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2012年9月30日 (日)

メコン東西回廊

1週間のご無沙汰でございました。まあ、仕事などいろいろありますわ。

ナコーン・パノムから南にバスで3時間。やはりメコン沿いにムクダーハンまでやって来た。元々ここから、対岸のサワナケートに渡るつもりだったので、そのゲートウェイとしてのみというだけだったのだが、意外によかった。

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<メコン>K7/DA21

バスターミナルから最初に向かった宿は満室だった。そこで紹介してもらった宿は、やはりメコンを眼下に見下ろすシチュエーションである。そして、やはりWiFiが使える。

やや中心から離れた場所だが、メコンへは近い。前日昼食と夕食を抜き、朝食も軽めで済ませたので腹が空いた。

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<フー>GR DIGITAL

宿の向かいにあった食堂にはいる。麺だけの店で、「バーミー?」ときくとクイッティオだけの店らしい。具は「ムー」といっていたから、豚肉だなとわかる。ともかく腹を満たすことが必要だ。

テーブルに着くと運ばれてきたのは、こんな料理だった。クイッティオといってしまえば、何となく納得するが、量がちょっと多く、生野菜とハーブも運ばれてくる。この時は実はクイッティオと思っていたが、これは、ラオス移民がやっている、フーの店なのではないかと思った。

フーはラオスでは当たり前に食べることのできる麺料理で、そのルーツはベトナムのフォーであるようだ。タイでも田舎の方に行くと、生野菜を別皿で提供するが、ここのものはフーであると強引に結論する。

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<市場の商品>K7/DA21

市場を歩いてみると、タイ製品のみならず、ベトナムや中国製品も目立つ。中央のライスペーパーは明らかに、ベトナムの文字が使われている。

そういえば、ムクダーハンタワーに登ったときに、タイ・ラオス第二友好橋が完成し、ベトナム・ラオス・タイの東西回廊が陸路で結ばれたというような展示物もあった。ベトナムのフエからラオスのサワナケート、タイのムクダーハン、さらにはコーンケン、ピッサヌローク経由でミャンマー国境のメーソート。さらにミャンマーへと続く。

まあ、アジアハイウェーの一部でもあるのだが、ベトナム、ラオス、タイにとってはかなり重要なことらしい。実際ベトナムまで行けてしまうバスもあるくらいなので、またこのエリアを訪れることもあるかもしれない。

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<朝食の麺>GR DIGITAL

体調不良で絶食あけの朝食はこんな感じだった。これまた、ベトナム風のスープ麺。名前はわからないが、ホーチミンの宿でこんな朝食も選べたな。ナコーン・パノムもまたベトナムからの移民が多いところで、ベトナム時計塔というものまであるくらい。

ラオスとベトナムが開放政策を取ったことで、ツーリストにとってはいろいろな可能性が広がることになった。

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2012年9月23日 (日)

タイ警察に威厳があるか

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<ポリス人形>K7/DA15

2003年から毎年タイを訪れているというのに、この存在には気づかなかった。MRTのフアランポーンからタイ国鉄のフアランポーン駅への通路近くにある、トゥクトゥク乗り場前のポリスの人形である。

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<標語らしきものもあり>K7/DA15

何ともとぼけた顔つきである。今や化石のような話だが、日本にもこんな人形があった。スピードの出そうなところに設置し、ドライバーに一瞬アクセルを緩めさせる効果があったようだが、すぐに見破られてしまい、役に立たなくなってしまった。日本のポリス人形はもうちょっとリアルだったと思うが。

ここは、クルマがぶっ飛ばしていくところではなく、ただのトゥクトゥク乗り場である。いったい何のために設置してあるのだろうか。

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<ピッサヌロークの人形>K7/DA21

と、思っていたら、ピッサヌロークでも見つけた。スコータイへのバス乗り場に向かう途中の交番前にあった。ここも、スピードを出すようなところではなく、立体交差前だから、スピードを落とすような場所なのだ。

こちらはヘルメットに赤いラインが入っているものの、フアランポーンのものと同一のモデルだろう。今まで見かけなかったということは、新しく設置されたものだろうか。それにしても、かなり古ぼけて見える。

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<監視所>K7/DA21

そして、ナコーン・パノムでは人形は見つけられなかったが、こんなものを見つけた。メコン沿いの国道で、空いてさえいれば、100km/hくらいでぶっ飛ばせる場所である。

屋根代わりに警察のヘルメットとは、もしかしてタイ警察って、ものすごくユーモア精神があるのではなかろうか。そうだ。そういうことにしよう。

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2012年9月22日 (土)

メコン大ナマズを食らう、そして…

ナコーン・パノムで泊まった宿は、メコン大ナマズの料理を食べさせるレストランを併設しているとのことで、それも選択肢のひとつであった。

何とも収穫の乏しい町歩きから戻り、当然のようにレストランへ。付属のレストランといっても、いったんホテルを出て少し歩かなくてはいけない。ホテルはナコーン・パノムとムクダーハンを結ぶ国道沿いにあり、そこを通るクルマの客もよく利用するレストランのようだった。

