浜田省吾「八月の歌」を読み解く
かすてら音楽夜話Vol.120
本日はlastsmileさんのからのお題、「小説のような心に残る詞の名曲」におこたえいたします。
とはいえ、全面的に筆者であるワタクシ個人の解釈であります。
取り上げるのは浜田省吾の「八月の歌」です。しかし、現在浜田省吾公式YouTubeチャンネルには「八月の歌」がアップされておりません。いくつか上がっているものは個人の違法アップロードですので、リンクのみ付けておきましょう。
この曲は1986年リリースの2枚組アルバム『J.Boy』に収録されたものです。シングルカットはされておりません。
一応歌詞を引用しておきます(公式の映像があった場合引用はやめます)。
砂浜で戯れてる 焼けた肌の女の子達
おれは修理車を工場へ運んで渋滞の中
TVじゃこの国豊かだと悩んでる
だけどおれの暮らしは何も変わらない
今日もHard rain is fallin'
心にHard rain is fallin'
意味もなく年老いてゆく
報われず裏切られ
何ひとつ誇りを持てないまま八月になるたびに
”広島…ヒロシマ”の名のもとに
平和を唱えるこの国
アジアに何を償ってきた
おれ達が組み立てた車が
アジアのどこかの街角で
焼かれるニュースを見た
(後略)
曲のバックグラウンドは2つあります。
1つは「どうあがいても現在の状況を脱しきれないやりきれなさ」です。
水着の女子を見かけながら壊れた車を工場に運ぶ主人公。どんなに頑張ってもサラリーが上がらない閉塞感がある。
ただし、1986年ということを考えると、高度成長時代末期とはいえ、サラリーはちょっと我慢すれば上がっていく傾向にあって、曲の主人公が語るほどひどい状況ではありません。そのあたりは、フィクションであるので絶望的な人物を描いたと思ってください。
もう1つは「原爆を落とされた広島とその後の日本を取り巻くアジアの状況」ですね。
浜田省吾は広島出身で1952年生まれですので戦前戦中のことはリアルな体験をしておりません。しかし、浜省の父親は警察官をしていて被災活動中に原爆の後遺症があったといわれています。
そして、おそらく田中角栄が(首相として)東南アジアを訪問したころ、日本製品のボイコット運動が起き、日本車も焼き討ちにあったニュースをモチーフにしているのでしょう。広島といえば当時の東洋工業、現在のマツダですが、マツダの車が当時アジアを席巻していたかは不明。とはいえ、身近にクルマの部品を作ったり、組み立て工場で働いていた知り合いも多数いたはずで、ひときわ浜田省吾にはインパクトのあった事実でしょう。これも1986年の状況ではありませんけど。
同じ『J.Boy』収録のオープニング曲、「A New Style War」では「飽食の北を支えている/飢えた南の痩せた土地」という歌詞もあるように、浜田省吾はある種のメッセージを発信する人です。ただし、政治的な立場はBruce Springsteen(民主党支持者)のように明らかにしていません。
そんな浜田省吾のスタイルに1980年代の若者はなびいていったことも事実です。『J.Boy』は二枚組にもかかわらず、オリコンのアルバムチャートで1位を獲得しています。浜田自身にも初の1位でした。
当時の若者はそのような状況にはおかれている人はごく少数で、ちょっと頑張れば定期的に給料は上がるし、社会からドロップアウトした人も積極的にアジアにバックパッカーとして出かけていたんですけどね。
これはすべて浜田省吾の描いた世界観で、リスナーはそれをわかっていて浜田省吾という人を追いかけていたのではないでしょうか。
さて、違法アップロードした「八月の歌」には映像を作った人がバックに広島原爆の日の式典映像、しかも前首相まで登場させる演出を行っているものもありました。
こちらのコメントの一部には「浜田省吾と長渕剛は政治を語らないほうがいい」とか「日本はアジアがどうなろうと放っておくべきですよね」というものまであります。まったくもって現代の若者らしいコメントだなと思います。そういうことはいいので、曲について書けよと思いますが。
むしろ、現代の状況、むしろ悪化してないでしょうか。どんなに頑張ってもサラリーが上がらない。気が付けばG7諸国の中で生活レベルは最低限に近く、軽自動車が大ヒットする。100円ショップはいつも混雑。こんな日本に誰がした!でございますよ。このあたりは時空を超えて「八月の歌」の1番の歌詞にまたリンクしているのではないでしょうかね。
むしろそのあたりは共感できることではないかと。
さて、長くなりましたのでこのあたりでお終いにします。あと数曲、気になる曲もありますので、lastsmileさんのお題、もう少し続けさせていただきます。
今回動画がありませんでしたので、同じ浜田省吾でこちらをお楽しみください。
後半の「恋は魔法さ」は阪神大震災へのチャリティソングです。収益はすべて寄付されました。
★引き続き、ご意見、リクエスト、ご要望を受け付けております。記事が気に入りましたら「いいね」をください。さらには、コメントも下さるととても嬉しいです。
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コメント
リクエストにお応えいただきありがとうございました。
小説というか浜省からの社会へのメッセージ、時代を反映した問題提起として聴きました。
さすが浜省です。
小説的な起承転結要素も持って、最後の「結」が見事な曲として、私としてあげたいのが、まず「トイレの神様」(植村花菜)ですね。見事な起承転結です。
あと良くも悪くも印象深いのが「悪い人たち」(ブランキー)。黒の歴史を感じるリアリティがありました。「結」がないことが深いです。
ちょっと昔の人の曲でいうと「あの人の手紙」(かぐや姫)や「償い」(さだまさし)が心に沁みる小説のようなお話。時代を感じますが。でも映像が浮かびます。
さださんの他のコミックソングとは一線を画しています。
そして「粘着系男子の15年ネチネチ」(KAITO)はうまいなぁと感じ入りました。ヨアソビのような展開が見事です。
物語のようなストーリーを3分とかに収めるのは大変だけど、納まったときの見事さにやられた!そんな曲を紹介お願いします!
特に洋楽は歌詞が分からない分、意外とありそうな気もしているんです。
投稿: lastsmile | 2021年6月28日 (月) 18時48分
lastsmileさん。
浜田省吾のファンは「八月の歌」の内容を理解した上で、社会的なメッセージであるとしても、「浜省ワールド」の中のものとしてとらえている可能性もありますね。
反核などのメッセージを出していても、すべてのファンがそっちになびいていくわけでもなさそうだし。
ワタクシとしては今回、こんな昔の曲を引っ張ってきたのは、低成長、デフレなどの現在とリンクするからでした。
さて、lastsmileさんの挙げられた曲のほとんどを、あまりよく知らないのでYouTubeで聴きました。
聴き流していても言葉が見事に伝わってくるものばかりです。
こういういい方をすると身もふたもないんですが、これだけ強力に伝わる内容ですと、ワタクシごときがあれこれ書いてもただの紹介に終わりそうなんで。
自分の場合ですが、邦楽系でもリズムとビート優先みたいな傾向がありまして、曲の言葉は何度も聴きこまないと入ってこないことも多いんです。
また、意味の分かりにくい言葉もありまして、このあたりをどう解釈するかとか、あるいは、深読みして意味づけるなんてことに行きがちですね。
ですので、お題とちょっとかけ離れる感じではありますが、あと数回、続けさせてください。
寺内タケシ氏の追悼、先送りになりますけど。
投稿: ヒョウちゃん | 2021年6月28日 (月) 23時12分