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2021年9月30日 (木)

伊香保の巨大台湾寺院

埼玉・群馬遠征の続きです。

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<忽然と現れた寺院>PowerShot

水沢うどんの店でIshiiさんと合流し、4名で佛光山法水寺というところを目指します。

うどん屋からワインディングロードをぐんぐん登っていき、こんなところにあるのかよ(ちなみにカーナビには名称では出ませんでした)と思っていると、広めの駐車場が現れました。

その駐車場の中心あたりから眺めた風景です。長い石段が続き、その奥に見えるのが寺院のようです。

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<提灯>PowerShot

おお、なんとなく台湾らしくなってきた。

訪れている人たちは中国語(台湾語でしょう)を話す人もいますが、日本語を話す人もいて、半々くらいですね。地元では有名なのかもしれませんがこのじりじりとした炎天下にこれだけ訪問者がいることにびっくりしました。

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<見えてきました>PowerShot

そしてもっとびっくりしたのは下の駐車場から便数は少なかったですが、成田空港行きのバスが出るということでした。バス停があったのです。

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<巨大寺院>PowerShot

ようやく石段を登り終えました。でかいです。

PowerShotの広角24mm相当でも収まり切りません。奥の建物の左右に同じくらいの規模の建物があります。

これは、こじんまりとやっている大恩寺とは違いますね。台湾の本家がここに日本支部をぶっ建てたのでしょうね。

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<千手観音>PowerShot

順路は決まっています。まずは左側の建物の1階から入ります。手指消毒も厳しくチェック。帽子も脱げと。

館内はほのかに冷房が効いております。下界とは隔絶された気分です。涼しくて助かりますね。

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<千手観音再び>PowerShot

次は2階に上がりますが、エレベーターがあって助かります。

どうぞ、ご自由にご覧下さいみたいな対応でしたが、小ホールみたいなところの中心にこちらがおわしました。

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<阿弥陀菩薩>PowerShot

画像のタイトルは間違っているかもしれませんが、ご容赦を。こちらは2階の突き当りにございました。

こちらのエリアの壁には重厚そうな仏教書がびっしりと並べられていました。

さ、次はそのまま中央の建物の2階へ。

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<大ホール>PowerShot

ここで宗教的な集まりを行うのかどうか。

それでも参拝者向けに見やすくしてあるような感じも致しました。

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<ホールの大仏>PowerShot

結構参拝者はいたはずなんですが、自分たちの周りには誰もいませんでした。どこに行ってしまったのだろうか。

中華系の国というと仏教とか寺院のイメージもあるでしょうけど、我々と同じカテゴリーと思われるいわゆる「大乗仏教」の寺院はそれほどありませんね。ろうそくや線香が燃え盛るのは道教の廟であったりしますね。

この寺院ではろうそくも線香もほとんど見ることがなかったです。匂いも感じませんでした。

台湾でいうと知本温泉にあった清覺寺が割と大きな寺院で建物の感じがよく似てました。

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<壁の仏>PowerShot

でも、こういうのは日本にはないというか、ワタクシは見たことがないです。

上座部仏教の寺院にはよくありますが。

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<関羽像>PowerShot

こちらは民間信仰ではよくあるやつ。それを寺院で取り込んだということでしょうか。

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<イートインできます>PowerShot

そのまま、右の建物に入り、1階へエレベーターで降ります。2階部分は開放されてませんでした。

こちらはあまり宗教色が薄められ、高雄の本家などの紹介やミニ集会室などがありました。

入口近くには軽食もとれるカフェがあります。タピオカドリンクや魯肉飯などがあります。

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<ロケーション抜群>PowerShot

結構な山の中ですが環境は素晴らしいです。

コロナ禍以前の状況でしたら、外国人観光客が何も考えずにやってきそうな感じもいたします。

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<戦利品>PowerShot

オリジナルのマスクをいただきました。といっても白一色ですけど。

一部日本語が通じない方もいらっしゃいましたが、基本簡単な日本語は通じます。宿泊施設みたいなところもありました。

それにしても高雄のどのあたりにあるのか。

続きます。

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2021年9月28日 (火)

マカオで食料難民化する

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<マカオ>K-7/DA21mm

2015年の年末にマカオを訪れました。2007年以来なので8年ぶりということになります。

これは、何を意味するのか。

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<ドン・ペドロ5世劇場>K-7/DA21mm

この8年の間にものすごく観光客が増えていたんですね。

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<ターボジェット>K-7/DA21mm

この時は香港(上環)からホバー船で向かったのですが、まずチケットの購入から時間がかかりました。

チケットの購入から乗船するまでに1時間以上かかり、以前だったらその時間だけでマカオに到着していたはずです。それだけ観光客が増えたということですね。まあ、年末ということもあったかもしれません。

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<サンパウロ天主堂跡>K-7/FA35mm

そして、マカオフェリーターミナルも大混雑で入国(入域)にやたらと時間がかかり、これまた1時間待ち。移動のバスはカジノの無料バスを利用しましたが、宿方面へのバスがなかなか来なかったので、リスボア行きのバスであとはキャリーバッグを引きずり歩く始末でした。

そして、セナド広場からこの天主堂にかけてはとんでもない人混みでした。まるで、コロナ禍前の新宿か渋谷のメインストリートのような賑わいでした。

中にはキャリーバッグを引きずりながら観光する連中もたくさんいました。そして、やたらと記念撮影をして立ち止まる。その撮影時間が半端じゃない。

わかりますよね。香港人ではない大陸からの観光客が以前の100倍近くになっていたのです。

夜はその人混みもなぜか消え失せ、レストランなどにも入れる状況です。でも、予約で今日はダメということもありました。そんなに有名店じゃないんですけど。

昼食はかなり厳しいですね。テイクアウェーなどでしのぎましたけども、仕方なく日式ラーメンということもありました。

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<地獄とんこつラーメン>GR DIGITAL

日食堂(深夜食堂)というところのやたらごてごてしたラーメン。75パタカは高い。

どうせ麺を頂くのなら、いくらでも店はあるのですが、彼らで埋まってるんですよ。ペナンならばやがて淘汰されるような店ですけど、自分のような落ちこぼれ客が来るので、それでも経営ができるんでしょうかね。

そして、マカオの朝は遅いです。香港でも早朝から粥麺専家などは営業しているんですが、セナド広場あたりの麺の店は7時くらいに行っても空いてなくて、いったん宿に戻って出直してやっと食べることができたということもあります。

