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2019年7月31日 (水)

行ってきます

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<KLチャイナタウン>K-7/DA16-50mm

あまり時間もないので予約の記事です。

順調にいけば、クアラルンプールには夜10時頃には到着しています。香港で結構時間待ちするんですよね。

そして、バンコク到着は18日の予定。

宿の予約を入れているのはクアラルンプール、ジョージタウン、アロースター、ソンクラーとバンコクのみです。南インド以来、現地での宿探しはしていなかったんですが、たぶん大丈夫ということで。

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<プラクルアン売り>K-7/DA16-50mm

基本、毎日報告はさせていただくことにします。途中途切れることもあるかもしれませんが、最低訪問地では1回は報告しますね。今回、どうしてもここだけは訪問しなくてはというような差し迫った旅ではありませんので、時間はたっぷりあるかと。

持参のカメラは雨季でもあるので、防水・防滴仕様のPENTAX KPがメインですね。今回も単焦点レンズではなく、DA18-50mmズームとDA50-200mmズームの2本ですね。短いほうのズームには付属のフードを外し、折り畳み式のフードをつけ、保護フィルターも付けました。それで何が変わるのかというと、画像上ではわからないでしょう。ま、撮る側のこだわりみたいなものです。

早くも訂正です。折り畳み式フード、近い距離で画面にケラレが出ましたので、装着せず、保護フィルターのみで勝負します。

それと、メシ・スナップ・たまにビデオ用のPowerShotですね。

新兵器みたいなものは特にないんですけどね。ユニクロとダイソーでちょっとしたものは仕入れました。準備はこれからです。

それから、ワタクシ個人に私用の連絡を取りたい場合、iPhone用のアドレスにメールしてください。わからない場合はヤムの会幹部の誰かに連絡してもらえると、アドレスがわかるかもしれません。

それでは、この続きはマレーシアとタイでしようぜ!

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2019年7月29日 (月)

キャセイパシフィック航空

かすてら音楽夜話Vol.65

次の旅も徐々に迫ってまいりました。

もう旅程も発表しちゃいましたし、ついでなんで航空会社も発表しましょうか。キャセイパシフィック航空となります。

キャセイは意外と使っています。初めて利用したのは1998年のことで、ネパールに行くのに、香港までキャセイになりました。この時はまだまだ旅の手配に慣れていませんで、フロンティア旅行、秘境旅行、特殊旅行専門の神田にある某旅行社に依頼しました。Luntaさん、お馴染みのあそこです。

香港からは当時のロイヤルネパール航空(現ネパール航空)乗り継ぎです。で、香港まではJALとキャセイどちらにしますかと問われ、まだ乗ったことのないキャセイにしたんです。キャセイはまだ日本の航空会社には導入されていなかったボーイング777型機を使用していて、新鮮な気分でしたね。

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<キャセイの翼>K-7/DA16-50mm

それからたまに使っています。香港-フィウミチーノ(ローマ)、シャルルドゴール(パリ)-香港、香港-デンパサール往復、香港-クアラルンプール、スワンナプーム-香港などなど。

成田から香港経由でスワンナプーム往復も2回ほど。このルートで一番効率のいい便に乗ると、香港での乗り継ぎが1時間切っている場合が多いです。それでも、香港到着時にバンコク行きの乗客は優先的に出ることができて、キャセイの係員の誘導で素早く乗り継ぐことができるんです。預けた荷物もきっちり出てきます。かなり早朝の便ですが、夕方にはバンコクに着き、おいしいタイ料理の夕食を味わうことが可能ですね。夏だったら日も暮れてませんよ。

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<香港国際空港>K-7/DA16-50mm

結構わかりやすい空港です。とはいえ、ターミナルは3つくらいあるのかな。それこそゲートは100以上ありますね。空港内の飲食店はさすがに香港の味なんですが、いかんせん物価が高いです。

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<雲吞麺>GR DIGITAL

いくらか忘れてしまいましたが、1000円程度するような。ま、街に出ればその半分程度で済むと思いますが。

ちょっと最近はキャセイとご無沙汰だったんですが、一番最後に乗った2015年にはキャセイなのに香港人ではない人民共和国の中国人が多数、乗っていることに気づきました。なんでわざわざと思いますが、この頃、キャセイドラゴン航空(旧香港ドラゴン航空)を傘下に加えたんですね。

キャセイは中国本土に飛んでないのですが、この子会社が中国本土に路線を多数持っていたんです。で、同じアライアンスですから、ちょっとした小金持ちが中国のエアラインではなく、キャセイを使うかという流れになってきたようです。

ちなみにワタクシも香港-クアラルンプールはキャセイドラゴン利用です。

ところで、キャセイパシフィック航空にはテーマ音楽があることをご存じでしょうか。

 

多分聴いたことがあるのでは。Barry White & Love Unlimited Orchestraで「Love's Theme(邦題・愛のテーマ)」でございました。

この曲インストゥルメンタルなんですが、なんとビルボード週間シングルチャートで1位を記録しています。たったの1週でしたが。そのほか自らが歌った「Can't Get Enough Of Your Love, Babe」でも1位を獲得しています(1週のみ)。

「愛のテーマ」なんて、紀行番組でやたらとつかわれてますよね。1位がたった2回だけでも、印税収入すごいでしょうね。今でもどこかで流れているからなぁ。でも、バリー・ホワイトは2003年に腎臓障害でお亡くなりになっています。

さて、昨日、e-ticket、列車のチケット、宿の予約確認書などをようやく印刷しました。一時なぜかプリンターが作動しなくなりましたが、これはちょっと前に交換した無線LANが原因で、前のやつに換えたら認識してくれました。WiFiで印刷できていいんですが、USB接続でいつもできたほうがいいですね。今度手に入れてきましょう。

