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2019年11月19日 (火)

南部の仏教都市

2019年8月11日(日)

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<長大な布を運ぶ人たち>KP/DA18-50mm

引き続き、ワット・プラマハタートです。タイの寺院は結構訪れていますが、こういうものは初めて見ました。おそらくは、仏像などにかけるものだと思いますが。

 

ビデオも撮りましたので、どうぞ。

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<これもお初>KP/DA18-50mm

仏塔を出て、境内を歩きます。販売コーナーなどもあります。

境内で串に刺した団子のようなものを食べている人をたくさん見かけました。その正体は、氷で冷やしたマンゴスチンでした。こういうものも、他のところでは見かけません。ナコンシータマラート名物なんでしょうか。思い返してみたら、食べてみてもよかったですが、ワタクシが写真撮影に熱中していたので、そこまで頭が回りませんでした。

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<十二支>KP/DA18-50mm

ここは別の寺院の外壁ですが十二支がデザインされています。ナコンシータマラートのメインストリートにある街灯には十二支に登場する動物がくっついています。そのあたりは日本と違い、虎が猫となり、猪が豚になりますが。

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<城壁>KP/DA18-50mm

ワット・プラマハタートから駅方面へ北上します。ソンテオは使わず、歩きました。

最近のワタクシはかなりタイ人化していて、大した距離ではなくとも、ソンテオくらいだったら乗るんですが、駅までの間に仏教遺跡やヒンドゥ遺跡があるとのことでしたので、頑張って歩きました。で、遺跡なんですが、結局わかりませんでした。日本で考える遺跡のようなものではなく、一度調査は行われたようですが、掘り返した跡を更地にしてしまったみたいです。

その更地は芝生が植えられ、立ち入り禁止です。中心には遺跡を示すであろう看板がありました。よくわからないんですが、出土した品々は博物館に持ち込まれたのでしょうか。

そこからしばらく行くと、運河があり、城壁がありました。シュリーヴィジャヤ時代のものでしょうか。

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<見張り台>KP/DA18-50mm

城壁の反対側には見張り台のようなものが。この一帯は公園になってました。こちらはシュリーヴィジャヤ時代ってこともなさそうで、城壁もそんなに古くないでしょうかね。

よくわかりませんが、ナコンシータマラートはタイにおけるイスラム勢力への防波堤みたいな存在だったようです。あの、山田長政もこの地で亡くなったといわれています。スコータイ・アユタヤ朝あたりのものかもしれません。

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<ラックムアン>KP/DA18-50mm

さらに進むと、特徴のある寺院っぽいものが見えてきました。ですが、僧侶はいません。説明書きがあり、市の中心ラックムアン(都市の柱)でした。

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<ラックムアン>KP/DA18-50mm

ここはだいぶ後になって作り直されたのかもしれません。かなり奇麗です。

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<祈る人々>KP/DA18-50mm

バンコクのラックムアンはいつでも賑わっていますが、ナコンラチャシマーのラックムアンなどは寂しいものです。それに比べればかなり立派ですし、威厳も感じますね。

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<モスク>KP/DA18-50mm

ラックムアンから駅にかけてもいくつもの寺院があります。それに比べるとモスクはようやくひとつ見つけたくらいです。やはり、仏教寺院が圧倒しています。

それでも、ナコンシータマラートにはかなりの数のムスリムが居住していると思われます。

今日のコンタイ

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<市場のムスリム>KP/DA50-200mm

こういう感じで、タイ南部の女性イスラム教徒は布で髪を覆っています。当然肌もそんなに露出していません。情勢だと服装でムスリムだとわかりますね。男性はごく普通の服装の人が多いのではないでしょうか。

彼らの朝の挨拶は「サワディ・カー」ではなく、「アッサラームアレイコム」なんです。これは直接きこえてきたので間違いないです。日常会話はタイ語でしょうけど。

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