恐ろしくない九龍城
その昔、九龍城ときけば泣く子も黙る恐ろしいところでした。今は取り壊されて跡形もありませんが。
<北角フェリーターミナル待合室>K-7/DA21mm
ということで、九龍城に向かいます。北角からファーストフェリー(新世界第一渡輪)の路線があります。以前ファーストフェリーはホバークラフトやジェットフォイルではないごく普通のフェリーで尖沙咀-マカオという路線を持っていました。今は路線は残っていますが、運行会社はターボジェットになりました。あのけっこう大きなフェリーはどこに行ったのでしょうか。
てなことでここの路線は200人も乗れば超満員というフェリーです。スターフェリーの半分以下ですね。
<対岸>K-7/DA21mm
わずか1分ほどの航海です。到着するのは「九龍城」となっていますが、住所はまったく違います。ここからはガイドブックも地図が掲載されていないので、スマホのマップが頼りです。
<通称難民アパート>K-7/DA21mm
こういうところを通っていきます。なんのことはない集合住宅ですが、第二次大戦後の香港でたくさん建てられたような団地ですね。2DKとか3DKとかの造りじゃなくて、一番最初は内部ががらんどうだったそうです。そこを仕切って大家族で住むのだそうで。あるいは、親類数家族が住むとかですね。
風呂もトイレもなくて、こういうところにはシャワーあるいは浴室を備えた公衆トイレがあって、そこを使ったとか。ちなみに今でもその手の公衆トイレはあります。シャワー以外は無料です。
この日は天気がいまいちで、まったく洗濯物が干してありませんが、天気のいい日は洗濯物がたくさん出て、かつての香港の雰囲気を感じることができたでしょう。
ああ、でもまだまだ着きません。30分くらいは歩くことを覚悟しましょう。
ま、到着した九龍城なんですが、まったく恐ろしげな雰囲気はなく、ただのローカルタウンでした。なので写真は割愛します。
九龍城、それは香港が南京条約でイギリスに割譲されたあと、さらにイギリスは新界を99年租借しました。つまり今の香港と同じ領土がイギリスの植民地となったのですが、このエリアに清の飛び地ができたのです。これが九龍城です。
ここには清の軍隊や役人がいたのですが、辛亥革命で清が倒れ、中華民国となった後、イギリス軍が軍隊や役人を追い払いました。しかし、九龍城だけはイギリス軍も香港警察も手を出せない不管理地帯となったのですね。
こういうところに、中国から逃れてきたギャングや流民が住み着き、とんでもないことになったとのことです。しかし、イギリスが香港返還を決定したあと、1987年に城塞を取り壊し、住民は強制的に排除されました。その後の再開発を経て現在に至ります。
<亀ゼリー>GR DIGITAL
果てしなくローカルタウンで、何をしていいかわかりません。でも、街中に恭和堂という店があり、亀の甲羅を掲げてあります。
つまり亀ゼリーを扱うチェーン店のようなものです。ここで食べていきましょう。画像は蜜をかけた状態ですが、かけずに味わうとかなり苦いです。
<けっこうでかい>GR DIGITAL
デザートとしてもかなりの量があります。蜜をかけるとマイルドになり、食べやすくなりますが、美味しすぎてまた食べたくなるということはありません。
まあ、身体にいいということなので、月に1度くらい味わえばいいのでは。料金は38HKDでした。麺の値段と一緒くらいですね。
<メニュー>GR DIGITAL
亀ゼリー以外に身体によさそうなお茶が書かれたお品書きです。けっこう高いです。
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