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<まずはビール>GR DIGITAL

客層は完全にタイ人ばかりで、クルマで来ている人たちばかりなので、人数が多く、かなりの数のテーブルである。ここには、ビール会社から派遣されているレースクイーンのような服を着たビール係もいた。それでもなびいてしまうのは安いビアリオである。

バケツに山盛りの氷。これをぎっしりとグラスに入れて、ビールを注ぐ。ビール瓶と氷のバケツはテーブルには置かれず、テーブル脇に専用のワゴンが置かれた。イサーン式とでもいうのか、従業員が目を配っていて、ビールがなくなりそうになると継ぎ足しに来てくれるシステム。すぐに飲みたくなってしまう日本のおじさんはつい自分で注いでしまうのだが、それに気づくとすいませんという顔をしてくれて、こちらもつい恐縮してしまう。タイ南部もこんな感じだった。

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<メコン大ナマズ炒め>GR DIGITAL

さて、料理は何にしようかではなく、最初から「キャットフィッシュが食べたい」と訴えた。炒め物、揚げ物、焼き物などがあり、写真解説入りで説明してくれた。その中から炒め物を選ぶ。大人数相手の店なので、一皿の量が多い。

ナマズの他にはトム・ヤム・カイとご飯。ご飯はともかくスープも鍋でどーんと来た。

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<ナマズ拡大写真>GR DIGITAL

ナマズは皮付きで、皮と身の間に良質のコラーゲンが含まれる。ぷりぷりしている。身は魚のようでもあるが、豚肉といわれても不思議に感じないくらいの食感である。美味いが、量が多く、なおかつ注文の時にスパイシーといってしまったもので、食べている途中から満腹になってしまった。

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<トム・ヤム・カイ>GR DIGITAL

スープもこの状態。トム・ヤム・クンの具を鶏肉に変えたもの。こちらもかなりの唐辛子を使用していて、激辛なのだが、美味かった。満腹なので、なかなか肉にまで手が出せないが、スープ自体は今まで味わったタイのスープの中で一番なのではないかと思うほど美味い。

最後の方は具に手を付けずに、スープばかりを味わっていた。だが、このあたりから腹に異変が起こりだす。あわてて会計を済ませ、部屋に戻る。

結局は腹を下したのである。激辛料理がこんなにも即効で現れるはずもなく、なんだったんだろうと思っていた。結局翌日も症状は改善されずに、朝食以外は絶食し、ほとんど寝ていた。

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<超半熟卵>GR DIGITAL

いろいろ考えて、原因はこれだと推測した。ウドンタニーの朝食では、卵料理を自分で選ぶことができた。前日は小さな鍋で供される目玉焼き。この日の朝はゆで卵にしたのだが、殻を割って食べようとすると、ぐにゃりという感じですぐに黄身が流れ出た。半熟どころではない。

どうしようもなかったので、小皿に入れて、タイの調味料とともにスープのようにして味わったのだが、やはりよく火が通っていなかったらしく、この有様である。それにしても参ったな。体調万全なまま、メコン大ナマズとトム・ヤム・カイを味わってみたかった。特にあのスープは絶品だっただけに。

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2012年9月20日 (木)

メコンのほとりで憩うつもりが…

バーン・チアン遺跡をあきらめナコーン・パノムへ。バスターミナルの窓口できくと、乗り場を教えてくれて、そこでチケットを購入できた。220バーツ。フリーシート。エアコンとトイレの付いたバスだが、飲食サービスがないのでやっぱり2等だった模様。

5時間半かかって、ナコーン・パノムのバスターミナルに到着。ウドンタニーはやはり雨だったが、東進するに従い小やみになってきた。道は複雑ではないのだが、かなり時間がかかる。この間に大きな都市がなく、道ばたというか、どこかの小都市のバス停で20分くらいの休憩と、サコーン・ナコーンのバスターミナルでのトイレ休憩があった。結局昼食は取れない。

バスターミナルはかなり閑散としていた。ウドンタニーではトゥクトゥクのドライバーが客の取り合いをしていたというのに、誰も近づいてこない。ようやく捕まえたトゥクトゥクには、地元のおじさんと乗り合いとなる。とりあえず目指す宿にチェックイン。部屋にはバルコニーがついていて、メコンが眼下に見える。ということはラオスもすぐということだ。

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<メコン>K7/FA50

ともあれ、中心部に出て歩いてみることにする。この宿はWiFiがあり、付属のレストランではメコン大ナマズの料理を出すが、中心部からは500mほど離れている。天気は今ひとつで、雨が降っていないだけまだマシといった程度。

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<遊覧船>K7/DA21

対岸のタケークまでは、外国人旅行者も船で行き来ができたはずだが、今年メコンにかかる3番目の橋が完成した。タイ人とラオス人はまだ船での行き来ができるはずだが、もう外国人はバスで行くしかない。