さて、出発まであと数日。記事は毎日は書かないと思いますが、あといくつかは上げる予定です。

 

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2019年7月27日 (土)

揺れるイギリス

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<シャーロック・ホームズ像>K-7/DA16-50mm

イギリスが揺れています。EU離脱。ま、我々にはどうでもいいことなんですが。こういうことでイギリス・EUともに共倒れでスターリングポンドやユーロの下落でもあれば、旅行で出向くなんて気が起こるかもしれませんけど。

もともとはキャメロン政権の下で「EU離脱についての国民投票」を実施し、離脱に賛成が上回ってこういう事態になりました。この結果、キャメロンは首相の座をメイに譲ることになります。ここからが泥沼。離脱に関する合意がEUとの間にまとまらず、メイも辞任し、現在のジョンソンへと首相は交代ですね。

EU離脱以前にもスコットランド独立に関する国民投票を実施しています。独立反対が上回り、イギリスは面目を保ちましたが。スコットランド沖の北海には油田があり、ここはどうしても手放せないでしょうね。

この国民投票も過半数で成立したもので、圧倒的な世論というわけではなかったようです。つまりは国がひとつにまとまっていないということでしょうか。

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<マシューストリート>K-7/DA16-50mm

歴史的な建造物は当然多い国です。2000年に訪れたロンドンとリバプールは不景気の真っ最中みたいな感じでした。街中は全然活気がなく、インフラなども日本に比べて遅れているような感じでした。

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<グレイビーソースの味しかしないパイ>GR DIGITAL

2014年は再びロンドンとリバプールの同じようなところを訪れましたが、景気は回復していたようで、まさに物価高を感じました。街はやや活気が出てきたような感じでしたが、長居する国じゃないなと思いましたね。

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<ホースガーズ>K-7/DA16-50mm

伝統はかなりかたくなに守られています。よくわからない習慣も結構あります。

そう、イギリスは大陸とつながっていないんですよね。空路は別にして、他国とはフェリーと海底トンネルを通る鉄道とで結ばれています。それらを利用すれば、アイルランド、オランダ、ベルギー、フランスなどに渡ることができます。

EUを離脱すると、それらのイミグレーションの手続きはどうなってしまうんでしょうかね。2014年の旅ではカレーとドーバーの間をフェリーで渡りました。EU内の移動であれば普通制限はないはずですが、イギリスでは入国スタンプのほかに簡単な質問があります。条件を満たしていないと、入国が認められませんが。

フェリーではカレーにEUの出国ポイントがあり、そのすぐあとにイギリスの入国チェックがありました。出るのはあまりチェックしないが、入国時のチェックはさらに厳しくなりますかね。ま、空路ならば問題ないでしょうが。

その先のアイルランドは昔から行ってみたいところでした。小さい国は割と好きなんで。でも、行くとなると、直接空路ではなく、イギリスと絡める気がします。その日は来るのかどうか。

ともかく、現在のイギリスは状況をちょっと見守る必要があるでしょうね。

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2019年7月26日 (金)

ホリプロとハマショー

かすてら音楽夜話Vol.64

音楽話が止まりません。ま、これはナベプロの話にインスパイアされたもので、こういうものは忘れないうちにどんどん書いていくのがいいでしょう。

ナベプロに対抗するホリプロ。ニューミュージック系が強いなんて書きましたが、当初所属していたザ・スパイダースは独立しリーダーの田辺氏の起こした田辺エージェンシー所属となりました。ですが、井上陽水、RCサクセション、浜田省吾などが所属していました。ま、今は誰も所属していませんが。

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<当時の浜田省吾>

ホリプロも創業者の堀威男が元バンドマンです。このあたりから、渡辺プロよりもバンドをやる人、自ら演奏する人などが多かったのかもしれません。歌謡曲の世界も和田アキ子などがいます。なんと、和田さん、現在もホリプロ所属。義理堅いですね。

実はホリプロも独立問題で恫喝めいたことをやっています。あの、RCサクセションもホリプロ所属だったのですが、担当マネージャーが自ら興した会社(りぼん)にRCごと独立したとき、あからさまな営業妨害に出たようです。やっぱり芸能事務所ってどこも体質が変わらないんでしょうかね。

さて、ホリプロですが積極的な新人発掘事業を展開することで知られています。古くは「スター誕生」から山口百恵を獲得しました。それとは別に「ホリプロタレントスカウトキャラバン」というものを独自に始め、これは現在も続いています。第1回グランプリはあの、榊原郁恵です。

このグランプリ獲得者は外れも多いですが、過去の受賞者で現在も活躍する人はかなり多いですね。ざっと上げると、堀ちえみ、井森美幸、山瀬まみ、戸田菜穂、深田恭子、石原さとみなどなど。深キョンは1996年というからキャリア長いですね。

この、3回目のグランプリ、1978年のことですが、その受賞者に能瀬慶子という人がいます。1回目の榊原郁恵が大成功したものですから、能瀬さんへのプッシュもかなりのものでした。ですが、彼女の弱点は…歌唱力というか、はっきりいって音程が取れないという致命的なものでした。

ちょっとこれをお聴きください。

 

はい、2枚目のシングル「裸足でヤングラブ」でした。

なんと、この曲の作者は浜田省吾なんです。曲ばかりでなく、作詞も担当してます。さすがに編曲は船山基紀ですが。当時の浜田省吾は一部のコアなファンはいたものの、曲をリリースしても今のように絶対に売れるということはありませんでした。

ですが、いい曲を書くということで、1970年代はかなりのホリプロ所属の歌手に曲提供をしています。すなわち、和田アキ子、榊原郁恵、山口百恵などへですね。能瀬さんのデビュー曲「アテンションプリーズ」も提供曲です(作曲のみ)。この不遇な時代の浜田省吾は曲提供で糊口を凌ぐところがあったようです。

