Welcome To Cafe de Castella

Cafe de Castellaにようこそおいでくださいました。

当ブログですが、旅に関するもろもろと、音楽話を中心に記事にしております。

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旅に関してですが、本来であれば海外に出た時の超マクロ的な観点から、人物や食べ物、交通機関など個人的に気になる様々なことをレポしたものとなっております。しかし、このコロナ禍においては、渡航もままなりませんので、ご近所グルメや国内ミニトリップなども取り上げつつあります。

音楽に関してですが、「かすてら音楽夜話」と題して、自分が聴いて大好きだったり、思い入れのある曲や演者・作者について好き放題に語っております。現在、過去ログを修正し、新たな映像を付け直しているところです。

もともと、旧Nifty Serveの会議室(旅系のFworldと音楽系のFbeat)で夜な夜な投稿しておりました。

ブログはやや時代遅れの発信場所だとは思いますが、書き手と読者のやり取りに醍醐味を感じます。

非常に垣根の低いブログでございます。感じるところがありましたら、♡(イイね)をクリック。さらには、コメントを頂けると、筆者は飛び上がって喜ぶ所在でございます。

古い記事であっても、読者の方からの反応があると書き手にとってはやりがいが出ますので、よろしくお願いいたします。

<2021/05/25追記>
ココログのお題(3月~4月実施分)「卒業、入学といえば」に応募した記事、「卒業ソング」がニフティ賞に入選いたしました。よろしかったらご覧ください。

<2021/07/11追記>
右サイドバーの「Blogpeople Review Me!」ですが、Blogpeopleの発展的解消によりリンクが消滅しましたので、削除いたしました。ちょっと寂しいです。

↓最新記事はこの下から始まります。

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2021年8月 1日 (日)

サワナケートの800バーツホテル

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<ビアラオ看板>K-7/FA50mm

2012年の話です。

この日、タイのムクダーハンから国際バス(といってもごく短距離)に乗って、ラオスのサワナケートにやってきました。

この時代、旅行途中の宿は予約しておらず、飛び込みです。

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<Hoong Thip Hotel>K-7/DA21mm

サワナケート市街の中心部に着いたので、安宿感のあるここに飛び込みました。

フロントでの交渉によると800バーツとのこと。ラオスの通貨はキープですが、二重、三重で他国の通貨に依存するところがあって、タイのバーツもほぼ通用します。

事実、ラオス入国しても両替はしてません。当時のプミポン国王の肖像が印刷された1000バーツ札を渡すと、50000キープがつり銭として戻ってきました。

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<部屋>GR DIGITAL

115Aという部屋。階段を上がり2階にあるのですが、旧フランス領にも関わらず階の数え方はイギリス式でした。

全面に張られたタイルのような素材を使った床は清潔感があり涼しげでした。

テレビに大型冷蔵庫がついています。見えてませんがエアコンもあります。木製のタオル掛けもあって少量の洗濯物にはとても便利ですね。それに、部屋が広めです。

タイの地方都市だと1000バーツを切るくらいの価格で割と満足いくような部屋に泊まれますが、ラオスだとこれがさらに2割安いということでしょうか。

ただし、部屋にWiFiがなく、フロント周りのみでした。ブログ更新はそちらに出向いて行いました

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<洗面室>GR DIGITAL

写っていませんが、バスタブもありました。トイレも洋式でノズル付きです。ラオスの蛇口はちゃちなものが割と多くて、水を流しているうちに蛇口そのものの向きが勝手に動いてしまうこともあるのですが、ここではそんなことはありませんでした。

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<朝食付き>GR DIGITAL

朝食が付きます。忘れてしまいましたが、他に4種類くらい選ぶことができました。

中華のスープ麺にしましたが、ラオスではちょっと珍しい。ホテル名に漢字が当てられていたので(どんなものかは忘れました)、もしかすると中国系のホテルである可能性があるため、こういうものも用意されているのかもしれません。

タイではバミーナームとなりますがラオスっぽく野菜がたくさん入っていました。

ここ、その後値段が上がって1泊26USドルとかになってました。建物も新しくなったのかもしれませんが。

また、チェックアウトする際にベッドの下を覗くと、ごく小さなトッケイの干からびた残骸がありました。

サワナケートはメコン以外ほぼ何もないので、もう行くことはなさそうな気もします。それに、もうちょっと安い宿を探すでしょうね。

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2021年7月30日 (金)

