。

こちらはあまり宗教色が薄められ、高雄の本家などの紹介やミニ集会室などがありました。

入口近くには軽食もとれるカフェがあります。タピオカドリンクや魯肉飯などがあります。

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<ロケーション抜群>PowerShot

結構な山の中ですが環境は素晴らしいです。

コロナ禍以前の状況でしたら、外国人観光客が何も考えずにやってきそうな感じもいたします。

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<戦利品>PowerShot

オリジナルのマスクをいただきました。といっても白一色ですけど。

一部日本語が通じない方もいらっしゃいましたが、基本簡単な日本語は通じます。宿泊施設みたいなところもありました。

それにしても高雄のどのあたりにあるのか。

続きます。

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