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<イミグレーション>K7/DA21

そして、タイ人とラオス人専用となってしまったイミグレーションもあるにはあるが、人の出入りがほとんどなく、みんなバスを使うようになっているのか。メコンのほとりの中心部は、このイミグレーションのある通りなのだが、通りの左右に屋台と市場があるくらいで、にぎやかさが感じられない。

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<カイヤーン>K7/DA21

屋台でカイヤーンを2串買って食べた。1本10バーツ。すでに冷めていて、味はまあこんなものか。市場は雑然としていてあまり面白味がなかった。ミネラルウォーターの大ボトルを購入。何しろ、コンビニがこのあたりにはない。1本30バーツと聞いて、やられたと思ったが、釣り銭はむしろ多くて、売り手の少女が英語の数字を話しなれないだけだったらしい。1本20バーツだった。

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<僧侶とメコン>K7/DA21

他にやることもなく、宿に戻る。ナコーン・パノムは、前川健一の「アジアの路上で溜息ひとつ」というエッセイ集の「微笑みの値段」という短編に登場するところで、ちょっと期待していたのだが、さらに前に進むことになりそうだ。しかし、それはアクシデントによって延期となるのだが、この時はわからなかった。

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2012年9月17日 (月)

75バーツ食べ放題

ウドンタニーに到着したのはいいものの、ものすごい雨です。この日はバーン・チアン遺跡に行こうとしていたのですが、アクセスがものすごく悪く、直行のソンテオかバスの途中下車となります。行きは直行ソンテオがあるものの、帰りはなく、最寄りのバス停まではモタサイ(バイクタクシー)か、トゥクトゥクとなるようです。

雨をついてイサーン市場入り口から出るというソンテオを探しましたが、見つけられず、郊外の近郊バスターミナルまで足を伸ばしたものの、これは自分の勘違いでそこからは出ないことがわかり、市内に引き返したのですが、雨はいっこうにやむ気配がなく、遺跡はあきらめました。

…と、まあ、市内観光に切り替えたのですが、ウドンタニーには見るべきものもほとんどなく、駅周辺を歩いたに過ぎません。

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<駅近くのファラン街>K7/DA21

発見というものなんですが、セントラル・プラザから駅の方に歩いていくと、やたらとバーが集まった地区があり、ファランがたむろしておりました。ここにはバーだけではなく、ファラン向けのホテルなどもあります。まったく、こんな何もないところで何してるんだろうか。ここにいるすべてのファランがこれからラオスに行くとか、戻ってきたとかは考えられず、いったい何なのか。

年齢層は高い。カオサンや南の島々では若い同国人たちについて行けずに、米軍基地のあったここに来て、憩いの場としているのだろうか。まあ、あちらも、こっちを見て、「こんなところにジャップが来やがった」とか思っているのではなかろうか。

ともかく、謎ですね。イサーンではほとんど観光客を見かけず、ファランどころか日本人とも遭遇しなかったのですが、ウドンタニーだけは異様にファランが多かったです。

あとは、駅の近くを探索。ナイトマーケットらしきものはありましたが、雨ではまた出向く気が起こりませんでした。セントラル・プラザの次にでかいビルが、駅近くのテスコ・ロータスですかねえ。

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<75バーツビュフェの店>K7/DA21

そんなわけで、この日の観光はいっさいなしでした。そのかわり、ガイドブックに出ていた、ビュフェの店に行きました。店名は不明。店のガラスに75と書いてあり、ここだと判断。もちろん客はタイ人ばかり。システムは、皿に取って、食べて、最後に支払い。至って簡単。

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<1皿め>GR DIGITAL

ご飯(もちろん、うるちのタイ米)、サラダ、野菜炒め、鶏肉、スープなど。イサーンなのに、カイヤーンとかソムタムがないのがちと寂しいか。小皿に入ったものは、茶碗蒸しのようなもの。これだけじゃ満足できん。

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<2皿め>GR DIGITAL

切り分けているため、何がなんだかわからないですね。一応、川魚と野菜です。これまたノット・スパイシー。幾分腹にたまってきたのですが。まだ、ありそうなので、取りに行きます。

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<そうめんのような麺>GR DIGITAL

間違いなく米から作った麺。麺は並べてあり、脇にスープの鍋と具材が並べられていました。米の麺ながら、クイッティオとは違い、軽めな感じ。カノムチーンという麺があることは知っていますが、果たしてこれがそうなのか。麺に使う調味料4種すべて投入。具は揚げた肉とつみれ。まあまあの味です。

これで打ち止め。デザートがあったかどうか。ちょっと思い出せません。飲み物は、別注文ですが、ドリンキングウォーターは無料。

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2012年9月15日 (土)

たどり着いたら大都会

ピッサヌロークからウドンタニーまで、果たしてバスが走っているのだろうかという危惧が当初あった。頼りとなるのは、事前に読んでいた下川裕治の「5万4千円でアジア大横断」(新潮文庫)という本の一節である。

