« 足利から持ち帰った石鹸 | トップページ | 移動エピソード »

2021年3月 2日 (火)

夜行寝台でブハラ

ソ連があったころのウズベキスタンツアーから(6)

Uzf02

<ラグマン>*イメージです

市場から戻ってホテルで夕食です。

ウズベキスタンの定番、ラグマンは毎回出たと記憶してます。この次のツアーで訪れた新疆ウイグル自治区ではラグマンの記憶があまりないのですが、あちらでは呼び名が変わるのでラグマンとしての記憶が曖昧なのかもしれません。どちらかというと、新疆ウイグル自治区では羊肉の料理が多くて、それに苦しめられたという印象が強すぎかも。

ウズベキスタンのラグマンですが、焼いたものやスープなしの麺に具をのせたものもあるようです。この時は冬場だったためか「汁ラグマン」がほとんどでした。

さて、普通ならこの後バーに行ってアルメニアコニャックを飲み、三々五々部屋に戻るのですが、この日は夜行列車でブハラに移動となります。

Uztrain

<コンパートメント>*イメージです

ツアーなので自分で荷物を持つことなく、バスで駅に移動します。当然ながら駅も撮影禁止の対象ですので、画像なしです。

乗り込むときには自分で荷物を入れたのではないかと思います。4人1室のコンパートメントです。夫婦も2組いましたが、ここでは完全に男女別となりました。

今もそうかもしれませんが、ソ連の寝台車はかなり天井が高いです。荷物置き場は下段ベッドの下と、コンパートメント入口のすぐ上になります。特に上に重いスーツケースを持ち上げるのは無理があるので男性陣が行いました。

ようやく落ち着いて普通なら眠るところですが、バザールに行ったメンバーがひとつのコンパートメントに集合して酒盛りとなりました。6名くらいは楽に座るスペースがありますから、問題ありません。持ち込んだ酒はいずれも各自が新潟空港で購入してきた免税品です。ここで、コンパートメントの入口を閉めたのですが、誰かがフラッシュ撮影した光が漏れたためか、外からロシア語で注意らしきものがありました。車掌です。

一応、車内も撮影禁止なんですね。飲酒は大丈夫でしたが。とはいえ、フィルムを抜き取るということはなく、大目に見てもらえたようです。

Uz074

<ホテルに到着>ME Super/SMC50mm

きっちり眠ったのかどうか。ともかく無事に列車はブハラに到着し、バスでホテルに移動しました。しかし、このホテルには泊まらず朝食と昼食を取っただけでした。荷物はバスの中です。

Uz075

<カラーンのミナレット>ME Super/SMC28mm

ホテルから再びバスでブハラ歴史地区まで運ばれあとは徒歩で回る。ブハラはサマルカンド以上にコンパクトな都市のようですが、泊まらないのでほとんど駆け足で詳しく覚えていないというのが正直なところです。

カラーンモスクはチンギスハーンに破壊されその後再建されたとのことですが、ミナレット(尖塔)だけは破壊できずに残ったそうです。

Uz076

<ミルアラブメドレッセ>ME Super/SMC28mm

こちらは現役の神学校です。しかし、内部は覗くことはできませんでした。当時のソ連の政策により宗教に関しては制限を加えていたため、子の神学校も人気がないとのことでした。

Uz089

<タキザラルガン>ME Super/SMC28mm

このドーム状のものはタキと呼ばれる交易所です。もちろん内部は暗くここで宝石類の取引をしたそうです。この時は機能してなかったのですが、復活したかどうか。

このような建築物はイランをはじめ中東によくあります。

Uz094

<バラハウズモスク>ME Super/SMC28mm

バスに戻り少しだけ移動しました。

こちらは木製の列柱のあるモスクで非常に珍しいです。この前に池があり池を「ハウズ」と呼ぶそうです。その池は「リャビハウズ」と呼ばれているそうです。

そして、またバスでちょっとだけ移動します。

Uz098

<イスマエル・サマニ廟>ME Super/SMC28mm

ようやく陽が高くなってきました。公園の中にある、ペルシャ系のサマーン朝2代目君主の霊廟だそうです。

Uz099

<公園内のバザール>ME Super/SMC28mm

公園の中にはバザールがありましたが、舗装されてなく土がむき出しです。ここでペリメニでしょうか、餃子のような形の食べ物も売っていました。

記念撮影をしようとすると、入ってきたおじさんが。現在のインドなどにも通じますね。

Uz104

<アルク城塞>ME Supre/SMC28mm

こちらはソ連侵攻前までブハラ汗国の君主が居住していた城です。大半が破壊され、この部分が残っています。

駆け足の約3時間。せめて泊まっていればと思いますが、JTBとインツーリストが作った日程には逆らえません。このあと、ホテルに戻り昼食を食べ再びの移動です。

続きます。

| |

« 足利から持ち帰った石鹸 | トップページ | 移動エピソード »

07a Uzbekistan」カテゴリの記事

コメント

私が2018年FIFAワールドカップで乗り倒したロシア国鉄の寝台列車とあまり変わってないので笑いました(^^;>2枚目のコンパートメントの写真。

投稿: おりんぴあ | 2021年3月 3日 (水) 21時32分

おりんぴあさん。
コメントありがとうございます。

画像はネットからの拾い物です。
誰かが記念撮影していたので、自分はいいやとか思って撮りませんでした。
バスや自動車と違って耐用年数が違うので、当時とあまり変わってないかもしれませんね。

投稿: ヒョウちゃん | 2021年3月 3日 (水) 23時01分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 足利から持ち帰った石鹸 | トップページ | 移動エピソード »