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2021年2月28日 (日)

足利から持ち帰った石鹸

世界の石鹸Vol.5

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<Sharp Android>インド製石鹸

足利の「足利ハラールフード」で購入してきた石鹸を使い終えました。

足利をはじめ数か所で同じような時期に山火事が発生しました。乾燥してますし、この時期気を付けてくださいませ。

このパッケージ、見覚えがあります。2015年のインド土産で購入し、どなたかにもらっていただいたものです。また、石鹸ではありませんがこのHimalaya社の製品をいくつか購入しやはりバラマキ土産にしております。

足利ハラールフードでもいくつか石鹸があったのですが、とりあえず馴染みの製品を選んだという次第です。

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<創業年度>PowerShot

ちなみに、パッケージ裏も表も同じデザインでした。創業1930年ですか。ネットでググるとインドのアーユルヴェーダコスメブランドとあります。この反対側も同じデザインです。

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<箱の横側その1>PowerShot

この会社の石鹸ですが、いろいろなタイプが出ています。ちょっと迷ったのですが、インド的ということで、ニーム&ターメリックというものを購入しました。

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<日本語の張り紙>PowerShot

店のスリランカ人が直接現地から輸入したものではなさそうです。日本の会社が関係してますね。とはいえ、その会社名はインドっぽいアルファベット表記でしたけど。

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<開封>PowerShot

前回のアーユルヴェーダ石鹸と異なり、パラフィン紙というチープそうなパッケージングではありませんでした。

<まとめ>
石鹸名 :Himalaya Protecting Neem & Turmeric Soap
原産国 :インド
購入地 :足利市、足利ハラールフード
価格  :300円
使用期間:2021年2月上旬から3週間くらい
使用感 :肌がすっとする

補足しますと、The Himalaya Drug Company Pre Ltdはベンガルール(バンガロール)に本社があるようです。このサイトだと、インド・スリランカを除く南アジアと東南アジア、オーストラリアとニュージーランドの現地法人(?)みたいなところに飛ぶのですが、インドでの価格またはそれぞれの地域での価格まではわかりませんでした。

Amazonあたりでは単体400円近い価格でした。

さらに、ボディケア製品をクリックしますと、ニーム&ターメリックのこの石鹸が最も販売されているようです。

インド人が木の枝で歯磨きをするところをご覧になった方も多いと思います。その木の枝がニームという樹木になります。ターメリックは言うまでもありませんね。

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<石鹸単体>PowerShot

ヒマラヤ社のマークが刻印されてますね。これ、わかりにくいですが、裏側は中央が窪んでいます。

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<バラナシの沐浴>K-7/FA77mm

こんなシーンを見たことのある人もいると思います。純粋な沐浴であれば身体を洗うこともないと思いますが。ガートの上では石鹸を使って体を洗うインド人もかなりいます。彼らはタオルや布を使うことなく、直接石鹸を身体になすりつけて身体を洗うのです。

こういう場合、石鹸に窪みがあったほうがいいですよね。また、滑りやすい石鹸ですから、窪みがあったほうが持ちやすいということなんでしょう。

今回の石鹸ですが、適度な硬さがあり、前回の石鹸のように途中でバラバラになることなく、使い切ることができました。あと、個人的なことですが、腿のあたりに浮いてきたほくろがあったんです。それが取れました。これは凄くないですか?

ともかく、またどこかでHimalayaの製品があったら購入して使ってみようかと思います。Amazonとかには頼りませんけど。

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2021年2月27日 (土)

ちょっとだけタジク

ソ連があったころのウズベキスタンツアーから(5)

ツアー4日目。

この日はバスでペンジケント(パンジャケント)へ遠征です。ソグド人というかつて存在した民族の本拠であったゾグディアナがあったといわれているところです。ペンジケントは当時のタジク共和国にあります。とはいえ、ソ連のビザで入国していますから国境の検問などは特に問題ありません。

現在のこの辺りは国境線が入り組んでいて大変そうです。特に、ウズベキスタンは複雑な形をしてますので、サマルカンドからフェルガナに行くにしても、かつてはタジキスタンに入ってウズベキスタンに戻るような鉄道路線や幹線道路がひかれていました。ソ連が解体され、中央アジアも国が分立するといちいちビザやパスポートが必要ということになるためか、鉄道も幹線道路も越境しないようなルートを作ったともきいています。この時は全く問題ありませんでしたが。

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<ゼラフシャン山脈とソグド遺跡>ME Super/SMC50mm

手続きは簡単とはいえ、国境からタジクのインツーリストの係が我々のバスに乗ってきました。当時のソ連の観光では、スルーガイドと現地ガイドが付きます。この時は、サマルカンドのガイドも一緒だったので、あちら側のガイドが3名ということになりました。なお、現地ガイドは必ずしも日本語を話せるわけではありません。スルーガイドのG嬢が通訳します。

はるばるやってきたソグド遺跡ですが、まだ発掘中というありさまで、荒涼とした風景に何の感動もありませんでした。

その後、博物館見学をして、現地のレストランで昼食です。

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<シャシリク>*イメージです

食事をした後、外に出るといい匂いが漂ってきます。見ると、シャシリクを焼いていました。いかにも美味そう。添乗員のH氏が交渉してひとり1本ずついただくことができました。予想通り美味い!

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<レストラン前で記念撮影>ME Super/SMC28mm

シャシリクというのは、肉をミンチにして串焼きにしたものです。間違いなく炭火焼き。まずいわけがないです。タマネギと香辛料も使っていて、この味がソ連にきて一番美味いと思いました。ペンジケントでの収穫はシャシリクくらいでした。

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<晴れた>ME Super/SMC50mm

タジクでは雨模様でしたが、サマルカンドに戻ると晴れていました。戻ってからは観光はなく、夕食まで時間があるので、親しくなったツアーメンバーと街歩きです。

目的地は前日訪れたコルホーズバザールです。レギスタン広場もそっちのけで、ひたすらバザールを目指します。正確なガイドブックは誰一人持ってませんでしたが、だいたいの道順は覚えていたので、簡単に到着しました。

