ラズベリーズの光と影(1)
かすてら音楽夜話Vol.193
お久しぶりでございます。
先日、またしてもミケポスカフェさんにお邪魔し、音楽談義をしてまいりました。まあ、ワタクシの一方的な思い込みをきいてもらって、そこにお相手が何らかの反応をしていただくことを繰り返して、話が深まったような強引な納得の仕方ではあるのですけど。
もちろん、お相手とはミケポスカフェのオーナーさんとトーマスさんであります。
今回用意したのはこれらの音源です。
前回、思いっきりJ-POPに特化したので、洋楽で行ってみます。とはいえ、そうそうレア盤はないので、今年の3月にお亡くなりになったEric Carmen(エリック・カルメン)を偲びまして、Raspberries(ラズベリーズ)がリリースした4枚のアルバムから、思い入れと思い込みたっぷりな話をさせていただきました。
毎回ありがとうございます。ホント、お食事が美味しいです。
こちら、夏にふさわしい「フルーツ冷麺」でございます。ホンマにさっぱりしていて、麺も十分な歯ごたえがありまして、普段は食さない1品、美味しゅうございました。
ほんなら、スタートいたしましょうか。でも、その前に予備知識を。
何度か書いていますが、メンバーから。
Eric Carmen(エリック・カルメン)1949年生まれ、故人
Wally Bryson(ウォリー・ブライソン)1949年生まれ
David Smalley(デヴィッド・スモーリー)1949年生まれ
Jim Bonfanti(ジム・ボンファンティ)1948年生まれ
一応、この4名がオリジナルメンバーです。
ラズベリーズはオハイオ州クリーブランドで結成されました。その母体となるバンドがクリーブランドのローカルバンド、The Choir(ザ・クワイア)とCyrus Erie(サイラス・エリー)です。
ザ・クワイアはローカルバンドながらルーレットレコードからリリースされた「It's Cold Outside」(1966年リリース、翌年再リリース)がビルボード68位のスマッシュヒットを持ち、クリーブランドでは最も人気のあるバンドでした。このバンドに、ウォリー、デイヴ、ジムが所属していました。ただ、このバンドのリーダーが抜けるとメンバーの入れ替わりが激しくなり、まずはウォリーが脱退します。一方のエリックはザ・クワイアのオーディションを受けたとも伝えられますが、メンバーに加わることはありませんでした。
そのエリックはのちにラズベリーズのメンバーとなるMichael McBride(マイケル・マクブライド)らが結成したサイラス・エリーに加入します(1967年)。そして、サイラス・エリーにはウォーリーが加入し、地元での人気を高めていくのです。
一方のザ・クワイアはデイヴがベトナムに徴兵のため分裂状態となりサイラス・エリーがクリーブランドのナンバーワンバンドにとって代わるのです。
しかし、サイラス・エリーもウォリーが脱退し、1970年頃にエリックとジムの間で新しいバンドについての話し合いが行われ、ラズベリーズの結成に至ったのでした。ただし、デイヴはまだベトナムに行っていたため、他の人物が加わっていました。しかし、その人物が脱退しベトナムから帰国したデイヴが加わり、デビューアルバム時のラインナップになっていきます。
デビューアルバム『Raspberries』
リリースが1972年4月10日。
2曲のシングルがこのアルバムからカットされました。すなわち、デビューシングル「Don't Want To Say Goodbye」(Eric Carmen/Wally Bryson)がビルボードHot100(以下シングルチャート)で86位。セカンドシングル「Go All The Way」(Carmen/Bryson)がシングルチャート5位。なお、Cash Boxでのシングルチャートは4位、Record Worldのシングルチャートは3位です。1972年の年間チャートが33位ということですので、相当なヒット曲であると思います。
このアルバムでは、エリックとウォリーの共作が3曲。エリックの作品が2曲。ウォリーの曲が2曲。デイヴの曲が2曲となっています。
担当楽器のクレジットは、エリックがベースとピアノ。ウォリーがリードギター。デイヴがリズムギター。ジムがドラムスとなっています。
全員がコーラスを担当し、ジム以外の3人がリードヴォーカルを務めています。エリックのリードヴォーカルが4曲。ウォーリーが2曲。デイヴが2曲。あとの1曲はエリックとウォリー、ふたりのデュエットです。それが「Don't Want To Say Goodbye」です。
・なぜ、地味な曲がデビューシングルとなったのか
「Don't Want To Say Goodbye」でした。
日本版再発の紙ジャケット仕様にある、八木誠さんの解説によると、リリースは1972年2月とのことで、その時の邦題は「さよならは云わないで」となっていまして、アルバムリリース時には「さよならは言わないで」と改題されていました。
つまり、アルバムリリースよりも早い先行シングルだったのですね。
ラズベリーズはオハイオのローカルバンドではありましたが、エリックがプロデューサーであるJimmy Ienner(ジミー・アイナー、あるいはジミー・イエナー)にデモテープを送り、レコード会社の争奪戦の結果、Capitol(キャピトル)からデビューするのです。
