« コルカタの二つのホテル | トップページ | 市場に行ってみたんだけど »

2011年8月22日 (月)

まずはサダルを歩いてみようかね

深夜の到着にもかかわらず、まあ普通に起きることができました。まずは、地下鉄に乗ってカーリー寺院にでも行ってみるかと、チョーロンギー通りの位置をレセプションで訊ね、その通りに歩いてみると、なんかガイドブックで紹介されていたカフェがあり、すぐにレートのよい両替所が見つかり、ガイドブックで位置を確認すると紛れもなくそこは、サダルストリート。

In0047

<案内標識>K7/DA21

それにしてもこんなに早く「聖地」に踏み入れることになるとは…。一応、宿はWiFiがあるところと決めていたのですが、地下鉄の駅にも近く便利そうなサダルの近くというのも、決め手だったわけです。

実はチョーロンギーというのは、二つあって、オベロイ・グランドやモイダン公園に面している、コルカタで一番繁華なメインストリートと、クルマがようやくすれ違えるくらいの狭い道もあったということがわかりました。メインのチョーロンギーは正式名称はインドの初代首相ネルーの名前が付いています。通りでも「Road」ですね。一方狭い方は「Lane」みたい。

ここで両替を終えると、泣きそうな顔をし赤ん坊を抱いている女性がやってきて、「この子のためにミルクを…」と物乞いします。そんな感じの人はもう何組かいる模様。

In0036

<リキシャ>K7/DA21

コルカタ名物のリキシャも通りかかる。紛れもなく、日本の人力車から名付けられたもの。もっとも、インドでは「リクショウ」みたいに発音されるようですが、ここではオートリキシャもサイクルリキシャも「リキシャ」で通したいと思います。

コルカタのリキシャは人力で引っ張るもの。とはいえ、すでに新規免許は認可されず、やがて消えゆく運命。深夜特急では沢木さん、医大生、ダッカ行きの若者の3人で1ルピーずつ出し合い、これに3人乗りして妙なところに出かけるんですね。

In0038

<路上生活者>K7/DA21

もちろん路上で生活している人もいます。蔵前仁一の「ゴーゴーインド」などの写真を見ていると、昔のサダルはやはり汚かったと思えます。ひとつの通りなのにもちろん舗装されていません。道は泥だらけ。

でも、ここに初めて足を踏み入れてみて、それほどでもないなと感じました。何しろ、全部でないにしろ、舗装されているし、悪臭はしないし、そんなに路上生活者が多いわけでもない。むしろ、初めてナポリ駅前に降り立った時の方がショックが大きかったです。そこはゴミが散乱し、訳のわからん奴らがうろついていて、構内のマクドナルドでは残り物を手に入れようとする老人などもいたくらいで、こりゃインドに来てしまったみたいだなと思ったほどですから。

In0041

<路上チャイ屋>K7/DA21

一応素焼きのカップを撮してみました。チャイはここでは飲んでいないです。インドから戻りkimcafeさんのコルカタを見ていたら、ここ登場していましたね。やはりkimcafeさんはただ者じゃありません。

In0039

<Hotel Maria>K7/DA21

サダルは安宿街でも知られていて、このホテル・マリアはかつては日本人宿として、有名でした。今でもそんな日本人がいるのかどうか。

In0040

<Hotel Paragon>K7/DA21

こちらも、日本人宿。今でも「地球の歩き方」に載っていて、料金はドミトリーで120ルピー。比較的まともな食事1回分くらいですか。シングル200ルピー、シャワーがつくと400ルピーくらいみたいです。

またここにはかつて救世軍、サルベーションアーミー経営の赤い楯という、宿もありましたが、今は存在しません。

また、コルカタはインドの出入口ということもあってか、東洋人のバックパッカーをかなり目撃しました。それも年端もいかないような大学生くらいのやつがかなりいます。ここ近年あまり見ることのなかった年齢層です。韓国人多いです。やはりインドには若いうちに行く…んだろうねえ。いったいそのうちの何人がまたインドにやってくるかですね。10%もいないと思うんだけどね。

|

« コルカタの二つのホテル | トップページ | 市場に行ってみたんだけど »