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<シャシリク売り>ME Super/SMC50mm

そう、目的は再びシャシリクを味わうことだったのです。またもや、ひとり1本ずつの注文。これも、ペンジケントのシャシリクに負けず劣らず、実に美味かったです。

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<肉売り場>ME Super/SMC50mm

市場の中も覗いてみました。肉を撮っていたら、大きな声を出されました。どうも、解体された肉は撮影を歓迎されないようです。イスラムの国では半分くらいは嫌がられますね。歓迎する人もいますけど。

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<レギスタン広場>ME Super/SMC50mm

前の日もこんな天気だったらよかったんですけど。

続きます。

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2021年2月23日 (火)

神奈川のソウルフード麺

今日の立ち食い蕎麦・うどんVol.23

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<本日の店>PowerShot

町田市内にあるラーメン店です。本日はここであるものを食べようとやってきました。

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<おススメ品>PowerShot

あー、まだやってたんですね、「Go To Eat」。本日食べるのは左にある「サンマー麺」でございます。

自宅から徒歩で行けるローカル商店街がありまして、そこに昔ながらの中華料理屋があります。サンマー麺あるいはサンマーメンの存在を知ったのはかなり昔のことです。その中華料理屋のメニューにこれがあったんです。

その店に行くのはせいぜい年に数回。ぽつぽつとでしかありませんが、ン10年にわたり通っていることになりますので、そちらのサンマーメンも何度か食べております。

つーことで、サンマーメンというものには慣れ親しんでいるのですが、生活圏を出てラーメン屋や中華の店に行くと、それがないんです。

不思議に思ってましたが、神奈川、横浜を中心とした地域にだけある麺料理ということがわかりました。つうことは、町田は神奈川の文化圏なのか…。じゃ、県境またいでもマイペンライですね。

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<サンマーメン>PowerShot

来ました。見た目、タンメンみたいですけど、中華麺を使い、麺は細麺なんです。

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<リフトアップ>PowerShot

そして、大量の野菜を使い、特にモヤシがたくさん入ってます。この店ではキクラゲと豚肉、ニンジンが使われていました。

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<味変を期待するが>PowerShot

そして、スープなんですが、ラーメンスープとも違いますね。味的には醤油味ということになります。豚骨とか牛骨、煮干しなどスープの素となるものはわかりかねました。

サンマーメンの特徴としてとろみのついた餡をかけているというのは絶対条件です。画像ではわかりにくいですが。

ラーメンともまた違い、寒い日に食べると温まる1品ともいえましょう。ただし、このところは温暖ですけど。ま、汗をかくことはございませんでした。

ところで、この「らーめん花樂(からく)」、神奈中システムプランという会社が運営するラーメンチェーン店なんです。つまりは親会社がバス大手の神奈川中央交通ということになります。神奈川ゆかりの会社ですからサンマーメンがあって当然。

町田を走るバスは95%くらいは神奈中バスです。そりゃ、町田が神奈川に属していると誤解されてもしょうがないかな。サンマーメンも普通にあるし。花樂も2店舗あったんですが、うち1軒は「いきなりステーキ」に売却後、そのいきなりステーキが閉店いたしました。

今度、近くの店のサンマーメンも食べ比べてみるか。花樂のサンマーメン、780円でございました。

らーめん花樂

メニューも出てきますが、価格が違ってます。

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2021年2月22日 (月)

観光のハイライトだが、天気最悪

ソ連があったころのウズベキスタンツアーから(4)

コルホーズバザールからいったん引き上げます。バスに乗る直前、アイスクリーム売りが登場して、ルーブル減らしに買ってみました。これは美味かったです。ソ連の牛乳加工品は割と美味いという評判があったんですね。

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<ソ連のバス>ME Super/SMC28mm*別の日です

さて、ソ連のバスですが当然ながら西側諸国で作られたものは入っておりません。乗用車も同様です。見たこともないようなバスで、クッションなどはほとんどないに等しいものです。とはいえ、サマルカンドだけ回る分には移動も短時間だし、なおかつこのツアーは総勢20人くらいでしたので、ひとりで2席を余裕で使えました。つまりはそんなに不満はなかったです。

これがそのようなバスを使って毎日中長距離を移動するとしたら、大変だったと思いますが。

ところで、当時のソ連を中心とする経済圏はコメコンというものがありソ連が介入して戦後にできた社会主義諸国の製品も入ってきているわけです。ここで、「ソ連のバス」とは書いていますが、もしかしたら東ドイツ製だったりチェコスロバキア製だったりした可能性もあります。

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<ナン>*イメージです

さて、いったんホテルに戻りまして昼食です。毎日登場するのはナンです。現地発音で「ヌン」ともいうようですが。インドのナンも窯で焼いていくので、ルーツは同じようです。

しかも、ティムール朝が消滅後、王朝の子孫が現在のアフガニスタンに逃れ、その後インド亜大陸に入りムガール朝を建てたともいわれているので、割と信憑性はありそうです。ただし、全インドでナンを食べているわけではありませんが。

これにラグマンとサラダあたりでしょうか。夜はプロフと肉がついたような気がします。ともかく、ウズベク共和国に入ってからは食事の不満はありませんでした。

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<レギスタン広場>ME Super/SMC50mm

午後の遅い時間まで休憩です。一行はレギスタン広場に向かいます。

ところで、画像の色調が暗いのはフィルムのせいといって差し支えないでしょう。用意したフィルムはフジのISO50くらいのリバーサルでした。しかも、当時使っていたカメラはPENTAXの一眼レフで、露出をカメラ任せにできるタイプで、すべてオートで撮っていたのですね。

この、リバーサルフィルムは晴天だとものすごくコントラストのはっきりしたものに仕上がるのですが、冬場とか曇りの日はあまりそれが発揮できないのです。ともかく、この日はこんなくすんだ感じのものに見えました。

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<シルドルメドレッセ>ME Super/SMC28mm

こちらが比較的まともに撮れた画像です。ここはいうまでもなく、3つのメドレッセ(神学校)が向かい合う世界的にも稀な場所です。特にこのシルドルという神学校は正面にライオンのような動物が描かれていて、偶像崇拝を嫌うイスラム社会では当時あまり尊重されたかったとのことです。

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<ティリヤカリメドレッセ>ME Super/SMC28mm

そのため、ティリヤカリメドレッセが新たに作られたとのことです。

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<ウルグベクメドレッセ>ME Super/SMC28mm

