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2022年11月 5日 (土)

スペクトラムとアミューズ

かすてら音楽夜話Vol.153

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久しぶりの音楽話。今回は新田一郎率いるスペクトラムと今や巨大事務所となったアミューズのお話です。

スペクトラムについては昨年「ブラスロック!」という記事で取り上げました。ですが、それはいわば十把一絡げの話でありまして。

その後、タワーレコードからリリースされているスペクトラムのオリジナルアルバムと、ラストのライヴアルバムを大人買いいたしまして、彼らについては結構詳しくなりました。もちろん、彼らが活動中であった1979年から1981年にかけては、ワタクシもテレビなどで拝見していましたし、ベストアルバムも購入しておりましたが。要するに解散後40年を経てはまったということです。

スペクトラムというと、思い浮かぶイメージは「トランぺッターがリードヴォーカルでしかもファルセット」。「トランペット回し」。「かつてのローマ戦士のような派手な衣装」。…といった、奇抜な、意表を突いた、さらに悪くいえば「イロモノ」的な見方をされていたようにも思います。しかし、実力派であることは間違いなく、それは次の曲でご確認ください。

 

1980年のセカンドアルバム『Optical Sunrise』収録のインストゥルメンタル、「侍S」でした。

凄まじいテクニックです。ここで、メンバーの確認をしておきましょう。

スペクター1号:新田一郎(トランペット/ヴォーカル)
スペクター2号:兼崎純一(トランペット)
スペクター3号:吉田俊之(トロンボーン)
スペクター4号:渡辺直樹(ベース/ヴォーカル)
スペクター5号:西慎嗣(ギター/ヴォーカル)
スペクター6号:奥慶一(キーボード)
スペクター7号:岡本敦男(ドラムス)
スペクター8号:今野拓郎(パーカッション)*現在は今野多久郎

奥慶一は東京藝大の大学院まで進んだ人ですが、その在学中に郷ひろみのバックバンドに参加したのち、スペクトラムに加入しました。解散後はスタジオミュージシャンとなり、多数の作曲、編曲を手掛けています。

岡本敦男はヤマハネム音楽院(現在はヤマハ音楽院)に在学していましたが、浜田省吾のいた愛奴に浜田の担当していたドラムスの後任として参加しました。ヤマハ音楽院は民間の音楽学校ですが、相当な人材を輩出していることから、岡本もエリートであるといえます。スペクトラム解散後はベースの渡辺とともにAB'Sに参加しました。

今野拓郎は解散後、桑田佳祐や原由子のサポート、およびKUWATA BANDに参加しリーダーを務めました。また、「いかすバンド天国」のプロデューサーとしても知られています。

以上は裏方というか、ステージでは後ろに控えるメンバーですね。いずれも名うてのテクニシャン。特に、今野多久郎はそれまでの認識では「イカ天」の「ロックロックこんにちは」なんてコーナーで、元ジューシーフルーツのイリアと軽いノリでやり取りしていたくらいでしたが、スペクトラムのスタジオ録音の音源、いやライヴ盤も含めてものすごく乾いた音で鮮やかに打楽器類を叩きまくっているのがわかりました。風貌はエセサーファー風ではあるんですが、やっていることはとんでもなく凄いんですね。

さて、フロントマンのブラスセクションとギター、ベースですが、母体となっているのが、キャンディーズのバックバンドであったMMP(ミュージックメイツプレイヤーズ)です。

 

キャンディーズとMMPの貴重な映像です。

キャンディーズの田中好子サイドにベースとギターがおりまして、これはそっくりそのまま渡辺直樹と西真嗣です。そして、藤村美樹サイドにブラスセクションがおります。ここではサックス奏者がいますが、当時はMMPに所属していた中村哲氏です。中央のトランペットが兼崎順一で、新田一郎は珍しくトロンボーンを演奏しています。間奏中にはこの3人とキャンディーズが相対するように振り付けで踊っていますね。のちのスペクトラムの原点を見たような気もします。

さて、キャンディーズは「全員集合」にも出演していたように、渡辺プロ所属です。MMPも渡辺プロ所属の専属のプレイヤー集団でした。キャンディーズを担当していたマネージャー、大里洋吉氏が独立してアミューズを設立します。MMPからホーンセクション3人は、大里氏についていき、「ホーンスペクトラム」として活動することになりました。

アミューズの設立は1977年。一説によると、原田真二の個人事務所的な側面もあったとか。そして、キャンディーズの解散は1978年ですが、キャンディーズの解散コンサートでは大里氏が総合演出を手掛け、ホーンスペクトラムも引き続きMMPとキャンディーズのサポートを行っていました。

話は長くなってしまいますが、新田一郎に関してはMMP以前に、伊丹幸雄のバックバンド、「ロックンロールサーカス」、あいざき進也のバックバンド、「ビート・オブ・パワー」に所属していました。

