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2020年10月28日 (水)

香取神宮と政治の匂い

2020年9月29日(火)

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<発酵の里こうざき>PowerShot

成田を9時くらいに出発し、香取神宮を目指します。前日、佐原を訪れましたが、同じく香取市にあります。

カーナビをセットし、高速を使わないルートにしたら、田んぼの中のカーブの続く狭い道を抜け、利根川沿いに出ました。前日は場所は違いましたが国道51号が大部分でこのルートではありません。ディーラーの純正カーナビとはいえ安いタイプだとこうなりますかね。

ともかく、利根川沿いの道は対向2車線でありながらセンターラインは白い破線で追い越し可能な道です。時折アホみたいに速いクルマが追い越しをかけてきます。最近のクルマはクルーズコントロールも標準で付いているのでこういうところは楽なんだろうなと思いました。

今では軽自動車にまで付いてますぜ。いかに自分のクルマがここ数年の間に古い世代になっていったかがわかります。

よくわからないのと休憩を兼ねて途中の道の駅で一休み。

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<入口>KP/DA18-50mm

ここに大きな駐車場があって無料です。きれいなトイレもあります。

この先は門前町風ですが半分くらいは開いてませんでした。

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<最初の鳥居>KP/DA18-50mm

香取神宮は山腹に作られたようで、なだらかな上り坂が続きます。略図で見るとかなり広大な敷地に見えましたが、成田山ほどではありませんでした。

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<二の鳥居>KP/DA18-50mm

だんだん見えてきました。さらに石段を進みます。

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<拝殿前の門>KP/DA18-50mm

入口と出口が分かれてます。

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<樽酒>KP/DA18-50mm

神事に日本酒は付き物のようです。北口本宮富士浅間神社にもありました。

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<拝殿>KP/DA18-50mm

なんでも「神宮」を名乗るのは伊勢神宮、鹿島神宮とここだけのようです。神社としての格もトップとのこと。

後年いくつかの神宮を名乗る神社ができましたが、上記の神宮は延喜式にまでさかのぼるようです。

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<内部の紋様>KP/DA18-50mm

ちょうど賽銭箱の上部あたりです。

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<休憩所>KP/DA18-50mm

拝殿の奥には昔の馬場があり、ちょっとした広場風になっていました。登ってみましたが特にどうってことはないですね。

桜の季節や紅葉の時は素晴らしいのかもしれませんが。

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<立札>KP/DA18-50mm

傍らには石碑のようなものが。

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<北朝鮮に行った政治家>KP/DA18-50mm

かつて、日航機「よど号」が赤軍派に乗っ取られた時、乗客解放と引き換えによど号に乗り込み犯人とともに北朝鮮まで行った政治家、山村新治郎のブロンズ像です。

このあたりの人だったんだ。

今や、赤軍派も歴史の狭間に忘れられたような存在ですが、この時の犯人はまだ生き残っていて北朝鮮にいます。

そういや日航機ってやたら乗っ取りにあってますよね。

<追記>
山村新治郎の銅像ですが、2体ありまして(画像の右隣)、気になって調べてみたら北朝鮮に行かれた新治郎さんの実父10代目「山村新治郎」氏でした。親子ともども衆議院議員。

北朝鮮に行かれた11代目新治郎さんですが、精神を病んでいた娘さんに刺されてお亡くなりになってました。それも、北朝鮮に再訪問する当日だったとか。なんとも悲劇的な最後ですね。

その後、山村家からは議員の跡継ぎは出ておりません。

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コメント

冬の青春18の季節になったら、香取神宮と鹿島神宮に行こうかと思っています
以前、やはり青春18でJR香取駅から香取神宮まで歩いたらすごく遠かった(^^ゞ
香取神宮と鹿島神宮の祭神を勧請して春日大社の祭神に向かえたんですよね
延喜式で伊勢と並んで神宮とされた厚遇といい、不思議ですね
古代にはこの地方はずっと栄えていたんでしょうか?

投稿: kimcafe | 2020年10月30日 (金) 10時56分

kimcafeさん。
冬は寒そうですね。
予定では鹿島神宮も回るつもりでしたが、勢いで大洗まで行ってしまいました。
またいつか行こうと思ってます。
このあたり、うなぎ屋が多いので、地域共通クーポンで1食いけますね。

投稿: ヒョウちゃん | 2020年10月31日 (土) 00時07分

蘊蓄、語ってすみません。
このあたりの話は大好きなんですよ。鹿島神宮と香取神宮が手厚く扱われているのは日本書紀で分かります。

天津神アマテラスが地上を支配するために地上の支配していた大国主命から支配権を奪うために遣わしたのが武神タケミカヅチとフツヌシの2柱。タケミカヅチは剣の尖った剣先に胡坐をかいてすわり、大国主に迫ります。
結果、地上を譲ることになり、この2神は国譲りのヒーローとなります。
このタケミカヅチこそ鹿島神宮の祭神、フツヌシが香取神宮の祭神というわけです。
ここがポイントなのです。

鹿島神宮を祀っていたのが藤原氏(中臣氏)、香取神宮を祀っていたのが物部氏。
そして伊勢神宮は天皇家(中大兄皇子)、つまり大化の改新。まさに政治色です。

大化の改新後、編纂を進められた古事記と日本書紀。実際に書かれた後世に出るのに20年もかかっているのです。ここで大幅に内容に手を加えられたと見るのが当然。

大陸から渡ってきた天皇家、藤原家にとって正当化する都合の良い内容に神話も神宮も組み替えられたのでは。
(物部氏は衰退しましたが、もともと倭の蘇我側ではなく中大兄・中臣側ですから)

この3つの神宮はその後のヤマトを支配しやすくするために、今のヤマト朝廷の最大の功労者として書物と信仰と2つから構築していったとみています。(長文ばかりですみません)

投稿: lastsmile | 2020年12月 1日 (火) 20時53分

lastsmileさん。
コメントありがとうございます。

ええ、ワタクシも結構ウンチク野郎ですが、歴史を専門的に学んだことは皆無といっていいです。
特に日本の歴史は表面的なことしか知らないので、詳しい解説をいただけるとありがたいですね。

天皇家と中臣氏、物部氏の関係と本来の「神宮」の話、興味深いです。
この辺りは中高の教科書では出てきませんので、大学以上の知識となりますね。ありがとうございます。
天皇家も天皇家で、中大兄皇子と大海人皇子が本当に兄弟だったのかとか、色々と説がありますね。

色々と記事にしてますが、得意分野はどちらかというと世界史的なほうで、それも旅に出かけるので本を読み漁った程度のものでございます。
本来の専門は地理学でして、これまた加齢とともにどんどん知識が失われているところです。

また、色々教えてください。
長文、大歓迎です。

投稿: ヒョウちゃん | 2020年12月 1日 (火) 22時22分

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