正面から見て左側にある神学校が最も古いそうです。

現在さらに修復が進み、ここはかなりツーリスティックになっているようです。カフェもあるらしいです。

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<グルエミル廟地下>ME Super/SMC50mm

ますます、日が傾いてきたころ、グルエミル廟に向かいました。地下にティムール一族の墓があります。

ここに見えているものは石棺ですが、実際に葬られたのはここよりさらに深いところにあるようです。ムスリムは土葬を行いますので、直接見えている部分を暴かれるのを避けたのでしょう。

このあと、ホテルに戻り夕食。続きます。

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2021年2月21日 (日)

成田でサイゼリヤ

*2度目の緊急事態宣言発出前の話です。

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<成田Uシティホテル>PowerShot

昨年の9月末に千葉・茨城方面に行った時の話です。

世界がこんな状況なので、日本もインバウンドが期待できず、空港前泊という人たちもごくわずかで、特に成田のホテルは閑古鳥が鳴いておりました。予約サイトを見ると、1泊3000円を切るお値段です。では、と行く気になったのですが。

東京がGo To トラベルから除外されておりました。つーことで、6000円程度したような。

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<客室>PowerShot

ベッドにデスクに小型テレビと小型冷蔵庫があります。結構古いホテルですが、いつぞや泊まったApaよりは広々です。

今回、スーツケースやキャリーバッグを持ってきてはいませんが、これなら荷物を広げても問題ありません。

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<枕元>PowerShot

こんな感じで古めかしいスイッチ類もありました。ほぼ作動しませんでしたけど。代替えのスイッチ類はありますので、問題ありません。

なんかこういうたぐいのスイッチ、タイのオールドホテルにもありますよね。

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<ユニットバス>PowerShot

ここは狭く、部屋から一段高くなってます。バリアフリー対応ではないです。とはいえ、ほとんどの安いビジネスホテルはこんなつくりなのではないでしょうか。

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<眺め>PowerShot

ここ、JR成田駅からは徒歩5分くらいなんですが、周囲はちょっと寂しめです。まあ、夜は街灯も暗めなんですけど、ほんのちょっと歩けばJRと京成に囲まれた繁華街がありますので、食事の不便はありません。

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<サイゼリヤ>PowerShot

やたらと居酒屋の多い繁華街なんですが、落ち着きたいので、ファミレスです。

このサイゼリヤはビルの2階にありますが、ビル内からアクセスしようとすると迷ってしまいそうなところにあります。

なので、外から見える外階段を使って、別の入口から入りました。お出迎えは日本語を話すインド人の店員でした。さすがはワールドワイドな場所柄です。

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<一番搾り>PowerShot

今回は頼みませんでしたが、ワインがあるんです。フラスコのようなキャラフに入れられたハウスワイン風のものが。それも、赤・白・ロゼと揃ってます。それがかなり安いです。

ほとんど、「せんべろ」に近いですよ。

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<来ました>PowerShot

ま、サイゼリヤが本格イタリア料理とは思ってませんけど、洋食系料理屋とかキッチンなんとかよりは、イタリア料理に近いものを出しますね。ここまで来て、ハンバーグとか食べてもアレですから、サイゼリヤに従うことにしました。

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<ほうれん草とベーコン炒め>PowerShot

イタリアではメインの付け合わせに当たるものが、ここでは単品です。それなりに美味い。

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<ムール貝のバター炒め>PowerShot

これがメインではやや寂しいですが、単品が安いもので、つい頼みました。

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<フォカッチャ>PowerShot

店にピザ窯がないので、こうなっちゃうんでしょうかね。ボリューム不足はこれで補います。

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<イカ墨のスパゲッティ>PowerShot

基本ファミレスですから、これも冷凍ものを温めただけでしょう。でも、味はしっかりしていて、最もイタリアを感じさせる味となりました。

これで総額、1600円です。例のクーポンが付いてくれば、600円で味わえましたけど。

こんな感じで、ちょこちょこ頼んで、ワインで適当に酔っぱらう。でも、うちの近くのサイゼリヤはいずれも街道沿いにあって、やっぱりクルマを使ってしか行けないような場所にあります。でも、成田のど真ん中にあるこの店は使えるかも。

成田Uシティホテル

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2021年2月18日 (木)

やっと観光に

ソ連があったころのウズベキスタンツアーから(3)

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<山の向こうはアフガニスタン>ME Super/SMC50mm

ツアー3日目。全行程8日しかないのに、まだ観光してません。この日ようやくサマルカンドを回ります。

宿泊したのはホテル・サマルカンド。前夜真っ暗な中到着し、ほとんど眠るだけだったのだが、小さいながらバルコニーがあり、そこからは雪をかぶった山が見えた。方角的にはあちらがアフガニスタンということになる。

当時すでに、ソ連によるアフガニスタン侵攻があり、アフガニスタンに行くということは事実上無理でした。でも、かなり年上の同僚はアフガニスタンに行ったことがあるといってました。その時以来の内戦継続中。どうにかなりませんかね。

同室のOさんとちょっとだけ外に出ることにしました。ホテルの敷地を出た途端、小学校低学年くらいの子供が「ガム!シガラ(煙草)!」と叫んで近づいてきましたが、この後面倒なことになりそうだったので、引き返しました。

戻りのエレベーターでは明らかに「西側」から来たツアー客に持っていたカメラのことを話しかけられました。どこかは忘れましたが北欧の国から来たとのこと。やはり、このホテル・サマルカンドも各国からのツアー客を集めているわけですが、ここで東アジアではない欧米からの人とも出会うわけです。

交易物はありませんが、さすがはシルクロードで、東西の人々がすれ違う場所でもあるわけです。

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<ウルグベクの天文台>ME Super/SMC28mm

さて、観光です。サマルカンドというとティムールですが、その孫にあたるのがウルグベクで、当時の超保守的なキリスト教会と違い、学問の上でもイスラム社会は先進的でした。ウルグベクは天文台を設けました。画像の長方形の入口から覗くと、六分儀の形が見て取れます。

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<シャヒー・ジンダ廟群>ME Super/SMC28mm