912t India & Nepal」カテゴリの記事

コメント

地下鉄???
目を疑いました。しかもコルカタ。
インドに地下鉄があるなんてありえないと思っていました。

3枚目の写真の道の隅の埃、ごみを見て、インドの匂いを感じましたよ。私はコルカタ、カルカッタぞ時代を含め行ったことはないんですが。
脳裏に数十年前のパーンの赤いしみで汚れたデリーの街並みを思い出しました。
スパイスと饐えた匂いを混ぜたところに、強烈なインドの香を焚き、そこにけたたましいクラクションの音を入れたらもうそれはインドです。

投稿: スクムビット | 2011年8月22日 (月) 10時07分

2枚目のお写真、リキシャのドライバーさん
しインドではあのくらいの高さで引っ張るのが普通なんですか?
のけぞりそうに見える
リキシャで出かけたのはオトナのオトコのシトたちが行くところですよね?
見るだけで帰ってきたんじゃなかったでしたっけ?
チャイの容器こうして置いてあるんですね
これはお店じまいになると持ち帰るんでしょうか?

投稿: trintrin | 2011年8月22日 (月) 17時01分

スクムビットさん、こんにちは。
なんと、コルカタの地下鉄はインドで最初に作られたものなんです。「深夜特急」にも地下鉄の起工式で沢木さんにも菓子が振る舞われたのですが、恨めしそうに見ていた工事の人たちにあげようとして、振る舞った技師から「余計なことをするな」と手をはたかれた記述がありますね。
その後、宮脇俊三が「インド鉄道紀行」でカルカッタを訪れた時に、地下鉄に乗車しています。ちなみに、この人の前の奥さんが、宮脇愛子さんで磯崎新さんの今の奥さんです。この二人とテヘランで再会するんですね。
「インド鉄道紀行」の時は1980年代中盤くらいだと思いますが、そのころにはできていたということです。
ちなみに、今はデリーにも地下鉄があるそうです。

サダルストリートは古いツーリスト街なんですが、安宿もレストランもそれほど多くなくて、「スパイスの匂いが漂う」ところではありませんでした。
路上生活者の皆さんはそのあたりで煮炊きはやっていましたけどね。
また、とても小さい通りなのでクルマがぶっ飛ばしていくこともなく、そんなに喧噪には満ちていなかったと記憶しています。
でも、あのけたたましいのと、漂う匂いってのは、わかりますよ。ちょうどヴァラナシーがそういう感じでした。

投稿: ヒョウちゃん | 2011年8月22日 (月) 21時35分

trintrinさん、こんにちは。
リキシャ引きやリキシャの運ちゃんを「リキシャワーラー」といいます。
人力で引っ張るリキシャですが、ここコルカタにしかなく、引っ張り方までよく観察してこなかったですねえ。
そこはインドですから、京都や鎌倉の人力車みたいにはいきませんやね。情緒ないですよ。

あの場所に行った沢木さんたちは、吐き気のようなものがこみ上げてきて「今日はやめておく」と引き返したのですね。

素焼きの容器、どうするんでしょうね。
あれは消耗品(使ったら、その場で割る)なので、持ち帰りますかねえ。
あの収納場所にわたしゃ蓋ができるようになっていると想像します。

投稿: ヒョウちゃん | 2011年8月22日 (月) 21時44分

サダルストリートの写真を見返してみました
私も乞食は少ないし、意外ときれいだな・・と思ったもんですが
やっぱインドですね(^^ゞ
沢木耕太郎みたいにしばらく彷徨ってみましょうか

投稿: kimcafe | 2011年8月22日 (月) 22時13分

kimcafeさん、こんにちは。
激しく同意します。
ナポリ駅前は極端な例かも知れませんが、中国の辺境部にある新興都市、などの方がはっきりいって汚いですよね。
ジャワ島のバンドンなどもかなりひどいところあったし。
でも、やはりそこはインドですよ。
わたしゃ、このあと結局疲れが出てこれ以上彷徨えませんでした。
ちょっと残念です。

投稿: ヒョウちゃん | 2011年8月22日 (月) 23時21分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: まずはサダルを歩いてみようかね:

« コルカタの二つのホテル | トップページ | 市場に行ってみたんだけど »