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2013年10月19日 (土)

バトゥ・フェリンギに行ってきた

深夜特急の足跡を追うVol.9

今回の探索は、バトゥ・フェリンギへと足を伸ばしました。「劇的紀行・深夜特急」では、いったん同楽旅社に泊まるものの、その後バトゥ・フェリンギに移り、アーベン・ゲストハウスに泊まるのです。

この下りはドラマでは省略されているのですが、DVDでは明らかになっています。同楽旅社である商売に誘われそうになった大沢たかおが、階下のバーに行くとそのときの女性にビールを奢られ、「お金がないなら、海に行けばいい。海はただだから」といわれて、行くことになったのです。

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<市バス>K7/DA16-50

ということで、ワタクシもコムタに行き、バトゥ・フェリンギ方面のバスに乗り込みました。正確にはコムタではなく、隣接する建物にあるターミナルです。料金前払いで、運転手に支払います。これがなんと、お釣りが出ないんです。料金2.7リンギットですが、小銭がなく、3.0リンギット泣く泣く支払いました。

おまけに激混みです。たまたまラマダン開けに当たってしまい、ペナンの人々もお出かけするようです。ガーニー・ドライブ、タンジュン・ブンガとバスはすすみ、ようやく空席が出て座ることができました。所要時間は1時間くらい。けっこう乗りでがあります。

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<ゲストハウス街>K7/DA16-50

バトゥ・フェリンギに到着。バス道を歩きます。すると、「ビーチはこっちだよ」という鮮やかな日本語が浴びせられます。見るからにマレー系の男性です。ビーチボーイでしょうか。

これから向かうのは、アーベン・ゲストハウスのあったあたりなので、そのまま歩きます。「あった」というのは、すでに存在しないのです。それはわかっていたのですが、やはり訪ねてみたかった。アーベン・ゲストハウスはちょっと前になくなりました。区画整理のためらしいです。でも、ゲストハウスを再開するという話もあります。

大沢たかおはこの道を通り、アーベン・ゲストハウスに入っていったのですね。

ないことは了解済みで訪れたのですが、せめて、映像に映っているところくらいあるだろうといろいろ探し回りました。バトゥ・フェリンギで初めて食事をするNew Golden Phoenixという、巨大なフードコートも見つかりません。フードコートはあったのですが、名前が変わったようで、午前中からは営業してなく、確かめようがありませんでした。

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<ペナンの藤竜也と食事したレストランかどうか>K7/DA16-50

アーベン・ゲストハウスのオーナーと息子が日本語を話す設定です。とはいえ、オーナー役は日本人の俳優、三田村周三、息子役はマレー人のビーチボーイでしょう。その息子、ペナンの藤竜也ことケンちゃんと食事をしたと思われるレストランが、バス道に面したところにありました。たぶんあっていると思いますが、確証はなし。

結局残っているのはビーチだけなんですね。

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<棕櫚のパラソル>K7/DA16-50

こんなパラソルがいくつもあるのかと思ったら、2つくらいしかありませんでした。この下で、大沢たかおや「ビーチボーイに遊ばれた女」そめやゆきこが演技していたと思われます。

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<パラセイル>K7/DA16-50

一応売りはマリンスポーツの盛んなビーチですが、客は閑散としています。2004年のスマトラ島沖地震により、バトゥ・フェリンギも被害にあったようですが、同じく被害を受けたプーケットなどはその数倍も客がいました。

とはいえ、あまり浮き足立っていないビーチに見えました。けっこう静かな感じで、人もあまりいないので、ゆっくり滞在するにはいいかもしれません。

今回のレポは足跡を追うまで行きませんでした。ただ、何となく跡をたどった感じ。もう数年前に来ていれば…。

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<おまけ>K7/DA16-50

これはおまけですが、極楽寺です。

 昼から極楽寺というマレーシア最大の仏教寺院を見物に行き、タイの寺院とよく似た漫画的な色彩にがっかりしながら帰ってくると、宿の前庭でバーから出てきた二人の日本人にばったり出喰わした
(沢木耕太郎「深夜特急」より引用)

という下りがあります。宿の女性たちとペナンヒルにピクニックに行ったりもしていたようですが、蛇寺などには出向かなかったようです。

そうそう、バトゥ・フェリンギの帰りも来たとき以上にバスが混んでいましたが、その中に日本人女性の二人組がいて、まわりの地元民にどこかへの行き方をきいていたのですが、「なら、そこにいる日本人(ワタクシ)にきいてみなよ」といわれ、ばれてしまいました。

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コメント

バトゥフェリンギ、ついにいらっしゃいましたね。自分が行ったのは2001年末でした。バタワースに早朝に着き、すぐに船でペナンに渡り、タクシー乗り場の向かい側からバスでバトゥフェリンギに向かいました。当時はオンボロバスでしたよ。2泊しましたが、アーベンではなく、シャリニスに泊まりました。宿についてもまだ7時でした。その周辺にはゲストハウスが数軒あったので、近くでしょう。そのころにヒョウちゃんの趣味を知っていれば見に行ったと思いますが。

ビーチは緑が多くて、夕日がとてもきれいでした。上のビーチの写真で、向こうに見える岬のような部分の景色はよくおぼえていますよ。2日間とも、午前中は近くを観光してバタフライファームとか行きました。午後は2日ともビーチでのんびりしていましたね。いまは、限られた時間のなかで忙しいたびをするので、なかなか2日間、ビーチですごすことができないですね。

投稿: とんび | 2013年10月20日 (日) 09時00分

とんびさん、こんにちは。
ラマダンあけでしてね。バトゥ・フェリンギで食事して帰ろうと思っていたのですが、マクドナルドとかはあったのですけど、ほとんどのレストランが休業状態でした。
もうちょっと気づくのが早かったら、かろうじてやっていたレストランでにでも入ったのですが。
アーベン・ゲストハウスがあった頃のガイドブックでは、シャリニス・ゲストハウスは5軒並んだゲストハウスの中にありますね。
その中の一番西側にあるのがアーベン・ゲストハウスです。

投稿: ヒョウちゃん | 2013年10月20日 (日) 13時33分

おはようございます

バスの中で
その日本人お二人より質問受けたんでしょうか?

投稿: trintrin | 2013年10月21日 (月) 08時06分

trintrinさん、こんにちは。
「すいませんが、日本の方ですか?」
ときかれ、そのあと、セント・ジョージ教会への行き方をたずねられました。
ジモティー(死語)に指摘されるまでは、同胞とは思わなかったようです。
まったく、アーベン・ゲストハウスのオーナーじゃないっちゅうに。
きくなら、「日本人ナ?」とでもきいて欲しかった。

投稿: ヒョウちゃん | 2013年10月21日 (月) 21時40分

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