次に向かったのがシャヒー・ジンだ廟群です。早くもサマルカンドブルーと出会うわけですが、天気がイマイチ。

その次はビビハニム・モスクでしたが、すっかり崩れ落ちていて写真を撮るのをやめました。ちなみに、現在はすっかり修復されているようです。

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<コルホーズバザール>ME Super/SMC28mm

その後、徒歩でバザールへ。現在あるシヨブバザールではありません。まだできてなかったのではないでしょうか。

ここで珍しく自由行動となり、適当に見て回ります。ワタクシは、両替したお金でメロンを一切れ購入しました。金額は覚えてませんが、確実にぼられていたでしょう(そもそも、両替自体が実勢レートではないはず)。

同行していた人は、100円ライターをかなり用意してきて、物々交換でメロンをゲットしていました。しかし、メロン一切れですよ。この後、それを見ていた現地のおじさんが100円ライターとルーブルの交換を申し出ていました。両替率からしてもかなりの額となったようです。

なんでも物資の不足するソ連では、このようなライターもガスや石の補充をして、かなりの間使い倒すようなんです。このあと、同じような条件下にあると思われた中国に行き、100円ライターを用意して交換してみたのですが、金銭との交換はできませんでした。また、物々交換も渋々という感じでした。中国ではすでに100円ライターが普及していたようですし、もともと外国人は兌換券であるため、両替には積極的ではなかったのではと思われます。

本日はここまで。

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2021年2月17日 (水)

竹内まりや、ついに解禁

かすてら音楽夜話Vol.105

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遂に登場の竹内まりやです。

彼女の所属するスマイルカンパニーという事務所は夫である、山下達郎とともに非常に著作権にうるさいところでした。それはスマイルカンパニーの同族会社ともいえるジャニーズエンターテイメントにもいえることなんですが。

ミュージシャンの著作権や肖像権等について、それらが直接彼らの収入源となります。著作権・肖像権等を守るのは当然の姿勢であります。これまで、デビューの1978年から42年間の間、いわゆるサブスクリプションについてかたくなに拒まれてきたわけですが、昨年ようやくごく一部が解禁になりました。ということなので、今回の登場となったわけです。

では、その一部をさっそく取り上げましょう。

 

竹内まりやで「Plastic Love」(作詞作曲:竹内まりや 編曲:山下達郎)でした。

こちらの曲はアルバム『Variety』(1984年)収録の3曲目のシングルカットです。このアルバムは山下達郎との結婚、休業後の復帰作でアルバムはオリコン初登場1位となりましたが、シングルは3曲とも20位以下、この曲に至っては86位に沈むという有様でした。

それは、ちょうど山下家の長女の出産と重なり、プロモーションをほとんどやらなかったためでしょう。と、いうか、結婚後は他のシンガーへの曲提供は行っていたものの、自身の活動は皆無で、「記念に出してみた」というようなノリだったともいわれています。

しかし、松原みきの記事で取り上げたRainychさんをはじめとするシンガー系YouTuberも、「Plastic Love」を取り上げ、海外でもこの曲がバズるようになってきたのです。

竹内まりや自身は山下との結婚前にアメリカ録音でTOTOらと共演などをしていたのですが、この時期本気でアメリカ進出などする日本人はいなかったわけです。それは、松原みきの「真夜中のドア」にも通じることなんですが、40年くらい埋もれていた日本のニューミュージック~J POPという流れをYouTubeを介して、それが違法アップロードであろうとも世界に受け入れられたということなんじゃないでしょうか。

実際、松原みきや竹内まりやの映像には海外からものすごい数のコメントがついております。ふたりとも日本語で歌っていて(一部英語訳もあるみたいですが)ほぼ日本語を理解しない人たちには何が何だかわからないはずなのに。これは、我々が洋楽を聴くのと同じことなんでしょうかね。サウンドとヴォーカルの重なり具合が言葉を超えて気持ちいいという。

 

続いての曲は1992年のシングル「家に帰ろう(マイ・スウィート・ホーム)」(作詞作曲:竹内まりや 編曲:山下達郎)でした。

竹内まりやは1985年に長女を出産してからは家事と育児に追われていたものの、職業作家として曲提供を行うとともに、アルバム・シングルをぽつぽつとリリースし続けます。山下達郎曰く「シンガーソング専業主婦(または兼業主婦)」とのことです。

以上2曲を聴いてお判りと思いますが、全面的に山下達郎がバックアップしており、かなりのクオリティです。そこに目を付けたのがマスメディアでして、ほとんどのシングルにタイアップが付くのです。シングルとしては1998年の「カムフラージュ」と2020年の「いのちの歌(スペシャルヴァージョン)」の2曲がオリコン1位となっていますが、山下との結婚後にリリースした5枚のオリジナルアルバムはすべて1位。公式ベスト及びカバーアルバム4枚も1位ということで、山下以上に売れるどころか、J POPのクイーン、松任谷由実にも迫る勢いです。と、いうか対等といっていいでしょう。

子育ても一段落した2000年に竹内まりやは18年ぶりとなるライヴに登場しました。これはワタクシも見に行きましたが、素晴らしかったです。ライヴでもまったくオリジナル音源のクオリティを維持しているんです。これなら、いつでもライヴに復帰しても大丈夫だという気がしましたが、竹内まりや自身は相変わらず以前と同じペースで作品をたまにリリースする程度なんです。でも、いずれもヒット確実ですもんね。

これについては、夫の山下自身のリリースとかつての作品のリマスター、そして竹内まりやのプロデュースとかつての作品のリマスター等に関わるため、曲がある程度たまらないとアルバムもリリースできないことに起因しているでしょう。

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今や、出す作品は確実に売れるし、クオリティもいうことなしなんですが、残念なのが結婚前の作品についてサブスクが許可されてないことでしょうか。

デビューの1978年からしばらくはテレビにも生出演し、歌謡番組で歌うということもありました。そればかりか、芸能人運動会にも出場したことがあったほどです。

別にそれを期待しているわけではないのですが、デビュー直後は竹内まりや自身が作った曲はアルバム中せいぜい3曲程度で、シングルには全く使われていません。まあ、それほど期待度の高い作家とは思われていなかったともいえます。

ですが、他人からの提供曲であってもいい味を出している作品はアルバム中にも多数あります。惜しむらくはシングルになっていないので、テレビでは流れていなかったりします。