「裸足でヤングラブ」もところどころ浜田省吾独特の節回しを感じ取ることができます。ところでハッキリいって音痴気味の能瀬さんに浜田省吾はレコーディングやそれ以前の練習などで同席していたんでしょうかね。「こうやって歌うんだよ、慶子ちゃん」なんてね。それもなかなかシュールな光景ですが。

浜田省吾は提供曲の一部をセルフカバーすることもあるのですが、「裸足でヤングラブ」「アテンションプリーズ」(他に2曲)などは今後絶対にセルフカバーすることはないだろうなあと思います。

ところで、その後の能瀬さんですがシングル4枚、アルバム1枚をリリースし、いずれも売れません。そして、1983年、20歳の時にあっさりと引退、原因は結婚だったようです。

 

せっかくの浜田省吾ですので、「もうひとつの土曜日」でシュールな世界から戻ってきてください。

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2019年7月24日 (水)

総立ちの女王とナベプロ

かすてら音楽夜話Vol.63

この間ジャニーズ事務所の話を書いたところですが、吉本興業でまたもやきな臭い動きが出てきました。

なんちゅうか、芸能界はやっぱりというか古い体質を引きずっていますね。今や芸能界もたくさんの芸能プロダクションが出てきました。その中で音楽業界の老舗といえば「渡辺プロダクション」です。

創業者は渡辺晋。もともとはジャズミュージシャンで、戦後のミュージシャンたちの収入面の不遇さに対抗するために自らプロダクションを経営し、それまで興行師というあいまいな存在な人たちが仕切っていた現場を自分たちで執り行うことで、会社が大きくなってきて、やがては芸能界のドンといわれるまでになってきたのです。

当初から所属していたのはハナ肇とクレージーキャッツ、ドリフターズなどですが、クレージーキャッツをメインに据えた歌謡バラエティ番組「シャボン玉ホリデー」やクレージー映画のゲスト出演者に当時所属の歌手やタレントを起用していました。

こうなると泣く子も黙る渡辺プロですね。1970年代初期に女性アイドルとして人気を二分していたと思われる小柳ルミ子も天地真理も実はナベプロでしたし、GSではザ・タイガース、ザ・ワイルドワンズもナベプロです。歌謡界では内山田洋とクールファイブ、森進一、およそ考えられるほとんどのタレントがナベプロでした。

ナベプロはタレントに月給制を取り入れたといわれています。当初は目的にかなっていたんでしょうが、人気が出てきても大して給料が上がらず、より良い収入を求めてナベプロから独立しようとしたタレントはしばし、「干された」状態になったそうです。つまり、「(独立した)Aというタレントをお宅のテレビ番組に出演させるならうちの(ナベプロ所属の)タレントは出さない」という一種の脅しです。怖いですねぇ。

そんなナベプロですが社長の渡辺晋が亡くなり、夫人の渡辺美佐子が後を継ぎ、だいぶ丸くなってきたようですが、巨大プロダクションであることには変わりありません。

そんなナベプロで弱かった部門があります。それは、ロック・ポップス系のミュージシャンたちです。当時は「ニューミュージック」と呼ばれました。こちらに強かったのがホリプロで、スパイダースからモップス、井上陽水、RCサクセション、浜田省吾などが所属していました。

ナベプロもそちらを強化しようと、吉川晃司などを発掘しています。そうしたプロジェクトの一員となったのが別府出身の生粋のシンガー、山下久美子です。

 

こちら、山下久美子のデビュー曲、「バスルームから愛をこめて」です。

デビューは1980年。21歳でした。その年の大晦日、ワタクシはバイト帰りにこの曲が含まれるデビューアルバム『バスルームから愛をこめて』を購入しています。アルバムジャケットは山下久美子自身が写っているのですが、なんとも田舎臭い風貌でございました。ま、髪は今からは考えられませんがカーリーヘアというちりちりのパーマ頭で、それがかえって歳を食って見えました。

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でも、歌は上手かったですね。

この曲はよくできていますよね。作詞・康珍化、作曲・亀井登志夫。YouTubeの映像はライヴなので直接関係ありませんがアレンジは松任谷正隆です。つまりは女性心理を伝える曲なのに男性が作った曲です。それもすごい。アルバムの中でも「一枚だけのビリー・ジョエル」とか何か引っかかる、当時の言葉でいえば「胸がキュンとなる」、胸キュンです。

この路線で行けばまずまずの歌の上手いシンガーのまま終わったかもしれません。その後、彼女最大のヒット曲「赤道小町 ドキッ」がリリースされます。そして、当時の学園祭に多数呼ばれ、「学園祭の女王」「総立ちの久美子」という呼ばれ方もしました。

この曲のクレジットは作詞・松本隆、作曲・細野晴臣です。このころから職業作家ではなくプロミュージシャンの作る曲へシフトしていったようです。そして、布袋寅泰との結婚。その後は布袋が全面バックアップをし、ロック系の曲が多くなっていきます。山下久美子はたぶん楽器を人前で演奏することはないし、布袋のバックアップがあったにせよせいぜい自作曲は作詞がメインだったと思います。

しかし、布袋が今井美樹に走り、ふたりは離婚します。

YouTubeの映像は2010年のものだとか。デビュー後30年のデビュー曲ですが、味が出てきたと思いませんか。わたしゃ、「赤道小町」なんかよりもこっちのほうがいいと思うけどな。それにしても、久美子さん若いですわ。

2019/07/25夜中のアップでしたので、やや文章がひどかったところを修正しました。

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2019年7月21日 (日)

