Sawaki Quest~クルンテープーチュムポーンの列車の謎
深夜特急の足跡を追うVol.35
<PENTAX KP/DA18-50mm>
毎度おなじみの通称フアラムポーン駅。正式名称はクルンテープ駅です。
久々のこの企画ですが、今回は「深夜特急」の主人公が乗った列車についてです。ワタクシの個人的な見解を述べていきますが、昔の時刻表など、どこにも資料が残っておりません。つまりは、決定的な正解はありませんが、自分なりに推測していきたいと思います。
「深夜特急」の主人公、書き手はもちろん沢木耕太郎氏ですが、本文では「私」ということになっていて、「沢木」とは名乗る記述がありません。とはいえ、ブッダガヤの日本語教師、此経さんとか、テヘランで再会する建築家の磯崎新氏と奥さんの宮脇愛子氏など、実名も登場しますので、沢木さん自身であることは違いないのですが。
ですが、沢木さんご自身がつけていた日記代わりのノートとTBSの小島一慶氏に宛てた手紙をもとに、新聞の連載小説として書かれたものが深夜特急ですので、純粋なノンフィクションではないということを前提に、いくつかの疑問を投げかけていこうというのが、今回のコンセプトです。
<KP/DA18-50mm>
「私」はバンコクからシンガポールを目指すため、クルンテープ駅にやってきて、案内所の係に勧められるまま、チュムポーンまでのチケットを購入します。
「普通で行きな、安いから」
私が迷っていると、係員がそう言った。
(中略)
何もないただの田舎町。それはむしろこちらの望むところだ。私はその二つから、チュムポーンという町を選んだ。
彼が駅名を書いてくれた紙を窓口に差し出して切符を買うと、四十六バーツ、六百九十円だった。
<沢木耕太郎「深夜特急」第五章 娼婦たちと野郎ども マレー半島II より引用>
<CANON PowerShot>
<疑問その1>
主人公は各駅停車でチュムポーンに向かったのか?
タイのSRT(タイ国有鉄道)の列車種別ですが、上からSP(特急に相当)、EXP(急行に相当)、RAP(快足に相当)、ORD(各駅停車)というランク付けです。ただし、約半世紀前の区分けはこうなっているかはわかりません。
座席は、一等、二等、三等に分かれていて、一等は一人用または二人用の寝台個室のみです。二等は二人掛けリクライニング座席または二段式寝台となります。三等はボックスシートまたはロングシート座席となります。ORDの場合、すべてが三等ですが、EXPやRAPにもボックスシートの三等座席があり、これは指定席になります。SPについては一等と二等寝台プラス二等AC座席があるようです。
車輌は古く、車内はなんとなく薄暗かった。座席は硬い木でできており、片側が二人ずつ向かい合っての四人掛け、通路をはさんで反対の側が三人ずつの六人掛けとなっている。普通列車にもかかわらず座席は指定されており、私は三人並びの真ん中に座ることとなった。
<沢木耕太郎「深夜特急」第五章 娼婦たちと野郎ども マレー半島II より引用>
チュムポーン行きを勧めてくれた案内所の職員のいう「普通」とは三等座席のことではないでしょうか。
<PowerShot>
深夜特急によると、クルンテープ駅17時頃の出発で、チュムポーン到着は翌日の午前2時頃とあります。しかし、列車が遅れ午前3時になったとあります。
すでに半世紀近く時間が経過しているのですが、現在の時刻表と照らし合わせてみましょう。
17時台の列車は2本あります。83列車、EXPになりますが、クルンテープ17:05発、チュムポーン01:16着。もう1本が173列車、RAPになります。クルンテープ17:35発、チュムポーン02:48着。半世紀近く経ちますが、優等列車でさえ、所要時刻がほとんど変わりません。
この間、というか各駅停車のORDで長距離を走る列車はクルンテープ発では終日なく、255列車が、クルンテープではなくトンブリー07:30発、ランスアン(チュムポーンより少々先)行き、18:15着があるのみです(チュムポーン到着は16:55)。ちなみに、SRTのSouthern Line(SRTサイトの英語版の名称、日本では「南本線」)の起点はクルンテープ駅ではなく、トンブリー駅です。
こんなに時代が経っていても、あまりスピードが上がっていません。これを普通列車に置き換えたとしても、チュムポーン到着は午前3時はおろか午前4時近くになってしまうのではないでしょうか。
トンブリー発の普通列車がサラヤーという駅を出発し、チュムポーン到着時の所要時間を、83列車、173列車に当てはめて単純計算したものですが。
つまりは、クルンテープ駅の案内所の職員に勧められ、紙に書かれた列車は、17時台のEXPかRAPではないかと想像します。可能性としては、「遅れた」とあるので、EXPである可能性が高いです。この、座席車のチケットを購入したのではないかと思われます。
半世紀近く時間が経過していますので、多少の時刻の変動はあるかと思いますが、SRTの南部方面の現在の列車密度等を考慮すると、ダイヤ改正していないように思えます。半世紀の間に道路が整備され、長距離バスの方が早く到着するようになってしまいましたし。
<PowerShot>
<疑問その2>
果たして、主人公は乗車当日にチケットを買ったのか?
