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2023年12月 7日 (木)

December 8, 1980 at New York

かすてら音楽夜話Vol.174

あれからもう43年。

そう、ニューヨークの自宅アパート、ダコタハウス前でジョン・レノンが狂信的なファンであるといわれるマーク・チャップマンに銃撃されて亡くなってからの年月です。

ジョンはそのちょっと前まで「主夫」生活を送っていたのですが、この年、ようやくヨーコとの共同アルバム『Double Fantasy』を発表し、ミュージックシーンの最前線に戻ってくると思われていた頃の衝撃的な事件でした。享年40歳。もはや、ジョンがいなくなってからの年月のほうが長くなってしまいました。

さて、ジョン・レノンをテーマにした曲はいくつかあるのですが、今回はこの人の曲を取り上げてみたいと思います。

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<杉真理>*アルバム『SYMPHONY #10』の裏ジャケットのイラストより

杉真理は誰もが認めるビートルマニアで、のちにビートルズへのオマージュを込めたバンドBOXやPiccadilly Circus(なんと左利きのベーシストまで在籍)を結成した人です。

 

杉真理で「Nobody」(作詞作曲:杉真理)でした。

この曲は大滝詠一、佐野元春、杉真理によるコンピレーションアルバム『Niagara Triangle Vol.2』に収録されています。シングルカットはされていません。

Niagara Triangleといっても、ユニットを組んだわけではなく、シングルカットされた「A面で恋をして」(作詞:松本隆 作曲:大瀧詠一)のみ3人がコラボしています。その他の曲はそれぞれが持ち寄ってアルバムに仕上げられました。

とはいえ、この「Nobody」には佐野元春がコーラスで参加していて、これがぴたりとはまってます。サビの上のパートが杉真理で下のパートが元春です。ジョンとポールみたいです。

杉さんが「Nobody」を作ったのはジョンが亡くなったすぐあとらしいです。『Niagara Triangle Vol.2』がリリースされたのが、1982年3月21日。約1年を経て日の目を見たことになります。アルバム自体はオリコンアルバムチャートで2位を記録しました。それでも、年間チャートでは10位ということなので、いかにこのアルバムが年間を通してコンスタントに売れていたということがわかります。

この1980年代初頭、当時のニューミュージック系(歌謡曲でも演歌でもなく従来の芸能事務所から乖離した出自の人たちをひとくくりにした言葉で、それこそ、ユーミンから矢沢まで範囲は広いです。ちなみに、まだJ-POPなんて言葉もありませんでした。)のリスナーは、アルバム志向で、シングルにはよほどお金のある人以外見向きもしませんでした。しかも、お金がなくともレンタルしてきてカセットテープにダビングしたり、アルバムを持っている友人から借りてこれまたダビングするなど、手を尽くしていたのです。レンタルショップの「黎紅堂」なんてありましたね。もちろん、ワタクシも利用しました。

余談になりますが、黎紅堂にせよ友人からの借り物にせよ、満員電車で持ち運ぶのは慎重を期したものです。なにせ、当時はLPレコードの時代。やたらでかい割には薄っぺらな塩化ビニールだし、ジャケットを傷つけてしまうのも問題があるってことで。懐かしいな。

間に余談を挟みましたが、つまり当時のリスナーはシングルカットされていない曲もしっかりと聴いていたはずなので、「Nobody」についてもよく聴きこんでいたと思いますね。この曲で杉真理という人がリスナーに浸透してきたのではないでしょうか。

さて、この「Nobody」ですが、いかにものビートルズテイストがあふれているのですが、それはサウンドだけでなく、歌詞にも盛り込まれています。

☆以下の歌詞は「Nobody」(作詞:杉真理)からの引用となります。

「君の喋る言葉の半分は意味がない」

ギターソロのあとのフレーズです。

これは、ビートルズの「Julia」(1968年)の冒頭の"Half of I say is meaningless"から。まさに直訳っぽいのですが、「Nobody」の雰囲気に合ってますね。