日本橋をバスで出発し、トルコ・ブルガリア国境までの旅。アジアハイウェイとヨーロッパハイウェイをできるだけバスを使うというコンセプトのものである。もちろん海に阻まれる博多-プサン、インチョン-丹東はフェリーを使い、陸路で通り抜けられないミャンマーは除外するというもの。この中で、コーンケンからピッサヌロークまで行くバスというものがあったのだ。

スコータイに出かけたときに、チェンマイ-コーンケンというバスを見かけた。それも複数。ご存じの通り、日本で一番発行数の多いガイドブックには、タイの地方都市間のアクセスがほとんど載っていないが、これでかなり地方都市間が網の目のようなネットワークで結ばれていることがわかった。ならば、ピッサヌロークでもウドンタニー行きはあるだろうし、なかったらコーンケンまで行き、乗り継げばいいと思った。

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<ピッサヌローク-ウドンタニー行き2等エアコンバス>K7/DA21

たいていのバスターミナルには、客の行き先を聞いて窓口に案内する係がいる。たいていは押し出しの強そうなオッサンなので、引いてしまうが、きちんと案内してくれる。バス会社に雇われているのかバスターミナルが雇っているのかよくわからないが、決してチップ強要ということはないので、頼り切っていい。

そうして案内してくれた窓口でウドンタニー行きのチケットを無事購入。ただ、本数が少ないのか、1時間待ちである。そしてやって来たのは外観は綺麗に見えるが、中はオンボロの2等バスであった。エアコンはあるがトイレはない。座席は指定されている。この指定の番号が座席の後ろに油性ペンで書かれているもので、ひとつ後ろに座ってはいけない。ここ、間違いやすく、日本では理解しにくい表示なので注意が必要である。

バスはアジアハイウェイ16号線を東に進む。AHという略称の下に番号が書かれた標識だが、アジアハイウェイを推し進めるのがタイが主導らしく、下川裕治もこの標識をタイ以外では見なかったと記していた。

そのまま進めばコーンケンなのだが、バスは途中から山道に入った。律儀に2時間ごとにトイレ休憩がある。しかし、長時間の休憩はなく、飲食物のサービスはなかった。山道は、ナコーン・タイ、ルーイというルートを通り、6時間50分かかって、ウドンタニー郊外のバスターミナルに到着。途中のルーイのあたりは、かなり涼しく、車内で長袖が役に立った。ルーイはタイでもっとも涼しいところで、乾季には気温が0度近くなるらしい。

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<タイ貢献党のポスター>K7/DA21

バスがウドンタニーに近づくと、赤いポスターが目立ってきた。また、役所関係の建物には、現在の首相、インラックの顔写真がついているものもあった。インラックやタクシンはチェンマイ近郊の出身らしいが、イサーンでもかなりの勢力があるらしい。

そうして到着したウドンタニーだが、宿までが遠く、トゥクトゥクの言い値、100バーツを80バーツまで値切り、元米軍相手だったという宿へ。一応ウドンタニーの中心部なのだが、ちょっと奥まったところにあり、やや不便だった。

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<セントラル・プラザ>K7/DA21

中心部まで歩くと、光り輝くビルがあった。セントラル・プラザといい、今年改装されたものでまだ日が浅いらしい。できたら駅あたりまで行き、そのあたりの食堂でイサーンの食べ物を味わいたかったが、雨が降ってきたので、ここでもいいかと中に入る。

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<キャンペーン中のキャラクター>K7/DA21

入ってすぐのところでは、イベントが行われていて、こんな被り物のキャラもいた。カメラを向けるとVサインである。ちょっと前のタイでは考えられなかったと思うのだが。

ビルの一番上の階はフードコートとレストラン街になっていた。きらびやかな世界である。レストランは異様に日本食が多かった。ちょうどラオスを脱出してきたらしい日本人の2人組がいて、「すっげえ都会に見える」とつぶやいていた。確かに、ここだけはバンコクに引けを取らない。

結局この日の夕食は迷ったあげくに、弥生軒に入り、カツ丼と餃子にした。234バーツとバンコクと変わらない価格。この日のバス代より少し安いだけ。この階には、レストラン富士、八番ラーメン、Hot Potなどがあった。昼食代わりに売店で買った菓子パン2つだけだったから、まあいいことにしよう。

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2012年9月12日 (水)

世界遺産をソンテオで

ピッサヌロークからバスで約1時間。スコータイにやってきた。正確にはスコータイ新市街にあるバスターミナルである。ここから、世界遺産のスコータイ遺跡公園(ムアン・カオ)までは、やはり新市街にあるソンテオ乗り場に移動して、遺跡の入り口まで行き、徒歩かレンタサイクルに頼る必要がある。

バスを降りるとおばさんが近づいてきてクルマをチャーターしないかという。きちんと地図を出してきて、このあたりを回って800バーツというので、言い値で手を打った。スコータイに泊まっているならば、自力で回るのが当然だろうが、スコータイからピッサヌロークまで行く最終のバスが17:00ということもあり、ここは大人の判断でこれに乗ることにしたのだ。

