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2020年7月14日 (火)

旅に出たくなる曲・番外編

かすてら音楽夜話Vol.85

Hw0388

<ハレイワ>KP/DA15mm

旅に出たくなる曲、番外編です。

1回目が日本の曲で日本をテーマにしたもの。2回目が海外の曲で海外の旅をイメージしたものでした。その範疇に収まりきらないものになりますね。今回、5つくらい出しちゃいます。

1曲目

 

浜田省吾「家路」(作詞作曲:浜田省吾)でした。

今回のコンセプトは日本語曲で海外をイメージするというものです。浜田省吾でいうと、「America」とか「夏の終わり」がふさわしいのですが、YouTubeの公式チャンネルに上がってませんので、映像的にいいかなと思い選ばせてもらいました。

この曲は1980年発売のアルバム『Home Bound』に収録され、アメリカでの録音です。歌詞についてはアメリカで書いたとのことです。YouTubeでの音源はリメイク版で2006年のベストアルバム『The Best Of Shogo Hamada Vol.2』のものです。

浜田省吾は基本的にテレビに出ない人ですが、プロモーションビデオは積極的に作っているほうですね。この「家路」の映像はおそらく、ハワイ、ニューヨーク、メキシコあたりで撮られていますが、かなりの部分が過去の映像を編集したものだと、ワタクシは考えてます。

その映像なんですが、出演する女性が最後に海に向かって遺骨らしきものを撒くシーンがあります。どこか意味深ですが、浜田省吾には「サイドシートの影」という曲があり、運転中に助手席に向かい「眠ってなよ。朝が来たら起こすから」と語りかけ、最後の最後で「そこには誰もいない」という内容です。これを女性に演じさせている感じですね。その「サイドシートの影」と前述の「夏の終わり」を収録した1990年のアルバム『誰がために鐘は鳴る』では精神的に参ってしまい、「このままひっそりと引退してもいいかなと思った」とも述べています。

アルバムで「家路」を聴いただけではなんとなくドメスティックなイメージなのかなと思っていたのですが、アメリカでの作詞であることと、映像的に素晴らしいものなので、選ばせていただきました。

浜田省吾も精神的なトラブルから立ち直り、今なお現役です。なんと今年68歳になるのですが、2015年にリリースした今のところ最新のアルバム『Journey Of A Songwriter』はオリコンの週間アルバムチャートで1位を獲得していて、これは日本人アーティストの最年長記録です。

2曲目

 

佐藤奈々子の「サブタレニアン二人ぼっち」(作詞:佐藤奈々子 作曲:佐藤奈々子、佐野元春)でした。

さて、「Subterranean」とは、Google先生によると「地下」と出てきます。ボブ・ディランの「Subterranean Homesick Bruce」なんて曲もあるようですし、深読みすれば「地下鉄構内の人」みたいなことでしょうか。バンコクや台北の地下鉄にはほとんど見かけませんが、パリやロンドンの地下鉄には職業ミュージシャンやパフォーマーがいます。ニューヨークにもいるでしょうね。

イメージ的には東京メトロ、もとい当時の営団地下鉄や都営地下鉄ではなく、ニューヨーク地下鉄あたりではないかと。アメリカ英語だし。その地下鉄を縦横に駆使する恋人たちという描写でしょうか。

さて、佐藤奈々子ですが、いうなれば不思議ちゃんです。1955年生まれで杉真理や竹内まりやと同じ慶應義塾大学卒業です。つーことは、B級グルメの巨匠でYouTuberのあの方もキャンパスですれ違っていたかも。

奈々子さんですが、音楽サークルに入っていて、立教にいた佐野元春と出会い音楽活動を共にするようになります。二人の共作の「綱渡り」という曲がシンガーソングライターコンテストの最優秀作詞賞を受賞し、1977年に大学在学のままアルバム『Funny Walking』でデビューします。「サブタレニアン二人ぼっち」もこのアルバムに収録されています。

まだ大学生ですからね。プロの世界ではプロのアレンジャーが付くのですが、佐野元春が奈々子さんに表現してもらいたいような感じには仕上がらなかったようです。とはいえ、まだまだアマチュアの佐野元春は自身でアレンジする力量もなく、やがて奈々子さんとは袂を分かつことになります。

クレジットでは奈々子さんの作詞ということになってます。ですが、初期の頃は作詞を佐野元春が指導していたらしく、「サブタレニアン」などという言葉をとっても21~22歳の不思議ちゃんにはとても出てこないものですね。でも、当時の奈々子さんも佐野元春も日本国外には出たことはなかったのではないでしょうか。かなり背伸びした二人ですよね。なお、この曲のアレンジャーは大野雄二ですね。

その後の奈々子さんはさらに3枚のアルバムをリリースし、Spyというグループに加わります。「サブタレニアン二人ぼっち」、歌は決して上手くありませんがどこか引っ掛かり、耳に残らないでしょうか。ほかの曲も聴いてみたくなりません?なお、奈々子さんはカメラマンに転向後、とてもゆっくりなペースでアルバムなどもリリースしています。

3曲目

 

庄野真代の「ルフラン」(作詞作曲:庄野真代)でした。

この人の場合、大ヒット曲で紅白歌合戦にも出場した「飛んでイスタンブール」(作詞:ちあき哲也 作曲:筒美京平)があるじゃないかとご指摘を受けるはずです。

lastsmileさんご指摘の久保田早紀「異邦人」あたりと同時期なもので、いろいろ探したんですよ。もちろん「飛んでイスタンブール」は浮かびました。でも、これが出てきたんですよね。

「飛んでイスタンブール」も「ルフラン」も1978年リリースのアルバム『ルフラン』収録です。ワタクシの財政的な問題で、このアルバムは2年遅れくらいで購入しました。理由は「飛んでイスタンブール」が入っていたからです。でも、アルバムのラストナンバーである「ルフラン」のほうがしっくり来たんですね。

曲のイメージ的には旅をしていてバスか列車に乗っていて、それが最終目的地に向かっている。そして翌日には帰国する。車窓を見ながら旅のシーンを「繰り返し」思い浮かべる。といったところですかね。ま、当時のワタクシは第二外国語にフランス語を取りましたが、「Refrain」を「ルフラン」と発音するということに気づいていなかったです。なんとモチベーションの低い人間だったか。

真代さんですが、あまりにも「飛んでイスタンブール」(彼女の最大のヒット)の印象が強すぎて、当時のニューミュージック出身のシンガーソングライターであることに気づかない人も多いのではないでしょうか。

「飛んでイスタンブール」にも触れておきましょうか。もともとは、京平さんが野口五郎のために作曲したものだったそうです。でも、京平さん自身がこの曲は女性の声のほうがあっていると判断し、いったんお蔵入りします。それが真代さんで蘇ったのですね。まるで韻を踏むようなちあき哲也の作詞はやりすぎ感もありますが、インパクトありますよね。そして、中東風のアレンジは船山基紀で京平さん直々のオーダーだったそうです。

これがヒットしたので二匹目のどじょうでリリースされたのが「モンテカルロで乾杯」(作詞:ちあき哲也 作曲:筒美京平)です。またもや大げさなアレンジですが、これは京平さんが担当しました。

真代さんの曲には「スロウボートでチャイナへ」とか「シンガポール航海」など、ワールドワイドなタイトルの曲が並びます。ご本人も海外に出かけていろいろな支援活動を行っているようです。

おまけ

 

説明いらんですね。PUNCH先生の「ラウ・コン・トン・ペン・フェーン・カン」。

あー、バンコク行きてー。

★引き続き、リクエスト、テーマ等募集しております。

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