気づいてみれば

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<クアラルンプール>KP/DA21mm

7月も後半に入りました。なんと、気づいてみれば、あと10日ほどで旅立ちであります。

これまでやってこなかったことですが、今回は立ち寄り先を明らかにしましょうか。今更隠してもしょうがないし。

まずは、キャセイのオープンジョーチケットで香港経由のクアラルンプール入りです。またしてもチャイナタウンに宿を取りました。クアラルンプール近郊には通称「ピンクモスク」とか「ブルーモスク」と呼ばれるイスラム寺院があります。このどちらかには行ってみたいですね。今回はすでに鉄道チケットを確保しているので、余計な用事はありません。もしかしたら両方行けるのではないかと。

そして、次はETSでバタワースへ。やっぱり宿はジョージタウンに取りました。なので、フェリーに乗り継ぎ、あとは徒歩で宿に向かいますかね。

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<シントラ通り>KP/DA21mm

このあたりにいます。ピンポイントでB級グルメを攻略しますが、珍しそうなものを見つける時間もないので、ありきたりですが美味そうなものを食べてきますかね。

その次がアロースターです。マレーシアの初代首相アブドゥル・ラーマンと現首相マハティールの生まれたところですね。バタワースからはコミューターが頻発してます。なんと、マハティールの生家が公開されているとのこと。あとは、マレーシアで一番美しいといわれるザイールモスクがあります。

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<ハジャイ>K-7/DA16-50mm

アロースターは長居するつもりがなく、すぐに国境越えです。頻発するコミューターですが、タイ国境は越えないので、タイ側で接続する数少ない列車に合わせて行きましょう。タイバーツは今のところ手持ちがある程度あるので、国境であわてて両替する必要はないですね。問題はsimかな。ま、ハジャイで手に入れればいいでしょうかね。

ここからあわただしいです。

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<サミラービーチ>K-7/DA21mm

あの、沢木耕太郎が泊まったサミラーホテル(現BPサミラービーチホテル)に泊まるんです。理由はいうまでもありませんね。ここ、連泊できず、ハジャイ1泊、ソンクラー1泊、またハジャイに戻って1泊です。

その次がナコンシータマラートに行きます。なんと、ハジャイからナコンシータマラート行きの列車があるんですね。最初は予定していませんでしたが、その列車があることで急遽行くことにしました。ここは、タイ南部にありながら仏教遺跡があるところです。

ナコンシータマラートからは再びSRT通称「南本線」にもどり、チュムポーンまで。

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<夜のチュムポーン駅>K-7/DA21mm

ナコンシータマラートから「ラピッド」のバンコク行きがあります。つまり乗り換える必要がありません。でも、ここが一番長く乗る区間ですね。

チュムポーンも沢木耕太郎が泊まったところですが、足跡を追う時間はなさそうですね。

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<プラチュアップキーリーカン>*画像はkimcafeさんにお借りしました。

その次がプラチュアップキーリーカンです。あの「地球の歩き方」ですっぽりと抜け落ちているのがここ。フアヒンをもっと地味にしたようなタイ人向けのリゾートですかね。

ここを抜かすと結構長い時間鈍行に乗らなくてはならないので、どこかないかと探していたんです。kimcafeさんのレポでもなかなかよさそうだし、ほかのブログなどでもそんなに悪い評価はないので、立ち寄ります。特に観光地でもないので、ゆるゆるしますかね。

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<ペッチャブリー>*同じくkimcafeさんからお借りしました。

こちらも、kimcafeさんからの情報です。太陽光ガイヤーンは是非とも訪れたいところですか。

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<フアラムポーン駅>KP/DA18-50mm

そして最後がバンコクでございます。バンコクではこの間のシーロムの安宿と同じくらいの価格帯の宿を見つけました。とあるところのレポが情報源ですが、結構よさそうなんですよ。朝食も付いてしまうんですが。両者を比較して良いほうを今後の定宿にする可能性がありますね。

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2019年7月17日 (水)

旅行者の南北問題・ベトナム

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<ホー・チ・ミン像>K-7/DA50-200mm

ここ最近、ミャンマーだのインドネシアだの、インドだのについて、書いているのは、「近い将来行くとしたら」何が問題なのか、どうすればいいのかという、戯言でもあります。

もっと、突き詰めればネタがないことにつきます。

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<ハノイ大聖堂>K-7/DA50-200mm

ベトナムにも南北問題があります。

ベトナムはこれまで2回訪れています。最初はホーチミン往復チケットで、ホーチミンとカントーだけに泊まりました。ま、その周辺のところにもちょこちょこと出かけてはいるのですが。

2度目はバンコクからカンボジアを経由し、ホーチミンにたどり着き、国内線でハノイを往復しました。

ベトナムはビザのいる国ですが日本人は15日以内の滞在にはビザ免除となります。ただし、これはベトナム入国の条件として、空路で入り、出国するチケットを持っている場合に限られます。表向きはそうなっています。

表向きというのは、陸路入国をした場合のことです。ホーチミンのタンソンニャット国際空港やハノイのノイバイ国際空港で入国した場合、必ず帰りの航空券のチェックがあるとのことです。つまり片道ではビザ免除になりません。でも、カンボジアやラオスから陸路で入国すると、滞在日数のチェックはありますが、航空券の確認はありません。つまりはいったん入ってそのまま15日以内に陸路で出ていくことも可能です。(もちろん、ベトナムでチケットを購入して空路出国も可能です。)

考えてみれば、中国から国際列車があります。金正恩がハノイ入りしたやつと一緒ですね。中国やカンボジア、ラオスからの旅行者というか近隣住民に配慮しているのではないでしょうか。ただ、このルール、また厄介なことにいったん出国するとある程度の期間を置かないと、次に入国ができないそうです。これは、陸路・空路関係ないみたいです。