そして、マカオを経つのは元旦でした。これは、さらに店がやってなかろうと、雑貨店で購入したのがこちら。

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<出前一丁>GR DIGITAL*画像は香港のものです

出前一丁でございます。香港のインスタントラーメン界では不動のナンバーワン。ま、ホテルでは袋麺は調理できないのでカップ麺となりましたが。

一緒に購入したのが菠蘿包と呼ばれる、パイナップルパン。パイナップルは全く入ってないのに、その味がするという人気のパンです。

ホテルに電気ポットがあって助かりました。

さてさて、現在エコの流れを受けてカップ麺に黙って割りばしやプラのフォークはつけてもらえないでしょうね。言葉を覚えなくてはならないな。

おまけ

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<JAFステッカー>PowerShot

先日JAFの会員証が送られてきました。5年ごとなのかな。そしたらこんなステッカーも同封されていたと。入会30年のメンバーってことなんすけど、正確には1992年入会です。来年送ってくれないかな。

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2021年9月26日 (日)

ダンブッラのライオンビール

2018年の旅から。

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<金満寺院>KP/DA18-50mm

3年前、スリランカに行きました。

ダンブッラに立ち寄ったのは、この寺院を訪れるためではなく、その上にある世界遺産である石窟を訪れる目的がありました。ちなみに、この大仏のあるゴテゴテの装飾のある寺院は、埼玉・群馬ミニトリップに同行したItoさんによると、住職が金満家でスリランカの仏教界ではものすごく評判が悪いとのことです。

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<ダンブッラの石窟>KP/DA18-50mm

先ほどの寺院の脇から山道を延々と登っていくと石窟にたどり着きます。石窟は5つあり、さすがは世界遺産ですね。

こんな感じで写真を撮れますが、内臓ストロボを使用しております。でも、フラッシュやストロボはこうしたものを痛めつけます。近くにあるシーギリヤの通称「シーギリヤレディ」と呼ばれる女性のフレスコ画は色あせてしまっていて、現在は撮影自体が禁止ですね。

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<シーギリヤ>KP/DA18-50mm

翌日はシーギリヤに足を延ばしたのはいうまでもありません。

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<ライオンビール>PowerShot

疲れた後はやっぱりこれですよね。

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<テラス席>PowerShot

スリランカは仏教国ですが、ムスリムも半数近くいます。

なので、完全にアルコールがダメということもありませんが、飲めるところは限定されますね。

ここは泊まっていたギマンハラというホテルのカフェスペースですね。

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<コースター>PowerShot

日陰で涼しいです。スリランカも赤道に近く、特に内陸部は暑いです。ダンブッラもシーギリヤも内陸部にあります。日中はやっぱり暑いですね。

ライオンビールは間違いなく美味しいです。国産ビールでありながらイギリスの植民地時代に生産が始まったブランドでもあるわけで、ビールの製法については間違いないでしょう。少なくともインドのキングフィッシャーなどよりも味は上を行くと思いますね。

ビールが庶民と縁遠い国、例えばインドやパキスタン(一応外国人向けに国産があります)などでは、ストロングビールといってアルコール分が10%以上もあるものが好まれますかね。でも、それは我々が感じるビールの味じゃないんですね。

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<美味い>PowerShot

また、イギリス人仕込みではありますが、イングランドのビールの味とも異なり、ドイツや日本のビールのような味わいです。日本人には好まれる味といってよいでしょう。

でも、スリランカにはポーヤデイというものがあり、この日はアルコール販売が禁止になります。やっぱり飲める日と場所は限定的になりますね。

ま、そうしてやっとこ出会ったライオンビールは美味さ倍増となるのでは。

でも、暑い国ではこうした冷たい飲み物は確実に内臓、特に腹に来やすいんですよね。その点、気を付けましょうか。

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<トゥクトゥクの兄ちゃん>PowerShot

写真を撮ると声をかけていながら視線を外すというのは、もしかして「決めのポーズ」なんでしょうかね。

スリランカ、タイとセットで訪れたため、全土を回ることはできませんでした。残ったところにも行きたいので、次に行く場合はもっと日数をかけたいものですが。

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2021年9月25日 (土)

高橋研プロデュースのふたり

かすてら音楽夜話Vol.129

 

いきなりの、中村あゆみ「翼の折れたエンジェル」でございました。

今回取り上げるのは女性シンガーでありながら、男性の視点だったり、男性の口調で歌う人ですね。

「翼の折れたエンジェル」ですが、中村あゆみの3枚目のシングルとして1985年にリリースされ、オリコンで4位になります。実は日清カップヌードルのタイアップが付き、中村あゆみとともに売れました。当時の印象ではオリコンのチャート以上にヒットしたように思ってますが、それはCMのタイアップがものをいってますね。

この曲はプロデューサーでもある高橋研が作詞・作曲・編曲を手掛けてます。中村あゆみも偶然に高橋研と出会い、デビューに結び付けました。ただし、中村あゆみはそれまでまったく音楽的な活動とは無縁で、デビューにこぎつけたのは高橋が中村あゆみに何かを感じていたからだと思われます。

それは何か?中村の枯れたようなハスキーヴォイスが高橋の温めていたイメージに結び付いたのではないでしょうか。そのイメージとは、女性が憧れるような頼れる姉さん、いや男気のある姐さんといったところでしょうか。

アイドルの例を取るとファン層はほぼ異性が多くなります。歌謡界とは一線を画すポップス/ロックの世界ではこの図式はあまり当てはまらず、男性のソロならばファンは男女関係なく半々くらいでしょうか。女性のソロであると、男性ファンのほうが多くなるようなイメージです。ま、これはほぼデビュー直後の傾向ですけど、売れてくるとファン層も男女半々くらいに落ち着いてきますかね。

それを高橋はシンガーにそれまでの女性の言葉ではなく、やや強いメッセージを歌わせたり、男性の言葉を使ったりして、圧倒的に女性のファンを獲得するような作戦に出たのではないかと思われます。あるいは単に高橋がボーイッシュな女性が好きだっただけかもしれませんが。でも、圧倒的に女性ファンが多かったですね。

中村と高橋のコンビはこの後しばらく続きます。

さて、高橋研ですが、1979年にシンガーソングライターとしてデビューしますが、ヒットには恵まれず、その後楽曲提供のほうが多くなります。作詞としてはアルフィーの「メリーアン」などが有名ですが、作詞・作曲とも提供する相手は圧倒的に女性が多いという人です。

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さて、中村あゆみとの関係を解消した高橋ですが、美裕リュウ(デビュー直後の表記、のちにミヒロリュウ)という女性シンガーと出会い、デビュー時からプロデュースと楽曲提供を行います。1995年頃ではないかと思います。

実は彼女はシンガー小柳ゆきの実の姉です。本名、小柳裕美。単に読みを業界っぽくひっくり返した芸名なのでした。

1997年のことでしたが、ワタクシは小山卓治(おやまたくじ)というシンガーソングライターのライヴを日清パワーステーションに見に行ったのですね。小山はソロのコンサートを開くほど売れてないので、複数組がジョイント出演するイベントでした。そこにミヒロリュウが出ていたんです。