蔵出し、今はなきタイ料理屋

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<ワットパクナム日本別院>OMD10/ED14-42*画像は後日のものです

もう6年前の寒い日、ヤムの会でここに行ってきたでございます。

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<見覚えのある坊さん>GR DIGITAL

あれ?右の坊さん、タイフェスにいましたわ。

左の人物は別にモザイクをかける必要もないんですが、当時はそんなに顔出ししていなかったような気も。

ここに来る前に、食事をしてきました。

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<ここです>GR DIGITAL

某街道沿いにあるクワァリンターンという店です。場所が不明なんですが、いったん高速を降りて立ち寄りました。酒々井か佐倉のあたりでしょうか。

用意周到なスクムビットさんが予約したところです。でも、今はつぶれてしまったみたいで。

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<メニュー>GR DIGITAL

2品で1000円というのを頼み、シェアしました。あとは単品をいくつか。

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<カイヤッサイ>GR DIGITAL

カイチアオと異なるタイのオムレツですかね。シンプルに美味いです。唐辛子はほとんど使われてません。

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<ガパオムーサップ>GR DIGITAL

よく見ると、ご飯もタイ米ですね。目玉焼きは付けなかったんですね。

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<センレックナーム>GR DIGITAL

写真には撮ったものの実際には食してないという1品。

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<コームーヤーン>GR DIGITAL

豚の喉肉をどのように調達したのか不明です。でも、これはやっぱり美味しいです。でも、ビールを頼んでないんですよね。

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<サイクロックイサーン>GR DIGITAL

めちゃくちゃ美味しいというわけではありませんでしたが、やっぱり月イチくらいで食べたいですよね。

今年、カンボジア料理は頂きましたが、タイ料理食べてないです。

次はいつ?

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2021年7月27日 (火)

奥藤本店じゃないけれど美味し

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<おや、ここは>PowerShot

先日の連休、少しばかり足を延ばしてまいりました。山梨県甲府です。

ちょっとした事情でウィークデイは自宅を長いこと開けられないような状況になってしまい、こうなったら何が何でも祝日と土日は有効活用させてもらうという風にシフトしたのです。その第一弾です。

とはいえ、午前に家を出たものの、談合坂に着いたのは14時をだいぶ回った時間です。圏央道僅か10kmほどが3時間もの大渋滞でした。

つうことで、予定変更して甲府に直行です。なぜならば、ちょっと油断して遅くなると夕食がコンビニ飯になるかもしれなかったからです。

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<奥藤本店>PowerShot

山梨名物となった鳥もつを最初に始めたのがこの店だそうです。

この時間帯は休憩中で、ワタクシは第一候補にしておりました。ただ、ダメな場合に備えてこの界隈をなんとなく散歩しながらチェックしているところです。

そして、頃合いはよし。

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<甲府駅>PowerShot

出向くと、奥藤本店には列ができていました。だめだこりゃ。

つうことで、CELEOという駅ビルにある「郷土料理信玄」に突入です。

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<プレモル>PowerShot

なんと、緊急事態宣言もまん防も対象外の山梨ですが、どういうわけか営業時間は20時まで、アルコール類のラストオーダーは19時までと、首都圏に右に倣えですね。

あるいは駅ビルの店なので閉店が早いのかもしれませんが。

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<鳥もつ煮そば定食>PowerShot

奥藤にもこれと同じものがあるんです。蕎麦はかけとざるが選べます。もちろん、冷たいほうです。

甲府は盆地のためか異様に蒸し暑かったです。こんな時に熱い蕎麦を食えますかって。

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<鳥もつ>PowerShot

昨年道の駅で鳥もつを食べましたが、やっぱり道の駅レベルでして、これなら自宅で作ったほうが美味いと思いました。

こちら、コリコリの部分と柔らかい部分が半分ずつ入ってまして、タレでしっかりと煮込まれてました。一口大サイズですが大きめにカットされています。キンカンと呼ばれる生まれる前の卵も入ってます。

