チベットおばさんと物々交換
ポカラのあちこちには、チベットキャンプからやってきたおばさんたちがいる。この時代にあって、チベットの民族衣装を着用していて、すぐにわかる。13年前には、ポカラのあちこちにいたものだが、今では数少なくなってきているように感じた。
<道ばたの行商>K7/DA21
こんな感じで行商している場合もあるが、だいたいはバッグやビニール袋に入れた売り物を持って、たたずんでいることが多い。以前は集団で賑やかにやっていたのだが、今では数名でやっているようだ。
ちなみに、この写真を撮ったら怒られました。
<フェワ湖>K7/FA35
フェワ湖の市内バス終着所にチベットおばさんが二人いた。一度声を掛けられ、断ってから湖の方に写真を撮りにいったのだが、思い直し、再びおばさんのところへ。
<チベットおばさん>K7/FA35
「このスカーフと物々交換しませんか?」と切り出したのは、自分の方からである。このおばさんたちは単にものを売るだけではなく、物と物を交換するのである。以前の旅で同行した友人は、街角で配られるようなティッシュペーパーをいくつも用意して、アンモナイトの化石などを手に入れていた。
まあ、物々交換とはいえ、交換したい物プラス現金という形で、そこは商人であるチベットおばさんたちの有利な条件となるのだが、例えティッシュであったとしても、貴重な生活必需品であり、また援助物資ともなる。
持ち出したスカーフは、ヴァラナシーで雨宿りした時に立ち寄ったシルク販売所のもの。500ルピーで手に入れたものだが、最上級の品ではないことと、ムケの話を聞いて純シルクではないと見当をつけ、それではここで別のものに換えようと思い立ったのである。
こちらの希望は、チベットらしい飾りの付いたキーホルダーである。ちょっと良さそうなものはなかなか強気の商売に出られてしまうが、ほぼ満足できるような形のものが、スカーフと100ネパールルピーで交換できた。めでたしめでたし。
ちなみに、このおばさんたち、13年前は日本語がかなりできる人もいたが、このおばさんはできなかった。「物々交換」とはいうものの、彼女たちの日本語で聞くと「ブチュブチュコカン」と聞こえてしまう。この描写は、堀田あきおの「ネパールまで行ってきた」というマンガにもあります。ちょうど交換したスカーフを巻いてもらいポートレートを撮る。味のある表情である。
ところで、なんでスカーフをこの時持っていたかというと、元々は土産用に購入したのだが、涼しいポカラではあるが、日焼けしないように首に巻いていたのである。ムケの話を聞いてからは、土産にするのは撤回、何とかしようと思っていたのだ。
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コメント
物々交換、うまくできてメデタシですね。ヒョウちゃんには商売の才能もあるのでは、、
人物の写真はいまや肖像権の考え方がこんな田舎にも浸透してきてやむをえないですね。
投稿: とんび | 2011年11月12日 (土) 22時46分
もう30年前ですが、インド南部の避暑地コダイカナルにもチベッタンがいました
モモやトゥクパもはじめてそこで食べました
もう暑い下界に降りることになったのでチベッタンに自分のセーター(日本製)を売りました
私にとっても安くはなかったが、彼らにとってもいい買い物だったと思います
当然売り物にするんだと思っていたら、翌日会った時に自分で着ていたのにはびっくりしました(^^ゞ
投稿: kimcafe | 2011年11月12日 (土) 23時12分
とんびさん、こんにちは。
物々交換は最近では、昨年のボロブドゥールで扇を手に入れましたね。
遙か昔ですが、ウズベキスタンで使い捨てライターで物々交換しているツアーメンバーがいて、「これだ」と思い中国のシルクロードに使い捨てライターを持って行き、交換しようとしたらまったく相手にされなかったのを思い出します。
新彊ウイグル自治区でも、そんなものはすでに出回っていて、旧ソ連との格差を感じさせられました。
路上のおばさんは単に写真を撮られるのがいやだったのでしょうね。
この地域ではまだカメラに関して寛容です。
投稿: ヒョウちゃん | 2011年11月12日 (土) 23時17分
kimcafeさん、こんにちは。
記事に書いた友人の話ですが、その後カトマンズのダルバール広場で自分で着用していたジャージ上下を見事に売り払いました。
よく見るとそこらには「○○中学校」などと胸にプリントされたジャージを着たネパール人がけっこういました。
服を売り払うのはやりませんでしたが、ブッダガヤでユニクロの話をすると、譲って欲しいみたいなことをいわれましたね。
ちなみに今でもダルバール広場では、古着の露天市みたいなものはありました。
次行くことがあったら、古着売っちゃおうかなあ。
投稿: ヒョウちゃん | 2011年11月12日 (土) 23時42分