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2020年9月22日 (火)

20バーツの昼食と45バーツの夕食

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<アユタヤ行バス>MZ-3/FA28-105mm

時を戻そうシリーズ、2003年3月のタイです。

予約しているホテルはこの日までです。次の宿を探さなければ…というかどこかに移動する必要があります。バンコクの次はアユタヤですね。アユタヤに行きましょう。

BTSでサパーンクワイに出ました。ここからバンコク北バスターミナル、モーチットマイに行くので、タクシーを拾いました。当時のBTSスクムビットラインの終点はモーチットですが、サパーンクワイでクルマを拾ったほうがいいようなことが「歩き方」に書いてあったと思います。

タクシーでは「モーチットマイ」が通じなくて、「バス」とか「ボーコーソー(バスターミナル)」などと必死に訴えましたところ、発音的には「モーシット」というのだと運ちゃんがいいます。ちなみに、タクシー料金は65バーツでした。BTSはナナから35バーツです。今ならもっとかかりますね。

それに、当時ロットゥの存在は知られてませんでした。鉄道で行くというのは全く頭にありませんでした。

あちこちききまわり、アユタヤ行のバスに乗り込みます。最後はバスのところまで親切なおじさんが連れて行ってくれました。チケットは窓口では買えず、車内で払うとのことです。バス料金は45バーツでした。もとより、チケットを窓口で発行していたら、当時は数字以外タイ語でしょうから、ますます混乱したと思います。

ともかく、アユタヤに到着いたしました。到着場所はアユタヤ島内です。すぐにホテルを見つけチェックインします。1泊1200バーツのホテル・アヨータヤです。荷物を置いて、昼食にします。

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<初バミー>Coolpix880

適当な店はわかりませんで、ホテル向かいの雑然とした商店街の奥に麺屋がありました。タイの麺には小麦粉麺のバミーと米粉麺のクイッティアオがあることは知っていました。蔵前仁一がバミーが美味いとどこかで書いていたので、迷わずバミーを注文します。この時は「バミー」とだけ注文しました。

「ナーム」も「ヘーン」もわかってなかったです。もちろん、具の指定はできません。全部のせのスープ麺が出てきました。当然4種類の調味料を使うことも知りません。そのまま食べました。

それなりに美味しかったと思います。値段はなんと20バーツですよ。現在はこの倍以上しますね。

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<トゥクトゥク>MZ-3/FA28-105mm

食後、トゥクトゥクに乗って島内のスポットまで行きます。片道なので帰りは歩きで戻る予定でした。こちらは40バーツです。トゥクトゥクの運ちゃんとか観光従事者は簡単な英語ができるので問題なかったです。

ま、それまでにほとんど英語圏の旅はしてませんので、言葉が通じないのはどうということはないのです。問題なのはタイ文字を全く読めないことで、当時は標識とかはオールタイ文字でした。現在はアルファベットが小さく書いてありますので、助かります。

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<アユタヤの遺跡>MZ-3/FA28-105mm

4か所くらい回りました。アユタヤの遺跡はまだまだあるので、後日また回ります。

ホテルにいったん戻って外で夕食です。やはりきちんとした店は見つからず、チャオプラム市場の食堂に入りました。

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<カオパットクン>Coolpix880

メニューがわかるものはこれくらいでした。カオパットじたいは歩き方の料理名鑑で知っていたらしいです。おかずになるものは頭に入ってなかったのでしょう。

ビアチャーンの缶も頼みました。やや寂しい夕食ですよね。

でも、ビールもつけてたったの45バーツですよ。

しかし、腹が減りそうだったので、コンビニでポテチとビールを購入してます。当時すでにアユタヤにはセブンがあったようです。今ならほとんど考えられませんが、端数が出ました。釣銭の一部にサタン硬貨が混じっていたのですね。

食事写真も寂しいですよね。今なら、何カットも撮るのですが、当時のカメラには64MBくらいのカードを指していただけで、最低画質で撮っていたんです。これをちょこまかと。当然、ストレージもないし、パソコンもないので、撮りためるだけです。現在のデジイチの最高画質なら、数枚で終わってしまうレベルです。