これ、美味しいです。しっかりビールのつまみに合いますわ。コリコリも柔らかい部分もどちらも美味しい。

キンカンもしっかりと煮込まれていて割っても黄身が流れ出すようなことはありません。箸で割ると半分にすっと切れます。これも美味いです。

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<ざるそば>PowerShot

むしろ、こちらがメインのはずなんですが。あまり期待してなかったんです。

ですが、蕎麦猪口に入れたそばつゆに浸して食べると、普段味わっている蕎麦と食感が異なりました。

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<リフトアップ>PowerShot

そばつゆはどちらかというと薄口でした。濃いほうが好みなんですが。

店によると蕎麦は手打ちと謳っています。それに、表面に何かコーティングしているような感じでした。まとわりついているのは山芋か何かでしょうかね。ややねばつく感じでした。でも、美味いです。

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<炊き込みご飯>PowerShot

食は細くなりましたが、これくらいでしたら大丈夫です。

それに、渋滞のあおりでまともな昼食を食べてませんでしたので。

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<とろろ>PowerShot

ああ、麦とろにすればよかったのか。別々に食しておりました。

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<おかず>PowerShot

大根おろしに茹で野菜を入れたものです。こちらとご飯を一緒に食べてましたね。

久しぶりに満足しました。奥藤でなくともこれならいうことなし。

これで、1650円です。どうも、ビールは店のおごりだったみたいで(ミスともいう)、大変おいしゅうございました。

でも、奥藤も行ってみたいよな。

続きます。

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2021年7月24日 (土)

青田買いにあっても

かすてら音楽夜話Vol.123

ジャニーズ事務所に所属のタレント、従来であれば安定の職業作曲家に依頼した曲をシングルに持ってくるのが普通でした。

事実SMAPの初期は馬飼野康二や筒美京平に依頼しています。ですが、思ったほどの成果が上がらず、専属作家ともいえる若手にシフトしていくことになります。ま、これは現在でもこのやり方で行うことが当たり前になっています。

このあたり、印税は作家に支払われず1曲いくらで契約しているものと思われます。

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<山崎まさよし>

しかし、SMAPは順調に売れてきたというのに、どういうわけかジャニーズ事務所は売り出し中の若手、山崎まさよしの「セロリ」をカバーすることになります。

 

山崎まさよしの「セロリ」(作詞作曲:山崎将義 編曲:山崎将義・中村キタロー)でした。

山崎まさよしと水着の女性軍という今となっては貴重な映像です。こちらは山崎まさよしの3枚目のシングルで、1996年にリリースされ、オリコン68位と沈んでいます。

SMAP版はYouTubeに上がっても即座に削除されるものですから、ここでは映像はありません。SMAPは翌年の1997年に「セロリ」のカバーをリリースし、オリコン2位を記録しています。こちら、ドラマとのタイアップだったようです。

しかし、これにより山崎まさよしの知名度はアップし、映画とドラマに主演するということにもつながっていきます。その後も着実にアルバムをリリースし、中堅のアルバムアーティストとして活動しています。

ジャニーズに才能を青田買いされたわけですが、それを確実にその後のアーティスト人生に生かした例ですね。

さて、SMAPは「セロリ」の次「Peace!」を挟んで「夜空ノムコウ」を1998年にリリースし、初登場1位を記録します。

 

スガシカオの「夜空ノムコウ」(作詞:スガシカオ 作曲:川村結花 編曲:スガシカオ・森俊之)でした。

上記の通り、スガシカオと川村結花の共作になりますが、本来は川村結花による別の歌詞があり、それを男性の視点によるものに変えるためにスガシカオが起用されたそうです。

すなわち「夜空ノムコウ」は提供曲であり、SMAPのオリジナルということになります。

のちにスガシカオはベストアルバム『Sugerless』でカバーし、川村結花もシングルとしてカバーしています。川村は自身の歌詞を封印しスガシカオの歌詞で歌っています。

当時のスガシカオはメジャーデビュー2年目です。一度はサラリーマンを経験した苦労人なので、「夜空ノムコウ」を自分が歌ってもいいのかと悩むことになります。歌詞の依頼にしても真剣に悩みかなりの時間をかけたようです。