次の小山の出るイベントにもミヒロリュウが出演してました。当時のミヒロリュウは高橋がプロデュースしていることは中村あゆみと同じですが、フォークギターを手にしてバックのメンバーも付けていたんです。

きいたことのない名前でしたが、CDショップに足を運び、セカンドアルバムの『Gardenia』を購入し、のちにデビューアルバムの『Ryu』も手に入れます。特に『Gardenia』は高橋の楽曲が多かったものの、結構内容のよい構成でした。自作曲もあったと思います。

その後、サードアルバムの『Super Love』が出まして、これを購入するとともに、渋谷の狭いライヴハウスにミヒロリュウを見に行きました。『Super Love』ではよりロック色を強め、自作曲も増えてました。そして彼女の単独ライヴは狭い空間に人がびっしりで、酸欠状態とともにつんざくような音が鳴り響き、その後数日は聴こえる音がくぐもるような症状となりましたが、満足できる内容でした。ミヒロリュウ自身も満足できるような発言をして、客の多さにも感謝してました。

これは、さらに地道にやっていくと売れていくんじゃないかと思っていたら、ミヒロリュウはあっさりとメジャー活動から離れ「SOLT」というバンドでインディーズでやっていくということになり、非常に残念だった記憶があります。

高橋としては中村あゆみ以上に手ごたえのある理想像ができたと思っていたかもしれませんが、ヒットには結びつかない例です。

 

現在のミヒロリュウです。セカンドアルバムからのシングルカット、「Howlin' Wind」でした。結構いいでしょう。歳を重ねましたが、日清パワーステーションと渋谷屋根裏で見た彼女はボーイッシュでかっこよかったです。あ、オレも高橋研目線?

ま、「頼れる姐さん」みたいな存在とすれば葛城ユキとか渡辺美里あたりがあがってきますかね。和田アキ子もそんな感じかな。

★ご意見・リクエスト等、コメント欄でお願いします。

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2021年9月22日 (水)

水沢うどん街道

埼玉・群馬ツアーの続きです。

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<うどん店>PowerShot

このミニトリップでは群馬在住のIshiiさんと現地で落ち合うことにしていました。

目的地は渋川市周辺。あと2か所の寺院を回るつもりで調べていたら、その寺院の間に「水沢うどん」の店が点在していました。その名も水沢うどん街道と呼ばれているそうです。

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<レトロなつくり>PowerShot

待ち合わせは元祖田丸屋にしました。食べログなどで評価を調べたわけでもなく、単に駐車場が広いということだけで決めました。

それでも、のちに調べてみたらWebページもありました。

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<メニュー>PowerShot

それにしても、水沢うどんとはなんぞや。Wikiによると、水沢観音の参拝者向けに手打ちで作られるようになったうどんだそうです。麺は若干細目でコシと弾力があると。ところどころ透き通る白い麺だと。ふむふむ。

さて、元祖田丸屋は昔風のレトロな建物ながら、内部は改装されてました。入口に下駄箱があり履物を脱いで上がりますが、ところどころ絨毯が敷かれ、板の間もあり、客はテーブルと椅子で食べることになります。

昔は畳の大広間で、座布団に座って食べていたと思われます。さすがに現代では、座布団を使うとはいえ床に座るという生活をしなくなった人たちも多く、このようなスタイルに変わってきたのでしょう。

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<もりうどん>PowerShot

オーソドックスにこちらにしました。つけ汁は2種類です。ほぼ全員これです。Bグルの巨匠のみ小盛なんだそうで。

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<舞茸天ぷら>PowerShot

でも、なんか寂しいのでこちらを4人でシェアしました。え?塩で食べろと。そういうしきたりがありますか。

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<ぐんまちゃん箸袋>PowerShot

箸はこのようなものに入っていました。それにしても、どストレートなネーミングですね。

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<胡麻ダレ>PowerShot

まずはこちらから。おお、歯ごたえのあるうどんです。やはり北関東のうどんはこうでなくちゃ。うどんに照りがあってつややかですね。透明感も感じ取れます。胡麻ダレ、実に合います。

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<醤油ダレ>PowerShot

こちらもいいです。ちなみに「醤油」と店の解説にもありますが、醤油ベースなだけで普通のめんつゆみたいな感じです。

ワタクシ的には初めに胡麻で食べ、タレがなくなってきたら醤油に切り替えました。

ちなみに、大恩寺のあった児玉地区では自家製のうどんを作っています。そのうどんは手打ちながら少し時間をおいて食するもので、見た目はこのようにつややかではありません。麺はもっと細く、ぼそぼそしているのですが、つけダレで食べてもなかなか美味しいです。親戚からそのまま宅配便で送られてきますが、冷蔵庫で数日は持ちます。

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<これもまた美味>PowerShot

ちょうど4切れありました。いわれたように塩をつけて食べます。ふむふむ。

でも、ワタクシは残りの醤油ダレにちょっぴり浸して食べてみました。こちらも美味いですよ。

さて、こちら、渋川市といいましたが、平成の大合併によって渋川に編入されただけで、旧伊香保町なんですね。水沢観音も歩いて行けるような場所です。

元祖田丸屋

もりうどん、1100円。舞茸天ぷら、660円でございました。

その他、温かいうどん、セットものもありますね。そして、おきりこみともいう、昔の製法の幅広のうどんを「喜利麦」と称して出していますね。一反木綿のような「ひもかわうどん」はありませんでした。

また、写真を撮り忘れたんですが、店内から眺める中庭も見ものです。偶然ながらこの店を選んでよかったですわ。

さ、では残りの寺院にGO!

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2021年9月21日 (火)

最後のJAL、今のところ

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<夕刻の成田空港>GR DIGITAL

渡航をするのに御贔屓の航空会社はほぼありませんで、その時(予約の時期にもよりますが)チケットの安い会社を選びます。

それでも、JALやANAのカード(クレジット機能のないもの)は所有しておりますが、親元の航空会社にはほとんど乗ることはないという矛盾が生じております。ま、自分の渡航状況ではいくらマイルをためても特典旅行にはなかなか結び付かないということもあります。