独身時代のシングルで最も売れた曲は1980年の「不思議なピーチパイ」(作詞:安井かずみ 作曲:加藤和彦 編曲:加藤和彦・清水信之)の3位が最高です。この曲は資生堂の春のキャンペーンソングで、売れて当然。

サブスクになってないのでリンクだけでご紹介しましょう。

「September」(1980Live Version)

こちらは、1979年の3枚目のシングルです(作詞:松本隆 作曲:林哲司 編曲:林哲司)。デビューシングルとセカンドシングルはタイアップが付いたのですが、こちらは何もなし。オリコンチャートでは39位に沈んでます。

この曲が収録されたサードアルバム『Love Songs』はその頃ようやくアルバイトで金を貯め、やや本格的なコンポーネントステレオを購入できたので、邦楽のアルバムとして初めて購入したという思い出があるんです。

学校の新入生顔合わせでも、この曲を歌った女子がいたし。

林哲司氏が本格的に売れる前に書いた曲です。それは「真夜中のドア」にもいえることですが。杏里や菊池桃子、オメガトライブなどで売れっ子になる前の作品。それは自身の才能を出し切った渾身の2曲なのではと思います。

竹内まりやも今では貫禄ついちゃってますが、このころはピチピチ。それにしても細いですよね。歌謡番組(化粧がひどくてえらく老けて見える)ではなく、どこかのライヴを流したものなので、等身大の25歳ということですね。

まあ、プロモーションビデオもない時代なので無理かもしれませんが、RCA時代のサブスクも音源だけでいいので流してほしいですね。

★引き続きリクエスト、ご意見、ご要望受け付けております。いいねとコメントもお待ちしております。

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2021年2月14日 (日)

なかなかたどり着かないサマルカンド

ソ連があったころのウズベキスタンツアーから(2)

2日目になりました。ハバロフスクは日本と同じような経度にありながら1時間時差があります(日本が正午の時、午前11時)。しかも、真冬で日照時間が短い時期で、日本より高緯度になるので、なかなか陽が昇らないのでした。

朝食は今回はまともでした(でも、内容は覚えてないです)。ここですぐ空港に移動し、ウズベク共和国の首都、タシケントに向かうはずでしたが、どうやらフライトが変更になったようでその辺だったら回ってきてよいことになりました。なお、社会主義の国ですから、スケジュールの変更は頻繁にあります。例えば、党の幹部がその便を利用することになったとかですね。幹部の家族ということもあります。

なお、この場合は理由などは知らされません。

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<凍り付いたアムール川>ME Super/SMC28mm

ホテル周辺といってもハバロフスクの中心部であったのかどうか。ともかく、凍り付いた坂道を上がっていくと、アムール川に出ました。

この時は氷点下18度。

ホテルに戻りようやく出発です。

この日はタシケントまで飛び、乗り継いでサマルカンドまで行く予定です。すでにソ連に入国しているので、搭乗の手続き等は簡単です。せいぜい荷物のチェックくらいで緩いです。

さて、搭乗前にトイレに行くことにしました。尾籠な話ですが、大きいほうです。

空港の男子トイレには個室が3つ並んでおりました。そのどれかを利用するのですが、A「ドアに鍵がない」、B「便座がない」、C「水が流れない」というどれも欠陥のあるトイレでした。さて、どれを利用したでしょうか?答えは次回。

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<イリューシン62>

さて、タシケント便です。今度は新潟から利用したものよりかなり大きいイリューシン62という機材でした。搭乗券はなく、すべて自由席でした。もうあらかた埋まっていたのですが、ロシア人の間に紛れつつも、ツアーメンバーと離れないようにして座りました。しかし、移動は8時間。機内食もはなはだお粗末なものでした。また、イリューシン62には中心部と後部の間に階段があってそのあたりがトイレになってました。

(注)当時は空港・駅等の施設と航空機や列車などはすべて撮影禁止でした。その後、中華人民共和国にも行ったのですが、同じような条件であるものの、実際は注意をあまり受けなかったので、中国のほうが画像は残ってます。

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<民族舞踊>ME Super/SMC50mm

さて、タシケントでは乗り継ぎに時間があるので、中心部にあるホテルに移動しその隣の劇場でイベントを観劇。たぶん、この日ハバロフスクからやってきた外国人のツアーはすべてここに集められたと思います。

しかし、ここで問題が。ツアーメンバーの2名が消えたのです。その人たちはホテル近くに地下鉄駅があることをわかっていて、それに乗ろうと勝手に行ってしまったのでした(結局は引き戻されましたが)。

そのあと、いささか早い夕食をとりました。この時、ラグマンとナン(インドのナンの原型といわれます)が登場しました。シベリアに比べると食糧事情はいいなと思いました。

さて、その後空港に戻るのですが、いざ、出発と搭乗機に向かい乗り込んだものの、3回も引き返すことになります。今度の搭乗機はアントノフ24という双発プロペラ機で、50人も乗れないような機材です。これまで乗った飛行機の中でも一番小さいものでした。

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<アントノフ24>

この小さい機体は天候が安定しないと飛べないようでした。しかし、その時は何も知らされませんので、ストレスが溜まります。そんな時、とあるツアーメンバーが自分たちで持ってきた免税品の酒をここで飲み始めました。そういうことは許されているらしいです。この待合室では珍しくハイネケンの缶ビールがあったので、ワタクシも購入して飲みました。ちなみに、両替はハバロフスクのホテルで済ませていました。

もう、レートは覚えてませんがせいぜい1万円程度を換えたのではないかと。兌換券制度は取られておらず、現地通貨が手に入りましたが、ほとんど使う場所はなかったです。

また、こちらのトイレに行ってみましたが(今度は小さいほう)、参考までに覗いた個室は「足の踏み場がない」状態でした。

さて、アントノフでようやくサマルカンドに向かいましたがもう真っ暗です。そして、アントノフはひどく狭く、窮屈な思いをしたばかりでなく、後ろのロシア人乗客の膝が背もたれに当たって気になるのでした。冗談でやってるのかと振り向きましたが、正しい姿勢で乗っているのでした。

ようやく到着したサマルカンド。到着したホテルでは、誰かがバーでアルメニアコニャックを飲めることをかぎつけてきて、当然行きました。なんと、1ショット100円です。どういう仕組みになっているのか、日本円、それもコインが使えるのでした。

いやあ、なんて美味いんだ、アルメニアコニャック。と、いうことで、ツアーの一部メンバーはここに入り浸ることになります。続きます。次回はもう少し画像を出せるでしょう。

<2021/02/18>
画像追加しました。
現在アエロフロートはエアバスやボーイングが多いらしいですが、LCCなどでは旧ソ連製の機材を使っているらしいです。とはいえ、もはやアントノフ24は完全引退ではないでしょうか。イリューシン62は稼働しているようです。

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2021年2月12日 (金)

ハチナポって?

