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2019年4月21日 (日)

バンプリー百年市場へのアクセス方法

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<スクムウィットSoi107>EM10/ED14-42mm

バンコク4日目。バンコク近郊にある百年市場(タラート・ロイ・ピー)か水上マーケット(タラート・ナーム)に行くつもりでした。

候補はいくつかあったんですが、バンプリーの百年市場に行くことにしました。理由として、2014年に訪れた後、火災にあってしまい、その後の状況がどうなっているかを確かめたかったからです。もうひとつは、行き方にいくつかのパターンがあるからですね。初めて行ったときは途中のバス停を降りるのをミスってしまい、モタサイやタクシー利用となりました。

ということで、BTSスクムウィット線のベーリンまで行きます。ベーリンで降りてスクムウィット通りを進み、Soi113を目指します。

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<インペリアルワールド>EM10/ED14-42mm

結構歩きます。10分くらいでしょうか。ようやくインペリアルワールドの建物が見えてきました。個々の向かいにあるソイがSoi113です。

この辺りまで来ると、すでにバンコクではなくなります。

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<ソンテウ>EM10/ED14-42mm

Soi113はかなり雑然とした通りで、入口から入って200メートルくらいのところにソンテウがいるはずです。モタサイドライバーの待機場所の手前ですね。乗るのは白いソンテウです。頻発はしていないようですので、いなかったら気長に待ちましょう。

乗るのは1時間程度でしょうか。途中までは8バーツですが、ある所から値段が上がり10バーツになります。助手席の料金徴収係が回ってきますのでその時に支払います。

ということでBTS料金プラス10バーツで到着です。ほとんど終点みたいで、客はワット・バンプリー・ヤイナイに全員吸い込まれていきました。タイで一番インスタ映えするトイレが有名です。

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<1バーツの船の橋>EM10/ED40-150mm

戻りは同じ方法でもいいのですが、別のルートを試しました。バンプリーのBIG C側に出ます。それには通行料1バーツのこんな橋を渡るか、それが嫌なら別の橋でBIG Cに出ます。

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<ツートンカラーのソンテウ>EM10/ED14-42mm

BIG C正面の駐車場を横切り、BIG C前の通りに待機している水色と白のツートンカラーのソンテウに乗り、テスコロータス(終点)まで乗ります。料金8バーツです。ただし、テスコロータスは名称が変わり、スワンナプーム・マーケットヴィレッジになっていました。

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<スワンナプーム・マーケットヴィレッジ>PowerShot

ここでバス132番に乗り換え、BTSウドムスックへ。でも、バスはなかなか来ませんでした。

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<バス132番>EM10/ED14-42mm

バス料金は11バーツ。ということはBTS料金プラス19バーツということになります。バンコクの中心あたりからだとベーリンもウドムスックも同じ料金になります。自分の場合、サラデーンからだと59バーツでした。

ベーリン経由のほうが楽そうです。乗り換え回数も少ないですし。

<追記>
OLYMPUS OM-D E-M10のレンズ表記ですが、M.Zuikoより、EDに変更しました。ま、今後オリンパスのレンズが増えることはないと思いますが、アダプターなしで装着できるオリンパス製のレンズはすべてマイクロフォーサーズのM.Zuiko Digitalです。あとはLumixのレンズとかED表記のないレンズとなります。その場合はまた改めてLumixとか、数字だけで表記いたします。

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コメント

久しぶりにコメントすることができたので再度!

以前の勤務先はこの近くでした。
自宅から片道40キロ。朝夕の通勤帰宅時間帯は渋滞が酷く、
よく通ったもんだと思いますね。帰宅するのに最長4時間って
こともありました。(笑)

投稿: Naozo | 2019年4月21日 (日) 15時55分

Naozoさん、またどうもです。
40キロですか。
ま、現在の自分もそのくらいの距離を通勤してます。
運河ボートとバスですかね。
最長4時間、それは忍耐そのもの。
ちなみに自分も往復4時間近くかかります。

投稿: ヒョウちゃん | 2019年4月21日 (日) 18時42分

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