でも、スガシカオは「夜空ノムコウ」をしばらく封印することで、自身のファンクをルーツとする活動に没頭できたといえます。

ところで、山崎まさよしとスガシカオは当時同じ事務所(オフィスオーガスタ)に所属していて、よく共演していました。

 

福耳で「星のかけらを探しに行こう Again」でした。リードヴォーカルは元バービーボーイズの杏子ですね。

現在、スガシカオは独立し、インディーズ活動を経てメジャーと再契約し現在に至っています。

★引き続きご意見、リクエスト等募集しています。記事が気に入りましたら「いいね」をクリックしてください。コメントもお待ちしています。

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2021年7月22日 (木)

五輪都市

まったく憂鬱な国際イベントが始まろうとしております。一部の競技はすでに始まっているわけですが。

旅に出るようになってからは、休める時期がまるまるオリンピックと重なっていたわけで、特に今世紀に入ってからはリアルタイムで見てないことのほうが多いですね。

それでも、夏季オリンピックの開催都市にはいくつか訪れたことがあります。

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<パリのカルーセル>K-7/DA16-50mm

第1回と28回の開催都市、アテネ。ま、第1回目は19世紀、1896年のことですが、28回目の2004年にはメキシコにおりました。日本の前評判はそれほど高くなかったと思いますが、連日の報道で大活躍というのはどうして知っていたのだろう。当時はPC持参ではないし、ネットカフェにも行くことはありませんでした。

カンクンの非ツーリスティックエリアにある日本料理屋でそこの女将が「体操男子団体が金を取りました」と伝えてきたのはよく覚えています。この年から女子レスリングが競技種目に入り、その後のメダル量産につながっておりますね。

ワタクシがアテネを訪れたのは2000年の年末から2001年の年始にかけてです。会場の建設など微塵も感じられませんでしたが。

第2回と8回の開催都市がパリです。これまた古い話で、当時の競技場などは現在も使われているような気もします。次回の第32回、2024年の時にはワタクシはどこの地にいることやら。また、コロナ禍で非常にリスクの大きいことが露呈されたわけで、次のオリンピックがこれまでのような形で行われるかもわかりませんね。

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<ロンドンの街角>K-7/DA16-50mm

第4回と14回、30回と3回も開催しているのがロンドンです。2012年の時はタイにいて、タイのテレビではまずオリンピックの報道はありませんでした。なでしこジャパンがワールドカップに続く優勝かとちょっとだけ気になっていたのですが、タイとは関係ない外国の試合まではフォローしてないんだなと思いました。

この年、のちに行くことになるフランスからドーバー海峡を渡ってイギリスにというルートも頭をよぎったのですが、オリンピックで警戒が厳しくなるし、宿も取りにくくなるだろうと避けております。2014年に訪れることになりますが、「ロンドンアイ」と呼ばれる大観覧車がテムズ川近くにできていて、これがオリンピックの残していったものなのかと思いました。

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<コロッセオ>K-7/FA35mm

第17回開催都市のローマ。こちらもオリンピック当時の建築物はどうなっているのか。おそらく今でも有効に使われていることでしょう。経済の破綻寸前といわれたこともあるイタリアですが、西ヨーロッパ諸国はサラエボのオリンピック遺構みたいなものは残していないような気もします。

また、マラソンのアベベが裸足で走った石畳の道は当時のままですね。

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<先住民の踊り>MZ-3/FA28-105mm

第19回開催のメキシコ市。ここでは、開催に合わせて開通した地下鉄網が市民の足となっていました。でも、結構やばい乗り物なんですよね。

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<擁和宮>P-30/SMC A50mm

第29回開催の北京。実はこの時は中国に足を踏み入れておりました。もちろん、オリンピックは関係なく。

開会式の日には雲南省の景洪にいたんです。夕食を取りに食堂に入ったものの、店員が全員テレビに注目していてこちらはそっちのけでしたね。ま、料理は食べることができましたが。

その後、ラオスに抜けウドムサイというところのゲストハウスではちょうど日本とどこかの国のサッカーの予選が行われているテレビ中継をやっておりました。確かオランダ戦で負けです。メンバーには吉田麻也、長友、香川、本田らがいましたが。