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<ソンテオの荷台、いや客席>K7/DA21

クルマというのは、バスターミナルに乗り入れているソンテオだった。ソンテオに乗るのはかなり久しぶりのことで、チャーターというのは初めてである。ピックアップトラックの荷台に座席を設け、屋根を取り付ける。側面と後方は素通し。しかし側面だけには雨よけのカバーがついている。走っているときには風が吹き抜け意外に快適である。

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<ワット・マハタート>K7/DA15

ソンテオにはドライバーと声をかけてきたおばさんと、その子供らしい幼児が乗っていた。はじめは孫かと思ったくらいだが、あとで写真を見返してみると夫婦とその子供らしい。

貸し切りなのでひとつひとつの遺跡に時間制限がない。あちらも「ここで30分」とかいっさいいわないので、ゆっくりと見ることができた。レンズ交換も頻繁に行える。

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<ワット・スラ・シー>K7/DA15

スコータイ王朝はアユタヤ王朝に吸収される形で消滅した。アユタヤのようにビルマに徹底的に破壊され尽くされたところではないので、アユタヤよりも古い時代のものにもかかわらず、かなりいい状態で建物や仏像が残っている。

はじめに訪れたワット・マハタートがかなり広く、この調子で丹念に見ていくとかなりの時間がかかるだろうと思っていたが、ここ以外はそれほど大規模ではなかった。ひとつの遺跡を見てはクルマに乗り次に向かう。これは、アンコール遺跡の見学方法と一緒である。やはりというか、アンコール遺跡ほどの感動はないものの、アユタヤの無惨な状況よりは、世界遺産としての価値は高いと感じた。

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<ワット・シー・チュム>K7/DA15

訪れた箇所は、ワット・マハタート、ラムカムヘーン大王記念碑、ター・パー・デーン堂、ワット・スラ・シー、ワット・シー・サワイ、ワット・シー・チュム、ワット・プラ・パーイ・ルアン、ワット・チャーン・ロームの8箇所。

中でも、このワット・シー・チュムが気に入った。建物に閉じこめられた仏像。こういうものは、ミャンマーのバガンにもあったと思う。

遺跡の入場料はエリアごとに100バーツかかる。遺跡公園を4つのブロックに区切り、それぞれが100バーツである。この時には、城壁内と北側のブロックを回ったので、チャーター料と合わせて1,000バーツかかったことになる。

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<ソンテオの親子>K7/DA21

かかった時間は3時間ぴったり。バスターミナルで昼食を食べ、ピッサヌロークに戻り、両替をし、SDHCカードを購入。少しはピッサヌロークを歩く時間も残されていた。

残念だったのは、天気が今ひとつだったこと。そして、観光らしい観光はこのあと1週間ほどなかったことか。ま、その間もワタクシ的には面白かったんですけどね。

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2012年9月 9日 (日)

空飛ぶ空芯菜

ピッサヌロークで泊まろうと思ったもう一つの理由は、ナーン川沿いにある「空飛ぶ空芯菜」の店で食事をしようと思ったからである。

ナーン川に沿ったあたりは、毎日ナイトバザールが開かれる。少し早めに行ってみたが、まだ準備中といったところで、再び出直してみたが、店は見つけられず、他の川沿いのレストランで食事をした。

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<川沿いのレストラン>K7/DA21

翌日はスコータイに出向き、また川沿いを探索する。すると、川沿いのナイトバザールが途切れたあたりに、お立ち台のようなものが目に映った。

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<お立ち台>K7/DA21

これは紛れもなく、空飛ぶ空芯菜を受ける台なのではなかろうか。まだちょっと時間は早かったものの、お立ち台のあるすぐ近くの店に入り、夕食とする。もう寂れてしまったような台なので、もしかするとやっていないのかもしれないが、別にかまわない。

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<ビアリオ>GR DIGITAL

席についてビアリオをオーダー。リオというと廉価版ビールの定番みたいな感じがしていたのだが、この店ではビアチャーンの方が安かった。もっとも、タイのビールでシェア1位のビアチャーンにしても、最初は廉価版ビールとして登場したのだが。まあ、安いといっても、5バーツか10バーツくらいの差でしかない。しかし、どこに行っても一番高いのはビアシンだった。

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<この日の夕食>GR DIGITAL

ヤムウンセン、エビフライ、肉のぶっかけメシである。ここのヤムはとびきり辛かった。食べていると団体が到着し、にぎやかな音楽が流れる。

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<パフォーマンス開始>K7/DA21

空芯菜の受け手が台に上がった。それにしても妙な衣装を付けている。もっと近くで撮りたくなったので、料理をあらかた食べて、オカマ風の店員に支払い。240バーツである。やはり安い。

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<投げ上げ>K7/FA50

手持ちのレンズでもっとも望遠側の50mmレンズを取り付け、パフォーマンスの近くに忍び寄る。受け手が妙な衣装を付けているのは、それが客だからである。空芯菜を炒めている鍋が盛大な炎を上げる。