以前、アンコール遺跡観光で、ベトナムにいったん入ってシェムリアップに行くというルートがありました。アンコール遺跡観光を終えたらまた、ハノイなりホーチミンなりに戻るという手段です。これができなくなっていますね。ま、戻った時に入国しないチケットを作れば可能でしょうが。

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<バイクタクシー>K-7/DA50-200mm

で、15日間のビザ免除に戻ります。

ベトナムは南北に長い国です。そして、ハノイとホーチミンは北海道と九州くらい離れています。その間にホイアン、ダナン、フエなどがあります。おそらくはオープンジョーのチケットで南下するか北上するかですが、途中数泊しながらだと、15日間ではかなり厳しいのではないかと思います。

これがワタクシのいう南北問題です。あの、沢木耕太郎はキムカフェのオープンツアーバスで途中1泊程度しながらホーチミンからハノイまで行ってますが、「バスに乗っていればいい」という旅ですから、ほとんど観光はしていないはず。そして、ホーチミンの先にはカントーなどのデルタ地帯、ハノイの先にはハイフォンやサパなどもありますので、国土が狭い割には旅がせわしなくなりそうですね。

これはもう覚悟を決めて、ベトナムビザを取って思いっきりベトナムに浸るのが一番かと。

裏ワザとしては、香港あたりから中国南部を通り、陸路でベトナム北部に入り、ハノイを中心として見て回り空路か陸路で出ていくという手もありますね。

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<フォーボー>GR DIGITAL

ベトナムは料理が美味しいです。日本人の口に合います。そして、地域ごとに異なった料理もありますので、いろいろと回るのが楽しいでしょうね。

結構奥深いベトナムです。いつか、ビザ取って思い切り回りたいですね。

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2019年7月14日 (日)

インド好きですか?

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<バラナシ>K-7/DA21mm

何かの拍子に行きたくなるのがインドですね。たとえば、マサラの匂いが漂ってきたりするとき。

でも、インドにはビザが必要なので、そうそう気軽には行くことができません。ま、そこをクリアするとします。

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<ティルバンナマライ>K-7/DA16-50mm

行くところも重要ですね。北にするか、南にするか。どの空港からインドに入るかということも考えなくてはなりません。インドは広大でもあり、交通機関がまあまあ充実していると思いますが、どんなルートをたどるかで楽しみ方も変わってきますね。ビザセンター発行のマルチプルで最高6か月滞在可能です。

でも、勤め人の間はそんなことは無理なので、インド全土を回るということはほぼ不可能です。

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<ミールス>GR DIGITAL

食事もだいぶ変わります。北は粉食。南は米食。どっちかというと、北のほうが米があまり出ないので手でカレーをつけて食べやすいかもしれません。南は米を食べます。ローカル食堂ではほとんどスプーンなどは出ませんので、いずれにせよ手食いとなるはずです。個人差はあるでしょうが、すぐに慣れるはずです。

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<カニャークマリ>K-7/DA16-50mm

北か南か。北インドは観光的要素がたくさんありますね。デリーならラールキラー、アグラのタージマハール、バラナシ、ブッダガヤなどなど。南はミナクシアンマン寺院くらいかな。4年前、南インドを回りましたが、世界遺産といったらマハーバリプラムとクンバコーナムのチョーラ朝の遺跡くらいでした。

北はたくさんありますね。

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<ガヤ駅>K-7/DA21mm

さて、移動手段となると、鉄道かバスが一般的です。一時期鉄道のチケットをとあるサイトで購入できたのですが、今はどうかな。よほど時間があれば、窓口に並び上級座席のチケットを取ることになりますが、難しいですね。となると、激込みの二等自由席でしょうか。バスが発達していれば、まあ問題なさそうです。

北インドは鉄道利用が多いようです。南インドはバス網が発達しています。移動ということだけ考えると、南インドのほうが楽な気がします。

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<タミルナドゥ州営バス>K-7/DA16-50mm

鉄道チケット、もうちょっと簡単に買えるといいんですけどね。南インドのバスならば、頻発しているし、購入も簡単です。

いまのところ、行くとしたらやはり南か。でも、北も捨てがたいです。迷いますね。行くとしたら来年夏あたり。乾いたインドを撮影してきたいです。とはいえ、この時期北も南も雨季ですが。

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2019年7月13日 (土)

ジャニーズの闇

かすてら音楽夜話Vol.62

ジャニーズ事務所の社長、ジャニー喜多川氏がお亡くなりになりました。享年87歳ですか。

まあ、亡くなった当初は美談ばかりですね。とはいえ、昔からこの人には怪しい話がついて回ります。

おそらく、ジャニーズ事務所は男性ばかりをスカウトする男性アイドル養成所みたいな感じですね。初めてデビューさせたのがジャニーズです。メンバーには矢吹ジョーの声優であり、「水戸黄門」の助さん、はたまたソロ歌手でもある、あおい輝彦がいました。といっても、レコードデビューが1964年ではるか昔。すでに70歳を超えております。

Fourleaves

解散は1968年。その後を追うように登場したのがフォーリーブスです。

 

ジャニーズ事務所はおそらくJASRACなんかよりも、著作権にうるさい事務所です。YouTubeに無断で映像が上げられようものなら、見つけ次第通報が行き、削除の対象となるはずです。

フォーリーブスの「ブルドッグ」がここで残っているということは、すでに解散(1978年)してしまったし、メンバーも二人亡くなっていることと関係するのでしょうか。ともかく、現役のジャニーズタレントの曲はほぼ上げても即効消される運命です。フォーリーブスが残っているのは奇跡に近いです。