伊丹幸雄とは同学年になるので、高校在学中から活動していたことになります。新田一郎は奈良県出身ですから、青田買いされてナベプロの寮住まいだったのではと推測します。同様にギターの西慎嗣も長崎の五島列島の出身で、キャンディーズの解散時にはわずかに17歳です。さすがはナベプロでアイドル以外のプレイヤーもこうして育てていったのですね。これは、社長だった渡辺晋がジャズミュージシャンであったことも影響しているでしょう。

 

さて、アミューズ所属となったホーン・スペクトラムですが、原田真二ほど騒がれていなかったサザンオールスターズの編曲(管弦編曲)や、ライヴおよびレコーディングに関わっていました。

そんな中、サックスの中村哲氏が脱退。MMP時代の仲間、渡辺直樹に声をかけ、メンバーが集まり正式にデビューすることになります。ちなみに、パーカッションにはまだ今野拓郎は参加しておらず、MMP時代のメンバー、菅原由紀がサポートしていました。

なお、映像は切れているみたいに見えますが、Victor Entertainmentのものですので、きちっと見れます。

なお、大里氏は中学高校時にブラスバンドに所属していたらしく、アミューズでもまたスペクトラムを大事にしていたのではないでしょうか。もっとも、人柄としてはぶっきらぼうであるとの証言もあるようですけど。

 

そんな大里氏とスペクトラムの関係を表したような曲が、こちら。「ミーチャン Going To The Hoikuen」(作編曲:スペクトラム)です。

1980年3月発売の3枚目のシングル(「F・L・Y」と両A面)になります。途中の会話に出てくる子供(ミーチャン)は大里氏の娘さんです。当時未就学児であるため、会話を何度も録音し、つなぎ合わせて編集したと、ライナーには書いてありました。

コーラス部分はテープの回転を早めてますね。これは「帰ってきたヨッパライ」以来の伝統的な手法ですね。

このような曲でライヴができるのかというと、スペクトラムはやってしまうんです。もちろん、会話の部分はバックで録音したものを流すのですが。当時は現在のようにプレイヤーはイヤホンなど使用せずモニターで聴き取っていたわけで、これは8人全員の息が合っていないとできないことと思いますね。

その会話ですが、スペクトラムの解散ライヴ(なんと、前座がサザンオールスターズ)ではミーチャンが小学生になっていて「ミーチャン、保育園面白い?」(新田一郎)に対して、「ミーチャンは保育園を卒業して小学生になったんだよ」(ミーチャン)、「おじさん、知らなかったなあ」(新田一郎)という風に変更されていました。また、後年のリミックス盤ではミーチャンは高校生になっていた旨が収録されています。

また、「面白い子いる?」(新田一郎)に対してミーチャンは「ようきちくん」と答えているように聴こえます。これ、新田一郎並びにスペクトラムからの大里氏に対するリスペクトですよね。ローマ戦士風の衣装に身を固め、一見無機質にも見える彼らの人柄も伺えます。

スペクトラムのようにCDが導入される前に解散したバンドや消えていったシンガーは、音源がCD化されなかったり、されたとしてもすぐに市場からなくなってしまうことが多いのです。しかし、幸いなことにスペクトラムのすべてのアルバムはタワーレコード限定ではありますが、売っているんです。Spotifyでも聴けるんじゃないかな、知らんけど。

もう、こんなバンド、出てこないですよ。現在も活動していたら、昨年のオリンピックでメイン張ってたかも…。

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コメント

スペクトラムには全く関心がございません。
キャンディーズです。
これは中学生の時ですが、藤村美樹のファンでした。
今となっては芸能人の複雑な人生に感慨があります。
かの3人娘がどうなっていったのか、実に興味深いです。
それはさておき、色々Youtubeで彼女の掘り出し物があると
教えていただき感謝です。
これから鑑賞してみます。

投稿: ペンタのP | 2022年11月14日 (月) 20時47分

ペンタのPさん。

当時、キャンディーズには伊藤蘭か田中好子かという風に人気が別れていたように思います。
藤村美樹さんは目立っていなかったように思いますが。
でも、映像を見ていると、3人の中では抜群の歌唱力ですよね。
また、共作ではあるのですがキャンディーズのアルバムの収録曲等で、作曲にも携わっているんですね。
キャンディーズ解散後、化粧品のタイアップで「夢恋人」というシングルをリリースしたのですが、一番早く芸能界から身を引いてしまいましたね。

このYouTubeの映像はキャンディーズファンの方がアップされているようですが、MMPとかホーンスペクトラムで検索すると、もっと出てきます。

>スペクトラムには全く関心がございません。

寂しいですねえ。
個人的には史上最高のブラスセクションを持ったファンクバンドだと思います。

投稿: ヒョウちゃん | 2022年11月14日 (月) 21時07分

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