なんでラオスで中継を見れたかというと、中国の衛星放送を受信できたからです。テレビを見るということはラオスのローカル放送ではなく中国やタイの放送を見ることなのでした。

ま、こんな具合で。前回の東京大会の時は甲州街道に出て選手が走るのを見た記憶があります。もっとも幼稚園にも入ってない時でしたが、いくつかそんな記憶はあるんです。市川崑の映画「東京オリンピック」も見に連れていかれたと思います。

つうことで、今回どんなドラマが待っているのでしょうかね。すでに選手らに感染者も出ているようなので、対戦型の試合では中止なんてこともあり得ますね。

別の意味で筋書きのないドラマですぜ。

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2021年7月20日 (火)

リバプールでイタリアン

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<レノン像>K-7/DA16-50mm

7年前のリバプールです。

初めて訪れたのは2000年。全体的にくすんだような色合いの都市で、4人の「カブトムシ」がここから輩出しなければ絶対に訪れなかったと思われるところですね。

しかも、雨が降り寒くて、それでも歩く人たちは決して傘を差さず、パーカーのフードを被って行き来するようなところでした。

当時、外食事情はインド料理か中華に頼るばかりでした。ま、イギリスで安い料理となるとパブになり、それが嫌なら選択肢はどうしてもそうなります。

14年後、また来てしまいました。その間にイギリスの経済は著しく発展し、デフレが身についている日本人にはものすごい物価高に感じられました。とはいえ、街中の事情はハード面はそれほど変化なしです。雨が降っていたら以前と同じようなものだったでしょう。食事事情も同様です。

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<ワイン>GR DIGITAL

2014年のリバプール1泊目。ホテルに荷を置き、食事を取れる店を探します。

やはり目立つのは中華かインド料理。ドーバーでイングランド料理の店を見つけ、味にはまったく期待しなかったものの、別の料理があるんじゃないかと駅方面に歩いておりました。

ところが、雨が降ってきました。そろそろ決めないと。

リバプール・ライムストリート駅近くにイタリア料理のレストランがありました。Belliniというイタリア語の名前ですね。以前はこういう店はまずなかったです。ここにしますか。

何はなくともワイン。Pasquaというブランド、近頃大型スーパーでも見かけます。ただ、ラベル形状が違っていて格上のタイプかも。375mlというハーフボトルです。イギリスのヤード・ポンド法では飲み物はパイントが単位となりますが、ほぼ輸入ものなのでメートル法の表示ですね。

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<カプレーゼ>GR DIGITAL

単にトマトとモッツァレラを薄く切ってオリーブ油を垂らしただけの一品です。

だいたい、トマトがフレッシュかつ熟していないと駄目な料理なんですが、合格でした。

イギリスでもトマトは作っていますが、サラダにすることはせず、軽くソテーした「フライドトマト」を朝食で出します。かえって酸味が強調されるんですけどね。

トマトは輸入物かも。とはいえ、当時EU圏内でしたから関税はかからず、ワインだって安く手に入ったのでしょうね。

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<第二皿>GR DIGITAL

こちら、鶏肉とポルチーニをクリームソースで仕上げたもの。これは期待以上に美味かったです。

やるじゃないか。

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<グリッシーニ>GR DIGITAL

イギリス以外の国では食卓にはかごに入ったパンが置かれていますが、パンは別会計。頼まなくてはなりません。結局注文を忘れ、パン代わりに置かれていたグリッシーニで腹を満たすことに。

グリッシーニはイタリアでもテーブルに置かれている店が多いです。原料は小麦だからパン代わりといえばそれまでですが。味は太めのプリッツですね。

パンは残念ですが、イギリスでおいしいイタリアンを頂けるとは。

その後、ロンドンに移動しましたが、イタリアンレストランはかなりありました。美食を追求するイギリス人も出現してきたようです。

また、近年ではイギリスでワインも作っているんだそうです。

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<ギネス>GR DIGITAL

その後、ホテルのすぐそばにあるVernon Armsというパブでお口直しをしました。

ところで、イギリス、コロナ対策をやめるようです。ワクチン接種が進んでいるからだそうで。マスク着用もソーシャルディスタンスもいらんのだと。「これをやれるのは今しかない」からだそうです。コロナも普通の病気になってきたってことですか。入院者は日本よりも少ないみたいですけど。