この著作権問題ですが、山下達郎の所属する「スマイルカンパニー」と提携関係になってからうるさくなったのかもしれません。スマイルカンパニーの前社長が小杉理宇造氏で、その後ジャニーズエンターテイメントの社長になりました。山下達郎はミュージシャンとして自分の著作権は何としても守る立場ですね。それをジャニーズ事務所のタレントたちにも適用したと。

そのころと相前後して、ジャニーズ事務所のタレントに、職業作曲家ではなくプロミュージシャンたちの曲提供が相次ぎます。やまざきまさよしの「セロリ」、スガシカオの「夜空ノムコウ」(作詞のみ)、吉田拓郎の「全部抱きしめて」などなど。

ま、こういうものは、ジャニーズ事務所に流れるジャニー喜多川氏の独善的な空気に穴を開けるものだったのかもしれません。

話をフォーリーブスに戻します。1988年メンバーだった北公次(YouTubeの映像では右から二人目)がジャニーズというかジャニー喜多川氏の暴露本を出版します。それによるとジャニー喜多川氏の性的志向が北公次に向けられたものであったという内容です。

まあ、それ以前にも雑誌フォーカスやフライデーなどに所属タレントのとんでもない画像が掲載されていたりして、ジャニー喜多川氏の暗黒面は結構有名だったですね。

フォーリーブスもアイドルとして約10年間活動しています。でも、アイドルとしてはそのくらいの期間が当然という空気ですかね。所属タレントが独立することもそんなに珍しくなかったですね。元ジャニーズ事務所所属タレントとしては、郷ひろみ、田原俊彦、近藤真彦などのソロシンガーがいます。

その後、SMAPや嵐が国民的アイドルとなるあたりから空気が変わってきたみたいですね。嵐もKinki Kidsも気づけばデビュー20年以上です。櫻井翔だって37歳だし、Kinkiのふたりは40くらいでしょ。こりゃ、手放したくないですかね。

ジャニーズ事務所、ジャニー喜多川氏が亡きあともこの路線で行くんでしょうかね。ジュニアでバックダンサー、その中から選りすぐってグループ結成と。古典的手法ですが、子供は騙されちゃうからな。

「ブルドッグ」作詞が伊藤アキラ。歌詞が面白いですね。ちなみに「南の島のハメハメハ大王」の作詞もこの人です。

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2019年7月 8日 (月)

インドネシアは広すぎ

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<ジャカルタ>K-7/DA15mm

インドネシアは2回訪れています。最初はバリ島、デンパサールまでの往復チケットでロンボク島までボートで行きました。2006年のことですから、最初と最後に泊まるところだけ予約していきました。ま、当時はホテル予約サイトもアップルワールドくらいでしたから、現地飛び込みが当たり前でしたね。

2回目は2010年ってもう結構経っていますね。今度はオープンジョーのジャカルタin、デンパサールoutのチケットです。当初はジャワ島からバリ島までフェリーで渡るつもりでしたが、ジャワ島でさえひろく、急遽ジョグジャカルタで航空券を購入してバリ島に渡りました。

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<ジョグジャカルタ>K-7/Sigma20mm

あれからだいぶたっていますので、インフラも整備されてきていて、移動に関しては鉄道(ちなみに鉄道があるのはジャワ島とスマトラ島のみ)、バス、LCCと選択肢は結構あるので、困ることはなさそうです。

でも、それが揃っているのはジャワ島だけかもしれません。ま、自分が知っているのはジャワ島、バリ島、ロンボク島のみですが。

例えば、バリ島に渡るとします。移動手段として安い公共交通機関はベモと呼ばれる乗り合いワゴン車くらいです。デンパサールには長距離バスターミナルがあるそうですが、極端に数が少ないようです。というか、バリ島でそんなバスは見たことはありません。また、外国人向けにプラマ社のシャトルバスがあります。これも、いちいち予約が必要だったりします。そして、路線が極端に少ないです。

ま、バリ島は観光の島ですから、タクシーがあります。でも、これはほとんどデンパサールの空港から移動する手段みたいで、ほとんど街中を流してません。芸能の中心、ウブドではタクシーも拾うのが難しいです。となると、つてを頼ったりして、トランスポートという呼び名の私設タクシーみたいなものを頼む必要があります。これが高いですね。

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<ウブド>K-7/Sigma20mm

ロンボク島になると、ベモですね。あと、かろうじてプラマのシャトルバスがマタラム-スンギギ間を走る程度です。バイクタクシーはありました。

こんな具合なので、その他の島は推して知るべしです。スマトラ島は鉄道と長距離バスはあるみたいですが。主要な都市間がかなり離れているので、長時間の乗車を強いられるみたいですね。

インドネシア、西はスマトラ島から東はニューギニア島(パプア、イリアンジャヤ)まで。広すぎです。空を飛ばない場合はペルニ社などの長距離フェリーを利用することになるのかな。これがまた、チケットが取りにくいみたいです。

つうことで、インドネシアは一気に回る国ではないってことで。

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<ナシゴレン>GR DIGITAL

インドネシアは世界一のムスリム人口を抱える国です。基本は米を食べます。ナシゴレン、ナシチャンプルなど。

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<ミーアヤム>GR DIGITAL

麺料理もありますね。その辺の食堂で食べれば値段もかなり安いです。で、困ったことにインドネシアの通貨、ルピアはやたらと桁が多いんです。それでいて、ほぼコインがないので大目に両替すると札束を持つことになります。でも、まあ、物価は安いですね。タイ並みというか、タイよりも安いかもしれません。

基本ムスリムが多いので、肉となると鶏肉主体でしょうか。でも、豚肉もあるんですよ。バリ島はヒンドゥなので豚肉料理があります。このあたり、インドのヒンドゥとは違いますね。