ジミーにしてみればラズベリーズを売り出す計略みたいなものがあり、まずは様子見ということで、バンドの顔であるエリックとまだ発掘されてない名ギタリストのウォリーを前面に押し出して、この曲を敢えてシングルに選んだのではないかと思われます。英語版のwikiにも記述がありましたが、当の本人たちにもまさかこの曲で行くとは思ってもみなかったようです。しかも、5分という長さで、ラジオ局で流すには不向き。そして、曲の山場はラストのギターソロに伴うデュエットですので、かなり不利なんですが。カットされることもありますし。
ちなみに、B面はデイヴの「Rock & Roll Mama」(リードヴォーカルもデイヴ)がカップリングされました。
こちらのシングルジャケットはアルバムジャケットとほぼ同じです。写真はやや不鮮明ですが、間違いなく全員をプロデュースするものであると思います。バンドとしては全員が22~24歳という若さで、ビジュアルからしてもターゲットはティーンエイジャーの女子だったはずです。
その後、アルバムがリリースされビルボードHot200(アルバムチャート)で51位となりました。ここでも、キャピトルはジャケットにラズベリーの香りの出るステッカーを貼り、売り出しに力を入れるのでした。ちなみに、日本版再発の紙ジャケット仕様CDにもステッカーが封入されています。
・計画通りにヒットするものの…
セカンドシングル、「Go All The Way」でした。リリースは1972年7月です。
こちら、ライヴ映像を持ってきました。なんといっても、ウォリーのギタープレイを見ていただきたいもので。
ウォリーは12弦と6弦がひとつに収まったいわゆるダブルネックのギブソンでプレイしています。デビューシングルと打って変わって、激しい曲調です。それでも中間部はエリックの得意とするバラード調で、うまく収まった1曲ですね。こちら、ラズベリーズ唯一のGold認定された曲です。
アルバムのクレジットではエリックとウォリーの共作となってますが、なぜか英語版wikiとラズベリーズ公式サイトではエリックだけの曲となっています。
個人的に考えますと、イントロとサビはウォリーが考え、中間部はエリックが作ったのではないかと思いますが。ただ、ウォリーがひとりで作った曲はそれほどハード寄りなロックではなく、結構おとなしい曲が多いのですね。ウォリーとしてはギターのフレーズに独特の味を出すという人で、これ以降の曲でも様々な自分以外に弾けないフレーズを作り出していきました。そのためのコードも考えたといいます。
そして、この曲ではこれまでのロックバンドになかった美しいコーラスも披露してます。同じアメリカのバンドで、ほぼ同時期のデビュー(それでもラズベリーズよりややデビューが遅い)であるEaglesにも近いものがあります。ですが、この頃のイーグルスはどちらかというとカントリーロックに近く、ラズベリーズのようなハードな演奏ではありませんでした。
この曲を含むラズベリーズのコーラスをお聴きになったオーナーさんとトーマスさん、「なんか似ていると思いましたが、Queenっぽいですね」とのご感想でした。「でも、クイーンのデビューは1973年」「じゃあ、クイーンが影響を受けている可能性はありますね」とのこと。確かにクイーンはコーラスに長けてますが、多重録音も使ってます。初期のラズベリーズはライヴでも全員のポジションにマイクがあるんですね。
ちなみに、こちらのカップリングはウォリーの作った「With You In My Life」(リードヴォーカルもウォリー)でした。
・キャピトルまたはジミーの戦略
エリックの曲でもちろんリードヴォーカルも担当する、「Waiting」でした。
その後のソロデビュー曲、「All By Myself」にも通じるようなエリックのバラードです。エリックのピアノとストリングスが入りますが、なんと、その他の楽器はなく、メンバーのコーラスもなし。
これ、バンドでありでしょうか。まあ、キャリアの長いバンドではヴォーカルの一切入らないインストナンバーがあったり、逆にヴォーカリストのみでほかのメンバーがかかわらない曲もあるでしょうが、デビューアルバムですよ。
もちろん、新人バンドでエリックが自らこれを入れようということはないと思います。おそらくは、エリックがジミーに送ったデモの中にこの曲か元になった曲があって、プロデューサーであるジミーがとりあえず録音だけしてみて、これをキャピトル側がアルバムに入れてしまったのではないかと思います。いや、入れてしまったというよりは意図的に入れた…後年のエリックのソロをもしかしたら意識していたものだったのかもしれませんね。
さて、ここらでいったんブレイクしましょうか。
タコのサラダ…でしたよね…美味しゅうございます。
話は尽きず続編に続きます。
あー、今回だいぶ準備がかかってブランクがあいてしまいました。一応、ネタは尽きてはおりません。とはいえ、ヒントは欲しいですので、コメントやご意見ください。よろしくお願いします。また、下記のバナーもクリックお願いします。
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