ポルナレフのディスコグラフィについてはフランス語版wikiよりも英語版のほうが詳しいのですね。なお、この「Gloria」のカップリングのB面が「Je Suis Un Homme」(I'm A Manの意味)というものですが、前述の露出騒ぎで、ポルナレフが同性愛者であるとの誤解を受け、コンサートでステージに上がった客から暴行されたことにショックを受けたことに対し、「自分(ポルナレフ)は異性愛者、ノーマルである」ということを伝えるものだったそうで。
余談 Laura Branigan(ローラ・ブラニガン)という人も、1982年のシングル、「Gloria」というビルボード2位となるヒットがありますが、この曲もイタリア人が書いた曲のカバーで、歌詞は英語に直されてます。なお、ブラニガンさん、2004年にお亡くなりになっています。
いきなりの、Bee Gees(ビージーズ)、「You Should Be Dancing」でございました。
今回のテーマとして、男性でありながら裏声、ファルセットで歌うヒトにスポットを当てたいと思います。
この、ビージーズの映像、おそらくはライヴでありながら、口の動きがシンクロせず、もともとの音源を使用しております。「You Shoul Be Dancing」の映像はいくつものヴァージョンがあるのですが、これを持ってきたのは、ギブ4兄弟の末弟、Andy Gibb(アンディ・ギブ)も加わっての映像上でのパフォーマンスがレアかなと思ったからです。残念なことに、生き残っているのは長男のリードヴォーカル、Barry Gibb(バリー・ギブ)だけです。
この曲がリリースされたのは、1976年6月。Billboard Hot 100(ビルボードシングルチャート)で1週間、1位を獲得しました。これが、3回目の1位獲得曲ですが、バリーが本格的にファルセットに挑んでヒットした最初の曲ということになります。
これに味を占めたわけではないのでしょうが、以降、ビージーズはほとんどファルセットの曲を出し続けます。6曲連続ナンバーワンのうち、最初の「How Deep Is Your Love」(邦題「愛はきらめきの中に」)以外、全部がファルセットですね。味を占めたとでも申しましょうかね。
末弟のアンディも(アメリカでの)デビュー作、「I Just Want To Be Your Everything」(邦題「恋のときめき」)でファルセットを披露しているんですが、それもそのはずで作者がバリーですし、バリーがバックコーラスも担当しています。1977年4月のリリースで、返り咲きを含む3週1位を獲得。以降の2曲のシングルも連続で1位(3曲目の「Shadow Dancing」は年間チャートでも1位)ですし、おそらくはルックスも相まって、ビージーズより人気があったのではないでしょうか。
さて、ビージーズは1977年の映画「Saturday Night Fever」(サタデーナイトフィーバー、主演、ジョン・トラボルタ)のサウンドトラックにより、キャリアの頂点を極めることになります。サウンドトラックにはビージーズ関連の曲が8曲収録。うち、ビージーズが演奏するものが6曲。ナンバーワンヒットとなった曲が4曲(それ以前に1位を獲得した曲を含めると6曲)。という、サウンドトラックとしては異例の対比っとアルバムとなり、全世界で4000万枚が売れたとのことです。ただし、アンディ名義の曲は収録されませんでした。
その割を食ったのがレオ・セイヤーだったわけです。彼のシングル、「More Than I Can Say」(邦題「星影のバラード」)はKenny Rogers(ケニー・ロジャース)の「Lady」に続いての2位でした。しかし、「Starting Over」が「More Than I Can Say」を飛び越しての1位獲得で、レオの3回目の1位獲得はできなかったのです。
さて、「You Make Me Feel Like Dancing」は1976年リリースで、レオ・セイヤーとしてもアメリカで初のヒットとなり、1位も獲得しました。当時の「サタデーナイトフィーバー」前夜といいますか、ディスコの波が徐々に来ていたのではないでしょうか。ファルセットの曲でもありますし。
ちなみに、レオは地声で次のシングル、「When I Need You」(邦題「はるかなる想い」)でも1位を取っています。
新田一郎
邦楽ファンの皆さん、お待たせいたしました。最後は新田一郎さんです。
ファーストソロアルバム『一番 クールが熱い』収録の「サンライズ・サンセット」(作詞:宮下康仁 作編曲:新田一郎)でした。この曲はソロになってのファーストシングル「Not For Sale」との両A面でした。チャート成績は不明です(スペクトラム、新田一郎ともwikiでは不明)。
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