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2021年7月17日 (土)

ジャイナ教の夜

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<手形>GR DIGITAL

6年ほど前の話です。

ヤムの会の宗教担当、kimcafeさんからのお誘いにより、ジャイナ教寺院を見学後、ジャイナ教に基づく料理を食べるという企画に参加しました。

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<祭壇>GR DIGITAL

集合は御徒町でした。年の瀬で街が賑わっております。今は昔でものすごい前のような気もしますね。そして、冷え込んでいました。

駅からすぐの雑居ビルに入るとそこはジャイナ教の祈祷所となっていました。

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<説明>GR DIGITAL

祈祷所の説明は森山さんが通訳してくれました。森山さんはNPO法人南アジア文化協会からやってきていますが、本業はタブラ奏者です。

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<祭壇前に置かれたもの>GR DIGITAL

ここで火が点けられました。儀式の開始です。

 

なんで御徒町にジャイナ教のこのような施設があるかというと、ジャイナ教は殺生を禁じられているため商業を生業とした者が多く、商才にたけているため来日したジャイナ教徒はこの界隈で貴金属や宝石などを扱う人が多いからだそうです。

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<ご本尊>GR DIGITAL

そういや金属をたくさん使っていて、キラキラしてます。

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<Vege Herb Saga>GR DIGITAL

その後こちらに移動です。

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<店主ご挨拶>GR DIGITAL

こちら、表の看板には「ジャイナ教」などとは謳っておりません。

ジャイナ教は殺生を禁じられていますから、農業ができません。屠殺もできませんから、ピュアベジタリアンとなります。

といって、ベジならなんでも大丈夫かというと、地中で育つ植物は根につく虫を殺す可能性があるので食べられません。また、ナスのへたなどにも虫がいるためこれまた不可です。厳しいんですよね。

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<一見ベジターリー>GR DIGITAL

来ました。カレー2種とプラオ、サラダにロティ類です。

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<スープ>GR DIGITAL

パパドも付きます。

南インド仕込みの華麗なる手食いのテクニックもお見せしたかったのですが、カトラリーも用意され、インドの方もそれを利用していらしたので従いました。

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<アチャール>GR DIGITAL

こちらは大皿に追加されました。

テーブルを囲んだ相手が面白かったですね。ひとりはタブラ奏者の森山さん。インド大使館の話もするのでそこで働いているものと思っていました。

もうひとりは東洋大学の大学院生で森山さんのお手伝い担当でした。この人が、ジャイナ教に関わりのある写真をたくさん携えてきていたんです。その若さでどんだけインド行ってんだ?通算滞在日数は?すごく気になりました。

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<食後の飲み物>GR DIGITAL

コーヒーだったかチャイだったか?

ともかく東洋大の人物は昨今すごいと思います。陸上100メートルで日本人初の10秒台突破のあの人や、ロンドン五輪で金を取り、プロでは世界王者となったあの人。平成の若者に昭和の世界を紹介したり漫画で頑張るあの人とかね。

いつかはインドでジャイナ教に触れてみたいですわ。

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2021年7月15日 (木)

退屈な1976年上半期

かすてら音楽夜話Vol.122

1976年といいますと、自分は何をしていたかというと受験の年です。

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なので、音楽を聴くどころじゃなかったのですが、聴いている意識はなくともこの2曲はいやが上でも耳に入ってきたのですね。

まずは年明けの1月からオリコン1位を11週も維持し、とてつもないメガヒットとなった子門真人の「およげ!たいやきくん」があります。

シングルの売り上げ450万枚ともいわれ、シングルとしてはいまだに破られておりません。また、この曲はチャート初登場1位の最初のものですね。

音楽の媒体としてもはやCDは売れなくなり、ネット配信などに移行してますからこの記録はおそらく未来永劫に破られることはなさそうです。

そんな曲もシンガーには印税が一銭も支払いがないというのもすごいことです。一説によると、その売り上げ手でレコード会社であるポニーキャニオンの社屋が新しいものになったともいわれておりますが。