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<道の駅八王子滝山>PowerShot*画像は夏のものです

自粛の日々ですが、隣接した都市だし県境も跨がずなおかつひとりということで、このくらいいいだろうと自主判断し、またやってきました。

うちの近所のショッピングセンター等は確実に人が減ってきてます。でも、ここはそこそこ人がいますね。駐車場も5分待ち見たいな感じでした。

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<道の駅スタンプブック>PowerShot

ここに来たのは、このスタンプブックをゲットするためでもありました。関東の一都六県だけでも道の駅は相当数あるわけです。ま、東京都はここだけですけど。

関東に限らず、東北とか東海とかでもスタンプブックは販売されているようです。全国ともなると1000箇所を超えるみたいです。

スタンプラリーという企画もあるようですが、今さら今年度すべてを回るのは絶対無理なんですが、社寺における御朱印帳みたいな感じでスタンプを集めてみようかなと思ってます。なんか中高生や老人的趣味かもしれませんが、当分海外に行けそうもないので、こちらを目指しましょうかね。

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<ひとつめ>PowerShot

さて、ちょうど昼時なので何か食べていきましょうか。でも、なかなか席が空きません。しょうがないのでちょっとだけ周辺を散歩しました。

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<メニュー>PowerShot

フードコートの店は八農菜といいます。入口ではこれだけできると誇っておりますが、実際はいくつかが提供できないことになってました。野菜バイキングも売りみたいですが、これもダメ。

以前はローカル蕎麦とローカルラーメンを食べたので、それ以外となると、あれしかありません。

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<八王子ナポリタン>PowerShot

八王子ナポリタンか八王子トマトカレーの二択でした。カレーもどうか。いや、やっぱりナポリタンだろとなりました。当然言葉は発しておりません。自問自答です。

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<刻みタマネギ>PowerShot

八王子ラーメンも刻んだタマネギを多めにトッピングするというのがお約束のようでした。

だからといって、ナポリタンにでもですか。ちなみに、粉チーズとタバスコも振りかけております。画像じゃはっきりしてませんね。

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<地元野菜>PowerShot

茄子とピーマンが具でした。ほかには細切れのハム。いや、ベーコンだろうか。

店名が八農菜ですから、地元の野菜を使うというコンセプトらしいです。蕎麦もラーメンもそうでしたから。

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<頂きます>PowerShot

よく混ぜました。

なんかもう、しょうもないコンセプトなんで、ほとんど期待はしてませんでした。ですが、意外に美味い。

スパゲッティといいながら本国には存在しないナポリタンですので、当然アルデンテは期待しておりません。その通りで、歯ごたえがありすぎるということはないです。でも、柔らかすぎず、硬すぎずちょどいい感じなんです。

そのスパがとろみのついたトマトソースと絡まってB級の味を出してますね。

これ、800円とそれなりの値段です。

かの画像をInstagramとfacebookにアップしたところ、さっそく巨匠から反応があり、こんなことを教えてもらいました。

八王子ナポリタン倶楽部

なんと、20を超えるレストランと移動販売車で提供されているとのこと。

定義として、(1)たっぷりの刻み玉ねぎをのせること。(2)八王子の食材を使用する、もしくは八王子に由来する事。(原文ママ)

だそうです。富士宮焼きそばに比べればなんと緩い定義なんでしょうか。もしかして、次のB-1グランプリとか狙ってる?

 

こんな映像もありましたよ。

自分の居住地にもこんなのあったらいいんだけど。

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2021年2月10日 (水)

旅の記憶から

ソ連があった頃のウズベキタンツアーから(1)

ネタが枯渇しつつありまして、たまたま、だいぶ昔にスキャンした画像もあるので、ワタクシが初めて海外に出た時のエピソードを無理やり記事にしてみたいと思います。

・注意事項・
(1)デジカメが存在しない時代です。画像数が圧倒的に少ないです。しかも、リバーサルフィルムをフィルムスキャナーで最低画質(画質を上げるとスキャンするのに1枚で数10分かかる)で取り込んだものですので、粗いです。
(2)リバーサルフィルムは高額だったので、食事を写真に残すという発想がなく、食べ物は登場しません。
(3)人物に一部ノイズやモザイク処理をしております。おそらくは現存する人たちですので。

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<レギスタン広場>PENTAX ME Super/SMC28mm

当時、ソビエト社会主義共和国連邦という国がありまして、現在のウズベキスタンは「ウズベク共和国」というソ連を構成するひとつの共和国でした。と、いうことはソ連に入国すればソ連内の15ある共和国間の移動にはビザがいりません。

とはいえ、ソ連入国にはビザが必要ですが、JTBのツアーを利用しましたので、団体ビザということになります。

出発地はなんと新潟空港でした。初日はウズベキスタンまで行けず、ハバロフスク止まりでした。新潟・ハバロフスク間はツアーパンフレットによると日本航空となっていましたが、共同運航便のアエロフロートでしたね。機材もツポレフ154Mという、中央通路を挟んで2席ずつしかない小さなものでした。アテンダント(当時の言葉でいうと懐かしのスチュワーデス)は当然ロシア人で英語も日本語も話せません。

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<ツポレフ154M>

日本語アナウンスはちょうど乗り合わせた日ソ旅行社の人が行っていました。

さて、入国です。入管の係員は全員いかついロシア人ですが、日本語を話しました。ですが、詰問口調でかなり恐かった。なにしろKGBですから。さて、ここで問題が。新潟で買ってきた免税品を入管のブースに置き忘れてきたのです。これを空港で待ってたスルーガイド兼通訳にいうと戻ってきましたが、やっぱり係員に詰問口調でまたしつこくきかれました。