客は次々に衣装を付けて台に上っていく。もちろん失敗も多い。

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<成功>K7/FA50

団体は20人くらいいて、インドあたりからの観光客に思えた。ひとりひとりが挑戦しているようで、一通りパフォーマンスを体験すると引き上げていった。果たして空芯菜を食べたのかまではわからないが。

一応、ビデオを撮れるカメラを持って行ったのですが、カードの残量が気になり、この旅では使いませんでした。その代わりといってはなんですが、YouTubeの動画も貼り付けておきましょう。同じようなパフォーマンスを行う店は、バタヤにもあるようですが、ピッサヌロークの方が派手ですね。飛ばす距離はバタヤに軍配が上がると思いますが。

一応、空芯菜を頼んだだけではパフォーマンスはやらないらしく、「あれをやりたい」といわないとだめなようです。とはいえ、ひとりでは頼みづらいような。この店は、ナイトバザールのはずれ、ナーン川の下流側にあります。看板には「空飛ぶ野菜炒め」と下手な日本語で書いてあるようですが、わたしゃ見落としています。

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2012年9月 5日 (水)

お寺のありがたい水

世界のミネラルウォーターVol.7

忘れた頃にやってくる、ミネラルウォーター話です。なお、この旅の中でも続編がいくつかある予定。

ゲストハウスで荷物整理のあと、ピッサヌロークを軽く散歩。翌日に向かう予定のスコータイに行くバス停を確認しておく必要があったからだ。宿からは少し離れていたが、その場所はわかった。

そしてガイドブックを開くと、近くにタイでもっとも美しいといわれる仏像のある、ワット・プラ・シー・ラタナー・マハタートという寺院があることがわかったので、そこまで足を伸ばす。

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<ワット・プラ・シー・ラタナー・マハタート>K7/DA21

ピッサヌロークはタイでは中規模な都市だと思うが、繁華街と思われる駅の周辺でもそんなに人で賑わっているわけではない。バンコクから来ると、なんて退屈な町なんだろうと思ってしまうのだが、寺の敷地に入ると、どこにこれだけの人がいたのかと思うような賑わいである。

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<チンナラート仏>K7/DA21

これがタイでもっとも美しい仏像。この本堂にはたくさんの善男善女が跪いている。確かに美しい。色こそ違うが、ワット・プラケーオみたいなものだろうか。いや、ピッサヌロークは今でこそタイの一部だが、その昔はランナー・タイ王朝やスコータイ、ビルマと現在のチャクリー王朝とは一線を画していた地域である。この寺院もアユタヤ王朝時代の1357年の建立である。

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<回廊の仏像群>K7/DA21

規模こそ違うが、こんな寺がバンコクにあったら確実に入場料を取られるだろうなと思った。地方は気楽でいい。

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<遺跡の仏像>K7/DA21

寺院の背後には、こんなものがあり、遺跡公園風になっていた。よくわからないが、スコータイ時代のものではなかろうか。…と、観光気分に浸っていたが、ここまで歩いてきたのには、スコータイに行くバス停探しの他に、水を購入するという目的もあったことを思い出した。バンコクと違って、ピッサヌロークではなかなかコンビニが見つからないのである。

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<パンプラシーという水>GR DIGITAL

境内の一部がミニ市場のようになっていて、取ってきたばかりの野菜やプラ・クルアン、布などが雑然と並んでいた。そこにある売店で、冷蔵庫に入っていた水を自分で選び購入した。10バーツとコンビニ価格よりも少し高い。

宿に戻って、ボトルを調べてみると、英語表記もあって、Pamphrasiと読めた。さらには、製造所の名前もあって、なんと、先ほどのワット・プラ・シー・ラタナー・マハタートで作っていることがわかった。あそこに源泉のようなものはなかったと思うが、まあありがたい水ということにしておこうか。

近くに、チャオプラヤー川の上流部に当たる、ナーン川というものが流れていたが、まさかそこで汲み上げたものではないだろうけど。ちなみに、ピッサヌロークの数少ないコンビニには置いていなかったと思う。また、宿では、あの蒸留水のような半透明のプラスチックボトルに入った、ドリンキングウォーターが配られていた。今でもやっぱりあるんだな。

ありがたい水の味は至って普通だった。とはいえ、コンビニでは7バーツでまともなミネラルウォーターが買えるから、またあの寺まで出向いて購入することはないなと思った。旅の最後の方では、6バーツという水も見つけられたが。

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2012年9月 2日 (日)

ディーゼル特急でピッサヌローク

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<チェンマイ行きディーゼル特急>K7/DA21

タイ国有鉄道は、略称SRT。総延長4,041kmは、東南アジア最大規模とのこと。これまで、SRTに乗った区間はどれも短距離で、今回のように6時間近く乗るということは初めてである。

ちなみに、バンコクからアユタヤまでバスで50バーツ、ロットゥで60バーツ、なんとSRTの3等ではたったの15バーツである。つまりは激安なのだが、時間が読めないことから、旅行者としてはやはり確実なバスになびくであろう。