発車して少し時間がたって、満員の車輛の中にもある安定した状況が生まれてきた。ところがその安定も、隣の車輛から子供二人を引き連れて移ってきた見るからに厚かましそうなオバサンに、いとも簡単に打ち破られてしまった。
(中略)
オバサンがどうするつもりなのか見守っていると、すぐ横の四人掛けの席に坐っている少年たちに何事かかきくどきはじめた。四人は仲間らしく、困惑したように顔を見合わせていたが、やがてひとりが諦めたように前の席に移っていった。
(中略)
きっと、この少年たちは休みの前から切符を買い、四人一緒の席で楽しく旅行しようと思っていただろうに、オバサンの厚かましさに台なしにされてしまった。
<沢木耕太郎「深夜特急」第五章 娼婦たちと野郎ども マレー半島II より引用>
主人公がこの列車に乗ったのは大連休の前日だったそうです。もしかして、ソンクラーンかも。
主人公がオバサンの行動をいぶかしげに思い、少年たちが「休みの前から切符を買い…」というように、満席の状態です。クルンテープ駅に発車の数時間前にやってきて、それこそ指定席を手に入れられるでしょうか?売り切れる可能性のほうが高いと思います。
ワタクシもある時、思い立ってナコンパトムに行こうと思い、窓口でチケットを購入しました。当然ながら三等席で座席指定もないものですから、空いた席に座っていると、どんどん乗客が乗り込んできて、自分の席が指定であるといわれ、席を移りました。しかし、そこも乗客がやってきて、結局車掌に尋ね、なんとか空席に潜り込めたことがあります。
この列車は171列車のRAP、13:00発のスンガイコロク行きでした。
このように、当日でもチケットは発行してくれますが、ほとんど指定席は売り切れ、あとは自分で何とかしろということです。
また、逆に途中駅で予約なしにチケットを購入し、偶然か指定席(三等でしたが)にありつけたこともあります。しかし、現在のSRTといえども、オンライン化していて、途中駅でも空席がわかるという状況なんですね。半世紀前のタイですから、まずオンライン化はされてなく、途中から乗り込んだ場合、かなり空席を見つけるのは難しいでしょう。特に連休の大混雑では。
<KP/DA18-50mm>
さて、このあと、主人公は食堂車に行き、そこで、手の甲に刺青のある男と出会い、ソンクラーを教えてもらいます。
いくら長距離とはいえ、各駅停車に食堂車がついているのかというのも疑問のひとつですね。現在の食堂車は優等列車でもコロナの影響か営業停止みたいですけど。
また、オバサンの行動ですが、日本ではヒンシュクものですが、優しいタイ人ならば「しょうがないな」とある程度の妥協はあり得ますね。
<2023/01/08追記>
書き手である、沢木さん、案外乗った列車がすべて座席の車両で、各駅停車あるいは鈍行であると信じ切っていただけ…なんてこともありますね。
また、チュムポーン宿泊後、スラタニーに向かった列車が正午発で8時間かかるとありますが、現在その時間帯には列車がありません。チュムポーン始発の6:30の445列車(ORD)がスラタニーまで約3時間です。
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コメント
タイムリーな「深夜特急の足跡を追う」でした。もうVol35にもなるんですね。
改めて過去のものも読み返しましたよ。
それに加えyoutubeの深夜特急96も見直しました。
良く調べてますね、今月行ったときに書かれているいくつかのことを確認しに行くのが楽しみになりました。
投稿: スクムビット | 2023年1月 8日 (日) 16時34分
スクムビットさん。
「劇的紀行・深夜特急」のビデオはたまに見ていたのですが。
読み返すきっかけになったのは、スクムビットさんの記事です。
それで、いくつかの疑問点が出てきたんですが。
自分が南本線(上りでしたが)で体験したことも、疑問のきっかけにはなりましたね。
>今月行ったときに書かれているいくつかのことを確認しに行くのが楽しみになりました。
同樂旅社、行ってみてください。
投稿: ヒョウちゃん | 2023年1月 8日 (日) 21時18分