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2025年11月22日 (土)

ABBAの「F」と地名の曲

かすてら音楽夜話Vol.216

"F"のつく人名がタイトルに入る曲。

まあ、いろいろ探したんですけどねえ。ワタクシが思いつくのはこれだけ。

 

ちゅうことで、ABBA(アバ)「Fernando」(1976年、邦題「悲しきフェルナンド」)でございました。

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実はこの曲はABBAのヴォーカルのひとり、Anni-Frid Lyngstad(アンニ-フリーダ・リングスタッド、中央左、1945年生まれ)のソロアルバム用に書かれたものでした。作者は、Benny Anderson(ベニー・アンダーソン、左、1946年生まれ、主にキーボード)とBjörn Ulvaeus(ビョルン・ウルバース、右、1945年生まれ、主にギター)、作詞家であったStig Anderson(スティッグ・アンダーソン)です。

なお、スウェーデンの発音では「Anderson」は「アンデション」という発音が近いそうですが。

そのフリーダのスウェーデン語盤は国内で9週1位を取ったそうで。

そして、同年、歌詞を英語に直し、ABBAとして、再リリースされましたが、これもビルボードで13位、キャッシュボックスで10位だったものの、ヨーロッパ諸国では軒並み1位連発で、悪くても4位という大ヒットになります。ABBAとしてはイントロからのリードヴォーカルはフリーだが担当してますが、すぐにもうひとりのヴォーカル、Agnetha Fältskog(アグネッタ・フォルツコグ、中央右、1950年生まれ)が加わり、デュエットによるいつものABBAサウンドとなっております。

西ヨーロッパ各国の人口は国単位では大したことはありませんが、これがまとまるとそれなりの人口規模となり、すべての売り上げは1000万枚にも上るとか。

なお、フリーダ盤(スウェーデン語)のフェルナンドさんはABBA行きつけのバーにいたバーテンダーの名前から思いついたそうです。内容は最愛の人を失った傷心のフェルナンドを励ますような感じだったそうで。

一方、ABBAの英語盤は単に翻訳したものではなく、メキシコ革命後の二人の退役軍人が昔を回想するというものに書き換えられました。

さて、ABBAですが、グループ内カップルとしても有名です。フリーダとベニー、アグネッタとビョルンという組み合わせでしたが、のちにどちらも離婚しております。Fleetwood Mac(フリートウッドマック)もそうだよな。両グループとも、離婚後も活動を続けていますが、ABBAは活動をそれほど長く継続できなかったですね。マックは鉄仮面のごとく、なんでもなかったかのようにずっとやってましたが。

そして、2021年、アルバム『Voyage』をリリースし、ビルボード2位、イギリスチャート1位という快挙を遂げます。完全復活というわけでもないようですが、アバターによる「ABBA Voyage」という劇場がロンドンにできたそうで。別のベストアルバム『ABBA Gold』は総売り上げ3000万枚といいますから、ABBAは人気ありますよね。

さて、"F"から始まる名前自体が英語圏ではほぼ珍しく、他にあったら教えてほしいものです。同じようなことは、”Q”や"X"、"Z"についてもあり得ます。さて、どうしようか。

これだけでは物足りないでしょうから、というわけではありませんが、突如思いついたのが、「地名の入る曲」です。ま、紹介するのは"F"じゃないんですけど。これなら、日本であろうが、アジアであろうが、取り上げられますね。

んでは、同じくABBAのこの曲をお聴きください。

 

1974年リリースの「Waterloo」(邦題「恋のウォータールー)でした。作者は「Fernando」と同じく、ベニーとビョルン、アンダーソンさんでした。

この曲は同年に国内の音楽コンテストでこの曲で優勝し、ユーロヴィジョン・ソングコンテストにスウェーデン代表として出場することになる曲です。出場の直前にはドイツ語盤もリリース。

そして、ユーロヴィジョンでは見事に優勝し、フランス語盤もリリースされます。

この曲でヨーロッパ諸国のチャートを席捲。ビルボードで6位、キャッシュボックスで10位、総売り上げは500万枚だといいます。

なお、この年のユーロヴィジョンはイギリスのブライトンで開催されたのですが、イギリスの審査員がつけたポイントがなんと、ゼロ。イギリス代表のOlivia Newton-John(オリビア・ニュートンージョン)を勝たせるためだったといいます。

さて、ここでのタイトル、ウォータールーですが、あの「ワーテルローの戦い」のワーテルロー(現在ベルギー領)なのでした。ちなみに、ナポレオンがワーテルローの戦いで決定的な敗北を喫したのですが、ワーテルロー自体は戦いの地ではなく、イギリス軍の陣地があったのがワーテルローであったということだそうで。

イギリスもよほど感慨深かったものがあるのか、ロンドンのターミナル駅に「Waterloo」の名前を付けたのでした。

地名も、カリフォルニアとかニューヨークとかまあまああるんですけど、できたらマイナーなところも探してみたいです。

"G"はまあ、あるでしょう。

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2025年11月 9日 (日)