当時のカードはとても値が張りました。旅にデジカメ持参という人もかなり少なかったと思います。時代ですね。

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コメント

2003年3月だとアユタヤにセブンは何店舗もありました。
初めて行ったときはアヨタヤホテル横のソイを入って
さらに左のソイに入ったゲストハウスに泊まりましたが、
当時は道路が舗装されていなくて雨が降るとドロドロになった
ものです。スポーツサンダルが土に張り付くので、それを
剥がしながら歩きました(笑)
毎回、その辺りのゲストハウスに泊まっていましたが、現在でも
あるのは1軒だけ。
当時のその宿は2階にハンモックがあって、とても居心地の
良いところでしたが、料金も姿も変わり過ぎてしまいました。
再訪しようかなと思っていましたけど、行かないだろうな。
旅人の我侭なのはわかっていますが、そのままでいて欲しいって
思うんですけどね。

投稿: Naozo | 2020年9月23日 (水) 22時49分

Naozoさん。
当時タイのコンビニすべてを「セブン」ということは知りませんでしたね。
アヨタヤホテルですが、当時あったはずの別棟がかなりリーズナブルでしたが、普通の部屋に泊まりましたね。
ゲストハウスはその後、食事をしました。
3年前に久しぶりにアユタヤに行きましたが、同じようなところで夕食にしようと思っていたら、雨が長引きやめています。
あのあたりも変わったでしょうね。
チャオプラム市場あたりは雑然とした感じはあまり変わらないような。

投稿: ヒョウちゃん | 2020年9月24日 (木) 22時39分

タイの場合
クイッティアオの方が
美味しいと思いながら
バミーを注文してしまう事が多いです。
しかし
2003年
まだまだ
タイの物価の安さを感じますね。
コロナの後
タイはどうなるのか?
少し心配です。

投稿: 裕治伯爵 | 2020年9月26日 (土) 11時56分

裕治伯爵。
ワタクシもバミーのほうが好きです。
クイッティアオだと幅広のセンヤイが好きですね。
2003年当時、物価も安かったですが、かなり日本円が強くて、1万円当たり3500バーツくらいで両替できました。
現在は2800バーツくらいですかね。

これもアベノマスクじゃなかった、前首相の経済政策が強く影響してますね。

投稿: ヒョウちゃん | 2020年9月26日 (土) 17時24分

どうもです。
昨日は長編のお返事ありがとうございます。
さて小林武とミヤジの出演番組を観ました。
前回の堺、みのもんたでも触れましたが
この小林氏も芸能人にふさわしい、
相当荒れた履歴でした。
さて、食事ですが20年ほど前は私も
似たようなものでした。
何しろ、火の通ってないものは全部
拒否でした。カオパットばかり食べて
いましたね。
また、らぁめん亭とかも
当時は許容できる価格でしたので、
よく通いました。
ところで、ヒョウちゃんのタイ料理には
定番のトマトやキュウリのスライスが
殆ど付属しないのは何故でしょうか。

投稿: ペンタのP | 2020年10月12日 (月) 10時04分

ペンタのPさん。
この当時はよくて英語メニューがある店しか入ってないと思います。
火の入ってないタイ料理って、クンチェー・ナムプラーくらいすかね。あとは、ヤムの野菜あたりなんじゃないすか?
らあめん亭、高くなりましたね。
つーか、100バーツ以下で食べられるラーメンは8ちゃんラーメンくらいですね。
YouTuberのTJはらあめん亭によく行ってるみたいですよ。

>ところで、ヒョウちゃんのタイ料理には定番のトマトやキュウリのスライスが殆ど付属しないのは何故でしょうか。

それはね…先に食べちゃったから。
というのは嘘です。
そんなこともないと思うんですが。
付く料理って、カオマンガイとかカオパットですかね。
あとはわからないです。

さて、小林武ですが、エレカシとはアレンジ等で仕事をしてますね。
この方は、吉田拓郎や後藤次利、小室哲哉あたりと同類ですかね。
言ってる意味わかりますよね。

投稿: ヒョウちゃん | 2020年10月13日 (火) 01時37分

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