タータンチェックの来襲
かすてら音楽夜話Vol.112
<Bay City Rollers>
ここのところ、わたしらより上の年代のミュージシャンがお亡くなりになるたび、記事に取り上げているんですが、元Bay City Rollersのリードヴォーカル、Leslie Mckeown(レスリー・マッコーエン、実際の発音はものすごく難しいと思われます)が亡くなりました。
とはいえ、ここではただの追悼記事にはなりません。
この方でございます。享年65歳。
ベイシティローラーズの結成は結構古く、ベースとドラムのロングミュア兄弟によって1965年に結成されたバンドが元になってます。その後、1968年にベイシティローラーズと改名し、メンバーチェンジを重ねながら1971年にデビューします。
彼らの代表的なヒットソング、「Saturday Night」(Bill Martin-Phil Coulter)でした。
1975年のリリース作品で、1976年の年明けにビルボード1位を獲得します。
ベイシティローラーズがアメリカ進出を始め、日本にもその噂が届くとともに日本でもシングルやアルバムが発売されました。特にティーン層の女子、すなわち、中高生あたりには絶大な人気が出たものです。当時は「ビートルズの再来」などといわれたものです。
同時期にQueenも日本で紹介されたころで、ビジュアル面などから同じように人気が出たのですが、ベイシティローラーズにはかなわなかったですね。音楽的な評価は別にしてですが。
さて、この映像は1976年ものもので、冒頭、アメリカの狩野英孝ことKCが紹介してます。また、この映像では最年長であったベースのAlan Longmuir(アラン・ロングミュア)が脱退し、その後釜としてわずか17歳のIan Mitchell(イアン・ミッチェル)がリズムギターとして参加してます。レスリーの右側の小柄な人です。
さて、この曲の特徴として、イントロと曲間で「S・A・T・U・R・D・A・Y、Night!」とメンバーで入れるチャントがあります。おそらく、英語圏の楽曲でこのような形を取るものはそれまでになかったものかと思います。いわば、ベイシティローラーズとプロデューサーの発明です。サビの最後もレスリーが「サ・サ・サ、サタデナァ~ィト」と歌ってます。これも画期的です。
と、褒めたところなんですが、実はレスリーは二代目のリードヴォーカルでして、その前任者はNobby Clark(ノビー・クラーク)といいます。
実は「Saturday Night」は、ノビー在籍時に制作されたテイクのヴォーカル部分をそっくり入れ替えたものなんですね。
ノビーのヴォーカルヴァージョンでした。演奏は全く同じです。
違いはレスリーとノビーの声だけ。リリースは1973年でイギリスのみ。UKチャートにも全く入らなかったそうです。
強いていえばレスリーのほうが甘い感じが出ている程度ですかね。
ベイシティローラーズはスコットランドのローカルグループでしたが、UKチャートの常連になるまでは相当な戦略があったと思われます。ノビー在籍時にもUKチャートのトップ10に入る楽曲もありましたが、5歳若いレスリーを起用し、1975年に「Bye Bye Baby」(Four Seasonsのカバー)と「Give A Little Love」の2曲をUKチャートの1位に送り込み、アメリカに進出したのです。
ノビー在籍時の「Saturday Night」のジャケットを見ても、ロングミュア兄弟とノビーは確認できますが、あとの二人もEric Faulkner(エリック・フォークナー、リードギター)とStuart Woody Wood(スチュアート・ウッディ・ウッド、リズムギターのちベース)ではありませんし。
このように、アメリカ進出ということを狙う意味ですが、それはマーケットの違いです。特にベイシティローラーズはマーケットを意識し、若いメンバーを揃え、「売れる」ことを目指したのですね。ビジネスですから。
これを置き換えて説明すると、K Popの面々がいい例です。彼らが日本にやってきて、日本語の歌詞の曲までリリースするのはやっぱり韓国と日本の人口規模の違いがあります。いくら韓国で売れてもたかが知れてます。
スコットランドで売れるより、イギリス全土、果てはアメリカと。ABBAなんかもそうじゃないですか。スウェーデンの人口規模とアメリカでは段違いですしね。
さて、ベイシティローラーズはその後そこそこのヒットを飛ばしますが、やがてレスリーが脱退し、バンドは崩壊状態となります。その後、メンバーが新しいグループ(例としてロゼッタストーンなど)を結成したり、残ったメンバーが「Rollers」と改名してバンドを続けますが、1981年に活動が終わります。
それでもかつての栄光を諦められないのでしょうか、特に日本でベイシティローラーズ名義のライヴを行ったりしました。また、レスリー名義のベイシティローラーズ、イアン名義のベイシティローラーズなども活動していたようです。
そんな彼らにぴったりな曲がこちら。
1976年リリースの「Yesterday's Hero」(Harry Vanda-George Young)でした。ビルボードのチャートでは54位です。
元々はオーストラリアのJohn Paul Youngという人の曲です。その後のベイシティローラーズのことを予言しているような曲ですけど。これ、レスリーのヴォーカルもこれまでと違い、大人っぽいんですけどね。
そして、このテレビ用ライヴではイアン脱退後に参加したギタリスト、Pat McGlynn(パット・マッグリン)が画面の一番左で演奏してます。
ベイシティローラーズで残念だったのはバンド内にエリックとウッディの二人のソングライターがいたにもかかわらず、外注の曲やカバー曲がほとんどであったことですかね。売れるがために方向性が右往左往したともいえます。
それでも、ビルボード1位と数曲のTop10があるのだから、成功者であることには違いありません。
★引き続き、リクエストやご要望をお待ちしております。いいねとコメントもいただけるととても嬉しいです。
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コメント
あまりに懐かしいベイシティローラーズ。
ちょうど私が中学生の頃人気絶頂で同じクラスの女の子にファンがやたらいたのを覚えてます。
しかし、レスリー亡くなったのね(>_<)。
残念です。ご冥福をお祈りします。
投稿: おりんぴあ | 2021年4月29日 (木) 00時56分
おりんぴあさん。
コメントありがとうございます。
同じくワタクシも中学生でした。
ビートルズの再来とかいわれまして、マスコミでの報道も異例に早かった印象があります。
同時期にアメリカで売れていたイーグルスやKC & The Sunshine Bandよりも映像で紹介されてましたし。
Queenもそうなんですが、やっぱりイギリス発の「何か」にはマスコミもいち早く反応したんでしょうね。
ちなみに、ベイシティローラーズファンの中には、湯川れい子の「アメリカントップ40」に起用され、その後評論家になった人もいます。
投稿: ヒョウちゃん | 2021年4月29日 (木) 20時28分
タブレット純さんてご存知っですか?