ということで、今回はこれまで一番最後に乗った日本航空の話です。

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<JL809便>GR DIGITAL

2012年12月末、成田から桃園への短い飛行です。機材はボーイング737-800型。座席はいつものように通路側を指定しました。

でも、この機材は中央通路を挟みエコノミークラスで3席ずつという小さいものですから通路側に当たるのは1/3の確率になります。ま、中央も窓側も同じことなんですが。

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<機内食>GR DIGITAL

桃園までは約4時間というフライトです。早速機内食が出ます。

通常ならば、2種類くらいから選択可能なんですが、この時は有無をいわせずこれだけ。しょうがねえなあと思いつつ、飲み物はプレモルなんかを選んだりします。

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<和食弁当>GR DIGITAL

こちらはおかずです。ただ、エコノミーにしては期待が持てそうな気もします。

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<お品書き>GR DIGITAL

日本の航空会社は芸が細かいですね。某国のV航空などはお品書きがあったものの、後で回収されるというトホホなこともありました。

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<御開帳>GR DIGITAL

こんな感じ。湯呑みもあるということは、日本茶が出るのですね。

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<幕の内風>GR DIGITAL

一口サイズですが、内容はいいんでないかい。

セブンの弁当というよりは京樽の上質弁当みたいですよね。

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<ごはん>GR DIGITAL

鰆だったかの焼き魚とひじきが付きます。ごはんにはゆかりを散らしていますね。

日本人なら普通に白飯でいいんですが、同じコメ文化を持つ中華圏や韓国などの航空会社ではただの白飯ということはないですね。普通にコメが美味しくないという事情もあるんでしょうかね。

ま、この後はひたすら眠く、気づくと到着間際でした。

そして、台湾旅行も終わり、年の明けた2013年1月、当然ながら帰りもJALです。

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<JL802便>GR DIGITAL

安い航空券の宿命、夜に到着し、早朝の出発です。

この時は空港まで鉄道が乗り入れてなかったので大変でした。台北駅までは近かったので歩いていきましたが、高鐵(台湾新幹線)で桃園まで出て、バスに乗り換えです。おかげで朝食はコンビニで仕入れたカップ麺あたりでした。

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<今回は普通>GR DIGITAL

帰りは気流の関係で3時間で到着します。もうあっちゅう間。

こちらも選択肢はなく、これ一本鎗でした。しかも、メニューもなくなります。

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<茶そば>GR DIGITAL

海外から日本に向かう便は茶そばが出る確率が高いですね。

戻りはごく普通になり下がりましたが、行きの時は夕食ということでちょっと豪華に見えるものだったのかと推測します。JALだからというわけでもないみたいですね。

この時以来、乗ってないんですがね。

航空会社も赤字が続いているようなので、成田や羽田から日本上空をぐるっと回り、機内食も味わってもらい、同じ空港に戻ってくるという企画などをやっているとか。ま、わたしゃ、そんなものに金は払いませんけど。

最後に航空機に乗ってからそろそろ2年経つなあ。来年には飛び立てるでしょうかね。

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2021年9月19日 (日)

理想の隔離地

隔離シリーズ最終回。

基本妄想ですので、軽い気持ちで読み飛ばしてください。

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<ウブド>K-7/Sigma20mm

バリ島にもし行った場合、隔離するならウブドはいかがでしょうか。

これまた、宿泊施設は数限りなく、ひとり1部屋なんてものではなく、ひとり1軒なんてことも可能かもしれません。

いわゆるホテルのほうが少なく、ホームステイとかロスメンと呼ばれる宿が主体となります。現実的には大きなホームステイにコテージごとに隔離者ということになるでしょうか。

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<客室>GR DIGITAL

部屋はかなり広々しています。部屋によってはバルコニーもあるかもしれません。1コテージにひとりと限定すれば、バルコニーに出て外の空気を吸うことくらいはできるかもしれません。

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<ホームステイの朝食>GR DIGITAL

ウブドの場合、朝食付きのところがほとんどです。これは、ウブドではきちんとした朝食を提供する店が朝からやってないことに関係するのだと思います。

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<某レストランの夕食>GR DIGITAL

宿では簡単な食事の提供ですね。なにせ、プロの調理人はいませんから。

ですが、宿と同じくらいレストランはたくさんあります。それも、各国から旅行者を受け入れてますから、ほぼどんな料理もできるのではないでしょうか。情報によれば、かつ丼を出す店もできたのだとか。山奥にあるにもかかわらず刺身を出す日本料理店もありました。

ともかく、休業中のプロの調理人を集めれば隔離用弁当3食をつくることなど簡単だと思われます。

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<ウブドの青空>K-7/DA15mm

…と、宿泊施設と食事の面から妄想したのですが、現実的に考えると政府としては隔離のしやすいところに集めたいでしょうね。

バリ島の外国人向けスポットはかなり点在していて、それらにも宿泊施設はあるでしょうから。それに、ウブドだと警備面にも人を割く必要がありますね。無断外出や逃亡もあり得ますし。

でも、バリにはニュピという宗教行事の特別な日があり、たとえ外国人であろうとも、外出はできない、外を歩けない日があるんです。これをうまく利用してはどうかな。

また、国単位で考えるとインドネシアにはいくつもの玄関口があり、ちょっと前に感染爆発が起きてやたらとニュースで取り上げられたくらいなので、外国人観光客を受け入れている状態にあるかも不明ですね。

そういった点では東南アジアは、観光依存度が高い割には門戸をかなり閉ざしてますけどね。

さて、隔離シリーズ、妄想ですが終わりにします。

果たして我々の海外渡航はいつ実現するのでしょうか。解禁されたとして、それは日本に相手国からも入国者を受け入れることにもなりますね。それは、マスクもしないでうろつき、騒ぎまくる人も来るってことで。また、感染状況がまことに不透明な中国からも来るってことですけど。

行けないよりもまだマシなのか?

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2021年9月18日 (土)

児玉のベトナム寺院

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<埼玉北部の異空間>PowerShot

7月某日、埼玉と群馬に遠征いたしました。オリンピックの交通規制の影響があるかと覚悟しましたが、都内以外は渋滞もなくその点は楽でした。

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<ご本尊>PowerShot

まず目指したのは本庄市(旧児玉町)にある、大恩寺というベトナム寺院です。なんでもベトナム人実習生の駆け込み寺でもあるのだとか。

アポなしでやってきたのですが、歓迎していただきました。

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<パンフレット>PowerShot

このようなものもいただきました。代表でもあるタムチーさん(パンフの写真の方)が案内してくれました。

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<鐘>PowerShot

実はこのエリア、ワタクシの親戚が居住するエリアなんですが、このような寺院があることは知りませんでした。

過疎とまでは行かないと思いますが、在家信者が少なくなり寺院を維持していくのが難しくなった寺を、ベトナム人の仏教関係者が居ぬきで購入していったものと思われます。そのため、寺院としての規模は小さいです。