さて、1月から「およげ!たいやきくん」のヒットは続きまして、(一応)勉強の傍ら「どーせ、ガキの曲だろ」とか思っていたんです。この陰に泣いて「木綿のハンカチーフ」も2位どまりであったし。

そのヒットもそろそろ終わりが見えてきたころ、受験も終わりまして次はどうなるかと思っていたのですが。

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珍しく洋楽の曲がチャート上位に顔を出します。

それが、Daniel Booneの「Beautiful Sunday」です。この曲は当初、ポニーキャニオンから発売されたのですが、まったく問題にならず、廃版扱いになりました。

それがTBSの朝の番組で使われると、問い合わせが殺到しTBS系のディスコメイトレコードから発売されるとたちまちヒットしました。

ダニエル・ブーンはイギリス人ですが1972年のUKチャートでは21位、アメリカのビルボードでも15位を記録し、100万枚は売れたといわれています。まあ、ヒットする要素はあったのですね。

 

ポニーキャニオンという会社はなかなかにビジネスライクで廃版にするのも早いのですが、この時ばかりは廃版にしたのを悔やむ幹部もいたことでしょう。でも、「およげ!たいやきくん」で十分に元は取ったと思いますがね。

この「ビューティフルサンデー」は「およげ!たいやきくん」と入れ替わるようにしてオリコン1位となり、なんと15週も1位の座を維持しました。なんと、3月後半から6月いっぱいまでです。

つまりはたった2曲が1976年の前半ずーっと1位であったわけです。

「ビューティフルサンデー」は聴き心地がよくて、英語であっても日本人の耳にすっと入り込むわかりやすさがあったと思います。

売り上げは200万枚ともいわれ、「およげ!たいやきくん」には及びませんが、洋楽史上の売り上げは断トツの1位です。ビートルズもマイケル・ジャクソンも及びません。

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<田中星児>

これに乗じて田中星児という人が日本語版「ビューティフルサンデー」をリリースします。

この方は初代の「うたのおにいさん」だったのですが、「ビューティフルサンデー」はある曲のB面として発売されたのですが、ダニエル・ブーンのヒットにあやかり、A面とB面を入れ替えてリリースしたところ、案の定オリコン4位というヒットを記録しました。

 

アレンジはほぼ同じですね。

歌詞も韻を踏むあたりが工夫されてまして、サビのラスト、ダニエル・ブーンは「♪My My My It's A Beautiful Day」となっているところ、田中星児は「♪まー、まー、まー、おお、待ってる」と本家のノリを踏襲していますね。

ところで、1976年はメガヒット連発の年でして、オリコン1位獲得曲はたったの8つだけです。年の瀬に都はるみの「北の国から」が1位となりレコード大賞も獲得しているのですが、この曲は1975年リリースのロングヒットですので、「たいやき」と「ビューティフルサンデー」に阻まれながらも辛抱強くその時を待っていたともいえます。

まあ、子門真人がレコード大賞じゃ業界も立つ瀬がないんだろうけど。ちなみに、ダニエル・ブーンは外国曲のため受賞資格なしです。

★引き続き、リクエスト、ご要望、ご意見お待ちしています。また、記事が気に入りましたら「いいね」をください。コメントを頂けると飛び上がって喜びます。

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2021年7月12日 (月)

ラサへ

西寧~ラサ・高山病と戦う旅からのエピソード(12)

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<ダムシュン>P-30/SMC A28mm

ダムシュン(当雄)という町に着きました。ここで昼食となります。

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<調理中>P-30/SMC A28mm

例によってガイドの尹さんが選んだ店です。当雄達県飯店という素朴な店です。しかし、ここも灯油の匂いが充満するため、料理ができるまでは外で待ったりします。

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<外で待つ>P-30/SMC A28mm

現地の人も外で待っております。

この時の料理は写真は残っていませんが、メモによると「茄子の炒め物」、「ピーマンと肉の炒め物」、「冬瓜とキャベツの炒め物」、「きゅうりと卵の炒め物」、「いんげんと肉の炒め物」、「ジャガイモの煮物」、「乾麺の煮込み」でした。味はかなりいいです。さすがは味に貪欲な中国人ガイドです。