その置忘れの品はテネシーウイスキー、ジャックダニエルでした。恐らくそういうものを置き忘れる外国人は多数いるはずで、奴らも欲しいわけです。何しろ、度数の高い蒸留酒に目がないロシア人ですから。

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<現地ガイド>ME Super/SMC50mm

右の人物が我々の添乗員H氏です。左のメガネ女子は別のツアーのスルーガイド。ほぼ行程が一緒だったのでここでも写ってます。そして、中央が我々のスルーガイド兼通訳のG嬢です。

初めてお会いした時にはこのおばさん誰?とか思ってました。きくと、大学を卒業したばかりで東洋系の顔立ちはブリヤート人だからです。でも、こんな顔立ちの人日本中にいますよね。

さて、我々は眠るだけのホテルに直行します。食事も出ましたが、コーヒーはいったいいついれたんだという冷め具合で、料理もどうしようもなかったです。さすがは社会主義国。人数分作ってあとは知らねーですね。

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<氷点下28度>ME Super/SMC28mm

やることもないもんで、ちょっとだけ外に出てみましたが数分と耐えられませんでした。

さて、部屋に向かいます。わたしゃ、上の画像の白コートの男性O氏と同室です。JTBのツアーの場合、「ひとり部屋希望」にすると金額が高くなり、希望しないときは誰かと一緒になります。ひとり余っちゃった場合は非常にラッキーなんですが。

このHotel Intouristというのは、外国人向けに作られた国営ホテルです。つくりはクラシックな感じで部屋もあちこち重厚そうなニス塗りの木が使われていました。

さて、部屋にはテレビさえありませんでしたが、なぜかロシア語のラジオが流れております。これがうるさいのでスイッチを切ってみましたが、鳴り続けております。ボリュームを絞っても同じ。ではと、コンセントを抜くとようやく黙りました。今思うと、これは盗聴器ではないかと思います。

本日はここまで。たまにアップします。何回かかるかわかりません。

<2021/02/18>
画像追加しました。

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2021年2月 8日 (月)

オーケーの本命ワイン

1000円以下のお手軽ワインVol.9

久々、この企画です。

オーケーというスーパー、自宅近くは駐車場が狭いとかいってましたが、相模原の古淵近くにあるニトリモールにも入店しておりました。このスーパーは大方の商品が10%程度他よりも安いのではないでしょうか。

以前、オーケーがメルシャンに特注してオーケーのみで販売する安いワインを紹介しました。でも、オーケーには隠し玉があったのです。

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<隠し玉>PowerShot

オーケーのホームページで社長自ら絶賛しています。だったら、もっと声高にプロモーションしてもいいと思いますが。

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<表ラベル>PowerShot

でも、供給量とかあるんでしょうね。オーケーのワイン売り場の棚ではひっそりと置かれている感じでした。

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<裏ラベル>PowerShot

いつぞやは、「ワイナリーの問題で品切れになっていることもございます」みたいな張り紙もありました。絶対的生産量が不足しているのでしょう。

それに、ぶどうという果実ですから、天候等に左右されますしね。

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<注いだ状態>PowerShot

ワイン名:Altos de Tamaron Roble
原産国 :スペイン
生産年度:2017年
生産者名:Pagos del Rei
容量  :750ml
度数  :13%
ぶどう種:テンプラニーリョ
タイプ :フルボディ
販売会社:オーケーコーポレーション
価格  :699円(+税)

ちなみに、輸入はメルシャンです。

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<コルク栓>PowerShot

オーケーの社長のこだわりだと思いますが、スクリューキャップ全盛のこの時代にありながら、コルクを使ってます。ま、激安のワインでもコルクなので、これをスクリューキャップにすることは、許せないんでしょうね。

ラベルやコルクに書かれている、Ribera del Dueroとは生産地のことです。スペイン語でドゥエロ川の河岸という意味ですね。

そのドゥエロ川とは、下流でポルトガルに入り、ポルトで大西洋に注ぎます。ポルトガル名はドウロ川。ポルトガルのドウロ川沿岸もワインの生産が盛んです。とくに有名なのがポルトで生産される強化ワインである「ポルトワイン」です。

スペインでの「リベラ・デル・ドゥエロ」とは、カスティーリャ・イ・レオン州の一部でバリャドリッドよりやや上流に当たりますので、まるでポルトワインとは関係なくなります。ほとんどスペインの内陸部ですし。

さて、味ですが、スペインの風土が関係するのか、フルーティさはまるでありません。といって、渋みもあまりなく、飲みやすいのかもしれません。表記はフルボディになってますが、もう少々軽めかも。合うとしたらやっぱり肉料理なんじゃないすかね。できれば、ハモンセラーノとかチョリソとか。

ま、値段が値段ですから国産生ハムなどでも十分です。

オーケーの社長によれば、木樽で3か月、ボトルで6か月熟成させたとあります。調べてみると、同じような名前を持つ「Altos de Tamaron」、つまり「Roble」抜きのワインもあるようです。でも、こちらはスペインで仕込まれて同時にボトル詰めされる純粋な輸入ワインでしょう。

わずか700円弱で提供できるのは、ぶどう液を輸入し、メルシャンで樽詰めということなんじゃないかと思いますが。買って損はしないワインですね。

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2021年2月 6日 (土)

世界の人々Vol.2<タイ>

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<売り子>OMD10/ED40-150mm

前回の続きということで。

こちら、バンコクのチャオプラヤー川に面した商業施設、ICON SIAM(アイコンサヤーム)です。

タイはいうまでもなく、世界のどの地域についても特別な事情・条件がない限り渡航できません。それはわかった上でだらだら語りますので、ご了承ください。

ICON SIAMは1階に人工的な水路を作り、昔のタイの水上マーケットのような雰囲気を作り出しています。それが、ここの売りでもあるんです。演出ではあるんですが、水路に浮かべた船で調理したものを販売しています。客も木製の小さな椅子に座って食していたりします。