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<観音像>PowerShot

そして寺院を修復して、少しずつベトナムの仏教色を加えつつあるようなところなのではないでしょうか。

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<調理場>PowerShot

僧侶とは別にここで生活するベトナム人(元実習生かも)もかなりの数がいるようで、おりしも昼食の準備中でした。

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<食材>PowerShot

自分たちの農園もあるようですし、この周りは見事に野菜農家です。食材に不足なしといったところでしょうかね。

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<倉庫兼ショップ>PowerShot

ここで販売されるものは寺院での生活費に充てられるのでしょう。また、彼らの生活に必要な物資も雑然と置かれていました。

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<食事の準備中>PowerShot

ハーブ類の大皿が並べられます。当然ながらベトナム料理ですね。

実はここで昼食を食べていかないかというお誘いもあったのですが、この後群馬でもうひとりとミートし、食事をする予定でしたので、泣く泣く諦め…。

同行者のひとりは、また必ず来るので、しかも泊まると宣言しておりました。タンブンせいよ。徳を積むのだぞ(エラソー)。

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<お世話になりました>PowerShot

タムチーさんはじめ、大恩寺の皆様、ありがとうございました。シンチャオでございます。

んでは、群馬に向かいますか。

続きます。

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2021年9月14日 (火)

シーナとシンディ

かすてら音楽夜話Vol.128

本日取り上げるのは英米のガールポップの二人です。それも、デビュー直後に売れたというインパクトのある二人ですね。共通点はないんですけど、ほぼ同時期ということで。

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イギリス、スコットランド出身のSheena Easton(シーナ・イーストン)は1959年生まれで1980年にデビューしました。

そのデビューのきっかけもかなりラッキーなものです。彼女は演劇を学ぶ学生だったのですが、BBCのドキュメンタリーでスター歌手を目指すという番組に起用されてEMIから契約されたのです。

全く無名の二十歳そこそこの女子が下積みもなしにいきなりアメリカでも売り出されることになりました。

 

デビュー曲の「Modern Girl」でした。映像はテレビ番組みたいですが、音源はシングルそのものです。番組全体がやらせなんでしょうかね。

とはいえ、ライヴ映像もあって、来日時のものみたいですが、結構歌は上手いです。Tokyo Festival「Modern Girl」

とはいえ、鳴り物入りの前評判の割には、ビルボード18位、UKチャート8位に沈んでおります。

なんか「モダンガール」なんていかにも日本人が付けそうな邦題みたいですが、もちろん原題です。結構アップテンポでコーラスワークも凝ってまして、ワタクシ的にはイケてると思い、デビューアルバムの『Take My Time』(邦題「シーナ・イーストン」)を思い切って購入したほどでしたけどねえ。

 

しかし、こちらのセカンドシングル「9 To 5(Morning Train)」がビルボード1位に輝きました。UKチャートでは3位なんですが、その他の国では軒並み1位で、彼女の最も売れた曲となりました。

デビュー曲と異なり、ミディアムテンポになりますが、彼女の伸びやかな中高音が見事に生かされている曲ですね。アメリカ人ってこういうほうが好きなんだろうか。

まあ、BBCは見事に金の卵を発掘してきたことになりますね。

その翌年、007映画「For Your Eyes Only」の同名の主題歌を担当することになりデビュー僅か1年で世界的なトップスターとなるのですが、ワタクシの興味はここまででございました。

というのも、シーナ・イーストンはデビュー時にはすでに離婚していて「Easton」という姓も最初の夫のものだったのだそうで。なんか夢が壊れるじゃん。

シーナの快進撃もこのあたりまでで、その後はわずかなトップ10ヒットがあるだけになってしまいました。2001年以降は目立った活動もなく、音源のリリースもありません。ちなみに、曲は職業作家のものばかりです。

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一方のアメリカのガールポップはこの人、Cyndi Lauper(シンディ・ローパー)です。

衝撃的なデビュー曲はこちら。

 

1983年の「Girls Just Want To Have Fun」でした。いきなりのビルボード2位というヒットで、このプロモーションビデオとシンディの奇抜な服や髪が話題となりました。

実は同じ年にMadonna(マドンナ)がデビューしてかなりの売り上げとなっていましたが、個人的には音源を持っていないし、あまりセクシー路線には興味がわかなかったので、今回は取り上げておりません。

さて、シンディですが、1953年生まれですのでこの時すでに30歳。まあ、そうは見えないのですが、下積みのキャリアもありバンドでデビューしていましたが、芽が出ずに職を転々としながらソロになりました。

いわばシーナ・イーストンと違って崖っぷちのソロデビューなんですが、おりしもミュージックビデオまたはプロモーションビデオが盛んになりMTVなどの番組が出てきたころとシンクロし、ヒットに結び付いたと思います。この低予算で作られたビデオはプロレスラーやシンディの母親を起用したりしています。

これだけでしたら、ちょっと変わったオンナ、あるいは素っ頓狂な一発屋という認識になると思います。その評価を見事に覆したのがこの曲です。

 

翌1984年リリースのセカンドシングル、「Time After Time」でした。こちらはシンディとのちにThe Hootersを結成するRob Hyman(ロブ・ハイマン)との共作です。

デビューシングルと違いしっとりと歌い上げるバラード。こちらは見事にビルボード1位となり、グラミー賞の最優秀楽曲賞にシンディとハイマンがノミネートされたほどです。

ファーストシングルとセカンドシングルを収録したアルバム『She's So Unusual』(1983年、ビルボード4位)はシングルカット6曲を含み、なかなかお得なアルバムですね。

なお、シンディはセカンドアルバム『True Colors』でもシングル「True Colors」がビルボード1位を記録しました。

また、新人ながら映画音楽にも起用されたり、「USA for Africa」の「We Are The World」でもインパクトのあるソロを任されております。

シンディ・ローパーは親しまれやすいキャラクターですね。来日した時、出演した番組で「昔のハリウッドスターの唇」(上のシンディの画像をもっと強調したような感じでした)を実演してくれるというスターではやりそうもないことを見せてくれました。また、当時ワタクシの職場のお姉さまが「落ち込んでいたんだけど、この人の生き方を見習いたいわ。私と同い年なのよ」とも仰っていましたし。また、日本にも愛着があるようです。

ホントにいくつになっても可愛いお姉さまという感じです。

つうことで、ワタクシとしてはシンディ・ローパー押しでございます。

★ご意見やリクエストがございましたらコメント欄でお願いいたします。

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2021年9月12日 (日)

隔離を望むならここにするか

隔離シリーズ、第2弾。まあ、たわごとなので、適当に読み飛ばしてください。

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<デパター>K-7/DA50-200mm

カンボジア

そう、あまり現実的ではなかったネパールのポカラではなく、カンボジアです。

カンボジアといっても首都、プノンペンではなく、アンコール遺跡群のあるシェムリアップはどうでしょうか。

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<オールドマーケット>K-7/DA50-200mm

シェムリアップ国際空港から市街地まで公共の交通手段はありませんが、タクシーなどで20分程度でしょう。

これまた、ホテルは供給過剰状態です。

大きなホテルも結構あるので、隔離にはそう問題ないでしょう。

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<客室>GR DIGITAL*イメージです

ちょっとシェムリアップのホテル画像がありませんで、バンコクのCentrepointのものを流用いたしました。

ま、隔離ホテルがここまでのレベルにはならないと思いますが、シェムリアップのホテルはシーズン中でもそんなに高くなく、値段に比べてもかなり充実しています。つまりコスパが高いです。