炒め物ばっかりですがひとつの鍋で短時間にできるものはどうしてもこうなりますね。料理はたくさんあるように感じられそうですが、小皿にちょっこっとずつです。大半の人が食欲もかなり落ちているのでこれでも十分でした。

また、どうしても高山病の症状が抜けない人はバスで横になっている始末です。

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<ニエンチェンタングラ山>P-30/SMC A28mm

バスは南下し最後の給油をしました。ここで見えてきたのがニエンチェンタングラ山でした。こう見えても7162メートルあるそうです。

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<民家>P-30/SMC A50mm

近くの民家にはおそらく魔除けらしいマークの入ったドアがありました。この辺りまで来ると遊牧ではなく農業を営んでいて定住生活をしています。

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<馬を引く男性>P-30/SMC A50mm

前日宿泊した那曲飯店にいたヨーロッパからの団体客はこのあたりで行われていた馬の祭りを見に来ていたそうです。すでに通りかかったときにはイベントは終わりかけのようでしたが、馬を引いて家に帰る人たちを何度も見かけました。

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<仕事帰り>P-30/SMC A50mm

畑仕事帰りでしょうか。彼女たちはこちらに気づくとカメラのシャッターを押す仕草をして笑っていました。

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<畑>P-30/SMC A50mm

標高はかなり下がってきています。ラサまでも100kmを切る表示が出ました。

畑が見えてきたということは山間部ではなく平坦なところまでやってきたということです。

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<ヤルツァンポ川>P-30/SMC A50mm

もうほとんどラサという地点。この直前には軍用トラックの隊列を抜いていきました。トラックには兵士がたくさん乗っていましたが、ほとんどが漢民族でした。

やがてバスはラサ市内に入り、遠くにはポタラ宮殿も見えてきます。体調を崩してほとんど横になっていた夫婦は感極まって万歳するほど。

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<本日のお宿>P-30/SMC A28mm

ここに泊まりました。実は中心から離れていてチベット感の希薄なホテルです。

しかし、部屋には酸素吸入器などもあるのでした。

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2021年7月10日 (土)

いすゞのトラック

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<いすゞエルフ>KP/DA21mm

いすゞプラザ最終回。

こちら、いすゞの主力となるトラックです。

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<コックピット>KP/DA21mm

マニュアルトランスミッションの運転席です。昔は乗用車がこんな感じで計器類がドライバーに向いているクルマもありました。ま、トラックだとほぼひとりで乗りますから、すべてに手が届くような作りになってますね。

こちら、1階の「いすゞの今を感じよう」というコーナーでした。

それでは、2階にバス・トラックの歴代の名車も展示されているのでそちらに参ります。

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<戦前のバス>KP/DA21mm

確か20名も乗れないようなバスです。車幅も狭そう。

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<えっ>KP/DA21mm

近頃側近をやたらと侍らせて、拗ねたような表情で記者会見するあの方のサイン入り認定証が飾ってありました。

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<TX80>KP/DA21mm

後年いすゞのトラックなどの車両のベースとなった車種です。作りはやはり戦前で戦後もこちらが走っていたそうで。

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<コラートのTX>KP/DA18-50mm

いすゞのトラックといえばこれでしょう。現在は生産されてませんが、ワタクシが小さい頃はやたらと見ました。

中国の青海省やチベット自治区でもやたらと走ってました。タイではバンコクのヤワラートでも見かけたことがあります。

こちらが戦前から脈々と続くTXの最終形だそうです。ボンネットを持つタイプですが、なんと1979年まで生産されていたそうで、海外向けは1980年まで生産されたそうです。1950年代のものかと思いましたが、1960年代くらいのモデルのようです。

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<いすゞエルフ初代>KP/DA21mm

エンジンを運転席の下に配置し、ボンネットをなくしたキャブオーバー型の小型トラックです。初代は小さいですね。

でも、このクルマが冒頭のエルフにつながっていくわけですよ。

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<いすゞギガ>KP/DA21mm

こちらさすがに屋外展示でした。最も大きいトラックですね。

 

つうことで、締めはこの歌で。

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