有名な水上マーケットや市場ではなく、ごく普通のタイ人が訪れるようなところでいいから、行ってみたいですね。そして、買い食いをして、人々の写真を撮ってみたいです。

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<チュラ大生>KP/DA18-50mm

学食飯が食べたくて、チュラロンコン大学に行ったところ、こんな学生たちに遭遇しました。まったくの偶然。

おそらくは卒業アルバムの撮影だったのではないかと推測します。終始、専属カメラマンがいまして、わたしゃ10分くらい後追いをしていただけですが。

そんな奴がキャンパスをうろついていたとしたら、日本では間違いなく通報ものですけど、タイ人は鷹揚ですよね。

そんなタイにやっぱり行きたいなあ。

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<トゥクトゥクドライバー>KP/DA18-50mm

バンコクではほぼ乗ることはありませんが、観光に依存しないような地方都市ではなくてはならない足です。

バンコクではまずトゥクトゥクは値段を吹っかけてくるでしょう。でも、観光と無縁の地方都市ではそれはほぼないかと。自分で高いなと思ったら少しだけ安い値段を口に出してみると、応じてくれます。

やっぱりタイ人は基本的に性善説である人が多いと思いますし、人当たりが優しいと思ってます。

しかし。

コロナ後の世界。観光業もだいぶダメージを受けているだろうし、人々の意識も変わっている可能性があります。

激安だったホテルもどんな値段をつけるかわからないし、外国人からは多めの値段を取って当たり前…みたいな風潮になっていないことを望みますね。

杞憂であることを信じてますが。

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2021年2月 3日 (水)

箱根の蕎麦

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<大石寺>PowerShot

大石寺の次は三保の松原を予定してました。そして、静岡市内でとあるB級グルメを味わう予定でしたが、これだけ富士山が見事に見えていることもあるし、帰りの時間が遅くなりそうなので、予定を変更して箱根に行くことにしました。

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<元箱根>PowerShot

新東名を引き返し、長泉沼津ICで降ります。といってもそのまま伊豆縦貫道(無料)が接続してます。ですが、古いカーナビですから降りるはずの出口を過ぎてしまい、ひとつ先で降りて、センターラインもないような山道の峠攻めとなり、ようやく国道1号に合流してやれやれです。

元箱根あたりで蕎麦でも食べようかとなったのですが、なんと徹底した自粛ぶりで1軒も飲食店がやっておりません。なんてこった。

では、と相談し箱根湯本に出ることにしました。

そのまま国道1号を行くか、箱根新道に行くかすればよかったのですが、またしても古いカーナビが導いたのは箱根旧街道でした。もし、次のクルマを買うとすれば、相当額払っても更新キットの入ったものにします。

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<この店>PowerShot

箱根湯本のコインパーキングにクルマを止め、店に突入です。ちなみに、2軒あります。こちらは早川にかかる湯本橋のたもとにあります。

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<メニュー>PowerShot

どうもアジアを旅している感覚だと高く感じますが、蕎麦屋は一概に高いですからね。よくよく見れば観光地の価格としても安いほうなのではないかと思うようにしました。

迷います。

と、いうのもかつてタイで生に近い卵が原因で寝込んだことがあるため、生卵にはちょっとしたトラウマがあるのです。でも、日本の卵はきっちりとした品質管理をしていてサルモネラ菌が殻の中身に混入していることはないだろうといいきかせました。

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<せいろそば>PowerShot

こちら、1200円でした。内税です。

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<蕎麦>PowerShot

ここの蕎麦は、そば粉と自然薯、卵だけで打っているとのことです。つまり、水を一切使わないというのが売りです。

Yam974

<蕎麦うけ>PowerShot

こちら、自然薯のすりおろし、つまりとろろが用意され、そこに生卵、わさび、海苔が投入されております。蕎麦をこれにつけて味わいます。

もちろん、そばつゆもありまして、好みでここに加えて食すとのことです。そういう食べ方はしたことがないです。

Yam978

<つゆを入れた状態>PowerShot

さあ、準備はできました。蕎麦猪口とはいえない、ご飯茶碗くらいの蕎麦うけ。

これを徹底的にかき混ぜてというのはしませんでした。ドライマティーニじゃありませんが、軽く1~2回箸を回す程度にします。

こういう蕎麦ですから、江戸前みたいにちょっとつけてではなく、どっぷり行きましたよ。

ひと口…う、美味いじゃないですか!

蕎麦に練りこまれた自然薯も手伝ってか、味わいが深い感じがします。箸で蕎麦を持ち上げ、特製のつゆに入れるたび、碗の中身が変化していきます。さらに、そばつゆを足したりして、味わいが変わっていきます。味変じゃなくて、味わいが変わるのですね。

これ、今までにない感覚です。

なんか、久しぶりにいいモノ食べた気がしました。

箱根湯本 はつ花そば

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<今回のメンバー>PowerShot

奇しくも海老名ミニオフの顔ぶれとなりました。皆さん、ありがとうございました。緊急事態宣言が延期になりましたが、落ち着いたらまた計画しましょう。

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2021年2月 1日 (月)

どうなるミャンマー

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<マンダレーのバイタクドライバー>K-7/DA21mm

もうご存じだと思いますが、ミャンマーで軍事クーデターが起こりました。

アウンサンスーチーの与党が総選挙で圧勝したことを受け、議席数で劣勢になったミャンマー国軍が事を起こしたのです。

テインセインの大統領就任から約10年、普通選挙も行われるようになっていたというのに。

Ym0708

<金箔工場の竹職人>K-7/DA21mm

非常に残念なことですが、ミャンマー国内で軍事行動がなく、一般市民が傷つかなかったことだけが幸いです。

Ym0953

<アマラプラの僧侶>K-7/FA35mm

ちょっと深読みしますが、ミャンマーの北部に接するあの国の影はありませんかね。

いずれにせよ、国際的に非難されることは必至。果たして、日本政府はどのようなコメントを出すものでしょうか。

こうしてみると、東南アジアはやばそうな国ばかりになりつつあります。

隣のタイは軍政の流れをくむ政権で、選挙でこれを覆すことがほぼ不可能なシステムを取ってます。カンボジアのフンセンは中国の支援を受けるほぼ一党独裁政権です。2つの社会主義国、これまた自由な声に対する弾圧もあるとききます。

これらの国で、中国が香港で取ったような手口で、一般人を拉致し他国の刑務所に入れているという話もありますし。

今こんな状況なんだから、クーデターどころじゃないでしょ。弱小ブロガーながら、ここは強く抗議の形を取りたいです。

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