エアコン、テレビはおそらくすべてに備わってます。部屋によってはバルコニーがついているとは思いますが、こちらは使用禁止となりがっちりと鍵がかけられると思われます。

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<ビーフシチュー>GR DIGITAL

食事はこんな現地食は望めないと思いますが、大きなホテルですと、ビュフェスタイルの食事を提供していたはずなので、弁当を作るくらい大丈夫でしょう。

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<ぶっかけ飯>GR DIGITAL

ご飯の国ですから、バリエーションはかなりあります。

懸念するとここに食事を提供する業者が絡んでくると、間違いなく中国企業が乗り込んできて、カンボジアにいるのに中華っぽい食事になってしまうかもしれません。

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<遺跡>K-7/DA50-200mm

さあ、何日かかるかわかりませんが、隔離が終われば空港で開放なんですかね。ま、それは日本のルールだけど。

そして、またもや空港からタクシーかトゥクトゥク、バイクタクシーに乗って再びシェムリアップに向かうのでしょうか。

やっと出られた娑婆ですが、隔離日数によってはもうここはうんざり、早くプノンペンに行こうなんて思っちゃうかも。

前回、ポカラの時には書きませんでしたが、この強制隔離、いくらかかるんでしょうかね。

まだ、ワクチンがいきわたるはるか前の昨年、バンコクにビジネス出張した場合、2週間(!)隔離で7万バーツだったとか。日本の隔離の場合、どうやら国費で賄っているみたいですけど、出国した国により隔離期間が異なるようですけど、3日とか4日とかのようで。

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<トンレサップ川>K-7/DA50-200mm

問題なのが日本からシェムリアップに直行便が飛んでいないということで、大手キャリアを使っても、それは厳しいということになるのかも。

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2021年9月10日 (金)

隔離されるならここにして

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<パシュパティナート>K-7/DA21mm

現在日本に入国する場合、成田到着でも千葉の某ホテル、羽田でも横浜の某ホテルに隔離という情報をつかんでおります。ま、そこだけではないと思うんですけど、割と長い距離を移動させられるんですね。

それで隔離期間が終わったら元の空港に戻されて解散となるそうです。そこからの交通手段は鉄道やバスが使えるのかどうかはよくわかりません。これ、千葉市や横浜市に自宅があっても容赦なく空港に戻るんですよね。決まりですから。

…てなことを想定し、我々が他国に入国した場合、こんなところをキボンヌ。

ネパール

アジアの場合、ほとんど陸路入国は閉ざされていると仮定して、空路では入れるのはカトマンズのトリブバン国際空港です。

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<フェワ湖>K-7/FA35mm

バスでカトマンズから6~8時間はかかるという問題はありますが、ここはぜひとも大気汚染が進み、盆地でスモッグがたまるというカトマンズではなく、空気の澄んだポカラにしてもらいましょうかね。

なんたってガラ空きのホテルがどーんとあるんですから。

それも、ひとり1部屋なんて密なことをせずに、ひとりワンフロアでどうでしょう。お食事も部屋ではなくて部屋前のテラスでマチャプチャレでも眺めながら思いっきりひとりで味わってもらうのですね。

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<湖畔のバーガー>GR DIGITAL

食事だって各国対応です。ほぼ。

ネパール料理は当然ですが、インド料理も大丈夫。日本語のできる調理人もいるくらいなので、当然ながら日本食も大丈夫。

それに、昔からファランの皆さんが好む場所ですから洋食もOK。特にイタリアンがこのところ進出してきてますし。一時期に比べると中国や韓国料理も増えてきてます。

レストランも閑古鳥が鳴いているはずですから、この人たちに弁当を作ってもらえますね。

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<チベット難民のおばあさん>K-7/FA35mm

ま、難点といえばまるで現地の人と全く交われないということがありますが。

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<カトマンズの雑踏>K-7/DA21mm

そして、隔離期間が終わったら、カトマンズに戻るんですよ。規則ですから。

トリブバン国際空港で解散?そんなめんどくさいことはしたがらないでしょうから(←ものすごい偏見です)タメルかジョッチェンで解放です。あとはご自由に旅をお楽しみください。あ、陸路の出国はダメですよ。なんてね。

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2021年9月 8日 (水)

道の駅ラーメン

今日の立ち食い蕎麦・うどんVol.31

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<河口湖北岸>OMD10/ED14-42mm

7月の連休の続きです。

道の駅つるから河口湖方面へ。都留ICから河口湖ICまでは高速です。

昨年このエリアを訪れております。予定していた観光スポットは終わりましたので、道の駅のスタンプ集めに徹します。つーか、曲がりなりにも連休ですので渋滞は避けたいです。それに前日、悪夢の3時間を過ごしましたので、できるだけさっさと済ませたいです。

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<道の駅かつやま>OMD10/ED14-42mm

「平成の大合併」により消滅した旧勝山村にあります。河口湖でもかなり辺鄙なところですね。でも、駐車場は満杯でした。ちょうど昼時だったからですかね。

では、ワタクシも昼食といたしましょうか。

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<お願い文>PowerShot

山梨県の長崎知事、ごく簡単なことではありますが、こんな工夫をしております。前日の夕食の蕎麦と鳥もつの店でも同じことをやってました。

この時より1か月前、「道の駅どうし」に行った時にはこれをやってませんでした。

簡単なことですが効果があるのか、山梨でクラスターとかきいてません。ま、ここの場合、管理簿はなくて、店のオヤジが新客に気づいた時点で用紙を手渡すということをしていました。あとは自主的に記入するかどうかです。

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<道の駅ラーメン>PowerShot

食券を自販機で買うシステムです。それはコンピューター管理されていて、店の人に食券を手渡す必要がなく、番号を呼ばれたら頼んだものが出ているというもの。

ちなみに、ここの名物は「イトリキカレー」というものです。なんでもあの糸井重里が旅先の居酒屋「糸力」のカレーにほれ込み、自ら商品化したというものです。つうことは、ここのカレーはレトルトの可能性がありますね。

どっちみち道の駅レベルですから、無難なラーメンで手を打ちました。

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<リフトアップ>PowerShot

こういうところって、調味料は調理場付近に置いてあり、席にはないんですよね。この時は混んでいたこともあって、胡椒は使っておりません。なので、味変もなし。

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<チャーシュー多め>PowerShot

ま、なんつーかやっぱり道の駅クオリティです。めちゃくちゃ美味いということはなく、まずいともいえません。

店の人は一生懸命働いているんですけど、元々何もなかったところに道の駅を作って、食堂やレストランは地元の素人さんがやっているわけです。人の入れ替わりもあるだろうし。