その元歌の「Julia」は名義こそビートルズでクレジットもLennon-McCartneyなんですが、実際にはジョン・レノンが作り、演奏もジョンのギターとジョンの歌だけで、他の3人は全く演奏に加わっていません。その「ジュリア」とは、ジョンの実の母親の実名です。ジョンの両親が離婚後、ジョンは叔母に引き取られていましたが、叔母との関係が悪化し母のジュリアと交流を持ち始めていたころ、ジュリアは自動車事故で亡くなってしまいました。その母親を回想する曲です。

それでも救いなのは上記の歌詞に続き、"ocean child"と歌われます。その言葉はオノ・ヨーコを表しているのです。ジョンとヨーコは翌1969年に結婚します。

さて、上記のギターソロ、実は杉さんが弾いています。アルバムでは杉さんは4曲を提供してますが、ギタリストとして鈴木茂(exはっぴいえんど)も参加しているのですが、「Nobody」だけは自分で弾きたかったのだと思いますね。

「突然暗い夜の向こうで響く銃声 夢が終わる音」

ここで転調します。これはもちろん、夜のダコタハウス前の出来事をあらわしています。事件が起きたのは22:50分頃だといいます。冬のニューヨーク、しかも深夜です。もちろん、杉さんだけでなく世界中のジョンとビートルズファンにとって何かが音を立てて崩れ去っていく瞬間ですね。

さて、このフレーズではビートルズの「We Can Work It Out」(邦題「恋を抱きしめよう」)のようにワルツの三拍子(ズンチャッチャ)を取り込んでいます。ビートルズは三拍子の三連で杉さんは四連と二連。ただ、まねるだけでなくちゃんとオリジナル感も出しているのですね。

また、元春とのコーラスワークですが、イメージ的には元春がジョン、杉さんがポールっぽく思えてしまいますが、ここはあえて逆の「杉=ジョン」説を声を大にしていいたいですね。なぜなら、ジョンをモチーフにした曲で杉さんの手によるものですから。

それに、挿入される"Oh Yeah!"、"Ohooh Yeah!"も初期の「I Want To Hold Your Hand」を彷彿とさせます。やっぱ、この曲はいいわ。

★それにしても、ジョンの喪失という一見暗いテーマをお得意のポップスで表現する杉真理って、ある意味天才かもしれません。杉真理のベストテイクは「バカンスはいつも雨(レイン)」でもなく、ましてや「ウイスキーがお好きでしょ」でもなく、この「Nobody」であると言い切ってしまいたいです。

さて、ジョン・レノンも存命だったら83歳です。銃撃時はスタジオからダコタハウスにリムジンで戻ったところだったそうですね。ダコタハウスには警備員もいたとのことですが、ファンも(昼間)集まっていたとか。もう、現在とはセキュリティの度合いが違いますわ。時代ですね。

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コメント

この日のことははっきりと覚えています。
大学2年生の時でジョンレノンが撃たれたということを、クラブの部室の大学ノートに部員がそれぞれ書き込んでいました。私は有名人だから殺人者の方は普通よりも罪が重くなるかもしれないがそれはいけないことだ、みたいなことを偉そうに書いていました。やなやつでした。
スクムビット

投稿: スクムビット | 2023年12月 8日 (金) 19時59分

スクムビットさん

ニューヨークとは14時間の時差があるので、日本で報道されたのは、12月9日の午後以降になりますね。
火曜日ですので、このことを知ったのは帰宅後になります。
当時夜バイトをしていたので、夜のニュースで知ったのか、夕刊を読んだのか、ちょっと記憶が飛んでおります。
ともかく、次の日の授業前には周囲がざわついていたと思います。

ちなみに、犯人のマーク・チャップマンはいまだに収監されたままです。
釈放が明らかになると、チャップマンの安全が保障できないという説もあるほどで。

これまた余談ですが、ジョンが『Double Fantasy』から最初にシングルカットされた「Starting Over」という曲がビルボード1位になったのは、12月の後半でした。
別の記事に書きましたが、1位になりそうなレオ・セイヤーの「More Than I Can Say」は2位にとどまるというおまけつきでした。

投稿: ヒョウちゃん | 2023年12月 8日 (金) 22時40分

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