同じような文化を持つマレーシアと共通点もありますが、マレーシアほど凝った料理はありません。料理自体もめちゃくちゃスパイシーということもなく、ほぼ日本人が違和感なく食べられる料理が多いんじゃないでしょうか。

こういうところでは、ひとつのところに長逗留するのがいいかもしれません。候補としてはジョグジャカルタとウブドですかね。ま、バリでは年中オダランという祭事をあちこちでやってますから、ウブドに限らず、場所を変えてみてもいいかもしれません。

次行くとしたら、ドーンと1週間くらいひとつのところに滞在するってのもよさそうです。ちなみに、初のウブドには8泊しました。

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2019年7月 7日 (日)

ミャンマーは旅をしやすくなったか

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<シェダゴォンパヤー>K-7/DA21mm

ミャンマーを初めて訪れたのは2006年の暮れです。ちょうどこのブログを開設して間もないころでした。これまで2回訪れています。

最初のころは軍事政権でした。2度目はテインセインが大統領だったころです。いずれもビザが必要で、最初はヤンゴンのPing Longという旅行会社にアライバルビザを頼みました。ビザだけではなく、現地の宿泊から移動手段に至るまでほぼすべてを頼みました。ほとんどメールでのやり取りでしたが、金銭のやり取りは現地で直接ドル払いでした。なんとも、おおらかですよね。

次に訪れたのは2013年の暮れで、今度はアライバルビザがなくなっていました。しょうがないので、東京の旅行会社にビザを頼みました。今度はパスポートをその会社に送付しました。この時になると、現地の宿は予約サイトが使えました。でも、移動手段はヤンゴンのサネイトラベルに依頼しました。その料金は東京の事務所に現金振り込みだったと思います。でも、国内航空券はヤンゴンの宿に届けられるという、やや信頼性が頼りない方法でしたね。

昨年でしたか、日本人のビザは免除されることになりました。これが暫定的な処置なのか半永久的に続くのかまだわかりません。このままビザなしで行ってくれたらありがたいです。

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<マンダレーヒル>K-7/DA21mm

ミャンマー国内航空券はいまだに現地を通さないと取りにくいようですが、朗報が一つ。ミャンマーへの陸路入国が可能になったのです。これはだいぶ前からですが。

となると、タイから行けますね。入国ポイントは、ラノーン・コートーン(前者タイ、後者ミャンマー、以下同じ)、メーソート・ミャワディ、メーサーイ・タチレイ、カンチャナブリー近くの入国ポイントも開いているという話をききました。

現実的にはラノーンまで行くのが大変で、コートーンにはボートでの入国となり、そこはミャンマー最南端なのでほぼ使われないでしょう。

やっぱりメーソートルートなんじゃないかな。ミャワディからはモウラミャインに出ることになります。ミャワディ・モウラミャインルートが結構難所で、上りと下りが1日おきだったこともありました。ベトナムからミャンマーまで陸路を旅したISHIIさんによると、それはなくなったとのことです。

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<アマラプラ>K-7/DA21mm

国内移動ですが、実はバスが発達してます。日本の中古ではありますが、日本製のバスが走っているはずなので、タイの長距離バスとそう変わらないんじゃないでしょうか。ま、これはバス自体のことなので、道路事情まではよくわかりません。

ミャンマーの特殊性として、自国通貨、チャットが信頼性を欠くということがあります。USドルが観光業では必要になってくるんです。寺院などの入場料までドル払いだったりします。日本円での両替ってできましたかね。タイバーツは使えそうな気がします。

あと、引っかかってくるのが食事ですね。

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<ミャンマーのカレー>GR DIGITAL

タイの隣国ではありますが、料理はずいぶんと違います。基本は「カレー」なんですが、便宜上そう呼んでいるだけで調理方法は全く違いますね。素材を油で煮込んでカレー味をつけるみたいな感じです。この油、中華料理にも多用されていて、もうくどいくらいです。ミャンマー人はそんなに油が好きなのか。

シャン料理など、いいものに当たればそれなりに美味しいんですが、千差万別ですね。それに結構外食は高いんです。確実にタイで旅行するよりお金がかかります。

インド人もネパール人も住んでいます。特にネパール人はグルカ兵としてこの国にやってきました。なので、インド料理やネパール料理もあります。でも、さっぱりした料理は日本食あたりになりますかね。でも、それは高いです。

唯一いいのが、生ビールが安いことでしょうか。瓶ビールより安いです。

2度目に訪れた2013年あたりは、民主化されたことで、多くの海外資本が投下されたころでした。最初に訪れたときは携帯電話がクルマより高いといわれていましたが、ミャンマーの人々もスマホを持つようになったようです。で、資本がどんどんつぎ込まれ、海外から仕事で来る人も激増したわけで、そのころのヤンゴンのホテル代は目も当てられなかったです。

ISHIIさんによると、それはだいぶ落ち着いたらしいですが。

そのあたりをクリアすればタイとセットで楽しむことができそうです。今なら、SIMも楽勝で手に入るでしょ。やっぱり、ラオス、マレーシア、カンボジアとタイから陸路越境している身にとっても、陸路でミャンマーというのは魅力ではありますね。

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2019年7月 6日 (土)

空港寿司屋の朝食

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<スワンナプーム国際空港>K-7/DA16-50mm

早朝便のフライトは辛いですね。しかも時間がないので、宿や街での朝食は放棄せざるを得ません。

では、空港で朝食をとなるんですが、イミグレを入る前と後では驚異的な物価の違いにさらされます。入る前だったら空港のフードコートがお勧めですが、チェックインカウンターが気になります。たいてい時間がないので、イミグレを入った後となることが多いんじゃないでしょうか。