とはいえ、道の駅にもすごいところはあって、専門店を集めた道の駅伊東マリンタウンとか、地元の専門店数店が月替わりでテナントに入る道の駅かたしなとかは本気度が違います。ま、道の駅伊東マリンタウンなどはその分高額になるんですけどね。

そんなわけでこれからも、道の駅の食はたまに出しますが。

さて、その後はひたすらスタンプ集め。

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<道の駅なるさわ>PowerShot

道の駅かつやまからさほど離れてませんが、途中から豪雨になりました。傘を持ってなかったので結構足止めとなりました。

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<天気が良ければ>PowerShot*昨年訪れた時のもの

これは富士山の溶岩で作ったモニュメントです。富士山も見上げるように迫る場所ですが。

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<道の駅富士吉田>PowerShot

さらに道を戻るようにして、山中湖方面へ。

富士吉田から山中湖へのルートが渋滞です。ここは週末はいつもそのようです。今はやりの言葉でいえば「ビッタビタの渋滞」でございました。

雨も止まず、スタンプを押したのみ。ただし、ここは安い「吉田のうどん」がありますね。

その後、道志みちに入り、夕方6時には帰り着いておりました。

連休の記事はひとまず終わります。出かけたレポもまだありますので、ちょっとずつ小出しにしていきます。あとは、かすてら音楽夜話と昔のネタでつなぎます。

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2021年9月 7日 (火)

松山軍用隧道

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<サンパウロ天主堂跡>K-7/DA21mm

2014年、マカオの話です。

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<ギアの要塞>K-7/DA21mm

この時のマカオでは路上のB級グルメを探すとともに、世界遺産の登録物件を歩いて回るということをやっておりました。

ほとんどの登録物件は散歩しているうちに次が現れるという具合で、非常に楽なのですが、このギアの要塞及びギアの灯台のみがぽつんと離れたところにあります。

とはいえ、マカオですので徒歩圏内にあります。でも、ここだけが一番後回しになりました。

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<公園の一角>K-7/DA21mm

ギアの要塞はマカオで最も高いところにあります。その帰り、来た道を戻るのも芸がないので、別のルートを歩いてみようと、山を回るようにして降りていこうとしました。

すると、このような入口があったのです。

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<内部>K-7/DA21mm

狭い通路に飾られた写真はどうやら第二次世界大戦時のものです。

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<発電機>K-7/DA21mm

このようなものも残されていました。

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<ジオラマ>K-7/DA21mm

内部の説明文を見ていると「日本軍」の文字がありました。

その時はここまで日本軍がやってきてこの地下壕を掘ったのかとも思いましたが、もともと見晴らしのいい場所で、ギアの要塞もあったことからマカオ側というか旧宗主国のポルトガルが作ったものかもしれません。

日本は香港を一時占領しましたが、マカオは中立の立場にあり、日本軍であったとしても大掛かりな工事は行っていない可能性があります。

ここはガイドブックにも載ってません。ネットでやっと引っかかったのが1930年に作られたものということで、それを日本軍が利用したという可能性はありますね。

もっときちんと説明文を読んでくればよかったのですが、やはり内部は息苦しくすぐに出てきてしまいました。

ま、わずかに10メートルほどの地下壕だったんですがね。

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<カジノ>K-7/DA21mm

このような負の遺産ですが、またマカオに行けることができるならばもう一度きちんと訪れてみたい場所の一つです。

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2021年9月 4日 (土)

男は顔じゃない

かすてら音楽夜話Vol.127

Toto

前々回でBoz Scaggsを取り上げ、「TOTOの生みの親」ということを書きました。

つうことで、TOTOからぼちぼち語っていきましょう。

 

1978年のTOTOのデビューシングル、「Hold The Line」でした。ビルボード5位のヒット曲です。

ボズの『Silk Degrees』に参加したDavid Paich(デヴィッド・ペイチ、key)、David Hungate(デヴィッド・ハンゲイト、bass)、Jeff Porcaro(ジェフ・ポーカロ、drums)を中心に、ギターのSteve Lukather(スティーヴ・ルカサー)、ポーカロ三兄弟の末弟のSteve Porcaro(スティーヴ・ポーカロ)をもうひとりのキーボードとして迎え、リードヴォーカルとしてBobby Kimball(ボビー・キムボール)を据えたのがTOTOです(初期メンバー)。

ボズの次のアルバム『Down To Then Left』以降はルカサーもレコーディングメンバーに加わってます。メンバーそれぞれが演奏が超絶に上手でボズ以外にも様々なところでレコーディングに起用されてます。

曲はもちろん自作で「Hold The Line」はペイチが作りました。全員が曲作りを行いますが、特に初期はペイチの曲がメインでした。

このようになかなかかっこいい、デビュー曲なんですが、気になりません?ヴォーカリストのルックスですよ。

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<ルカサーとキムボール>

こんな感じで。

ロックバンドのヴォーカリストはバンドの華ですよね。ストーンズのヴォーカルはご存じMic Jaggerなんですが、第6のメンバー(結成時はメンバー)ともいわれたIan Stewart(イアン・スチュワート)という人がいまして、キーボーディストでした。ストーンズのデビューに際してイアンはメンバーから外され、以降はマネージャー兼サポートのキーボードという地位に甘んじたのですね。

それは、一説によるとイアンがロックバンドらしからぬ風貌であったからともいわれてます。若いころから見るからにおっさんでしたからね。

もし、ミスチルのヴォーカルが桜井和寿でなかったら。SPITZのヴォーカルが草野マサムネでなかったら。

ヴォーカリストはルックスじゃないとはいえ、バンドの正面で観客を受け止め、ギグを繰り返すうちに、ヴォーカリストは次第に顔つきが変わり、怪しさやカリスマ性を身に着けていくのです。

んー、しかし、ボビー・キムボールについては以上に挙げたヴォーカリストとは別のベクトルに向かってますよね。貫禄十分、この声があるんだから文句ないだろう、みたいな。

 

こちらは初のTop10ヒットとなる「Rosana」(1982年)です。最高位はビルボード2位です。これも、ペイチの曲ですね。

TOTOは前評判の割にはシングルヒットが出ず、アルバムセールスも絶対的ではありませんでした。ですが、4年ぶりとなるヒットがこの曲です。アルバム『TOTO IV』も彼らの最大のヒットとなります。

「Rosana」ではAメロをルカサーがちょろっと歌い、キムボールのハイトーンにつなげるというやり方ですね。ある程度、ヴィジュアルも考慮したってことなんですかね。

『TOTO IV』の快進撃はこれにとどまりませんでした。

 

