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2021年2月10日 (水)

旅の記憶から

ソ連があった頃のウズベキタンツアーから(1)

ネタが枯渇しつつありまして、たまたま、だいぶ昔にスキャンした画像もあるので、ワタクシが初めて海外に出た時のエピソードを無理やり記事にしてみたいと思います。

・注意事項・
(1)デジカメが存在しない時代です。画像数が圧倒的に少ないです。しかも、リバーサルフィルムをフィルムスキャナーで最低画質(画質を上げるとスキャンするのに1枚で数10分かかる)で取り込んだものですので、粗いです。
(2)リバーサルフィルムは高額だったので、食事を写真に残すという発想がなく、食べ物は登場しません。
(3)人物に一部ノイズやモザイク処理をしております。おそらくは現存する人たちですので。

Uz050

<レギスタン広場>PENTAX ME Super/SMC28mm

当時、ソビエト社会主義共和国連邦という国がありまして、現在のウズベキスタンは「ウズベク共和国」というソ連を構成するひとつの共和国でした。と、いうことはソ連に入国すればソ連内の15ある共和国間の移動にはビザがいりません。

とはいえ、ソ連入国にはビザが必要ですが、JTBのツアーを利用しましたので、団体ビザということになります。

出発地はなんと新潟空港でした。初日はウズベキスタンまで行けず、ハバロフスク止まりでした。新潟・ハバロフスク間はツアーパンフレットによると日本航空となっていましたが、共同運航便のアエロフロートでしたね。機材もツポレフ154Mという、中央通路を挟んで2席ずつしかない小さなものでした。アテンダント(当時の言葉でいうと懐かしのスチュワーデス)は当然ロシア人で英語も日本語も話せません。

Tu154

<ツポレフ154M>

日本語アナウンスはちょうど乗り合わせた日ソ旅行社の人が行っていました。

さて、入国です。入管の係員は全員いかついロシア人ですが、日本語を話しました。ですが、詰問口調でかなり恐かった。なにしろKGBですから。さて、ここで問題が。新潟で買ってきた免税品を入管のブースに置き忘れてきたのです。これを空港で待ってたスルーガイド兼通訳にいうと戻ってきましたが、やっぱり係員に詰問口調でまたしつこくきかれました。

その置忘れの品はテネシーウイスキー、ジャックダニエルでした。恐らくそういうものを置き忘れる外国人は多数いるはずで、奴らも欲しいわけです。何しろ、度数の高い蒸留酒に目がないロシア人ですから。

Uz135

<現地ガイド>ME Super/SMC50mm

右の人物が我々の添乗員H氏です。左のメガネ女子は別のツアーのスルーガイド。ほぼ行程が一緒だったのでここでも写ってます。そして、中央が我々のスルーガイド兼通訳のG嬢です。

初めてお会いした時にはこのおばさん誰?とか思ってました。きくと、大学を卒業したばかりで東洋系の顔立ちはブリヤート人だからです。でも、こんな顔立ちの人日本中にいますよね。

さて、我々は眠るだけのホテルに直行します。食事も出ましたが、コーヒーはいったいいついれたんだという冷め具合で、料理もどうしようもなかったです。さすがは社会主義国。人数分作ってあとは知らねーですね。

Uz003

<氷点下28度>ME Super/SMC28mm

やることもないもんで、ちょっとだけ外に出てみましたが数分と耐えられませんでした。

さて、部屋に向かいます。わたしゃ、上の画像の白コートの男性O氏と同室です。JTBのツアーの場合、「ひとり部屋希望」にすると金額が高くなり、希望しないときは誰かと一緒になります。ひとり余っちゃった場合は非常にラッキーなんですが。

このHotel Intouristというのは、外国人向けに作られた国営ホテルです。つくりはクラシックな感じで部屋もあちこち重厚そうなニス塗りの木が使われていました。

さて、部屋にはテレビさえありませんでしたが、なぜかロシア語のラジオが流れております。これがうるさいのでスイッチを切ってみましたが、鳴り続けております。ボリュームを絞っても同じ。ではと、コンセントを抜くとようやく黙りました。今思うと、これは盗聴器ではないかと思います。

本日はここまで。たまにアップします。何回かかるかわかりません。

<2021/02/18>
画像追加しました。

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07a Uzbekistan」カテゴリの記事

コメント

私が初めてウズベキスタンに行ったのは98年でもうソ連ではなくなっていました。
ソ連時代の記録は貴重ですからぜひ続けてくださいね。

投稿: Lunta | 2021年2月11日 (木) 08時51分

これは珍しいお話。
座布団2枚記事ですね。
継続期待❗️

スクムビット

投稿: スクムビット | 2021年2月11日 (木) 20時11分

Luntaさん。
コメントありがとうございます。

当時体制的には恐い国でしたけど、入ってしまえばスルーガイドのG嬢もフレンドリーでして、とても監視の役目を担っているとは思ないような緩さはありましたね。

引き続きよろしくです。

投稿: ヒョウちゃん | 2021年2月11日 (木) 22時41分

スクムビットさん。
コメントありがとうございます。

ワタクシ的には不条理かつとんでもないエピソードが連続するんですけど、面白さがわかってもらえるだろうかという不安もございます。

たまに上げますので、よろしくお願いします。

投稿: ヒョウちゃん | 2021年2月11日 (木) 22時43分

両手で数えきれないくらい行ったウズベキスタン。私の最初のウズベキスタン訪問はもうソ連邦崩壊後でした。

ソ連時代の面白い話、期待しております(^^;。

投稿: おりんぴあ | 2021年2月11日 (木) 23時57分

おりんぴあさん。
お久しぶりです。
コメントありがとうございます。

わたしゃ、ソ連崩壊後はあっち方面行ってないんですよね。
当時のツアーって個人情報はあってないようなもので、個人名から住所、電話番号までリストを作って配ってましたけどね。
でも、いい時代でした。

投稿: ヒョウちゃん | 2021年2月12日 (金) 21時21分

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