ちなみに、ピッサヌロークまではVIPバスで431バーツ、1等277バーツである。ところが、自分の乗るこの列車は449バーツかかるという逆転現象が起きるのだ。まあそれは、この列車がSP. DRCと表記された特別な列車だからである。

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<洗車作業、ちなみに前日撮影>K7/DA21

SRTは、すべての路線が非電化である。たいていは無骨なディーゼル機関車が古ぼけた客車を引っ張る形式だが、このディーゼル特急はエアコンの効きもよく、タイでもっとも速い列車だという。事実、これから乗るチェンマイまでの北本線には、3往復しかなく、東北線も1往復、南本線も2往復という具合である。

ちなみに、すべて座席のオール2等なのだが、出発前にこんな洗車作業をやるくらいだから、SRTとしても、もっとも力を入れている列車だということがわかる。ちなみに、上の画像は前日にチケットを購入する前に撮影したもの。やはり北本線だが、チェンマイまで行かないもの。

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<車内>K7/DA21

遅れることが当たり前のようになっているSRTだが、始発のフアランポーンでは比較的正確か。8:30の始発に間に合うために、1時間と余裕を持って宿を出てきた。ホームに入りしばらくすると、タイの国歌が流れた。毎日朝8時と夕方6時にはテレビと人の集まる主だったところではこれが流れて、だいたいの人は直立姿勢を取る。もちろん立たない外国人もタイ人もいるが。

しかし、まだ入線はしてなくて、15分くらい前に入ってきた。これで晴れて乗車できるが、外では洗車作業をやっている。窓は開閉できないが、デッキとドアは開いているので水を浴びてしまう人もいるかも。

車両と座席はチケットに英文でも表記されているのですぐにわかった。ビニール張りのシートで、リクライニングができるが、VIPバスと比べるといかにもくたびれている感じがする。インドネシアのノンエアコンのビジネス(ちなみに上から2番目)にエアコンを付けたような感じである。

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<検札>K7/DA21

理由はわからないが、のっけから30分の遅れである。まあ、これくらいは遅れのうちに入らないか。そして、検札が始まる。事前にこの列車のことを知っていたのは、タイ賛美者が書いた「タイ旅の雑学ノート」という本を読んでいたからだ。エアコンもかなり効くとあったので、長袖の薄手のトレーナーを用意してある。はじめのうちはかなり効いていたものの、途中から明らかに効きが悪くなった。しかし、このトレーナーは移動の時にはかなり役に立った。やはり、タイのエアコンは半端ではないのである。

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<アテンダント>GR DIGITAL

また、この列車には車掌の他にも女性のアテンダントが乗り込んでいる。これもまた上記の本で知っていた。「チケットを見せると笑顔で座席まで案内してくれる」とあるが、それはなかったな。ともかく、飲み物を配りだした。食事サービスがあるというのも事実らしい。でもまだ朝だし。

と思っていると、自分の席に来てタイ語で聞かれてしまった。コーヒーをもらう。

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<おやつ>GR DIGITAL

まるで飛行機のようだが、使い回しのプラスチックコップというところが、SRTなのである。きちんと砂糖とクリーム付き。まあインスタントだろうけど。同時に配られたのが、紫色のスポンジケーキと月餅であった。飲み物は他に水とコーラ、オレンジジュースがあったが、アルコール類はない。LCCよりはいいんじゃないすか。これも前の座席の背もたれにテーブルがセットしてある。

ちなみに、男性のアテンダントもいて、こちらは清掃などを行っていた。列車の編成は短く、4両くらいだったか。ひとり2両分くらいを担当するようである。

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<激辛カレー>GR DIGITAL

ちょうど昼頃、食事が配られる。デザートはまさに水ようかんである。まるでホカ弁のようなパッケージ。まったく簡素なもので、これらで追加料金が取られているとしても、何となくホスピタリティが嬉しい。たぶん、先ほどのおやつとこの食事を合わせても、100バーツはしないだろうが。

さて、車内ホカ弁であるが、ケーンというよりはまさにカレーである。しかもこれが飛び抜けて辛い。これが目に入ったら、すさまじいことになる。高級料理店のような辛味と酸味のハーモニーなどということはなく、ひたすら辛い。かなりの唐辛子が入っていることだろう。おかずは、カレーとカーオ・スアイ(うるちのタイ米)の上に乗ったハンバーグ状の肉くらいなのだが、これで十分なくらい辛かった。だが、辛さに慣れておくのはよいことだ。幸い咳き込むような不作法なことはなく、デザートも合わせてすべて頂いた。

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<ピッサヌローク駅>K7/DA21

列車は30分の遅れをキープしたまま、ピッサヌロークに到着した。14:45。

ついでに書いておくと、トイレはかなり綺麗だった。車両の入り口付近になんと自動ドアがあり、このデッキ寄りに通路を挟んで2つトイレがある。自分の入った方は洋式であった。水もきちんと流れるし、なんと紙も流せる。もう一つの方はタイ式なのかもしれないが、確認はしていない。