そうして味わった朝食に限らない食事も数回経験しています。

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<バンコクエアウェイズのラウンジ>GR DIGITAL

こうしてラウンジに入ることができれば、タダ飯にありつけます。でも、混んでいるんだよな。ちなみにバンコクエアウェイズはすべての航空券所有者にラウンジを開放しています。

ここで食べたことは2回ほどあります。まあ、大したものは置いていませんね。

その他のマイレージプログラムの上級会員ではないし、たいがいは空港レストランの安い内容のものを選ぶということになりますかね。LCCでなければ、ちょっと我慢すると機内食も出ますが。

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<アメリカンブレックファスト>PowerShot

昨年のスリランカ行きの時、やはりこういう状況になりました。安そうなところを回ると、ここになりました。

なんと「SUSHI GO」という、寿司屋です。これで、290バーツでした。パタヤやバンコクのファラン向けの店よりも倍近くします。しかも、VATやらを取られ、341バーツになるという。

んー、やっぱり、夜便のほうがいいですかね。空港に着く前に何か食べてくれば問題ないですし。帰国の時ならこれでいいんですが、他国に出国するときは到着が深夜とかになりますから、これまた辛いです。

一番いいのは、宿近くでゆっくりと朝食を食べ、空港に向かいそのまま乗り込むということでしょうか。キャセイの香港経由だとこういうことができます。

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2019年7月 4日 (木)

チケット取りました

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<KTMコミューターのチケット>KP/DA21mm

さて、次の旅はまずクアラルンプールに行くのですが、そこからバタワースまで列車で行きます。この区間は鈍行がなく、すべてETSという優等列車になります。ネットで予約が可能なんですが、予約できるのが1か月前からということで、本日ようやく取ることができました。

ちなみに画像は誰でもすぐに購入できるコミューターのものですが。

まずはKTMマレー鉄道のサイトでアカウントを作る必要があります。確か先月それを行いました。でも、そこから先に進めなかったので、本日に持ち越しです。ま、1か月前ということもありますが、全然席が埋まってなかったです。

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<ETS車内>K-7/DA16-50mm

マレーシアはLCCとバスが発達してます。鉄道はここ数年で西海岸に限っては目覚ましい発達を遂げていますが、まだそんなに人々が頻繁に利用するものではなさそうです。

ETSですが、2013年の時はクアラルンプールからイポーまでだけでした。イポーから先は電化されてなかったようです。で、その時のETSはシルバーと呼ばれるもので、実質各駅停車でしたね。とはいえ、駅間がかなり離れていて、メーターゲージのくせに140km/hくらいで飛ばしました。

軌道が広くなるにつれて最高速度が速くなるのはわかりますね。日本の主な私鉄とJRは1067mmの狭軌と呼ばれるものです。この最高速度が120km/hと決められているそうです。ま、インドのように広軌でも路線の状態がよくなくてそれほど時速が出ないところもありますが、きちんとした枕木とバラスト、線路があればそれだけの速度は出せます。

でも、マレー鉄道はちょうど1000mmで、日本よりも狭い軌道なんです。これの140km/hというのはかなり怖いです。ま、それでも、4時間くらいかかるんですが。

とにかく、このチケットを確保でき、その後の予定をようやく進めることができます。今回は宿泊する宿については半分くらい予約なしの飛び込みで行こうと思っています。それでもきっと大丈夫なところと信じていますし。でも、どうしても泊まりたいところや、クアラルンプールとジョージタウン、バンコクあたりは予約を入れます。

鉄道チケットを取ってようやく動き出せた感じです。中間報告でした。

そうそう、チケット確保に成功したんですが、いざプリントアウトしようとしたら、プリンターのインクがなくなっていました。明日、補充しましょう。

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2019年7月 2日 (火)

いいとこなんだけど物価が高い

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<ワットシェントーン>K-7/DA21mm

ラオスの奥地にありながら、そこは町全体が世界遺産です。

初めて訪ねたのは2005年の暮れでした。ここで年越しをしました。

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<托鉢>K-7/DA21mm

この町では早起きするのが当たり前です。なんたってそこらじゅうで托鉢をやってますから。

初めて訪れたときは飛行機でやってきたにもかかわらず、宿の予約はしてませんでした。そのかわり、空港で宿を斡旋してもらいました。

次に訪れたのは2008年。バスでやってきて、トゥクトゥクに宿を指定し泊まりました。なんかひなびたところでしたね。

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<カオソーイ>GR DIGITAL

チェンマイ当たりの同名の料理とは異なる麺。辛味噌がのっております。でも、それほど辛くないですね。そしてなんか美味い。

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<カオピャック>GR DIGITAL

ま、これはラオス北部に来なくてもあるんですが、トロトロに煮込まれた麺料理。出汁が効いております。からわらにあるおこわを入れるとなお美味し。

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<メコン>K-7/DA21mm

ここ、川の合流点です。向こう側がメコン。手前がカーン川。上流ですから泥水のような感じではありません。といって、透明ではありませんが。

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<朝の露店>K-7/DA21mm

メコンの恵みです。魚ばかりではなく、山の恵みもあります。そして、食用にするネズミや昆虫も売られています。

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<ナイトマーケット>K-7/DA21mm

夕方からは露店が並びます。食べ物はありません。ほとんど土産物。

いいことずくめみたいな感じですが、唯一の欠点は物価が高いことです。2014/2015の年末年始に3度目の訪問をしました。明らかに違うのが物価感覚です。バンコクの倍くらいの感じがします。2008年からの間に、かなりの観光客が訪れるようになりました。

カフェみたいな店がかなり増えてしまい、ラオスの地方都市の物価感覚とはまた違うようになってしまいました。中国人も結構訪れていますね。ちょっと遠出をするにも、タクシーやバスがありませんから、トゥクトゥクのチャーターとか変なところでお金がかかります。まだ、カオサンみたいにはなってないようですけど。

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