ラサへ
西寧~ラサ・高山病と戦う旅からのエピソード(12)
<ダムシュン>P-30/SMC A28mm
ダムシュン(当雄)という町に着きました。ここで昼食となります。
<調理中>P-30/SMC A28mm
例によってガイドの尹さんが選んだ店です。当雄達県飯店という素朴な店です。しかし、ここも灯油の匂いが充満するため、料理ができるまでは外で待ったりします。
<外で待つ>P-30/SMC A28mm
現地の人も外で待っております。
この時の料理は写真は残っていませんが、メモによると「茄子の炒め物」、「ピーマンと肉の炒め物」、「冬瓜とキャベツの炒め物」、「きゅうりと卵の炒め物」、「いんげんと肉の炒め物」、「ジャガイモの煮物」、「乾麺の煮込み」でした。味はかなりいいです。さすがは味に貪欲な中国人ガイドです。
炒め物ばっかりですがひとつの鍋で短時間にできるものはどうしてもこうなりますね。料理はたくさんあるように感じられそうですが、小皿にちょっこっとずつです。大半の人が食欲もかなり落ちているのでこれでも十分でした。
また、どうしても高山病の症状が抜けない人はバスで横になっている始末です。
<ニエンチェンタングラ山>P-30/SMC A28mm
バスは南下し最後の給油をしました。ここで見えてきたのがニエンチェンタングラ山でした。こう見えても7162メートルあるそうです。
<民家>P-30/SMC A50mm
近くの民家にはおそらく魔除けらしいマークの入ったドアがありました。この辺りまで来ると遊牧ではなく農業を営んでいて定住生活をしています。
<馬を引く男性>P-30/SMC A50mm
前日宿泊した那曲飯店にいたヨーロッパからの団体客はこのあたりで行われていた馬の祭りを見に来ていたそうです。すでに通りかかったときにはイベントは終わりかけのようでしたが、馬を引いて家に帰る人たちを何度も見かけました。
<仕事帰り>P-30/SMC A50mm
畑仕事帰りでしょうか。彼女たちはこちらに気づくとカメラのシャッターを押す仕草をして笑っていました。
<畑>P-30/SMC A50mm
標高はかなり下がってきています。ラサまでも100kmを切る表示が出ました。
畑が見えてきたということは山間部ではなく平坦なところまでやってきたということです。
<ヤルツァンポ川>P-30/SMC A50mm
もうほとんどラサという地点。この直前には軍用トラックの隊列を抜いていきました。トラックには兵士がたくさん乗っていましたが、ほとんどが漢民族でした。
やがてバスはラサ市内に入り、遠くにはポタラ宮殿も見えてきます。体調を崩してほとんど横になっていた夫婦は感極まって万歳するほど。
<本日のお宿>P-30/SMC A28mm
ここに泊まりました。実は中心から離れていてチベット感の希薄なホテルです。拉薩飯店といい、当時はHoliday Innと提携していたところです。
当時としてはラサで一番いいホテルといわれていることもあり、、部屋には酸素吸入器などもあるのでした。
なお、移動中のバスにも「酸素袋」なるものがいくつも積まれており、こんなものが効くのかと思ったほどでした。結局使用した人はいなかったのですが。
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