TOTO初のビルボード1位獲得曲、「Africa」でした。曲はペイチとジェフ・ポーカロによるものです。

皮肉なことにリードヴォーカルはデヴィッド・ペイチでキムボールはサビで歌うのみ。実はTOTOはハンゲイトとジェフ・ポーカロ以外がヴォーカルができるというバンドでもあったのです。

そして、この『TOTO IV』の後に、方向性の違いからボビー・キムボールは脱退してしまいます。ま、後年復帰しているんですが。これにより、初期のバンド編成は終わり、以降はシングルヒットに恵まれませんでした。

なお、ベースのデヴィッド・ハンゲイトも収録後に脱退していて、後任はポーカロ三兄弟の次男、Mike Porcaro(マイク・ポーカロ)が担当しました。そのため、プロモーションビデオの音源はハンゲイトのものですが、映像ではマイクが映っております。

Ccross

もうひとり、なかなか顔をさらさなかった人がおります。それは、「南から来た男」、Christopher Cross(クリストファー・クロス)です。

 

こちら、デビューシングルの「Ride Like The Wind」(邦題「風立ちぬ」、1980年)で、ビルボードいきなりの2位です。

デビューアルバム『Christopher Cross』(邦題「南から来た男」)は1979年末にリリースされました。アルバムジャケットはフラミンゴの絵で本人の写真さえありません。そして、ライヴもなし、メディアに出てこないというのは戦略だったのでしょうか。でも、わたしゃ、このアルバム買いましたよ。

謎の男だったわけですが、次のシングル「Sailing」(1980年)がついにビルボード1位。そして、アルバムとともにこの曲で1981年のグラミー賞5部門を受賞するという快挙をなしたわけです。

また、映画「Arthur」(邦題「ミスターアーサー」)の主題歌、「Arthur's Theme(Best That You Can Do)」(邦題「ニューヨークシティセレナーデ」1981年)もビルボード1位。

これで、ようやく顔が割れたというわけです。

これまた美声でなんともAOR向き。でも、ルックスはどうよ。という例ですが、今思えばちょっとぽっちゃりしたミュージシャン程度ですかね。でも、当時のソロシンガーたちとは別のベクトルのルックスでしょうか。現代ならこういうタイプもメディアによく登場しますよね。

なお、デビューアルバムの『Christopher Cross』は新人にしてはとても豪華なバックで構成されています。詳細は省きますが、「Ride Like The Wind」のバックコーラスはMicheal McDonald(マイケル・マクドナルド、元Doobie Brothers)だということはよくわかりますね。

それにしても、最初にボビー・キムボールを見たときにはびっくりしたなあ。

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2021年9月 2日 (木)

菩薩の装身具

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<宝くじ売り>K-7/DA21mm

2012年の話です。

この時はバンコクからイサーンを回りつつ、ラオス南部に足を延ばし、イサーンとバンコクに戻るという旅をしました。

ナコンパノムからムクダーハンにやってきました。翌日は友好橋を渡りラオスです。

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<River City Hotel>K-7/DA21mm

ウドンタニーの朝食の卵に腹をやられ、ナコンパノムでは1日寝込んだ翌日のことです。

バスターミナルからトゥクトゥクで某ホテルにあたりをつけるとまさかの満室でした。当時、イサーンのバス網の情報がなく、その日のうちにどこまでたどり着けるのかがわからなかったので、旅の始めと終わりのバンコクのみ宿の予約をしました。なので飛び込みです。

仕方がないのでそのホテルでタクシーに乗り換え運ちゃんに案内されたのがここです。

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<客室>GR DIGITAL

基本料金1000バーツあたりを目安にしていましたが、それより高かったです。新館と旧館があり高めの新館に案内されました。

バルコニーがあってやや遠いもののメコンが見えました。

右側のベッドサイドのランプが切れていますがまあ、タイのあるあるです。いちいち取り替えさせるのも面倒だし、1泊だけだし、不便はないのでそのままにしました。ここで現地報告の記事も書いていますので、WiFiはもちろんありました。

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<申し分なし>GR DIGITAL

コロナ前の状況になりますが、イサーンではあまり外国人観光客がいないので、宿泊施設が完全に埋まってしまうことはないでしょう。現在ならばもっと安いところにもWiFiがあるので、さらに宿泊費と折り合いをつけてバジェットな旅をすると思います。

当時はWiFiがどこにもなかったし、スマホのsimを差し替えて現地の情報を収集するということなど、微塵も考えてませんでした。スマホも持ってなかったし、simロック解除などという概念もありませんでしたね。

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<バスルーム>GR DIGITAL

きちんと写っていませんが、バスタブもありました。最後に泊まるバンコクのCentrepointを除けば、最もいいランクのところではないでしょうか。でも、今なら避けるけどね。

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<タイ人向けイミグレーション>K-7/FA50mm

チェックインしてすぐにホテル向かいの麺屋に行き、「クイッティアオ」といって注文したものは別皿で野菜が付き、どこかベトナムかラオス風でした。クイッティアオとはいったものの、麺の太さの区別は指定しなかったです。米粉の麺には違いないですが、よくよく考えてみると、ラオスのフーかベトナムのフォーではなかったかと。

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<インドシンマーケット>K-7/DA21mm

その後、ムクダーハンタワーに上り翌日行く、ラオスのサワナケートを眺め、ホテル近くに戻るともうやることはありません。目的もなく散歩しました。

今なら、観光的資源が何もないところでも全然平気です。

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<夕食>GR DIGITAL

まず外国人観光客がやってこないところですから、外国人向けの店、つまり英語メニューのあるところ(「歩き方」に載っているところともいいます)はこの、Nua Steakだけでした。

腹の激痛からの復帰でもあるんですが、頼んだのがこちら。ハンバーガーにソムタムでした。ソムタムは店の人が辛さをきくので、「Not Spicy」にしてもらいました。

ま、外国人向けといっても地元の人も食事をしていましたので、きちんとしたタイ料理もあったはず。でも、当時はタイ料理の知識や料理名について詳しくなかったので、辛くないソムタムで手を打ったと。ビールも頼まなかったです。偉いでしょ。

さて、River City Hotelはビュフェでもあるのですが、朝食が付きました。そして、ここでもいわゆるパンエッグ、イサーン風の「カイガタ」を作ってもらえるのですが、卵の黄身の焼かれ加減に気を付けながら食べたことを思い出します。

ちなみに、タイトルですが、タイ語で真珠のことを「ムックダー」といい、ムクダーハンは瓔珞(ようらく)という菩薩や密教の仏の装身具という意味になります。現在のムクダーハンの近くの川の貝から真珠が取れたのだそうで。

☆昔のネタを引っ張り出していますが、現地報告とは別に旅行後のレポから漏れたものを記事に仕立て上げております。まあ、そんなことをしなくてもよくなる日をいつまで待てばいいんだろうか?

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