また、車両の間のデッキには幌はなく、車両を行き来するのはかなり危険である。物売りは乗り込んで来ないので、水分ともしもの食べ物はあった方がいいかも。荷棚は成田エクスプレスみたいなものはなく、すべて座席の上に収納するが、重量約10kgのバックパックも収まった。

列車のスピードは、果たしてどのくらい出ているものか。何しろ、軌道の間が1mちょうどのメーターゲージなので、100km/hは出ていないように感じた。今手元で計算したら、平均速度は70km/h弱といったところであった。また、単線なので途中駅での待ち時間もかなりある。保線の状態もよくないので、乗り心地もかなり揺れがある。速度でインドの鉄道といい勝負。快適さではインドの方に軍配が上がるか。もちろん、優等列車のまともな席での比較である。タイの三等席とインドの二等座席(どちらもフリーシート、最低価格)を比べたら、タイの方がいいと思いますが。

ピッサヌロークからはスコータイに行ってしまうという手もあったが、いささか疲れたので、そのまま目当てのゲストハウスに直行した。意外にも外国人旅行者、いわゆるファランがかなりいた。

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2012年9月 1日 (土)

フカヒレスープ、300バーツ

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<7月22日ロータリー>K7/DA21

フアランポーン駅を出て、運河沿いに歩いた。運河を渡るとそこはチャイナタウン。できたら、楽宮旅社跡や北京飯店の脇を通ってここに到達したかったのだが。ちなみに、バンコクではほとんどガイドブックの地図を開くことなく、歩いているのであまりに過信しすぎるとこうなってしまいます。

北京飯店がつぶれないうちに、メシを食っておきたいのですが、kimcafeさんやスクムビットさんにお任せしましょうか。

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<フカヒレレストラン>K7/DA21

チャイナタウンにやってきた目的は、フカヒレスープを食べること。フカヒレスープは誰かの結婚式とか香港で食べた記憶があるのだが、バンコクではまだないのである。しかも、鯨はいけない、クロマグロもいけない、ましてや鮫のヒレだけを切り落として食材にするなんてとんでもないという言い分の、国があるものだから、何でもありのバンコクでも、いつの日かフカヒレスープが消滅してしまうおそれもあるから、今のうちに味わっておこうというのが狙い。

といって、フカヒレの名店などを狙っていくのではなく、見つけたら入ろうという適当さである。チャイナタウンをさまよっているうちに、葬儀屋や果物の屋台、薬屋など面白い被写体がどんどん現れてくるものの、フカヒレの店はなかなか出現しなかった。ようやく見つけたのが看板のところ。

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<大鍋のフカヒレスープ>GR DIGITAL

店はエアコンの効いた室内と外の熱気にさらされたよく言えば「テラス席」があったが、熱気のこもるバンコクではもちろん室内を選ぶ。客は自分ひとり。さらには、フカヒレスープには松竹梅だったか、上と並だったかがあり、もちろん最低価格の300バーツのやつを注文。

直径20cmくらいの土鍋が運ばれる。もちろん中はぐつぐつに煮立っている。さらには、パクチーやネギののった皿も添えられる。ご飯は付かなかった。上の画像のお茶は無料。氷が入り、冷やしてあるがただの緑茶ではなく、甘かった。しかし、これが意外に美味い。

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<野菜投入後>GR DIGITAL

スープを小さな椀に取り分ける。熱々でかなりのとろみ。身体の芯から温まってくると同時に汗が噴き出す。まあ、エアコンが効いているのであまり気にならないが。スープには、フカヒレとシイタケのようなキノコが入っていた。フカヒレは、やはり等級が劣るのか、所々欠けているような部分もあったが、味はいかほどのものだろうか。よくわからない。決してまずくはないのだが、こんなもんだろうか。

客がひとり増えた。入り口に近い席でやはりフカヒレを味わっている。しかもご飯付きだ。フカヒレも、どことなく自分のよりも高いもののような気がする…と、思っていたら、どうもこの店の主人のようだった。

大鍋に、パクチー、ネギ、もやしを投入する。熱々のスープだから、すでに10分経過していても、決して冷めることなく、すぐに出汁が取れる。明らかに、パクチーの香りがスープに移ったことがわかる。

ひたすらに、レンゲを動かし、大鍋のスープと野菜類はすべて摂取した。汗はまたかいたが、身体に元気がみなぎってきたような気もする。さあ、これからどこに行こうか。

…と思ったのですが、チャイナタウンをさまよったあげく、場所がよくわからなくなり、大通りに出てようやく、ラーチャウォンの船着き場の方向がわかりました。結局この日はそのまま、ボートとBTSで宿に戻り、お休みとなりました。

フカヒレスープ、数名で来てちょっといいのを頼み、同時に別のおかずも取るというのが正しいスタイルでしょうね。ひとりなら、300バーツので十分。ただ、300バーツのを数名でシェアするというのは、あまり勧められないな。

ツバメの巣もあったようですが、これはまた別の機会に。

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