Eから始まる人名の曲はビートルズの謎に満ちたコレ

かすてら音楽夜話Vol.215

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今回の"E"で始まる人名の曲。

1曲目はThe Beatles(ビートルズ)「Eleanor Rigby(エリノア・リグビー)」(1966年)です。

わたしゃ、ビートルズの出身地であるイギリスのリバプールに行ったことがあるのですが、彼らがデビュー前にギグをやっていた、マシューストリートのキャバーンクラブにほど近い場所にベンチに腰掛ける女性像がありました。

これが、エリノア・リグビーさんでございます。

 

YouTubeの音声ですがリマスター版です。リマスターされていないものもビートルズの公式チャンネルにありまして、アニメではありますが、映像も付いています。英語字幕も付くのですが、ポールの声とシンクロしないという、気持ち悪さで、リマスター版をお借りいたしました。

ビートルズのお約束ということで、作者クレジットはLennon-McCartney(レノン-マッカートニー)ということになっていますが、メロディはポールが作り、ジョン、ジョージ、リンゴに詞のアイデアを求めたとのこと。ですが、ポールによれば詞の8割は自分で書いたとのことです。なかば、放置された曲ともいえます。

そして、この曲は「Yellow Submarin(イエローサブマリン)」と両A面でシングルとしてリリースされました。イギリスのチャートでは1位でしたが、ビルボードでは11位に沈んだという珍しい曲です。ま、地味ですからね。ちなみに、「イエローサブマリン」はビルボード2位でした。

ちなみに、当時の集計方法では両A面であってもチャートはそれぞれに集計されていたそうです。のちの大ヒットとなるキャロル・キングの「It's Too Late」は「I Feel The Earth Move」との両A面で、彼女は2曲のナンバーワンヒットを持つとカウントされております。

演奏はすべてストリングスで、ビートルズのメンバーは誰もかかわっていません。コーラスにジョンとジョージは参加してますが、リンゴはまるで参加してないという曲です。ま、リンゴは「イエローサブマリン」のリードヴォーカルだからいいことにしたのかどうか。

さて、冒頭の画像、エリノア・リグビー像ですが、イギリスのエンターテイナー、トミー・スティール氏が制作し、1982年に設置されたものだそうです。マシューストリートにはジョンの銅像もあります。

エリノアさん、ポールが思いついた架空の孤独で報われない老女という設定です。しかし、1980年代にリバプールのセントピーターズ教会の墓地で、エリノア・リグビーという人物の墓が見つかったそうです。そして、その近くには「マッケンジー」という名前が刻まれた墓も見つかったとのこと(歌詞に"Father Mckenzie"マッケンジー神父も登場する)。この教会は初めてジョンとポールが出会ったところだそうで。現在は観光名所になっているそうです。リバプール滞在時にこれを知っていたら、探してでも行ったと思いますが。惜しい。

ポール自身は墓のことは知らなかったといっているようですが、偶然にしてはできすぎなような。ちなみに、実在したエリノアさん、19世紀末の生まれで第二次大戦のころに亡くなっているので、老婆ということはないようです。

2曲目も出自がすごい。

 

Styx(スティクス)の大ヒットアルバム『Cornerstone』(1979年)収録の「Eddie」(エディ)でした。

James Young(ジェームス・ヤング、ギタリスト)が唯一提供した曲で、リードヴォーカルもJY(メインのヴォーカリストがDennis DeYoungという名前だったためか、イニシャルで呼ばれていた可能性があります)です。

アメリカ人ってリードヴォーカルであってもギターソロをバリバリ弾いてしまうような力技が見受けられるんですが、「エディ」でもJYはギターシンセサイザーのソロを弾きまくってますね。

そして、このエディとはあのEdward Kennedy(エドワード・ケネディ)のことなんだそうで。もっとも、ケネディ氏は「エディ」ではなく、「テッド」と呼ばれることが多かったそうですが。

ここでは、1980年のアメリカ大統領選挙に出馬するのを思いとどまらせるという、曲のようです。

ケネディ氏は民主党の大統領候補者に立候補し、現職大統領のジミー・カーター氏に敗れるのですが。

ちなみに、ジェームス・ヤングがどちらの党の支持者であるかは不明です。おそらくはシカゴ出身であるから、民主党支持者で、かつてスキャンダルを起こしたケネディ氏は支持できなかったと推測しますがね。

3曲目はマイケルの1位を阻んだ曲

 

Dexys Midnitht Runners(ディキシーズ・ミッドナイト・ランナーズ)「Come On Eileen」(カモンアイリーン)でした。

イギリスのバンドですね。1982年にイギリスでリリース。翌1983年にアメリカでも発売され、マイケル・ジャクソンの「Billy Jean」と「Beat It」の間に割って入ったビルボード1位獲得曲ということになります。

この曲以外、アメリカでは86位にチャートインした曲があるだけで、アメリカでは究極の一発屋ということになりますかね。

映像を見ると、時代ですかね。イギリスのニューウェイブという感じがいたします。

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