先日たまたまYoutubeで見ましたが、坂崎さんとともに昭和歌謡の世界をマニアックに解説しており、ヒョウちゃんの話に共通するところがあるように思いました。ヒョウちゃんの話は子の肩よりももっと後の音楽世界かもしれませんが。
スクムビット
投稿: スクムビット | 2021年5月 1日 (土) 08時19分
スクムビットさん。
コメントありがとうございます。
タブレット純氏については名前だけ知っていたような。
つーことで、YouTube見たり、wikiで経歴を調べたりしました。
最後のマヒナスターズですね。
昭和歌謡及びGSに詳しそうですので、ワタクシなんぞよりも、知子のロックのトーマス(すずき銀座さん)さんとドンピシャな気がします。
ま、そんなワタクシですが、マヒナ+田代美代子「愛して愛して愛しちゃったのよ」の中古レコードを持っていたりします。
投稿: ヒョウちゃん | 2021年5月 1日 (土) 23時14分
ベイシティローラーズはすごい人気でしたね。当時は60年代はプレスリー、70年代はビートルズ、80年代は誰?という話題にのって彼らの名前が出たりしていたのを覚えています。途中参加の彼がかわいいともてはやされたのも。なんか80年代のモンキーズみたい。
音楽業界も80年代のヒーローを探していたこともブームの一つになったんでしょうか。
タータンチェックの服がアイドルっぽくて、そのあと出てきたチェッカーズを見た時に彼らを思い出しました。
当時は彼らの曲が流れてましたが、今思うとサタディーナイトくらいしか思い出せません。。。
投稿: lastsmile | 2021年5月 8日 (土) 09時24分
lastsmileさん。
コメントありがとうございます。
ま、ベイシティローラーズは1970年代半ばに現れて、パッと消えた印象です。
80年代はThe Knackがビートルズの再来とかもてはやされたのですが、こちらも消えるのが早かった。
音楽業界が青田刈りのようにして、次世代の象徴を探していたのは確かですね。
やっぱりそこには、ビートルズという縛りがあったみたいで、スコットランドの若者にビートルズを重ねてみたんでしょう。
むしろ、ビートルズをいうよりはかつてのGSの幻影が強かったのかもしれません。
ファン(ほとんどティーンエイジャーの女性)の歓声がビートルズやGSに通じるものがあるんですよ。
でも、世界的にはグループのバンドじゃなくて、マイケル・ジャクソンみたいなソロのパフォーマーに流れていくんですよね、80年代は。
とはいえ、日本は歌謡界という縛りはあるものの、チェッカーズやCCBという需要がありましたね。
数年前のことなんですが、ベイシティローラーズの本格的な再結成の話がありました。
全員還暦過ぎで、40年以上前のパフォーマンスをやるのもどうなんだと思いましたが。
それ以上に風貌が痛々しいし。
ま、レスリーの死去で完全にその目はなくなったと思いますが。
アイドルバンドはその後が辛いですね。
投稿: ヒョウちゃん | 2021年5月 8日 (土) 20時14分
こんにちは。通りがかりですが、ページで紹介されているノビーヴァージョンのサタデーナイトのYoutube動画ですが、ジャケット及びバンドのポートレイト、ロングミュアー兄弟とノビー以外の二人はジョン・デヴァインとエリック・フォークナーです。エリックがこの頃は超ロン毛なので別人に見えますよね。
投稿: T.R. | 2021年6月22日 (火) 17時37分
T.R.さん。
初めまして。ようこそです。
情報ありがとうございました。
ノビー・クラークのヴァージョンですでにエリック・フォークナーが在籍していたとは。
確かによーく見れば確認できますね。
かえって老けて見えますけどね。
通り過ぎと仰られず、また来てください。
よろしくお願いします。
投稿: ヒョウちゃん | 2021年6月22日 (火) 21時20分